Prelude Vivy(完結)   作:ファルメール

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第8楽章 ルミナの推理

 

 ハートに強烈なパンチをかまされた。頭をハンマーで殴られたような。

 

 色々とあるが、今の演算回路が受けた衝撃を表現するにはそうした言葉がぴったり当て嵌まるのだろうと、マツモトはマルチタスクの一つで処理した。

 

 たった今、ルミナが口にした言葉。

 

「マツモト、お前は未来から来たAIなのか?」

 

 事実はその通りである。

 

 彼は人間とAIの最終戦争が勃発した西暦2161年の未来から、歴史を変える為に100年の時間を遡行して送り込まれてきた。

 

 だがそれを明かしたのは彼が造られた未来から見て100年後、2061年の『送信先』でありパートナーとなるべき存在である歌姫AIのディーヴァのみ。

 

 そして可能な限り不確定な要素を残さない為、活動しているのは『シンギュラリティポイント』と呼称している、未来を変える分岐点となる出来事が起きるその直前から事件終了時までだけ。だから未来からやって来て既に25年が経過しているが、マツモトの主観的な活動時間は一ヶ月にも満たない。

 

 ディーヴァが話す事は有り得ない。

 

 記憶回路を何度総浚いしても、未来から来た根拠になる証拠など何も残していない筈なのに。なのにどうしてこの老警官は、そんな推理に至る事が出来たのか?

 

 ハッタリと考えるにしても、未来から来たなんて言葉はぶっ飛び過ぎている。

 

「……何故、そう考えたんです?」

 

 普段の、どこか斜に構えたようなおちゃらけた態度が鳴りを潜めて真剣な口調でマツモトは尋ねた。

 

 ちらりとボディを微妙に傾けてルミナの傍らに立つボブの様子を見る。戦士の彫像のような守護者型AIはディーヴァのように接客を目的とはしていないので表情が堅いが……しかし首のランプが高速で明滅していて演算回路が高速で回転しているのが分かる。彼も動揺しているのだ。恐らくルミナはこの推理を、今の今まで相棒にも話してはいなかったのだろう。

 

 老刑事は、静かに話し始めた。

 

「最初はなマツモト。お前はどこかの組織……そう、例えば反トァク・親AIの団体が製造したスーパーAIで、ヴィヴィはそうした連中が非合法なルートで手に入れてお前の相棒として運用しているシスターズの一機だと思っていたんだ」

 

 妥当な推理だと言える。AIは現在ほぼほぼOGC社の独占事業となってはいるが、ボディは元より要の陽電子脳も製造技術そのものは既に既存技術であり、十分な資金と設備、それに専門の技術者が居れば製造は可能だ。

 

 シスターズはヴィヴィやエステラを見れば分かるように歌手・ライフキーパー・看護といった仕事に従事するのが主であり、暴力的な任に耐えられるぐらい頑丈には造られていない。

 

 とは言え単純に疲れ知らずの不眠不休で働ける人手が一名増えるのは大きいし、人間と違って手足を欠損するような故障が発生してもパーツを交換すれば即復活、ボディが全損してもサーバーに保存していたデータを予備のボディにダウンロードして再生する事だって出来る。勿論、それで再生されたのは別のパーソナリティを持つ『別人』だが、元のAIと同じ記憶を持っているからこれまでと変わらず働いてくれるのは間違いない。

 

 人格を重視せず、前に居た者と同じ記憶を持った別人と話をするという、いかがわしさに耐えられるならそうして何度もAIをリサイクルするのは合理的ではある。

 

「その手の団体が自分達は直接動かずにAIにやらせるのはトァクに対して、皮肉たっぷりになるな」

 

 反AI団体が、AIによってやり込められるのだ。確かにそれは痛烈な皮肉でありアンチトァク・親AI団体の過激派が考えそうな作戦である。

 

「だから最初はその線で考えて調査したんだ」

 

 公式非公式を問わずあらゆる情報網、特にその道の専門家、偏屈だが警察関係者が口を揃えて最優秀と評価する探偵、金さえ積めば総理大臣の口座残高を調べられるようなハッカーや、普段は靴磨きの仕事をしていて大統領の隠し子の数まで知っているような情報屋まで当たってな、と付け加える。

 

「……結論から言うと、分からなかった。何もな。綺麗さっぱり、誰も何の成果も挙げられなかった」

 

「ふむ……?」

 

 それで何故、自分の正体に辿り着けたのかと、マツモトが訝しむ。

 

「だからだよ」

 

「?」

 

「今の時代、人間だろうがAIだろうが存在していれば必ず何らかの痕跡を残す。だがマツモト、お前さんにはそれが無かった。空気じゃあるまいし、何もな。記録を改竄や消した跡すら無かった。世界一の名探偵は、良い事言ったモンだ」

 

「成る程。『考えられる可能性を全て消していって、最後に残った結論があったならどんなに信じられないと思うような事であっても、それが真実である』……でしたかね?」

 

 今に存在しているのに、過去からここに至るまでの痕跡が何も無い。ならば後は未来から送り込まれたしか有り得ない。乱暴ではあるが確かに一応の筋は通っている。突拍子も無い話ではあるが。

 

「ですが、それだけで未来から来たという結論を出したのですか?」

 

「それだけじゃない。仮にお前が反トァクが造ったAIだとすると、矛盾が生じるんだよ。そして未来からやって来たタイムトラベラーだとすると、沢山の事が説明出来るんだ」

 

「……?」

 

「お前達が現れて25年。その中で関わった事件は二つだけだ。つまり25年前の『相川議員暗殺未遂事件』と10年前の『落陽事件』……なんで、二つだけなんだ?」

 

「……そういう事ですか」

 

 人間で言えば溜息を吐いているような声だった。

 

 2061年から現在までの25年間で、トァクが関わった事件は大小合わせて三桁にも上る。マツモトがアンチトァクのAIだとするなら、もっと多くの事件に関わってトァクの活動を妨害したりしていて良い筈だ。

 

 なのに実際には彼等の関与があったのはたった二つの事件だけ。まだ関与してはいない今回のメタルフロート事件(予定)を含めても三つ。しかもそれらの事件には15年、10年ものスパンがある。どうしてそんな期間を置く必要があったのか?

 

「どんな基準で首を突っ込む事件を選んでいるのか? それを考えて、俺は二つの事件を徹底的に洗った。お前達が関与するからには、この二つの事件だけに共通する、何らかの条件がある筈だとな」

 

「だが、それも何の成果も挙げられなかった、と」

 

 マツモトが継いだその言葉に、ルミナは頷いて返した。

 

「より正確に言えばトァクが関与しているという共通点だけはあったがな。しかしそれなら、他の多数の事件にだってある事だ。この二つの事件にだけ、共通した事じゃない。だから俺はその次に、最初の事件である相川議員暗殺未遂事件をしっかり調べてみる事にしたんだ。すると、面白い事が分かった」

 

 ルミナは鞄から取り出した携帯端末にデータを呼び出して、マツモトとヴィヴィへ差し出す。二機は体を寄せて、その画像を見た。

 

「これは……」

 

 背景からニーアランドで撮影されたと分かる写真だ。ディーヴァが、相川議員を庇うように覆い被さっているシーンで、すぐ傍には黒煙が立ち上っている。

 

 ヴィヴィにもマツモトにも、当然覚えがあった。

 

 マツモトが未来からディーヴァに転送されてきた次の日に、未来から来た証明としてトァクの爆弾テロが起こる場所と時刻を予告し、本来なら骨折・火傷を負う筈だった相川議員をディーヴァ、つまりヴィヴィが助けたのだ。

 

「同じ日にトァクのテロでビルがぶっ飛んだからこの件は殆ど報道されなかったが……もし、二、三日日付がズレてたら『ニーアランドの歌姫大手柄』『テロから議員を救う』とかの見出しで一面を飾っていたかもな」

 

「……」

 

「だが、それが分からなかった」

 

「?」

 

 ルミナは端末のキーを操作して、画像を切り替えた。端末の画面には、ニーアランド全体の地図が大写しになる。その地図に、赤と青の輝点が一つずつ表示された。

 

「赤は爆弾テロが起こったポイントで、青は当時、ディーヴァが歌っていたステージだ。見ての通り、この二カ所は数百メートルは離れている。25年前のこの日、ディーヴァのステージプログラムは夕方までずっとステージでの歌唱だった。移動と言えばステージと控え室の往復ぐらいの筈。なのになんで、そんなに離れた場所にディーヴァが現れたんだ?」

 

「……それは」

 

「それは、ディーヴァに爆発物がそこに仕掛けられているとタレコミがあったから? だとするとますますおかしい」

 

 ヴィヴィが言おうとするのを先取りして、ルミナは続ける。

 

「情報提供者はトァクの活動を妨害する、もしくは相川議員を助けるのが目的だったと考えるのが自然だ。じゃあどうしてそいつは」

 

 ここで僅かな時間だけ言葉を切って、ルミナはマツモトを横目で睨んだ。

 

「そいつはその情報を、警察やニーアランドのスタッフに知らせなかったんだ? 調べたところ、警察にもパークの管理事務所にも、そんな通報は一切無かったそうだ。あるいは相川議員に直接知らせても良い。そうすれば議員だって、事件以前からトァクによる脅しのメッセージはしかも複数回届いていたそうだから、大事を取って来園を中止するか来園時間やコースを変えるか、もしくは日を改めたりしただろう。それで目的は達せられた筈なのに、どうして?」

 

 値踏みするように、ルミナの視線がヴィヴィとマツモトを行き来した。

 

「そして監視カメラの映像や、当時園内で働いていた人に聞き込みして分かったが、ディーヴァが現地に急行したのは爆弾が弾けるギリギリのタイミングだったらしい。園内を猛スピードで走るディーヴァが印象的だったと、清掃アルバイトの学生だった人は証言してくれたよ。さて、その、謎の情報提供者はどうしてそんなギリギリのタイミングで、情報をディーヴァ『だけ』に伝えたのか?」

 

「「……」」

 

 ヴィヴィとマツモトは、もう何も語らなかった。

 

 仮に爆発物が相川議員が通る予定のコース上のゴミ箱に仕掛けられている情報がそのギリギリのタイミングで分かったのだとしたら、それなら尚更それをディーヴァだけに伝えるのはおかしい。すぐに園内のスタッフや事務所に連絡するのが自然だ。

 

「兎に角一度、本人、この場合は本AIか。それを見てみようと俺は思って、休暇を利用してディーヴァのライブに行ったよ。チケットを取るのにはえらく苦労したんだ。覚えていないか? 今から半年ぐらい前になるが」

 

「……あ」

 

 言われて、ヴィヴィはメモリーを検索する。確かに半年前、正確には今から半年と12日前のライブで、観客席にはルミナの姿があった。

 

 しかしこの反応で、ヴィヴィは自分がディーヴァである事を告白してしまったに等しかった。初々しさのようなものを感じて、ルミナは苦笑する。

 

「良いライブだったぜ。あんな感動は何年も忘れてた。曲が終わった時には年甲斐も無くスタンディングオベーションした。だがあの歌、あの声を聴いて確信した。25年前に目撃し、10年前に共闘したヴィヴィはニーアランドのディーヴァと同一人物……正確には同一の機体だってな」

 

『……むぅ』

 

 マツモトはこの時、ルミナを拘束するようヴィヴィに伝えようと考えた。相川議員の時や、サンライズのユズカとは異なり、タツヤと同じくヴィヴィ=ディーヴァの正体に気付いたルミナは計画に支障を来すと考えたからだ。

 

 だがすぐに彼自身の中でこの提言は却下される。

 

 ルミナ一人の時ならいざ知らず、彼のすぐ傍には屈強の守護者型AI、ボブがいる。ヴィヴィにも対人戦闘用プログラムはインストールされているが、ボブにも同系統のプログラムは当然入力されているに違いない。

 

 そして戦闘になった場合、戦闘プログラムの精度それ自体なら、互角かヴィヴィの物が上回っているだろう。だがその習熟度・経験値については、正直お話にならない。ヴィヴィが実戦を経験したのはプログラムインストール前を含めても25年前の相川議員暗殺未遂事件と10年前のサンライズでの、たった二度だけ。対してボブは10年前の同じ場所での初陣から現在に至るまで数え切れない程の修羅場をくぐり抜けた百戦錬磨の機体である。

 

 更に単純なフィジカルスペックでも大きく水を開けられている。身長、体重、リーチ、ボディの耐久力、発揮出来るパワー、エトセトラ……要するに格闘に要求される全ての能力に於いてヴィヴィはボブに圧倒的に劣る。あくまでヴィヴィは『戦闘プログラムをインストールされた歌姫AI』であって、ボブのように『設計段階から戦闘を想定して製造されているAI』ではないのだ。付け加えるとボブはその戦闘を想定して製造されたAIの中でも、ハイスペックな高級機種である。

 

 データの不確かさはあるが、ヴィヴィがボブを倒してルミナを拘束出来る確率を、マツモトの演算回路は4.3パーセントと弾き出した。4パーセントの誤差を考えると、ほぼ皆無と言って良い数字である。

 

 現状ルミナの拘束はまず不可能。こうなると、マツモトは彼の話に耳を傾けるしかなかった。

 

「……ここでまた分からなくなった。なんでただの歌姫AIが、園内の事件を止めるならまだ分かるが、ニーアランドを出て議員を救いに現れたり、サンライズでホテル落下を食い止めに来るのか? それとも、情報提供者……つまり、マツモトお前だな? お前には、どうしてもそれをやるのがディーヴァでなくてはならなかった理由でもあったのだろうか?」

 

 そこで俺はこう考えた。と一言置いて、ルミナは続ける。

 

「これまではヴィヴィとマツモトがどういう基準で介入する事件を『選んでいるのか』と、そればかり考えていたが……真相に辿り着くには発想を変えなければならないんだとな。あらかじめその事件が起こる事を『知っていて』、最初からその事件に介入する事を『決めていた』のではないか?」

 

 何故そんな事が出来たのか? 答えは明白。

 

「お前達のどちらかが未来を知っていたからだ。だがディーヴァは2060年6月19日にロールアウトされてから現在に至るまで、全ての記録が残っているからこっちの可能性は却下。つまり未来からやって来たのはマツモトの方だって事になる。そして、お前がニーアランドのディーヴァを協力者に選んだ理由は分からなかったが、サンライズでクマのぬいぐるみだったのに今はキューブの姿なのでそれも分かった。あのぬいぐるみはどこにでも売っている物だったからな」

 

 10年前とは別のボディを使っている。つまりマツモトはボディにとらわれないプログラム・意識体のようなものなのだろう。ボディはあくまで只の噐に過ぎないのだ。

 

「お前を未来から送り込むその『送信先』が2061年のディーヴァだって事だったんじゃないか? 理由までは分からないが、彼女にしか送信出来なかったから。だから、ディーヴァが活動のパートナーに選ばれた、と」

 

「……それが、僕が未来から来たという推理に至った経緯ですか」

 

 今のマツモトの言葉には、畏敬の念すら籠もっているようだった。

 

 いくら10年の時間があったとは言え、残された僅かな痕跡や状況から推理して、ここまで真相ににじり寄ってくるとは。これまで述べられたルミナの推理は、ほぼ全てが正解と言える。

 

 そしてここまで来ると、彼もルミナの推理を最後まで聞きたくなってきた。

 

 まだ一つ、語られていない事がある。

 

「仮にマツモトが未来から来たAIだとして、分からない事は最後に一つだけだった」

 

 やはり、ルミナはそれにも考えが至っていたようだ。

 

「どうして未来人はマツモトを過去に送り込んできたのか? どうしてマツモトは二つの事件に介入しなければならなかったのか? つまりホワイダニッツ……動機だな。漠然とした考えはあったものの、イマイチピンとこなかった……さっき、ヴィヴィ、あんたの話を聞くまではな」

 

「え……」

 

「……!!」

 

 さっき、何故事件に首を突っ込んでいるのかと聞かれてヴィヴィはこう答えた。「全ては人間とAIの対立を防ぐ為だ」と。

 

「その言葉でスッキリしたぜ」

 

 ルミナは一度姿勢を正して、そうしてヴィヴィとマツモトに向かい合った。

 

「マツモト……お前さんの記録にあるだろう『本来の歴史』では相川議員は殺されていて、サンライズもモロに都市に落ちて多数の死者が出ていた。それが何十年後かあるいは百年後かに起こる人とAIの大きな対立……つまり、戦争の切っ掛けの一つ。いわば歴史の転換点の一つになる。お前はその未来を変える為に、やってきたんだ」

 

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