Prelude Vivy(完結)   作:ファルメール

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第7楽章 三度目の出会い

 

「くそっ、こんな馬鹿な!!」

 

 研究室にて、冴木タツヤは振り上げた拳を叩き付けた。スチール製のデスクには僅かながら凹みが生じ、衝撃によってマグカップが落ちて砕けて、すっかり冷めていたコーヒーが床にシミを作った。

 

「なんで……なんでこんな事に……」

 

 机に突っ伏して、頭を掻き毟る。今のタツヤの顔は、それは酷いものだった。何日も寝ておらず、目の下には濃いクマが出来ていて、口元や顎には無精ヒゲが不潔に伸びていた。

 

「俺のせいだな……」

 

 5年前の結婚式にて、神父の仮装で立会人を務めた青年が吐き捨てた。

 

「今更言っても仕方無いが……こんな事になると分かっていたのなら、お前達の結婚をネットに流したりマスコミとかにアピールすべきだったかもな……そうすれば、こうはならなかったかも」

 

「お前に罪は無いさ。5年前は……いや、今もだけど……AIに関して今の世論は難しいからな……グレイスと僕の事を思っての事だったんだろう」

 

 憔悴したタツヤは、絞り出すようにそう言うのが精一杯のようだった。

 

 10年前、エステラの活躍によってサンライズの地球への落下が未然に防がれて以来、ことAIに関して世論は真っ二つに分かれた。

 

 自分が絶対に助からない事を全て承知の上で、最期まで落下の阻止とホテル利用客のサポートに従事したエステラの献身。彼女こそ全てのAIの規範であり、あれこそAIのあるべき姿であると英雄や聖女のように褒め称える親AI派。彼等の後押しがあって、AI産業は更に発展し、AIの社会的地位も向上、AIの進化は更に進む事となった。

 

 一方で、あの時に何か一つでも歯車が狂ってエステラがステーションを分解出来なかった場合、監視衛星が捕捉したデータから軌道を計算した結果、サンライズは沿岸部の都市へと落着して未曾有の犠牲者が出ていたという恐ろしいシミュレーション結果がある。

 

 これを受けて宇宙ステーションなどという、巨大かつ緻密な怪物機械の制御をAIなどに任せるからこんな事態が起きたのだという、AIへの不信感が大きく膨らむ事となり、また当時はちょうどAIの発展により仕事を奪われる労働者が社会問題になりつつあった。

 

 力仕事などの単純作業はAIにはもってこいの仕事であり、逆にある程度の思考の遊びと言うか、余裕・臨機応変さが必要となる仕事は人間しか出来ないものだった。これまでは。

 

 だがAIの発展によって「AIに出来る仕事」は多くなり、反対に「人間にしか出来ない仕事」は少なくなっていく。すると何が起きるか? 当然の帰結が当たり前のように起きただけだった。

 

 同じ仕事を任せるのに、時間を掛けて1から教育しなければならないわ馬鹿げたミスを犯す可能性が常にあるわ、休みも必要だし何より賃金も支払わなければならない人間と、最初から必要な知識は全てインストールされていて作業は正確無比、定期メンテや充電時間を除けば24時間365日稼働可能、タダで扱き使っても文句一つ言わないAI。あなたが経営者だとして、採用するならどちらにするか? ……という事だ。

 

 結果、失業者によるAIへの暴力や破壊活動が時折見られるものとなり、トァクを初めとした反AI集団の活動も活発化した。

 

 つまり、世は親AI派と反AI派の主張が真っ向からぶつかり合う様相を呈したのだ。

 

 タツヤがグレイスとの結婚を秘密にしたのは、親友であるこの青年の助言に従っての事だった。

 

 今のこの状況で、人間とAIの結婚が世間に知られたら一体全体どういう化学反応が起こるのか? 正直、予想も付かない。

 

 悪いケースでは……AIであるグレイスは、人間を誘惑し、堕落させた神話の蛇のように見なされてトァクを初めとする反AI組織から懸賞金でも付けられて目の敵にされる未来が想像出来る。それどころか最悪のケースは人間のタツヤすら「AIに魂を売った恥知らず」「人間の面汚し」と暗殺のターゲットにされるかも知れない。

 

 だからこそ、タツヤは式場には数年後AI工場が建設される予定で住民は退去して無人島となった島の廃教会を選び、それを教えたのも立会人として選んだ親友唯一人だけだった。無論、グレイスとは職場ではあくまでただの研究者とただの看護AIという立場を守っている。

 

 しかし、その用心が全く完全に裏目に出た形となってしまった。

 

「……せめて、AI命名法よりも、もっとAIに寄り添った法律が施行されていればな」

 

 25年前、現在では親AI派の筆頭とも言える相川議員が議会に提出した案によって始まったこの法律は、簡単に言えばその名の通りAIに名前を付ける事を義務付け、それに伴ってある程度の権利を認めて更なるAIの発展に寄与しようという内容である。

 

 例えば何体かのAIが目の前に並んでいたとして、彼等を呼ぶのに指差して「そこのお前」とか「右から二番目の奴」とかではなく「ボーイ」「ブケノ」「イージー」「ロビン」といった調子でそれぞれに名前を与え、個性を尊重し、尊厳を守る事でAIの成長、ひいてはAI技術全体の進歩を促すと考えられていた。

 

 しかし逆に言えばそれだけの法律でもある。

 

 あくまでAIに対して名前を与えた「だけ」であり、使い捨ての道具でこそないもののあくまでAIはその生産元であるOGC社もしくは所属する組織、つまり歌姫AIのディーヴァであればニーアランド、看護AIのグレイスなら彼女が勤務する医療施設に所有権があり、その権利を持った者が彼女達をどう扱おうと原則自由だ。少なくとも法的に問題は生じ得ない。

 

 故に今回のグレイスの扱いについても、これは法に則ったものだと言えた。

 

 だが、それでも。

 

 もし、タツヤとグレイスの結婚を、リスクは承知の上で世間に公表していたらどうだったろう。転がした賽の目が「1」と出たかはたまた「6」と出たかは分からない。分かりようがない。しかし少なくとも今とは全く違った状況が発生していた事だけは確かだ。

 

 人間とAIの結婚など、人類史上初の出来事だ。ロマンチックではあるし、ひょっとしたら「人間とAIの架け橋」とか「生命の垣根を超えた愛」などと適当なキャッチコピーを付けられセンセーショナルな話題になって、二人は一躍時の人となって祝福されていたかも知れない。

 

 可能性は高くないが、しかしそうなればOGC社としても、たとえ法的には問題無くてもそんな二人を引き裂くなど企業イメージ的に良くないという判断から、今回の役目にグレイスを選ぶ事は避けたかも知れない。

 

 青年は、デスクに置かれた書類に視線を落とす。

 

 書類の表紙には「メタルフロート制御計画」と記されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 この日、冴木タツヤの自宅前に、一台の車が停車した。タツヤの自家用車ではない。

 

 タツヤは現在35才で天涯孤独の身ではあるが、この邸宅はセキュリティレベルも高く、この年代の人物が所有するものとしては不相応に思える。

 

 しかしさもありなん、冴木タツヤと言えばその分野では有名人なのだ。まだ40にもならない若輩ながら、彼が取った特許や開発して実用化されている技術は、倍の年齢の研究者の平均に倍する数がある。

 

 車から降りたのは、一人の男と一機のAI。

 

 甲斐ルミナと、ボブだった。

 

 警察官として多くの功績を挙げ、今や業界では伝説的人物となっているルミナも、とうに60才を過ぎてもう定年間近。恐らくは今回の案件が、彼が担当する最後のヤマとなるであろうことは本人も含め誰もが感じていた。

 

 そんなルミナの相棒として多くの難事件を共に解決したボブは、AIなので当然ながら衰え知らず。どころか経験を蓄積した事で更にその能力限界を高めてすらいて、署で運用されているAIのエースとして、未だ最前線で活躍していた。

 

 玄関前でチャイムを鳴らす。

 

「はい、いらっしゃいませ」

 

 十数秒程の間を置いて、ドアを開けて現れたのは女性型のAIだった。人間で言えば20歳前後と見られる容姿の、黒髪のAIだ。歌姫型AI・ディーヴァをその系列の始祖とするAIシリーズ、通称シスターズのモデルB-09型だと、ボブのCPUが内蔵ストレージからデータを読み出した。

 

 AIが客の応対に出てくるのは今の時代、決して珍しくはない。タツヤほどの所得があれば、ハウスキーパーとしてAIを購入するもしくはそうした会社からレンタルするのはもうありふれた事なのである。

 

「警察の者です。冴木タツヤさんはご在宅でしょうか?」

 

 手帳を見せると、女性AIのカメラアイが動く。埋め込まれたタグを識別して、この手帳が偽物でない事をチェック、更にネットワークに接続して顔認証でルミナが警察関係者である事も1秒に満たない時間で確認したのだ。

 

「冴木さんはただいま出掛けております。予定ではそろそろ帰宅する事になっておりますので、中でお待ちになりますか?」

 

「「……」」

 

 ルミナとボブは顔を見合わせて、アイコンタクトを一つ。この一人と一機は10年ずっと生死を共にしてきた長く、中身も濃い付き合いである。その親近感や連帯感は、余人には分かるまい。彼等はもうその動作だけで、互いの意思疎通には不自由しなかった。

 

 客間に通されて、女性AI、グレイスと名乗った彼女からの供応を受ける。

 

 ルミナにはコーヒーが。ボブには中身は空の同じカップが差し出された。これはAIに対しての応対としては今や一般的となったマナーである。当たり前の事だがAIは飲食する必要が無いし出来ないので、せめてもてなしの心だけは……という考えから生まれた習慣だった。

 

「良い豆使ってるな」

 

 砂糖とミルクをなみなみと入れたコーヒーを一口含むと、ルミナは感想を述べる。

 

 と、彼等のすぐ傍に立っていたグレイスが、匂いかもしくは足音かで主人の帰りを察知したトイプードルのようにぴくりと反応した。彼女は入り口へと歩いて行くとドアを開いた。ルミナとボブもその後を付いていく。

 

 ちょうど、ガレージに一台の車が停車した所だった。

 

 降車してきたのは、この家の主であるタツヤと、そして……

 

「おや、これはこれは」

 

「あなたは……」

 

 肩に白い立方体のキューブを乗せた、空色の髪をした女性AI、ヴィヴィ。

 

 サンライズでの共闘から10年を経て、ボブには二度目。ルミナには三度目の出会いだった。

 

「……やっぱり、俺達には縁があるようだな?」

 

 

 

 

 

 

 

 ルミナがボブを伴って冴木邸を訪れたのは、実はタツヤを逮捕する為だった。タツヤにはトァクに所属していた過去があり、それを裏付ける証拠も挙がっている。胸元には逮捕状も忍ばせていた。

 

 しかしどうも話を聞いていると、タツヤ一人を逮捕しているような場合ではないようだった。

 

 まず、タツヤは既にトァクを抜けて追われる身。

 

 彼が狙われる理由は、完全無人でAIの部品や回路を製造し続ける人工島『メタルフロート』を停止させるプログラムを構築し、そのストレージを持っているから。

 

 そんなプログラムを組んでいる事から分かるがタツヤの目的は、メタルフロートを機能停止させる事。

 

 もしそれが為された場合、人間・AI問わず受ける間接的被害は計り知れない。既にメタルフロートが生産するパーツや部品、駆体の数は世界全体の40パーセントに迫り、しかもあの島は今この瞬間にも自動で規模の拡張を進めている。計算では二ヶ月後にはその数値は50パーセントを上回るとの事だった。

 

 そんな事を聞いては、ますますルミナは警察官としてタツヤを逮捕しなくてはならないのだが……

 

 しかし、ここで気になるのはヴィヴィと、クマからキューブに姿は変わったがマツモトの存在である。彼女達が何故、このヤマに関わっているのか……?

 

 ルミナは尋ねる。

 

「これだけは教えてくれ。25年前の相川議員暗殺未遂事件、10年前の落陽事件、そして今。お前らは、どうしていつも事件に首を突っ込んでいるんだ?」

 

 ヴィヴィが、即答する。

 

「全ては、人間とAIの対立を防ぐ為です」

 

「……」

 

 警官としての職務を全うする事を考えるのなら、ルミナはタツヤの逮捕に加えてヴィヴィもマツモトも重要参考人として拘束すべきだ。多少強引ながら、今はボブも居るので力業に出る事も可能だ。

 

 だが、しなかった。

 

 落陽事件から現在に至るまでの10年、ルミナはずっとヴィヴィとマツモトを追ってきた。正確には、彼女達が関わってきた事件を。

 

 お世辞にもその過程は順調とは行かなかったが……

 

 しかしこれだけの時間を掛けた事で、彼の中では一つの推理が成り立っていた。

 

 そして……もし自分の考えている通りだとすれば、それこそ逮捕どころの騒ぎではなくなる。答え合わせをしなくてはならない。

 

 結局、その考えもあってルミナはタツヤの逮捕は保留。そしてヴィヴィとマツモトの監視という名目で、彼とボブもメタルフロートに同行する事に決めた。

 

 ヴィヴィはやや消極的ながら了解し、マツモトは反対意見を唱えたものの、タツヤに対してはメタルフロート内部で不測の事態が発生した時に彼を守りきれない事を理由にしたが、同じ理屈は百戦錬磨の守護者型AIを連れているルミナには当て嵌まらず、不承不承ながら同道を認めるしかなかった。

 

 メタルフロートへと向かう船の上。

 

 この船はコンピューター制御で、マツモトによって操縦されている。そして今はちょうど陸地とフロートの中間ポイントである。今ならば、邪魔が入る心配は無い。

 

 頃合い良しと見て、ルミナは切り出した。

 

「なぁヴィヴィ、マツモト。聞きたい事があるんだが」

 

「はい?」「何でしょうか、刑事さん……いや、今や署長さんですか」

 

「マツモト、お前は、未来からやって来たAIなのか?」

 

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