仮面ライダービャクア外伝 仮面ライダーマイヤ   作:大ちゃんネオ

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華麗 弐

 総本山に宛てた手紙を書き連ねていると、戸が叩かれた。

 この叩き方は女中のマリだなと入室を許す。

 マリは今いる女中達の中で一番長く勤めている。御伽装士の娘であったが、怨面は兄が継いだので御守衆での働き口として家にやってきた。もう三十年以上となるか。

 楓亡き後の薫の母代わりも務め、信頼の厚い女中だ。

 

「失礼します。お庭のコスモスが満開でして、お供えにと思いまして」

 

 いつも通りのニコニコと愛嬌ある顔に、秋の桜はよく似合っていた。

 

「秋桜か……。夏も終わったな」

「ええ、すっかり」

 

 マリは会話しながら秋桜を花瓶に挿して、写真立ての傍らに供える。

 写真立てには、夫の写真。写真の中の夫はよく笑っているが、こうして花を供えられるとより嬉しく笑っているように見える。

 本当に、花を、命を愛した人だった……。

 

「惣司様の月命日もそろそろですね。お墓にもコスモスを持っていきましょう」

「ああ、用意は頼むよ」

 

 はいと返事をして、サッとマリは部屋を後にした。

 しつこくないのも、マリの良いところだ。弁えている。

 それにしても、一月が過ぎるのが早い。

 つい昨日、月命日で墓前に花を供えた気がしたというのにもう次か。

 夫の墓前で華道でもしているような気分となるのだが、毎回仏花を供えるよりも季節の花を楽しんでもらいたいという思いから、毎回季節の花を用意している。

 庭で採れるので、準備になんてことはない。

 

「もう何回目の月命日だろうねぇ……」

 

 夫が亡くなってから、しばらくは数えていた。

 自分がそちらに逝くまで数えていようと心に決めていたのだが、どうにもこの身体はピンピンとして悪いところがあまりない。

 それに、おいそれと逝けなくなってしまった。

 そんなだから、すっかりもう数えるなんてことはしていなかった。

 今更、数えることはしない。

 まだ当分、そちらへ逝くことはないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 1975年

 

 土曜日なので授業は午前で終わりだろうと、普段来ることのない小学校の校門をくぐる。

 児童はほとんどが帰ったようで、何人かが校庭で遊んでいるのが見えた。

 つい数年前、児童の増加に伴う校舎の建て替えが行われたため、もう自分が通っていた頃のものとは随分趣きが変わってしまった。

 来客用の中央玄関から校舎へと入る。

 事務はもう帰ったのか、受付には誰もいない。だが、それがちょうど良かった。

 

「どうもこんにちは~……って、夜舞さん!?」

 

 間延びした、親しげな声。

 すんなり顔を合わせられてよかった。

 

「おい、仕事はいつ終わる」

「え、も、もうすぐ終わるところです……」

「そうか、ならいい。ついてこい」

「は、はい……」

 

 遠野が荷物を纏めるのを待ち、遠野が職員室から出てきたところで先を行く。

 隣を歩くのは、憚れる。

 学校を出てすぐは田んぼと畑しかない道。農作業に勤しむ老夫婦が私に礼をしたのを会釈で返しながら進んでいく。

 後ろから、遠野の何か聞きたげな視線が背中に刺さるのを無視して。

 

「ひぃ……ひぃ……」

 

 長い石階段を昇ると、遠野との距離はかなり開いてしまった。

 息を切らしながら、震える足で一歩一歩上がってくる、が……。

 

「遅い」

 

 流石に、辛抱ならなかった。

 

「え? えっ!?」

 

 飛び降りる。

 遠野の目の前に舞い降りて、遠野を脇に抱えて跳躍。もやしのような優男でも流石に重いな。生身では流石にひとっ飛びとはいかないか。

 

「跳ん……」

「歩け」

「ひ、ひぃ……!」

 

 未だに生まれたばかりの仔鹿のように足を震わせる遠野。よくこれまで生きてこれたな……。

 とにかく、もうすぐ目的地だ。もう抱えてはやらん。

 

 

 

「ここは……?」

 

 木造の二階建ての家屋を見上げ、遠野が言った。

 

「離れだ。今日からここで暮らしてもらう」

「今日からここでって……ええ!? な、なんでです!?」

「婚約者なのだろう、お前は」

「いやあれは咄嗟の嘘で……」

「ああ、嘘だ。しかし、その嘘は私にとって都合がいい。ゆえに、その嘘はつき続けてもらわねば困る」

 

 そう、嘘だ。

 嘘でいい。

 愛だのなんだのは、私にはいらない。

 

「その……。嘘をつき続けるって、具体的にはどのくらいの期間?」

「……さあ、一生かもな」

「いっ……!?」

「安心しろ、金なら出す」

「そ、そういう問題ではなく……!」

「お前の月の給料は8万から10万といったところだろう?」

「そ、そうですけど……」

「20万出す。嘘つき代としてな」

 

 私がそう言った時の遠野の顔は傑作だった。 

 鳩が豆鉄砲をというやつだ。

 

「よかったな。女と金を手に入れることが出来て」

「いやいや……。やっぱり良くないですよ、こんなこと……。も、もし夜舞さんに好きな男とか出来たらどうするんですか!?」

「安心しろ。男は嫌いだ」

「えっ!?」

 

 まただ、豆鉄砲。

 なるほど、この男は顔に出やすく面白い。

 

「……ん」

「どうかしました……?」

「いや……。なんでもない」

 

 まさか、な。

 そんなまさかと思いたいが……。

 今、私は面白いと感じたのか?

 そういえば、先日の花の時も……。

 まあ、何かの間違いのようなものだろう。

 ひとまず、この男を縛りつけておけば良いのだから。

 そうすれば、いつも通り……。

 

 

 

 

 

 

 に、ならなかった。

 これも全ては母のせいだ。婚約したことを嘘と思っている母は、毎日毎日この離れに様子を見に来ては小言をチクチクとチクチクと言っては去っていった。

 

「えぇ!? 手料理を食べたことがない!? そんなもので夫婦になれますか!」

 

 そう言われたから、料理をしてみた。

 

「あのーこれはなんですか……? この、炭のようなものは?」

「焼き魚だ」

「あ、あはは焼き魚! そうですよね焼き魚! 焼き魚と……お粥とわかめのお浸しですか! お、美味しそうだなー!」

「粥ではなく白飯だ」

「えっ」

「あとお浸しではない。わかめの味噌汁だ」

「えっ」

 

 遠野は出された品と私の顔を交互に見ること何度か。

 食べる気配がない。食べてもらわねば困るのだ、私は。

 

「ほら食え」

「い、いただきます……」

 

 翌日、遠野は学校を欠勤した。

 

 

「えぇ!? なんで遠野と呼ばれているんです!? 婚約者を名字で呼ぶなどあり得ないあり得ない!」

 

 というわけで、母の前だけでも奴を名前で呼ぶことにした。

 奴もまた、私を名前で呼ぶようになったのだが。

 

「センさん」

「おい、母上はいないぞ」

「でも、夜舞さんだとお母様も含まれてしまいますから、ここは名前で。慣らす必要もあります」

「う、む……」

 

 そういうわけで、いつの間にか私も奴を名前で呼ぶようになっていた。

 

 

 

「えぇ!? 寝室は別!? 婚約者なのに何故別室で寝ているのです!?」

 

 これが一番堪えた。

 偽の寝室を用意して、という作戦を立てたが看破されてしまったのだ。

 更にそれ以降、毎晩寝る前に母上が離れに来ては寝るところを確認するようになったのだ。

 

「……手を出したら、分かっているな」

「も、もちろんです!」

 

 そういうわけで、同じ部屋に布団を並べた。

 流石にこれ以上のことは母上も言うまいと思ったが、風呂まで一緒に入れなどと言い出さないか不安になり、眠れぬ夜を過ごした。

 遠野、いや惣司は……。

 

「ぐぅ」

 

 思いの外、よく寝ていた。

 むかついたので、蹴った。

 

「痛い!?」

「すまん、寝相のせいだ」

「いやどんな寝相ですか!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そういうわけで、さんざんな生活を送っている……ということを倉で書物を漁る紫に話すと、紫は腹を抱えてゲラゲラと笑った。失礼にも程がある。

 

「楽しそうでなによりじゃな」

「これのどこがだ。これなら化神の相手を毎日する方が楽だ」

「なに、まだ慣れていないだけのこと。慣れれば化神の相手なんぞより婿殿と共にいる方が何億倍も良かろうて」

 

 何が婿殿だ!

 そう声を上げようとしたが、駄目だ。この話題で紫を言い負かせそうにない。

 なので、話題を変えるしかない。

 

「紫、最近よく来てこうして調べ物をしているが、なにをしている」

「いやなに、任務でちょいと面倒な化神の相手を任された。いつものことじゃが……此度はいつもに増して面倒じゃ」

 

 紫がそこまで言うとは珍しい。

 だが、言葉や表情からすると勝算は充分ありそうではある。

 パラパラと本当に読んでいるのか分からぬ早さで書を捲る紫。最後の頁が閉じられた時、紫は両手をパンと叩いて鳴らした。

 

「やはりそうか」

「何が分かった」

「今回の任務。儂一人では、無理だ」

 

 諦めに聞こえるその言葉だが、顔はまったく諦めていない。

 むしろこの顔は……倒し方を導き出した時の顔だ。

 

「今回の儂の獲物はバケコガネ。そう大した力は持っていない。ゲツエイだけで充分殴り殺せる相手じゃった」

 

 じゃった、ということは。

 

「……能力が面倒、というやつか」

「その通り。既に儂の他に二人の装士がバケコガネと戦い取り逃がしている。理由は、結界による強固な防御。力に優れる者も術に優れる儂にも破れんかったほどじゃ」

 

 やたら術に優れる儂を強調して話していたが、今は無視しよう。

 

「そこで、儂はここで結界について改めて学び直していたところだ。夜舞神社は聖域にして国内有数の強固な結界で守られている。そんな結界を張れるのだから、破る術に関する情報もあると思っていた。そうしたら、当たりじゃ」

 

 読んでいた書物を見せつける紫の顔は自信に溢れていたが、その書物はうちの物だぞ。

 にしても、やはりこの女はこと術に関しては強いな。

 そして、うちの所有する書物をいい加減にもっと分かりやすく纏めなければと思う。

 私だって読んだことないものがたくさんあるのだ。

 まあ、この話は今はいいか。

 

「それで、具体的にどうするんだ」

「結界は術者、この場合はバケコガネの力により発生しているもの。結界と術者は当然ながら密接な関係にある。この繋がりを、利用する」 

 

 紫はノートに鉛筆で図を描く。

 丸に手足を生やし、丸の中にバケコガネと記すとバケコガネを丸で囲った。これが、結界だろう。

 その傍らに、狐の面が描かれる。ゲツエイか。にしても、紫が描くにしては可愛らしい。

 ゲツエイからバケコガネへと向けて矢印が伸ばされ、線の上に術と書いた。なにかしら、術をかけるということだ。ゲツエイは術に特化した御伽装士である。術で攻めるということなのだろうが、それでは駄目だと言っていたのは紫自身だろう。

 内心で抗議していると、紫は狐の隣に蝶を描き、その蝶からバケコガネに向けて線を引いた。

 線はバケコガネを囲う丸を突き破り、バケコガネを貫通。その線を往復し、何重にも何重にも線を重ねていく。

 

「おい、乱暴だぞ描き方が。もっと丁寧に描け」

「いや、つっこむところがおかしいじゃろ。しれっとお前を巻き込んでいることをつっこめ」

「お前の仕事にいつの間にか付き合わされてるなんて、いつものことだろう。それにな、そもそも化神退治は御伽装士の仕事だ。お前だけの仕事じゃない」

 

 そう言うと、紫はニヤニヤとした狐に似た笑みを浮かべた。

 なんだその笑いは。

 

「ふふ、相変わらずじゃなぁ。助けられる者は助ける、か」

「御伽装士として当然のことを言ったまでだ」

 

 ニヤニヤとした目を向けてくるので続きを話せと話を本題に戻した。そうしないと、いつまでも笑われそうな気がしたのだ。

 紫はつまらなさそうに本題に戻り、図の解説を始めた。

 本題をつまらなさそうに話すな。

 

「結界に対して術をかける。術というより、呪いじゃな」

「呪い? 物騒な」 

「物騒なことするのが儂らじゃろう。それに、ノロイもマジナイも漢字は同じじゃ」

 

 そういうものだろうか。

 しかし、呪いを使うというのはどうも背中に嫌なものが走る。神社の生まれだからだろうか。

 

「呪いは……分かりやすく言えば、丑の刻参りと同じような原理じゃ」

「丑の刻参り? あの、藁人形に釘を打つやつか」

「そう。たまに夜舞神社の敷地内で見かけるぞ」

「なんだと」

「呪いの研究材料にと儂が回収してるからセンが知らんのも無理はない」

 

 呪いの研究材料なんて、恐ろしいことを。

 いや、そもそもうちの敷地でそんなことをする輩がいるのが気に食わん。

 そのうち取っ捕まえよう。

 

「センと話しているとつい脱線しがちでいかんな。で、話を戻すが、丑の刻参りは憎い相手に見立てた藁人形に釘を打つという儀式じゃ。で、これを応用しバケコガネの結界を藁人形にする」

「なるほど。結界はバケコガネの穢から作られる。穢即ち化神。結界はバケコガネの分身とも言える」

「そういうことじゃ。藁人形のような見立てではなく、本人に釘を打ち込むようなもの。このバケコガネと結界の繋がりを利用し、儂は結界に憎悪の代わりに神通力を注ぎ込み呪いをかける。これには儂の力のほとんどを使うことになる。お前もありったけの神通力を込めた槍を結界に打ち込む」

 

 聖槍を釘扱いとは無礼な、とも思わんでもないが今は黙っておく。

 話の腰を折ってはならない。

 

「総力戦じゃ。仕損じれば、儂らはやられる」

「ああ。全力を尽くし、我が槍が貫こう。化神バケコガネを!」

 

 必中必殺を謳われるこの夜舞センの槍が……。

 

「そういえばセン」

「なんだ」

「お前の旦那、小学校の先生だったな?」

「旦那ではない! まだ婚約の段階だ!」

「その言い方だとこれから旦那になると言ってるようなものじゃろ……」

「いやその婚約も嘘だ! それは知ってるだろ!」

「すまん……で、真面目な話だ。このバケコガネは子供喰らいじゃ」

 

 その言葉で、全てを察した。

 

「伝えろと」

「なに、夜遅くまで遊ばないようにとか一人にならないようにとかそういう話で良いじゃろ。……とはいえ、子供は言うことを聞かん」

「同感だ」

 

 子供は好き勝手するからな。と、自分の子供時代を棚にあげて思う。

 ……いや。

 

「好き勝手しているのは、今もか……」

「何か言ったか?」

「いや、なんでもない」

「そうか。なら、儂は術式の構築、確立に勤しむ。夜は旨い飯と酒を準備しておいてくれ」

「はいはい」

 

 紫の切り替えは早い。

 既に、真面目な顔でノートに鉛筆を走らせている。

 術式の構築、確立に勤しむと言っていたがもう九割方は頭の中で出来ているのだろう。

 邪魔をしてはならんと、静かに私は書庫から去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで、わらす達には夜出歩かないこと、一人で出歩かないことを徹底してくれ」

「はあ」

 

 布団の上で正座している遠野、いや惣司に明日学校で伝えてくれと頼んだ。

 いや、頼んだだと私が下のようだ。命令したのだ。

 

「いや~でも聞いてくれるかなぁ。僕、すっかりなめられちゃって。あはは」

 

 へらへらと笑う姿に、確かに私がこれの生徒だったら舐めてかかっていただろうと思う。

 しかし、それでは困る。

 困るので、あまり使いたくない手を使う。

 

「なら、夜舞さんが言っていたと言え。それであれば、お前の言葉ではなく私の言葉になるからな」

「なるほど確かに……。慕われてますね」

「お前が舐められすぎてるだけだ。はあ……とにかく、明日は頼むぞ」

「分かりました。それではおやすみなさい」

 

 ふん、と立っていた私が必然的に部屋の電気を消すことに。

 暗闇の中、布団に入り右へ寝返る。

 なんとなく、奴に背を向けておきたいのだ。

 本当に、どうしてこんなことになっているのだろう。なんでこんなもやしのような男と布団を並べているのだろう。

 ……いいや、分かっている。

 自業自得だ。

 この歳まで、跡継ぎを生むという使命から逃げてきたからだ。

 分かっているのだ、大事な使命なのだということは。

 けれど、せめて……生涯を共に歩む伴侶ならば愛したい。

 愛され、たい。

 父に可愛がられたことなどない。

 幼い私が知っている父の姿は、日がな寝転んでいるか、酒を飲んで暴れているか、見知らぬ女達を連れて屋敷に帰ってくるかのどれかだ。

 本当に、母はあれのどこが良かったのだろうか。

 いや、良くはなかったのだ。

 結局のところ、家のためと我慢していたのだ。そこに愛などなかった。

 父へ向けるはずの愛も私に注いだ母は、どこか痛々しかった。

 それが、今に繋がっているのかもしれない。

 

「……なあ」

「なんですかぁ……」

 

 惣司は眠そうな声で答えた。

 寝つきが良いのは分かっていて、もう寝ているかと思いながら声をかけたが今晩はまだ寝ていないようだった。

 なので、少し会話に付き合ってもらおう。

 

「お前の親はどんな人だ」

「親、ですかぁ……。良い親だと、胸を張って言えます。食うのには困りませんでしたし、大学まで出してもらって……」

 

 そうか、と暗い天井を見つめながら呟く。

 良い親か……。

 

「センさんのお母様も良いお母様ですよね」

「……ま、そうだな。男を見る目はまるでないが」 

「そうなんですか?」

「私の父は結婚したら金をじゃんじゃん使って、働かなくていいと遊び呆けて……母も我慢出来ずに追い出したんだ」

「ええっ!?」

「けど、母はしばらく泣いてたんだよ。子供ながらに、あんな男のどこがそんな良かったのかと思ってた」

 

 それからだったか、母が厳しくなったのは。

 許嫁まで見つけてきて、結局その許嫁とやらは顔を見る前に化神にやられて死んだ。

 

「それで、結婚したくないと?」

「そういう、わけじゃ……」

 

 いや、そういうことなのだろう。

 結婚のことを考えると、どうにもあの嫌な父親のことと日がな一日泣いている母の姿が頭に浮かぶ。 

 裏切られてしまった母。

 私も裏切られたくないのかもしれない。

 ああ、だから……裏切られるのが、怖い。

 

「僕はセンさんと結婚しても教師の仕事は続けたいですね。仕事も子供も好きですし」

「……おい。なにが結婚しても、だ。変な妄想をするな!」

「あ! いや、すいません! ちょっと考えただけです!」

 

 ふんと遠野に背を向け、目を閉じる。

 この日は少し、眠りに就くまで時間がかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日。

 紫の考案した技の鍛練は想像以上に厳しいものであった。

 新たな技の修行など十年ぶりというのもあるかもしれないが、なによりも神通力をごそっと持っていかれるのが辛い。

 正直を言えば、私は術を扱うのは苦手なのだ。

 神通力の制御とか……神経を使うものは疲れる。身体を動かす方が性に合う。

 そんな私の様子に気が付いたのか、惣司が家の事をやるようになっていた。

 男のくせに料理が出来るのが癪だ。

 美味いから許す。

 

 

 

 それから、また数日。

 あくびをしながら米の炊ける匂いに惹かれ台所へ。

 台所では惣司が朝餉の支度をしているよう、と思ったが。

 

「ふんふんふーん……」

 

 なにやら、鼻歌を歌いながら弁当をこさえている。

 白飯に桜でんぶなど振って、やたら機嫌が良さそうだ。

 

「今日、遠足なんですよ~って、この前も話しましたよ」

「そうだったか?」

「はい~」

 

 遠足とは、なんとも平和な。 

 子供達が楽しそうにしている姿が目に浮かぶ。

 ついでにこの男も。

 

「わらすの面倒ちゃんと見るんだぞ」

「もちろん! 先生ですから」

  

 そう強気には言うものの、なんだか不安である。

 そしてその不安は別の形で的中することとなる。

 

 

 

 

 

 

 遠足の行き先は観光名所の浄土ヶ浜。

 天気も良いし、季節も最高。

 正しく浄土のような景色だろうと、子供達以上に楽しみにしている自分がいる。

 バスの中でワイワイと雑談に興じる子供達を眺めているとバスはトンネルの中へ。

 短いトンネルではあるけれど、照明がないので暗い。

 暗いのは……怖いから苦手です……。

 センさんにこんなこと言ったら、男のくせにと言われてしまうだろう。

 そんなことを考えていると、突然大きな音が頭上から響いて、走っている車でも分かるほどの揺れが襲った。

 運転手さんも慌ててブレーキを踏み、車内は悲鳴で包まれる。

 

「みなさん! 何かに掴まって!」

 

 なんとか平静を保って声を飛ばす。

 先生が怯えてはいけない。

 しかし、本当の恐怖はここからだった。

 揺れが収まり、子供達の無事を確認していた時だった。

 中年の運転手さんが声を上げた。

 

「トンネルが!」

 

 運転手さんは前方を見て叫んでいた。

 同じく、前を向くと……トンネルの出口がなくなっていた。

 土砂崩れで塞がれてしまったのか!?

 

「ええ!?」

「ど、どうなっちゃうんだよぉ……」

「大丈夫です。すぐに救助が来ますよ」

 

 不安がる子供達を宥めていると、突然大きな声が響いた。

 

『オレはバケコガネなのだ! 人間どもはみんなオレのエサなのだ!』

 

 何を言って……。事態を飲み込めずにいると、再びバスが揺れ出した。

 地震とは違う、バスそのものが揺らされているような……!

 バン!と窓に何かが叩き付けられたような音。

 バス車内の僅かな明かりを頼りに叩き付けられたものを見ると、それは……手であった。

 異形の、手。

 

『バーン!』

 

 さらに窓ガラスに密着してきたのは顔。

 巨大な甲虫のような顔。

 あまりのことに頭が回らない。

 なんだ、なんなんだこれは。

 

『オレは子供が大好きなのだ! あそぼ! あそぼ!』

 

「きゃあぁぁぁぁ!!!!!」

  

 バスが揺らされる。

 バスの窓が、車体が叩かれる。

 遊ぼうなんて言っているけれど、遊ばれている。 

 このバスは、子供達は、玩具にされている。

 子供の悲鳴を楽しんでいる……!

 

「こいつ……!」

 

『あははっ! 楽しい楽しいなのだ! 待ってろよ、楽しんだ後は食ってやるからよ……。あははっ! あははっ!』

 

 無邪気な子供のような声から一転、底冷えするような残虐な声色が恐怖を誘った。

 

「先生ぇ!」

「大丈夫ですよ……。みんなは僕が守ります!」

  

 そんなことは無理だ。

 そんなことは分かっている。

 だけど、だけど……! 

 教師として、その心だけは忘れてはいけない。

 何よりも、僕がいの一番に折れてはいけない────!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝の鍛練中であった。

 お絹のもとに伝令が来て、お絹から私に伝えられたのは化神出現の報。

 それも、紫が追っているバケコガネであった。

 

「紫には」

「他の伝令が行ってる」

「被害状況」

「トンネルを土砂で塞いで結界が貼られてるみたい。トンネルには数台の車が取り残されてるって」

 

 急ぎ、車庫に向かいながらお絹からの報告を聞く。

 車庫には私用に改造されたオフロードバイク『嵐』が佇んでいた。

 

「セン!」

「紫はそっちのバイクを使え!」

「応とも!」 

 

 アクセルを噴かし、紫と共に出陣。

 風に髪を靡かせ急行。人命最優先。法律は気にしていられない。

 幸いにも、飛ばせば数分という距離であった。

 しかし、この数分すらも惜しい。

 化神は都合良く待ってはくれないのだから。

 この数分で、何人もの命が奪われることもある。

 化神とはそういう災厄、理不尽なのだ。

 

「着いたな!」

「ああ……」

 

 土砂が崩れ、塞がれたトンネルの前にバイクを停めて紫と並び立つ。

 紫と顔を見合わせ、頷きあうと互いに怨面を手にし変身の呪いを唱える。

 

「オン・アリキャ・コン・ソワカ!」

「オン・ビシャテン・テン・モウカ! 舞うぞ、舞夜!」

 

 身体に走る刻印の痛みを耐える声が漏れる。

 呪いを糧に戦う代償。十年以上の付き合いだが、痛いものは痛い。

 それでも、この言葉を口にする。

 

『変身!』

 

 並び立つは対照的な姿の戦士。

 紫の変身するゲツエイは花嫁を思わせる豪華絢爛ぶり。

 黒と紫で彩られた妖狐の化身。

 

 それに対し、マイヤは煌びやかな女戦士といった出で立ち。

 女性らしくもあり、戦士として鍛え上げられたセンの肉体を覆う紫のボディスーツは全身に散りばめられた霊水晶の欠片が太陽光を反射して煌めいている。

 

「この結界を破るにはあれをやるしかない。正直、まだまだ荒削りじゃが……」

「やるしかない……!」

 

 マイヤは厄除の槍を呼び出し、ゲツエイは空に御札を貼り付ける。

 最初に取り出した御札はマイヤの足下に円となるよう地面に貼り付くと、マイヤはその円の中で舞い始めた。

 夜舞家に伝わる、夜舞神楽を。

 更に続けてゲツエイは御札をバケコガネが貼った結界へと向けて飛ばし、貼り付ける。

 手で印を結び、己の神通力を引き出し詠唱開始。

 少しずつであるが、バケコガネの結界に赤黒いヒビのようなものが拡がっていく。

 

「オン・アリキャ・コン・ソワカ……オン・アリキャ・コン・ソワカ……」

 

 唱え続けるゲツエイを背に、マイヤは舞い続ける。

 舞うことで力を高めるのだ。

 極限まで集中し、神通力を練る。

 最早、ゲツエイの詠唱すら聞こえぬほどの集中。

 ────その中で、センの耳にある声が響いた。

 

「────みんなは僕が守ります!」

 

(惣司────!?)

 

 それは、たしかに遠野惣司の声であった。

 センが共に過ごしてきた中では聞いたこともない、大きく、勇ましい声。

 

(セン……?)

 

 マイヤの違和感に気付いたゲツエイであったが、詠唱を継続。

 中断すべきかと思ったが、これまでで一番の力がマイヤから湧き出ているからだ。 

 これならばと、ゲツエイもまた神通力を高めていき────。

 最大限に高まった神通力を厄除の槍は紫のオーラとして纏い、マイヤは自由自在、変幻自在に槍を舞わせる。

 ゲツエイの御札達がマイヤの眼前に集結。円を描き、回転を始め────。

 

『退魔覆滅技法、襲! 月影之舞!』

 

 マイヤは槍を渾身の力で投擲。

 ゲツエイの御札が形成した力場を通過し、ゲツエイの力も乗せてバケコガネの結界と激突!

 凄まじい衝撃と閃光が走り抜けていく。

 

「っ……! どうじゃ!?」

「ぐっ……貫けぇぇぇぇ!!!!!!」

 

 マイヤの叫びに呼応するように槍は輝きを放つと、結界を破り、土砂をも穿ち────。

 

『へ……?』

 

 トンネル内のバケコガネを貫き、勢いそのままにトンネルをも貫通。

 その威力に、技の考案者であるゲツエイ……紫は乾いた笑い声を出した。

 

「くく……かか……。いや、儂の想定を上回り過ぎじゃぞ……。この威力……」

 

 変身を解きながら呆ける紫を他所に、センもまた変身を解除してトンネルへと走り出した。

 

 

 

 

「惣司!」

「……へ? セン、さん……?」

 

 暗闇の中だが、夜目が効くので問題ない。

 バスに駆け寄り、惣司の名を呼ぶと間抜けた顔をしてバスの扉を開いた。

 

「なんでここに……それよりば、化け物が!」

「それなら心配いらん。もう倒した」

「倒したって……」

「うわーん! 夜舞さーん!!!」

「うわっ」

 

 安心したのか、泣いたわらす達が一斉に雪崩れ込んできた。

 子供の波に飲まれたかのよう。

 

「おい! 教師だろなんとかしろ!」

「そう言われましても~……。そっか……みんな僕よりセンさんの方が……」

「凹んでる場合か!」

 

 そうこうしているうちにお絹達がやって来て、子供達の記憶の処理などを始めた。

 諸々の後処理は任せて、先に帰る。

 

「あの!」

「なんだ」

「センさんは、一体……」

「私は……私は夜舞セン。御伽装士マイヤ。夜に舞う蝶だ」

 

 そう言い放ち、惣司に背を向ける。

 トンネルの向こう、光の方へと向かい足を踏み出す────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ということで、惣司さんはセンちゃんのこと、御伽装士のことを知ってね」

「うんうん!」

 

 夜舞庭園。

 薫の祖母と祖父のなれそめから語る絹。

 咲希はすっかり昔話に夢中であった。

 

「それでそれで!」

「うーんとね……この後、なんだかんだ結婚してね……」

「なんだかんだ!? なんだかんだの部分が聞きたいよ!」

 

 急に歯切れの悪くなった絹に話を急かす咲希。

 しかし……。

 

「うーん、お話したいんだけどねぇ……。センちゃん、怒ってるから」

 

 え?

 そう呟く咲希の背後に、センが立っていた。

 

「お絹……何をべらべらと話している」

「うわぁ!? おばあちゃんいつの間に!?」

「咲希……お前も余計なことを聞くでねぇ」

「えー! いいとこだったのにー!」

 

 抗議する咲希の頭をぺしっと軽く叩いたセンは絹に改めて向き合い、釘を刺した。

 

「余計なことは」

「言いません」

 

 お絹は変わらず笑顔で返答。

 その様子にセンは満足そうに頷いた。

 

「よし……。それじゃあ、仕事に励めよ咲希」

「はーい……」

 

 庭園を去るセンの背を見つめながら、不満たらたらの咲希。

 そんな咲希に絹が耳打ちをした。

 

「話の続きはまた今度ね」

 

 にこりと笑顔で絹が言うので、咲希もまた満面の笑みを浮かべた。

 

「ありがとう絹おばあちゃん!」

 

 恋の話はいくつになっても好きなもの。

 またいずれ、昔話に花が咲くでしょう────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新幹線の中。

 流れていく景色を見つめる薫のスマホが振動した。

 メッセージの通知。

 メッセージの頭には、緊急事態と銘打たれていた。

 

「仙台で……」

 

 赤い瞳を見開き薫がそう呟くと、車内放送が次は仙台に停車と告げる。

 本来であれば薫が降りるのは盛岡駅であるが、薫は身の回りを整え始め……。

 

 

 北上する新幹線を背に、薫は仙台駅へと降り立った。




愛する人を守りたい。
愛する人を守れない。
絶望の淵に立つ少女の前に、御伽装士が現れる。

次回「継承」

伝説が、受け継がれる。
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