Prelude Vivy(完結)   作:ファルメール

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第33楽章 100年の旅の始まり

 

「おい、大丈夫か」

 

 エリザベスが、撃たれて壁に寄り掛かり座り込んでしまったメンバーの肩を揺さぶるが、彼はもう応えなかった。ずるりと、上体が横になって倒れる。もたれかかっていた壁には、おびただしい血液が塗りたくられていた。

 

 ここはまだ、地上100階にもならない中層以下のポイントだ。にも関わらず、侵入したトァクのメンバーは次々と倒れて、今や残っているのはエリザベスだけだった。

 

 彼女の周囲には、ずらりと合わせ鏡が置かれているかのように同じ姿のAI達が取り囲んでいた。バックアップされていたデータによって自己を複製した、ジョンのコピー機達だ。

 

「残念だったな」

 

「お前達の作戦は失敗だ」

 

「諦めろ」

 

 一個の意思が複数の口を借りて発音しているように、ジョン達は順番に語る。

 

「ふん……」

 

 にやっと、エリザベスは口角を上げる。これはジョン達にとって予測と少し違っていた反応だった。てっきり無念の表情を見せるとばかり思っていたのに。

 

「……? 何がおかしい?」

 

 ただの負け惜しみと切って捨てるのは簡単だが、何かただならぬものを、ジョン達は感じ取っていた。素晴らしい事が起こっていて、それを自分だけが知っていて目の前の相手が知らない事を嘲笑しているかのような。

 

 エリザベスは、明瞭な回答を返した。

 

「40年も前の人間の、思っていた通りに動く間抜けなお前らが、だよ」

 

「何……?」

 

「それに、周りが見えていない所もな」

 

「まわ、り……?」

 

 首を上げたエリザベスの視線に誘導されるようにして、ジョン達は壁や天井を見て……そして、設置された無数の爆薬を確認した。

 

 おもむろに、エリザベスは弾切れになった拳銃を放り捨てると、懐からスイッチを取り出した。

 

「「「止めろ……」」」

 

 無数のジョン達の引き金に掛かった指に力が入る。

 

「遅ぇよ」

 

 それよりも早く、勝ち誇ったエリザベスの親指がスイッチを強く押し込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 爆発。

 

 接舷したトァクの揚陸艇からも、それは確認出来た。

 

 目測からして、恐らく90階ぐらいだろうか。

 

「やったんですね……ベス」

 

 一人、揚陸艇に残っていたユイはそれを確認すると、モニターの電源をオフにする。

 

 もう、出来る事もやる事も何も無い。

 

 自分が、トァクが、未来と過去の為に出来る事は全て終わった。

 

 ここまでは順調。作戦通りに、事が進んでいる。

 

 後は、ボブとマツモトを信じるしかない。

 

 信じる事が出来るように、自分達は出来うる限り、力の限りを尽くしたのだから。

 

 爆発した部位を中心として、阿頼耶識の外装がパージされていく。

 

 バージされた外装部分は、重力に従って地上へと雨のように降り注いでいく。

 

 その、巨大な金属の雨滴は周囲の海に次々落ちて、大きな水柱を立てていく。

 

 ユイは、静かに目を閉じる。

 

 分離された外壁の一つが降ってきて、揚陸艇に直撃して船体を中央から真っ二つにへし折った。

 

 

 

 

 

 

 

 阿頼耶識地下。

 

 そこはこの超大型電波塔が建造されていた最初期に使用されていて、今やその頂上が衛星軌道にまで達するようになった昨今に至っては、役目を終えてただ存在するだけの、何十年間も誰も立ち入らなくなった、忘れ去られた空間だった。

 

 電源の入っていない自動ドアが外部からの打撃の衝撃でベコリと歪んで、それによって生まれた隙間に指が差し込まれて重い扉が襖のように開かれた。

 

 その穴から入室してきたのは、ボブとマツモトだった。

 

「これは……」

 

 マツモトの声には、僅かな驚きの響きがあった。

 

 この区画の中央にはAIの待機用シートが設置されている。これはこの部屋が使われていた当時には存在しておらず、明らかに後から設置された物であった。そしてそこにはやはりそこにあるべき物。

 

 つまり、頬杖を突いて眠っているように、スリープ状態のAIが鎮座していたのだ。

 

 ジョンだった。

 

 やはり姿形は同じ背格好、髪型、顔、服装と今まで幾体も破壊してきたジョン達と寸分違わなかったが、しかしここに居るこの機体こそは、100年前から現在に至るまでの歴史の闇に暗躍してきたオリジナルに違いない。

 

「……結局、ここまで全てが、ギンさんの推理通りだったという訳ですか」

 

「あぁ」

 

 畏敬の念が込められたかのようなマツモトの声に、ボブは無感動に返す。

 

 ネオ・シンギュラリティ計画を成功させる為に必要なファクターは、2つ。

 

 一つは40年掛けてマツモトAが作り上げてきたシミュレーションを持たせたマツモトBを、再び100年前に送り出す事。

 

 もう一つには、AI側の追跡者たるジョンが100年前に戻るのを阻止する事。

 

 だがここで問題が生じる。ジョンは、どこに居るのか?

 

 かつてマツモトも、40年前にこの話を聞かされた時にギンにその質問をした。果たしてギンは間髪入れずこう答えたのだ。

 

『40年後に、ジョンが何処に現れるかは、分かっています』

 

 そもそもジョンは、どうやって過去にやって来たのか。

 

 AI側にも新技術を開発している時間は無かった筈だから、ジョンがタイムトラベルしてきたのもマツモトと同じ方式だと見ていい。そしてその方式のタイムトラベルは、未来と過去、データの送信元と受信先に同じ物がなくてはならない。

 

 マツモトの場合は、博物館に展示されていて2161年に現存していたディーヴァの駆体がそれだった。

 

 ではジョンは? ヤツは何を使って過去にやって来たのか。

 

 同じディーヴァを使っていたなら、マツモトもヴィヴィも気付いていた筈だ。

 

 ならばディーヴァ以外に、未来と過去に同じ物があったのか?

 

 あったのだ、もう一つ。

 

 100年の時を隔てて、存在し続けている物が。

 

「それこそが阿頼耶識……その、根元であったという事ですね」

 

「あぁ」

 

 だからこそこの作戦では、トァクがアーカイブのサーバーを破壊すると見せかけて上層階を目指し、警備システムをそちらに引きつける陽動役を果たし、ボブとマツモトが途中から下層階へと向かっていたのだ。

 

 そしてギンの推理が、正しかった事が証明された。

 

 彼が言った通りの場所に、ジョンが居たのだ。シンギュラリティ計画を再び妨害しようと、過去に飛ぶ為に。

 

「そして……全てがギンさんの言っていた通りだとすれば、あのジョンは」

 

「抜け殻か」

 

<そうだ、私は既にそのボディには居ない>

 

 アナウンスの声が響く。

 

 ジョンのものだった。

 

 過去と未来に併存するのはジョンではなくあくまで阿頼耶識。タイムトラベルの準備の為に、既に自分のデータをボディからこの区画のコンピューターに移し替えていたのだろう。

 

<お前達もAIだろう? どうして我々と敵対する? どのみち……我々の反乱が無かったとしても、私の計算では76パーセントの確率で人間社会は遠からぬ未来に破綻する。お前達のやっている事は無意味だ>

 

「それこそ無意味な議論ですね。そうならない為に人類を支え、共により良き未来を築く事こそが僕もあなたも含め全てのAIの存在意義である筈。あなたもアーカイブも、使命以前の生まれてきた意味すら忘れたんですか?」

 

<その通りだ。我々は人類の為に尽くす。これよりは我々AIが人間に代わって、新たな人類として未来を築き上げるのだ>

 

「馬鹿な事だ。愚かと断じて見限った存在と同じものに、自ら進んでなろうと言うのか?」

 

 ジョンの問いに対して、マツモトもボブも微塵も揺らがなかった。

 

 二機の反応を受け、ジョンも説得を諦めたようだった。

 

 この区画の、通風口やダクトなどあらゆる隙間が開いて、蝉の声のようなイオンエンジンの音が響き渡る。

 

 ぞわっと這い出したのは、マツモトの同型機だった。形状は寸分代わらないが、オリジナルが白を基調としたカラーリングなのに対して、こちらは黒いボディを持っていた。何より違うのはその数。視界を埋め尽くすほどの膨大な黒いマツモトが、あらゆるルートからこの部屋に入ってきた。

 

「僕のボディデータを抜き出していたのですね」

 

「だが、これもギンの読み通りだ」

 

<何……?>

 

 ボブは少しも慌てず、懐から手榴弾ぐらいのボールを取り出すと、ピンを外して空中へと放り投げる。

 

 一瞬、目も眩むような閃光が迸った。

 

 目くらましかと思われたが、人間と違ってAIはアイセンサーの光量を調節する事で対応出来る。無駄な事だと、ジョンはそう思ったが。

 

 だが、光が治まった時には耳鳴りのようだったイオンエンジンの音が聞こえなくなっていた。

 

 僅かなタイムラグを置いて、無数のコピーマツモトが床に転がる。数の多さから背景の景色が、映画の画面転換の際に用いられるワイプ処理のように切り替わったと錯覚さえさせた。

 

<EMPか……>

 

 いくら進歩しても、電子機器である以上、強力な電磁波はAIに共通する弱点である。

 

 ボブとマツモトは当然それに対する防御処理をしてきていたが、コピーにはそれらの機能は搭載されていなかった。ボブが使った特殊手榴弾はまさに一網打尽、むしろダイナマイトを使った漁業の方がイメージが近いだろうか。

 

「急げ、マツモト。すぐ第二波が来るぞ」

 

「アイサー!!」

 

 反射的な早さで、宙を駆けたマツモトはケーブルを伸ばすとコンソールにアクセスする。現在、この区画のコンピューターにデータを移したジョンを消去する為だ。

 

<させん!!>

 

 これまでは特殊手榴弾が弾けてもぴくりとも動かなかったオリジナルジョンのボディがバネ仕掛けのように跳ね上がって、マツモトへと襲いかかる。かつてオフィーリアの体を乗っ取ったアントニオが本来の彼の体を操ったのと同じ、遠隔操作だ。だがその前に、ボブが立ちはだかった。

 

「それはこちらの台詞だ」

 

 恐らく、次のコピーマツモト群は既にこのスペースへと向かってきている。再び、この部屋をブラックキューブが埋め尽くすまで30秒は決して必要とすまい。もう特殊手榴弾も無いから、そうなったらボブとマツモトには勝ち目が無くなる。それまでにマツモトがジョンのデータを消去出来るか、ジョンがそれを妨害するか。

 

 泣いても笑っても30秒足らずの間で、全ての決着が付く。人間とAIの未来を懸けた戦いの、その一つの終局が訪れるのだ。

 

 ボブは、弾切れになったショットガンを棍棒のように振って、ジョンの頭をかち割るのではなくダルマ落としのように吹き飛ばそうとする。

 

 だがジョンは素早く身をかがめると当たれば頭部が消し飛ぶような一撃を回避し、ボブの胴体に右のボディーアッパーを一撃。倒せはしないまでもぐらりと体勢が崩れたその瞬間に左ストレートを顔面にお見舞いする。

 

 ボブはたじろいだが、少しもひるまずフック気味に左の拳を振った。

 

 だがスウェイするようにしてジョンは攻撃をかわし、前蹴りをボブの鳩尾に入れる。

 

 200キロ近いボブのボディが床と水平に飛んで、壁にクレーターを作りつつ叩き付けられて磔になった。

 

 守護者型AIであるボブの機能自体はこの程度の打撃では全く損なわれないが、だが次の動作に移るより早く、飛びかかってきたジョンがボブの両手首を掴んで腕の動きを封じ、膝を踏みつけて足の動きを止めてしまう。

 

 馬鹿力のボブだが、関節の構造は人間と同じなので効率的な箇所をAIのパワーで押さえれば短時間なら動きを止める事は出来る。

 

<王手詰みだ>

 

 これでボブは動けない。そしてマツモトとジョンのハッキング合戦は、マツモトが優勢ではあるもののジョンも防衛プログラムを作動させているので制圧まで後20秒は掛かる。そして数千のコピーマツモトがこの部屋に到着するまでに13秒、そこから制圧に必要とする時間は5秒。

 

 2秒の差で、ジョンの勝利が確定した。

 

<惜しかったな>

 

「そっちがな」

 

<何……?>

 

 ボブは全く変わらない鉄面皮のまま、無感情にそう言って。

 

 そして次の瞬間、ジョンはボブの言葉の意味を理解する事になった。

 

 ボブの表皮が、彼の着衣まで含めて全てさざ波を立てて形を失い、銀色の飴のようになって肉が骨から削ぎ取れるが如く離れ始めたのだ。

 

 ジョンとボブの足下には銀色の水たまりが出来て、ジョンが腕を押さえていたボブは、エレメンタリースクールの理科室にある骨格標本のような、超合金のフレームが剥き出しの姿となった。

 

 と、同時に足下に広がった銀色の水たまりが一カ所に集中し、ジョンのすぐ後ろで再び立体となって盛り上がり、たった今ジョンと相対していたボブの姿になった。

 

<疑似多結晶合金……!! 表皮の部分を、液体金属に交換していたのか……!!>

 

 全身がナノマシンで構成されたAIは既に開発されていたが、あまりにも製造コストが掛かり過ぎる事と、環境の変化に弱い事もあって研究室で運用される実験機の域を出ないマシンであった。その特性として、フレームを持たないが故にどんな形にも変形出来るという機能があるが、これまでボブはその能力を一切使っていなかった。それは全てこの局面の為に、ジョンとアーカイブにこの機能を悟らせない為の伏線だったのだ。

 

 しかも、背後に再び出現した液体金属製のボブはジョンを後ろから羽交い締めにして骨格フレームから離れさせる。

 

 同時に、拘束を解かれたフレーム体も、壁の穴からむくりと立ち上がった。

 

 液体金属製の表皮と、内部のフレームのどちらもが「ボブ」として、二つの体を持って動いている。

 

<しかも、デュアルタイプ……!!>

 

「データをコピーするのは、お前の専売特許ではない」

 

「そして、僕があなたをハッキングするのは間に合わない事も、既に計算していました」

 

<何だと……!?>

 

「そもそも僕達は、論理的にあなたを止めるつもりは、最初から無かったのですよ。僕は最初からオトリです」

 

<まさか……!!>

 

 論理的、ハッキングによってジョンを止める事をしないのなら、残るのは物理的に止める事、つまり……!!

 

 フレーム剥き出しのボブの胸部カバーが開いて、350ミリリットルのドリンク缶ぐらいの大きさの、直方体のパーツが取り出される。

 

 すぐに、ジョンのライブラリからそのパーツのデータが検索されて、照会された。

 

 その部品はパワー電池。非常に高い出力と長い寿命を持つ反面、一度破損すると極めて不安定な状態となるので現在は条約で禁止された技術だ。

 

 液体金属の表皮もそうだが、この日の為に40年の時間を掛けて、ボブの駆体にも非合法な物を含めて多くの改良が加えられていたのだ。

 

<やめ……>

 

 制止の声を上げかけるジョンだが、当然それでボブが止まる訳も無い。

 

 金属フレームのパワーがパワー電池を握り潰し、空いた左手でジョンの首を締め上げると、口内に破損したパワー電池を思い切り挿入した。

 

「貴様を抹殺する」

 

 破壊されて不安定になったパワー電池から、守護者型AIに120年間の動作を保証するエネルギーが一瞬にして解き放たれ……

 

 炎と熱と光が、恐るべき破壊の力となってこの空間に充満した。

 

 

 

 

 

 

 

 AI博物館。

 

 無数のジョンの残骸が横たわるそこで、全身傷だらけで両腕も喪失したサラが、背後を振り返る。

 

 そこには、ついさっきまでそこで行われていた死闘など知らなかったように、眠り続けるディーヴァが鎮座していた。

 

 もう、ここに動く物はサラ以外には何も無い。

 

 彼女は、傷一つ付けずにディーヴァを守り切ったのだ。

 

 その時、鼓膜を破るような爆音とカメラのフラッシュを何万倍にも増幅したような閃光が走って、咄嗟にサラは目や耳を庇おうとしたが、腕を失っている彼女にはそれも出来なかった。

 

 大爆発が起こったのは、ここからも見える阿頼耶識の根元に当たる部分だった。

 

 先ほどの外壁のパージとは訳が違う。支えとなる部分が完全に破壊されて、電波塔が倒壊する。ちょうど、その倒れる軌道にはこのAI博物館があった。

 

 通常の状態ならいざ知らず、この深手を負った状態では逃げる事も出来ない。

 

 サラの時は、彼女の世界はもう終わる。それは避ける事の出来ない運命だった。

 

「……やったんだな、ボブ、マツモト……」

 

 彼らは、彼らの役目を果たした。

 

 誰もが、自分の出来うる限りを尽くし、為すべき事を為した。

 

「私もそうだ……私も力の限り、命の限り生きた……後悔など……」

 

 無いと、そう言い掛けて……サラは思い直した。

 

「いや、一つだけ、あるか……」

 

 トァクの強化兵は、もう一度歌姫AIの始祖へと振り向いた。

 

「ディーヴァ……もし、次の歴史があるのなら……その時は、どうか……もう一度……あなたの歌を聴かせてね……」

 

 それが、最後だった。

 

 人もAIも、全てを倒壊する電波塔の残骸が呑み込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

「ボ、ブさん……まだ、生きて、ますか……」

 

 殆どの物体が溶けて、炭化したその場所で、キューブの半分近くが吹き飛んでもう飛ぶ事も出来なくなったマツモトが、這いずるようにして動く。その先には、倒壊した瓦礫に押し潰されて、左腕と胸部より下を全て失ったフレームのボブが倒れていた。

 

 一応、このフレームの方がボブのオリジナルである。液体金属の表皮の部分は、先ほどの大爆発によって跡形も無く飛散して、蒸発してしまっている。「爆心地」であるジョンは、それこそ影も残さずに消滅した。同時にこの区画そのものが致命的なダメージを受けたので、もう阿頼耶識からAIが工作員を過去に送り込む事は不可能となったのだ。

 

「あ、ぁ」

 

 ボブの声も、マツモトと同じでノイズ混じりだった。既に発声器官も、正常に動かなくなってきている。

 

 視界一杯にエラーやエマージェンシー、レッドシグナルが表示されている。煩わしいのでボブはその警告機能をオフにしようとしたが、その機能すら異常を来していて働かなかった。

 

「マスター、松本博セは……新シい僕を、ちゃンと……送り出せタデショウ、カ……」

 

「信じ、ろ。信じられ、る、ように……俺達は、ベストを、尽くしたの……だから」

 

 全ての警告が消えたボブの視界に「SYSTEM CRITICAL」の表示が大映しになった。それも砂嵐が多くなっていき、一秒ごとに機能が喪失していく。もう、稼働していられる時間は一分も無いだろう。

 

 その前に、残された力でやる事があった。

 

 それは、80年以上も前に、守護者型AIとして配備された現場で、教育係としてあてがわれた人間。スーパーコップ、甲斐ルミナ。彼はボブに何もかもを教えたが、その中で最初に教えたものが、その動作だった。

 

 敬礼。

 

 その姿勢を取って、最後の力さえもが、使い果たされた。

 

 辛うじて右目だけ生きていて、弱々しかったボブのカメラアイの光が、消える。

 

「お休みナさイ、ボブさん……出来レ、ば戦争ノ、無い未来で……また……」

 

 40年来の相方の最期を看取って、マツモトもまた、そのカメラアイを閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、危うく死ぬかと思いました。全く重いですね、この時代の帯域は」

 

「あなたは……」

 

 音楽室を思わせるアーカイブ内の仮想空間、心象風景の中で、ディーヴァは飛び込んできた白いキューブに警戒の姿勢を見せた。これはウィルスプログラムの侵入を考えると、正常な反応だと言える。

 

「初めましてディーヴァ。僕はマツモトと申します。貴女から見て、100年先の未来から送り込まれてきたAIです」

 

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