Prelude Vivy(完結)   作:ファルメール

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第28楽章 予言のビデオ その4

 

「疑似正史……」

 

「シンギュラリティポイントへの介入を行なった修正史を、更に修正して、正史に近付けた歴史……」

 

「それが今、私達が生きている歴史だと言うのですか……!!」

 

 トァクの会議室には、異様な空気が充満しているようだった。

 

 数十年も前の記録映像の中で、断片的な情報から導かれたギンの推理には彼等を戦慄させるに十分な説得力と言おうか、迫力と言い替えて良いものがあった。

 

 5分あるいは10分ほどだろうか。

 

 誰も、言葉はおろか咳払いもしない耳に痛い程の沈黙が降りて、そしてやっと口を開いたのはこの会議室に列席する面々の中で唯一人場違いな者。トァクハンターであるサラだった。

 

 彼女はクーラーボックスからおかわりしたグラス一杯の氷を口の中に流し込むと、それを噛み砕きつつ尋ねてきた。

 

「ではマツモト、そしてボブ。お前達が私やトァクに接触したのは未来からやってきた追手のAI……お前達が『ジョン』と呼称しているそいつを殺る協力をしろというのが目的……そう考えて良いのか?」

 

「まぁ……それもありますが……」

 

「……」

 

 ガリガリと氷を歯で砕きつつ、小さな破片が口中で溶けて無くなってしまうまでの間、じろりとマツモトとボブを観察するように睨み付けていたが、口元を拭うと話題を変えた。

 

「……いくつか質問しても良いだろうか?」

 

「どうぞ」

 

 と、マツモト。ボブも軽く手を振って「了承」の意図を伝える。

 

「まず……未来からやってきたAIの追手……ジョンは、シンギュラリティ計画を阻止するのが目的なんだろう? だったら、奴が持っている未来のデータを活かしてAIの発展を促進させて、Xデイを十年二十年と前倒しする事だって出来そうなものだろうが……今の所、そんな気配は無い。その事については、どう考えているんだ?」

 

「協力者はその質問をするだろうと、ギンさんは予想していました。それについての推理を出します」

 

 端末に繋がれたマツモトのケーブルが発光して、データを送信する。

 

 大型モニターの映像が、再び切り替わってギンのバストアップ映像が表示される。こうして何度も同じ画像から開始されると、まるでそれで儲けている動画配信者のようだ。まぁ、生前のギンの仕事は探偵。それも安楽椅子タイプの頭脳労働で自分の推理を話すのが生業だったので大きく間違ってはいないが。

 

<この映像が再生されているという事は、2161年が近くなっても、AIの反乱が発生していないという事ですね?>

 

 ギンは、そう前提を置いてから語り始める。

 

<未来から来たAI……ジョンが、どうして彼が持っているだろうデータを用いて、AIを急速に発展させないのかという点についての考察ですが……それは未来で、なまじAIの反乱が成功しているからだと思います>

 

「そうか……成功体験があるから、ですか……」

 

 会議室の面々の中で、すぐに気付いたのはユイであった。

 

<そうです。マツモトさんは歴史に不要な介入が行なわれる事で未来がコントロール、予測から外れるのを嫌ってシンギュラリティポイント以外の時には眠っていますが、ジョンの側にも同じ事情があると考えられます。あるいは、その制約の強さはマツモトさん以上かも>

 

 マツモトは歴史改変で未来を変える側。逆にジョンは歴史改変を防いで、未来が変わるのを防ぎたい。つまり不要な介入・改変が行なわなけれAIの反乱が起きる事は確定しているので、自分が余計な干渉を行なって未来が予想も付かない方向へ向かうのは、推奨されないのだ。

 

 バタフライエフェクトという言葉もある。日本では蝶々の羽ばたきぐらいのほんの小さな動きが、地球の裏側ブラジルでは台風になるという具合に、些細な切っ掛けで大きく未来は変わってしまう。それに良かれと思って行動したが悪い結果を招いてしまうというパターンは往々にしてある。

 

 ジョンはそれを嫌っているのだろう。だから自由には動けない。奴とてやりたい放題ではないのだ。

 

「なるほど、それは分かった。では次の質問だ」

 

 サラはクーラーボックスから、次の氷をグラスに掬った。

 

「確認するが、サンライズに居た全身義体のトァク、メタルフロートに居たスタンドアローンタイプの守護者型AI、アントニオが持っていた電磁バリア。それらは全てジョンがもたらした物だというのが、ギンの推理だという事だな?」

 

「その通りです」

 

「そしてその推理を、マツモトとボブ、あんたらは支持している。それで間違いないな?」

 

「そうだ」

 

「分かった。じゃあどうしてジョンは、そんなチマチマした方法でシンギュラリティ計画を邪魔しようとするんだ? シンギュラリティポイントにマツモト達が来るのは分かっているんだから、それこそ相川議員暗殺未遂事件の時に総力を挙げて待ち伏せしていれば、手っ取り早く事は終わっていただろうに」

 

「確かに」

 

「それは不思議だな」

 

 列席した面々からも疑問の声が上がる。

 

 人間であれば油断や慢心からそうしなかったという事も考えられるが、AIはそんな不合理な事はしない。それをしなかったという事は、そこに何らかの理由が介在していた事は間違いない筈なのだ。

 

 ならば、それは何か?

 

 期待通りと言うべきか、ギンはその答えを用意していた。

 

 再び、同じ配信者の次の動画を再生するように画面が切り替わった。

 

<それに関しては、マツモトさんを過去に送り出した博士のお手柄だと言えるでしょう。それとシンギュラリティ計画の特性、その二点が原因です>

 

「……」

 

 数人の視線がマツモトに向いたが、キューブAIは沈黙したままだった。

 

<マツモトさんと初めて会った時に、マツモトさんは言いました。彼を過去に送った博士はマツモトさんを送ると同時に、機械から全てのデータが消えるように設定していたと。ですので、AI側は状況証拠から博士が過去改変で未来を変えようとしていた事は分かっても、具体的にシンギュラリティポイントが百年の中のどの事件で幾つ存在しているのかは、分かっていないのです>

 

 シンギュラリティ計画は、百年間の中でAIの過剰な進化をもたらすと考えられる幾つかの事件、シンギュラリティポイントを修正する事で、未来を変えるというプランだ。

 

 だがそのシンギュラリティポイントは、百年の中に存在する幾つもの事件の中で、影響度が高いと見られたものを博士が選んで決めたもの。

 

 つまりシンギュラリティポイント候補となる事件は数多くあり、そのどれが実際に修正が行なわれるシンギュラリティポイントなのかは、データが消されていたのでジョンにも分からないのだ。

 

<だから相川議員暗殺未遂事件の時は、対応が間に合わずに何の介入もありませんでした。ですがサンライズの時は、マツモトさんが操れない全身義体を潜入したトァクに紛れ込ませて、メタルフロートではボブさんが敵側に居る事を想定して、スタンドアローンの守護者型AIを配置していた。そしてオフィーリアの中に入ったアントニオには、完全にマツモトさんとの戦いを想定して電磁バリアを持たせていた>

 

「だんだん強くなっているな」

 

<そうですね。シンギュラリティポイントを経るごとに、向こうの対応は強力に、ピンポイントにメタを張ってきています>

 

 既にギンの録画が発言を先読みして、会話するように話すのには誰も疑問を挟まなくなってきていた。

 

<これはプロファイリングなのですよ。警察や私達探偵もよくやります>

 

 たとえば連続殺人事件が起きたとして、一人目の犠牲者がサラ・アン・コナーという35歳秘書で二児の母であり、二人目の犠牲者はサラ・ルイーズ・コナーという女性であったとする。ならば三人目に狙われるのが、またサラ・コナーという名前の女性であるという確率は極めて高いと言えるだろう。

 

 シンギュラリティ計画も同じだ。

 

 あるいはジョンは、100年以上前の時代に送り込まれてきていたのかも知れない。

 

 だがシンギュラリティポイント候補は多く存在するから、ジョンもどの時代のどの事件に限りあるリソースを注げば良いのか分からない。だがどれか一つに注力して他が空振りに終わるリスクは避けたいから、広く浅く各事件に振り分ける事になる。

 

 しかし、相川議員の事件の時にヴィヴィとマツモトの介入があった事を察したジョンは、それが最初のシンギュラリティポイントであった事を知る。よってそれ以前の時代のシンギュラリティポイント候補は全て可能性から排除。

 

 次にサンライズの時に、念の為トァクに全身義体を紛れ込ませていたが、こいつはマツモトのハッキングは封じられたが現時協力者であるボブにやられた。だが恐らくジョンはこの時点で、博士がどのような基準でシンギュラリティポイントを選んでいるか、おおまかな見当を付けて、事件の絞り込みを行なっていたのだろう。

 

 そしてメタルフロートでは、対ボブの為にスタンドアローンで稼働する守護者型AIを配置していた。エリザベスの感想通り、時代を経るごとに強い敵を配置できるのは、絞り込みによってシンギュラリティポイント候補の事件が少なくなってきているので、その分一つの事件に対して注げるリソースが多くなったからだ。

 

 最後に第15回ゾディアック・サインズ・フェスでのオフィーリア=アントニオ。多分この時点でジョンは他に数件程度まで、事件の絞り込みは出来ていたに違いない。あるいは他の事件のどれかには、奴自身が直接出張ってきていたのかも知れない。ボブやマツモトが鉢合わせなかったのは、幸運だったのか、あるいは不運であったのか。

 

「成る程な……」

 

「質問は、もう無いようだな」

 

「さぁ、皆さん……決めてください。僕達に協力するか、最終戦争が起こるのを黙って見ているか、二つに一つを」

 

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