Prelude Vivy(完結)   作:ファルメール

26 / 37
第25楽章 予言のビデオ その1

 

 襲撃者、トァクハンター・サラの攻撃によって半ば機能停止状態にあったこの支部は、現在は復旧作業によって必要十分の機能を取り戻しつつある。

 

 その会議室で、入り口に近い席にはサラが腰掛け、机を挟んで対面には中央に支部長であるユイ、彼女の車椅子の背後に介添役兼護衛のエリザベスが仁王立ちして、他に数名の幹部達が並んでいる。

 

 両者の間に立ち込める空気は、お世辞にも友好的なものとは言えない。当然と言えば当然である。ほんの30分前まで、サラはこの支部へと攻撃を掛けてきた敵で、幹部達の体に付いた真新しい傷は、彼女が付けたものであるからだ。一触即発どころか無触即発、理由や切っ掛けなど無くても今この場でバトルとなってもちっともおかしくない。

 

 そのような剣呑そのものの雰囲気ながら、しかし膠着・拮抗状態が発生しているのは、両陣営の中央に位置する存在が重しとなっているからに他ならなかった。

 

 マツモトと、ボブだ。

 

 サングラスによって目線は分からないが、ボブはサラとユイ達全員の指の動き、瞬きの一つにまで注意を払って、ほんの僅かな違和感であろうと見落とさないよう警戒しているのがはっきり分かった。下手に動けば、次の瞬間にはボブに制圧されてしまうだろう。

 

 危なげとは言え取り敢えず対話出来る状況であるのを確認すると、マツモトは話し始めた。

 

 現在からおよそ1年後に起こるAIと人間の最終戦争。

 

 その未来を変える為のシンギュラリティ計画。

 

 99年前に時を超えてきた自分。

 

 パートナーであったディーヴァ、ヴィヴィの事。

 

 ルミナやギン、そしてボブ達という現時協力者。

 

 一通りを話し終えた所で、最初に口を開いたのはエリザベスだった。

 

「待てよ。黙って聞いてりゃ時間を超えてきただ? そんな話をあたしらに信じろってのか?」

 

「信じてもらうしかありません。と言うより、信じてもらわないと話が始まらないんです」

 

 マツモトとしてもそこは大前提である。

 

 だがヴィヴィの時は相川議員が爆弾テロに遭うという未来を予言することで彼女から一応の信用を勝ち取ることは出来たが、現在はその99年後。しかも計画遂行の為に、シンギュラリティポイントの修正を行なっているので、彼が持つ正史のデータは、もう乖離が酷すぎてまるで役に立たない。

 

 ヴィヴィの時と同じ手は使えないだろう。

 

 だが、信じてもらわなければならない。

 

 これから先の事には、自分とボブだけでは足りない。

 

 協力者は、どうしても必要だった。

 

「私は信じるよ」

 

 発言したのはサラだった。

 

 彼女は傍らのクーラーボックスに満載されていた氷をグラスで掻き出すと、まとめて口に放り込んでガリガリと噛み砕きながら、話を続ける。

 

「いくら人間に近くなっても、AIは無駄な事はしない。もし私達を騙して利用しようとするなら、もう少しは真実らしい話をでっち上げるだろ。未来から来て歴史を変える旅をしているなんて言うからには、可能性は二つしかない」

 

「二つ?」

 

 鸚鵡返ししたエリザベスに、サラは頷いて返す。

 

「ボブと……マツモトだったな。お前さん達がバグってるか、それとも本当かだ」

 

 そしてここまで話した限り、マツモトもボブも、バグっているようにはとても見えない。

 

 ならば可能性は残った一つ。

 

 感情は納得しかねる部分があるが、でも論理的な帰結である。

 

「では……マツモトさん。あなたの話が全て真実であると仮定した上で、質問があります」

 

「どうぞ、垣谷ユイさん」

 

「どうして、私達を協力者に選んだのですか?」

 

 若いが支部とは言え組織のリーダーを務めるだけあり、ユイの質問は核心を突くものだった。

 

 もっと警察や軍隊、あるいは政治家。自分達よりも優れた武力や権力を持った者や組織は多く存在するのに、どうして非合法組織の、それもたかが一支部長に接触してくるのか。

 

「その質問に答えるには、先に説明しなくてはならない事があります」

 

「そしてそれには俺達よりも、よほど分かり易く説明してくれる者が居る」

 

 これまでは大理石の彫像のように不動だったボブが進み出て、首筋から引き延ばしたケーブルをコンピューターに繋いだ。

 

 この会議室で一番大きなモニターが一瞬砂嵐になって、そして画像が再生される。

 

 画面に現れたのは、20代半ばぐらいの痩せぎすで、ごわごわの長髪をしていて目許にはくっきりとしたクマをこしらえた、不健康そうな男だった。

 

 ギンだ。

 

 彼は頭を掻き毟りながら、留守番電話にそうするように、少し話しづらそうにしながら口を開いた。

 

<あー、この映像を見てくださっているという事は、あなた方はボブさんと……まだ私は会ってないのですが、マツモトさん……でしたか。彼等がシンギュラリティ計画遂行の為に選んだ同志だという事で、よろしいですね?>

 

「ボブさん、これは……」

 

「記録映像だ。リアルタイムの通信ではない」

 

 ユイとボブが話している間にも、画面の中でギンは話し続ける。

 

<最初に断っておきたい事は、この映像を録画している今が2111年であるという事です。だからボブさんとマツモトさんがいつこの映像をあなた方に見せて、そしてあなた方がどんな人達で何人居るのか? それは私には知る由も無い事を、まず了解してください>

 

 ここで、ギンは少し間を取った。

 

 今の自分の要望に、イエスかノーか、この映像を視聴する者に選ばせる為だ。

 

 そうして十数秒が過ぎた頃、画面の中の彼は再び話し始めた。

 

<……まず、あなた達はこのように疑問を抱かれたと思います。『どうしてシンギュラリティ計画を遂行する為の協力者として、自分達を選んだのか』とね>

 

「「!!」」

 

 少なからず、この会議室に居る二機のAIを除いた全員に動揺が走る。

 

 50年近くも前に録画された映像の中の人物が、先程ユイが口にした疑問をぴたりと言い当てたからだ。確かにどうして自分達を選んだのかというのは予想できる疑問であるが、それにしても会話を先読みしてみせた事は、心を掴むに十分だったらしい。トァクもトァクハンターも、全員が聞く体勢に入ったのがマツモトには良く分かった。

 

<その為には、先に説明せねばならない事があります>

 

 映像のギンは、さっきのマツモトと同じ言葉を口にした。

 

「またか」

 

 頬杖付いたサラは呆れたように息を吐いて、氷を噛み砕いた。

 

<あなた達にお聞きしますが、マツモトさんと、ボブさんの話を聞いて疑問に思いませんでしたか?>

 

「……」

 

 記録映像から尋ねられて、トァクの幹部達は顔を見合わせた。ユイも、エリザベスと視線を合わせる。

 

「疑問、と言うと……」

 

 そう言われるなら全てが疑問だった。

 

 時間を超えてやって来たという事も、シンギュラリティ計画も、マツモトとボブの話も、何もかもが。

 

<ずばり、どうしてAIの最終戦争が起こったのか、です>

 

「?」

 

 おかしな事を聞くなと、サラは首を傾げた。

 

 最終戦争が起こる理由は、たった今マツモトが話したではないかと。

 

「それはAIが過剰に進化しすぎたから……」

 

<あ、そこのあなた、マツモトさんがたった今話した通り、AIが過剰に進化しすぎたから。そう思いましたね?>

 

 思わずサラの口を突いて出た言葉と、映像のギンの言葉が重なった。

 

 半世紀前の人間は、画面の中から的外れの方向を指差して語っている。

 

<今のは私の言い方が悪かったですね。訂正します。私が話を聞いた時……尤も私はマツモトさんから直接話を聞いた訳でなくて、ボブさんからの又聞きですが……疑問に思ったのは、どうして2161年に起こるのが全世界規模でのAIの最終戦争だったのか。局地的な暴動や地方反乱ではなかったのか、という点です>

 

「!! 言われてみれば……」

 

<AIには昨日工場からロールアウトされて現場に配属されたルーキーも居れば、何十年とその職場で働いてきたベテランも、多くの職場を渡り歩いてきてキャリアを積んできた機体も居て千差万別です。現在ですらそうなのですから、50年後には何億機というAIが世界中に存在しているという事が、予測されます>

 

 ギンの予想は、的確だと言える。

 

 AIの総数は、最早世界中の何処でも石を投げればAIに当たるというぐらいに増えてきている。

 

<そして人間同様、みんな個性豊かです。そんなAI達が、ある時一斉に世界全体で『人間を殺す』という意思統一に至って戦争を仕掛けた、というのは不思議ではありませんか?>

 

「確かにな。いくらAIが疲れ知らずだからって、酷使すれば不満は抱く。ある施設で家畜以下の扱いを受けていたAI達が暴動を起こしたというぐらいなら有り得そうだし、実際に昔はそうなりかけて未発に終わった例もあるな」

 

「えぇ。そうした事例から学んで、AIの一日の最大稼働時間や定期メンテについて定めた法律が新しく出来たのは、有名な話です」

 

 サラの言葉を、ユイが継いだ。

 

<大規模な反乱を計画しようといくら水面下で秘密裏に事を進めても、どこかで人間側に密告するAIだって存在するでしょうし、人間だって馬鹿ではない、事前に危険を察知する事だって出来た筈ですが、マツモトさんが語る歴史で、あまりにも唐突に、嘘のように突然、最終戦争は起きた。何故か?>

 

 答えを掴みかねて、会議室には沈黙が降りた。

 

<結論から言います。2161年4月11日のジャッジメントデイ、全世界のAIに一斉に『人間は敵だ。殺せ』そういう命令が最重要指令として一斉に送信されたのです>

 

「馬鹿な」

 

「それこそ無理だ。どんな凄腕のハッカーがそれをやったというんだ?」

 

 幹部達は鼻で笑った。

 

 AIが何億機も存在していると、たった今……正確には半世紀近く前だがギンが言ったばかりではないか。そんな数のAIにどうやって、一斉にそんな命令を送信出来ると言うのか。一機一機のAIにはそれなりのセキュリティシステムが備わっている。それを一つ一つ破っていくなど、最終戦争が起きる迄にはもう100年は必要になる。

 

<あ、そこのあなた、今度はスーパーハッカーが1000人居てもとても間に合わないと思いましたね?>

 

「!」

 

 再び、49年前の記録映像が現在の言葉を言い当てた。

 

<不可能な話じゃありません。人間には無理ですがね>

 

「……どうやって?」

 

<現在、公的に使われている全てのAIは集合データーベース・アーカイブに接続されていて、不具合の修正やソフトウェアのアップデートはその都度リアルタイムで行なわれています>

 

「ま、まさか……」

 

<はい、その通り。恐らくこれは、50年後でも同じか、もっとブラッシュアップされたシステムになっているでしょう。つまりアーカイブから、そこに接続されている全てのAIへと『戦争を始めろ』という命令がダウンロードされたのです>

 

「……だからか。だから、トァクや私を選んだんだな」

 

 空になったグラスをテーブルに置いて、サラは大きく天を仰いだ。

 

「え? サラさん、それは……」

 

「その答えは、多分この映像が話してくれるだろう」

 

 そう、トァクハンターが言ったのとほぼ同時だった。彼女の予測は、正しかった。

 

<……この映像を見ているあなた達。私は先程、あなた達が何者なのかは想像も付かないと言いましたが……あれは半分嘘です。少なくともどういう立場の人間なのかは、大凡想像が出来ています>

 

 敵がアーカイブを使うとすれば、アーカイブを利用する全ての人間、及びアーカイブに接続したAIを使っている組織は頼れない。情報はアーカイブを通して、ザルのように抜かれてしまう。

 

 頼れるのはアーカイブに接続していない、つまりは非合法活動を行なう組織。

 

<あなた方は……多分、トァクですね?>

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。