仮面ライダービャクア外伝 仮面ライダーマイヤ 作:大ちゃんネオ
夜舞家先々代当主センの旧友、河南紫の来訪。紫は公式には数年前、化神との戦いで亡くなったことになっていた人物。そんな紫との再会に驚きつつも納得もしていたセンは久方ぶりの友との語らいに心を躍らせていた。
時は気が付けば夕暮れ。飯でも食べていけというセンの誘いに紫は、文無しにはありがたい誘いと遠慮することはなかった。
そして、客間に膳を並べてセンと紫。そして薫と、付き人である真姫が同席していた。
「当代のマイヤ。夜舞薫と、申します……」
「河南紫じゃ。にしても、ふむ……。いやぁ、男とは信じられんのぅ」
薫の姿を右目でまじまじと見つめ、観察する紫だったが見れば見るほどに薫の完成度の高さに驚嘆する。
「ふふ……。私も、紫様がおばあ様と同年代の方とは思えません」
「クヒヒっ! まぁの、センとは違って若々しく瑞々しいからのぉ」
「変若蓬莱の術の改良が不完全ゆえの姿だろうに。調子に乗りおって」
変若蓬莱の術。夜舞家が作り出した若返りの秘術。
そう、秘術。秘術なのだ。
門外不出とされるそれを夜舞家の人間ではない紫が知っているのには理由がある。
それは、センが紫に教えたから。
「あの、おばあ様は変若蓬莱の術を……」
「ああ、教えた」
「気軽になぁ、のう?」
うむと首を縦に振ったセンはお茶を口にした。
その気軽に、という部分が何故なのかを薫は知りたがっていたのだが。
「何故、お教えになったのです……?」
「こいつなら、別の方向から術に手を加えるかもと思ったのさ」
「ま、体よく利用されたとも言える。とはいえ、ワシもこの術には手を焼いた。完成したと思った時にはこれと同じ婆さんになってたからのぅ。それで、自分に術をかけたらこれじゃ」
手を広げ、こんなになったとジェスチャーで伝える。
紫は若返り過ぎてしまった。そして、元の姿には戻れないままでいる。
「とはいえ永続的に術を発現させることには成功している。あと少しだぞ」
「まだ改良させる気かこいつぅ!? くぅ、薫! お前はこんな鬼婆になってはならんぞ!」
「紫様……。私は、おばあさんにはなりません」
「む、そうじゃった」
薫は男だったと自分に言い聞かせながら箸で塩焼きにされた鮎の身をほぐし、口に運んでいく紫の舌鼓が打たれる。
こうして食欲のスイッチが入り、酢のもの、厚焼き玉子、三陸わかめの味噌汁、野菜の天ぷら、白飯と一気にかっ食らっていく。
その様子を薫はつい眺めてしまっていた。
この、紫のように言うなれば鬼婆とも評されるセンの前でこんな食べ方をする人物を薫は人生で見たことがなかったからだ。
大抵の場合、この空間や膳、センの威厳にあてられて緊張する人ばかりなのだが。
「若返り過ぎて行儀も忘れたのか」
「行儀なんぞ気にするような間柄じゃないじゃろワシらは。それにな、美味い飯は勢い良く食うもんじゃ。あ、あと文無しゆえ、な」
こんな飯は久しぶりだと次々と平らげていく紫の食べ方は乱暴なようでいて綺麗な食べ方で、鮎はすっかり骨だけとなっていた。
「しっかし、酒が欲しくなるのぉ」
「呑むのか? その身体で。てっきり呑めなくなってるかと思ってたが」
「失礼な。身体は子供じゃがクチは大人。熱燗を頼めるかの」
「まだ暑いのに熱燗か」
「クヒヒっ! この鮎の骨を入れて骨酒にするのじゃ」
「ほう……。真姫、頼む」
「かしこまりました」
薫の傍に侍る真姫に頼み、台所まで向かわせる。
そして、少しして……。
「それでワシが術でマイヤの火力を高めてのぉ! センの投擲も合わされば貫けんものはない!」
「私の槍だ。当然のことを」
「なんじゃその態度は! ワシあってこその技じゃろうに!」
二人は、それなりに酔っていた。
酒が入り饒舌となった二人は薫に自分達の武勇伝を聞かせ、今はどちらが強かったかを言い争っている。
「あんの百鬼夜行の時はワシの方が多く化神を滅したわ!」
「いや、私だ。第一、あの時お前は化神からいいのをもらって下がっていただろう」
「それを言うならバケグマの時はワシが死に体のお主を助けたじゃろ!」
年甲斐もなく、二人は張り合っていた。それはもう不良がメンチを切りあうように、あわやキス手前とすら言えるほど顔を近付けて、老婆と少女が言い争う光景はなんとも珍妙ではあるが、二人はれっきとした同年代。少女の頃から互いを知る者同士。気が知れた仲ゆえに出来る言い争いは険悪な雰囲気などなく、どこか楽しそうであった。
「……ふふ」
「何を笑っている薫」
「いえ……。おばあ様が、そのようにお話をされるお姿が珍しく……」
「なんじゃセン。薫とはあまり話さんのか? ……いや、いい。大体想像がついた。まったくお前は血を分けた家族にすらつんけんしおって」
「……家族であると同時に師弟だ」
「師弟である前に家族じゃぞ。そうだ薫、こいつはな、自分の旦那にすらこんな態度で……あうっ!?」
紫の額に赤い点。そこからは煙が立つほどでセンのデコピンの威力を思い知らされる。
およそ、常人が食らっていいものでない。
「センお主! 照れ隠しぐらい穏便に出来んのか!」
「照れてねぇ」
「くぅ! 薫も苦労しただろうこんな鬼婆に育てられて」
「はい」
「そこは否定するところだろう薫」
まあいいがとセンは杯を傾ける。
そうしている間に紫は薫のもとへ向かい、隣に座り込んだ。
────その小さな手に、一升瓶を持って。
「薫は酒を呑まんのか」
「はい……。16ゆえ……」
「なにを言っとる。16など二十歳になる前に酒に慣れておくため呑まねばならん歳じゃぞ」
「そうだったのですか……!?」
「薫様、ご冗談ですから。お酒は二十歳になってからです」
即座に、未成年飲酒をさせられそうになっていた主を助ける真姫。薫が飲酒するのを防ぐことは出来たが、紫の次の標的は真姫に移っていた。
真姫の顔を覗き込み、唸る紫。
そして、紫は気付いた。
「もしや……お絹の孫か!」
「なんだ、気付かなかったのか」
「いや、うむ。お絹とは雰囲気が違い過ぎてな」
「あぁ、それは分かる」
「やはり、祖母のこと……」
「もちろんじゃ。センとつるむのならその従者ともつるむということじゃからの」
お絹とは、真姫の祖母にしてセンのかつての従者である。
今は引退し、穏やかに暮らしている。
「しっかし、お絹とは本当に違うのぉ」
「そう、なのですか……?」
「うむ。お主ほど仕事が出来る感じはなかったからの」
「あの……もし、よろしければ祖母の昔のことをお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「あぁ、お絹は小柄でいつもあわあわしておったのぉ。……元気にしておるか?」
「はい。今は屋敷の庭園の手入れなどをしています」
「ほう! いや、元気そうなら何より。この歳になると旧知の奴が知らん間に死んどるなんてよくあることだからの」
年齢を考えるとそうなのだろうと思わざるを得ない。
しかし、やはり見た目のせいで頭が混乱してしまう。
「……薫様。そろそろお時間が」
「む? 何かあるのか?」
「弟子に指導を……」
「弟子! ほぉ、その歳で総本山付きだけでなく弟子もとったか! ワシの愛弟子と歳は変わらんというのに。おいセンよ、働かせ過ぎではないか?」
紫の問いかけに、センは杯を傾けることで答えた。
まったくこれだからと呆れる紫を気にも留めずセンは酒を注いでは呑むことを繰り返していた。
また、薫は紫の言葉が気になっていた。歳の近い御伽装士のことはやはり気になるのだ。
「紫様の、お弟子さん……」
「うむ。今は仙台におる。……男と一緒にな、クヒヒっ。ま、もしも任務で仙台に行くことがあればよろしく伝えておいてくれ」
「かしこまりました……」
「時間を取って悪かったな。行くがよい。あ、それとお主自身の精進も忘れてはならんぞ!」
「はい……。それでは、失礼いたします。良い夜を、お過ごしくださいませ……」
部屋を後にする薫と真姫に紫は手を振り別れの挨拶とした。
「さて、改めて呑むかの……。なにをしておる、セン」
振り返り、宴を再開と思った矢先。センが、襖を開けて縁側に立っていた。
そのセンの隣に立った紫はセンが眺めていたものに気付き、感嘆に声を漏らした。
「おお、良い月じゃ」
青い夜空に浮かぶ銀の月は満ち満ちて。
きっと、多くの人があの孤独に浮かぶ月を見上げることだろう。
「場所を変えるか」
「ふむ、月見酒じゃな」
二人は庭池を臨む縁側に腰を下ろし、酌をする。
さっきまでとは打って変わり、静かに酒と夜を味わう。
夏の終わりを感じさせる涼やかな風と虫の声が、酒に味を加える。
キリッとした辛口が、この夜に合う。
つまみはない。
月と風が酒のあて。
二人が呑む時は、大体そうであった。
「ここは変わらんな。ちっとも変わっとらん」
「変わったことといえば、人ぐらいなものだ」
「人、か……。では問うぞ。何故、薫をあのようにした」
貫くような視線で、糾弾するように紫は問いかけた。
薫……本来、男ではあるが女として振る舞い、生きている。それが紫の目には異様に見えていた。
異様、とは言っても違う目線からである。
「男マイヤが早死にする呪いとやらはお主から聞いて知っている。だが、そんな呪いを真に受けるような奴だったか、お前は」
かつてを知るからこそ、そこがおかしいと紫は感じていた。
夜舞センはそのような呪いを信じるものだろうか。
ましてや、孫の人生を大きく変えるほどのことをしてまで。
問われたセンは、静かに杯に口をつける。
そうして、月を見上げ……語り始める。
この十年間、誰にも打ち明けることのなかった思いを。
「……怖かったんだよ、私は」
「……」
「娘を喪い、遺された薫すらも失うことになるんじゃないかと……。呪いなど馬鹿馬鹿しいと、若ければ言えたんだろうが……。老いには勝てんな」
ぐいと一気に酒を飲み干すセンを横目に、紫は杯に口をつける。
なんと言葉を掛ければいいか、思案していた。
杯に浮かぶ月を見つめ、重く閉ざされそうになっていた口を動かす。
「なんとも、まあ……お主らしいといえば、らしくある」
「さっきと言っていることが違うが」
「いいから聞け。お主は不器用な奴じゃからの。そして、遺されてきた者だ。旦那にも先立たれた寡婦が一人娘にすら先立たれるなど、そのように考えても仕方あるまい」
「仕方がない? 許されることじゃない」
「そう、許されることではない。ゆえに、これからは薫としっかり向き合え。夜舞の血が流れておるのはお主ら二人しかおらぬのだから」
薫に厳しく修行を課した十年の分、薫と共に家族として暮らせ。
それが紫の言葉。
長く語ったので紫は渇いた口に酒を含ませ、センを見上げる。
「ま、薫は総本山付きでそれどころではなくなるだろうがな。お主も歳だ、いつ死ぬか分からんし。とにかく、少しでも多くの時間を薫と共にするんじゃな」
「……そんなことが、許されるのだろうか」
「阿保、さっきの薫の様子を見るに許す許さないとかそんなこと微塵も考えてはおらんだろう。鬼婆と言ったのにも楽しそうに肯定するなぞ、なによりの証拠じゃ」
もしも、薫がお前のことを嫌っているのならあのような言葉は出ないだろう。
そう付け加え、再び呑む。
「まさか、お前から家族について説かれるとは思わなかったよ」
「まあ、な……。ところでだ、センよ。変若蓬莱の術の改良、お主も出来たのではないか? 何故やらん。幻術に関しては確かにワシが一枚上手じゃが、お主だってかなりの実力、知識の持ち主だろうに」
「別に、お前ほどの理由がなかったのでな。それに……」
センは振り返る。振り返った先はセンの自室であり、その目は写真立てを見つめていた。古い写真、色褪せた中に穏やかな笑みを浮かべる一人の青年と若かりしセンの姿があった。
「同じ時を刻みたい人がいたからな……」
目を細めるセンの脳裏に浮かぶ人。
同じように歳を取って、死んでいくものだと思っていた。
しかし、貴方は先に行ってしまった。
だから、貴方の分まで時を刻もうと誓った。
もう少し、待っていてほしい。まだ、こちらでやるべきことがある。生きなければならない。
そしていつか、貴方のもとへ────。
「……惚気おって。さて、そろそろ行くかの」
「どこへ行く」
「決まっておろう。化神のいるところじゃ。……なあ、センよ覚えているか。月夜の誓いを」
「……ああ、覚えているよ」
月夜の誓い。
それは、かつて二人が交わした誓い。
「我等、影に生きる者」
「我等、夜に生きる者」
「然れど、闇を払う者」
「この月夜に我等は誓う」
「御伽装士ゲツエイ。月の影より人を守る者」
「御伽装士マイヤ。夜に舞いて人を守る者」
我等、人を守りし御伽装士也────。
互いの腕を交差させ杯を交わし、呑む。
杯は五分。対等な関係を示すもの。
青い夜の中、銀の月が照らす二人の姿は────かつての、若かりし頃の姿に見えた。
今はそれぞれ怨面を託し、一線は退いた身なれど、その心は、魂は変わらない。
人を守るという使命に最後まで生きるという誓い。
紫は御守衆こそ離れたが、化神から人を救うために流離う。
センは後進の育成に務め、その技術を。なにより魂を継承していく。
二人の戦いは、二人が生きていく限り続いていく────。
父に託された言葉。
強くなることの意味。
幼さゆえにまだ理解することは出来ないのか。
それとも────。
次回「弟子」
少年は男へ至る道を往く。