仮面ライダービャクア外伝 仮面ライダーマイヤ   作:大ちゃんネオ

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華麗 壱

「私も薫のためになること何かしたい~!」

 

 穏やかな心地の昼下がり。夜舞邸は静かに、厳かな空気に包まれるのが常であるが、突然苔むす石も吸わないような大声が響き渡る。

 声の主は、咲希であった。

 縁側に寝転び、駄々っ子のようにゴロゴロと身を捩っていた。

 

「うるさいぞ加藤」

 

 目の前の部屋で電卓を叩く真姫が注意する。

 屋敷には薫は任務のためおらず、樹羅は鍛練のため山に籠っている。勝人も友達と遊びに行っているため咲希の相手をするのが真姫だけであった。

 といっても、その真姫も仕事中なのだが。

 

「真姫さ~ん! お手伝いすることない~!?」

「ない」

 

 真姫は薫の任務にかかった経費の精算を行っていた。

 総本山付として遠方へ赴くことになり、これまではなかった旅費と宿泊費が増えたことにより計算するものが増えたが手間としては大したものではない。

 ゆえに、ない。咲希が手伝えるものはないのだ。

 

「騒々しいぞ、静かにしろ咲希」

 

 先程の大声を聞き付けてセンがやってきて注意するも今の咲希にはあまり効果がない。

 

「おばあちゃん私にも何か仕事とか手伝えることとかない~?」

「ない」

 

 センもまた、真姫のようにすっぱりと咲希の言葉を切り捨てた。

 

「第一なんだ、急にそんなことを言い出して。薫の帰りを待ってればええだろうに」

「それもそうなんだけど……。待ってる間に出来ることがあればしたいっていうか……。けーひの精算ぐらい私にだって出来るし!」

「出来るだろうが、お前にやらせるのは駄目だ」

「なんで!」

「夜舞家現当主の婚約者に、雑用をやらせるほど人手不足ではない」

 

 夜舞家現当主の婚約者。それが咲希の立場であった。

 日本の法律上、籍を入れるのは高校卒業後となる予定でいる二人。

 当主の妻になる者に働かせるのは流石に……と夜舞家で働く人々は咲希を丁重に扱っていた。

 

「厨房にも立たせてくれないし、掃除もさせてくれないし。これじゃお飾りのお人形だよ……」

「何もしなくてもいいんだぞ。普通は喜びそうなものだがな」

「最初はそんな風に考えてたんだけど……」

 

 樹羅は薫と共に戦うことが出来るし稽古の相手も務められる。真姫は薫を常日頃からサポートしている。

 じゃあ自分に出来ることは?

 戦うのはまず無理なので他の方法。真姫みたいに忍術を……ともいかず。

 なら日常生活のサポートを、と思っても家事は女中達が行っている。バイクの整備も技師さん達がいるし、薫自身でやるし……。

 そうなった時、自分には本当に何もないと痛感したのだ。

 

「帰りを待つというスタンスは変わらずに、薫のためになることがしたいの!」

「……薫は何も望んではいないと思うがな」

「お前が普通にしていればそれでいいんだ」

「もうそういうのはいいのー! なんでもいいから何かしたいの!」

 

 本当に駄々っ子のようだとセンと真姫は頭を悩ませる。

 とんだじゃじゃ馬姫が嫁になると気苦労を感じたが、ふとセンがあることを思い出し、真姫に言った。

 

「そういえば、お絹が腰を痛めたと言っていたな?」

「は、はい。大事はないですが……。まさか、咲希を?」

「……まあ、体力が有り余っているならいいだろう」

 

 二人だけで話していたところに、咲希が食いついた。

 

「なになになになに! 何かお手伝い出来ることあるの!?」

「ああ、そうだな。真姫、それが終わったら連れていってやれ」

「はっ」

「お前みたいな若いのにちょうどいい仕事があった。心してやれ」

 

 そう語るセンの笑みは咲希には若干邪悪に移った。

 そして、真姫の仕事が終わり……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真姫さんに連れられてやって来たのは、屋敷の裏山にある一区画……らしいのだけど。

 

「綺麗……」

 

 思わず、そんな言葉が漏れる。

 色とりどりの華々が咲き誇っている庭園。

 山の中に、こんな場所があったなんて。

 

「夜舞庭園。薫様のお祖父様が造られた庭園だ」

「薫の、おじいちゃん?」

「ああ。私も詳しいことは聞いたことがないが……。あ、おばあさま!」

 

 おばあさま?

 初めて見かける小柄なおばあちゃんのもとへ駆け寄る真姫さんを追いかける。

 畑で働くおばあちゃんといえば、みたいな最近見慣れてきた格好に麦わら帽子。ちょっと、帽子が大きく見えるのはそのおばあちゃんが小顔だからだと気付いた。

 いっぱい笑ってきたんだろうなと思わされる、穏やかなかわいいおばあちゃんだ。

 

「加藤、紹介しよう。私の祖母だ」

「え! 真姫さんの!?」

 

 うそ、こんなかわいらしいおばあちゃんが鬼のように厳しい真姫さんの……?

 

「何か失礼なこと考えているだろう」

「そ、そんなことないよ~……」

「加藤~!」

 

 ひい、怒られる!

 頭を抱えるとおばあちゃんが助け舟を出してくれた。

 

「真姫ちゃん、そうカッカしちゃダメだよ」

「は、はい……」

 

 優しい声だった。

 絶対優しい人だよこのおばあちゃん、もう大好き。

 

「そちらが薫ちゃんの?」

「はい、今のところは」

 

 今のところはって言った?

 まあいいや。

 

「あ、えっと加藤咲希です! よろしくお願いします」

「いい子だねぇ。私は五十鈴絹。昔は真姫ちゃんみたいに、センちゃんの付き人してたんだよ」

 

 へぇ……って、センちゃん!?

 薫のおばあちゃんをちゃん付けするなんて!

 多分この人すごい人だ。

 私もおばあちゃんって呼んでるけど。

 

「それで、私は何をすればいいの?」

「ああ、この庭園の手入れの手伝いだ」

「え、出来るかな……」

「さっきまでの威勢はどうした」

 

 だって花のお世話とか小学校の頃のアサガオぐらいしかないし……。

 

「大丈夫、ちゃんと一から教えるから」

「それなら出来るかな……」

「出来る出来る」 

 

 笑顔で頷く絹おばあちゃんに背中を押され、私は庭園の管理のお手伝いを始めることになった。

 

 

 

 

 庭園の管理は私の想像以上の仕事量だった。

 もちろん、平日は学校があるから放課後のお仕事になっちゃうんだけど。

 水やりはもちろん、掃除や花とか木に病気がないかのチェック。池の点検。温室もあるからそこもしっかりと温度のこと見たりとか。

 それからそれから害虫駆除とか。

 害虫だけはちょっと、まだ慣れない。

 

「ちょっと休憩しようか」

 

 今日は日曜日で、薫も任務でどっか行っちゃったから一日庭園のお仕事にあたっていた。

 作業開始から2時間ぐらい、絹おばあちゃんに言われて休憩することに。

 ここにいると季節が変わっていくのがよく分かる。

 夏の花から、秋桜を中心とした秋の花が咲き始めてきた。

 蝶達や他の虫達の数も減ってきた気がする。夕方ぐらいから鈴虫の鳴き声がするようになってきたのも秋って感じ。

 気温もすっかり落ち着いてきて、心地いい日が続いていた。

 

「薫ちゃんはまた任務?」

「うん……。今度は新潟だって」

「おやまぁ。また遠いねぇ」

 

 そう、遠い。

 遠くなってしまったんだ、私と薫の距離は。

 

「寂しいよねぇ」

「……えへへ。でも、大事なお仕事だもん。人間の命を守るなんて、そう出来ることじゃないですから」

「うん……。でもねぇ、咲希ちゃんは薫ちゃんのお嫁さんなんだから。夫婦はやっぱり一緒にいるものだからね」

 

 夫婦って、まだ早いよ……。 

 けどまあいずれはそうなるわけだし?

 でもでも、まだやっぱり慣れないっていうか恥ずかしいっていうか……。

 

「そうだ、咲希ちゃんに教えてあげよう。薫ちゃんと離れてても、一緒にいられる方法」

「え?」

 

 絹おばあちゃんはよっこらしょと立ち上がると杖をついて温室の方へ。

 私もついていくと、鉢と土と種を絹おばあちゃんは準備し始めた。

 

「薫と一緒にいられる方法って?」

「ふふ、おまじないだけどね。昔、センちゃんと惣司さんがやってたんだよ」

「ソウジさん?」

「センちゃんの旦那さん。薫ちゃんのおじいちゃんだね」

 

 そういえばここも薫のおじいさんが、おばあちゃんのために造ったって言ってたっけ。

 ていうか、おばあちゃんおまじないなんてやってたの!?

 意外……。いや、めっっっちゃラブラブじゃんそれ!

 

「薫のおじいちゃんの話聞かせて聞かせて!」

「うん~。あ、センちゃんには内緒ね。照れて怒っちゃうから」

 

 悪戯っぽく笑う絹おばあちゃんのなんて微笑ましいこと。

 なんていうか、普通に友達と恋ばなするみたいな感じ。

 やっぱり女はいつまで経ってもこういうのが好きなんだねぇ。

 

「私達が若い頃はお見合い結婚が多くてね、センちゃんもお見合いの話がいっぱい来てたの」

「あー、若い時のおばあちゃん本当に美人だもんね」

「んだ。でも理由は他にもあってね、夜舞家の跡取りを早く生むことが大事だって、センちゃんのお母様、百子様が急かしてたんだよ」

 

 跡取りを早く……。 

 どうしよ、私もその、そういうことになる……んだよね?

 やっばぁ……今からなんか緊張してきた。

 

「咲希ちゃん、大丈夫?」

「え、あ、うん! 大丈夫!」

「うん、それで……そう。跡取りを早くというのもあったし、夜舞家の婿になれば一生遊んで暮らせるなんて考える奴等もいたもんですごく多かったの。実際、センちゃんの父親っていうのがこんな奴でセンちゃんが小さい時に家を追い出されたんだよ」

 

 そんな過去が……。

 いやでも確かに、夜舞家はお金持ちだからそういうのが寄ってきちゃうんだろうなぁ。

 

「だからなのかねぇ……。センちゃん、男嫌いでね。あまりに見合い希望者が多すぎるからって、決闘で婿を決めるって言い出したの」

「け、決闘!?」

「んだ。決闘で私に勝ったら婿としようって槍を振り回して宣言してね。これでお見合い希望者は減ったんだけど、腕に自信がある装士は決闘を挑んでね……。センちゃんはみんな返り討ちにしたんだよ」

 

 つよっ!?

 いや、おばあちゃんなら確かにみんな返り討ちにしただろうという説得力がある……。

 

「そんなこんなで30まで独身でね……。私達の時代だともう行き遅れって言われてねぇ……。そんな時だったよ、惣司さんがこの町に来たのは」

「この町の人じゃなかったんだ」

「うん。それでいて、御守衆とも関係ない一般人」

 

 それって……。

 私と、同じ境遇……。

 

「咲希ちゃんと同じだねぇ。だから、センちゃんは別に反対とかしなかったでしょ? 自分の時のこと思い出してたのかもねぇ。楓ちゃんにも、結婚しろって催促もしなかったし。センちゃんは自由に生きてもらいたかったんだろうねぇ」

 

 自由に……。  

 薫の境遇を知った身からすると、それは矛盾している。封印されたバケゲンブのために、この土地から離れられない。御伽装士として戦うことを運命付けられた夜舞の血。

 だからこそ、おばあちゃんは願ったんだろう。縛り付けられた人生の中に、ほんの少しでも自由に選べるものを。

 それが、恋だったのかもしれない。

 

「惣司さんは学校の先生でね、この町の小学校に赴任してきたの。理科が得意で……特に植物にお詳しい人だったねぇ」

「あー、だからこの庭が……」

「そう。自然と子供達を愛する、本当に素晴らしい人だったわ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

1975年 春

 

 山を利用した広大な鍛練場の一区画は木を切り倒し、平地に整備された闘技場となっている。

 その闘技場に今、三人の人影があった。

 向かい合い、それぞれ得意とする得物を手にした男女と、その二人の間に立つ小柄な女性は若かりし頃の五十鈴絹。この決闘の審判であった。

 

「こ、これより夜舞センと菊池三郎による決闘を開始します! 先に血を流した者の敗北。御伽装士の誇りを胸に正々堂々戦うこと! ……構え!」

 

 男、菊池三郎は手斧を両手に構える二刀流の使い手。熊のような屈強な肉体には歴戦の証とされる傷痕が刻まれ、対峙する者に威圧感を与える。

 だが、対戦相手であるセンの方は特に何も気負った様子もなく、自然体で朱色の槍を舞わせて臨戦態勢が整っていることを示した。

 

「ふん……その美しい身体に傷などつけたくないのだがな」

「はっ。貴様の身体に無駄な傷を増やしてやる」

  

 両者の戦意は最高潮。二人の様子を確認した絹は右手を掲げる。

 戦士二人は今か、今かと戦いの始まりを待ち……。

 

「────始め!」

 

 合図と共に降ろされる腕。

 三郎は二つの手斧を投擲し、自身も駆け出す。斧による牽制の後、徒手空拳による格闘戦に持ち込む作戦だ。

 インファイトに持ち込めば、パワーで勝る三郎に分がある。

 しかし、パワーだけで勝てるほど戦いというものは甘くはない。

 

「遅いな」

 

 センの立っていた場所に、砂塵が巻き起こる。

 紅い旋風が一直線。槍の一突きの如く、左右から迫る手斧に怯むこともなくセンは突き進む。

 

「速い!?」

「勝負ありだ」

 

 三郎の背後に立つセンが宣言すると同時に、砂の上に赤いものが滴った。

 三郎の頬に刻まれた一筋の切り傷から流れた血であった。

 

「勝負あり! 勝者、夜舞セン!」

「ふん……。つまらん」

 

 センは三郎に一瞥もすることなく、闘技場から立ち去っていく。

 三郎は膝をつき、かなりショックを受けている様子。絹は励ましてあげようかと思ったが、自分の主が一人でどんどん歩いて行ってしまうので、そちらを追いかけることを優先した。

 

「ま、待ってよセンちゃん!」

「お絹、水浴びをしてくる。奴の汗がかかった……」

 

 本当に嫌そうな顔で、センは言った。

 

「う、うん! あ、あと今回ので99連勝だよ」 

「ほう。次勝てば100か。1000まではまだ遠いな」 

「そ、そんなに決闘挑んでくる御伽装士いないよ……。あ、あと別に祝ってるとかじゃないんだからね!」

「む、主君の勝利を祝わんとはそれでも従者か」

「三郎に勝ったのは嬉しいけど! このままじゃ跡取りが出来なくなっちゃうよ!」

 

 自身に勝った者を婿として迎え入れると始まったこの決闘制度であったが、センの強さに勝者は未だに現れず。

 気付けばセンはこの春で30歳となっていた。

 

「もう、自分で結婚相手見つけるって百子様に言った上でこの調子だとまずいよぉ。百子様、もう強制的に結婚、いや種付けさせてやるって言ってたって……」

「人を競争馬のように言いよって……! 第一、あんなふざけた男を婿に選んだ母様の男を見る目なんぞ信用出来るか! お絹も見たろう、見合い写真の男達を。顎で人殺せそうな輩やいかにも神経質そうなカマキリ顔の男だぞ!」

「う、うん……。あれはすごかったね……」 

「そもそも伴侶なんぞ……。私は私より強い者の血さえ手に入ればそれでいい。私も認める強者の血だ。子さえ拵えればそれでいい。男は追い出して私が育てる。それでいいだろ」

 

 良くないよぉ……と、絹は言うもセンは聞く耳を持たず。

 絹の方は既に結婚し、子供もいたので余計にそう思っていた。結婚はあなたが思うほど悪いものではないと、そう証明してセンに伝えようという考えもあったが未だ想い届かず。

 むしろ年々、センの結婚に対する忌避感は高まっているようですらあった。

 

「お絹、お前はもう上がっていいぞ。ワラスの面倒を見たいだろう」

「う、うん……。だけど……」

「いいから、行け。母親があまりワラスと離れるでない」

「分かった……。じゃあ、また明日ね」

「ああ」

 

 絹を帰したセンはそのまま一人で山中にある蒼の滝へ。

 穢れを流す聖なる水が湧くここは聖地として、代々夜舞家が守護してきた場所である。

 道着を脱いで、雪原のような肢体を露とした。

 鍛練後に汗を流す場所といえばここのため、特に何の遠慮もなくセンは一糸纏わぬ姿となる。

 春先とはいえここは東北、岩手県。気温が上がりつつはあっても水温はまだ10度を越えたばかりである。

 そんな冷水に、センは躊躇うことなく身を沈めた。

 

 

 

 

 

 

 

 水浴びを終えたセンが家路につく途中、夜舞神社の境内で遊ぶ子供達を見かけた。

 神社は近所の子供達の遊び場として学校終わりの子供達がよく集まっているのだが、今日はその子供達の中に一人、見知らぬ男が混ざっていたためセンは足を止める。

 背はすらりと高く、痩せ気味。先程の対戦相手がこれでもかというほどの筋骨隆々な体躯だったのもあってか、余計に痩せているようにセンの目には見えた。

 

「あ、センさんだ!」

 

 少女がセンを見つけ、そう声を上げると男もまたセンの方を向いて人懐っこい笑みを浮かべて会釈した。

 

「先生、あの人が夜舞さんだよ!」

 

 男は、先生と呼ばれていた。

 事実、彼はこの町の小学校に赴任してきたばかりの教師であった。

 

「この人が……。どうも、ご挨拶が遅れて申し訳ありません。先月、盛岡から越してきました。遠野惣司と申します。この子達のクラスの担任をしておりまして、今日は町を案内してくれると……」

「まだ夜舞さんとこに挨拶行ってないって言うから連れてきたの!」

「別にそんなことしなくとも……」

「いえ! 夜舞さんはこの町の重鎮と聞きました! ここで暮らす以上、しっかり挨拶させてください」

 

 頭を下げる遠野にセンはため息をついた。

 この、夜舞家を神聖視する町の人々にセンは嫌気が差していたのだ。

 自分とて、御伽装士ではあれど同じ人だと主張したかったのだが周囲がそれを許さない。

 お前は夜舞家の令嬢として、あるべき姿で振る舞えと縛られた人生。窮屈で仕方がなかった。

 そんなセンが少しでも羽を伸ばそうとして、絹に対して自分を友達のように扱えという約束をしたりはしていた。

 

「あと、百子様にも挨拶しなきゃね先生!」

「百子様?」

「セン様のお母様だよ!」

「こら、別にいい。母には私から伝えておく」

「いえ、しっかりとご挨拶をさせてください!」

 

 センに詰め寄り、遠野は頭を下げた。

 その熱意に押され、センは遠野を屋敷へと連れて行くのだった。

 子供達には遊んでろと言って、二人で夜舞邸を目指す。

 整備されているとは行っても、左右は林で足下も険しい石階段。

 慣れているセンは難なく進んでいくが、明らかに体力が無さそうだった遠野にはやはりきついようだった。

 

「きついようなら、無理して来なくていいぞ」

「い、いえ! 行きます……行きますから……!」

 

 存外、意地のはった男。この程度でへばるようでは流石になとセンは再び先を行く。

 しかし、すぐにその足を止めることになる。

 

「あぁぁっ!!!!」

「ッ! どうした!?」

 

 人の叫びというものに、御伽装士は敏感だ。

 すぐさま振り向いて、首に下げている舞夜の怨面のネックレスを掴んでいた。

 

「見てください! ベニバナヤマシャクヤクですよ!」

「ベニ……?」

 

 遠野は子供のように目を輝かせ、その花を指差していた。

 ぴんと姿勢の良い茎の頂点に、ふんわりとした淡紅色の丸みを帯びた大きな花が咲いている、可愛らしい花だ。

 

「最近はめっきり数が減って、あんまり見ない花なんです」

「そう、か」

「こんなに可愛らしい上に、大きな花なので丈夫そうに見えるんですけど、花が咲くのは3日程度なんです。短命な花で……だから、こんな花盛りのところを見られたのは幸運です」

「短命な、花……」

 

 その言葉に、センはどこか惹かれた。

 ああ、お前もそうなのか────。

 いや、いけない考えだこれはと雑念を振り払い、再び遠野に目をやると、すっかり花に目を奪われていた。

 本来の目的を忘れてしまっているようだった。しかし、そんな姿がセンにとっては少し嬉しくもあった。

 

「ああ、どうしてこんな時に限ってカメラを持ってきてないんだ僕は……」

「ふっ……。家についたら、カメラを貸してやる」

「本当ですか!? ……って、ああ! ご挨拶に行く途中でした!」 

「いい。そんなつまらんことより、花を愛でる方がよっぽど良いことだ」

 

 行くぞ。セン達は再び山道を歩き出す。

 そうして、二人は夜舞邸に着き……。

 

「セン、彼はお前の婚約者だ」

「は?」

 

 屋敷に着いた二人が出会ったのは、蛙のような顔の男であった。センの母、百子が紹介した男はある旧い御伽装士の家系の次男坊で、怨面には選ばれずとも、総本山で仙術の研究をしていたという。

 

「待て母上! そんな話聞いてないぞ!」

「お前とて、私の話を聞いてこなかったであろう。母は悲しい……。30にもなって、独身で子も作らないなどと……。婚姻届は今、女中が役場に出しに行っている」

「……!?」

 

 センは言葉を失った。

 

「決闘で相手を決めるなどという遊びをいつまでも……。お前の使命は何か忘れていたのか? ……ところで、そこの優男は?」

 

 ここで初めて、百子が遠野に気付いた。

 遠野自身、影が薄い方というのもあるが、いきなりこんな話を聞かされて困惑するしかなかったのだ。口を挟むわけにもいくまいと、ただ話を聞いていた。

 なによりも、センのことを見ていた。

 そんな遠野の口からは、本人も想定外の言葉が飛び出ていた。

 

「わ、私は……センさんの婚約者です!」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かかかっ! それでそのまま婚約したと!」

「あの場ではああするしかなかったんだ!」

 

 月夜の晩、縁側で酒を酌み交わすセンとその戦友、河南紫。センは昼間のことを話し、紫の爆笑を得ていた。

 

「ん? 届を役場に出しに行かれてたんじゃろ? それはどうした」

「帰り途中のお絹がその女中とたまたま出会って、話を聞いて回収してくれていた」

「そりゃなんたる幸運」

 

 ひとつ話す度に飲み干され、注がれる酒。

 二人のペースは速く、そして量も飲む。これについていける者はそうはいない。

 大体が潰されてしまうのだ。

 ゆえに誰も近付かない。それが二人きりで話すのにうってつけであった。

 

「それで、どうするんだ。相手は一般人じゃろ。話したのか、マイヤのこととか」

「いいや。そもそもこの婚約自体嘘だ。隠れ蓑に使わせてもらう」

「隠れ蓑とは……。その遠野という男も可哀想じゃな。こんな悪女に利用されて」

 

 冗談めかして笑う紫であったが、盃の酒を飲み干すと一転して真面目な顔を見せた。

 

「ま、流石に潮時じゃろうな」

「潮時?」

「ああ。夜舞家のことを考えればな。子を産み、御伽装士マイヤとなるべく育てあげねばならんのはお主の使命であろうに。いつまでも遊び呆けて、ご母堂様に申し訳ないと思わんのか?」

「……そういうお前はどうなのだ」

「儂のことはどうでもよい。ゲツエイを継ぐ者は、儂の血が流れる子でなければならないという決まりはないからの」

 

 酒を注ぎ、飲み干し、また注ぐ。

 そんな紫を見つめつつ、センもまた盃を傾ける。

 

「のう、セン」

「なんだ」

「この酒、美味いか?」

「……」

「いつから、そうだ」

「覚えとらん。もうずっと、酒の味も花の美しさも、感じたことがない……」

 

 酒の水面に映る自分の顔を見つめるセン。確かに、つまらない顔をしている。自嘲気味に笑うことも、出来ずにいた。

 

「感情が無くなったなど、つまらんことは言うでないぞ」

「いや、それは大丈夫だ、が……。最近、心動かされた瞬間なぞなかったからな、良い意味で。悪い方には働くのだが……。お絹の子が生まれた時は嬉しかったが……」

「それだってもう4年近く前ではないか?」

 

 お絹の子とは会う度に成長を感じる。だが、真に嬉しかったと感じたことはここ数年とんとない。センはどれだけ思い返してみても、本当にそれが最後であった。

 

「儂と会うのは嬉しくないのか、ええ?」

「お前はしょっちゅう来てるだろう」

「まったく、もっと友に感謝しろ。何年の付き合いだと思っておる」

 

 センと紫はそれこそ幼少の頃からの付き合いであった。御伽装士となるべく、共に修行に励んだ少女の時代。

 御伽装士として化神と戦い、強敵相手には共闘してきた現在まで。センにとってこれほど付き合いが長く、気安い関係というのは紫だけと言っても過言ではない。

 

「ふむ……。お前のそれを言い当ててやろう」

 

 得意気に紫は右手の人差し指を立てて、ほどよく酔いが回ってきた赤い顔に笑みを浮かべた。

 

「お前、死にたがっとるじゃろう」

 

 笑いながら言うことではない。センはそう思ったが、紫の言葉は的を射ているので黙っていた。

 

「閉塞感からか」

「なのかな、これは」

「夜舞家の使命に縛られ、自由なぞ無い身。結婚すら、好いた者とは出来んのだ。息苦しいだろう。儂ならとっくに窒息死しとる。だからこそ、言わせてもらうぞセン。お前、さっさと結婚した方がいいぞ」

 

 突拍子のない言葉に、思わずセンは噎せた。

 

「は、はぁ?」

「誰かを愛し、子を為し、子を愛せ。ほれ、これだけで生きる理由が三つも増えた。まあ、あの男を愛せとは言わんが……お前は特に、誰かと共に生きるべきだ」

 

 澄まし顔で2本目の一升瓶を空にした紫を見つめ、センはその言葉を反芻する。

 誰かと共に生きるべきだ。

 その言葉の意味を、センは掴みかねていた。

 

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