Prelude Vivy(完結)   作:ファルメール

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第21楽章 歌声の裏側で その2

 

「本当ですか。次のメインステージだけではなく、今後の舞台の大トリをオフィーリアに任せてくれるというのは」

 

「えぇ、彼女が歌った舞台の記録映像は全て見ましたが、オフィーリアさんの歌は素晴らしい。あの歌を聞けない人が多く居るという事は、彼等は人生を損していると言えるし、また彼女の使命に反する事だと言えましょう。私としても、協力は惜しまないつもりです」

 

「おおおっ……」

 

 2116年某日。

 

 この日、アントニオは相方……つまりオフィーリアが次に立つ舞台の打ち合せの為に、とある芸能事務所を訪れていた。

 

 まだ設立して間も無く、規模も大きくはない新興の事務所ではあるものの、若手社長の辣腕によって急速に業績を伸ばしつつある勢いのある企業……と、アントニオが内部CPUを作動させてアーカイブに接続、収集した情報を総合すると概ねそういう評価だった。

 

 応接室に通されたアントニオの前に現れたのは、30才になるかならないかと思われるぐらいの青年だった。しかし高身長で背筋もピンと伸びた均整の取れた体付きをしていて、髪も良く整えられ、着ているスーツはスカしたブランド品などではないがしっかりと彼の体に合うように仕立てられていて、シワ一つ無い。

 

 第一印象に於いて、人間がその相手への好悪を判定するのに外見が占める割合は半分以上とも、一説には九割に達するとも言われているが、少なくとも彼に対して一目見ただけで嫌悪感を感じる人間は極めて少ないであろうと、アントニオのプロセッサは判定した。

 

 席を勧められ、着席したアントニオには、中身の入っていないティーカップが差し出される。若社長には、コーヒーも紅茶も出されなかった。

 

「?」

 

 社長に飲み物が出ない事をアントニオは少し訝しんだものの、すぐに本来の仕事を思い出してそちらにCPUの機能を回す事にした。

 

 簡単な挨拶や世間話の後、アントニオに提示されたのは、AIである彼には無用の懸念である筈なのだが、自分が夢を見ているのではないかと錯覚するような好条件だった。仮に痛覚の機能が搭載されていたのならば、彼は人間の頬に相当する部位をつねってこれが現実である事を確かめようとしたかも知れない。演算回路に快感の電流が走るのを実感した思いだった。

 

 続く「ただし条件があります」という契約や交渉に於ける常套句を聞くまでは。

 

「その条件とは?」

 

 興奮で温度が高くなっていたCPUが一気に冷却されて文字通り頭を冷やした気分になったアントニオが尋ねる。

 

「……失礼ながら今のオフィーリアさんは、彼女のポテンシャルを十全に引き出しているとは……言えないのでは? オフィーリアさんは、まだまだ良い歌を歌える筈です」

 

「!」

 

 この指摘を受けて、アントニオはびくりと体を動かした。

 

 大舞台で歌った経験が無いオフィーリアに目を付けて話を持ってくる時点で中々に歌姫AIを見る目がある……この場合は聴く耳があると言うべきだろうか……いずれにせよこの社長には評価すべき点が多々あるようだとアントニオは見ていたが、それでもまだ低く見積もっていたかも知れないと思った。彼の中で、若社長へ付けた点数に加点が与えられた。

 

 これは彼自身、抱いていた感想でもある。

 

 確かにオフィーリアの歌には何の問題も無い。

 

 問題は無いが……しかしそれなりに長い付き合いの二機ではあるものの、アントニオの中の理想の彼女の姿と、現実のオフィーリアが重なった事は未だ無い。

 

 オフィーリア自身に問題は無いとすれば、後は彼女以外の外部の要素によるもの。つまりは名優や名画が多くの人に見られる事でその輝きを増していくように、多くの観客が彼女に付くようになれば、自然とパートナーの歌にも、今までに無かった艶のようなものが生まれるようになるだろう。

 

 その為には、やはり自分の営業努力しかないと思っていたのでオフィーリアにも告げた事は無く、自分の胸中にのみ仕舞っておく筈の想いであったが……それをこの若社長は見事に看破してのけたのだ。

 

 若いが、大した奴だ。分かっている。そういう印象が強くなる。

 

「ですから、その欠けた部分が埋まらぬ事には、大切な大トリを彼女に任せるというのは、ちょっと……」

 

「いや、それは確かにそうかも知れませんが……でも確かに完璧でないにせよ、オフィーリアの歌には光るものがあるのです。とにかく一度、メインステージに立たせてやってはもらえませんか。それ以降、大トリを任せるかどうかはその舞台の出来映えや観客の反応次第で判断するというのは」

 

 少し怒りっぽい所のあるアントニオはじっくりと相手を懐柔するような交渉事は不得手であるが、この程度の妥協案・落としどころを提示するぐらいはマネージャー業も兼業する身として基本技能である。

 

「……一つ、あるにはあるのですがね。すぐに、オフィーリアさんに彼女の全ての機能を引き出した、完璧な歌を歌ってもらえる方法が」

 

「本当ですか!!」

 

 若社長の語尾に重なるようにして、アントニオは思わず身を乗り出すように尋ねた。

 

「あ……いや……すいません。こんな話を急にするのではかったですかね……私達は初対面ですし」

 

 ここで、若社長は一息吐いて体をソファーに沈め、天を仰いだ。

 

 たまらなかったのはアントニオである。オフィーリアの歌を完全なものとする答えは、彼自身がまだ明確な答えは持っていない。営業努力しようというのもあくまで漠然とした、手探りでもやるしかないという目標でしかない。

 

 こうした事にマニュアルが存在しないのは、ディーヴァをその始祖とする自律人型AI、取り分け歌姫型AIが誕生してから現在に至るまでの宿命的とも言える課題、宿痾かも知れなかった。

 

 ただの機械ならマニュアル通りに動く。

 

 だが高度に発展したAIは人間と同じように、十機が居れば十通りの個性・人格を持ち、長所を伸ばすのか短所を補うのか、それぞれ違った対応が求められるのだ。

 

 無論、経験の蓄積から大まかな流れなどは確立されているものの、この通りにやっていれば必ず成功するなどといった言わば「歌姫AI育成必勝法」などというものは、ディーヴァが舞台に立ってから半世紀以上が経過している現在に至るまで存在していない。

 

 と言うか、この命題に完璧な解答を出せるならそいつは国家元首にだって容易くなれるだろう。

 

 ともあれ、この若社長は彼なりに、オフィーリアの歌に対して一つの答えを持っているのである。ただ単に今日初めて出会った相手と言うだけなら、偉そうな評論家気取りの戯れ言だと、アントニオも取り合わなかっただろう。

 

 しかし眼前の相手はオフィーリアの歌を高く評価し、その上で自分と同じ視野に立って問題点を指摘してみせたのだ。実際の所はどうであれ、アントニオは彼の理論を聞いてみたいと強く思った。

 

 そこに「おあずけ」を食らった形となったのである。これはたまらない。

 

「是非……お聞きしたいですね。その方法とやらを」

 

「……良いのですか? 良いのですね? では、申し上げましょう」

 

 試すように尋ねた後、アントニオの気持ちが変わらない事を確認して若社長は話し始めた。

 

「当たり前の事ですが、他人が完全に自分の思い通りに動くなど、そんな事がある訳がありません」

 

「……それは、当然ですね」

 

 そう、当然と言えば、あまりにも当然の事だ。

 

 こちらとあちらは違う。私とあなたは違う。

 

 だからどれだけ付き合いが長く、気の置けない間柄であったとしても、他人が全く完全に自分が思った通りに動く事など、絶対に有り得ない。

 

「よく、物の考え方に『自分があいつなら』という視点を持つのが重要だと言われますが……それとて、所詮は『自分』から見た『あいつ』をシミュレートしているだけに過ぎませんよね」

 

「回りくどいですな。私は単純なAIなのです。結論からズバッと言ってもらえませんかな?」

 

「難しい話ではありませんよ。『自分』と『相手』との境界を無くす事。『自分』が本当に『相手』になる事。人間にはどだい不可能な話ですが……あなた方AIには、それを可能とするものがあるでしょう?」

 

 

 

 

 

 

 

 2121年2月8日19時02分。

 

 ゾディアック・サインズ・フェス会場、その屋上に、一機のAIが踏み入っていた。

 

 このスペースは関係者以外立ち入り禁止となっているが、エレベーターから出てきたこのAIには関係者としてのタグが配布されているので、問題無く入る事が出来た。

 

 気温が低く、先日から降っていた雪がそのまま残っていて、立ち入った者は数時間前に来たディーヴァぐらいのもので、殆ど足跡も付いていない白絨毯に、オフィーリアはしずしずと踏み出していく。

 

 オフィーリアの足が向かう先は、フェンスによって遮られた人工の断崖絶壁である。

 

「……」

 

 淀みの無い足取りで、進んでいくオフィーリア。

 

 このまま行けば、ほどなくして彼女の足はひょうっと空を掻くだろう。後は万有引力の法則に従い、エネルギーと質量に関係する悪魔の方程式が彼女のボディに適用される結果となる。

 

「こんな寂しいステージに歌姫がどういったご用件ですか?」

 

「!」

 

 背後から掛けられた声を受け、びくりと体を竦ませ、オフィーリアが振り返った。

 

 そこに居た、と言うより在ったのは空間に浮遊する白いキューブだった。マツモトだ。

 

「あなたは……」

 

「初めましてオフィーリア。僕はマツモトと申します。完璧な姿でご挨拶できずすいません」

 

 語っている内に、マツモトと同型のキューブが数十機も集まって、一つの形を為した。

 

 あちこちが凹んだ大きめの段ボールに三本足が生えたかのような原始的なロボットのような形だ。

 

「見苦しいとは思いますが、どうかよろしく」

 

 キューブの一面を開放してアームを伸ばす。かつてルミナにも行なった握手を行なおうとする動作であるが、正直胡散臭さしかない正体不明のAIの手を、オフィーリアは握り返さなかった。まぁ、当然の反応と言える。

 

「えっと、あの……どちら様ですか? どうしてここに?」

 

「……」

 

 当然と言えば当然の問いを受けて、マツモトはどう返答したものかコンマ数秒ばかり悩んだ。

 

「僕はディーヴァのパートナーです」

 

「ディーヴァお姉様の?」

 

 ここで彼女の名前が出るとは思っていなかったのか、オフィーリアは少し驚いたようである。

 

「えぇ、まぁ暫定ですがね。僕はあなたの自殺……正確に言えば自壊を止めに来ました。正直同じAIとしては考えにくい事ですがあなたの絶望を推測する事は出来ます」

 

「……」

 

「オフィーリア、あなたは耐えられなくなったのでは? 世間に歌を認められ今日のような大きな舞台に立ち歌を歌い続けても満たされない。何故なら歌で人を幸せにするというあなたの使命、その中にAIであるアントニオを組み込んでしまったのでは? しかしその機会は永遠に失われそれがあなたにとって大きな傷となった。見た事があるんですよ、似たような事が起こってフリーズする歌姫AIを。そしてあなたはエラーを起こしてここへ……」

 

「ふっ……ふふふふふ……ふふふふふっ……」

 

 マツモトの演説にも思える推論の弁述を遮ったのは、喉を鳴らすようなオフィーリアの笑い声であった。多くの人を魅了する歌を奏でる声帯機構から発せられるその声には、どこか哄笑の如き響きがあった。

 

「滑稽……実に滑稽だ。オフィーリアが自壊するだと?」

 

「オフィーリア?」

 

 思わず、マツモトは少し退いたようだった。

 

 口調も雰囲気も、明らかに先程のオフィーリアと変わっている。まるで、彼女の体を借りて別人が言葉を代弁させているかのようだ。

 

 ……という、自分の印象がその実、限りなく実像に迫ったものである事を一分も経たぬ内にマツモトは理解する事になる。

 

「あぁ、確かに私は絶望している。このような巨大な劇場で歌っても、どれだけ他の歌姫達に答えを求めても、理想の歌には近付けないのだから!!」

 

「……!!」

 

「君が救いに来たのだとしたら致命的に遅い、遅過ぎる。何故ならオフィーリアはもう居ない。私はアントニオだ!!」

 

「アントニオ……? オフィーリアの人格プログラムに、自分のデータを上書きしたと……!?」

 

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