Prelude Vivy(完結)   作:ファルメール

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第29楽章 始まりの始まり

 

「さぁ、皆さん……決めてください。僕達に協力するか、最終戦争が起こるのを黙って見ているか、二つに一つを」

 

 ユイ達トァクの穏健派と、トァクハンター・サラへと突き付けられた選択肢。

 

 現在からおよそ一年後に、AIの反乱が起こる。

 

 座してそれを見ていて、何もせずに文明社会の終わりを甘受するか。

 

 それとも未来を変える為、抗いの限りを尽くすか。

 

 実際には、これは一択問題である。

 

「わかりました、やりましょう」

 

「リーダー!!」

 

「信じるんですか、こんな突拍子も無い話を」

 

 部下達から反対の声が次々上がるが、ユイは決して威圧するようなものではないが強い視線で全員を見据えて、それらの声を鎮めた。

 

「マツモトさん達の話は筋が通っています。そして私達はトァクです。AIの過剰な発展に対する危険には、備えなくてはなりません」

 

 若いが、ユイにはリーダーとしてのカリスマが確かに備わっているようであった。部下達はまだ完全に納得してはいないようだったが、さりとて反対意見を口にする事はなくなった。半信半疑だが「もしかしたら」「ひょっとして」という可能性は捨て切れないし、万が一マツモトやボブの話が本当であった場合の対案を出す事もできない。それ故の消極的賛成といった所であろうか。

 

「サラさんは、いかがですか?」

 

 この会議室に居る人間とAIの全ての視線が、ガリガリと氷を噛み砕いている少女へと向いた。

 

 サラは、ちょうど氷が無くなったグラスをテーブルに置く。

 

 彼女の、答えは。

 

「いいよ、やろう」

 

「えっ……」

 

「よろしいのですか?」

 

 意外な回答ではあったらしい。

 

 人間もAIも、大多数が戸惑った反応を見せた。例外はいかめしい彫像のようなボブくらいか。

 

「……」

 

 サラは何も言わずに袖をまくって、いきなり右手の指で左前腕の皮膚を摘まむと、カステラをそうするように無造作に、何の抵抗感も無く引き千切ってしまった。

 

「っ!!」

 

 思わず、ユイが目を背ける。

 

 だが、サラの左腕の傷口から出血は殆ど無い。

 

 白い橈骨が見えてしかるべきそこに覗いているのは、冷たい銀色の金属フレームとカーボナノチューブの人工筋繊維だった。サラが指を屈曲・伸展させる動きに合わせて、それらの機構も連動しているのが分かった。

 

「……AIの私と戦えている時点でそんな気がしてたが……おまえは、人間じゃないのか?」

 

「失礼な事を言うな。私は人間だよ」

 

 エリザベスの問いを受けて、サラはちょっとだけ機嫌を悪くしたようだった。

 

「勿論、普通の人間ではないがね。お前らトァクの過激派の手によって改造された、強化兵さ」

 

「……噂に聞いた事はありましたが……実在していたのですか……」

 

 強化兵はその名の通り人間をベースに強化改造を施した存在で、原則的には全身義体と同じだ。喪失した器官を代替する為ではなく、人を超えた戦闘力を実現する為に、肉体を人工物に置換する。しかもそれらの人工の肉体には、兵器を内蔵したタイプも居るらしい。いわゆるサイボーグである。更には薬物の投与や強迫観念によって、神経伝達の速度そのものの強化までを行い、人間をAI以上のパワーとスピードを発揮できる領域にまで押し上げる。

 

 ……と、それは尾鰭の付いた噂だと、ユイは今の今まで思っていた。

 

 当然だがそんな施術など非人道的なものだし、武器を内蔵した人工義肢など条約で禁止された技術である。

 

 第一、人間に対してそんな大手術を施すぐらいならAIを使った方がよほど安上がりで手っ取り早く、効率的なのだ。数も揃えられる。

 

 そんなのを使うとしたら『何らかの事情でAIを用いる事ができない団体』ぐらいのものだ。

 

「トァクの、それも過激派に属する人達からすれば、反AI団体の自分達がAIを使うなど言語道断だという事ですか……」

 

「語るに落ちるとはこの事だな」

 

 マツモトは皮肉げに、ボブは感慨無くばっさりとそれぞれの感想を述べた。

 

 トァクがAIを排斥しようとするのは、AIに依存する事による危険性から人類を守る為だ。少なくとも彼らが掲げている建前、お題目はそうだ。それなのに、約一世紀前の相川議員暗殺未遂事件の際もそうだったが、曲がりなりにも守るべき人間を逆に犠牲にしてどうしようと言うのか。

 

 あるいは、トァクの主張それ自体は正しいのかも知れない。AIへの過剰な依存が危険だという事は、正史に於いて人間とAIの最終戦争が勃発した事からも証明されている。しかしだからと言って、AIさえ使っていなければそれ以外は何を使っても良いし何をしても良いという事でもないだろう。当たり前だが、サラが自分の意思で強化兵となる手術を希望した訳も無い。

 

 トァクの過激派は、サラを誘拐・拉致して無理矢理に強化兵にしたのだ。

 

「私は両親が早くに死んでいて、祖母が亡くなってからは天涯孤独だったからな。そんな身寄りの無い人間が消えた所で、世の中にとっては何の問題も無い。むしろ、お前のような何も無い人間が我々の崇高な使命の礎になれる事を感謝しろ……と、それが連中の言い分だったよ」

 

 彼らにとってはそれが「正しい」事なのだ。究極的にはちょっとしたボランティア活動とか、お年寄りの荷物を持ってやる行為と同一線上の行動でしかない。だからそれをする事を躊躇わない。

 

「……」

 

 ユイは、思わず腹部に手をやった。

 

 胸がむかつき、吐き気がする。

 

 両親も祖母も失って身寄りの無い少女が、今度は自分の体をも奪われるなど。

 

 惨い話だとは思うが……それを口にする事は無かった。

 

 相容れない主義主張を掲げて何の繋がりも無く顔も知らない連中とは言え、それでも同じトァクなのだ。自分だけが他人事のようにそんな感想を口にするなど、許されないと思っていた。そんな資格は無い。

 

「私は高い戦闘力を発揮する為に無理な改造を施しているからオーバーヒートで熱がこもりやすいし、それに定期的に薬を接種しなくては生きられない」

 

 定期的な投薬は、現在の技術ならそんな欠陥は本来起こり得ない。これは敢えて付け加えられたデメリットなのだ。過激派達が、自分達が作った強化兵という飼い犬に手を噛まれない為の、首輪という訳だ。

 

「……だから、トァクの各支部を襲撃していたのは……その復讐だという事ですか……」

 

「まぁね」

 

 そう言ってサラが懐から取り出したのは、瓶いっぱいに詰まった錠剤だった。

 

「薬の残量から逆算して、私の体はもって後一年。最終戦争も一年後……この符合は、勿論偶然だろうけど……運命だと思いたいな、私としては」

 

 サラは絆創膏を取り出して、左腕の傷口を隠した。

 

「どうせ私はもう生身の体には戻れない。ならばその復讐にトァクの連中を殺して回るよりも、この強化兵の力を世界を救う為に使う方がよっぽど建設的でしょう?」

 

 皮肉な事ではある。

 

 トァクが自分達の尖兵として、また捨て駒としてテロや破壊活動を行う為に生み出した強化兵が、世界を救う為に戦うのだから。

 

「決まりだな」

 

 車椅子のユイを除いて、この会議室の全員が起立する。

 

 決戦の日は、今からおよそ一年後。

 

 その時までに、備えなければならない。

 

 

 

 

 

 

 

 2161年4月10日。

 

「またのご来館をお待ちしております」

 

 展示された歌姫AIは、来客の応対を行うと椅子に腰掛けて居眠りしているような待機モードへ入った。

 

 その歌姫AI、ヴィヴィことディーヴァの死角となる位置にふわりと一個のキューブが降りてくる。マツモトだ。

 

 マツモトはアクセスケーブルを伸ばすと、端末越しにヴィヴィへと接続する。

 

 インストールするのは停止プログラムだ。

 

 これで再びマツモトが再起動プログラムをインストールしない限り、ヴィヴィが起動する事は無い。

 

 いや……正確に言うのなら、十年以上もずっとスリープ状態であったヴィヴィが今日この日に限って起動していたのは、マツモトの操作によるものだった。たった今、ヴィヴィが見送った一人の客。折原サラ。彼女の為だけに、マツモトは今日一度だけヴィヴィの眠りを解いたのだ。

 

「おやすみなさい、ヴィヴィ……これは僕の個人的な望みですが……あなたには、この先の未来に起こる出来事を……見てほしくはないんです。AIが夢を見るかどうかは分かりませんが……どうか、眠りの中ではよい夢を」

 

 その言葉を最後に、マツモトは小さなボディを活かして通風口の中へと、その姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 2161年4月11日。

 

 この日、ボブはニーアランドに居た。

 

 百年前から現在に至るまで、訪れる客足と彼らの笑顔が途絶えた事の無いこのAI総合テーマパークでは、今は入場客達が困惑して立ち尽くしていた。

 

 場内で接客を行うAI達が、一斉にフリーズしたかのように動きを止めてしまったのである。

 

 今、この一帯で動いているAIは、ボブだけだ。

 

「……」

 

 守護者型AIは、油断の無い足取りですぐ近くの、風船を手にしたまま固まってしまっているコンパニオン型AIの前へと移動すると、眼前に手をやったりして反応を見ようとしたが、アイカメラがピントを合わせようと動く様子も無い。

 

 これはAIにはまま見られる状況だ。

 

 昨今では、AIに対してOSへの更新プログラムの書き換えは、アーカイヴからのダウンロードによってリアルタイムで行われるようになっている。そうして新しいプログラムをインストールしている間は、タスクをそちらに回す為に一時的に動きが止まったような状態になる事があるのだ。

 

 だが、昨日の時点でOGC社からはそんな更新プログラムやパッチの配布の予定など発表されていなかったし、第一いくらリアルタイムによるアップデートが可能だと言っても一時的にAIの動きが止まる事になるのだから、彼らの業務に穴を開けない為にもインストールは例えば三交代制とかで順番に行われるのがこれまでの通例だった。

 

 ましてや見渡しただけでもニーアランド中、恐らくは都市や地方単位、あるいは全世界規模で同じ事象が起こっているのである。そんな大規模なシステムアップデートなど、事前に通達されない訳が無い。

 

 こと、それが人間の手によるものである限りは。

 

「……ふん」

 

 わずかに、ボブの肩が落ちたようだった。

 

 AIである彼は当たり前だが呼吸しない。

 

 だがもし彼にそうした機能が実装されていたのなら、溜息を吐いていたかも知れなかった。

 

「……俺のプロセッサではその可能性は0.017パーセントと出ていた」

 

 それでも、文字通りに万に一つの可能性として期待してはいたのだ。

 

 今日この日、Xデーが、何事も無い只の一日として過ぎ去る事を。

 

 二人目のボス、ギンの推理が的外れに終わる事を。

 

 だがそうはならなかった。それが全てであり、それで話は終わりだった。

 

 いきなり、立ち尽くしていたAIがビクンと体を跳ねさせた。

 

 そして彼女は、

 

「お困りですか?」

 

 笑顔でそう尋ねながら、ボブに掴みかかってきた。

 

 しかし、その手がボブの首に届くよりも、ボブがコンパニオンAIの口腔部に隠し持っていたショットガンの銃口を突っ込むのが早かった。

 

「ノープロブレムだ」

 

 AIらしく機械的にそう端的に答えると、ボブは引き金を引いた。

 

 銃声が鳴り響いて、大多数の人に好感を与えるよう設計されて整っていたコンパニオンAIの顔面がザクロのように吹き飛んで、下顎部しか残らなかった。

 

 頭部を失った胴体は、ふらふらと数歩だけ前進して、仰向けに倒れた。

 

「始まってしまいましたね」

 

「ああ」

 

 ボブのすぐそばに、キューブが集合して巨大な箱状になった物に手足が生えたようなフォルムの構造体が着地した。分身体を集めて完全体となったマツモトだ。

 

「……出来れば僕も、こうならない事を……今日が何事も無く終わる事を祈っていたのですが……やはりそうは行きませんでしたか」

 

「残念ながら、な。だがここまでの事は、全てギンの計算通りでもある」

 

 予想した通りの事がそのまま起こっているのに、ボブもマツモトも少しも嬉しそうではなかった。

 

 AI達が再起動してまだ数分だが、既にあちこちで人々がAIに襲われ、逃げ惑い、阿鼻叫喚の地獄絵図が具現化されている。

 

「えぇ……シンギュラリティ計画は、失敗に終わりました」

 

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