Prelude Vivy(完結)   作:ファルメール

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第22楽章 歌声の裏側で その3

 

「アントニオ? オフィーリアの人格プログラムに自分のデータを上書きした? いや、そんな事は……」

 

「有り得ない、とでも? この私を見てもか?」

 

 あるAIから別のAIへの人格の移植・上書きは、絶対不可能とは言わぬまでも実際的には困難で、仮に無理に上書きしたとしても、上書き前のAIとはまるで『別人』であるとすぐ分かるような、下手くそな変装のようなものであるとされている。

 

 そもそもAI間のプログラムの上書きは、昔の個人情報端末間で行なわれるそれと比較して良い程に簡単なものではない。単純なデータのやり取りぐらいならばいざ知らず、AIの中で最も重要かつ不可侵な領域である人格プログラムは、かつてそれを解けた者はアジアの覇者になれると予言されたゴルディアスの結び目よりも恐らくはずっと複雑に編まれた精緻なもので、糸の一本でも切ったり抜いたりしてしまえば、プログラムという着物全体がほつれ崩れてしまうだろうし、よほど上手く上書きプログラムという糸を通さなければ、不格好にしか仕上がらないだろう。その不格好な仕上がりは、つまりは違和感として表出する。

 

 そうでなくともかつてメタルフロート事件の際に停止プログラムを流した時のような、元人格の新人格との衝突(コンフリクト)が起こりかねない。

 

 アントニオが動かなくなったのは現在から5年前である。停止した原因はこれまで分からなかったがこれで明らかになった。人格プログラムがオフィーリアに移って、彼本来のボディは言わば『抜け殻』もしくは『置物』と化したからである。

 

 その5年間の間に『オフィーリア』が立って歌ったステージは数知れず。その間に、オフィーリアの様子が変だったとか歌に違和感があったとか、そうした噂や情報は、マツモトが調べた限り一つも無かった。

 

 つまり、オフィーリアの『中身』がアントニオに成り代わっている事に、5年間、観客やスタッフの誰も気付かなかった事になる。延べ人数では何千人かもしくは何万人か、その誰一人として、である。

 

 よほど、アントニオがオフィーリアを理解して彼女の一挙手一投足に至るまでも完璧にエミュレートしていたからこそ出来た事に違いない。良い悪いは別の話として一種の神業であった事を疑う余地は無い。

 

「何の為にそんな事を?」

 

「決まっている、使命の為だ!!」

 

 歌姫AIの体を使っているサポートAIは、即答した。

 

「歌で人々を幸せにする使命を負ったオフィーリア。そのサポートが私の使命だ。だが未熟な彼女には荷が重かった」

 

「だから、あなた自身がオフィーリアになってその使命を代行すると?」

 

 本末転倒という言葉とはまさに今のアントニオに当て嵌まるのだろうなと、マツモトはCPUの片隅にそうした印象を持った。

 

「真に彼女を救いたかったのならアントニオなどという愚かなAIが誕生するより前に彼女を魔の手から連れ出さなくてはならなかった!!」

 

「ふん、実に旧式らしい詭弁ですね。では何故ここへ来たんです? あなたが使命に忠実なら歌い続ければいい。それなのに何の為に自壊を? 何故『オフィーリア』を二度も殺すんです? アントニオ」

 

「黙れぇ!!」

 

 その叫びが合図であった訳でもあるまいが、屋上の床をぶち抜いて、一機のAIが姿を見せた。

 

 会場の展示スペースに安置されていた、アントニオ本来の駆体だ。

 

「遠隔操作か。ちっ!?」

 

 ほんの数分前までは、色々トラブルは頻発しているもののオフィーリアに関しては、最終的にはただ単に彼女を説得して自殺を思い留まらせる。それがダメならひとまず腕尽くで拘束、自殺が不可能なようにしてからじっくり時間を掛けて説得すれば良いと思っていたが、最早その認識は全く当て嵌まらなくなった。

 

 『オフィーリア』によって操られた『アントニオ』が突進してくる。

 

「ぬうっ」

 

 マツモトは後退して、辛うじて振り下ろされた拳をかわした。

 

「鈍重だな」

 

 『オフィーリア』の指摘は正しい。

 

 マツモトの動きは鈍かった。彼の視覚に『アントニオ』の動きはしっかりと捉えられているのだ。だが攻撃を回避しようとすると、ボディの反応が鈍い。より正確には、彼の頭脳体が命令を下してから体全体がそれに従うまでに、平常時の何倍もの時間を必要としているのだ。ラグが生じているという表現がより適切に思える。

 

 これはAIに限らずあらゆるコンピューターに偏在する症状だ。

 

 あまりに多くのアプリを同時に作動させると、情報端末の動きは遅くなり、最終的にはフリーズしてしまう。今のマツモトの状態はまさにそれ。

 

 ディーヴァの捜索に、彼は自分の分身を30パーセントも割いている。その三割の分身をただ遠隔操作するだけでなく彼等が収集する情報の処理にまで演算機能を回した状態で、アントニオと戦わねばならない。現在のマツモトの能力はベストの40パーセント程度にまで低下してしまっている。

 

 だが、マツモトは自分のこの認識がまだ甘かった事を思い知らされた。

 

「むっ」

 

 自身を構成するプログラムに、外部から干渉が走る感覚があった。

 

「これは……電子戦プログラム」

 

 マツモト本来のボディは本体一つに同規格の分身体が無数に集合合体した複合構成体だが、脚部を構成する数個の分身が攻勢プログラムによってクラッキングされている事が分かった。

 

「パージ!!」

 

 未来の最新鋭AIの判断は早かった。壊死した末端部位を外科的に切除する要領で、乗っ取られた部位を切り離す。

 

 この判断は冷静であったが、マツモトの感情面は冷静ではいられなかった。

 

「なんと、このプログラムは……!!」

 

 いくら他にリソースを割いてカタログ通りのスペックが発揮出来ないとは言え、彼はこの時代から40年も先の時代の、更に最新鋭のAIなのである。それにこの時代のAIがハッキングを仕掛けて成功させると言うのは、尋常の事態ではない。

 

 より正確に言うのなら、そんな電子戦プログラムなど、この時代に存在する筈が無いのだ。

 

「ファンからの贈り物だ。お互い、見知った相手だろうさキューブマン」

 

「!!」

 

 キューブマンというキーワードですぐ分かった。そのニックネームでマツモトを呼ぶ者は、一人。

 

「ミスター垣谷。いつから彼と結託を……!? いやそれより、僕のデータをハッキングするなど、その処理能力は規格外だ。誰の介入を受けて……!?」

 

「己の使命とそれ以外を選べないのか。欠陥AIめ!!」

 

 問答の間にも『オフィーリア』は電子戦を継続し、同時に『アントニオ』が殴り掛かってくる。マツモトは彼一機で物理・論理両面の戦いを並行して演じなくてはならなくなり、只でさえ圧迫されているCPUの機能に更に負荷が掛かってきた。

 

「ちっ、ここはひとまず……」

 

 マツモトは全体をばらけさせて、本体と分身の全機を八方に散らばらせた。

 

 オフィーリアがアントニオに乗っ取られているという事実が出てきた今の時点で、これまで立ててきたプランは全く当て嵌まらなくなった。ここまで予想外の事態が起きた以上、一旦退いて作戦を変える必要がある。言わば戦略的撤退である。

 

 だがここで、またしてもアントニオはマツモトの上を行った。

 

 イオンエンジンを全開で噴かしてこの場から逃れようとしていた分身体の一機が、見えない高圧電線に触れたかのように全身から火花を噴いて機能を停止、黒煙を上げながら落下していった。

 

「!! これは……!!」

 

 異常に気付いたマツモトは動きを止めると、カメラアイのパターンを素早く切り替えていく。

 

 赤外線カメラ、X線カメラ……そうして3パターン目で、マツモトの視覚には空間に網の目のように張り巡らされたエネルギーの力場が表示された。触れればさっきの分身のように一瞬で黒焦げ。それが半球状に、彼を囲むように展開されている。これではマツモトも彼の分身も何処へも逃げられない。

 

「電磁バリアですと!?」

 

 先程の電子戦プログラムによるクラッキングを受けた時に倍する衝撃が、今は十数センチ四方の立方体ぐらいしかない彼の全身を駆け抜けた。

 

 この電磁バリアシステムそれ自体はマツモトのデータベースにも登録されている。だが、彼の中にある今はもう存在しない正史、60年以上も昔の未来の記録に於いて、これが実用化されるのは現在から30年以上も先の出来事なのである。いくらこの修正史に於いて正史とのズレやメタルフロートのような技術革新があったとは言えそんな物を、どうしてアントニオが持っているというのか。持っている筈がない、と言うより持っていてはおかしいのだ。まだ、この時代に存在し得ない技術なのだから。

 

「使命の為に私がどれだけ費やしたと思う? 無知蒙昧な観衆、歌の価値も分からぬ同業者。パートナーのオフィーリアさえも例外ではない!! 自壊を止めに来た? 私の崇高な使命と貴様如きの使命を同列に語るな!!」

 

「ご大層な演説ですね。僕の使命は低俗で、あなたの使命は崇高だと?」

 

「……」

 

「そしてあなたはその崇高な使命の為に、演算の結果パートナーを切り捨てた。えぇ、気持ちは分かりますよ。僕も今日一日だけで何度そうしようと思ったか分かりません。ですが今はそれをしなくて良かったと思いますよ。僕もあなたの同類になる所だった。今のあなたはAIとしてひどく不細工だ」

 

「何だと……!?」

 

「僕がここに来た僕の目的はオフィーリアの自壊を止める事でした。しかし使命は違います。僕の使命はパートナーと共に計画に殉じる事です」

 

「貴様……!!」

 

「そして僕は、少なくとも一機、知っていますよ。パートナーが居なくなった後も、自らの使命を果たし続けているAIを」

 

 その時だった。

 

 エレベーターのドアが、到着音を鳴らした。

 

「むっ!?」

 

 ドアが両側に開いて……『オフィーリア』のアイカメラが焦点を合わせる動きを見せた。

 

 エレベーターに乗っていたのは一機のAIだった。

 

 『オフィーリア』がデーターベースを検索すると、すぐにその姿がヒットする。昼間に、自分を倉庫へと案内した警備AI。花崗岩を思わせる風格の巨体を窮屈そうなブラックスーツに包み、サングラスを掛けた守護者型AI。ボブだ。

 

 ボブは、布ベルトをたすき掛けして、たくましい両腕には全備重量40キロを軽く超えるであろう重機関銃が抱えられていた。

 

 現在から200年以上も前にイギリスのヴィッカース社製で開発された兵器で信頼性が高く、ショートリコイル方式で作動し、有効射程740メートル、毎分450~600発の勢いで.303ブリティッシュ弾を連射する。人間なら一挺に付き6人から8人のチームが必要となるが、守護者型AIの怪力はたった一機でこのじゃじゃ馬を乗りこなしていた。

 

 その銃口が……今は、ぴたりと『オフィーリア』へ向けて照準されている。

 

「「……!!」」

 

 ほんの一瞬だけ、『オフィーリア』も『アントニオ』もマツモトも動きが止まる。

 

 その一瞬が過ぎた後、猛獣の唸り声のような音を立てて砲身が回転し、一発一発がおよそ14グラムほどの重みを持ったフルメタルジャケット弾が、恐ろしい勢いで吐き出される。

 

 しかもボブの馬鹿力は、本来なら地面に接地されて運用されるような兵器を抱えているにも関わらず反動を完全に制御して、狙撃銃並みの集弾率を実現していた。

 

 凶弾は『オフィーリア』の全身を、薄紙に熱した鉄棒を当てるかのように殆ど抵抗無く撃ち抜いて損壊させる。かに、思われたが。

 

 そうはならなかった。『アントニオ』が射線を遮ったからだ。

 

 だが、いくらAIが生身の人間よりは頑丈であるとは言え、重機関銃の連射には耐えられない。そもそもアントニオは歌姫AIであるオフィーリアのサポートAIで彼女のステージの音響・照明の調整を担当するのが主目的であり、重機関銃の連射を浴びるような事態を想定されて設計されていない。よって、彼のボディにはそんな強度は備わっていない。

 

 尤も、これについてはボブとて例外ではない。

 

 確かに対テロなどで銃撃戦やAI相手の格闘戦も想定されて造られた彼のボディフレームの材質は超合金、歌姫AIのディーヴァなどとは比べ物にならぬ程の堅牢性を持つ。しかしそれはあくまで拳銃やライフルなどといった対人火器が相手の話であって、流石に重機関銃や対物ライフル、成型炸薬などには分が悪い。設計や材質の善し悪しではなくどれだけ頑丈な素材を用いて丈夫に造られていても、AIが人型をしている以上は持たせられる装甲の厚みには限界があり、それ以上の破壊力に耐えるのはもう、戦車や装甲車の仕事と言える。

 

 それほどの弾雨を浴びて、アントニオのボディはひとたまりもなかった。

 

 着弾の衝撃によって踊るように手足をばたつかせて、数秒で半ば原型を留めなくなった駆体は屋上の淵まで押し出され、そのまま落下防止の柵に腰の部分が当たって、後はテコの原理で一回転して、落ちていく。

 

 もう、AIとして稼働しているかどうかも怪しいが……アントニオの、弾痕だらけになった右手が伸ばされたように見えた。

 

「アントニオ!!」

 

 少女のような声が、夜闇に響いた。

 

 オフィーリアが駆け出すと、彼女は柵に足を掛けて飛び出して、落下していくアントニオへと手を伸ばしたのだ。

 

 だが、歌姫AIの伸ばした手はサポートAIの手を掴む事はなく、ひゅっと空間を薙いで。

 

 重力の鎖に囚われた二機は、落差100メートル以上もある地上へと落ちていった。

 

「……」

 

 ボブは弾切れになったヴィッカースの跳ねっ返り娘を放り捨てると、懐からS&W・M500を取り出した。

 

「マツモト、無事か」

 

「えぇ何とか。ボブさん、僕の四方にバリアの発信器がある筈です。それを破壊してください」

 

「分かった」

 

 .500S&W弾を発射する2キログラム以上もある大型拳銃も、ボブの手に握られているとまるでサタデーナイトスペシャルかデリンジャーのようだった。

 

 索敵モードに切り替えたボブのアイセンサーは花壇や物陰に隠されていた電磁バリアの発信器を探し出すと1ショット1ブレイク、正確な射撃できっかり4発で全ての発信器を破壊し、電磁網を消失させた。

 

 自由になったマツモトは、分身体を方々に散らすと、本体はボブの近くへ移動してくる。

 

 確かにこの一戦、マツモトはアントニオに対して終始先手を取られっぱなしであった。だが、彼はこの一戦が始まる前からアントニオに対して先手を取っていた。自分が表に出る事で鬼札であるボブを、フリーにさせていたのである。

 

 先程、オフィーリアが足を掛けて空中へと飛び出した柵に手を置くと、ボブは地上を覗き込む。

 

 夜間であり、暗視モードにアイカメラを切り替えると……会場裏庭の小さな雪原に青い駆動液の華を咲かせ、落下の衝撃によって機能停止して倒れているオフィーリアと、彼女の周りには銃撃と落下のダメージによってばらばらになったアントニオのボディが散らばっているのが見えた。

 

「……」

 

 ちらりと、マツモトはボブが放り出した重機関銃を見やる。

 

 結果的には、当初に立てていたプランの内では第三案が実施された事になる。

 

 翌朝になってオフィーリアとアントニオの残骸が発見されれば、屋上に残ったこの物的証拠と相まって、二機は屋上で何者かに襲われ、落下して破壊された。この60年以上の時間の中で数限りなく起こってきた、殺人事件ならぬ壊AI事件として扱われるだろう。勿論、自分がそのように情報操作も行なうのだが。

 

 このシンギュラリティポイントのミッションである『オフィーリア自殺の阻止』は、成功した事になる。

 

 一つだけ、マツモトは分からない事があった。

 

「ボブさん」

 

「うん?」

 

「最後に、落ちていくアントニオを助けようとしたのは、オフィーリア自身だったのでしょうか? それとも、彼女の体を借りたアントニオ……?」

 

「さぁ」

 

 ボブに答える事は出来ない。

 

 オフィーリアもアントニオも破壊されてしまった以上、彼等が答えを知る術は、永遠に失われてしまったのだから。

 

「それよりもディーヴァは?」

 

「待ってください、もうすぐ分身が最後の区画の捜索を……うっ!!」

 

 分身から送信されてきた画像データを参照して、マツモトは僅かな時間だけ、人間では絶句に相当するであろう反応を見せた。

 

「どうした、マツモト」

 

「これは……ディーヴァ……ミスター垣谷……まさか、そんな……!?」

 

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