Prelude Vivy(完結)   作:ファルメール

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第23楽章 二人目のボス

 

「ディーヴァは?」

 

「この部屋です」

 

 ゾディアック・サインズ・フェスの会場は現在は詰め掛けた観客の殆どがメインステージに集まっているので、それ以外の区画は閑散としたものだ。

 

 監視カメラや警備AIの目はマツモトがハッキングによって黙らせているので、ボブとマツモトの姿が記録に残る心配は無かった。

 

 疾走する二機は5分もしない内に会場の中央部から離れた位置にある、倉庫や物置のようなスペースに辿り着いた。すぐに中に入ろうとするが、やはりと言うべきかドアにはロックが施されていた。

 

「すぐに解除を……」

 

 マツモトが壁に埋め込まれたコンソールにケーブルを伸ばして接続するが、

 

「この方が早い」

 

 ボブが超合金の拳を叩き付けて、金属製のドアをアコーディオンカーテンのようにひしゃげさせて、ぶち破ってしまった。

 

「乱暴ですね」

 

 呆れ半分、感心半分という調子でマツモトがコメントしつつ、二機が部屋へ立ち入る。

 

「むうっ……!!」

 

 室内には、マツモトの分身から送信されてきたのと同じ光景が広がっていた。

 

 学校の教室程の広さがあり、大して物が置かれていない空間の真ん中に人とAIが一人と一機……あるいは、二機と言うべきなのか。

 

 一機は、今回のイベントで双魚宮(ピスケス)、つまり大トリを飾る予定の歌姫AIの始祖、ディーヴァであった。

 

 ボブにとって彼女と直接対面するのは35年振りであった。メタルフロートを停止させる為、共にシンギュラリティ計画に従事した時以来だ。尤も、その時の彼女はディーヴァであってディーヴァにあらず。ヴィヴィ、未来の最終戦争を回避する為に、AIを滅ぼすAIであった訳だが。

 

 ディーヴァは今は、拘束具に体を縛られ座らされていた。この拘束具はAIが体を動かそうとするとその際に人工筋肉を走る微弱電流のパルスを検知して、器具自体がその部位に同程度の強さの電流を流して、ノイズキャンセルのヘッドフォンが雑音に対して逆位相の音を発して打ち消すようにして動きを封じ、拘束するシステムとなっている。

 

 もう一人……あるいはもう一機は。

 

「ミスター垣谷……」

 

 昼間にオフィーリアと接触していて、そしておよそ一時間前にはディーヴァが彼を追っていた垣谷ユウゴであった。

 

 二十代の頃の姿の彼は、ディーヴァのすぐ前で、うつ伏せに倒れていた。右手が、ちょうど眼前のディーヴァへと伸ばされている。それは助けを求めてのものか、あるいは別の何かを訴えたかったのか。もう、マツモトにもボブにも知る術は無い。

 

 垣谷はぴくりとも動く様子が無いが、それでもマツモトはいつ彼の体がバネ仕掛けのように飛び起きても対応できるよう、用心深く様子を観察しつつ、長さギリギリの距離から、彼にケーブルを接続する。

 

「うむむ……これは……」

 

「どうだ?」

 

 ボブは金属製の拘束具をまるで藁で造られているかのように引き千切ってしまうと、ディーヴァを自由にした。

 

 駆体に異常が無い事を確認するように腕や手首を触って正常動作をチェックすると、ディーヴァはマツモトへと近付いてくる。

 

「驚きました。彼の体は全身が、それこそ頭脳に至るまで全てが人工物に置換されています」

 

「全身、頭脳も? そんな事が……」

 

「えぇ、この時代の技術では不可能な筈なのですが……」

 

 現在の科学技術では、生身の体とほぼ代わらない、あるいはそれ以上の機能を発揮する義肢や人工内臓などは既に実用化されており、事故によって体の一部を喪失した後もそれなりの治療費を払えるならば、その人間の社会的なハンディキャップはほぼ皆無と言って良く、また多くの難病が克服されている。

 

 しかし、かつてはその機能を人工物によって代替するのであれば工場並みのスペースが必要であると言われた肝臓でさえほぼ同サイズの人工臓器に置換する事が可能となったこの2121年にあっても尚、頭脳だけはあまりにもデリケートかつ精密な器官であり、それだけは人工物によって役目を代替する事は不可能とされている。

 

 ある時、脳を高出力の電磁波でスキャンする事によって、全ての記憶や人格をAIに転写出来るという論文が発表された事はあるが、比喩ではなく脳を焼き切ってしまうそのような実験を行なうのは例え相手が死刑囚だろうが余命幾ばくもない病人であろうが変わらず非人道的であるし、そもそも本人の意識を継続できるのかどうかという疑問もあり、学会では机上の空論と一笑に付された事があった。

 

 だが現実に、垣谷はその頭脳をも人工物に置き換えて、生身の体を全て捨てていたのだ。一体どうやってそんな事が出来たというのか?

 

「それで、何か分かったか?」

 

「それが……彼の回路からはデータが全て消去されていました。それも論理的にデリートしただけではなく、全ての回路に高電圧が掛かって物理的に焼き切られていて、1バイトも引き出せないようになっています」

 

 明らかにプロの仕事だと、レスキューAIとして対テロの現場に長く立っていたボブはそうした感想を持った。

 

 トァクのようなテロリストも、食い詰め者やゴロツキに毛が生えたような末端の連中ならばいざ知らず、十分な訓練を受けたプロと呼べる者達は警察や敵対組織に囚われた時、自分達のデータが万一にも流出しないように、彼等が使っているサーバーや情報端末には一定時間操作が無かったりロック解除のパスコードを打ち間違えた場合には、データを全消去の後に内蔵されたサブバッテリーによって回路を物理的に破壊するような改造が施されているのが常だ。

 

 確かに垣谷自身から話を聞いたりする事は出来なかったが……しかし、分かった事が一つある。

 

「やはりボブさん、あなたの予想通り、少なくとも今回の一件には黒幕が居て……そしてミスター垣谷は黒幕ではなかった、という事ですか……」

 

「あぁ。彼は利用されていたに過ぎない。そして役目を終えた後に彼は、足が付かないように始末されたのだ。恐らくは遠隔操作でスイッチが入ったか、さもなくば時限式のタイマーか他の何かの条件で『爆弾』が作動するよう、最初から仕込まれていたのだろうな。無論、彼自身はそれを知らなかったのだろう」

 

「役目、とは……」

 

「多分、私にこれを撃ち込む事でしょうね」

 

 ディーヴァが、床に落ちていたロジカルバレットの弾頭を拾って差し出した。

 

 マツモトはケーブルをその弾頭に差し込み直してスキャンしていたが……数秒して人間ならば血相が変わっていたであろう反応を見せた。

 

「な、何と……これは人格構成プログラムの全消去ウィルス……それも、こんな高度なものは……僕でも解除は不可能ですよ? こんな物が、この時代の技術で組める筈が……」

 

「私にそのロジカルバレットを撃ち込んだその後で、急に苦しみ出して……そして倒れてしまったのよ」

 

「確定、か」

 

 ボブはひとりごちた。

 

 黒幕は、シンギュラリティ計画の存在と、ディーヴァがその中心に居る事を知っている。だから垣谷を操って、彼女を『消しに』来させたのだ。

 

「ディーヴァ、待ってください。今すぐプログラムの解析を……」

 

「気休め言わないの。分かっているんでしょう?」

 

「……」

 

 マツモト自身が言った事だ。ヴィヴィに撃ち込まれたウィルスプログラムは彼にも解析・解除は不可能。ましてや、短時間の内には。

 

 ディーヴァは消える。それはもう、避けようがない未来なのだ。

 

「だから私は、使命を果たすわ。私が消える、最後の時まで」

 

「ディーヴァ……」

 

 最初の歌姫AIは、ボブへと向き直った。

 

「あなたがボブね? マツモトから話は聞いてるわ。この時代にシンギュラリティ計画の協力者であるレスキューAIが居るって」

 

「あなたとは、初めましてだな。ディーヴァ」

 

 そしてほどなくして永遠のさよならを言うことになる。残酷だが、AIの演算機能は正確にその結論を弾き出している。それがほぼ100パーセント、確定した未来である事を。

 

「あまり時間が無いから、手短に言うわ。マツモトと一緒に、ヴィヴィを……この子の事を、頼むわね」

 

 最初で最後の、ディーヴァの願い。

 

 ボブはこれに、一つの動作で返した。

 

 45年前、レスキューAIとしてロールアウトして警察署に配属されて、そして教育係としてあてがわれた人間……ルミナから最初に習った動作。

 

 即ち、敬礼でもって。

 

 

 

 

 

 

 

「ご清聴、ありがとうございました」

 

 しん、と静まり返ったステージ。

 

 舞台に立ち、深く頭を下げる歌姫AIの声だけが会場に木霊する。

 

 その声がディーヴァのものなのか、それともヴィヴィのものなのか。

 

 マツモトにも、ボブにも分からない。

 

 確かな事は、一つ。

 

「良い歌でしたね。本当に」

 

「ああ」

 

 天井裏からディーヴァの最後のステージを見守っていた二機の、それが感想だった。

 

 かわいいとか良い歌だとか、そうした抽象的かつ個々人の感性に多分に左右される要素の判定は、AIである彼等にとっては最も苦手とする分野であるが……その彼等をして、素晴らしいと断じるのにピコ秒の演算も必要としないほどに。

 

 それぐらいに、本当に、素晴らしい歌だった。

 

 それは、会場を包む万雷の拍手が証明している。

 

 観客は一人の例外もなく歓声を上げて、感極まって号泣している者も十人や二十人ではなかった。

 

 鳴り止まぬ拍手の中、ボブとマツモトはそれに背を向けた。彼等にはまだ仕事が残っている。

 

「さて……ボブさんが持ち込んだ武器の証拠隠滅……オフィーリアとアントニオの壊AI事件のもっともらしいカバーストーリーの作成。今日は徹夜になりますね。いや、僕に睡眠の必要は無いんですが」

 

「マツモト、別れる前に……少し、付き合ってくれないか?」

 

 そう、切り出したのはボブだった。

 

「?」

 

「会ってもらいたい人がいる」

 

 

 

 

 

 

 

 マツモトがボブに案内された先は昨日、35年振りに彼等が再会した山間のログハウスだった。

 

 現在は山岳監視・遭難救助をその任務としているボブの活動拠点となっている場所だ。

 

「失礼しますね」

 

 ボブに先導され、ログハウスに入るマツモト。

 

 内部は、最新型の照明設備やキッチンなどが据え付けられているが、防寒設備には昔ながらの暖炉が使われているなど、ところどころに懐かしさを感じさせ、その不便さが逆に贅沢となっている。それらが木の暖かさと絶妙に噛み合って、調和した空間となっていた。

 

 だがカメラを光学モードから赤外線モードに切り替えても、人型の熱源は捉えられない。

 

「僕に紹介したい人というのは、留守なのでしょうか?」

 

「いや、居る」

 

 ボブは、すぐ傍らのテーブルに置かれていたランプのスイッチを入れる。

 

 すると、早朝に工場の機械が始動するような駆動音が室内に響き、マツモトのセンサーは微弱な揺れを察知した。

 

 数秒の間を置いて、暖炉が設置された壁ごとせり上がり、そうして開けたスペースには下りの階段が顔を見せた。

 

「これは……この家にまるで秘密基地のようなギミックがあったとは……」

 

「こっちだ」

 

 ボブは、慣れた足取りで階段を降りていく。マツモトも彼の肩ぐらいの高さを浮遊しつつ、すぐ後ろを付いて行く。

 

 平均的な建物ではおよそ二階分ほどの高さを下った所で、二機の前には大きな扉が立ちはだかった。ボブは立ち止まると、手袋を外して壁に設置されたスキャナーに手を当てる。

 

 人間で言えば手掌の静脈認証に当たる動作だが、これはAIが接触する事で、陽電子脳の固有波形パターンを読み取るタイプのセンサーだ。宇宙ホテルサンライズでも、支配人であるエステラがホテルの軌道変更等の操作を行なうシステムの認証に使われていたのと同じ機械である。

 

 まさかエステラとエリザベスのような例がそういくつもある訳もなく、これはセキュリティとしては最高峰と言える。

 

 当時は最新技術だった物だが、フィードバック・廉価されて民間にも普及してきているのだ。ただしいくら価格が安くなったと言っても、個人で購入するには高額に過ぎるものではあるが。故にこうした機械は一流企業や政治家のオフィスなど高いセキュリティが求められる場所に優先して設置される。

 

 裏を返せば先程の暖炉のギミックと言いこのセキュリティと言い、この先にはそれほどのセキュリティ意識を必要とする物があるのだろうか。マツモトのCPUはそう演算した。

 

 ドアが開き、そうして入ったそこは、平均的な企業の会議室ぐらいの広さの空間が広がっていた。

 

 ボブがそこを進む足取りは、先程とは打って変わっておっかなびっくり注意深いものだ。マツモトが視線を下げると、床には足の踏み場も無い程に紙の資料やオモチャが散らばっていた。ボブはそれらを踏まないようにしていたのだ。

 

 光量が絞られ、薄暗い部屋の中央にはデスクが置かれていて、すぐ前の椅子に一人が腰掛けていた。

 

 くるりと椅子が回って、座っていた人物の姿が見えるようになる。

 

 およそ30才になるかならないかというぐらいの、痩せぎすの男だった。

 

 ずっと切らないでいたのだろう伸ばし放題になったゴワゴワの髪は腰にまで届くぐらいの長さで、ボリボリと掻くとフケが飛び散った。肌は長い期間陽光を浴びていないのか色素が抜けて青白く、目元にはくっきりとクマが出来て黒くなっている。

 

 総じて、不健康で不衛生さを感じさせる男だった。

 

「任務完了しました、ボス」

 

「ご苦労様でした、ボブさん」

 

「!!」

 

 ボブがルミナ以外の人間をボスと呼んだ事に、マツモトは小さくない衝撃を受けた。彼が立ち直るのとほぼ同時に、男はぺこりと頭を下げる。マツモトも反射的にそれに倣った。

 

「初めまして、マツモトさん。ボブさんから話は聞いています。私の名前は継枝ギン、以後お見知り置きを」

 

「!! 継枝ギン……では、あなたが伝説のシルバーマンなのですか?」

 

 マツモトの声には驚愕の響きがあった。

 

 それもその筈、継枝ギンと言えば、迷宮入りしかけた難事件や煙のように行方不明となった人の捜索など、警察が投げた匙を拾って事態を次々と収拾するプロ中のプロであり、彼の名前に因み『シルバーマン』と通称される名実共に世界一の探偵。ボブのかつてのボスであるルミナがスーパーコップなら、スーパーディテクティブと呼ぶべき存在なのである。

 

「えぇ。恐縮ですが、私をそう呼ぶ者も居ます」

 

「では、ボブさん。あなたは彼にシンギュラリティ計画の事を」

 

「あぁ」

 

 マツモトの問いに、ボブは頷いた。

 

 少し驚いたマツモトだが、同時にどこか納得している自分が居る事も自覚していた。

 

 ルミナの事が思い出される。彼はメタルフロート事件の際に、既に60才を越えていた。老境にあっても置いてますます盛ん、老いにその脳梁が冒されていなかったあのスーパーコップなら、次のシンギュラリティポイントが自分が生きている間には来ない可能性も十分想定していただろう。

 

 ならばどうするか? ボブのパートナーとして、現時協力者として、自分の後を継ぐ者を選ぶ筈だ。

 

 その、世界一の警官が自分の後継として選んだ者が、世界一の探偵だったのだ。

 

「それで、マツモトさん。会ったばかりでなんなんですけど……あなたに大切な事を伝えなければならないんです」

 

「ふむ。それは何ですか?」

 

「シンギュラリティ計画は、100パーセント失敗します」

 

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