「あー、あー、あああああー」
これまで数え切れないほど(実際には、ディーヴァの記憶回路はその回数を正確に記録しているが)歩いた通路。その日も、ヴィヴィことディーヴァはステージへと続くその道を歩いていた。ルーティーンのように繰り返している、本来は必要の無い発声練習をしながら。
<今日の舞台はいつもとは違うわよ。トチらないようにね>
サポートAI・ナビが軽口を叩いてくるのもいつも通りの事だ。
ヴィヴィは一度、足を止める。
「ステージはステージ。私はいつも通り、自分の使命を果たすだけよ」
<ふぅん……ねぇ、ディーヴァ>
「何? ナビ」
<あんたがいつも言っていた『心を込める』って事……それがどういう事か、答えは見付かったの?>
今までヴィヴィは口癖のように『心を込めるとはどういう事か』を尋ねていたが、いつからかそれも無くなっていた。別段大した事では無いとナビも記憶回路の片隅に放り込んでいた命題だが……ふと、この大舞台の前にそれを聞いてみたいという欲求に駆られたのだ。
「……」
くるっと、ヴィヴィは踵を返す。
「これからの、私の歌が。その答えよ」
「エム、こっちこっち」
メタルフロートのキッズスペース。
来客の少女に手を引かれ、この島丸ごとAI関連工場で働く作業用AIの中でもほぼ最古参のその機体は<走ると危ないですよ>と軽くたしなめつつ、子供達が集まっている大型モニターの前へと移動する。
<では、一緒に見ましょうか>
エムはマニピュレーターを伸ばして、テーブルの上に置かれていたリモコンをひょいと掴むと、スイッチを入れる。
するといきなり、画面一杯に青いクマのぬいぐるみが大映しになった。
<えー、皆様。ご覧になっておられますでしょうか。本日のニーアランドは満員御礼。まるで世界中の人が来ているみたいですねぇ。よく人が沢山居るのを芋を洗うようなと表現しますが、これだけ沢山居ると芋も洗いようがありません>
番組のアナウンスを務めるのは、ニーアランドの歌姫にして世界初の自律人型AI、そして歌姫AIの始祖であるディーヴァがいつも連れているペットAIで、いつしかニーアランドの主席マスコット『マツモトくん』の座に納まったマツモトである。
<本日は歌姫AIディーヴァのロールアウトからちょうど100周年の記念日、御年100歳の誕生日祝いに……うわっ!!>
突然、画面外の横から手が伸びてきて画面が揺れてカメラが倒れたのか90度近く景色が傾いて、その後で画面が砂嵐に。次に昔懐かしい「しばらくお待ちください」という字幕が表示された。
1分ほどが過ぎて、再び画面が戻ってマツモトの姿が表示される。
<アクシデントが起きてしまって大変失礼しました。とにかく今日は、全世界に衛星放送生中継の一大歌唱イベント。世界中の歌姫AIの中でも特に優秀な実績を修めた機体が、このフェスの為に集まってくれています>
ぬいぐるみが手を振ると、背後に空間モニターの映像が浮かび上がって、歌姫AIの紹介画像が表示される。
<その合唱は最高のハーモニー、双子AIのケイティとマーガレット。聞く者の魂をも連れ去ってしまうような魔性の歌声、シスターズ最新鋭機のセイレーネ。続いて小劇場の妖精から今やワールドクラスの機体へとサクセスしたオフィーリア……>
ニーアランドのメインステージでは、万雷の拍手を浴びて一礼したオフィーリアが退出する所だった。
「まだまだステージは続くよ!! みんなー、盛り上がってこー!!」
アナウンスを務めるのはニーアランドの新人歌姫AIだった。名前はサクラという。
「素晴らしかったぞ、オフィーリア!! 聞け、この歓声、この拍手を!! これこそが、お前の歌への正当な評価というものだ!!」
舞台袖に戻ったオフィーリアを真っ先に出迎えたのは、彼女のサポートAIのアントニオである。
彼は興奮冷めやらぬという様子でオフィーリアの周りをひとしきり走り回って、その後でオフィーリアの細い腰を鷲掴みにして軽々と持ち上げると、くるくると振り回した。
「あ、ありがとう。でも、私だけの力じゃないよ。アントニオが、この舞台まで私を連れてきてくれたおかげだよ」
ぶん回されて戸惑いながらも、オフィーリアも笑顔で応じる。
うっかり振り回される彼女の足が、周囲に浮遊していたマツモトの分身の一機であるキューブを蹴飛ばしてしまったのは内緒だ。
次々と最高の歌姫AI達の最高の歌が続き、メインステージの熱は冷めるどころか高まる一方である。
「おばあちゃん、こっちこっち」
「はいはい。危ないですよ、そんなに走ると」
シスターズのAIが小さな子供達に手を引かれている。
彼女はグレイス。この歴史上、最初に人間と結婚したAIである。
当然ながらAIである彼女は夫である冴木タツヤとの間に子供は産まれなかったが、彼女にとって心を込めるという事は『大切な未来を守る事』。その使命に従い、彼女は多くの養子を迎えて、夫であるタツヤの死後も彼等を見守り続けている。
「わっ」
「おい、大丈夫か?」
よそ見しながら走っていて躓いてしまった子供の一人を、AIの手が抱き留めた。
「すまない、こっちは車椅子なんでな。気を付けてくれ」
「大丈夫ですよ、ベス。そんなに心配しなくても」
後ろから歩いてきたグレイスが、子供を軽く叱った後にぶつかりかけた二人組へと頭を下げる。
車椅子に乗った二十歳前後の女性と、介添え役のようにその車椅子を押す銀髪のAIである。彼女もまたシスターズだった。
グレイスは何年か前に、一度ニュースで彼女達の姿を見た事があったのをメモリーから呼び起こした。
女性の名前は垣谷ユイ。先天的な下半身不随で、これはこの時代では義体によって容易に克服する事が可能な疾患であるが、敢えてそれをする事無く、AIを自らの世話役として人間とAIが寄り添い、より良い未来を築く事を自らの行動で実践している女性であるとニュースアプリの小さな記事になった事があった。
介添え役となるシスターズの名前は確か……ライフキーパーAIのエリザベスだったか。
「でも良かったよ。大トリに間に合って」
「あなた方も仕事か何かで遅れたのですか?」
「えぇ、車の故障で……でもどうしても、子供達にこのステージは見せておきたくて」
「そうだな……気持ちは分かるよ。私達の大先輩の、一世一代の大舞台なんだから」
「しっ、二人とも静かに……そろそろ始まりますよ」
ユイがそう言うのが合図だった訳でもあるまいが、それまでは歓声と拍手が鳴り響いていたメインステージから、一斉に全ての音がシンと消えた。咳一つ、赤ん坊の泣き声すらもが聞こえない。
アナウンスも無いが、皆が知っているのだ。
至高の歌姫が、この舞台に現れるのだと。
「……聞こえる……人もAIも……みんなが歌っているのが分かる……」
超硬化ガラス製の窓に思わず両手を付いて、エステラは齧り付くように窓一杯の地球を眺めていた。
「地球の全部が、カーニバルみたい……」
エステラの視界に、地上へと定時連絡を行う時刻を知らせるアラームが表示される。
だがAIである彼女には本来有り得ない事だが、ほんの数分間そうする事すら惜しいとさえ今のエステラは思った。
とは言え……ライフキーパーAIとしての職務を放棄する訳にも行かない。
エステラはステーションを中継して、通信回線を開いた。
「宇宙ホテルサンライズ二号店『デイブレイク』から地上、管制塔へ……今日の地球は……生き物のようです……」
ご愛読ありがとうございました。これにて「Prelude Vivy」完結となります。
みなさまの応援のお陰でここまで漕ぎ着ける事が出来ました。
本当はアニメ原作は実は二周目スタートでその前にもう一周の物語があって、だから未来から追手のAI工作員がやってこなかった理由などの説明にしようとしたこの作品ですが、書いている内に路線変更になってこういう形で完結となりました。
ちなみに、オリキャラ達の名前は某有名映画の登場人物達が元ネタです。
甲斐ルミナ→カイルミナ、カイル。カイル・リース
継枝ギン→シルバーマン
織原サラ→サラ・コナー
ジョン→ジョン・コナー
ボブ→「2」劇中でのボブおじさんという偽名。ボブが作中で使った他の偽名も、シュワちゃんが演じたキャラクターの名前から取っています。