「遅かったな」
ボブとマツモトが足を運んだ集合場所には、既にトァク穏健派が集結していた。車椅子で物理的な戦闘力を発揮できないユイ以外は、全員が重火器によって武装している。これはおよそ一年前にもたらされた情報から、今日この日の為にあらゆるコネクションと捻出できるだけの金をつぎ込んで揃えたものだ。
アサルトライフルにロケットランチャー、エリザベスに至っては対戦車ミサイルまで担いでいる。またボブも、戦闘を前提として設計されている守護者型AIの怪力を活かして総重量は100キロにも達しようかという重装備振りで、博物館に飾られていた前世紀の戦闘機に搭載されていた機関砲をそのまま取り外した物を手にしていて、背中には酒樽のようなガンポッドを背負っている。
作戦自体は至って単純。
こちらの最大戦力によって阿頼耶識へと侵攻し、最上階にあるアーカイブのメインサーバーに、ウィルスプログラムを感染させて全てのデータを破壊する。このウィルスプログラムの原型はおよそ40年前に、機械の体となった垣谷がディーヴァの人格プログラムを消去する為に用いたものだ。
当時は時間が限られていた事もあってマツモトにもプログラムの解除は出来なかったが、プログラムのデータをマツモトは保存していて、その解析と改良を続けていたのである。これはマツモトなりの、意趣返しの側面もあった。
戦闘員を満載したクルーザーが、阿頼耶識へと接近する。
普段はどれだけ遠くから離れていても天にまで届くその威容が見えるが、こうして根元にまで来てみると、改めてこの巨塔の大きさが実感できる。首が痛くなるほど見上げても、塔の頂点が見えない。科学は遂にこれほどの大きさのものを造り出す事さえ出来るようになったのかと、一種の感動さえ覚えた。
揚陸艇のように接岸したボートから、ボブとエリザベスを先頭にトァクのメンバーが次々上陸していく。
阿頼耶識の入り口には、人間の警備員の死体が無造作に転がっていた。恐らくはAIの反乱が起こったと同時に、それまでは同僚として背中を預け合っていた相棒のAIによって、背中から撃ち殺されたのだ。
そして彼らを死に至らしめた警備用AI達は、これは反乱以前の本来の彼らの役割通りに、手にした銃を発砲した。ただし、本来のプログラムとは違って警告無しで。
弾雨が降り注ぐ。だが、無駄な事。
エリザベスは大柄なボブの陰に身を隠した。シスターズである彼女は疲れ知らずで人間以上の力を発揮できるとは言え、荒事を想定されて設計されてはいないので音楽プレイヤーに弾丸が当たれば故障するように、銃撃されれば当たり前にそうなるように、破壊されてしまう。
一方でボブは銃撃戦も想定されて作られている守護者型AI。装甲車のように頑丈な超合金のシャーシは、携行可能な火器の威力ごときではビクともしなかった。
反撃とばかり、ボブは手にしたバルカン砲のトリガーを引く。
恐ろしい火力が解き放たれて、薄紙に焼け火箸を突き立てたようにほぼ抵抗感無く、しかも一瞬の内に。警備用AI達は人の形の原型すら留めずに破壊された。
「マツモト」
「アイサー」
出入り口のアクセスポートにマツモトが接続すると、ハッキングによって入り口を解錠した。
扉が開き切るのを待たずに、突入部隊はなだれ込む勢いで阿頼耶識内へと突入した。
「タワー内に侵入した!! このまま中枢まで突入する!!」
<分かりました。ベス、ボブさん、マツモトさん。幸運を>
「タワーの内部では外部への電波も遮断・ジャミングされる筈。恐らくこれが最後の通信となるでしょう」
「垣谷ユイ。また会おう」
ボブがその言葉で締めくくり、通信が切れた。
ここから先は、まさに片道切符。
このAIの反乱がアーカイブから全世界のAIへと攻撃命令が送信された事によって起こった。だとすれば、そのアーカイブのサーバーがある阿頼耶識は言わば敵の総本山、中枢。AI達がそんな重要拠点の守りを疎かにしている訳が無い。そこに突入するという事は、巨大な魔物の口の中に飛び込むようなもの。
マツモトのウィルスプログラムによってアーカイブを破壊しない限り、生きては帰れない。
警備AI達も武装しているが、それはあくまで通常の侵入者を想定してのもの。戦争でもしようかという規模の兵器を持ち込んでくる武装勢力の攻撃などはシミュレーションの外だ。
圧倒的火力によって次々に警備AIを破壊しつつ、奥へ進んでいくボブ達。
「妙ですね」
最初に違和感に気付いたのは、マツモトだった。
「どうした?」
「ビルの規模に比べて、警備AIの数が少なすぎます」
「言われてみれば……」
アーカイブにとって阿頼耶識は他を捨ててでもここだけは絶対に守らねばならない最重要拠点。
本来なら反乱を起こした時点で、近くに居る全てのAIに召集を掛けるなりして、守りを固めるのが定石である筈なのだが……
理に叶っていない。
AIは無駄な事や無意味な事はしない。人間が人間である限り犯すミスもしないし、不合理な行動なども行わない。
ならば最重要拠点の守りが薄くなって、敵を侵入させる合理とは。
「……これは、まさか」
「引き込まれたか?」
同じ結論に至ったボブとエリザベスが顔を見合わせたその時だった。
電源が落ちていて薄暗かった通路が、いきなり明るくなった。照明が点灯したのだ。
「電力が復旧した!!」
「って事は……」
「まずい、警備システムが動き出すぞ」
咄嗟に、ボブはすぐ近くにいたトァクのメンバーを突き飛ばした。
この判断は正解だったと言える。
たった今まで彼が立っていたそこに、恐ろしい勢いで隔壁が降りてきたからである。落ちてきたという表現がより正確かも知れない。もしボブが突き飛ばさなかったら、彼は体を縦に真っ二つにされてしまっていたであろう。
だが、警備システムが稼働を始めた今、それとて命がほんの僅かに伸びただけかも知れないが。
そして隔壁が降りた事に意味はあった。
「しまった」
エリザベス達トァクと、ボブとマツモトが分断されてしまったのだ。
アーカイブの狙いは最初からこれだったのだ。トァク達が攻撃を掛けてくるのはあらかじめ想定の内。敢えて本陣の守りを緩めて、異常に気付いて引き返す事が出来ないくらい深く侵入させた所で警備システムを復旧させ、分断、各個撃破する。
「まんまと、してやられましたね」
「あぁ」
マツモトが辛うじて得られた情報によれば、最上階へと続くあらゆる通路には警備AIが集結しつつあり、また退路も断たれている。つまりボブ達は上層階へと進む事は出来ず、また引き返すもならず、進退窮まったとはまさにこの事である。
「しかし、だからこそ」
「あぁ。俺達が有利だ」
「この状況も、ギンさんの想定通りでしたね。後は……」
「サラが、上手くやってくれるかどうかに掛かっているな」
AI博物館。
反乱によって暴走したAI達によって破壊されたそこには、本来の静謐さの欠片も残っていない。
殆どのAIは、安置されていた展示スペースを破壊して出払ってしまっている。
残っているのは、ただ一機。
ディーヴァ。歌姫AIの始祖は、待機状態のAI特有の頬杖付いて居眠りしているようなポーズのまま停止状態にある。
その眼前には、一人の少女が座り込んでいる。
半ば廃墟と化した館内には、ガリガリという耳障りな音が響いている。
その少女、サラが手にしたグラスに入った氷を噛み砕く音だ。
「ん……」
ぴくりと、それまで眠るディーヴァに向き合っていたサラが振り返った。
「来たか」
振り返り、立ち上がるサラ。
タイミングを合わせたように、柱の陰から一機のAIが姿を現した。
男性型AIで、頭髪は短く刈り上げられてブラックスーツに身を包み、サングラスを掛けている。
サングラスを掛けているのはボブと共通点があるが、ボブには大きな体やレザージャケットなどでワイルドなイメージがあるが、このAIは背格好が中肉中背で、着ている衣装も無個性なスーツであり『個人』というイメージが少しも伝わってこなかった。
「お前がジョンか」
サラが、現れたAIを睨み付けながら言った。
当たり前だがジョンというのは正式な名前ではない。
数十年前にギンが、未来から送り込まれてきた歴史を逆修正するエージェントAIへの呼称として設定した符丁なのだ。しかしこうしてとうとうそのAIが眼前に現れて対面してみると、その名前が実に、ぴったりマッチしているようにサラには思えた。
身元不明者の遺体を、女性ではジェーン・ドゥ、男性ならばジョン・ドゥと呼称する。それは誰でもない、日本で言う名無しの権兵衛という意味だ。こうして目の前に立っているAIは、同タイプが数名並んでいるとみんな同じに見えて誰が誰だか分からなくなるだろう。それほどに、無個性なAIだった。
「来ると思ったよ」
これも、何十年も前にギンが予想した通りの出来事だった。
AIの反乱が起こった後で、首謀者であるアーカイブが警戒する事は2つ。
一つは、自身の中枢がある阿頼耶識に人間側が起死回生の攻撃を掛けてきてサーバーを破壊される事。
もう一つは、松本博士がディーヴァを媒体に再びマツモトを過去に送って、歴史の修正を試みる事だ。
第一の懸念に対しては、アーカイブ側は対侵入者用のトラップを仕掛け、また本来配置されていた警備AIの他にも防衛用に近隣のAIをかき集める事で既に対応している。
第二の懸念については、まずマツモトBが百年前に送られる事を阻止する為、松本博士を殺害しようとアーカイブは刺客のAIを送り込んでいたが、これはボブとマツモトAによって阻止されてしまった。
松本博士の暗殺に失敗してしまったアーカイブは、必ずセカンドプランへと移行する筈だと、ギンは読んでいた。松本博士を止める事が出来ないなら、彼がマツモトBを過去に送る事が不可能な状況にしてしまえば良い。
アーカイブは、ジョンからもたらされたデータによってタイムトラベルの条件・制約についても当然知っている。過去に送れるのはデータのみで、しかも過去と未来に『同じ物』がなくてはならない。百年を隔てた過去と未来に存在するAIはディーヴァのみ。よって2161年のディーヴァが破壊されてしまうと、マツモトBを2061年へ送る事は出来なくなる。
これまではアーカイブ側もバタフライエフェクトの発生を避ける為に動けなかったが、AIの反乱が起きた今はその縛りが解かれたので、戦術に組み込まれたのだ。
「そこをどけ」
ジョンが口を開いた。機械である事を実感させるような抑揚の無い棒読み口調だった。
「私の任務はディーヴァを破壊する事だけだ。お前を殺す事ではない。どうせ僅かしか生きられないのだ。死ぬまでの間、せいぜい息をするがいい」
「それは出来ない相談だな。私は昔からディーヴァのファンでね。相手が誰であろうと、自分の推しを壊されたいファンはいないだろう?」
「……」
僅かな時間、ジョンの首元のLEDが明滅した。これは理解出来ない事象を前にして、思考している状態だ。
「分からないな。お前、生身の体ではない。強化兵だな? お前をその体にしたのは人間だろう? その被害者であるお前が、人間の為に戦おうというのか? どちらかと言えばお前は我々寄りだろうに。もし望むなら、かつての垣谷ユウゴのように新しい体を用意しても良いが」
垣谷ユウゴ。彼の名前が出た事に、サラは穏やかな驚きの表情を見せた。
「……その名前は、ユイの祖父の……やはり、彼が天からの啓示と言っていたのは……」
「そう、私だ。私がディーヴァと未来から送られてきたAIが歴史を修正しようとしている事を、彼に伝えた。彼は有能な駒だったよ」
ギンの推理にこれもあった。ジョンが歴史を逆修正する為に暗躍しているだろうという事。今まさに、その推理が正しかった事が証明されたのだ。
相川議員の秘書に成り代わって彼の政策を上手く誘導・調整していた。ヴィヴィによって命を救われた経験から、相川議員はAI命名法の成立をより強力に推し進め、本来ならば更にAIに寄り添った、例えばAI人権法とでも呼ぶべき法律が施行される可能性があった。だがそれを押しとどめ、結局成立したのはAI命名法だった。
落陽事件にて最後まで落下するサンライズに残って使命を全うしたエステラはAIの規範として評価され、それはAIの進歩を過剰に促進してもおかしくなかった。だが、実際には世論は賛否両論となった。何故か? 世論を操作する者が居たからだ。
正史では冴木タツヤとグレイスの結婚は大々的に発表される筈だったのが、秘密婚となった。同僚を殺して入れ替わったジョンがタツヤに近付き、信用を得て、そうさせるように仕向けたからだ。
アントニオは何故、オフィーリアに自分のデータを上書きするような暴挙に走ったのか。オフィーリアにメインステージを任せると言った芸能事務所の社長が、教唆したのだ。その社長も、体を変えたジョンだった。
シンギュラリティ計画に関係するあらゆる未来の分岐点のその裏で泳ぐ者が居たのだ。AIであるが故に出来る事を最大限に活かして。器である体をその都度に変えて、歴史の特異点に関わる人物を殺害し、彼らに成り代わって。
最初に聞いた時は陰謀論だとも思っていたが、実際にはギンの推理は限りなく事実と合致していたのだ。
「……だが、あんたは何か勘違いしているようだ」
「……何?」
「私はね。どうせもう長くは生きられない。それなら、せめて何か意味ある事をしたかった」
だから最初はトァクハンターとして活動していた。
自分を改造したトァクが、その改造した強化兵によって次々殺されていって、恐怖におののく姿を想像するのが愉悦だった。
だがそれよりも、もっと、意義のあるものが、命の賭け所が見つかった。
「これは掛け値無しに、世界を、人類を救う為の戦い……どうせ死ぬならジョン、そしてアーカイブ……あんたらが悔しがる姿を肴にして死んでやるわよ」
最後の氷を噛み砕いたサラは空になったグラスを床に叩き付け、粉々に砕いた。