仮面ライダービャクア外伝 仮面ライダーマイヤ 作:大ちゃんネオ
夜の小学校。
用務員をしている50代のスキンヘッドの男性が戸締まりを確認している時のことだった。
施錠を確認した理科室から何か物音がしたと思い、再び理科室に戻るといくつかの実験器具が床に落ちているのを見つけた。
「誰かいるのか?」
次の瞬間、つけていた照明が急に消え慌てて懐中電灯をつける。
すると、目の前に人体模型が現れ……その顔が、ニタリと笑った。
そして、その背後には謎の黒い靄が。
「うわぁぁぁ!?!?」
あまりのことに用務員は腰を抜かし、気絶。
翌朝、出勤した教員が倒れている用務員を見つけたという。
「ただいまー!」
元気な声が廊下に響く。
それを聞いた女中達が優しく「おかえり」と返事をする。
女中達それぞれに挨拶を返しながら、古い木製の廊下をキィキィ言わせて走る少年は鈴木勝人。
夜舞家で面倒を見ている。生活はもちろん、御伽装士になるための修行も含めて。
与えられた部屋にランドセルを放り込み、バタバタと走って向かうはセンの自室であった。
「大師匠! 稽古つけて!」
がらりと障子を開け、快活に指導を求める勝人。であったが……。
「大師匠はやめろ。馬鹿のようだが」
センは何か書き物の最中で、札に筆を走らせている真っ最中であった。
「でも師匠の師匠なんでしょ」
「それはそうだが……。まあいい。稽古か……いいだろう」
「やった! なんの稽古? 組手? じっせんくんれん?」
「まず、私の前に座れ。正座でな」
「うん!」
まずはこれから行う稽古の説明から入るのかと勝人は姿勢を正し、正座をしセンと向き合う。
センは書き物を続けている。
「それで、どんな稽古をするの?」
「私がいいと言うまで、そこでじっとしておれ」
「えー!?」
勝人はあからさまに嫌そうに振る舞った。
じっとしている稽古なんて、そんなの稽古ではない。こんなことをしても強くなんてなれない。そう思っているからだ。
しかし、既にこの稽古は開始している。
そんなことをしてしまえば……。
「いいから、黙ってじっとしていろ」
その言葉と同時に、勝人の目の前の畳に何も書かれていない札が突き刺さる。
紙が畳に突き刺さるなど、一体どんな力が働いているのか。もし、これが自分に当たってしまったらと思うと恐怖で黙るしかなかった。
「よし。それを続けていろ。返事はしなくていい」
そしてセンは書き物を再開する。
つらつらと書き連ねていく。
勝人などそこにはいないかのように、まったく見向きもせずに。
「ねえ大師匠~。これがなんの稽古になるんだよ……」
「お前はまず落ち着きを覚えることだ。いいから、続けろ。これが出来んようでは組手も実戦訓練も出来ん」
「そんなことないって! 出来るもん!」
「出来ん」
バッサリと勝人の言葉を切り捨てるセンはやはり筆を走らせていた。
「大師匠は何してるのさ」
「護符作りだ」
センが書き、描いているものを覗き込むと勝人にはまだ形容し難い、謎の紋様のようなものだったので勝人の興味はすぐになくなった。
そうして正座もやめ、胡座をかいてセンに抗議の視線を送り続けるがセンはどこ吹く風といった様子。
「……薫、お前の師匠は、お前と同じ年の頃でもこの修行を難なくこなしていたぞ」
「師匠もやったのこれ」
「ああ。落ち着き、つまりはどのような状況でも冷静でいられる心を養う修行だ」
「……心」
「心を鍛えなければ、いずれお前が扱う力に飲み込まれることになる」
いずれ勝人が扱う力。それは、勝人の父が遺した猿羅である。
浄化の儀を執り行い、怨面に宿った父の最期の言葉を聞いた勝人は御伽装士エンラとなるべく修行を積む……つもりでいるのだが、センにしろ薫にしろ勝人が思う修行らしい修行というものを勝人に与えることはなく、化神について、怨面について、御伽装士について知識を深める座学であったり、今のように心を鍛えると座禅をやらされてばかり。
これでどうやって御伽装士になるというのだと不満が募り、限界に近付いていた。
「強くなれば心だって強くなるさ!」
そう言って勝人は部屋を飛び出した。
センは止めようとして……やめた。
あれでは何を言っても無駄であると判断したからだ。
「まったく、あれは一度痛い目に合わないと駄目な奴だな……」
本当はそんなこと、あってほしくないのだがと心の中で呟くセン。護符作りで凝り始めた肩を回し、一休みしようと台所へと向かうのであった。
そろそろ師匠が帰ってくる頃だと、門の前で座って待つ。
まだ昼間は暑いから、門の陰にいないと暑くて暑くて死んでしまいそうになる。
そこら辺にあった木の枝を持って、意味もなく振り回したりして遊びながら待っていると下の方から咲希姉の声が聞こえてきた。
相変わらず声がでかい。
「でね! この子がセンターで推しなんだけどさ、めっちゃ可愛くない!?」
「そうか? オレはこっちの髪長いのがいいと思う」
「樹羅ちゃんそういうのが好みか~。薫は?」
「……そう、ですね。咲希に敵う方は、おりません……」
「~~~っ! ちょっとやだもぅ!」
バシンといい音が響く。
「いでっっっ!? オレを叩くなオレを! あぁくそ、サラシが……」
師匠、咲希姉、樹羅姉がいつものように三人一緒に帰ってきた。
また咲希姉と樹羅姉がケンカしてる。
でも楽しそうなケンカだし仲は良さそうだから不思議だ。
「だって薫は叩けないし」
「オレは叩いていいのか、ええ?」
「……あら、勝人? 何をしているんですか、そんなところで」
「なに、出迎え?」
「ししょー! 稽古!」
「え? あぁ……そうですね。それでは、まず」
師匠は稽古つけてくれるみたいだ!
まず、まず何からするんだろう。
「やりましょうか、宿題」
空き部屋を使って四人で宿題をしている。
なんとか早く終わらせて稽古したいんだけど……。
「もっと字は丁寧に。誰が読んでも読める字を心がける。そう。ああ、書き順が違います」
こんな調子で、まったく進まない。
「書き順なんてどうでもいいじゃん」
「よくありません。書き順通りに書くことで、綺麗に字が書けるのですから」
「あ~! 宿題なんていいじゃん! なんなら学校だって別に行かなくていいじゃん! 学校行ってる時間、修行すればいいのにさ!」
ここ最近ずっと、ずっと思っていたことを言った。
学校に行く必要なんてない。
御伽装士は化神と戦ってればいいんだ。誰かに見られても記憶は消しちゃうから、御伽装士のことなんて御守衆の人以外は知らない。だから、わざわざ普通の人達と同じようなことをする必要はないと思う。
「勝人」
師匠は普段からピンとした背筋を更にピンとさせて、オレの目を見つめてくる。
師匠の赤い目に見つめられると、迫力じゃないけど吸い込まれてしまいそうと思ってしまう。
あと、こういう時は大体まじめな話をする時だ。
「いいですか勝人。確かに私達は勝人の言うように世間の人々とは違う世界に生きています。ですが、そんな私達が守るのはその世間の人々なのです。化神のことなど知らない、平和に生きる人々です。そんな方々が生きる世界に紛れて活動するのが御伽装士。ゆえに私達は知らなければならないのです。世間、社会というものを」
……師匠の話は、よく分からなかった。
師匠の話す、大切なことは難しいことばっかり。いつか、分かるようになるのかな。
「まだ勝人には難しいですね。……ああ、それともうひとつ。私達が守るべきものを知ることは大事なことです。だからまずは、学校にしっかり行ってくださいね」
「……まもるべきものを知るのに学校に行けって、先生が教えてくれるってこと?」
「ふふ、そうですね。先生も、クラスのお友達も、皆さんが勝人に教えてくださいますよ」
楽しそうに笑う師匠。オレには何もかもがさっぱりだ。
置いてきぼりにされてる気分だ。
このあとも結局、宿題のあとはご飯食べて風呂に入れられて化神についての座学をちょろっとやって一日が終わってしまった。
就寝前の僅かな時間が心の拠り所なのです。
大体は漫画を読んだり、咲希とLINEをするなど。ですが、今晩は珍しくおばあ様が部屋へやって来て。
「薫、碁でも打たんか」
久しぶりに、おばあ様から囲碁のお誘いが。
小学生の頃、おばあ様から手ほどきを受けて相手をさせられたものです。
御伽装士の修行だけでなく、囲碁まで修行させられているようで、当時の私はあまり気が進まなかったのですが今なら分かります。
あれは、おばあ様なりに私と遊んでくれていたのだと。
おばあ様の部屋で、年季の入った碁盤にこれまた年季の入った碁石を置いていく。
私が黒で、おばあ様が白。これは、当然のことではございますが。しかし、私とて成長しているのです。
「すっかり、ネット碁に打ち込んでおられるかと思っておりました」
「たまには、実物でやりたくなるものだ」
「それは、確かに」
パチ、パチと耳触りの良い盤に石を打つ音。
対局中、黙っている時間は少なくありませんから、より響いて聞こえます。
「……続けてはいんだな」
「はい。時折、文化部の先生と、対局を」
「上手いのか」
「いえ。私が、ご指導を」
「独学か」
「ええ。他に、碁を打たれる方が周りにはいなかったもので」
皆さん将棋ばかりやられて、囲碁はめっきりといった様子でございました。
高齢化の進むこの町なら、それなりに碁を打てる方がいると思っていたのですが……。
「……楓の時も、思ったものだが。勝手に成長していくものだな。子というものは」
「……ふふ。ええ、知られぬよう、隠れて成長いたしました……」
「……調子に乗って」
「ですが、勝手に成長していくためにこそ、親、師というものは不可欠かと」
一人でに成長出来るようになるためにこそ、最初こそが肝心なのだと、そう思わずにはいられないのです。
「……ふん。……ところでだが勝人のこと、どういうつもりでいるんだ」
「どういうつもり、とは」
「別に、口を出すわけじゃないが。あまり修行らしい修行をつけていないと思ってな。昼間も不満そうでいた」
……おばあ様のところにも、行っていましたか。
「痛い目見ないと分からんクチではあると思う。だが、あのぐらいの歳の子であれば、それらしく身体を動かしてやるだけで静かになると思うが」
「……そうなのでしょう。……ですが、まだ早いとも思うのです」
早い、そう思うのは一重に……。
「親心、でしょうか……」
「
ええ、そう。
親なんて、私にはまだ程遠い存在。ですが、勝人を見ていると……その将来を案じられずにはいられない。
「させたくないのか、御伽装士に」
「……いえ。勝人自身も、御伽装士を目指しておりますから……。ただ……まだ、普通の生活を送ってもいいのではないかと……」
「普通の生活、ねぇ……」
年頃の子供らしい生活を送らせてあげたい。
そう思うのは、間違っているのでしょうか。
勝人は御伽装士になるから、普通の生活なんて要らないという。
夏休み明けから通い始めた学校でも、友達はいないようで、まっすぐ家に帰ってきては友達と遊びに行くということもない。
御伽装士に、年頃らしい体験を殺されている気がしてしまって、どうにも私は……。
「そう思うのは、お前が普通の生活というのを送れなかったからか」
「……いえ、そういうわけでは」
「なら、お前が言いたいのはこうだ」
力強い一手が、盤上を打つ。
静寂を強調させる音が鳴る。やたら、響いて、吸い込まれるように消えていく気がした。
「戦いは自分達がやるから、幼いあれには戦いとは無縁で平穏な暮らしを与えたい。そういうことだろう」
「……ええ。きっと、そうなのでしょう」
「勝人に同情しているのか」
同情、なのでしょうか。
いえ、きっとそうなのでしょう。
幼くして親を亡くし、天涯孤独となった勝人。おばあ様や、家というものがあった私以上に辛い境遇でしょう。
勝人を任されてから共に暮らすうちに、私は勝人のことを守りたいと思うように……。
「薫、化神との戦いに終わりがないことは知っているだろう」
「はい……」
「人間がいる限り、穢れより化神は生まれる。これは古より変わらない。そして人は老いる。戦いたくとも、戦えなくなる」
「おばあ様に言われても説得力がございません」
おばあ様の視線が逸らされる。
若返ることが出来るおばあ様に言われてもまるで説得力がない。
戦いたくとも戦えなくなると言われても、私がマイヤとなるまではおばあ様がずっと戦っていたわけでして。
「……いいから黙って聞け。とにかく、我らが化神と戦っていくためには次の世代を育てなければならない。勝人も、いずれ生まれるだろうお前の子も」
「私の子……」
「ああ、まだ若いから実感もないだろうし、同じことでまた悩むだろう。それでも……」
私の打った手に即座に打ち返すおばあ様。
我流の碁だ。
ただ、この碁だって私に受け継がれている。
舞夜の怨面も、人を守るという使命も。
そしてそれを勝人にも受け継がせるということは────。
「けして、未来を奪うということではない……」
自分の石を置いて、終わり。
盤上は白と黒がせめぎあっている。
あとはそれぞれダメを打ち、整地に入る。
ダメとはそのまま駄目のこと。もとは無駄目と呼ばれていたのが駄目となり、その語源となったとか。
「まあ、あのワラスはまだまだこれからの人間だ。何が起こってもおかしくはないが……。御伽装士になるというのなら、そういう風に扱ってやれ」
「はい」
整地をしながら、言葉を交わす。お互いの地を計算し、勝敗をハッキリとさせる。
「独学にしてはよく腕を上げた。まあ、まだまだ負けんがな」
「ふふ……おばあ様」
「なんだ」
「この対局、私の勝ちでございます」
「なに!?」
50対49。
おばあ様、途中で計算を誤ったようで。
何度数えても、結果は変わりません。ふふ、おばあ様に初勝利でございます。
「待て、薫。もう一局打つぞ」
「いえ、もう就寝の時間ですので」
「勝ち逃げする気か!」
「ふふ、今夜の寝心地は大変良さそうです。それでは、おやすみなさいませ」
「明日またやるぞ! 覚えておけ!」
そんなおばあ様の悔しそうな声を聴きながら襖を閉める。そして、襖に背を向けて……。
「……ありがとな、おばあ様」
それだけ呟いて自室に戻る。
勝人のことがあったから、碁に誘ってくれたのか。はたまた偶然か。それは分からないけれど、やはり師というものはありがたい。
悩みを吹き飛ばすことが出来た。
明日からは、ちょっとばかし身体を動かしてやるか。
あれこれ稽古について考えた後、布団に入る。
はじめておばあ様に囲碁で勝った興奮で、なかなか寝つけなかった。
学校はつまんない。
勉強は大変だし、クラスのやつらはガキっぽいし。
こんなやつらが、なにを教えてくれるっていうんだよ……。
「ねえねえカツトくん」
となりの席の女だ。
なにかと話しかけてくる。話しても面白くもなんともないからムシだムシ。
「ねぇ、ねぇってば。……うえぇぇぇん!」
なんか、泣き出した。
は?
なんでだよ。
「どうしたのあおいちゃん」
「だいじょうぶ?」
ほかの女たちもやって来た。
うっとうしい。
「ぐすっ……カツトくんが、無視するの……」
は?
無視なんて、無視なんて……。
……しらない!
「あおいちゃんにあやまってよ!」
「あ! にげた!」
「先生に言ってくるね!」
……は!?
「チクんなよ女子!」
女子のこういうとこ、ほんっっっとキライだ!!!
すぐ先生に言いつける。
ほんとキライだ!
帰り道。
はやく帰って今日こそは稽古をつけてもらおう。そう思ってたのに。
「ね~カツトくん~」
「……んだよ」
「あ、無視しないでくれた~」
仕方ないだろ、無視したら怒られるんだから。
……そもそも。
「なんでついてくんだよ……」
「ねーねーしってるー?」
「話聞けよ……」
「よーむいんさんがね、一昨日の夜ね、学校で黒いもやを見て、びっくりしてぎっくり腰になったんだって」
まったくこっちの話を聞いてない……。ん?
黒いもや?
それってもしかして、化神!?
「ねえ、いっしょに黒いもや探そう?」
「えっ、探す……?」
「わたしね、オカルトが好きなの。カツトくんはワクワクしない? ネッシーとかポルターガイストとか」
ぽ、ぽる……?
なんだろう、こいつの目を見ちゃいけない気がする。
笑ってて、楽しそうなのに、なんか黒くて、吸い込まれてしまいそう。
ブラックホールだ、こいつの目。
ただ……オレはもうこいつの目を見てしまった。
逃げられない。
この瞬間、そう確信した。
この日だけ、とかじゃない。何年とこいつに振り回され続けてしまいそうな、そんな予感を。
そうして、気がついたら暗い校舎の中にいた。
「遅いですね、勝人……」
山に沈む夕暮れを眺めながら、山門の前で勝人の帰りを待つ。
いつもなら、とっくに帰ってきているはずの時間なのですが……。
「友達と遊びに行ってんだろ。ガキらしくていいじゃねぇか」
「樹羅ちゃん……。それは、そうなのですが……」
せっかく、少しは格闘を教えようと思っていたのですが……。
ただ、年頃の子らしいことをするのも大切です。
「オレと稽古しようぜ。なにする? 山駆けするか?」
「ふふ、そうですね。格闘の気分でしたので、とにかく組手と参りましょうか」
「げっ……。マジかよ……」
「実戦形式で、私から一本取れるように頑張ってくださいね樹羅ちゃん」
「……今日こそやってやらぁ!」
樹羅ちゃんと二人、山の稽古場へと向かう。
それでもまだ、少しだけ勝人のことが気がかりではありますが……。
すっかり暗くなるのを待って、行動開始。
先生達も帰ったから、今は本当にオレとあおいの二人しかいない。
あおいが隠して持ってきていた懐中電灯の光をたよりに夜の学校を歩く。
「ふんいき、違うね」
「う、うん……」
昼間、フツーにここで過ごしているというのに夜になったらいやに不気味な感じがする。
本当に、なにか出てきそうだ。
ウソみたいに静かで、同じ学校とは思えない。
「な、なあ。なんでオレを誘ったんだ?」
静かなのがイヤだから、話しかける。
あと、フツーに謎だった。
となりの席だけど、あんま話したことないし。友だちは多いはずなのに、なんでわざわざオレ一人だけ誘ったんだろう。
「ヨマイさんのお家で暮らしてるんでしょ?」
「そうだけど……」
「ヨマイさんにはね、不思議な力があるって言われてるの。知ってる?」
不思議な力、ばりばりあるの知ってる。
けど、それはヒミツにしなくちゃいけないことだから正直に答えちゃいけない。
「知らない。ふつうの人たちだよ。ししょ……カオルさんも、おばあさんも」
「ふーん、そうなんだ。隠してるんだよ、きっと」
めちゃくちゃ疑ってる……。
「ヨマイさんのご先祖様は、昔この辺りで暴れてた妖怪を封印したって昔話があるの。だから、きっとなにかあるはずだよ」
「そんなのないよ。昔話だって、ほんとのことなわけないよ。妖怪だっているはずないし」
隠さなきゃいけない。
だから、こんな言い方になる。
ほんとは、実際にあったことみたいだけど御伽装士のことは隠さなきゃいけないって師匠も、父ちゃんも言ってたから。
「……カツトくんも、そういうこと言うんだ」
「え……」
懐中電灯の光で、ぼんやりと照らされたあおいの目から涙が流れていた。
昼間のとはちがう。本当に、悲しんでるのが分かった。
えっと、とにかく謝らないと……。
『いひひ、ガキの涙ってのはいい養分だぜ』
いきなり、オレでもあおいでもない奴の声がして懐中電灯を声が聞こえた方に向ける。
光が、黒いもやを照らした。
これは……化神だ!
化神の最初の姿って、師匠から習った。
それが、どんどん人の形になっていって、人にはないものが生えたりして、そいつは化神らしい姿になった。
身体中、茶色の毛が生えていて、大きなリスのみたいなしっぽもある。
口にも長い前歯みたいなのがあるから、多分バケリスってことなんだろう。
両手は爪切りみたいになってて、ガシンガシンと音をたてて動かしている。
あれにつかまれたら、やばい。
「妖怪!?」
「ばか! にげるぞ!」
さっきまで泣いていたのに、目を輝かせてバケリスに近づこうとするなんて、やばい奴だよこいつは!
とにかく逃げて、師匠に知らせないと……!
『お! 鬼ごっこか! いいぞいいぞ。俺はガキで遊ぶのが大好きなんだ。結界も張ったから水入らずだぜぇ』
校舎に奴の笑い声が響く。
くそぉ!!!
組手は、今日も樹羅ちゃんは一本も取れずじまい。
漫画風に言わせていただくと、まだまだだね、です。
シャワーで汗を流し、部屋着物に着替えます。今日は浅葱色に白い蝶の模様のものを。夏らしい色味と素材のおかげで涼やかで軽やかとお気に入りのもの。とはいえ、そろそろ衣替え。あと、少しだけ裾が足りなくなってきたような、窮屈になってきたような心地も……。
「薫様」
脱衣場の扉の向こう側から真姫の声が。声色から察するに、仕事でしょうか。
はいと返事をし、脱衣場から出る。
「なにか?」
「先ほど、勝人のクラスメイトの園田葵の保護者の方から家に連絡があり……」
まさか、勝人が何か良からぬことを!?
葵という名からすると女子児童でしょうか、女子を泣かせるなど男子としてやってはいけないことです。
とにかく勝人にはみっちり説教をし、先方には謝罪を……。
「あの、薫様? 聞こえてますか?」
「ええ。それで、勝人が何をやらかしたのです?」
「あ、いえ。勝人が何かしたというわけではなく……」
あら、そうでしたか。
早とちりとは、私もまだまだ……。ですが、これが他所のお宅から子供のことで電話がかかってきた時の親の気持ちでしょうか。
「娘がそちらにお邪魔していないかという問い合わせでした。他の者に確認しましたが、そういったことはないので来ていないと返答して、電話は終わりました」
「それで? 続きがあるのでしょう?」
「はい。警察にいる家の者から連絡がその後あり、園田葵の行方について問い合わせがあったと。まだそうと決まったわけじゃないと届けは出さなかったようですが……」
……なるほど。
化神被害についての報告は、最近この町ではありませんが可能性としては考えられると。
「……園田という姓は確か、新田の方にありましたね」
「ええ。その園田です。……薫様、駄洒落を言ったわけではないので笑わないでください。……あっ、いま新田の方にいる親族から連絡が。消防団の方を中心に園田葵の捜索が始まっているようです」
捜索も始まるとなると……やはり気がかりですね。
「あと、薫様」
「まだ何か?」
「勝人もまだ、家に帰ってきていないようです」
……それはまた、嫌な予感がしますね。
子供らしい理由で帰ってきてないならまだいいですが、いやそれも良くないですが。化神となれば話は別です。
それに、家族の行方を探すのは家族として当然のことでしょう。
「真姫、五十鈴に第三警戒態勢。樹羅ちゃんと私も出ます」
「はっ!」
一瞬で真姫はその場から消える。仕事の早い真姫のことは信頼しています。
私も早く出ましょう。
ひとまず、咲希のところに行ってたりしないか連絡して……。
まったく、どこにいるのやら……。
「ねえなんで逃げたの! 写真撮り損ねたじゃない!」
「うっさい! 写真なんか撮るなバカ! そんなことしてる場合じゃないだろ!」
あおいの手を取り、バケリスから逃げてひとまず自分たちの教室に逃げ込んだ。
一階だから、ここの窓から逃げようと思ったんだけど、奴が言ってた結界ってやつのせいでカギが開かなくてどうしようか考えてたらこれだ。
化神を前にしてこんなこと言う奴がいるなんて、どうかしてる。
『いひひひひ……』
奴の笑い声だ!
近い、どうしよう……。
「ちょっ……」
「静かにしてろ!」
掃除用具入れの中に、あおいを押し込んで自分も中に入る。
……せまいし、ホコリくさい。
けど、今はここに隠れるしかない。
色々と文句を言っているあおいの口を手でふさいで、自分も黙る。
『どこかな、どこかな~?』
近い、近い、近い。
足音、すごく近い。
今、この扉の向こう側にやつはいる。
どうしよう、怖い。怖い、怖い。
もしも、ここに隠れてることがバレたら……。
体が、震えている。
自分の体なのに、言うことを聞かない。
震えているから、ダメなんだ。
「落ち着き、つまりはどのような状況でも冷静でいられる心を養う修行だ」
昨日、大師匠が言っていたことを思い出した。
ちゃんと、あの修行を受けていれば……!
『ここじゃないのかぁ?』
……!
足音が遠くなっていく。
出ていったのか……?
途端に身体から力が抜ける。
「た、たすか……」
『そこかぁ!!!』
掃除用具入れがこじ開けられる。
あの爪切りみたいな手でねじ切られて。
「きゃあぁぁぁ! ッ…………」
あおいは気を失ってしまった。
どうしようどうしよう!
オレは、御伽装士になるんだから……守らなきゃいけないんだ。
だけど、オレにはなんにも……。
『片方は気絶しやがったか……。ならまずはお前だ。お前の悲鳴でそのガキ起こすんだよぉ!!!』
「うわぁ!」
バケリスが殴り付けてくるのを宙返りで避ける。避けて、しまったと思った。あおいがまだそこにいるのに!
『活きがいいなぁ! よいぞよいぞ!』
よかった、あくまでも狙いはオレだけだ。いや、全然よくないな!
けど、まずはあおいから遠ざけないと。
教室から飛び出て暗い廊下を走る。毎日通ってるから暗くてもどこを走ってるかは分かる。
それでなんとかにげ師匠か樹羅姉に来てもらわないと、バケリスを倒してもらわないと……!
『ほ~ら逃げろ逃げろ! ガキらしく元気になぁ!』
その手をカチカチと鳴らしながら、楽しそうにスキップしながらバケリスは追いかけてくる。
くそ、ヨユーぶりやがって……!
『は~楽しいなぁ、楽しいなぁ。……飽きた、殺そ』
「え……」
バケリスが一瞬で距離を詰めてくる。
目の前に立ち塞がったバケリスが拳を振り上げる。
駄目だ、避けられない────。
その拳が振り下ろされる瞬間、赤い光が駆け抜けた。
『なんっ!?!?』
吹き飛ばされるバケリス。
赤い光は飛んできた方へ、真っ暗闇の向こう側へと帰っていく。
すると、その暗闇の中からコツン、コツンと音が響く。
音が大きくなるのと合わせて、闇の中から浮かび上がってくる二つの赤い光。
その二つの光が目だと気付くのに時間はかからない。
あれは、師匠の目だ。
『何者だ!?』
「────御伽装士マイヤ、夜舞薫」
闇より現れ、槍を携えた薫は名乗る。
「師匠!」
『御伽装士だとぉ!? 何故ここが分かった! どうやって入った! 結界が張られてるんだぞ!』
「その結界ですよ。あの程度の結界、気付くことも破壊することも造作ありません」
『なに!?』
「勝人、下がっていなさい。そして、よく見ておくのです。今日の稽古は化神退治の見学とします」
「う、うん!」
勝人を下がらせた薫は槍を回し、穂先をバケリスへと向ける。両者、戦闘態勢。
睨み合い、間合を測り、相手の出方を伺う。
『きいぃぃぃえぇっ!』
「はっ!」
先に動いたのはバケリス。
突き出した右手を槍が払いのけ、がら空きとなった胴を一突き。
火花を上げながら吹き飛ぶバケリスを見つめながら、薫はこれ好機と舞夜の怨面を取り出す。
「オン・ビシャテン・テン・モウカ。舞え、マイヤ─────変身」
紫光に包まれ、光の蝶が溢れだす。
薫の身体を戦闘装束たるマイヤが覆い、変身。
『ぐう……御伽装士ぃぃ……!』
「ええ、あなたを滅する夜の蝶でございます」
バケリスに対し一礼するマイヤは槍を霊水晶へと戻すと勝人を一瞥し、稽古内容を告げる。
「格闘の基礎を教えますので、頭に叩き込むように」
「は、はい!」
この時ばかりは勝人も敬語となった。
普段の穏やかな口調と同じでありながら、薫から威厳を感じ取ったため、自然とそうなっていた。
「まず、頭のてっぺんから真っ直ぐ線が自分に走っていると思ってください。その線に力をこめるように。自然と、姿勢が正されます」
そう説明するマイヤの立ち姿が、勝人の目にはとても力強いものに思われた。ただ立っているだけなのに、美しく、屈強。
「身体は無駄な力を入れない。力まず、自然体であること」
『ごちゃごちゃと何言ってやがる!』
バケリスがマイヤへと迫る。だが、マイヤに慌てた様子はなく、バケリスの打撃を回避し、捌き、捌き、捌き、反撃。
「ハッ!」
『ふごっ!?』
マイヤの掌底がバケリスの顎を打つ。
鋭い一撃はバケリスの意識を一瞬奪うほど。
「勝人、敵からは決して目を離してはいけません。敵を見つめれば、今のように攻撃を回避、防御して反撃の隙を見出だすことが出来ます。……あなたも私の稽古を受けますか? まともに戦えるようになるかもしれませんよバケリス?」
『見くびりやがってぇ!』
バケリスは左フックを繰り出す。それを右の手刀で受け止めたマイヤは右手をバケリスの左腕に蛇のように這わせ脇に抱えると、隙だらけのバケリスの身体に拳を連続で打ちつける。更に、掴んだバケリスの左腕を支えに飛び上がり、顔面をボレーキック。
バケリスから離れ、着地したマイヤは余裕綽々といった様子をわざとらしく見せつけ言い放つ。
「まあ、今夜倒されるあなたには関係のないことですが」
『てめぇ!!!』
「このように、化神は人語を理解しますので言葉もまた武器として利用出来ます。ただし、それはあちらも同じこと。化神の言葉に耳を貸す必要はありません。化神の言葉に惑わされることはないように」
マイヤはバケリスの乱暴な前蹴りを避けながら勝人への指導を続ける。
「どうしました? 攻撃が雑ですよ」
「うるせぇ! ……なにっ!?」
回し蹴りを繰り出したバケリスだったが、マイヤの行動に驚きを隠せなかった。
空振りをした右足。マイヤの頭部を蹴り飛ばそうとしていたが、そこにマイヤの姿はない。
マイヤは、バケリスの眼下。驚異的な柔軟性が可能とする、開脚による回避。
股までぴったりと床につくほど。これに面を食らったバケリスはキック後の体勢を思わず崩してしまった。これ好機と即座に立ち上がり、その勢いを活かし蝎蹴りでバケリスの顔面を穿つ。
「柔軟は毎日欠かさないように。身体が柔らかければ、怪我もしにくくなります」
「すげぇ……」
勝人はこの時から、毎日嫌々やっていた柔軟をしっかりやろうと決意したのであった。
『このやろう!!!』
戦いは続く。
マイヤが優勢のまま。
『ぬわぁっ!?』
職員用玄関からバケリスを外へと追い出し、校庭へと蹴り飛ばすマイヤ。
悠々と歩むマイヤにバケリスは無謀にも挑む。
戦力差を把握し、撤退という判断が出来れば良かったのだが、バケリスはそこまで頭が良くなかった。
「体幹を鍛えればっ!」
『ぬっ!? ごっ!?』
「このようなことも、出来ます」
回し蹴りでバケリスの頬を打ち、更に蹴り抜けた足を戻すように今度は踵がバケリスを襲う。
更に、足を引いたマイヤはバケリスの鳩尾を蹴り貫く。
蹴り三連撃。この間は軸足のみで立っていた。
しっかりと体幹を鍛えている証明である。
「ですので、格闘などの訓練を行う前に身体をしっかりと作ることが大切です。いいですか?」
「はい! ……師匠ッ!?」
勝人に言い渡していたところ、背後からバケリスが不意打ちで襲いかかってきた。
「勝人!」
勝人を遠ざけようと突き飛ばすマイヤ。
勝人をその凶刃から守るために。
それゆえに、マイヤはバケリスの手に……。
『勝ったぁ! ひゃはは! 不意打ちには弱いんじゃダメだ……ぜ?』
右手で挟み切ったと思ったマイヤは蝶の群れとなって姿を消した。
「へ……。師匠……?」
『あ? なんだ、どこ行った?』
マイヤは消えた。
蝶となって霧散した。
どこかへ、姿を眩ませたのか。バケリスは周囲を警戒する。だが、マイヤはどこにもいない。どこからも現れない。
『ひゃ、ひゃひゃひゃ! あのやろうは死んだんだ! それか逃げたんだ! 俺の方が強い! ひゃははははは!!!』
バケリスは勝利を確信し、歓喜し、笑う。
────それが、命取りとは知らずに。
『さあガキ! 俺はガキが好きなんだよぉ! 食わせ……』
風を切る音。
夜闇を切り裂く紫光が一条、蝶の群れと共にバケリスを貫く流星となる────。
『ガッ!?!?!?』
バケリスの首裏を直撃したマイヤのキック。断末魔を上げる間もなくバケリスを討ち取った。
「退魔覆滅技法 千蝶一蹴……。戦いは、勝ったと思った瞬間が一番危険でございます……」
変身を解除し、薫は今日最後の教えを告げると勝人が駆け寄ってきた。
「師匠!」
「勝人、大丈夫ですか」
「うん! オレもあおいも大丈夫!」
「あおい……。園田葵ちゃんですか?」
「そうだけど、師匠なんで知ってるの?」
「葵ちゃんのことを探して、皆さん心配しています」
そう言って薫はしばらく黙って、考え込んで、そして……勝人に拳骨をするのであった。
「いってぇぇぇ!?!?!? なにすんだよ!」
「何も言わず遊びにこんな時間まで出かけて! どれだけ心配かけたと思ってんだこの馬鹿ワラス!」
「う……ごめんなさい……」
素直に謝り反省している勝人を見て、薫は怒るのを止めて勝人を抱き締めた。
「遊びに行く時は、一旦家に帰って行く先を伝えてからですよ」
「う、うん……」
「門限は5時です。7時からは稽古の時間ですからね」
「うん……!」
「……それから、葵ちゃんを守っていたのでしょう? よく頑張りましたね。ですが、まだ危ないことはしてはいけませんよ。いいですね?」
「うん……!」
「よし、それでは葵ちゃんをご両親のもとに送り届けて……。帰りましょう、私達の家へ」
勝人の手を取り、薫は行く。
この二人は、師弟は、まだまだ歩き始めたばかりである……。
子を愛する親の愛情とは純粋なもの。
純粋ゆえに、狂気を孕んでしまうもの。
次回「依存」
穢れより化神生まれし時、この世の影から御伽装士がやって来る。