鋼の騎士の軌跡   作:Yukiharu

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第二話

夜の帷が下りて久しく。

煌めく月が夜空を彩るなか街道を二つの影が疾走する。春先の夜風が肌に突き刺さり、呼吸の合間に漏れる息が白く濁っては消えていく。人里から離れた街道ということもあり導力式の外灯はなく、月明かりだけが頼りとなる環境にも関わらず、駆ける二つの影に恐怖の色はない。それどころか暗闇に等しい空間でお互いの得物を繰り出す豪胆さを見せる。

 

「………あからさまに誘われてるな」

 

攻撃こそ繰り出してくるが、そこに殺気が籠っていなかった。ならば一気に攻勢に転じればいいとも考えたが、標的が暗殺者であることが決断を鈍らせた。そうして牽制している間に建物で入り組んだ市街地へと足を踏み込んでいた。

 

市街地から人の気配はなく、退廃した建物の状態から放棄されてかなりの年月が経過していることが分かる。崩れた建物の瓦礫が乱雑に積み重なっては影を作り、月の光が届かない暗闇を形成している。身を隠す場所も多い土地は暗殺者向けの戦場と言っていい。それを体現するように市街地へと入ってすぐに標的の気配が消えた。

 

「ここから本番のようだな…………」

 

標的が本腰を入れる空気を読み取れた。追跡していた足を緩めていき、かつては広場だったと思われる開けた場所で足を止めた。夜風が建物の隙間を縫って通る音が死を宣告しているように鼓膜を揺らす。

 

「────っ⁉︎」

 

夜風に紛れて微かな異音を聞き取って咄嗟に顔を逸らす。刹那、暗闇の空間が一瞬だけ輝くと頬に線が走った。直後に熱が頬を襲い、顔全体に広がっていく。続けて鋭い痛みと共に血が頬から垂れていた。

 

頬の血を拭う暇もなく次の異音が迫ってきた。月光を反射する一瞬の煌めきと夜風に混じる異音を頼りに攻撃の方向を予測して身を動かす。不意打ちに等しい先程の状態と違い、体勢を整えてより意識を深く沈めたことで神経が研ぎ澄まされた。

 

目が捉えたのは一本の細い線。それら暗闇の空間を裂くように高速で迫ってきた。狙いは右肩。利き腕を狙ってきたものだ。咄嗟に愛用する馬上槍を軌道上に乗せた。

 

槍の持ち手が振動したのと同時に耳障りな甲高い接触音が鼓膜を煩く揺らす。暗闇と月光を反射する線に槍の鈍色が一つの空間に共演したことで色彩が生まれた。そうして初めて線の正体を確認することが出来た。

 

「これは鋼糸か………」

 

線の正体を確認できたところで人の気配が目の前に姿を現した。

 

「菫色の髪………、君がクルーガーかい?」

 

返事はない。だが事前の情報と姿が一致することから間違いないだろう。

 

器用に鋼糸の上に乗るクルーガーから殺気は感じられなかった。それどころか彼女の瞳からは何も感じられない。虚無感というよりは無機質に近い。度重なる暗殺の任務で心を圧し殺したり、磨り減らしたことによる影響でなく、初めから感情といったものが希薄なのだろう。彼女にとって暗殺は任務でもなければ日常でもない。彼女そのものなのだと分かる。

 

「これはちょっとばかり世話を焼かせてもらおうかな」

 

あまりにも寂しすぎるクルーガーの在り方に世話を焼く決意を示したところで、攻撃が降り注いできた。余計なお世話と言わんばかりの拒否の意思表示だ。些か危険で乱暴ではあるが。

 

前方から迫ってくる無数の鋼糸と距離を取ろうと背後に移動しようとしたところで背中に違和感を覚えた。視線を背後に向ければ鋼糸の姿があった。それは周囲の建物と建物を繋ぐように伸びていて、それが何重にも張り巡らされてう。

 

「〝告死戦域〟とは上手く言ったものだ」

 

彼女が在りし場所に死の宣告あり。これだけ無数の鋼糸が張り巡らされていては逃亡は不可能。蜘蛛の糸に捕獲された蝶と同じ末路を辿る。ただしそれは実力差が明確にあった場合に限るのだよ。

 

前方から迫る無数の鋼糸を馬上槍の一振りで切り払った。パラパラ、と主を失った鋼糸が闇夜の宙に舞って落ちていく。

 

「悪いが簡単に首をやるわけにはいかないな」

 

口角を吊り上げて挑発にも似た不敵な笑みと共に俺は馬上槍をクルーガーに投擲した。

 

 

 

 

 

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