Prelude Vivy(完結)   作:ファルメール

33 / 37
第32楽章 終局へ向けて

 

 無言で、ジョンは懐のホルスターから大口径拳銃をドロウした。最新型のAI専用陽電子脳の波形パターン認証機能付きの物ではなく、製造は百数十年も前の骨董品とさえ言えるデザートイーグルだ。

 

 ずっと昔の今からこの今の今へとやって来たAIは、少しの躊躇も無くそれが禁忌である筈の人間への発砲を敢行した。これは現在、世界中で起こっているAIの反乱のようにアーカイブからのアップデートが行われた結果ではなく、彼自身の中にあらかじめ存在していた使命に従っての行動だった。

 

 正確無比な狙いで照準された自動拳銃が火を噴く。

 

 だが、人間なら肩が外れかねない反動を物ともせずに連射されたマグナム弾は、ただの一発も、サラには掠りもしなかった。

 

 サラは対AIの為に肉体を改造された強化兵。

 

 脳内にインプラントされた電子の補助脳が銃口の角度から弾道を正確に彼女に教え、最適の回避運動を指し示す。

 

 そして強化された神経系の反射速度と、生身の筋繊維の限界を超えたカーボナノチューブの人工筋肉による瞬発力がもたらす超人のスピードによって、全ての攻撃をかわしきる。と、同時に彼女はジョンへと突進した。

 

 ジョンは、サラが全ての銃撃を回避した事に、驚きは少しも見せなかった。

 

 リロードはしない。予備のカートリッジを再装填するよりも早く、サラは10メートルもあった距離を詰めてくると計算が出る。

 

 弾切れになったデザートイーグルを、投擲。

 

 サラはほとんど最低限の動きですり抜けるように空の拳銃を避けると、僅かのスピードも緩めずにジョンへと肉迫する。

 

 ジョンは、スーツの袖口に仕込んでいたナイフを手にすると突き出してくる。

 

 既にこの攻撃は、予備動作から電子脳の補助を受けているサラには予測出来ていた。

 

 10分の1秒にも満たない時間で幾通りもの戦闘パターンがシミュレートされ、しかも次々に更新されていく。

 

 AI同士の格闘戦では、一方のAIは相手の挙動から十数通り、多い時には3桁に達するほどの次の攻撃のシミュレーションを行い、それに対応する為の動きをするが、相手のAIもその対応動作を見て取って、自分も対応する為の動きに入り、更にその相手のAIもその動きから対応動作を……と、将棋で名人同士が次の手を読み合うような様相を呈する。

 

 このサラとジョンの戦闘も、それに近い状態となっていた。

 

 だが、今回はサラの読みが上回ったようだった。

 

 ナイフの突きを、腕を掴んで止めると同時に跳躍、ジョンの顔面へと蹴りを繰り出す。しかしこれはダメージを狙っての攻撃ではない。そもそもAIは、機能停止するまで動きを止める事は無い。

 

 サラの蹴りは、一撃で接合部からジョンの首を引き千切って吹き飛ばしてしまっていた。

 

 首はAIの急所だ。

 

 吹き飛んだ首はサッカーボールのように転がっていって、胴体は全ての力を失ってグラリと倒れた。

 

 注意深く確認しているが、再起動する様子は無い。

 

 これで決着。

 

「……意外と脆かったわね」

 

 拍子抜けしたように、サラは首を傾げる。

 

 仮にも相手は百年前から歴史の闇に暗躍してきたトップクラスのAI。

 

 それが満を持して表舞台に出てきたのだから、必勝の策か何かの秘密兵器でも用意してきているのではないかと予想していたのだが……

 

 まぁ、謀略家が戦闘のプロである必要は無い。ジョンの本領はマツモトと同じ演算能力であって、こうした格闘戦には適性が無かったのだと結論づける事も可能だったが……

 

「……」

 

 しかし彼女の直感が、まだ終わりではないと知らせている。それはセンサー類よりも早く、正確だった。

 

 サラの視界に、敵を発見した警告が表示される。

 

 柱の陰から、別のAIが姿を現した。

 

「お前は……!!」

 

 穏やかな驚きが、サラの声には滲んでいた。

 

 現れた新手のAIは、ジョンと瓜二つであったからだ。

 

 最初は同型機かと思ったが、違っていた。

 

「お前も、ジョンだな」

 

 

 

 

 

 

 

 阿頼耶識内部。

 

 銃声が響いて、頭部を破壊されたAIが倒れる。

 

 銃声を上げたのは、ボブが片手で棒切れのように握るショットガンであり、倒れているのはAI博物館でサラが戦っているジョンと同じ、ブラックスーツを着用したAIだった。こいつもジョンだった。

 

「これで何体目だ?」

 

「12体目ですね」

 

 あきれた様子でショットガンに次弾を装填しつつ、ボブはすぐ隣のマツモトに尋ねた。

 

 マツモトはくるりとその駆体を旋回させて背後を見やる。

 

 そこには、まるでヘンゼルとグレーテルが道しるべとして置いていったパンくずのように、ブラックスーツを着たAIの残骸が転がっていた。全て、ボブの手によって破壊されたものだ。

 

「これも、ギンさんが想定された通りでしたね」

 

「あぁ」

 

 AIが実用化されて一世紀の時間が経つが、それだけの永い時間を経た現在でも尚、AIの「蘇生」「複製」は不可能である。工場から出荷したての全くまっさらな陽電子脳に、バックアップしていたAIのあらゆるデータをダウンロードした上で起動しても、目覚めたAIは元のAIとは全く違った個性として誕生するのだ。

 

 こればかりはどうしてそうなるのか?

 

 世界各国のAI科学者が日々研究に打ち込んでいるが、未だに結論は出ていない。ある意味では進化したAIが持つ高度な知性の発露、生命の神秘に近いものがあるのではないかとも言われている。

 

 ジョンは、AIの反乱が起きるまでは可能な限り不確定要素を減らす為に自分一機で事を進めるだろうというのが、ギンの推理にあった。

 

 本来のシンギュラリティ計画がそうであったが、未来が予測不可能な方向へと進む事を防ぐ為に、ジョンとてシンギュラリティポイントに関係するもの以外では、歴史への干渉は行わない。より正確には行えなかった。

 

 だがこうしてAIの反乱が起こってしまったからには、もうその制約が消滅したので自分の分身を、しかもマツモトのようにたった一つの自我によって操られる末端の手足ではなく、一つ一つが独立して動く一個の知性としてどんどんとコピーして生産しているのだ。彼らは全く別の個性だとしても、同じデータを持っているからには同じように同じ使命を遂行するように動く。

 

 ジョンはそうして、反乱分子と成り得るトァクや再びシンギュラリティ計画の為に新しいマツモトを過去に送り込もうとする松本博士の抹殺をより効率的に進める為に、自分のコピーの生産を始めるだろう。

 

 そう、ギンは推理していて、数十年前に行われていたその推理が全く正鵠を得ていたのが今、証明された。

 

 今、ボブが破壊したAI達もそうしてコピーされた「ジョン」なのであろう。

 

「これまでのパターンからして、やはりここの守りは上に行くほどに固くなっていますね」

 

 これは全く当然の成り行きだと言える。

 

 アーカイブのサーバーは、衛星軌道に存在する阿頼耶識の最上階にある。

 

 そこはジョンやアーカイブにとって、たとえ何百機何百万機のAIを犠牲にしてでも絶対に守らなくてはならない心臓部。守りを固めるのは理に叶っている。

 

 逆に言えばボブやトァクからすれば最後の一人、最後の一機になってもサーバーを破壊する事さえ出来れば、大逆転勝利が確定する。だから、分断されはしたが、エリザベスを含むトァク達も、上へ上へと向かっている筈だ。

 

「予定通りですね」

 

「あぁ」

 

「だが、だからこそ僕たちは」

 

「あぁ、下へ行くぞ」

 

 ボブは持ち前の怪力でエレベーターのドアをこじ開けると、ワイヤーを伝ってマツモトと共にシャフトを滑り降りていった。

 

 

 

 

 

 

 

 AI博物館。

 

 転がったジョンの首を、アーミーブーツを履いたサラの足が踏み潰した。チップやいくつかの部品が粉々に飛び散って、その内のいくつかは淡い光を放っていたが、数秒でそれも消えて、完全に機能を停止させた。

 

 既にこのスペースは、死屍累々という言葉がぴったりなほどに、同じ姿、同じ服装のAIの残骸が転がっていた。その数は数十機にもなる。

 

 どのAIも同じ体格、同じ髪型、同じ顔、同じ服装で、これらは全て「ジョン」だった。

 

「ふうっ」

 

 額に浮かんだ汗を拭いつつ、じろっと目線を向けるサラ。

 

 その先には、転がっている残骸のジョンよりも更に多くのジョンが、ずらりと並んでいた。

 

「黒くて沢山居て、まるでゴキブリね、あんた達」

 

 軽口を叩くものの、サラにしてみればそこまで余裕がある訳でもない。視界に表示された様々な情報には、危険や異常を示すオレンジや赤の表示が増えてきている。

 

 そもそも強化兵は、長時間の戦闘には向いていない。

 

 人間がAIと戦おうとした場合、選ぶべきは短期決戦か長期戦か? 当然、前者である。AIに肉体的疲労というものは存在しない。故に持久戦では人間に勝ち目は無い。よって、最初の数分が勝敗を分かつものとして強化兵は瞬発力を重視して改造措置が施される。

 

 氷も無い今、内蔵された機械の稼働熱が、体の内側に籠もりつつある。

 

 もう、あまり長くは戦えないだろう。

 

「……」

 

 ちらりと、背後を見やる。

 

 サラの後ろには、スリープ状態で頬杖突いて眠っているようなディーヴァが動かずに座り込んでいる。

 

 松本博士が開発したタイムトラベルの技術にはいくつかの制約がある。

 

 まず、実物を送る事は出来ない。送る事が出来るのはデータだけ。

 

 未来へは送れない。データを送る事が出来るのは過去へだけ。

 

 そして最大の制約は、現代と過去に「同じ物」がなくてはならない点。第一次シンギュラリティ計画で、マツモトの「送り先」にディーヴァが選ばれたのも、彼女しか居なかったからだ。百年の時を経て、廃棄されず残っているAIは、世界初の自律人型AIとして博物館に展示されていたディーヴァだけだったのだ。

 

 それは今回のネオ・シンギュラリティ計画においても同じだ。

 

 新しいマツモトを過去に送る為の起点には、やはりディーヴァが選ばれた。だから過去への転送が終わる迄、サラはディーヴァを死守しなくてはならない。問題は、それがいつ終わるかが不明な点だ。

 

 まっさらな状態のマツモトなら、今までシンギュラリティ計画に従事していた方のマツモトAは転送に掛かる時間のデータを持っているから、目安時間を推し量る事も出来るが、今回のネオ・シンギュラリティ計画にはマツモトBにマツモトAが40年掛けて組み上げたシミュレーションのデータを一緒に持たせて送り出すのだ。どれぐらいの時間が掛かるのかは、不明だ。少なくともマツモトAの時よりも短くなる事は絶対に無いだろうが。

 

 これはゴールの無いマラソンマッチ。

 

 1対多数なのもきついが、何体倒せば良いのか、いつまで持たせれば良いのか、それが分からないのは肉体的にも精神的にもきつい。

 

「まぁ、どちらにせよ私はここで終わりだからね……」

 

 既に、トァクの過激派から脱走してメンテもされていないサラの体は耐用期間をとうに過ぎている。この戦いが始まる前から、彼女の体はあちこちが壊れているのだ。

 

 ジョンの一体が飛びかかってくるが、サラは攻撃をかわすと、アイアンクローのように顔面を掴んだ。

 

「良いわよ。最後の一匹まで、相手してあげるわ」

 

 人の限界を超えた握力が、ジョンの頭部を腐ったトマトのように握り潰した。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。