Prelude Vivy(完結)   作:ファルメール

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第5楽章 太陽が落ちる前に その4

 

 意識野を持つ陽電子脳が開発されてAI関連の技術にブレイクスルーが起こる以前から、当時の技術によって十分に実現可能な強化義体は研究が進められていた。

 

 人造の手足という点では義手や義足が連想されるが、強化義体はそれとは全く異なる。似て非なる物、どころかむしろ180度対極の発想なのだ。義手や義足は肉体の先天的欠陥や事故によって喪失した手足の代替に当てるのを目的とした物だが、強化義体は人間以上のパワーやスピードを実現する為に、肉体を人工物に置き換える。

 

 勿論、健康な人間の手足を切除して機械に置換するなど人道的に許される訳が無いので、事故に遭ったり病気の人間に対して施術を行ない、彼等の社会復帰に役立てるという名目でそれらの技術の実践テストが行なわれる事になる。当然ながら本人の同意を得た上で、だ。

 

 機械の手足は確かに生身とは比べ物にならない力を発揮する事が可能で、これらは介護や土木事業で活躍する事が期待されていたのだが……実際にはさほど普及はしなかった。

 

 施術を受けた人間は確かに常人よりは優れたパフォーマンスを発揮したのだが、それらはあくまで力自慢の人間の範疇に留まったのだ。実際には、それよりも遙かにスゴイポテンシャルがあるのに、全く発揮出来なかった。

 

 何故か?

 

 答えは簡単、機械の義肢が生み出すパワーに、生身の体との接合部が耐え切れないからである。無理にフルパワーを発揮しようとすれば、その繋ぎ目の部分から引きちぎれてしまうのだ。破壊力抜群の大砲を用意したものの、その土台がしっかりしていないから砲弾がどこへ飛んでいくか分からないようなものである。

 

 要するに機械義肢が本来のスペックを完全に発揮する為には、肉体を丸ごと人工物に置き換えねばならないのである。

 

 それ自体は決して不可能ではない。2030年代には既に、脳や脊髄といった中枢神経系などデリケートな臓器を除いては肉体を機械化・人工物に代替する技術はほぼ確立されており、多くの難病が克服されている。人工血液を使った白血病の完治などはその代表例だ。

 

 が、いくら技術的に可能だからと言って病気でもない健康な肉体をわざわざ機械と交換したいという物好きはそうそう居るものではない。第一、そこまでするなら多少利便性では劣るものの外付け・着脱式のパワードスーツで十分だと考えられていた。

 

 更にそうこうしている間にAIの発展が進み、そんな力仕事や危険な仕事はAIに任せれば良いという風潮が生まれ、それが現在の主流となって、義体の技術は医療目的以外には殆ど使われなくなった。

 

 だがその、すっかり廃れてカビが生えた時代遅れの技術である完全義体の恐るべきスペックを、ヴィヴィやエステラは今、見せ付けられていた。

 

 サイボーグはボブの手からショットガンを払い落とすと、思い切り投げ飛ばした。

 

 守護者型AIの巨体が床と水平に飛んで壁にぶつかって、うつ伏せに転がった。

 

 サイボーグはボブが起き上がるのを待たずに服の襟首を掴むと、力任せに持ち上げて天井に叩き付けた。金属製の天井がアコーディオンカーテンのようにひしゃげてそこにボブの体がめり込んだ。更にフロアが人工重力をカットした際、移動に使用する手摺りを掴むと、まるで藁で造られているかのように引き千切って、鉄パイプのように振り回してボブの顔面に叩き付けた。

 

 グワン!!

 

 大きく、そして鈍い音がして、思わずエステラは目を背けた。

 

 二発、三発。人間であれば一撃で首から上が消し飛ぶだろう恐ろしいフルスイングがAIの石頭ならぬ金属頭を打ち据える。

 

「助けなくちゃ……」

 

 ヴィヴィが援護しようとするが、サイボーグの連続攻撃はまるで野菜をみじん切りにしているミキサーの中に手を突っ込むようなもので迂闊に近付けない。

 

 だが、四発目が振り下ろされたそこで、ボブはサイボーグの手首を掴んでパイプの動きを止めた。サイボーグは当然振り払おうとするが、守護者型AIの握力は万力のようで、がっちりと固定されてしまっていた。

 

 キュイッと音を立てて、歪んでしまった星形メガネの奥のカメラアイが動く。

 

 これは、弱点を走査する動作である。

 

 CPUが分析する。

 

 サイボーグのフレームは、自分と同じ超合金製であり破壊は困難。だが、弱点はある。

 

 脳や脊髄以外の生身の部分が、この生体機械にはまだ残されていた。胸部中央やや左寄りに定期的に収縮する器官がある。心臓だ。

 

 ボブは、サイボーグの胸部を思い切りぶっ叩いた。

 

 その一撃で事は済んだ。

 

 がっくりと、サイボーグは膝を突いて動かなくなった。

 

 ボクシングには心臓がある部分を正確に強打して一瞬だけ心停止状態を作り出し、相手の動きを止めるハートブレイクショットというテクニックがある。今のボブの攻撃もそれと原理は同じだった。ただし今回は、生身の人間がどんなに鍛え上げても発揮出来ないパワーを、機械の正確さで打ち込んだのである。

 

 サイボーグは一瞬どころか、完全に心停止状態に陥ってしまっていた。

 

「……いくらテロリストとは言え、初任務から殺しは拙いよな」

 

 ルミナはさっきボブが突っ込んで配線が剥き出しになった壁に手を入れると漏電しているケーブルを引き抜いて、サイボーグの胸部に押し当ててやった。これは即席のAEDである。サイボーグの体がびくりと跳ねて、心臓の拍動が再開したのをヴィヴィやエステラ、それにボブのセンサーアイは確認した。勿論、また暴れられてはたまらないので手足は配線を切って機能を喪わせてある。

 

 ひとまずの危機を排除して一息吐いたそこで、またしても襲ってきた衝撃がサンライズ全体を揺らした。

 

「これは……」

 

 エステラが手近な計器を操作して、サンライズの現在の状態を確認する。

 

 今の状況がどんなものなのか? ライフキーパーAIの表情を見れば、そんなものは問わず語りというものだった。

 

 もう、あまり時間は残されていない。

 

 自分達の目的が成功するかは分からない。だがその成否に関わらず、やらなくてはならない事がある。

 

 ヴィヴィは、一つの決断を下した。

 

「ルミナさん、それにボブ。お願いがあります」

 

「うん?」

 

「この先の倉庫に、ユズカという女の子が隠れています。彼女を保護して、避難艇まで連れて行ってあげてください」

 

 額に手を当てるヴィヴィ。彼女の動きの意図をボブは正確に読み取って、片膝を突いて姿勢を低くした。

 

 ヴィヴィは頷きを一つして近付くと、額をボブに重ねた。AIはこうやって情報のやり取りを行なう。屈強な男性型ボディを持つボブは歌姫型のヴィヴィより頭一つ以上も身長が高いので、こうしなければならなかったのだ。この動作で、ユズカという少女の居る倉庫の位置データをヴィヴィはボブへと送信した。

 

「……命を守る事は、使命以前のAIの義務だ。俺は構わないが……」

 

 ボブはそう言いつつ、サイボーグを含む3名のトァク構成員を軽々と担いだ。その上で彼は、彼のボスへと向き直る。これは指示を請う動作だ。

 

「ルミナ刑事、私からもお願いします。ここからは戻れるかどうか分かりません。あなた方はお客様の避難誘導をお願いします」

 

「……だが、あんたらは」

 

 合理的に考えれば、客とホテルスタッフ、人とAI。どちらを優先すべきかは自明の理であるが……しかし感情面で、ルミナは少しだけ戸惑った。

 

「……大丈夫」

 

 ヴィヴィは微笑んだ。これは接客用AIとしての、決断を促す為の、自信を感じさせる為の作り笑いだった。

 

「必ず戻りますから」

 

 彼女のこの行動は、警察官とその相棒としての自分達の職務、その本分をルミナとボブに思い出させるのに十分だった。

 

「……分かった。ボブ、行こう」

 

「避難艇の発進は、ギリギリまで待つ」

 

 一人と一機はその言葉を最後に、三機と別れた。

 

 5分も走ると、ヴィヴィから送られたデータにあった倉庫の入り口が見えた。

 

「くそっ、ここもロックされてる」

 

 コンソールを叩くとエラー音が鳴って、ルミナが毒突いた。顎をしゃくってパートナーに「やれ」と促す。ボブは書いて字の如くの鉄拳を思い切りコンソールに叩き付けた。キーボードが粉々になってディスプレイが砕け散り回線がショートして、扉のロックが解除された。

 

「この手に限る」

 

 扉をくぐる一人と一機。

 

 そこには、十台半ばぐらいの少女が、荒っぽい手段で入った為だろう。腰を抜かして座り込んでいた。彼女のすぐ後ろには、確かルクレールだったか。このホテルのスタッフAIが横たわっている。良く見ると首の部分に破壊痕があった。既に機能停止しているようだ。

 

「ヴィヴィから送られた画像データと一致する。彼女が霧島ユズカで間違いない」

 

 ボブの言葉を受けてルミナは頷くと、先程相棒がそうしたように片膝を突いて、ユズカと視線を合わせた。警察手帳を見せる。

 

「霧島ユズカちゃんだな。君を助けるように、ヴィヴィから頼まれてきた。俺達は味方だ」

 

「ディー……いや、ヴィヴィから?」

 

 まだ、ユズカは怯えているようだった。しかし、じっくりと説明している時間は無い。

 

「生きたければ、俺達と一緒に来るんだ」

 

 ルミナの大きな手が、差し出される。ほんの僅かな時間だけ躊躇った後、その手をユズカは握り返した。

 

 ユズカと共に避難艇に駆け込んだ後、ルミナ達の行動は迅速だった。

 

 一人と一機は拘束したトァク構成員(ダクトテープでミイラのようにぐるぐる巻きにしてトイレの個室に放り込んでいた石壁も含む)を避難艇に放り込むと、避難誘導を開始した。

 

 ルミナは各避難艇に連絡を入れて、同乗したスタッフが点呼を取った乗客名を聞き出していく。

 

 ボブのCPUが、同じ避難艇に乗っていたAIスタッフから提供された乗客名簿とその客名を照合して、逃げ遅れた人間は居ない事を確認した。

 

 そう、逃げ遅れた『人間』は居ない。

 

 今、サンライズに残っているのは、AIのみ。

 

 即ち、エステラとヴィヴィとマツモト、それにエリザベスだけだ。

 

 全員が戻ってくるのか。それとも誰も戻らないのか。

 

 いつでも避難艇のドアロックを作動出来るよう入り口付近に立ちつつ、ルミナは白さが目立つようになったヒゲを弄った。これは苛立ちの所作だ。そろそろ避難艇を発進させなければ危険だ。出発を遅らせられるのは、どんなに待っても後十数秒。

 

 今ならば陸上競技で世界新記録が出せるのではないかと思える程に時間の流れが遅く感じる中で……

 

「来た!!」

 

 連絡通路を、一機のAIがまっしぐらに駆けてきた。ヴィヴィだ。肩にはマツモトも乗っている。

 

「エステラは?」

 

「……」

 

 ヴィヴィは何も言わず、首を横に振るだけだった。それだけで、ルミナにもボブにも全てを悟らせるに十分だった。

 

「兎に角、中へ」

 

「ボブ、避難艇を発進させろ」

 

 ヴィヴィが避難艇に入った事を確認すると、ボブは発進スイッチを押した。

 

 ドアが閉まって数秒後に何重かの隔壁が閉じた音が聞こえてきて、ガクンとした衝撃が艇内に走る。これは、避難艇がサンライズから離脱した際のものだ。

 

 ルミナは乗客達を見渡す。

 

 当然の反応だが、全員が不安を隠せていない。憧れの宇宙旅行に来たのにこんな不運に見舞われて、頭を抱えている男。手が白くなる程に強く、親の服を掴んでいる子供。責任の所在を、スタッフに詰め寄っている老人。

 

 ベテラン刑事は何事か言おうとして、思い留まった。自分が何を言っても大した効果にならないであろう事が、長年の経験から分かっていたから。

 

 だが、その時だった。

 

<皆様、この度はご不便、ご面倒をお掛けして誠に申し訳ありません。当機は地球、OGC第七空港へ向けて順調に航行中です。どうかご安心の上、何かありましたらお近くの職員へお申し付けください>

 

 アナウンスが響く。エステラの声だ。

 

 彼女はサンライズの各ブロックを可能な限り小さくパージして、大気圏内で燃え尽きさせる為の操作でステーション内に残っている。この通信は、サンライズから送られてきているのだ。

 

 もうすぐ、彼女自身も、前オーナーや自分が愛したホテルと共に燃え尽きる。

 

 それでも、お客様に万全のサポートを。有事の際にも完璧な対応を。

 

 宇宙ホテルサンライズの支配人として、ライフキーパーAIとして、最期までその使命を全うする事。それが彼女の、AIとしての彼女の在り方だった。

 

<皆様、よろしければ右手をご覧ください>

 

 そのアナウンスと共に、シャッターが上がって強化ガラス越しに、地球が見えるようになる。

 

<地球の外縁が明るくなっていくのがお分かりになるでしょうか。まもなく、欧州に夜明けがやってまいります。本日のロンドン、グリニッジ天文台の日の出時刻は……>

 

 それを最後に、アナウンスは途切れて。

 

 だが、代わりに歌声が聞こえてきた。

 

 歌姫型AIの特徴である、美しい声。

 

 落下を続け、今まさに燃え尽きようとしているサンライズから、届けられている。

 

「……歌姫として、ライフキーパーとして……全うしたのか……エステラ……」

 

 戦闘の衝撃でツルがぐにゃぐにゃに歪んでしまい、辛うじて顔に引っ掛かっている星形メガネを外したボブは、瞑目して胸に手を当てる。これは祈りであり、黙祷だった。彼には、宗教に関するプログラムはインストールされていない。この動作は、彼自身の中から生まれたものだった。彼自身、どうして自分がこうしているのか不可解だった。

 

「……ひとまずは、一件落着って所か?」

 

 ルミナが、ヴィヴィとマツモトに話し掛ける。クマのぬいぐるみに入ったAIは、慇懃無礼に応じた。

 

「甲斐刑事。今回の事は僕たちに質問するのも誰かへの他言もご無用にお願いしますよ」

 

「……俺が口外したり、余計な事を聞いたりするのは良くないって事か」

 

 マツモトの申し出にはイエスともノーとも答えず、ルミナはそう尋ね返して、二機の反応を伺った。人間と比べてAIの表情は読み取りにくい(特にマツモトはぬいぐるみのボディなので表情もへったくれも無い)が……その反応を見れば、どちらも口外されたくないというのはすぐ分かった。

 

「……分かったよ」

 

 降参とばかり両手を挙げて、ルミナはやれやれと溜息を吐いた。

 

「おや、よろしいので? てっきり刑事としての職務上、もっと問い詰めてくるのかと思いましたが。自分で言うのも何ですが、怪しさ満点ですよ? 僕たち」

 

「確かにそうだが……だが今回の一件、君らが居なければもっと大惨事になっていだろうからな……多くの人命を救ったんだ。あんたらが悪いAIじゃないのは分かるし、その功労者の頼みを無碍にする程、俺はケチな男じゃないつもりだ。この事はボブ以外誰にも話さないし、記録にも残さない。それで良いだろ」

 

「ブラボー♪ 話の分かるナイスシルバーは好きですよ。一つ握手を」

 

「お、おう」

 

 ぬいぐるみが差し出してきた手を、戸惑ったようにルミナが握り返した。握られたそこから、空気が抜けるような「プピッ」という音が鳴った。

 

 ルミナは立ち上がると、ヴィヴィと視線を合わせる。

 

 15年前の相川議員暗殺未遂事件と、そして今。

 

 聞きたい事は色々あるが……だが、質問しないと今約束したばかりだ。

 

 人間とAIは、何も言わず見つめ合っていたが……先に視線を外したのは、人間の方だった。

 

 窓からは、今まさに燃え尽きて消えていくサンライズが見えた。

 

「まぁ、正直15年前のあの時から、また会う事なんて想像もしてなかったんだ」

 

 それはルミナ自身も、ヴィヴィもマツモトも同じだろう。

 

 だが今日、こうして巡り会った。ならば三度目が無いなど、誰に言い切れるだろうか。

 

 振り返ると、ヴィヴィはユズカと何か話している所だった。

 

「それに確かに質問はしないと言ったが……独自に調査しないとは……俺は約束していないぞ」

 

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