境界にララバイ   作:妖怪デスゴリラ

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一幕:ドラマツルギー
ドラマツルギーの壱


 退屈であった。暇であった。だから少しだけ目を細めて、世界を俯瞰的に眺めてみた。とても不思議な話であるが、それが始まりであったのだ。

 

「つくづく呆れたやつだなぁ」

「私が見えてる?」

「やぁおはよう」

「あぁごめん、それも無理な話だよね」

「それもそのはずだろうなぁ」

「だってお前は」

「そうだもんなぁ」

 

 それは他愛のない。なんてことは無い。日常にありふれた浪漫など一ミリもないような台詞だ。口を開けばあふれてくる、そんなに軽いような。

けれど塵も積もれば山となる。その軽い言葉がたった一つの口から一気に溢れて、刹那を幾つにも刻んだようなその僅かな間に私に入り込んでくるものだから。

 

「気持ち悪い」

 

 とそれに対して刃を突きつけることも出来ず、私は当たり前のように走り去った。

 

 肩で息をするようになった頃、ふと空を見上げてみた。

星があった。星があった。ただその一つ一つが人のように私を見ていた。或いは慈愛の目で。或いは無関心な目で。無限にあるであろう視線が宙から降り注いでいた。それをだーれも気持ち悪がらない。きっとそれは私にだけ見せる側面で、それが分かれば分かるほど途方もなく受け入れ難く。きっと、狂ってしまった方が楽なんだろうなぁと、熟考の末に考えるのであった。

 

 だって考えてもみてほしい。今まで気にもしなかった有象無象が、森羅万象のその全てが私を見つめて、ヒソヒソと囁いているのだ。脳みそにシワのないような、怖いと認識できない猿以下のポンコツでもない限り狂気のひとつにでも陥るだろう。

 

 けれど私はそうではなく、だって私は賢いから。周りは狂っている。今私がいる世界は狂っている。でもそれを口にしたってちっぽけな小市民でしかない私にはそれをどうする事も出来ず、最悪輪から弾かれてしまうだろう。そうなれば終わりだ。だって人間は世界の中でしか生きていけないのだから。だから流れてくる情報の洪水の中、”これは気のせいだ”と言い聞かせて立ち尽くすしか無かった。

 

 ただそうして悠久にも思える時の中で─────────正確には三十九分と四十七秒もの間、私は虚構に焦点を合わせながら、京都の近未来的街並みを歩くしかなかったのである。

 

 

 

 

 時ハ真夜中。サリトテ世界ハ未ダ喧騒ナリ。

 阿鼻叫喚の地獄のようなこの中で未だに人の心を保っているのだ。賞賛の嵐に身を叩かれても許されるだろう。しかしながら感嘆の声はあるはずもなく、未だに呟きの塊が脳へと押し寄せてくる。あぁひたすら、ただひたすら気持ちが悪い。

 

 けたけたと笑うヘッドランプが風と共に通り過ぎる。風に乗った罵詈雑言が頭蓋にへばりついてゆく。数多の侮蔑と蔑みの視線が身体を貫いてゆく。夜景がステップを踏み揺らめいている。私以外の全てが、狂気と狂喜の世界で生きている。あぁもう本当に本当に本当に本当に本当に。

 

 尊敬すべき先人達が開発した自動車なる古臭い乗り物は、親愛なる先人達を何人も轢き殺したと言う。今の時代、そんな物騒な事故はあってはならない。だってそれは互いに大きな傷を残してしまうから。

 

 けれど、けれど今ばかりは許してくれまいか。いつまでもいつまでもいつまでもいつまでも。ずぅっと頭の中で声が反響する。毛穴から入り込んだ声が眼球の裏すら這いずり回っている。まるで拷問だ。

 

 

 いたいけな少女である私めにはもうこれ以上は耐えられません。お父さんお母さんさようなら。我が人生、端から端まで後悔に満ちたり。

 

 黒染めのコンクリートへ踏み出して、ただ自重を前足に乗せて。この軽い身体ごと、魂が天へと昇るように────────

 

「そうは行かないのが人生よねぇ」

 

 瞬間、前方からから飛んできた声に身体が叩かれた。中身のぎっしり詰まったこの肉体は軽々と宙に浮いて、静かな歩行者専用道路にどさりと腰を下ろしたのである。

 

 勿論そんな訳が無い。けれども私はそう思わざるを得なかった。だって後頭部がヒリヒリするし、明らかに誰かが私の頭を乱雑に掴んで引いたのだろうけれど。だってここには私と、目の前の見知れた顔しかないのだから。

 

 そしてそんなことがどうでも良くなるくらいに。目の前のよく知るあの金髪の、あの憎ったらしく、そして羨ましい瞳をした、あの呑気な小娘の面影は。その顔からは1ミリたりとて感じ取れなかった。

 

 

 

 マエリベリー・ハーン。普段私がメリーと呼ぶ少女は、所謂内気な少女と言うやつだ。ちょっと名前がこ難しくて消極的でマイペースなところ以外にはこれといって欠点のない、私が一方的に嫉妬するくらいにはまともな少女である。

 

 肝っ玉は座っているけれど、さて、人を挑発するような目付きで見ないし、見下すような目もしていない。いや、人をなんか嫌な目つきで見ることはあるけれど、そこはお互い様だからしょうがない。結論嫌いではないのだ。

 

 けれど目の前の少女は違う。まるで違う。知識と経験豊富な大人が、馬鹿な子供を見て嘲笑うような。そんななんとも言えない、薄気味の悪い目付きをしている。

 

 第六感が”あれはメリーでは無い”と告げていた。しかし姿形はあのマエリベリー・ハーンそのものなのである。

 

 この耳に入る不快な声も、目の前の友人もどきも、私にとっては幻像でしかなかった。悪い夢だと言われたらまともに信じるだろう。

 やっぱ無し。「飛び込んだら目が覚めるよ」って聞こえてきたから多分現実だ。私の夢は私に厳しいのだ。

 ともすれば目の前の少女はさしずめドッペルゲンガーであろうか。即ちあれをメリーと合わせたらメリーが死んでしまうわけだ。この一瞬で人の命を抱えてしまった。

 

 あまりにも現実が重たいので、その線は考えない方向で行こう。オカルトサークルに入ってはいるけれど、今はオカルト全否定で行こう。賢い人も幽霊はプラズマって言ってたから、きっとそうなんだろう。

 

「あら、強く掴みすぎちゃったかしら?でもそうしないとあなた死んでたでしょう?」

 

 目の前の存在をとりあえず見なかったことにしようと思っていたけれど、残念ながらそれは叶わないようである。

 

「あんた誰よ」

 

 私の率直な問いに、少女は誤魔化すように頬笑みを浮かべた。まるでそこに答えが無いかのように。

 

「見たまんまでしょう?」

 

「見ても分かんないから聞いてんのよ」

 

 返答も誤魔化し。きっと手が届く位置に私が居て、恐怖心よりも苛立ちが勝っていたのなら水木しげる作の鬼太郎のようにビビビと張り倒していたことだろう。

 

「なら名前でもつけてちょうだい」

 

 それを感じ取ったのか、そこら辺は知らないがこれまた素っ頓狂な返しだ。だって人の名前とか知らないのだ。私にとって目の前の少女はメリーもどきでしかなく、そこに対する知識はそれ以上でもそれ以下でもない。だから名前など知る由もないし、本人が分からぬのなら私に分かる道理などないのだ。

 

「嘘」

 

 けれどその言葉は深く心に突き刺さった。図星をつかれて、動機とともに内蔵が重くなるあの感覚だ。一体なんで、あんな言いがかりでこんな気分を覚えるのか皆目見当もつかない。

 

「だって見えてるんだもの。見えてるのだから分かるわよ。分かるはずなのよ。」

 

 言い掛かりだ。ふっかけだ。悪いけど黙秘させていただきます。その三言がパッと出るか、或いはマエリベリー・ハーンであると、そう断言できていたのなら。少なくとも人生楽に生きていけただろう。

 

「八雲、紫」

 

 けれど私の喉元を通り過ぎたのはどうしようもないぐらい覚えのない名前で。ただ少女は、八雲紫はにこりと微笑んで。

 

「なら、そうなんでしょうね」

 

 メリーの顔で、そう呟いた。

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