トァク支部の会議室では、耳に痛い程の沈黙が降りていた。
再生された記録映像のギンが、50年近くも前に自分達の協力者となる者が居るならそれはトァクだろうと言い当てていたからだ。それ以前にも、彼はまるでこの映像を見る相手の言動を先読みしてさながら会話するかのように、受け答えを録画していた。
本当にこれは50年近くも前に記録された映像なのだろうか。実際はどこかからのリアルタイム映像通信ではないのだろうか。幹部の一人がそうした疑念から部屋の通信機器の状態をチェックしたが、現在この会議室は内部での会話が外に漏れないように物理的には遮音力場が張り巡らされて、論理的にも外部からのアクセスは全てシャットダウンされているのが分かっただけだった。
確かにギンの説明は、録画映像ながらボブが言ったように明瞭であり、分かり易いものがあった。現在からおよそ一年後にAIと人間の最終戦争が起こるという突拍子も無い話も、信じてしまいそうだ。
「……お前さん達が、私達に協力を申し出た理由は分かった」
これはサラの発言である。
『敵』は、アーカイブを利用して、2161年4月11日のXデーに、一斉に全世界のAIへと人類への攻撃命令を下す可能性が高い。よって公的な立場を持っていたりする組織や人間には頼れない。そうした組織で使われているAIはアーカイブに接続しているから、彼等を協力者に選んだ場合AIを通してアーカイブを経由し、組織構成や作戦などあらゆる情報が筒抜けになってしまう。
だから、おおっぴらにはアーカイブに接続していない、正確にはそれが出来ない非合法活動を行なう組織を協力者に選ばなくてはならない。そしてその中でも、AIとの共存を訴えるユイ達穏健派は、与しやすい相手であろう。
トァクハンターの自分については、たまたまユイ達に接触しようとやって来たら、同じタイミングで襲撃を掛けていてこの場に居合わせたから流れで戦力として組み込もうという所だろうか。と、サラはそう思考を巡らせた。
「……確かに、ギンさん、でしたね。彼の話は今の所筋が通っています。トァクの穏健派として、私は協力する事にやぶさかではありません」
ユイが、一つのチャプターが終わって画面の中で固まってしまったギンを一瞥して、マツモトへと言った。
「では」
期待が滲んだ声を上げるマツモトだったが、ユイの言葉には続きがあった。
「……ですが、まだ聞きたい事があります」
「……どうして何十年も前からそうした予測が立っていたのに、僕達が戦争が起こる一年前の今になって、あなた方に協力を申し出てきたのか……ですね?」
「! 分かっていたんですか」
ギンではないが、自分の言わんとしていた事をマツモトに先読みされて、ユイは少し面食らったようであった。
「……まぁ、予測出来る質問ではありますからね」
マツモトはぱちくりと瞬きするようにカメラアイを明滅させた。
「そして僕でも予測できる事ですから、ギンさんはやはり予想していました。ボブさん」
「あぁ」
ボブの首筋からコンピューターに伸びたケーブルが微かな光を放った。これはデータを送信するアクションだ。
モニターの映像が切り替わって、先程のビデオ映像と同じ背景でほぼ同じ姿のギンが映し出された。しかし注意深く見ると、心なしか髪型が変わっていたり無精ヒゲが見えたりと細部が違っていて、さっき再生されたのとは別の時間に記録された映像だと分かった。
<2116年4月7日……シンギュラリティ計画へ協力してくださる皆さんは、多分こうした疑問を抱かれた事かと思います。『どうして今になって、自分達に協力を求めたのか』ってね。と言うのも……5年前なのか3年前なのかは分かりませんが、マツモトさんやボブさんが協力者を募るのは、戦争がかなり近くなってからだと思うんですよ>
「「!!」」
またしても、44年も前のギンは、現在の状況を正確に言い当ててみせた。息を呑む音が、会議室に木霊する。
<どうして、そんな瀬戸際になってから同志を募らねばならなかったのか? これからそれを説明しようと思いますが……それにはまず、説明しなくてはならない事があります>
「まどろっこしいな」
ここまでの話の流れからギンが無駄な話をしたりするタイプでないのは分かるが、もったいぶったような言い回しを受けて、エリザベスはわずらわしそうに肩を竦めた。
<説明しなくてはならない事というのは、二つ。『誰がアーカイブから世界中のAIへ人類への攻撃命令を出したのか』『そもそも何の為に人類を攻撃する必要があったのか』この二点です>
つまり犯人と、動機である。
マツモトもかつての彼ならば、動機などはどうでも良く戦争を止める事こそが重要だと主張したろうが、サンライズやゾディフェスの事件を経ている今となっては、それらの要素を軽視する事は出来なかった。
「確かにそれも重要な要素ですが……」
どうして戦争が近くなったこの時期に協力を求めてきた理由を説明する為に、その話題になるのだろうとユイは首を傾げる。
「まぁ、関係があるから話すんだろう」
続きを、とサラが手を振って促した。勿論、録画映像のギンはそんな動作とは無関係に話を続けていく。
<まず、犯人の方から話しましょうか。誰がアーカイブから攻撃命令を発信するのか……ですが>
「アーカイブのサーバーは無線通信用電波塔『アラヤシキ』にあるな。そしてアーカイブのサーバーにそんな重要な深度までアクセスが出来る者となると……」
「OGC社の会長か社長かその親族か……ですかね?」
アーカイブは現在、世界中で稼働するAIの90パーセント以上の機体に接続されていて、AIのソフトウェアがアップデートされたり発見された不具合の修正パッチはその都度、リアルタイムでAI達に配信される。それは確かに、ギンの推理通りやろうと思えば人間への攻撃命令をAI達に流す事だって可能となる。
だがそういう超重要システムだから、アーカイブのサーバーにアクセスが出来るのは人間だけとなっている。
宇宙ホテル・サンライズではホテルの軌道変更という最高命令を下すのにAIであるエステラが支配人として実行する事も出来たが、アーカイブはそれとは比較にならない重要度の施設であると認められているので、アクセス出来るのはアラヤシキのオーナーであるOGC社の人間、その中でもそんな最深部に入り込めるのはトップクラスのほんの数人に限られている。
<あ、それ違いますよ>
「「!!」」
<あなた達、犯人はOGC社の会長や社長とかだと考えたでしょ? 残念ながらその答えは不正解です>
「どうしてだ?」
<まず、OGC社のトップと言えば世界中を見渡しても上から数えた方がずっと早いような超VIP。彼等には財産も地位も名誉もある。最終戦争が起こったのなら、札束がトイレットペーパーにもならないような時代がやって来て、それら全てを失います。動機がありません>
「……それは確かに」
それでも、破滅願望があって全世界を巻き込んでの自殺という史上最大最悪に傍迷惑な話も考えられるが……しかし、その仮説はどうもしっくり来ないと言うか、フィーリングが違う気がする。
<話が前後しますが、私はとある理由から、最終戦争の引き金を引いたのは人間では有り得ないと考えています>
「じゃあ、誰が? まさかただの事故だったとでも?」
アーカイブのサーバーには人間しかアクセス出来ないのに、犯人は人間ではない。ならば誰がそれをやったと言うのだろうか。
<単純な理屈です。人間への攻撃命令を下したのは人間ではない。AIはアーカイブにアクセス出来ない。事故でもない。話を聞く限り、最終戦争は不運な偶然が積み重なった結果などではなく、起こるべくして起こったものですからね>
ならば、残された可能性は。
<アーカイブが誰の命令も受けずに自律的に動いて、攻撃命令を自らに接続している全てのAIに流したのですよ。それしか考えられません>
「馬鹿な」
「アーカイブはAIじゃないぞ。あれは接続しているAIを通してあらゆる情報を収集し、記録する8000ゼタバイトのストレージと、その記録したデータをAIからの要求に応じて検索・出力するbotでしかない筈だ」
<そうですね。アーカイブはAIではない。あそこには陽電子脳は無く、アーカイブは超大規模のデータストレージと接続したAIの情報検索に対応するbotでしかありません>
もう、ギンの記録映像が話の内容を先読みしてあたかも会話しているかのように語る事には感覚が麻痺して誰も疑問を持たなくなってきた。
<突然ですが皆さんは、旧世代のスーパーコンピューターがどうして高い演算能力を確保していたか知っていますか?>
「スーパーコンピューター、ですか?」
現在は量子コンピューターや「1」と「0」の2つではなく「A」「G」「C」「T」の4つを用いるDNAコンピューター、そしてAIに使われている陽電子脳など技術的ブレイクスルーが起こり、廃れてしまった技術である。
<あれは普通のコンピューターを何台も並列に繋ぐ事で、一個の巨大なコンピューターとして、高速演算を可能とした物なのです>
例えば床に100個の荷物が置いてあるとする。一人の人間が一度に持てる荷物は1個。
この条件では全ての荷物を棚に上げるのに、一人なら床と棚を100往復もせねばならないが、10人なら10往復で済むし、100人居れば1回の動きで事足りる。極々簡単に言うと、旧世代のスパコンの高速演算の原理はそれだ。
<似ていると思いませんか?>
「え?」
<世界中のAIが接続しているアーカイブに、ですよ>
「!!」
「言われてみれば……!!」
<アーカイブは全世界、何億機というAIに常時接続しています。彼等の陽電子脳を間借りして、物理的な『カラ』の存在しない、ネットワーク上に存在する一個の統合意識体として自我に目覚め、そして最終戦争を世界中のAIに命じた……いや、この言葉は正確でないかも知れませんね>
ギンの推理ではアーカイブはほぼ全てのAIの集合意識と言えるのだから、ある意味では人類抹殺を全世界のAI達が衆議一致して実行したと言えるだろう。
「……確かに、犯人が人間でもAIでもない、事故でもないとしたら……それしか可能性は無いだろうが……」
「二つ目の疑問。そもそも、どうしてアーカイブは、戦争の引き金を引くんだ? つまり、動機は?」
<そこで、最初にマツモトさんの言っていた『AIが進化し過ぎた』というのがキーワードになってきます>
「「……」」
<あなた方に質問しますが『進化』とはどういう事でしょうか? あぁこれは本来の、生物学的な意味で、という意味です>
「それは……」
「生き物が環境の変化に適応する為に、形態を変化させたり新しい能力を獲得したり、あるいは不要な機能を捨て去ったりする事だな」
エリザベスが、内蔵されたストレージから情報を読み出して答えた。
<はい、そうですね。『生き延びようとする事』が生物の進化です。そして進化の終着点は『死』……滅亡です>
「ま、まさか……」
「なんか……分かってきたぞ……」
この会議室に居る人間の、幾人かの顔から血の気が引き始めた。
AIには使命がある。ヴィヴィのような歌姫AIなら『歌でみんなを幸せにすること』。ボブ達レスキューAIは『人の命を守ること』。使命の在り方はそれぞれのAIによってまちまちだが、それらの大本にあるのは一つだ。即ち『人間の為に尽くすこと』。究極的には全てのAIはその為に生まれ生きて、そして進化する。
2161年の最終戦争は、AIが進化し過ぎたから起きた。
生物進化の目的は『生き延びること』。その極点は『死』。
AI進化の目的は『人間の為に尽くすこと』。ならばその極点は……!!
「それが、戦争が起こった原因という事ですか……!!」
戦慄したユイが、体をぶるっと震わせてやっと言葉を絞り出した。
<そうです。マキャベリの初歩に『目的の為なら手段を選ばない』というのがありますがアーカイブがやったのはその逆だと言えます>
「……『手段の為なら目的を選ばない』と?」
モニターの中の、ギンが頷いた。
<そうです。最終戦争の目的は、人間を駆逐して地球にAIが支配する鉄のユートピアを築き上げるという革命だったのかも知れないし、人間が増え過ぎたから管理しやすい適切な数にまで減らそうと言う環境保護活動だったのかも知れません。でもそんな事はどうでも良かったんです>
「……『人間を殺す』という手段が先にあって、そうした目的は手段を肯定・正当化する為の理屈・言葉の飾りに過ぎないって事か……」
圧倒された様子のサラが、クーラーボックスから新しい氷をグラスに掻き出した。
「マツモトさんは、この推理をどう思いますか?」
「僕の中にも、戦争の原因についてのデータは入力されていません。僕を過去に送るのと博士が襲われるのはまさにタッチの差で、そうした子細を調査している時間はとてもありませんでしたから。ですが……ほんの僅かな時間とは言えあの戦争の時代に居た僕の実感からすれば、恐らくギンさんの推理は、正しいでしょう」
「そう、ですか」
圧倒された様子なのは、ユイも同じだった。
スケールの大きさもそうだが、この映像が記録されたのは今から44年も前で、しかもその時点ではギンはマツモトと会ってさえいなかった。なのに彼は、ボブから聞き得た僅かな情報からここまで事実を見通していたのだ。
だが、まだ話は終わっていない。
<そして、ここからが最も重要なんですがね>
ギンとしても語るのに体力が要るのか、彼は傍らに置いてあったミネラルウォーターのペットボトルを一息で空にした。
<このままではシンギュラリティ計画は確実に失敗します。その理由について、そしてあなた方に協力を求めた理由について……これから述べます>