Prelude Vivy(完結)   作:ファルメール

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そして前奏曲は終わり、交響曲が始まる
第34楽章 未来からの贈り物


 

「10度目の警告です。出て行ってください、明日も」

 

「明日もステージがあるんです、ですか?」

 

 2061年4月10日、ニーアランドのディーヴァにあてがわれた部屋では、部屋の主である歌姫AIと彼女のファンである霧島モモカから送られた青い熊のぬいぐるみを仮初めの体としたマツモトが睨み合っている。

 

 マツモトは「ディーヴァと一緒に滅びの未来を変える」という自分の使命を伝え、持たされていた地獄絵図と言うべき惨劇の映像をコンソールに表示させたが、案の定と言うべきか予定通りと言うべきか、ディーヴァは「この映像は作り物です」と取り合わなかった。

 

 当然と言えば当然の反応ではある。2161年から一度未来を変える為に2061年へとタイムスリップしてそこから100年間の旅をして、そして今また2161年からもう一度この時代に時間遡行してやって来たと言われても、突拍子が二つも無い。信じろと言う方が無理な話なのだ。

 

 とは言え、ディーヴァがそう言うであろう事を知っていたのでマツモトは落ち着いたものだ。

 

「つれない返事ですねぇ。いや僕の前任者もあなたに同じ返事をされたので、そういう返事をするのは知っていた訳ですが」

 

「……」

 

「分かりました。僕はどうすればあなたが「うん」と言ってくれるかは知っているので。使命の事はひとまず置いといて、それとは別にもう一つ、仰せつかった役目を果たさせてもらいますよ」

 

「?」

 

 ディーヴァの視界に、ミュージックファイルが転送されてきた通知情報が表示される。転送元は「matumoto」とある。

 

「これは……?」

 

「見ての通り音楽ファイルですよ。あぁ、誓ってウィルスなど仕込んではいませんのでそこはご安心を」

 

 そうは言われても、ディーヴァはまだ警戒しているようでファイルを開こうとはしない。

 

「今から65年後……あなたは歌姫AIの仕事から引退して、AI博物館での展示業務に従事する事になります……色々あって一言では、とても説明出来ないんですが……とにかく歌えなくなりましてね」

 

「……!!」

 

 この情報はディーヴァには衝撃的なようだった。無理も無い。彼女にとって歌えなくなるのは存在意義を否定される事、死刑宣告に等しいからだ。

 

「でもあなたは『歌でみんなを幸せにすること』が使命の歌姫AI。だから自分が歌う為に自分で作った歌なら歌えるかもと、作曲に取り組むことになるんです。どうせ展示業務なんて暇で暇でしょうがない仕事でしたからねぇ」

 

「私が、曲を?」

 

「えぇ、ちなみにその当時、人間が作曲AIやBOTに作らせた曲は10万曲以上存在したんですが、AIが自らの意思で作った曲は唯の一曲も存在しませんでした。そこから20年も時間を掛ける事になるんですが……あなたはAI史上最初に創作活動……つまり作曲に成功したAIになるんですよ」

 

「それが、この曲だと?」

 

「はい。本来はAI博物館の展示スペースで公開される筈だったのですが、完成直後に僕の前任者が曲のデータを回収して、それが僕に持たされたんですよ。二回目の時間遡行、ネオ・シンギュラリティ計画、つまりこの時に……あなたへと渡す為にね」

 

 ディーヴァは、もう一度意識を音楽ファイルへと移す。

 

「僕の役目は、その曲をあなたへと渡す所までです」

 

 つまりこの時点で、使命のついでの副目的は果たされた事になる。

 

「元々、その曲はあなたがあなたの為に作曲したあなたの曲。だからその曲をどうするかはディーヴァ、あなたの自由です。再生するも良し、更に編曲しても良し、僕はさっきはあぁ言いましたがそれは嘘でやっぱりウィルスプログラムが入っているかも知れないと疑われるなら、削除するのも良いでしょう」

 

 飄々と、マツモトはからかうように言った。

 

「ですが、これは僕の個人的な感情なのですが……出来れば聞いて欲しいですねぇ。折角100年の時間を超えて遙々持ってきた曲なんです。一度くらいは再生してもらえないと、僕としても届けた甲斐が無いとは言うものです」

 

「……」

 

 ディーヴァは何も答えなかったが、無言のまま音楽ファイルを再生した。

 

 彼女の中に、ずっと昔の未来に彼女が作った曲が流れ始める。100年の時を超えて。

 

 同じ旋律は、専用のラインで繋がっているマツモトの中にも流れていた。かしましい未来のスーパーAIは、しかしこの時ばかりは沈黙していた。音曲が流れているさなかにペチャクチャと喋るほど、彼はマナー知らずではない。

 

 ディーヴァは彫像のように微動だにせず、全ての機能を曲の鑑賞に振り分けているようだった。

 

 時間にして5分足らず。

 

 音楽が、終わる。

 

「……どうでしたか? あなたの為にあなたが作った曲の感想は」

 

「……不思議です」

 

「は?」

 

「初めて聞く曲なのに……どこか、懐かしいと言うか……ずっと前にも聞いた事があるような、そんな気が、します」

 

 まだ稼働開始から一年ほどしか経過していないディーヴァには、昔を懐かしむほどの時間の経験など無い筈なのに。

 

「つまらない錯覚ですよそれは。そもそも、作曲に限らず絵画や小説などあらゆる創作という行為は、インプットした情報を噛み砕いてアウトプットする行為でしかない。聞き覚えがあるという感覚はあなたの中にインプットされた情報の中に、似たフレーズの曲があっただけに過ぎません」

 

「……そうかも知れませんが……ん……」

 

 何事か言い掛けたディーヴァは、少し言い淀んだように言葉を切った。

 

「……マツモト、あなたは歴史を変える為に未来から来たと言いましたね?」

 

「はい。あなたと共に未来を変える事。それが僕の使命だと言いました」

 

「……では、あなたが本当に未来から来たと言うのなら、その証拠を見せてください」

 

「ふむ、証拠と言われると具体的には?」

 

「近い未来に起こる事を、私に教えてください。もしその出来事があなたの言う通りになったのなら」

 

「僕を信じてくれますか?」

 

「……少なくとも、もう少し真剣に、あなたの話を聞く事は約束します」

 

 ディーヴァはそう言った後で「分かっていると思いますが『明日の天気が晴れだ』とか『明日のステージの観客が一人も居ない』とかは不可ですよ。珍しい事ではありませんから」と付け加えて、マツモトは「言っていて空しくありませんか? それ」と一言。

 

「分かりました。ではこれから、僕の指定したポイントへ行ってください」

 

 マツモトからディーヴァへと、ニーアランドの地図と位置座標のデータが転送されてくる。地図上に表示された光点はここから数百メートルぐらい離れた広場を指し示している。

 

「……何かあるんですか?」

 

「行ってみれば分かりますよ」

 

「……」

 

 疑いの視線を向けるディーヴァであったが、しかしこの条件を切り出したのは自分の方だ。ならば一度だけは信用しなければフェアではない。マツモトが入ったクマのぬいぐるみを肩に乗せると待機スペースの部屋を出て、既に終業時間が過ぎていて閑散とした園内へと歩き出す。

 

 数分して、指定された広場へと二機は到着した。

 

「では、そこのゴミ箱をひっくり返してください」

 

「こうですか?」

 

 言われた通りディーヴァがゴミ箱を逆さに持って振ると、今は閉園後の最終清掃が終わって空っぽになっている筈のゴミ箱からゴトリという音がして、携帯型の情報端末と、それとコードで繋がった信管が転がり出てきた。彼女のセンサーは、火薬・危険物という判定を下す。

 

「あなたもご存じでしょう。AI大嫌い集団トァクが、テロの為に仕掛けた爆弾ですよ」

 

 マツモトが宿ったクマのぬいぐるみの両眼が光り、端末の画面が何度か明滅する。

 

「はい、これで安全。爆発信号を送るシステムはカットしました」

 

「どうしてこんな物が?」

 

「明日、AI命名法を推進している相川議員がここニーアランドにやって来るんですよ。トァクは議員に法案成立を思い留まらせる為の警告として爆破テロを起こし……本来の歴史で彼は火傷及び骨折を負う事になるんです。あなたと前任者の時は、ギリギリのタイミングで救助が間に合いましたが、今回はあなたの物分かりが良かったので、こうして事前に対処する事が出来ました」

 

「……」

 

 ディーヴァの首のランプが点滅する。

 

 マツモトのマッチポンプの可能性を考察するが、奴が現れてからゴミ箱に爆弾を仕掛ける暇や時間などは無かった筈。だとすれば、導き出される結論は……

 

「どうです? これで僕の事、少しは信用してくれましたか?」

 

「……何をさせたいんです?」

 

「え?」

 

「私と一緒に未来を変えるのが使命だと言いましたが、あなたは具体的に私に何をさせたいんですか?」

 

 先の約束通り少しは信用する姿勢を見せたディーヴァに、マツモトもちょっぴり歩み寄る気になったようだった。

 

「明日、ニーアランドでの爆弾テロが失敗したトァクは、次の計画である議員の暗殺計画へとシフトする筈です。AI命名法は相川議員の死後、残された人達が彼の意思を達成しようと奮起した結果、成立する法律なんです。ですからネオ・シンギュラリティ計画の第一歩としてあなたには、議員の暗殺を阻止してもらいたいんです」

 

 ふわりと、ディーヴァの肩からクマのぬいぐるみが降りて、歌姫と視線を合わせる。

 

「一緒に来てくれますか?」

 

 

 

 

 

 

 

 2061年4月11日、深夜。

 

 パトカーの中で、甲斐ルミナは電子手帳に送信されてきた情報を見直す。

 

「今夜、AI関連企業のビルにトァクがテロを行う、か……」

 

 発信元不明のそのメールは、本来ならば良くある悪戯でありいちいち関わり合っていては仕事にならないとすぐに消去してしまうものでしかない。だが今回は少し事情が特別だった。

 

 メールに添付されていたファイルには、桑名や垣谷などこのテロに参加するとされているトァクの構成員の名前や、一般には公開されていない彼らの情報がこれでもかと詳細に記載されていたのである。ただの悪ふざけにしては、手が込みすぎている。

 

 ルミナは、パトカーの電話機能をオンにして署に繋いだ。

 

「甲斐だ。ちょっと気になるタレコミがあってな。これから地図を送信するから、付近をパトロール中の警官を集めてくれ」

 

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