「シンギュラリティ計画が失敗する……ですか……」
会議室に集まった全員がもう咳一つ発さないので、ユイは自分の唾を呑んだ音が部屋に響いた気がした。
相川議員暗殺未遂事件。
落陽事件。
メタルフロート事件。
オフィーリア破壊事件。
これらの事件の裏側には未来から送り込まれてきたマツモトと、そのパートナーとしてヴィヴィ、そして現時協力者としてボブやその相棒であるルミナの活躍があった事は、今説明された通りだ。
マツモトの説明を聞く限りに於いては、これらのシンギュラリティポイントの修正はかなり理想的に進んでいると考えられる。なのに、ギンはシンギュラリティ計画が確実に失敗すると見ていた。それは何故なのか。
これは予想する事の出来た質問なので、マツモトは落ち着いて対応する。
「詳しくは、この映像を見てください」
今度はボブに代わってマツモトがケーブルを伸ばして、コンピューターに接続、データを転送した。
モニターが切り替わって、これまでのバストアップでギンの姿が映っていたものからは打って変わり、部屋は同じであろうがもう少し離れた位置に設置したカメラからギンの姿を映したものになった。
画面の中には、AIなので当然ながら現在と変わらない姿のボブとマツモトも映っている。
「これは2121年2月8日。つまり第15回ゾディアック・サインズ・フェスが終わったすぐ後……今からおよそ40年前に、僕とギンさんが初めて出会った時の映像です。では、始めますよ」
マツモトがそう言うと同時に、映像がスタートした。
「シンギュラリティ計画が失敗する、ですって……? しかもその可能性が100パーセント……?」
自己紹介のすぐ後にギンの口から出た言葉を受けて、マツモトは信じられないと言わんばかりにそう呟くのがやっとだった。あるいは信じたくない、認められないというのが正確であったか。
ギンは、頷きを一つ。
「……伝説の探偵『シルバーマン』ともあろう御方が、まさか無根拠で仰っている訳ではないでしょうね?」
試すように言うマツモトに、ギンはもう一度首肯した。
「勿論、根拠はあります」
手元のコンソールを叩くと部屋に数多くある端末の幾つかに、データが表示される。これは落陽事件の際のものであるとマツモトにはすぐ分かった。
「ボブさんから提供されたデータを見て、私が最初に違和感を覚えたのは、宇宙ホテル・サンライズに乗り込んできたトァクにマツモトさんがハッキング出来ない全身義体のメンバーが居た事です」
「確かに、それは僕も不思議に思いましたが……」
反AI団体であるトァクはAIそれ自体は勿論だが、怪我や病気の為に体の器官を人工物に代替する事すら忌避する者が多い。実際、任務中に内臓に深い損傷を負って、命が助かる為には内臓を人工臓器に交換する他無く、それを拒んでメンバーの手によって介錯された者の記録もマツモトのデータベースにはある。
そんなトァクのメンバーに、言わばAIに毛が生えたような全身義体が居るのは確かに違和感はある。
勿論、あの時サンライズに乗り込んできていた垣谷率いるメンバーには全身義体どころかAIであるエリザベスも含まれていたのだから、数少ないながらそうしたメンバーも居る事は居るのだろう。
と、そう、思っていたのだが……
あるいはそれは思おうとしていたというのが正しかったのかと、マツモトは今更ながらに思った。
ギンは続けてコンソールを叩く。画面が切り替わって、メタルフロート事件のデータ、島の全体図や配備されていた警備用の守護者型AIのデータが表示される。
「そして10年後のメタルフロートでは、マザーコンピューターであるグレイスさんが停止しても稼働し続けられる、スタンドアローンで動く守護者型AIが配備されていた」
「……確かに、あの機体を誰がメタルフロートに配備したのかは、僕も調べましたが結局分からずじまいでした……」
「そして今回の第15回ゾディアック・サインズ・フェス。ボブさんからの報告を受けて、私は確信しました」
「確信とは?」
「今回、オフィーリア……いえ、アントニオと言った方が正確でしょうか……いずれにせよ敵は、マツモトさんが分離して逃げる事が出来ないように、電磁バリアを用意していた。そんなもの、まだ何処の国でも実用化されていないのに、です」
「……」
「でも考えてみてください。仮にマツモトさんが相手でなかったとしたら、電磁バリアなんて代物、一体誰に使うつもりだったんでしょう?」
「……確かに、まるで無数のパーツに分離できる僕に対して、あつらえたような装備でしたね」
ほんの数時間前の出来事をメモリーから再生して、マツモトは頷くようにアイカメラのシャッターを数度開閉させた。
電磁バリアなど、第一にこの時代に存在してはおかしい装備である。第二には仮に何らかの手段で用意する事が出来たにせよ、取り敢えず念の為にで用意しようと言うには大がかりに過ぎる。
それらの要素が示す事は、一つ。
アントニオは、マツモトが第15回の、オフィーリアが出演するゾディフェスにやって来る事を知っていたのだ。
だがどうやって?
「結論から言います。シンギュラリティ計画を妨害すべく、未来から追手のAIが過去に来ているのですよ」
「!! そんな、まさか……」
マツモトの声は、震えているようだった。やっと、絞り出したような響きだ。
「……有り得ません。博士は僕を100年前の時代に送り出すと同時に、機器から全てのデータが消去されるようにセットしていました。AI達が機械を調べたとしても、僕が過去に送られた事を知る事は出来ない筈です」
語るマツモトの言葉は、たどたどしかった。言い訳や弁明を必死に考えながら、思い付いた事を順番に話しているようだった。
エステラ、エリザベス、冴木博士、グレイス、ルミナ、オフィーリア、アントニオ、ディーヴァ……そしてヴィヴィ。これまで多くの者が関わってきたシンギュラリティ計画。それが水泡に帰す事を、マツモトは信じたくなかったし認めたくなかったのだ。
「確かにあなたを過去によこした博士は、送れるのがデータだけとは言えタイムスリップを実現したのですから、不世出の天才と言う他ないでしょう。ですが、いくら天才だからと言って彼が論文の一つも発表せず、スポンサーの一人も付けずに、全て自分のポケットマネーでタイムマシンなんて大がかりな設備を一から開発したとでも言うのですか?」
「……!!」
もしマツモトに表情があったのなら、今はあんぐりと口を開けて呆然としているのだろう。
「今の時代、少しもデータを残さずに活動する事は現実的に不可能。40年後となれば尚更でしょうね。博士が発表した論文は、当然ながらネットワーク上に記録が残っているでしょう。無論……彼の研究内容についても……」
「つまり、それは……」
「……博士を襲いに来て、殺害したAIは考えます。この博士は自分達に追い詰められて殺される直前までこの施設で、何かをしていた事までは分かる。では何をしていたのか? 殺される瀬戸際まで、命を賭して何かしなければならない事があったのか? そもそもこの施設、この設備は一体何の為のものだ?」
AI達は博士の素性を洗う。
博士が発表した論文、彼の研究内容が明らかとなる。
するとタイムスリップの可能性に行き着く。
タイムスリップが出来るという事は、歴史改変が出来る可能性があるという事。
「そして結論を出す」
追い詰められた人間は、奥の手を出した。
過去にエージェントを送って、歴史を変える。
歴史が変われば、この最終戦争はそもそも起こらない。
「その……博士の狙いにAIが気付いたら、彼等は次にはどうするでしょうか?」
このギンの質問は、賢いものではなかった。
既に答えの分かり切っている問いだったからだ。
「……当然……残されたデータから自分達もタイムマシンを製造し……自分達も追手を過去に向かわせて、博士が過去に送ったエージェント……つまり僕の活動を阻止しようとするでしょう……」
我が意を得たりと、スーパーデティクティブは頷いた。マツモトは否定する言葉を持たなかった。
ギンの推理通りなら、多くの事に説明が付くのだ。
サンライズに居た、マツモトがハッキング出来ない全身義体のトァク。
メタルフロートに配置されていた、スタンドアローンの守護者型AI。
アントニオが持っていた電磁バリア。
全て、暴走したAIが過去に送り込んできた追手が、もたらしたものだった。
「……では、僕達が今存在している、この歴史は……」
「はい。ディーヴァ……ヴィヴィさんやボブさん、ルミナさん、そしてマツモトさん。あなた方の手による修正史を、その未来からの追手……仮にそいつを『ジョン』と呼称しますが……そのジョンによって正史に近付くように再修正された歴史……言わば『疑似正史』とも言うべき、二重修正が掛けられた歴史なのです」