Prelude Vivy(完結)   作:ファルメール

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第3楽章 太陽が落ちる前に その2

 

「確かなのか? トァクがこのホテルを地球に落とすというのは」

 

 宇宙空間では起こり得る筈が無い地震にも似たパターンの震動が走るサンライズの船内を、人間とAIは駆けていた。人間・ルミナは右手に愛用の道具が詰め込まれたバッグを。AI・ボブは居る筈がない恋人への贈り物のように、バラの花束を抱えていた。

 

 生身と機械の違いこそはあれ、どちらもこの程度の震動で足を取られるほどヤワではない。両者はほぼ地上と変わらない速度で駆けていく。

 

「勿論、確証は何も無いがな。だがわざわざこんな宇宙ホテルにまで足を運んでやる事と言ったらそれしか考えられないんだよ。後は……」

 

「後は?」

 

「俺のカンだ」

 

「理論的ではないな」

 

 AIは断じた。全くの正論を受け、ベテラン刑事は苦笑いする。初任務から、とんだ新人研修になってしまった。

 

「……確かにな。そんな不合理な命令には従えないか?」

 

 どこか試すように、ルミナは尋ねる。ボブのCPUはこの瞬間にも、自分の使命、AIとして遵守すべき三原則、現在の状況、想定される極近未来のシミュレーションなど様々な要素を入力して検証を進めていく。

 

「……俺の使命はパートナーである人間をサポートし、犯罪やテロの撲滅に尽くす事だ。つまりはこの場合、俺のボスはルミナ、あなたという事になる」

 

「……」

 

「一つだけ聞かせてくれ。あなたは今の自分の行動が、この場の最善であると確信しているんだな?」

 

「そうだ」

 

 刹那の間も置かず、ルミナは即答した。これはボブにとって満足の行く回答であったらしい。首筋のランプが、点滅を止めた。これ以上の演算を行なう必要は無いと、陽電子脳が結論を下したのだ。人間の情動に言い替えると「迷いは晴れた」とう心境に当たる。

 

「では、ボス。俺に指示をくれ」

 

「ああ。まずは走りながら、盤面の整理だ」

 

 トァクの目的。

 

 これはルミナが推測した通り、このサンライズを地球に落とす事でほぼ9割間違いあるまい。この見通しの根拠は、サンライズに関する全権を握っているのはエステラ。AIという点だ。

 

 トァクは反AIを旗印に掲げるテロリスト集団。連中はこの宇宙ホテルが地球に落ちるという「大事故」を演出する事で、そもそもこんな重要な施設の管理をAIに任せたのが間違いだったと世間にアピールし、AIの信用失墜、立場を失脚させるつもりなのだろう。

 

「理屈に合わないな。武装した集団による悪意の介入などあれば、たとえホテルのオーナーがAIでなく人間であってもほぼ間違いなく同じ事態が発生すると推測されるが」

 

「オウよ。まるで大親友のA君とB君が居て、A君を拉致って拷問して、それで彼がB君の秘密を喋ったから、二人の間にあった友情は偽物だった、なんて言っているようなモンだ」

 

 ボブはAIお得意の論理的思考でトァクの行動原理の矛盾を指摘する。それ自体はルミナも同意を示したが……彼の言葉には、もう少し続きがあった。「だが」と前置きして続ける。

 

「テロリストに理屈は通じねぇ。連中にとっては目的……この場合はホテルを地上に落とし、AIの信用を失墜させる事だが……その為に用いられる手段や理屈は無条件で正しく、逆にそうじゃない理屈は同じ理由で間違っているんだよ。実際、連中の過激派は反AI団体のクセして人間まで巻き添えどころか平気でターゲットにするからな」

 

「本末転倒じゃないのか?」

 

「連中の中では矛盾してないんだよ。人間、特にAIに関係無い人が被害に遭っても、それは崇高な目的の為には致し方無かった。尊い犠牲だった。大きな目的の為には多少の損失はやむを得ない……と、そんな理屈を付けてな」

 

「コラテラル・ダメージってヤツだな」

 

 と、このテロの動機を批判するのはそこまでだった。そんな余計なタスクの処理にこれ以上頭脳や演算回路の能力を振り分ける余裕は、彼等には無い。その時間も無い。

 

 議論すべき点は、一つ。

 

「どうすれば、サンライズが地上に落下するのを止められるか?」

 

「……それは、軌道変更する奴を管制室から叩き出すのが手っ取り早いだろうな」

 

 通常時、サンライズは地球の静止周回軌道に乗っている。それが落ちるとなると、考えられる最も高い可能性は「誰か」が管制室にてホテルの軌道を変更、落下コースに乗せてしまうというものだろう。

 

 他にも、多数のブースターをホテル外壁に接続して無理矢理この宇宙ステーションを落下軌道に「押し出して」しまうという手などが考えられるが……これは、あくまで方法論として存在しているだけの、実現性の低いオプションである。今回の場合は無視して構わないだろう。

 

 やはり本命は、管制室に曲者が侵入してホテルの軌道を変えてしまうパターンだ。

 

 ボブのCPUも、このホテルを地上に落とそうという目的が達成されるとしたらその手段が最も可能性が高いという演算結果を出している。

 

 ……の、だが。

 

 ある一点により、CPUは最終的にエラーをきたしてその可能性を0パーセントと弾いてしまう。これは何度試みても同じだった。理由はこうだ。

 

「この規模の施設なら、制御システムを作動させるにはその都度、人間ならば指紋・網膜・掌紋・肉声その他各種生体情報、AIならば陽電子脳の固有波形をアクセスキーとしてセキュリティをクリアしなければならない筈だ。特に今回の場合、支配人はエステラ、AIだ。陽電子脳の複製は不可能。どうやって、それをやる?」

 

 ボブが指摘した事は、既にルミナも同じ考えに至っていた。目的は判明したが、だがどうやって彼等はそれを為すつもりなのか? ハウダニットが分からない。エステラが自らの判断・自らの意志でそれを為すとは考えづらい。動機が無い。ならばエステラをハッキングやウイルスプログラムによって暴走させるのか、それとも何か別の、思いも寄らぬ一手があるのか。

 

「まさか推理小説の双子を使ったアリバイトリックみたいに、セキュリティを欺く為にエステラのそっくりさんAIを用意するんじゃあるまいな?」

 

 冗談めかして、ルミナが言った。現時点では結論を出すのはムリ、行き詰まり状態だ。考察しようにも、情報・判断材料が少な過ぎる。

 

「だが、既にトァクは動いているんだ。少なくとも彼等の中では、何らかの方法でそのセキュリティを突破出来る目算があるんだろう。奴等はこの船を地球に落とせる。そう考えて動くべきだ。取り敢えずはエステラを探すべきだな」

 

「その判断は合理的だ」

 

 相棒の考えを、ボブも支持した。

 

 仮にトァクが何かの勘違いやミスをしていて、結果的にサンライズが落ちないのであればそれが一番良い。だがそれを期待して動くのは馬鹿げている。自分達は常に最悪の事態を想定して動くべきだ。

 

 つまりこの場合は、敵がサンライズを落とす手段を持っていると考えた上で、行動せねばならない。

 

 そんな風に考えているとまた衝撃が襲ってきて、一人と一機は手摺りに掴まって体を固定する。振動が収まった所で再び駆け出そうとして……館内放送が始まった。

 

<ご宿泊のお客様にお知らせします。機関部に甚大な損傷が確認されました。ホールにお集まりの皆様はお近くの職員の指示に従い、直ちに避難艇への移動を……>

 

 声はエステラだが……しかし先程の考察を経ていると、最早鵜呑みに出来ない。この声の主は、本当にエステラなのか?

 

 何らかの手段でトァクがエステラ自身によってしか開かない扉の合い鍵を手に入れているとしたら……彼女の声ぐらい自由に真似られて不思議はないからだ。事実、守護者型AIにも声帯模写の機能は付いている。

 

 エステラが本当に避難誘導しているのか、それとも彼女になりすましたAIが声真似してるのか?

 

 走りながら考えていたが、その答えは存外早くに出た。

 

 前方の曲がり角から二人分の足音が聞こえてきて……

 

 ここは客が集まっているホールや避難艇へのルートからは外れているから、この状況で遭遇するとしたらトァクか……そう思ってコンビ警官は身構えたが、しかし予想は外れた。警官という職業柄からは珍しく、良い方に。

 

「うっ!!」

 

「あなた達は……」

 

「待って、私達はテロリストじゃありません」

 

 曲がり角から現れたのは、探し人ならぬ探しAIのエステラと、肩に青いクマのぬいぐるみを乗せたAIスタッフだったからだ。

 

「……」

 

 ボブは、二機に向けてかざしていたバラの花束を抱え直した。

 

 ルミナはこのエステラは本物なのだろうかと僅かな間疑ったが、すぐに疑問は解消された。

 

「支配人、あんたなんだな」

 

「警察の方ですね。スタッフから報告は受けてます」

 

 先刻、石壁を拘束した時にルミナはAIスタッフに警察手帳を見せている。そのスタッフから連絡を受けたという事は、このエステラは本物なのだろう。仮に先程の冗談が本当でニセエステラが居たのだとしても、そいつがホテルのスタッフAI間で用いられるグループネットに接続しているのは考えられない。もし繋いでいたとしたら、その時点で『エステラ』が二人居る事がバレるからだ。

 

「ホテルの落下を止める。協力してくれ」「ホテルの落下を止めます。協力をお願いします」

 

 刑事と支配人AIの声が揃って、すぐにどちらも目的は同じという事を確認した。

 

「あぁ、俺は甲斐ルミナ。こっちは相棒のボブ。守護者型AIだ、そっちは支配人のエステラと……」

 

 簡単な自己紹介をしようとして……ルミナは、言葉を失った。

 

「あんたは……」

 

 エステラのすぐ隣に立つ、青髪のスタッフAI。

 

 彼女を見たその時、ルミナの中で、堆積する知識と経験の澱の中に沈んでいた記憶が鮮やかに蘇った。

 

 15年前の夜。

 

 相川議員暗殺未遂事件で、崩落するビル。

 

 無数の硝子片が星屑のように舞い散る中で、月光を背に空を駆ける影。それはそれはとても美しかった。

 

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