仮面ライダービャクア外伝 仮面ライダーマイヤ   作:大ちゃんネオ

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逆鱗

 ほんのりとやませが立ち込める早朝。

 車通りのほとんどない国道に、金髪の二人。

 愛車であるハーレーに似た大型バイクに跨がり、旅立とうとする竜を樹羅が見送りに来ていた。

 

「見送りならいいっつったろ。また戻ってくるつもりだし」

「別に見送りとかそんな殊勝なもんじゃねぇし。釘差しに来たんだ」

「釘ぃ? お前、親に釘を差そうだなんて偉くなったなぁ」

 

 竜の大きな手が、樹羅の頭の上に置かれる。

 わしゃわしゃとその手が動き、金色の髪を撫で回す。少し恥ずかしそうにされるがままでいた樹羅だったが、やがて気恥ずかしさが勝り、そっとその手を除けた。

 

「うっせ。とにかく差させろ釘。まず女遊びすんじゃねぇぞ」

「嫌だね。つうかそもそも遊びじゃねぇ。俺は真面目に、真剣に、必死に、一生懸命に、いろんな女性と関係を持ってるだけだ」

「それを女遊びって言うんだよバカ親父!」

 

 己が父の悪癖を彼女はよく理解していた。

 総本山付きの御伽装士として全国津々浦々を巡る父に同行すれば嫌でも鼻につくのだ。

 任務で訪れた地で出来る、父と懇ろな関係の女というものを。

 三葉竜は顔が良く、スタイルも良く、身体はしっかりと鍛えられ実年齢よりだいぶ若く見られる。それでいてトーク力もあり、明朗な性格。

 外見、内面共にモテる男のそれが備わっていた。

 ゆえに、女の匂いが絶えたことはない。

 しかし、あくまで匂いだけ。匂いだけなのだ。

 

「あいあい。程々にしてやっからよ」

「程々じゃない。やめろっつってんの。てか、所帯持てよいい加減。オレは別に気にしねぇし、そういうの」

「樹羅……。よぅし分かった! 帰って来る時は嫁さん連れてくっからよ! じゃあな!」

「あ! おい待てよ話はまだ!」

 

 走り出すバイク。

 樹羅に向けて、振り返ることなく手を振る竜の姿はどんどん小さくなっていき、あっという間に見えなくなってしまった。

 

「んだよ、逃げやがって」

 

 まだ色々と言うことはあったのにと不満げに呟く樹羅の顔には、怒りだけでなく寂しさも含まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏休みが、終わってしまった。

 絶望。

 絶望だ。

 なんでこんな、こんな……。

 

「なんでお盆明けてすぐ夏休みが終わるわけ~!?」

 

 通学路に私の叫びが木霊する。

 お盆の帰省ラッシュによって、民宿を営む我が家は慌ただしかった。

 その忙しいのも一段落してまたちょっと休める……と思ったらすぐに学校が始まってしまったのだ。

 なんだか全然休めた気がしない。

 そもそも、夏休みが短すぎる。

 もっと八月下旬ぐらいまであるものでしょ普通。

 

「まあまあ……。代わりに冬休みがちょっと長いので……」

「そうなの?」

「はい……。雪の影響だとか冬のせいで、東北の冬休みは他の地域よりも長いのです。そのため、夏休みが少々短くなっております」

 

 なるほど、そんな事情が。

 冬休み早く来ないかな~。

 

「もう、お休みのことばかり。学校も楽しいですよ? 秋には文化祭がありますし」

「文化祭! 屋台とか色々出来るよね!」

「そうですね……。そのあたり、そろそろ決めなきゃいけない時期ですから、ホームルームで話し合われるかと」

 

 文化祭の話をしながら教室へ。

 夏休み明けで久しぶりに会うクラスメイト達と挨拶しながら席につく。

 うわ、佐々木くん黒っ。

 日焼けすごいな~。

 え、遠藤くんのその髪型は一体……?

 夏の魔物に唆されちゃった?

 三宅さんもなんか垢抜けちゃってる。

 みんなそれぞれの夏を過ごしたようだ。

 

「ふふ、皆さん夏休みを楽しまれたようで……」

「被災地とかなっちゃってるのにね」

「楽しむ余裕が出てきたということは、良いことでございます」

「そうだね。立ち直りが早いって良いことだよね!」

  

 瓦礫の撤去作業も進んでいる。

 着実にこの町の復興が進んでいることは、登校途中の景色で感じ取っていた。

 

「でもでもさ~咲希っぺ、夜舞さ~ん」

 

 いきなり後ろから抱きつかれ、悲しそうな声が。

 自称岩手ギャル代表の飛沢さんだ。

 

「蝶祭りやっぱり今年はないん?」

 

 蝶祭りとは毎年、夜舞神社で行われるお祭りのこと。

 今年はバケゲンブのゴタゴタで行われていないので、私もまだ参加したことはない。

 

「そうですね……。観光協会の方々も、祭りの実行委員会の方も今年は中止と……」

「え~! お祭りないなんてつまんないじゃ~ん!」

「気持ちは分かりますが……」

 

 ギャルの攻撃にたじたじな薫。

 これはまた珍しい光景なのでしばらく見ていようと口を挟まずにいたら予鈴が鳴り、飛沢さんは席に戻り、担任が教室に入ってきた。

 夏休み明けによく聞くような挨拶をした後、また別の話題を切り出した。

 転校生。

 転校生というワードが教室中で囁かれる。

 

「転校生って、まさか」

 

 そのまさかだった。

 目立つ金髪に長身。

 

「……三葉樹羅だ」

 

 ぶっきらぼうに言い放った彼女は先日現れた私の仇敵。

 三葉樹羅。

 薫の幼馴染みにして駆け出し御伽装士。

 意識せざるを得ない相手……!

 むむむ~!と目力をこめて彼女を見つめていると隣の薫が小さく二の腕をつついてきた。

 

「なに?」

「実は、今朝樹羅ちゃん学ランで登校しようとしまして……」

「マジ?」

「マジでございます。真姫が女子の制服を無理矢理着せて、朝は少々慌ただしく……」

 

 自分を男と言い張って憚らない彼女だが、まさか制服まで男物にしようとするなんて。

 いや、すぐ隣に女子の制服を着こなす私の彼氏がいるのだが……。

 

「はーい。それじゃあ、三葉さんも入ったし夏休み明けたしで……席替えやりまーす」

 

 え!?

 席替え!?

 やだやだ反対!

 薫が隣にいる今の環境のままがいいです先生!

 しかし、席替え反対派など少数というか私だけというか。

 いや、薫もきっと私と同じように思ってくれてるはず……!

 

「席替え……。次はどこになるか、楽しみですね咲希」

 

 駄目だったー。

 席替え楽しみにしてるぜ私の彼氏……!

 樹羅ちゃんもきっと狙っている。薫の隣を……!

 ええい、こうなったら次も薫の隣を引くのみ!!!

 加藤咲希、女の意地を見せる時!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見事に、端に散りましたね」

 

 昼休み。

 椅子を持ってきて薫の席でお弁当を食べる。

 薫は窓側の一番前。

 私は廊下側の一番前。

 そして……。

 

「なんで後ろなんだよ……」

 

 樹羅ちゃんは窓側の一番後ろの席になっていた。

 

「樹羅ちゃんは大きいですから、ちょうどいいと思います」

 

 彼女は薫の後ろの席を借りて購買のパンを食べていた。  

 

「むー」

「……なんだよ今朝から睨み付けてきやがって。言いたいことあるなら言えよ」

 

 バレてたか。

 まあいい。

 

「それじゃあ言わせてもらいますけど、薫にあんまり近付かないでもらえますー? 不良が感染しますぅ」

「あぁん!? お前こそ都会のきったねぇ空気の臭いが薫につくからどっか行きやがれ」

「二人共」

 

 ぴしゃりと、薫の声が響いた。

 

「お食事中は静かに」

「はーい……」

「あ、ああ……」 

 

 互いに、お前のせいで叱られたという視線を向ける。

 ああもう本当になんなの!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰りは薫のお屋敷へ。

 樹羅ちゃんもここに住んでいるので必然的に三人で帰ることに。

 

「お前、薫んちに行って何すんだよ」

「別に~? なにもありませんけど~」

「用がないなら自分の家に帰りやがれ」

「用がなくても薫の家に行くくらいの深い仲なんですぅ。婚約者なので!」

 

 もう家の人達にも伝えてある。

 色々と心配されたけど、親公認の仲ということになりまして。

 えへへ。

 えへへ。

 

「なにニヤついてんだ気持ち悪い」

「幸せを感じてるんですよ。それが分からん人とは悲しいね~」

「無性に殴りてぇ……!」

「駄目ですよ樹羅ちゃん。御伽装士が人に手を上げるなど」

 

 そうだそうだ!

 こっちは一般人だぞ!

 身長160cm、体重5……49kgの一般人!

 15cmもでかい奴に殴られたらヤバいもん!

 

「う……。わ、分かってるって!」

 

 やはり、樹羅ちゃんは薫に弱い。

 私にも弱くなってくれると助かる。

 

「ただいまー!」

「なんでお前がただいまなんだよ」

「まあまあ、咲希の家でもありますよ」

「薫公認!」

 

 えっへんと胸を張る。

 そのままお屋敷の薫の部屋へ……。

 そう思っていたら、私達より早く帰宅していた真姫さんが急ぎの様子で私達のもとへ。

 

「薫様、お帰りのところ申し訳ございません。たった今、化神出現の報が」

 

 化神。

 その言葉を聞いた薫の目が細められた。

 雰囲気が変わったのが分かる。

 仕事モード、戦闘モードのいわゆる男口調薫だ。

 

「場所は」

「茂師海岸近辺と」

「分かった。アラシレイダーを出してくれ」

「はっ。既に表に出すように指示が出ています」

「よし……。咲希、悪いが……」

「うん、分かってる。気を付けてね」

「ああ。行くぞ、樹羅」

「お、おう……」

 

 薫は真姫さんと樹羅ちゃんを引き連れて仕事へ。

 お見送りしなくちゃ!

 玄関を出ると、制服のままアラシレイダーに跨がる薫が。

 樹羅ちゃんは平装士の方が運転する車で行くみたい。

 

「いってらっしゃい!」

「ああ。行ってくる」

 

 私にそう返すとフルフェイスヘルメットのゴーグルをつけて、アラシレイダーで走り去る。

 さて、それじゃあ私は待つとしますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒い砂浜を、一心不乱に走る釣り人がいた。

 その顔は恐怖が滲み、とにかく必死に走っていた。

 

「はあ……はあ……!」

 

『待、て……』

 

 宙に浮き、すうと優雅に泳ぐように男を追う異形は毒々しい赤や紫に彩られ、身体のあちこちから長い花弁のようにも見える鰭を生やしていた。

 異形の名は、化神バケカサゴ。

 

『撃、つ……』

 

 バケカサゴは右腕を男へ向けると、前腕に生える鰭もまた男に向く。鰭は針のように変化し、射出。

 真っ直ぐ、男を貫こうとする針。 

 だが、届かない。

 

「はっ!」

 

 バイクの駆動音。

 男の前に躍り出る蝶の仮面を纏いしライダー。

 そのライダーが持つ槍により、針は弾かれ波打ち際に突き刺さった。

 

「ひっ……!」

「お早く、お逃げ下さい」

 

 新たな異形の登場に恐れ戦く男だったが、逃げろという言葉をそれが発したので、自身を追いかけていたあの異形とは別の存在だと確信し、再び駆け出した。

 

『御伽、装士……』

 

 バイクから降りたライダーを見て、バケカサゴは呟く。

 

「ええ、御伽装士マイヤ。あなた方、化神を滅する夜の蝶でございます……」

 

 緩やかにお辞儀をして名乗るマイヤは、即座に戦闘速度へと至る。

 厄除の槍と共に紫紅の閃光となり駆けるマイヤ。 

 バケカサゴを一撃で貫くつもりでいたが、ふわりと舞い泳ぐように浮遊するバケカサゴの不規則な動きで回避される。

 

『邪魔、するな……』

 

「妙な動き……。ですが、見定めれば」

  

 バケカサゴはマイヤの周囲を遊泳する。

 近付き、遠ざかり、後方、前方、右、左とルートは不規則。

 並の御伽装士であれば、そのトリッキーな動きに翻弄されるだろう。

 しかしマイヤは、夜舞薫は冷静であった。 

 下手に動くことはせず、集中を保つ。

 一見隙があるように見えるが、考えなしに動き回る方がバケカサゴにつけ入る隙を与えてしまう。

 動かず、全方位を警戒し、攻撃してきたならば逆にこちらの槍がお前を貫くぞと無言の圧力がバケカサゴにかけられていた。

 

「薫! オレも行く!」

 

 少し遅れて到着した樹羅が鱗牙の怨面を手にして戦場に立つ。

 

「オン・バサラ・ソウシン・ソワカ! 唸れ、リンガ!」

  

 樹羅の身体に走る赤い線は鱗を描くよう。その紋様を浮かべる苦痛に樹羅は顔を歪めるが、叫ぶは戦士としての姿を呼び覚ます言葉。

 

「変身ッ!」

 

 ボンッ! と衝撃と熱波が周囲に走る。

 緑炎を振り払い、バケカサゴへと向けて御伽装士リンガが駆ける。

 

「たあぁぁぁっ!」

 

 砂を蹴って跳躍。

 ゆらりと浮くバケカサゴへと向けて飛び掛かる。

 だが、リンガは手は空を切る。

 

「ッ!? なん!?」

「樹羅ちゃん、落ち着いて」

「くそ……!」

 

 マイヤの声は届かない。

 目の前の敵ばかりがリンガの目に映る。

 己を嘲笑うかのように優雅に、怪しく、移ろっている。

 

「こいつ!」

「樹羅ちゃん待って! 平装士の皆さんは人払いを迅速に!」

 

 猛るリンガを制止しつつ、平装士へと指示を飛ばすマイヤ。

 若い平装士達は急ぎ人払いの術をかけ始める。一方、リンガは止まらない。

 

「化神は……化神はぶっ殺す!!!」

 

 怒りが戦意を、殺意を膨張させる。

 化神は樹羅にとって、実の両親の仇なのだ。

 化神を前にすると、常に脳裏に浮かぶのは両親が殺された瞬間。首筋からシャワーのように血飛沫が出て、倒れる二人の人間。およそ、幼子が見ていい光景ではない。

 だが、樹羅は見てしまったのだ。

 そして記憶は焼きついて、樹羅の身を焦がす。

 

「はぁ……はぁ……! らぁッ!!!」

 

『無駄、だ……』

 

 リンガの膂力を利用し、跳びかかる戦法。だが、バケカサゴの不規則な動きに翻弄され、ついていくことが出来ない。

 それが焦りを生み、リンガは平静を欠いていく。

 

『弱いな、お前……』

 

「樹羅ちゃん落ち着いて! 下がっていてください、こいつは私が……」

 

 マイヤはリンガと息を合わせられないでいた。

 薫ならば、無理矢理合わせられなくもないのだが、リンガの呼吸、戦闘のリズムが乱れているため無理に合わせたらそこに隙が生じてしまう。

 

「ッ……あぁぁ!!! 逆鱗咆哮!」

「ッ!? 樹羅ちゃん!」

 

 リンガは胸の前で両腕を交差させ、解き放つ。

 逆鱗咆哮。

 それは、リンガに備えられた固有能力。

 リンガの高い身体能力、攻撃力を向上させる術である。

 鱗を模した装甲が逆立ち、全身が剣山のように鋭利で攻撃的な姿となる。

 

「あぁ……あぁ……ああああッ!!!!!!」

 

 砂を蹴り、再びバケカサゴへと飛び掛かる。

 

『同じ、ことを……。ッ!?』

 

 バケカサゴには通用しなかった戦法。バケカサゴ自身もそれは見切ったと先程と同じように回避する自信があった。

 しかし、バケカサゴは驚愕する。

 先のリンガとはスピードがまるで違うことに。

 

「あぁッ!!!」

 

 リンガの両手がバケカサゴを掴み、押し倒す。鋭い爪がバケカサゴの両肩に食い込み、ダメージを与える。

 黒い砂の上に共に転がったリンガとバケカサゴはその身を縺れ合い、砂を撒き散らしながら荒々しい肉弾戦に興じた。

 

「うあぁぁッ!!!」

 

『こいつ、獣か……!』

 

「樹羅ちゃん!」 

 

 リンガの戦いは、人のものではなかった。獣の戦い。

 華麗な技なんてものはない。力による蹂躙。生命の原初、本能にのみ動く。

 転がるバケカサゴの上に跨がったリンガは爪による引っ掻き、拳の殴打、暴力の嵐がバケカサゴを襲う。

 

『あれを、使う、か……』

 

 そんな嵐の中にいても、バケカサゴは変わらない様子でいた。

 

「バケカサゴの様子がおかしい……。樹羅ちゃん離れて!」

 

 急速に高まるバケカサゴの気配に危険を察知したマイヤが叫ぶ。

 だが、リンガは暴力に支配されている。マイヤの声が、届かない。

 

「樹羅ちゃん! くっ……!」

 

 マイヤは駆け出す。

 多少手荒になっても、バケカサゴからリンガを遠ざけるべく。

 

『あ、あ……。飲み込んで、くれよう……』

 

「ッ!?」

 

 バケカサゴの腹部を走る曲線が怪しく蠢く。開かれようとしていた。バケカサゴの、大口が。

 そう、それは一瞬。

 これまでのゆったりとした動作とは真逆の、目で捉えることすら難しいほどの速さでリンガを丸飲みにしようとする。

 気付いた時には遅い。

 もう、リンガはバケカサゴの獲物なのだから。

 

『取った、ぞ……』

 

 バケカサゴはリンガを屠ったと確信した。

 しかし……。

 

「樹羅ちゃん!」

「っ!? かお……」

 

『む……』

 

 突き飛ばされたリンガが見たのは。

 リンガが見たのは、左肩までバケカサゴに飲み込まれたマイヤの姿。

 リンガを庇った代償にその左腕を捕食されようとしていた。

 

「か、薫ッ!?」

 

『む、違う、方か……。まあ、いい……。強い、方だ……』

 

「ぐうっ……!」

 

 怨面の下、薫の顔は苦痛に歪む。

 だが、考えることは一つ。

 化神を倒し、人を守ること。

 己の血と魂に刻まれた使命は、たとえどんな時も忘れることはない。

 

「退魔、覆滅技法……!」

 

『む……』

 

 蝶の群れを発生させ、技を繰り出そうとするマイヤに、バケカサゴは腕のヒレを針にしてマイヤに向けて放つ。

 右肩に突き刺さった針。だが、マイヤは怯まない。

 

「蝶絶怒涛……!」

 

 バケカサゴとマイヤを包む蝶の群れが爆ぜる。

 

「か……薫ぅぅぅ!!!!!」

 

 樹羅の叫びが悲しく響くと共に、逆立っていた鱗が沈む。あたかも、樹羅の感情に応じたかのよう。そんな機能はないのだが。

 

『ぐ……。相討ち、覚悟とは……』

 

 爆炎の中から飛び出てきたのは、バケカサゴであった。

 退魔の炎に身を焦がし、全身に傷を負いながらも生き延びていた。

 そして今、逃げようとしている。

 海へとゆっくり、沈み行く……。

 

「待て……! ッ……」

 

 リンガは追跡しようとするも、逆鱗咆哮を使用したことによる身体への負荷から、満足に身体を動かすことが出来なかった。

 無力感に苛まれたリンガの拳が、弱々しく砂を打った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜舞邸は緊迫した空気に包まれていた。

 薫が重傷を負ったこと、化神バケカサゴは未だに健在であるという事実。それがこの空気を生み出していた。

 平装士達によって搬送された薫は処置を施されたが意識不明のまま。

 そして、樹羅は……。

 

「ごめんなさい薫……ごめんなさい……」

 

 目を覚まさない薫。傷だらけの薫。

 薫がこうなったのは紛れもなく()()()()》のせいだ……。

 あたしが、弱かったから……。

 

「……樹羅ちゃん」

  

 襖が開けられ、夜の青を背景にしてそいつは現れた。

 

「お前……」

「隣、座っていい?」 

 

 そう訊ねこそしたけど、答える前に座りやがった。

 加藤咲希。

 薫の、大切な人。 

 心配そうに、眠り続ける薫を見つめている。

 

「……薫がこんなになるなんて、よっぽど強い化神だったんだね」

「……違う。薫なら、普通に勝ってた。けど、オレが弱かったから薫は……!」

「……そっか。樹羅ちゃんは怪我してない?」

「オレのことなんてどうでもいいだろ……! 関係ないだろ、お前には……!」

「いいから、答えてよ」

 

 真っ直ぐ、真剣な顔をしていた。

 こいつ、こんな顔出来るのか……。

 

「……オレは、怪我、してない……」

 

 勝手に、口がそう動いていた。

 

「そっか。よかった」

「良くねぇ……。良くねぇよ! あたしの代わりに薫がこんなになって! 化神にも逃げられて……!」

「うん。薫が樹羅ちゃんを守った。だから、樹羅ちゃんの身になんともなくて良かった。これで樹羅ちゃんまで怪我してたら、薫が悲しむから」

 

 薫、が……。

 

「……なんで、あたしを守ったりなんて……」

「薫が薫だからだよ。それに、樹羅ちゃんは薫にとって大切な人だし余計に守りたくなっちゃうんだよ」

 

 あたしが、薫の大切な人……?

 守りたくなる……?

 気が付くと、自嘲気味に鼻で笑っていた。

 

「薫を守りたくて、御伽装士になったのに……。結局まだ薫に守られてんだな、あたしは……」

「薫を、守りたくて……?」

「小さい時、あたしはいっつも薫に守ってもらってた。泣き虫だったあたしを励まして、笑わせてくれたりして………。だけど、薫の母さんが亡くなってから毎日隠れて一人で泣いてて、あたしにはそれを見せないようにしてて……。だから、御伽装士になって薫を守れるようになりたいって……」

 

 薫の父さんがいなくなって、ばあさんから厳しい修行をつけられて、男なのに女として生きなければいけなくなって……。

 薫の周りにはまるで味方がいないみたいだった。

 だから、あたしが薫の味方になろうって決めた。薫が女になるならあたしは男として生きようと決めた。そうすれば、薫に寄り添えると思ったから。

 なのに親父が任務にあたしを連れ回すようになって、薫と会えなくなって……。それでも、いつか薫と再会して薫を守るんだって、頑張って修行してようやくその夢が叶ったって思った矢先にこれ。

 

「……そっか。うん、じゃあ薫のこと守ってよ」

「え……」

「私、御伽装士じゃないし、ここの人達みたいに戦えるわけじゃないから、薫に守られっぱなし。薫の帰りを待つしか出来ないから。だから、守ってよ薫のこと。みんなのこと」

 

 青い夜の中、薫がこいつの事を好きになった理由が分かった気がした。

 素直過ぎる。

 あたしが逆の立場だったら、こんな風に言えない。

 多分、キレ散らかすと思う。糾弾すると思う。

 こいつにはその権利があるってのに、こいつは……。

 

「樹羅、ここにいたか」

 

 再び襖が開かれる。真姫姉さんがバケカサゴ再出現の報を伝えてくれた。

 

「うちの者に囮になってもらった。手負いなら、傷を癒したいから人を狙うだろうとな。……行けるか」

 

 行けるか。

 その言葉が、突き刺さる。

 自分ではあいつを倒せないという事実がのしかかってくる。

 だけど……。

 

「樹羅ちゃん」

 

 真っ直ぐと見つめてくる瞳は、三葉樹羅のことを信じていた。

 ああ、いけない。

 こんなのに見つめられたら、勝たなきゃいけないって思わされてしまうから。

 

「ああッ!」

 

 待ってろ化神。

 このオレが、必ず倒す。

 薫の分まで、戦ってやる……!

 

 

 

 

「……ああ言ったが、新人にはキツイ相手だ」

 

 樹羅が駆け出していった後、残された二人。

 真姫は淡々と事実を口にしていた。

 

「樹羅ちゃん……」

「……大丈夫だ」

「薫っ!」

 

 目を覚ました薫が痛む身体を無理矢理起こした。

 咲希と真姫が心配そうに見つめ、制止したが聞かなかった。

 

「真姫、着替えを持ってきてくれ……」

「薫様、まさか戦いに行かれるおつもりですか!」

「ああ、御伽装士だからな……。樹羅だけじゃキツイんだろ」

「それは……」

「でもでも怪我人が行く方がヤバいよ! 毒も回ってたって聞いたよ!」

 

 心配する咲希の言葉に薫は得意気な笑みを浮かべる。

 薫には勝算があるのだ。たとえ自分が負傷していようとも、問題のない。

 

「大丈夫だ。俺にはあれがある。……もう少しだけ、力を取り戻すのに時間がいるが」

「あれ? あれってなに薫」

「……かしこまりました。用意して参ります」

 

 真姫はあれを理解し、薫の指示に従い着物を取りに向かう。

 一人だけあれが分からない咲希の質問責めを薫は目を閉じ躱す。

 そして、開いた襖の外に浮かぶ満月を見つめた。

 

「……今夜は、いい月だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜の海は不気味だ。

 黒い水面から何かが現れてきそうで。

 北三陸の海岸線は複雑に入り組むリアス式海岸。その入り組んだ地形ゆえに、あまり人の手が入っていない場所は多い。

 そこが目標地点。

 民間人への被害を出さないための。

 

「目標地点への誘導完了! リンガはまだか!?」

 

『リン、ガ……。あれは、弱い……』

 

「誰が弱いって?」

 

 そう呟いて、崖上から飛び降りる。

 飛び降りながら、怨面を纏う。

 

「オン・バサラ・ソウシン・ソワカ……唸れ、リンガ」

 

 変身────。

 

『ッ……!?』

 

 着地点はバケカサゴ。

 着地の衝撃で土煙が舞う。バケカサゴの姿はない。

 奇襲に失敗してしまった。だが、戦いはまだここから。

 冷静に、切り換えていけ。

 飲まれるな、過去に。復讐に。

 

『何度、来ても……。同じ、こと……』

 

「いいや違うッ! ここでお前を倒す! ハアッ!!!」

 

 足場の悪い磯。だが、リンガには関係ない。

 岩と岩とを飛び交い、バケカサゴへと爪を突き立てる。

 けれど、当たらない。

 奴の妙な動き、読めない動き。幽霊みたいにのらりくらりとして、オレの攻撃が当たらない。

 だけど、それはこっちも同じだ。

 

『ぬう、外した……』

 

 バケカサゴの毒針もまた、オレに当たっていない。

 奴もオレの動きを読めていない、ついてこれていない。

 根競べと行こうか!

 互いに決定打に欠く戦い。先に集中力を切らした方が負け。

 そして、こっちは火力を上げる!

 

「逆鱗咆哮!」

 

 逆立つ鱗。溢れる神通力が身体を熱くさせる。 

 だけど、飲まれるな。熱くなるな。

 あくまでも冷静に、バケカサゴを見つめろ。

 そして、倒せ!

 

「退魔覆滅技法!」

 

 大地を蹴り、天と地が逆さになると同時に技を繰り出す。

 月光に光る爪で海面を切り裂く。そして生じる水の斬撃波。

 

飛爪森羅(ひそうしんら)ッ!」

 

 この世のものを切り裂き、斬撃波として放つ技。

 今回は水。個人的に最も刃としやすい物質である。

 

『ぐっ……!』

 

 五つの刃の内、二つがバケカサゴの腕のヒレと左肩に命中し切り裂く。

 よし!

 

「たあああッ!!!」

 

 バケカサゴへと飛び掛かり、頭部を両足で拘束し地面に倒す。

 更にバケカサゴを掴み、爪を突き刺しながら持ち上げ地面に叩きつける。叩きつける。叩きつける!

 

「しゃあッ!!!」

 

『おの、れ……!』

 

「トドメだ!」

 

 バケカサゴを投げ飛ばし、それを追い飛び上がる。

 この爪で、貫く!

 

「退魔覆滅技法! 邪貫……」

 

『かかっ、た……』

 

「しまっ……!?」

 

 ぱっくりと、開かれる大口は地獄の釜を思わせた。

 まずい、飲み込まれる……!

 そう思った瞬間、バケカサゴが吹き飛んだ。

 着地して、何が起こったかを確認すると、夜空に紅い流星。いや、あれは槍だ。厄除の槍。

 まさか……。

 槍は紅い軌跡を描いて主のもとへ戻っていく。

 オレが飛び降りた場所。そこに……。

 

「薫!?」

 

 真姫姉さんもいる。どうやら真姫姉さんがアラシレイダーを運転してきたようだけど、どうして薫が……。

 あんな怪我をしているのに。

 

『あいつ、は……』

 

「バケカサゴ、お前を討つ。今宵、月のマイヤが!」

 

 月の、マイヤ……?

 

「オン・ビシャテン・テン・モウカ! マイヤ・ボウゲツ!」

 

 薫の身体に浮かび上がる紅い紋様は蝶を模すもの。花園を飛び交う蝶の群れのようなものであるが、今回はいつもと違うものもあった。

 左右の頬から額にかけて描かれる紋様はまるで月の満ち欠けを描いているかのよう。

 そして、額には円……満月が描かれていた。

 

超/蝶変身(ちょうへんしん)────!」

 

 現れるは、語られたとおり月のマイヤ。

 全身に銀色の装甲を纏い堅牢。握り締められた拳は剛健。頭部は蝶の蛹のようでもあり、三日月のようでもある。

 あれが、マイヤ・ボウゲツ……。

 

「すう……」

 

 天に浮かぶ満月に向けて両手を伸ばす。そして、両腕で円を描いていくと月の光がマイヤ・ボウゲツのみを照らし、眩く輝きを放つ。

 神々しいとは、この事か。なんて、そんなことを思ってしまうほどに。

 

「ハッ……」

 

 飛び降りたマイヤ・ボウゲツが着地すると岩盤が捲れ上がる。

 やはり、あれはそれほど重いのか。

 まるで気にする様子もないので問題はなさそうである。

 

『手負いが、増えた、ところで……!』

 

 バケカサゴがマイヤ・ボウゲツに向けて毒針を放つ。

 マイヤ・ボウゲツは避ける素振りも見せない。

 最初こそ焦ったが、理解してしまった。

 避ける必要など、ないのだと。

 マイヤ・ボウゲツに命中した毒針は虚しく弾かれ、地に墜ちる。

 

「……」

 

『な、に……』

 

「退魔覆滅技法 月影縫(つきかげぬい)

 

 マイヤ・ボウゲツが唱えると共に銀色の蝶達が飛び立つ。

 蝶の群れはバケカサゴの影に集まり、バケカサゴの影を覆い尽くした。

 

『……ぬ!? これ、は……!』

 

 バケカサゴは焦りを覚えた。

 まるで自分の身体が動かぬことに。

 まるで抵抗が出来ない。

 なんとかして動かなければ、徐々に近付いてくるマイヤ・ボウゲツの拳の餌食になるのだと。

 

「樹羅」

「ひょい!?」

 

 突然、薫から呼び捨てで呼ばれたので変な声が出てしまった。まだ、そっちの薫に慣れていないのだ。

 

「一緒に決めるぞ」

「……! うん!」

 

 駆ける。

 薫の隣へ。同時に技を練る。

 

「「退魔覆滅技法!」」

 

邪貫爪(じゃかんそう)!」

月穿(がっせん)!」

 

 バケカサゴに爪と拳が叩き込まれ、爆散。

 ……やった。

 勝った。勝ったんだ。

 

「覆滅完了……」

 

 共に変身を解除する。嬉しさに薫に飛び付きそうになったけれど、そういえば薫は怪我人で……。怪我人で!?

 でも、変身を解いた薫はまったくの健康体っぽくて……。

 

「薫! お前、怪我は!?」

「あ? 治した」

「治した!? いや、え!?」

「マイヤ・ボウゲツには回復能力がある。特に今日みたいな月の夜は力が増すしな」

 

 そんな、力が……。

 なんというか、マイヤというか怨面って、すごい……。

 

「それより樹羅!」

「ひゃい!?」

「お前、次あんな戦いしたら俺がはっ倒すからな。覚悟しとけよ。……返事!」

「ひゃ、ひゃい!」

 

 う、うぅ……。この薫にはやっぱりあたし慣れないって……。

 

「……それと、さっきの戦いは良かったぜ。もう少し慎重にやればもっと良いがな」

「ほ、ほんと!?」

「まだまだだからな! これから徹底的に鍛え直してやる」

「う、うん!」

 

 

 

 

 なんとも、傍目から見るとどこかおかしな光景であった。

 身長差20cm。

 着物姿の少女のような少年が自分より大きく、少年のような少女を叱り、たまに褒めながら帰路につく様は。

 これを見ていた真姫は、「薫様が大型犬を調教しているようだった」と語っている。

 男であるが女の姿をしている者と女であるが男として振る舞う者。

 この奇妙な二人の物語はまだまだ先へと続いていく────。  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝。

 通学中の三人。

 

「ねえねえ樹羅ちゃん樹羅ちゃん!」

「うっせぇなぁ。ちゃん付けで呼ぶなっつの」

「お願い! 女の子っぽく振る舞って! てかそっちが素でしょ!」

「は、はぁ!? 誰から聞いたそれ!」

「……ふふ」

「あ、薫お前話したな昨日のこと!」

「口止めされませんでしたので……」

「お願い樹羅ちゃん! 私も可愛い樹羅ちゃん見たいよ~」

 

 絶対やらねぇ、絶対やらねぇと連呼し拒む樹羅であったがふと、思い付いた。

 

「……薫が、素出してくれたらいいけど……」

「え? 薫はどっちも素だよ」

「は?」

「はい……。男口調も、女口調も、どちらも、夜舞薫でございますゆえ……。そのお願いは、のーかん。で、ございます……」

「どういうことなんだよそれはぁ!? マジで10年で何があったんだよぉ!!!」

 

 樹羅の叫びが深い山々に木霊する。

 嘆く樹羅を見て、薫と咲希は楽しそうに笑う。

 それにつられて樹羅もまた、笑顔を浮かべるのであった。




旧き友の来訪。

新旧の御伽装士の出会い。

胸に秘めた思いを語るセンは……。

次回「旧友」

月影の夜に、浮かぶ想いとは。
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