Prelude Vivy(完結)   作:ファルメール

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第2楽章 太陽が落ちる前に その1

 

「逮捕された実行犯の男達は、誰も口を割らないそうです。恐らくは昼間の爆弾騒ぎを仕掛けたのと同じ、トァクの仕業かと思われますが……」

 

 ビルの倒壊騒ぎから一夜明け、担ぎ込まれた大学病院の、負った怪我の程度に比してかなり過剰と思われる広さと設備が整えられた個室のベッドに腰掛けて、相川は秘書からの報告を受けていた。

 

「そうか……まぁ、あれだけの事をしでかしたんだ。繋がりを見付けるのは、難しいだろうが……」

 

「いやしかし、よくご無事で。あんな出来事が起こって、死人はおろか怪我人も出なかったのは奇跡としか言いようがありません。本日の予定は全てキャンセルしておきますので、せめて今日一日はごゆっくりお休みください」

 

「そうか。いや、すまないね」

 

 普段は業務上必要以上の事はせず、自分を良い気分にさせた記憶は少ないこの秘書だが、流石にこれだけの事があった後では気遣いを見せる事もあるようだ。それとも秘書の対応はいつもと変わらないが、それに気付く事が出来る感受性を持てるぐらいに、昨日の経験を経て自分が変わったのか。相川は頭の片隅で漠然とそう思った。

 

「では、失礼致します」

 

「ああ、それと」

 

 一礼して退室しようとする秘書を、相川は呼び止めた。

 

 秘書は踵を90度ターンさせて、訓練された軍人のような回れ右をして振り返った。

 

「明日から他の先生や、AI関連団体とのミーティングを積極的にセッティングしてくれ」

 

「はい、分かりました」

 

 相川議員の精力的な活動によって「AI命名法」の法案が議会で可決されるのは、この半年後の事であった。

 

 

 

 

 

 

 

 15年後。2076年。

 

 およそ20年前に端を発するAIの進歩はありとあらゆる分野に大きな発展をもたらした。その中には宇宙開発も含まれていて、特に観光事業において現在から7年前、大きな話題となったのが人類史上初の宇宙ホテル『サンライズ』である。

 

 これは一言で言えば巨大な宇宙ステーションを利用した宿泊施設であり、当初は地上のホテルとはあまりにもかけ離れた、昔の漁師や船員の間で言われていた「船板一枚下は地獄」ならぬ「隔壁一枚外は地獄」という環境にある事から運営が不安視されていたものの、そこはオーナーやスタッフの努力の成果だろうか。

 

 それとも宇宙というこれまでは専門機関で最高度の教育や訓練を受けた者にしか許されなかった場所へ行きたいという気持ち。例えるなら起床後に家のドアを開けて、そこに広がっていた昨晩降り積もった雪の真っ白な絨毯に第一歩を踏み締めたいという感情にも似た人々のフロンティアスピリッツが強かったのか。

 

 いずれにせよ経営は順調に軌道に乗り、勿論一定以上の富裕層に限られ、また収容人数の関係から最低でも半年ほどの順番待ちが必要となるが、今や宇宙は人間にとってそう遠い場所ではなくなってきていた。

 

 そんなサンライズの大ホールに、甲斐ルミナは居た。

 

 そろそろ定年後にどんな職に就こうか、どんな生活を行なおうか、どんな趣味を持とうかという思考が現実的なものになりつつある年齢の彼だが、しかしその肉体は年不相応に鍛え抜かれていた。

 

 確かに加齢によって身長は少し縮んでしまったし、時折襲ってくる魔女の一撃が悩みの種ではある。年々後退する額に削られて頭頂部もすっかり寂しくなってしまった。ヒゲにも白色が混ざり始めている。

 

 されど、今の彼は全盛期には及ばぬものの未だ常人を遙か凌ぐ力強い存在である事は一目見て疑いようもない。更にそれは、もう10年以上もトァクを初めとするテロリストの案件を専門に取り扱い、署でも並ぶ者の無い検挙率の高さや授与された賞の数々など、実績からも証明されている。

 

 だがそんな彼も、今日ばかりは華奢で弱々しい老人に見えた。

 

 原因はすぐ脇に立つ、彼の相棒だった。

 

 ルミナがピエール・キュリーならば、相棒がマリ・キュリーという訳だ。

 

 相方は、まずルミナより一回り大きく身長190センチは優にあるだろう。肩幅も広くがっしりとした体格で、隆々とした筋肉は服の上からでもはっきりと分かり、職業はプロレスラーだと言っても誰も疑問に思わないだろう。

 

 体格の良さならルミナも相当なものがあるが、相方が並んでいてはボディーガードと護衛対象にしか見えなかった。

 

 尤も、ボディーガードという印象もそう間違ったものではない。相方はそうした使命を託されて、この世に来たからだ。

 

 相方は人間ではない。彼はAIだった。

 

 守護者型AI。

 

 主に警察や警備会社で採用されているモデルで、超合金製の骨格による堅牢性、油圧駆動によって供給されるパワーと、カーボナノチューブ製人工筋肉がもたらす瞬発力を特徴とした機種だ。

 

 文字通り寝ずの番を実行出来る警備用AIは15年以上前から実用化されているが、守護者型は彼等が遺してきた貴重なデータをフィードバックされて設計された最新機種であり高級量産型、ハイエンドモデルであった。従来機種に比べてパワー・スピード・インテリジェンス等全てに於いて上回っている。勿論それなりに値も張るので署でもやっと1機配備する事が決定し、その相棒兼教育係にルミナが選ばれたのである。

 

 名前はボブ。

 

 彼は警備やボディーガードの為に製造された自らの使命に、忠実なようだった。

 

 ブラックスーツにサングラスというまさにボディーガードかSPかという出で立ちで、油断無く周囲を警戒している。彼のプロセッサはこの瞬間にも、視界に入る全ての人間とAIの指の動きから瞬き一つに至るまで観察し、怪しい動きは無いか、不自然な仕草をしていないか。全ての情報を処理している。

 

 そんな物々しい雰囲気が伝播したのか、誰からともなく彼とルミナからは距離を置いて、5メートル四方には誰も居ない居心地の悪い空間が出来上がってしまっていた。

 

「ああもう!!」

 

 ルミナはそんな空気に耐えられず、相棒に向き直った。

 

「おいボブ、俺達はバカンスに来たんだぞ」

 

 当然、これはそういう設定である。実際にはルミナが個人的なコネクションからトァクがこのサンライズに潜入したという情報を入手し、潜入捜査を行なっているのだ。だから、ルミナの服装はハデな柄のアロハシャツにカンカン帽と100パーセントバカンスという出で立ちである。

 

「なのにおまえときたら、そんな格好で来やがって。葬式に行くと聞いたのか?」

 

「……」

 

 いまいち適切な回答が思い浮かばないのだろう。演算の為に、首元のランプが明滅した。

 

 今回は相棒と組んで最初の仕事なのに、最初から躓いたようでルミナは頭を抱えたが……だが案ずるより産むが易しと、彼はまずボブの首元からネクタイをむしり取った。

 

「ほら、こんな物は取っちまえ。ボタンも第三ボタンまで外して。ジャケットも脱いで、袖をまくる」

 

「あぁ」

 

 言われた通りワイシャツのボタンを外して、逞しい胸板が露わになる。上着を脱いで袖をまくると、100年以上前のアニメーションに登場したホウレン草を食べると強くなるキャラクターにも負けないような前腕が姿を見せた。

 

 大分と砕けた感じになったが、まだ足りない。

 

「メガネも変える」

 

 ルミナは今度は手を伸ばしてボブの顔からサングラスを奪い取って、代わりに星形のフレームに赤いレンズが嵌まったメガネを掛け直してやった。これでサーカスやテーマパークのキャラクターのように随分親しみやすくなった。

 

 だがそれでも足りない。このままでは最も重要な要素が欠けている。

 

「少しは笑えよ、ボブ」

 

「うむ……」

 

「……!!」

 

 だがAIが浮かべた笑みを見て、ルミナは圧倒されたように数歩後退った。

 

「どうだ?」

 

「あ、あぁ……悪くないな。毎日鏡に向かって練習すれば、良くなるだろ」

 

「分かった。そうしよう」

 

 半分呆れと皮肉交じりのその言葉に、AIの陽電子脳は極めて生真面目な返答を選択した。

 

 ボブの笑顔が鉄のように戻るのと、ホールに警報音が鳴り響くのはほぼ同時だった。

 

「おい!!」

 

「「ん?」」

 

 一人と一機が声がした方を振り向くと、ちょうど客の一人がスタッフに食って掛かっている所だった。

 

「これは船の警告音だろ!! 大丈夫なんだろうな?」

 

「お客様……」

 

 AIのスタッフが何事か応対しようとしたが、それよりも彼の肩にルミナの手が置かれるのが早かった。

 

「えっ?」

 

「やあユウタ。こんなところで会うなんて奇遇だな。ちょっと向こうで話をしようぜ」

 

「お、おい人違……」

 

 言い掛けたが、更に早くボブが持ち前の怪力で彼の体を米俵のように担いで連れて行ってしまった。あまりに想定外の事態に呆気に取られたAIスタッフに、ルミナは警察手帳を見せた。

 

「警察の者だ。潜入捜査中でね。ご協力感謝します」

 

 砕けた敬礼を一つして足早に去っていくルミナを、AIスタッフは呆然と見送っていた。ちょうど彼等と入れ替わりになるタイミングで、肩に青いクマのぬいぐるみを乗せたホテルオーナーのAI・エステラと、青髪のスタッフAIがホールに入ってきた。

 

 ユウタと呼ばれたその男は、ボブに担がれてトイレに連れ込まれた。出入り口は、遅れてやって来たルミナに封鎖される。

 

「おい、なんだあんたら!! 俺はただの善良な観光客だぞ!!」

 

 唾を飛ばしてユウタ(仮)は喚き立てるが、AIも人間もその抗議を全く聞いてはいなかった。

 

「そうなのか? お前さん、警報音が鳴って5秒と経たない内にスタッフに詰め寄ったな? 普通、ああいう警報が鳴ったのなら最初は何事が起こったのかと戸惑って、それから不安に駆られてスタッフとか従業員に話を聞くもんだ。お前さんがあんなに早く対応行動が取れたのは、あのタイミングで警報が鳴ると事前に知っていたからだ」

 

「言いがかりだ!! 俺は何も知らない!!」

 

「皮膚の温度、瞳孔の開き具合、筋肉の動きから、83パーセントの確率でその発言は嘘だと、俺のCPUは計算している」

 

 ボブは、冷徹に告げた。

 

「あんたら警察か? 何の証拠も無いのにそんな計算だけで人をしょっ引くなんて人権侵害だ!! 訴えてやるぞ」

 

 脅しつけるように言うユウタ(仮)だが、一方は百戦錬磨の刑事で、もう一方はまさしく文字通り硬骨のAI。ブラフの効き目は、決して高いとは言えないようだった。

 

「……確かに、私の犯罪者データベースに、死亡した者も含めて彼の顔は登録されていない」

 

 ボブがそう言って、ユウタ(仮)は「そらみろ」とでも言いたげに得意げな顔になった。しかし、ルミナは自分の勘働きが外れた事を告げられたようだったが、彼は少しも動じていないようだった。

 

「……ボブ、こいつの、耳の形をそのデータベースの顔写真と照合してみろ」

 

「了解」

 

 返事から1秒と経たない内に、ボブのマイクロプロセッサは検索を終了した。

 

「該当者1名だ。石壁ジン。トァクの構成員で現在、複数の容疑で指名手配中」

 

 さぁっと、ユウタ(仮)改め石壁の顔から分かり易く血の気が引いた。どうやら、図星だったらしい。最初の顔認証にヒットしなかったのは、整形手術で顔を変えていたからだったのだ。

 

「だが、耳まで整形しないからな普通。ボブ、お前らAIは優秀だがもう少し、智恵と知識の違いに敬意を払い、学ぶ事だ」

 

「分かった。また一つ学習したよ」

 

 人間とAIのコンビがそんなやり取りを交わしていると、石壁の懐から景気の良いメロディーが鳴り響いた。ハンディフォンの着信音だ。

 

 石壁は電話に出ていいかどうか、伺うように視線をルミナとボブへと交互に動かした。このタイミングで掛かってくるという事は、トァクの仲間からだろう。出なければ怪しまれるぞと、脅しの意味もその視線には含まれている。警官コンビは互いに顔を見合わせると、人間の方が彼の懐に手を入れて携帯電話を取り出して、AIに手渡した。

 

 ボブは携帯電話を受け取って、少しも躊躇わずに通話ボタンを押した。

 

<こちら垣谷。石壁、ホールの様子はどうだ? 予定通りか?>

 

「はい、予定通りです。今なら客とスタッフはホールに集まっています」

 

 すぐ傍で、石壁が顔を引き攣らせた。ボブがたった今発した声は、先程までとはまるで違う、石壁の声そのものだったからだ。守護者型AIには声帯模写の機能も備わっているのだ。彼は何か叫ぼうとしたが、ルミナに口を塞がれた。

 

<分かった。ではそっちはそのまま出来るだけ客やAIどもの注意を引きつけておけ。こっちはそのスキに、仕掛けを済ませる>

 

 一方的にそう言って、通話は切れた。

 

「よくやったボブ。良いアドリブだったぞ。早速学習したな」

 

「大した事はない。この男の態度や、他に仲間が居た場合に取る確率の高いパターンをシミュレーションしただけだ」

 

 ボブはそう言うと、携帯電話を石壁の胸ポケットに返した。そうして、教育係兼相棒を振り返る。これは「どうする?」と尋ねる所作だ。

 

「勿論、連中を止める」

 

 これは当然の結論だった。

 

「だが、奴等の目的が分からないが」

 

 AIの疑問も、こちらもまた当然の反応だった。

 

「おおよそは分かる。ただ単にAIを破壊したりするだけなら、わざわざ宇宙ホテルでやる必要は無い。地球のどこででも出来るさ。逆に言うと、この施設でなければ出来ない事を、連中はやろうとしているって事だ」

 

「……それは……」

 

 首のランプを点滅させて、ボブが言い淀んだ。

 

 陽電子脳を稼働させてたった今ルミナが言った条件で推測されるトァクの目的を演算してみたが、人間で言う「背筋が粟立つ」というのがこういう感覚なのかと、彼はまた一つ学習したようだった。

 

 それぐらい、ぞっとしない結論が弾き出されたのだ。

 

「では、手早くやろうか」

 

 ルミナはバッグから取り出した新品のダクトテープを、ビッと張り詰めさせた。

 

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