「色々聞きたい事があるようだが、今はそれを語っている場合ではないだろう」
15年前に一瞬だけ見た、青髪のAI。
あの時は遠目からだったが、間違いない。今、眼前に立っているサンライズスタッフの制服を着用した彼女は、その時のAIと同一の個体なのだと。
どうしてあの時のAIがこのサンライズに居るのか。すぐにでも問い質したい所ではあるが……
しかしルミナの好奇心や疑問は、ボブのその一言によって蓋をされた。
確かに今はサンライズの落下阻止の為に、一刻を争う事態である。
エステラと青髪のAI……ヴィヴィと名乗った彼女からもたらされた情報によると、既にこの宇宙ホテルの高度は下がり始めているらしい。阻止限界点を超えるまで、もうそれほど時間が残されているとは思えない。
「やはりトァクは、何らかの形でセキュリティを突破する手段を持っていたのか」
「……刑事さん。その事なんですが……」
「うん?」
若干、言い辛そうなエステラだが……しかし続いて彼女の口を突いて出た情報は、思わずルミナが「何!?」と大声で聞き直して、ボブのCPUに僅かな驚きに当たるラグを生じさせるのに十分な衝撃を与えた。
「同じ部品、同じプログラムで組まれた完全同型のAI、エリザベス……」
まさか数分前に冗談で言ったのが、物凄く真相に迫った推理だったとは。事実は小説よりも奇なりとは本当だなとルミナは思った。
「アーカイブにも記録は残っているな。通称『双陽電子脳計画』。誕生した陽電子脳ごとに異なるパーソナリティ、『個性』とでも言うべきものを完全複製する事を目的としたプロジェクトだ」
「何の為にそんな計画を? ……あんたらAIが居る前でこういう言い方をするのはちとアレだが、データなら定期的にバックアップが取られているだろ?」
「AIの、『蘇生』を目的とした計画だったと聞いています」
AIは陽電子脳を破壊されれば『死亡』する。無論、全てのメモリーはバックアップする事が出来るし、それを新しいブランクな陽電子脳へアップロードして再起動を掛ける事は出来るが、それでも同じ『個性』が発現する事は無い。死んだAIと全く同じ記憶と別の自我、別の意識、別の個性を持った……つまりは『別人』として再生されるのだ。同一の意識を継続する『蘇生』とは程遠い。
こればかりは、何故そうなるのかは意識野を持つ陽電子脳の発明からこっち専門家や科学者の間でも未だ分かっておらず、日夜研究が繰り返されている。
結局、このプロジェクトは成果が上がらず凍結される事となるのだが……しかし『到達点』には至らなかったものの、『通過点』として副産物が生まれた。それがエステラとエリザベスだ。彼女達の陽電子脳の波形パターンの一致率は99.8パーセントと最も高い数字を記録して、この波形一致率であればセキュリティに『エリザベス』を『エステラ』と認識させる事は十分可能だった。
記録によればエリザベスは姉であるエステラと一度も顔を合わせる事無く廃棄され、エステラはライフキーパーとしての使命を与えられ、OGC社によってサンライズへ送られる事になったのだが……
「トァクは、何らかの手段で廃棄されたエリザベスさんを回収して、自らの戦力として運用しているんでしょうねぇ」
「……なぁ、ヴィヴィ。さっきから気になってたんだが、そのクマは何だ?」
「サポートAIのようなものです。お気になさらず。名前はマツモト」
「あ、そう……」
素っ気なく、ヴィヴィは言ってのけた。
ルミナにはまだ聞きたい事があったが……
「うっ」
一同の足が止まった。
管制室へと続く通路に、隔壁が降りていたのだ。
「ちょいとお待ちを」
クマの両眼が明滅すると、隔壁が「開けゴマ」と唱えられた洞窟の扉のように、天井へと上がっていった。
これで管制室まで一直線……とは、行かなかった。
隔壁を上げて進んだそこには、また隔壁が降りていたのである。
「まどろっこしいですねぇ。僕が直接管制室に繋げられれば全システムの掌握も容易いんですが、現在、ホテルの制御権はエリザベスさんに押さえられています。今は一枚一枚ロックを解除していく他はありませんか」
本当に面倒臭そうにクマが鼻を動かすと、先程のリプレイのように隔壁が上がった。
そうして隔壁が上がったそこには、また隔壁が降りていた。
「これで少しでも時間を稼ぐつもりでしょうかね?」
再び、マツモトの目が光ってロックの解除を行なおうとするが……
「待て!!」
横合いから掛かったルミナの声でハッキングは中断された。
「どうしたんです? 今は一刻を争うんでしょう?」
「確かにそうだがな。だがヴィヴィとエステラ。二人は壁際に立て。出来るだけぴったりとくっついてな」
「どうして……」
「良いから」
議論の時間も惜しいと、ルミナの語気が強くなった。二機の歌姫型AIはまだ若干の疑問は残っているようだったが、ひとまず指示に従って壁に背中をくっつけた。
「成る程、そういう事ですか。確かに、その危険はありますね」
マツモトには既に、ルミナの指示の意図する所が読めたようだった。彼も壁際へと移動する。その後でルミナ自身も壁にぴったり背中を付けて、通路の中央には花束を抱えたボブだけが仁王立ちする形となった。
「よし、良いぞクマ。壁を上げろ」
「そのクマは止めてもらえます? 僕にもマツモトという名前があるんですが……はい、ロック解除OKです」
マツモトが言い終わるか終わらないかという所で隔壁が上昇を始め……
そして上がり切らない所で、連発銃の銃声が通路に木霊した。
ヴィヴィとエステラは自動的に聴覚の感度を調整し、ルミナはあらかじめ両手で耳を塞いでいた。
隔壁が上がったそこには、作業員に扮したトァクの構成員がサブマシンガンを持って待ち構えていたのだ。
降りていた隔壁はトラップだったのだ。隔壁でエステラ達を足止め出来ればそれで良し。隔壁を上げられたとしても、調子に乗ってどんどん進んでいたそこで、待ち構えていた伏兵が一斉射を浴びせる。うっかり進んでいたら、銃弾の雨を浴びる所だった。人間であるルミナは言うに及ばず、歌姫型AIで荒事など想定して造られていないエステラやヴィヴィのボディがこれを受けてはひとたまりもない。
逆に言うと、この場で唯一『荒事を想定して造られているAI』。ボブは、弾雨に晒されてもびくともしなかった。流石に表皮に当たる部分は削られて内部の機構が露出してしまうが、装甲車のように頑丈な超合金のシャーシには、少しのダメージも通ってはいなかった。
ボブは撃たれながら、抱えていた花束の包み紙に括られていたリボンを外す。
幾本ものバラが飛び散って、その中に隠されていたショットガンの冷たい銃身が姿を見せた。
ボブは良く油を差されて正確に動く時計の歯車のように滑らかで淀み無い動きでコッキングレバーを操作すると、100分の1秒の逡巡も無く引き金を引いた。
銃声。一番左に居たトァク構成員が吹っ飛んだ。
続く銃声。真ん中のトァク構成員が吹っ飛んだ。
更に銃声。右のトァク構成員が吹っ飛んだ。
ものの数秒で、当面の脅威は排除された。
「ボブ……あなた、なんて事を……」
ヴィヴィが、信じられないという表情で思わず守護者AIの肩を掴んだ。エステラは想像を絶する事態の発生に、凍り付いているようだ。動かなかった。
AIが人間を殺傷するなど、最も避けねばならない禁忌だと言える。だがその一線をこのボブはそれが無知によるものでも事故でも何でもなく、あまりにもあっさりと踏み越えてしまった……
かに、思われたが。
「う、うう……」「痛ぇ……」
倒れた3名の内、二人がうめき声を上げて体をよじったのである。弾丸は、明らかに急所に当たったと見えたのに。
「これは……」
「ゴム弾だよ。殺傷能力は無ぇ」
ルミナが、跳弾して床に落ちた弾丸を摘まんで見せた。
「そ、それなら……早く管制室へ」
フリーズから我に返ったエステラが壁際から飛び出すが……ボブが左手を差し出して彼女を制した。
「それは無理だ。まだ、な」
「え? それはどういう……」
エステラの疑問の回答は、すぐにもたらされた。
床に倒れたトァク構成員3名の内、うめきも身じろぎもしていなかった一人が、腹にゴム弾が直撃した痛みも衝撃も何も感じていないかのような、ベッドから起床するかのように無造作に起き上がって、ボブに飛びかかったのだ。
その男は、ボブの武器であるショットガンを掴むと奪い取ろうと力を込めた。
当然、ボブはそれをさせまいとするが……ここで、驚くべき事が起こった。
何と、ボブはその男の手を振り払えなかったのである。AI、機械の体であり、その中でも荒事を想定して高いパワーを発揮出来るよう設計されている彼が、である。
反AI団体のトァクだが、今回は作戦上必要だったとは言えAIのエリザベスを連れてきている。ならば、他にAIを同行させていたとしても不思議ではない。それなら、ゴム弾を受けてすぐに立ち上がって反撃してきたのも頷ける。
男はボブのシャツを掴むと、180キロもある体を思い切り振り回して壁に叩き付けた。
しかし、守護者型AIの堅牢なボディはこの衝撃を受けても、まさに痛くもかゆくも感じてはいなかった。
ボブは彼の形に凹んでしまった壁から体を出すと、男の体を掴んでがっぷり組み合った。両者のパワーは拮抗しているかややボブの方が上回っているようだった。
これで互いに、動きが止まった。
「マツモト!!」
「アイサー!!」
この隙に乗じ、ヴィヴィの肩からマツモトが飛び出して、素早くぬいぐるみの首輪からコードを延ばすと、男の首筋へと接続する。
これは決まった。ヴィヴィはそう思った。
マツモトは80年以上も未来からやって来た最新鋭AI。直結すれば何世代も旧型である現在のAIをハッキングして無力化する事など1秒もあれば十分。
すぐに、この男は糸が切れた人形のようにがくりとくずおれる筈だ。
……という、ヴィヴィの演算結果はあっさり覆された。
「むっ?」
違和感を覚えたマツモトが声を出して、それを合図としたかのように男は、ぐんとボブごと体を回すと、その勢いでマツモトを振り払った。
飛ばされたマツモトは、受け身を失敗してぬいぐるみの体から「プピッ」と気の抜けるような音が鳴った。
「マツモト、どうしたの?」
「有り得ません。この時代のAIが僕のハッキングをブロック出来るなんて……」
「AIではない」
この場の人間とAIの中で最も至近距離で、男を子細に観察しているボブが言った。
「こいつは人間だ。ただし、全身義体。サイボーグのな」