仮面ライダービャクア外伝 仮面ライダーマイヤ   作:大ちゃんネオ

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舞夜華伝編
都会


 灰色のビル群は無機質な冷たさを放ち、人を受け入れているようで、どこか人を突き放すかのような虚無感を漂わせている。

 それが、初めて都会というものに足を踏み入れた者の抱いた感想であった。

 眼下に広がる灰色の大地。

 灰色の渓谷に吹く風が、着物の裾を揺らす。

 風が運ぶ邪を感じ取り、その者は目を開く。

 紅玉の如き赤い瞳が、闇を捉えた────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ知ってる? 最近、この辺で幽霊が出るんだって~。着物姿の、赤い目の女の子の霊」

 

 そんなことを言い出したのは同期の冴子だった。

 

「ええ、やめてよ今日夜中まで残業確定なんだから」

「ほんとドンマイね~理恵。松原課長、なんか最近ヤバいんでしょ?」

「そうなの最近急にパワハラ気味になってさ~。ヤバいんだって、今日もこれ明日までに~って」

 

 バンと書類の山を叩いて冴子に見せつける。

 だが冴子は軽い笑顔でこんな状況の私に酷いことを言った。

 

「ごめ~ん。今日、合コンだからさ。じゃあっ!」

「じゃあっ! じゃない~!」

 

 薄情な同期だと戦場へ赴く冴子を見送り、目の前の仕事に集中する。

 そうしなければ、終わらない。

 

 ああ、なんで私が……。

 

 嫌だ……帰りたい……。

  

 夜が更けるごとに、マイナスに沈み込んでいく思考。

 現在時刻は23時。

 ああ、午前様確定だ……。

 パソコンのブルーライトが目に辛い。

 泣きたくなってくる。

 冴子は上手いこといっただろうか。

 いや、冴子のことだから今頃一人飲みに移行していることだろう。 

 独身に幸あれ。って、私も独身か。

 

 ああ、なんのために働いてるんだっけ。

 なんで生きてるんだっけ。

 

 ……やだ、ヤバいこと考えてる。

 ヤバいなぁ……。

 転職を考えよう、真面目に。

 いやでも仕事は好きだし……。

 ほんと、あれなのは松原課長だし。

 前まではこんな無茶な仕事の振り方しなかったし……。ほんと、なんなんだろ。

 

 あー、駄目だ。

 集中力完全に切れた。

 休憩しよ。

 

 スマホを手に取りネットサーフィン。

 なんか面白いニュースないかな~。

 

「女性会社員連続行方不明……。え、近くじゃん……」

 

 その事件は、このオフィスがある一帯で起きていた。

 共通点は女性であること、そして行方不明になる前は残業していたという。

 残業、パワハラ、セクハラなどに心を病み自殺という線もあると警察は言うがここまで連続して短期間のうちに女性ばかりが姿を消すだろうかと、記事は締められていた。

 ……。

 

「これ今の私と同じじゃん」

 

 そう言って笑い飛ばす。

 笑い飛ばさなきゃやっていられないからだ。

 だがその瞬間、急に照明が落ちた。

 

「ひっ!?」

 

 突然の出来事に慌てふためく。

 ヤバいヤバいヤバい!

 とりあえずスマホのライトをつけて、一旦部屋から出よう……。

 

 振り向いた、瞬間。

 ライトに照らされた着物姿の少女。

 幻想的な赤い目をして……。

 

『ねえ知ってる? 最近、この辺で幽霊が出るんだって~。着物姿の、赤い目の女の子の霊』

 

 冴子の言葉がフラッシュバック。

 そして。

 

「ひゃーーーー!?!?!?」

 

 即座に逃げ出す。

 みっともない声をあげながら。

 暗い通路をとにかく走り、階段も危ないとかそんなこと考えずに駆け降りて。

 

「はあ……はあ……。って、松原課長……?」

 

 一階に辿り着くとロビーの中央に立つ人影。上司の松原課長だ。

 なんで、こんな時間に……? 

 ともかく、私以外にも人がいて良かったと安堵して松原課長に駆け寄った。

 

「か、課長……!」

「……青木君」

 

 細身でノッポな課長は私を見下ろす。

 丸眼鏡の向こう側にある目には、生気がないような気がした。

 

「ひどく、疲れた顔をしているね。肌荒れもして、ストレスも溜まっている。生活リズムも崩れて食事も栄養が偏っているようだ……」

「え……?」

「今の君は……」

 

『旬を迎えたぁ……』

 

 糸が切れた操り人形のように倒れる松原課長。

 そして、天井から降ってきたもの。

 それは二本の足で立ち上がるが人ではなかった。

 黒く艶のある身体。細く鋭い手足と、背中から生える八本のトゲ。そのトゲは蜘蛛の足を連想させる。

 だが腕にはリールのような機巧が備わっているようで、純粋な生命体とは思えなかった。

 

「なに……なんなのよ……!」

 

『アァ……俺は化神バケグモ。お前の飼い主だァ……』

 

「か、飼い主……? きゃっ!?」

 

 異形の口から吐き出された糸が身体に巻き付く。

 バランスを崩してしりもちをついた私に怪人が近付く。

 私を、食べようとしている……!

 

「いや……来ないで……!」

 

『アハァ……家畜が喋ってる……』

 

 身動きは取れない。

 このまま、私は……。

 目を瞑る。

 目の前の存在を信じたくなかったから。

 しかし耳は健在。

 何かが、風を切った。

 いよいよ終わりかと思ったが、違う。

 

『ぐうッ!?』

 

 怪人の呻き。

 一体何がと目を開くと、怪人に赤い柄の槍が突き立てられていた。

 突き立てられていたとは言うものの、槍を扱う人はいない。

 槍だけが、怪人を突き刺さんとしているのだ。

 

『ぬう……!』

 

 怪人は腕を交差し槍を防いでいる。

 更に、そこへ……。

 

「はッ!」

 

『があッ!』

 

 槍を蹴り、怪人が吹き飛ぶ。

 槍は意思があるかのように飛び、その子が主であると言わんばかりに着物の少女の手に納まった。

 

『御伽、装士か……!?』

 

「いざ……!」

 

 少女は槍を構え、怪人へと立ち向かっていく。

 怪人は糸を吐き出すが、少女は槍で切り払って突き進む。

 怪人の背中の節足が少女を貫こうと迫る。

 鋭い足先が、槍の刃と打ち合い火花を散らす。

 一本、二本と足を弾くと少女は駆け出し、怪人との間合を詰める。

 

『チィッ!』

 

 怪人の腕が、接近する少女へと伸びる。

 殴りかかったそれを、少女はスライディングで怪人の股下をくぐり抜け回避。怪人の背後を取った少女はスライディングの勢いそのままに槍を床に突き立てると、槍を支点に回転で勢いをつけ、両足で怪人の背を蹴り飛ばした。

 

『邪魔しやがって……』

 

 怪人はそう吐き捨てると軽く跳躍。

 背中の脚で天井へと張り付き、姿が見えなくなった。

 

「……気配は、無くなりましたか。大丈夫ですか……?」

 

 少女は槍で私に巻き付いた糸を切り裂き、手を差し出してきた。

 ……やっぱり、幽霊じゃない、よね?

 

「ありがとう……。貴女は……?」

「夜舞薫と、申します……。あの怪物を、倒しに馳せ参じました……」

「倒すって……。確かに、すごい戦ってたけど貴女まだ中学生とかでしょ?」

「高校生でございます」

「あ、うん、ごめんなさい……」

 

 ちょっとむっとした表情になったので素直に謝る。

 けど、背は低めで、しっかりしてそうだけど少し幼い顔つきなので中学生か高校生かでいったら中学生だと大半の人は思うだろう。

 てか、あんな怪物と戦ってはいるけど普通に学校には通ってるんだ……。

 

「ねえ、あいつは何なの?」

「化神という、人を喰らう怪物でございます……。それより、あれから何か言われませんでしたか? 何か、会話をしていたようでしたが……」

 

 会話……。

 

「さ、最初は課長……。そこに倒れてる人と話してて、その時は疲れてるとかストレス溜まってるとか肌荒れしてるとか言われて……。あいつが出てきてからは、旬とか飼い主とか家畜とか言われて……。もう何なのよ!」

 

 ひとまず助かって落ち着いたからか今になって怒りが湧いてきた。

 あの蜘蛛野郎め……!

 私が一人怒っているなか、薫ちゃんは倒れている課長を調べているようだった。

 

「生きている……。わざわざ殺さず、操り人形にしていた……。家畜……。……はあ、やはりこの手の化神でしたか」

 

 面倒だとため息をつく薫ちゃんは改めて私と向き合うと、とりあえずここから出ましょうと提案してきた。

 断る理由はない。

 むしろ早く出してほしい。

 

「それでは……申し訳ありませんが、この方を運んでいただけますか? 私は念のため、警戒しなければいけませんので……」 

「わ、分かった……。課長は無事、なの……?」

「はい。あの化神に操り人形にされていましたが殺されてはいなかったようです。邪気などの痕跡もないようなので、支配下からも解かれたと……」

 

 じゃ、邪気……。

 そんな漫画とかアニメでしか聞かないような言葉をリアルで言う人がいるとは思わなかった。

 ……まあ、今さっきから起こっていることがそもそも漫画とかアニメっぽいことなんだけど。

 ひとまず、このビルから出ればそれともおさらば。

 課長と肩を組んで……。

 ……バスケやってた時以来、久しぶりに背が高い方で良かったと思った。

 合コンとかでスタイルいいですね!とはよくお世辞で言われるが、私より背が低い男はよくいるし、そういう男は私を狙わない。

 こっちは別に男の身長なんて気にしてないのに。

 向こうが気にするんじゃ仕方ない。

 それはともかくさあ、いよいよビルから出るぞと自動ドアまで行った時のこと。

 前を歩く薫ちゃんからゴン、と鈍い音が。

 薫ちゃんのおでこが自動ドアとぶつかったのだ。

 

「痛っ……」

「大丈夫?」

 

 しゃがみこんで、おでこを押さえる薫ちゃんに小動物的な可愛さを感じる。

 いや、痛がってるところを可愛いなんて思うとか変態か?

 ……若干、そっちの気があるのは否定しないが。

 

「じ、自動ドアでしたよね……?」

「そうだけど……。あー、閉めちゃったよなぁ警備員さんも。時間が時間だし」

「うぅ……私が入った時は開いたのですが……。……ん?」

 

 薫ちゃんは何かに気付いたのか自動ドアをペタペタと触り始める。

 

「薫ちゃん……?」

「結界が張られています……。恐らく、私が入ってすぐに起動したのでしょう……」

 

 結界。

 そんなもの、私にはまったく見えない。

 いつも通りのビルである。

 けど、この子が言うなら本当なのだろう。

 あんな怪物と戦っているのだから、結界ぐらい見えるものなのだろう。多分。

 

「破るのは難しい……。となれば、あいつを倒すしかありません……」

「倒せるの……?」

「先程も申し上げましたが……私は、あれを倒すためにやって参りました……」

 

 そうは言ってもこの子一人にやらせるのは……。

 仲間とかいないのだろうか……。

 あ、でも結界があって入ってこれないのか……。

 こっちも出れないみたいだしどうしよう……。

 

「……不安な気持ちも、よく分かります……。ですが、これだけは信じていただきたいのです……」

 

 薫ちゃんは私の手を取り、まっすぐ私を見つめる。

 赤い目に思わず見惚れてしまった。

 目だけでなく、人形のように綺麗な顔立ちも同性であるというのにドキドキとさせてくる魅力が溢れていた。

 

「え……その……」

「私、夜舞薫が必ず貴女をお守りいたします……。必ずや、この夜を越えて、朝を貴女に……」

 

 ドクンと心臓が強く跳ねた。

 私、青木理恵は一回り近く歳の離れた同性に、ときめいてしまったのであった。

 

 

 

 

 

「あの化神……バケグモは今宵、必ず貴女を喰らおうとしてきます……。ああいう、こだわり派の化神は特に……」

 

 ビルの中を歩きながら、薫ちゃんの説明を聞いていた。

 あの怪物は化神と言って、大昔から存在する人を食らう怪物なのだという。

 そんな化神達から人間を守るのが薫ちゃん達、オトギゾウシと呼ばれる人達らしい。

 もっといろんなことを薫ちゃんは話してくれたが、ほとんど理解は出来ていない。

 けど、理解は出来ずともこうして話してくれるだけ良かった。

 黙っていられた方が不安になるし、人の声があるというだけで心細さも和らぐ。 

 

「ここが、警備室……」

 

 今、このビルに他に人がいるとしたら警備員。

 警備員さんは無事だろうか……。

 

「失礼します……」

 

 薫ちゃんが警備室の扉を開ける。

 中には、二人の警備員さんがいるが……。

 

「やはり……」

 

 椅子に座ったまま、不自然に佇む警備員さん達。

 声をかけてみても反応なし。

 この人達も……。

 

「今は、バケグモによって支配下に置かれているようですね……。バケグモを倒せば、元通りになりますでしょう……」

「そっか……。それなら大丈夫だね!」

 

 この人達は大丈夫なんだと思うと同時に、狙いは本当に自分一人なのだと思い知らされた。

 なんで、私がこんな目に……。

 

『倒すだとぉ? このオレを……』

 

「ッ!? 理恵さん!」

「えっ……。きゃあぁぁぁ!!!!」

 

 どこからともなく現れた蜘蛛の糸が身体に巻き付き、上へと引っ張り上げられていく。

 天井とぶつかると思い、痛みを覚悟し目を瞑るが痛みはなくどこまでも上へと向かっていく。

 天井をすり抜けてる……!?

 

 

 

 

 

 

「抜かった……!」

 

 もっと警戒すべきだった。

 ここはバケグモの縄張り、奴にとっては自由自在の空間。

 息を整え終えたら仕掛けてくるのは明白。

 だが……。

 

「そちらから仕掛けてくれたおかげで、探す手間が省けました……」

 

 警備室から飛び出て非常用階段を駆け上がる。

 バケグモの気配は最上階、恐らく屋上から。

 理恵さんは釣られた魚のようにバケグモのもとへ上昇中。

 先程、理恵さんのお手を取った際に護符を袖に貼らせていただいたので位置は把握出来る。

 しかし、このまま駆け足でビルを駆け上がるのは無駄な体力消耗となる。

 それに、間に合わない可能性が高い。

 

「であれば……」

 

 懐から金属製の護符を取り出し、鉄の愛馬を召喚する。

 

「アラシレイダー!」

 

 暗闇を光が照らし、現れる紫紺のオフロードバイク。

 御守衆の技術と……私の父が、母のために造ったマイヤの相棒。

 私の住む町の険しい山林など大自然の中を走行することを想定しているため、ビルの階段なんて最近舗装された道路のようなもの。

 アラシレイダーに跨がるため、帯をほどいて着物をはだけさせる。はだけさせると言っても、中に着ている黒いライダースーツが露になり、着物はロングコートのように。

 

「修理後のリハビリです。あなたが走るには道が綺麗過ぎますが……。いきますよ、アラシレイダー」

 

【■■■】

 

 ふふっ、リハビリには足りませんか……。

 帰ったら山を思う存分走りましょう。

 

「いざ……!」

 

 アラシレイダーに身を任せ、バケグモのもとへ走り出す。

 一瞬で駆け上がってみせましょう……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 腕から垂らした糸が、リールのように巻き上げられていく。

 そして、怯えた表情の理恵が屋上のバケグモに姿を晒した。

 雲が月を隠す夜の闇にバケグモの黒い身体は溶け込んで、理恵からは闇が人の形をしているように見えていた。

 

『アァ……今度は邪魔者はいないぜ……』

 

「ひっ……」

 

 吐息を漏らし、興奮気味なバケグモのテノールが囁く。

 食に人間の性的興奮のようなものが混じるバケグモにとって、捕食とは腹を満たすだけでなく快楽を充たすものでもあった。

 

『食べ頃、食べ頃なんだお前は……。他の奴等にはこれが分からんのだ……』

 

「た、食べ頃なんかじゃないわよ!」

 

『だからな、他の奴にも食わせてやったんだ……。そうしたら、分かる奴とやっぱり分からんという奴がいてな……。俺は分かる奴を仲間にした……。群蜘蛛党の結成だ』

 

 理恵の反論などお構い無しに己のことを語るバケグモ。

 バケグモは群蜘蛛党なる化神の一派を率いて、この一帯を縄張りとしていたのだ。

 

『だがまあ御伽装士が嗅ぎ付けてな。配下の連中はほとんどやられちまったが……。いいさ、大勢で食らうのも独り占めするのも俺は好きだぜぇ……。お前を喰らって更に力をつければあの小娘装士だって楽にひねらぁ』

 

 バケグモの長い腕が理恵を掴み上げる。

 その肉の柔らかさを確かめるように手に力を入れ、改めてその食べ頃を感じ、バケグモの口から涎が滴り落ちた。

 

「い、いや……!」

 

 拒絶の声など届かない。

 食べ物の声など、食べる者はいちいち聞かないのだから。

 バケグモの口が、理恵の首筋に迫る。

 今にもかぶりつかれてしまいそうな瞬間、屋上へと続く扉が吹き飛び、バイクのエンジン音が理恵の窮地を切り裂いた。

 

『御伽装士ッ!』

 

「理恵さん!」

 

 アラシレイダーでバケグモの横を通りすぎる瞬間、槍でバケグモの腕を払い理恵を奪還。

 薫は落ちる理恵をお姫様抱っこで受け止め、アラシレイダーを停める。

 

「アラシレイダー、理恵さんを頼みます」

 

『■■』

 

 愛車に護衛対象を任せて薫はバケグモと相対した。

 バケグモは怒髪天を衝くといった様相で殺気を全開にして薫を八つの瞳で睨み付けた。

 

『二度も俺の食事を……!』

 

「あなた方の食事を邪魔するのが、仕事ですから……」

 

『小癪なッ!!!』

 

 バケグモの腕から糸が放たれる。

 糸は槍に巻き付き、薫は踏ん張るも地力ではバケグモが圧倒的。

 

「くっ……」

 

『そおらっ!』

 

 バケグモの腕が振るわれ、薫は宙に舞う。

 そして、落下していく。

 地面は遥か遠く。

 100m以上の高さのビルから落ちて、人が助かるはずがない。

 

「薫ちゃん!」

 

 理恵の叫びが悲しく響く。

 自分を助けに来てくれた存在が、ああも簡単にやられてしまったのだから無理はない。

 

『邪魔者は消した……。アァ……食事を再開しよう……』

 

 再び理恵に迫るバケグモ。

 理恵は後退ることしか出来ない。

 もう、ここで食べられて死ぬのだと諦めかけた時、雲に隠れていた月が顔を出した。

 大きな、青い光を放つ満月────。

 

「あ……」

 

『……アァ?』

 

 理恵の表情が変わったのを見て、バケグモは訝しんだ。

 怯えから一変、奇跡を目の当たりにしたかのような表情。

 何が、彼女にそんな表情をさせているのかとバケグモは振り向いた。

 そこには、満月を背にして宙に立つ薫の姿があった。

 正確には宙に浮く槍を足場にして立っていた。

 

『アァ……てめぇ……』

 

「ふっ……。変身もしていない御伽装士に出し抜かれた気分はどうですか?」

「変身……?」

 

 薫はネックレスを外すと、ネックレスは仮面へと変化する。

 御伽装士を変身させる、怨面へと。

 蝶を思わせる葡萄色のそれで顔の半分を隠した薫はバケグモに対して挑発するような笑みを浮かべ、仮面を纏う─────。

 

「オン・ビシャテン・テン・モウカ」

 

 薫の身体に駆け巡る、血のような赤い線が紋様を描く。

 それが身体を走る時、同時に痛みも身体を巡る。

 だが、この程度の痛みは戦いの痛みに比べれば、犠牲となった人々の痛みに比べればなんてことはない。

 

「舞え、マイヤ……。変身」

 

 紫の光を放ち、無数の蝶が飛び立っていく。

 光と蝶の群れの中に立つ戦士の名は、御伽装士マイヤ。

 ボディーラインをそのまま見せつけるような装束。細身ではあるが、決して貧弱さを感じさせない、しなやかな強靭さを醸し出すは日々の鍛練の成果。

 菖蒲色や紫紺、滅紫など紫をメインカラーとするは高貴なる血統を示す。

 全身からはラメが施されたように、光を反射する。さながら、その身は夜空のようであった。

 

「綺麗……」

 

「御伽装士マイヤ……。化神を滅す、夜の蝶でございます……」

 

『抜かせ……! アァッ!!!』

 

 バケグモの背中に生える八本の脚が合体し、巨大な鏃のような形状となりマイヤを串刺しにせんと迫る。

 だが、この程度の攻撃は造作もない。

 足場としていた槍を回し、穂先をバケグモへと向けると同時に蹴り飛ばす。

 闇を翔る深紅の光となって、槍は鏃とぶつかりあった。

 

『ぬおおッ!? 力負けした……!?』

 

 槍と鏃が拮抗することはなかった。

 衝突の瞬間、鏃は崩れてもとの八本の脚へと戻り、バケグモは体勢を崩した。

 それは、隙である。

 槍を手にしたマイヤが駆ける。

 近付くマイヤを迎撃すると八本の脚がそれぞれ襲い来るがマイヤはあくまでも冷静に対処していく。

 回避し、受け流し、間合を詰める。

 

『ァァァ……ハアッ!』

 

「ッ!?」

 

 バケグモの口から吐き出された糸が広がり、蜘蛛の巣となりマイヤを捕縛した。

 なんとか逃れようと踠くマイヤだが、強力な粘着力を誇るバケグモの巣から逃れることは出来ない。

  

「薫ちゃん!」

 

『ハア……。蝶々なんざ蜘蛛に殺られるのが常識なんだよ!』

 

 バケグモの手刀に貫かれるマイヤ。

 飛び散る鮮血。

 理恵はその光景に言葉を失うが、バケグモはその手応えに違和感を覚えた。

 人間を貫いた感触では、ないと。

 それに気付いた瞬間、マイヤは無数の蝶へと変わる。

 

「退魔覆滅技法 蝶絶怒涛」

 

 バケグモに群がる蝶が爆ぜて、夜を一瞬照らす。 

 炎に包まれるバケグモの右腕は失われていた。マイヤの虚像を貫いた腕は最も蝶が集まっていた場所。

 爆発の威力が一番大きく、肘から先を失くすことになったのだった。

 

「蝶々は蜘蛛に……なんでしたか?」

 

『き、貴様ァ……!』

 

 ゆらりと、陽炎のように姿を表したマイヤはバケグモを煽る。

 確実に倒したと思った相手がピンピンとしているだけでも苛立ちは募るというのに、そんなことを言われてはバケグモの堪忍袋の緒は切れるというもの。

 

『小娘御伽装士ごときにィ!!!!』

 

 八本の脚を再び駆使してマイヤを殺そうとするバケグモだが、ペースは完全にマイヤが支配していた。

 怒りに任せた攻撃は単調。

 マイヤは全てを見切って、尽くを避けてみせた。

 

「蝶は蝶でも、化神を滅する夜の蝶……。ゆらり、ふわりと舞い飛んで……」

 

『当たらねぇ!? ガッ!?!?』

 

「懐に入り込むので、ございます……」

 

 攻撃を掻い潜り、バケグモの間合の内側に入ったマイヤの掌底がバケグモの胸を穿った。

 身体の内側に響く攻撃に、バケグモは苦しむ。

 

「それから……特別に教えて差し上げます。小娘御伽装士と仰いましたが……。俺は男だ。オラァッ!!!」

 

 マイヤの纏う雰囲気が変わる。

 掴めない、幻のような儚さと美しさを持つ戦姫から雄々しく、勇猛に闘う戦士へと。

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラァッ!!!!!!」

 

 激しい殴打の嵐にバケグモは吹き飛ぶ。

 転落していくバケグモであったが、ここにきて逆に冷静になっていた。

 左腕のリールから糸を伸ばし、道路を挟んで向こうのビルへと移動する。

 

(一旦撤退だ……。忌まわしいが美学を捨て、そこらにいる人間を喰らって力を高めればあの蝶野郎をぶち殺せる!)

 

「……とか考えてるんだろうな。だが、()()()()だ」

 

 厄除の槍を構えるマイヤ。

 その周囲には無数の蝶が舞い、力を解放させていく。

 力は風を起こし、熱を発し、魔を断つ技を繰り出す。

 

「退魔覆滅技法……!」

 

 助走をつけ、跳躍するマイヤ。

 マイヤを追うように蝶達も舞い上がり、その夜は幻想となる。

 マイヤの瞳はバケグモを貫き、渾身の力で槍は放たれる────!

 

「─────翔槍蝶閃ッ!」

 

 蝶は光となって槍を彩る。

 紫光を纏う槍は残像を描いて魔へと一直線。

 宵闇に翔る一筋の光芒が、バケグモを射抜いた。

 

『おのぉれぇぇぇぇ!!!!!!』

 

 断末魔は爆発が掻き消し、怨恨は届かず燃え消える。

 化神バケグモ、滅────。

 

 

 

 

「はぁ……。終わった」

  

 そう呟いた彼女、いや彼の手に槍が一人でに帰ってくると、幻影のようにそれは消え去った。

 そして、彼の変身も解かれる……。

 

「あっつ~。やっぱこっちは夜も暑いんだな。岩手とは大違いだ」

 

 熱帯夜に愚痴を溢すと彼は、脱いだ。

 脱いだ!?

 インナーを脱ぎ捨て着物をはだけさせた彼の背中は、確かに男の子のそれだった。

 少しばかり傷痕も見受けられる。

 こんな戦いの中でついた傷だろうか……。

 

「ジロジロ見んな、変態」

 

 背中越しに彼は言った。

 いやいや……!

 

「変態って! 私がいるのに脱いだのは君でしょ!」

「いいだろ別に上裸になるぐらい。それをずっとジロジロと見る方がどうかと思うぜ」

 

 そう言いながら私と向かい合った彼の身体は、よく鍛えられて引き締まったものだった。

 表情もキリッとしたような感じで、さっきまでのお淑やかな感じとは真逆な感じ。

 本当に、男の子なんだ……。

 

「えと、その……。二重人格、的な?」

「いいえ……。それは違います……」

「切り替わった!?」

 

 突然、雰囲気が変わってさっきまでと同じ、おっとりとしたお嬢様らしい口調と顔立ちに。

 いきなり変わるものだからビックリしたけど、二重人格ということは否定されてしまった。

 一体どういうことなのだろうか?

 

「私は……。男として生まれましたが、こうして女として生きねばならぬ運命にかつてありました……。なので、男ということを忘れぬために男らしい口調などを学びました……」

 

 参考文献が気になる。

 閑話休題。

 

「けれど……女として在るのも嫌というわけでもなく……。お洒落は好きですから……。なので、私は……夜舞薫であろうと……そう思ったのです……」

 

 ……この子とは数十分の付き合いだけれど、この子の説明も正直理解は出来ていないけれど分かったことは一つ。

 この子は、強い。

 戦いもそうだったけれど、なにより心が強いと私は感じた。

 女でもあり、男でもあり……。

 それはきっと私なんかじゃ想像もつかないような苦しいこともあったはずだ。

 けど、それでもこの子は自分は自分だと、言って魅せた……。

 

「初対面の人にここまで話すのは二度目でございます……。私、理恵さんのことを気に入ってしまったようです……」

「えっ……その……」

「……ふふ。可愛らしい反応を、するのですね……」

「と、歳上をからかうな!」

「あはは。悪い悪い……楽しい夜だったぜ」

 

 また突然、男女を切り替えるものだから心臓が跳ねた。

 そう、この鼓動は驚きから出たものなのだから……。

 

「ねえ、また会える……?」

 

 口が、勝手にそんな音声を再生していた。

 駄目だと頭は言っているのに。

 そして、駄目なのだと、二度目はないと心は感じているのに。

 

「化神はいつどこで現れるか分からない……。ただ、化神に遭うのは通り魔に遭うようなもんだから、二度目はなかなかないな。それに……」

 

 彼は、人差し指を立てる。

 視線が、奪われる。

 

()()()()()()()

 

 その言葉と共に、私の意識はパチンと照明を消したかのように遠くなり────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目覚めたら、病院にいた。

 なんでも過労で倒れたらしい。

 そうしたら勤め先のビルでガス爆発だか火事だかなんだか分からないけれど大変なことが起こっていたらしい。

 そんな現場に倒れていたのでその被害にあったのかと思われたが、全く別の被害にあっていたことが判明。

 課長も別の病院に入院してると、見舞いに来た冴子が教えてくれた。

 

「いやー運が良いんだか悪いんだか」

「悪いでしょどう見たって……」

「まあ、生きてるだけラッキーってことで。怪我もないみたいだし」

「はあ……。ところで、朝イチで見舞いに来るってことは合コン駄目だったんだ」

「うっせ」

 

 それにしても……。

 どこか、夢というかなんというか……。

 現実ではない現実の中に、いたような気がする……。

 

「あ、ちょうちょ」

 

 冴子が指を指す。

 窓際に止まった、一匹の紫色の蝶。

 綺麗……。

 

「あっ……」

 

 思わず、手を伸ばすと蝶は飛び去ってしまった。

 まあ、そんなものだろう。

 

「なんか珍しい蝶だったね。都会にはいないような」

「うん……」

 

 蝶が飛び去った空を見上げる。

 蝶の姿は見えなくなっていた。

 空の青にとけてしまったのだろうか。

 ただ、きっともうあの蝶とは出会えないだろうと、妙な寂しさを私は胸にしまいこんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東京駅。

 その者の周りだけ、タイムスリップしたような感覚に陥るほどに和服が似合い過ぎる者がいた。

 そんな時代に逆行した姿でも、最新機種のスマートフォンを操り電話をかけている姿は現代人である。

 

「もしもし……。真姫ですか……。ええ、無事、仕事は終えました。報告も終えて、これから新幹線に乗るところです……」

 

『四日間お疲れ様でした薫様。こちらは化神の出現もなく平和です』

 

「そうですか……。咲希と勝人は?」

 

『勝人は先々代から座学を受けていましたが……』

 

「怒られてましたか?」

 

『……その、はい。薫様の時と比べると優しいものですが』

 

 光景が容易に浮かぶ。

 あの子は座学は苦手だろうと思っていましたが……。

 

『咲希は……薫様に会いたいと、私にだる絡みを……』

 

「あらあら……。これは、帰ったら大変そうですね……」

 

 送り出す時は気丈に振る舞っていたというのに。

 寂しがりなようです……私の恋人は……。

 

「そろそろ、新幹線の時間ですので……。盛岡に着いたら、また連絡します……」

 

『分かりました。迎えの車を向かわせます。……そういえば』

 

「そういえば?」

 

『先程、中部支部から連絡がありまして……。任務ではない……いえ、半分任務のようなのですが……』

 

 珍しく歯切れの悪い真姫の話を聞くと、中部支部の御伽装士がこちらへやって来るのだという。

 ……エンラの怨面を受け渡しに。

 勝人の亡き父の形見。

 浄化の儀が必要になるという。

 

『慰安旅行も兼ねているだとかで送迎などは不要とのことでしたが……』

 

「そうでしたか……。旅行も兼ねているというなら、向こうにもご予定というものがあるかと思います。送迎が不要というならばそういたしましょう」

 

『かしこまりました。それでは、失礼いたします。道中、お気を付けてください』

 

「ええ、ありがとう。それでは」

 

 真姫との通話を終えてホームへ。

 東北新幹線。

 なかなか乗る機会がこれまでなかったので、鉄道の旅を楽しみましょう……。

 

「永春くん! この車両ですよ!」

「ま、待ってよ沙夜さん……!」

 

 ふと、そんな若い声がホームに響く。

 同年代、でしょうか。

 号車は違いますが、同じ新幹線に乗るようです。

 初々しいカップルのようで、見ているとほんわかとした気持ちになり……。

 つい、見ていたら彼氏君の方と目があってしまいました。

 会釈して、私は新幹線に乗り込み座席につくと一言……。

 

「私も、人のことは言えないようです……」

 

 早く帰って皆に……咲希に会いたいと、胸が弾む。

 ゆっくりと、車窓の景色が動いていく。

 流れ行く景色は次第に速さを増していき、東京の街を離れていく。

 さあ、帰りましょう……私の町へ……。

 





遠き地より来るは英雄。
今、二つの怨面。二人の戦士が交差する。

次回「邂逅」

夜に舞え、白き鴉。
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