「うっ!! これは……っ!!」
玄関に額を撃ち抜かれた警備用AIが転がっているのを見て、AI関連企業が所有するそのビルへと踏み込んだルミナ以下十数名の警官達だったが、彼らの前に広がっていた光景は、思わず目を疑うような光景であった。
そこには戦闘服姿の、トァク過激派の工作員達が全員気絶して、縛り上げられた状態で転がっていたからである。その中には桑名や垣谷の姿もある。
それに彼らの傍らにはタブレット端末が置かれていて、ルミナが元爆発物処理班の経験から慎重にそれを取り上げて操作してみると……彼らがこれまで行ってきた非合法活動に関する証拠となるデータが山のように入っていた。
「一体……どうなってるんだ?」
簡単に考えるなら、自分達がここに来る前に誰か正義の味方が現れて、トァクを制圧してふん縛ってしまったという事になるが……
あまりにもお膳立てが整いすぎていて、逆に何かの罠かと疑うくらいだ。
「……甲斐警視、どうしますか?」
「あ、あぁ……取りあえず全員署へ連行しろ。起きてから、色々と話を聞く事にしよう」
「分かりました」
警官達が到着した護送車にトァク達を運び込んでいくのを尻目に、ルミナは油断無く周囲を見渡す。
建造されて間もなくまだ新築の臭いが落ちず、真新しい壁にひび割れた穴が空いていた。
弾痕だ。
トァクがここで何者かと戦闘になったのは確かなようだ。この穴はそいつもしくはそいつらへと向けて発砲した流れ弾が作ったものだろう。多分、自分にタレコミをしてきたのも、同一の存在だ。
誰が何の目的でそれをやったのか? それは計り知れないが……
「まぁ……これ以上、ここから得られる情報は無さそうだな」
踵を返し、ルミナはビルから退出していく。
この日、彼が空を駆けるディーヴァの姿を目にする事は無かった。
「お元気で。相川議員」
救出した議員と別れ、町中を歩くディーヴァとマツモト。
「まぁ、危なっかしい所もありましたが取りあえずファーストミッションとしては及第点を付けられるでしょう」
と、マツモト。少し上から目線のコメントにちょっぴりディーヴァは機嫌を損ねたようだった。
「これで、未来は変わるんですか?」
「えぇまぁ。死んだ人間というのは得てして神格化されるものですからね。ですからたとえ彼が生きてAI命名法を成立させたとしても、もしくはもう少しAIに対して踏み込んだ法律を成立させたとしても、あるいは法案もろとも失脚したとしても、ひとまずそれで未来への布石は打てた事になります。問題となるのはあくまで相川議員が暗殺されて殉教者あるいはイコンとして祭り上げられる事ですからね。それが阻止出来たので、本ミッションは成功です」
AI間に繋がれた専用ラインによって、マツモトからディーヴァへいくつかの新聞記事のデータが送られてくる。先ほどまでトァクと戦闘を繰り広げていたビルが倒壊した記事などが、ディーヴァの視界に大映しになった。
「……そう、ですか」
そんな機能は備わっていないが、ディーヴァが安堵の息を吐いたようだった。
「あなたを信用しましょうディーヴァ。これから100年、長い付き合いになるんです。協力してもらえますか?」
「……使命に反しないのなら」
戦争が起これば、大勢の人が死ぬ。それはディーヴァの「歌でみんなを幸せにすること」という使命にも反する。だから最終戦争の阻止に協力する。そういう理屈で、マツモトに力を貸すのはディーヴァとしても理屈が通る。
マツモトの差し出してきた手を、少ししゃがんでディーヴァは握り返した。
「……うん? 100年間の付き合い?」
「はい、これから僕はずっとあなたと一緒に行動してあなたをプロデュースする事になるんですから。どうかよろしく」
芝居が掛かった動作で慇懃に、ぬいぐるみが頭を下げる。
「えぇ……」
この時のディーヴァがゴミでも見るかのような目であったのは、果たして錯覚であったのか、どうか。
「確かにあなたは前回の歴史では歌姫AIとして人気を博していたんですが、更にその前の歴史では早々に舞台から下ろされて博物館の奥で埃を被る事になるんです。あなたの使命をより効率良く果たす為にも、僕が持っているデータは重要だと思いますよ」
「……データ、ですか……」
先ほど、マツモトから送られてきた新聞記事のデータをもう一度ディーヴァは参照する。
倒壊したビルの情報、相川議員の暗殺事件、そして、航空機の爆発事故……
「……!!」
ほぼ反射的な速度で、ディーヴァは駆け出していた。
肩に乗ったマツモトは、強く止める事はしない。
ただ、諦めたように言った。
「無駄ですよディーヴァ。今から行った所で……もう何もかも、手遅れです」
空港へとディーヴァが辿り着いたその時、エントランスには人がごった返していた。
単なる乗客だけではなく、警察官や消防士が、せわしなく動き回っているのも視界の端に見える。
「これは……」
「あれ? ヴィヴィ、どうしてここに……」
人混みの中から、小さな人影が駆け出してきた。
「モモカ……」
ディーヴァをヴィヴィという愛称で呼ぶ、まだ数少ない彼女のファンの、霧島モモカだ。
歌姫AIは、腰を落としてモモカと視線を合わせる。
「いや、私は……それよりモモカ、あなたこそどうして」
もうこの時間なら、彼女の地元行きの飛行機が発進していて、モモカは機中の人となっている筈なのに。
「えっと何か……飛行機に爆弾が仕掛けられたって予告があったらしくて、それでフライト時間が延期になったとかで……私達はここで待ってるの」
「……爆破予告?」
イマイチ話の流れが飲み込めないが……考えられる容疑者は、唯一機。
ディーヴァの視線が、眼前のモモカから肩に乗ったぬいぐるみへと移った。
「マツモト、あなたが?」
「そういう事です。だから言ったでしょう、今から行っても何もかもが手遅れだって」
この会話は声帯からの音声ではなく専用ラインによる通信なので、モモカには聞こえない。
「あの会話があった時点で、僕は既に空港へと通信を入れて、トァクの過激派団体の名前で爆破予告を送っていたんですよ。これで機内の爆弾捜索のチェックがてら、エンジン部の異常も発見されるでしょう」
修正前の歴史で、モモカの乗った飛行機が爆発するのはエンジン部からの出火だった。
生き残らなかった筈の者が生き残る、100年という超長期間を要するシンギュラリティ計画の性格上、そうした不確定な要素を加えるのは推奨される事ではないのだが……それでも、マツモトはそれをやったのだ。
「まぁ、確かにネオ・シンギュラリティ計画の為には歴史の特異点、シンギュラリティポイント以外の歴史改変は御法度に近いんですが……でもこの状況は僕が持たされたシミュレーションに含まれています。前回の修正史で、霧島モモカ嬢の死をあなたがずっと悔やんでいたのは、前任者のデータから知っています。この歴史ではあなたが積極的に計画に協力してもらえるように……この程度は必要経費ですよ」
「ヴィヴィ?」
ディーヴァが意識をマツモトの通信から現実に戻すと、首を傾げて自分を覗き込んでいるモモカの顔が見えた。
「モモカ……」
それ以上は何も言わず、ヴィヴィはモモカを抱き締めた。
「さて、ニーアランドの歌姫ディーヴァがこんな時間に空港に居るのに、どんなカバーストーリーを用意しますか。頭が痛いですねぇ。いや、痛む頭はありませんが」