仮面ライダービャクア外伝 仮面ライダーマイヤ 作:大ちゃんネオ
宮城県仙台市。
東北地方最大の都市。
人口百万人を超す、政令指定都市であり杜の都と称される。
杜の都の名のとおり街路樹が多く、街の中心から車で二、三十分も走れば自然の中である。
郊外から外れた森の中。
少年と少女が歩いていた。
「本当なのかな、その心霊スポットの噂」
「うーん、デマだったら何も問題ありませんでしたってことで終われるからいいんだけど……」
デマじゃなかった場合、放置は出来ない。
御伽装士として当然見過ごすわけにはいかないと少年は言った。
この二人は御伽装士であった。
少年の名は日向健。またの名を御伽装士ソウテン。
少女の名は皇黄泉。またの名を御伽装士ゲツエイ。
仙台を拠点に活動する若き御伽装士は任務のためにこの森へと足を踏み入れていた。
曰く、この森の中にある廃墟の洋館は心霊スポットだという。
どの街にもそういった謂われのある場所は存在するが、この森の話はつい最近流布され始めたものである。
森の中に佇む廃墟の洋館に入ったら、出ることが出来なくなるという話。
よく聞く怪談話のそれであるが……本当に実害が出たと思われたから、健と黄泉の二人が派遣されたのだ。
まず、動画配信者が行方不明となった。
SNSで森の洋館へ行くと呟いて以降、更新が途絶えてしまった。
警察にも捜索願が出されたという。
それを皮切りに、森の洋館へ行くと言って行方不明となる人が後をたたない。
ただの噂話として扱えない。化神と関係があると見た御守衆東北支部は調査を命じたのであった。
白羽の矢が立ったのが健と黄泉。
めきめきと実力を上げ、活躍中の二人ならという信頼あっての抜擢である。
「化神じゃなくて本当にお化けの仕業だったらどうしよう……!」
「お化けだったら……どうだろ。うちの仕事じゃなくなるのかな?」
怖がる黄泉とは対照的に健は冷静であった。
頭が仕事用に切り替わっているということもあるが、なによりも信頼出来る大切なパートナー黄泉がいるからこそだろう。
しかし、当の黄泉は怖くて仕方ない様子。
化神はよくてもホラーは苦手なようだ。
「あ、あれだ」
「本当にあった……」
深い森の中にぽつんと佇む洋館。廃墟と聞いていたが、想像よりは廃墟らしくない。
スマホの写真と見比べ、情報の通りの洋館であることを確認した健は更に洋館へと近寄り、黄泉はその後を恐る恐るついていく。
「まずは外から。ぐるっと一周しよう」
「分かった」
正面玄関の前から洋館の周囲を注意深く散策。
しかし、これといった異常や化神に繋がるものは見当たらなかった。
「中に入ってみるしかないか……」
「中……」
黄泉は洋館を見上げながら不安げに呟いた。
そんな黄泉を見て、健が提案した。
「僕が中に入ってみるよ。黄泉さんは待機してて」
「え、でも……」
「もしも中で何か起こって、二人とも行方不明なんてことになったらいけないからさ。十分経っても連絡がなかったら黄泉さんは家に戻って、父さん達に伝えてほしいんだ。いい?」
「うん……」
健が一人で洋館内へ踏み込むことも不安であるが、健の言うとおり二人ともやられるなんてことがあってはいけない。
それに、健だって強いのだと言い聞かせて黄泉は承諾。
健は一人、洋館の中へと踏み込んでいく。
「外観もだったけど、中も想像していたより綺麗だな……」
建物はそこに住む人がいなくなると想像以上の早さで朽ちていくという話を健は思い出していた。
この洋館に関しては、人がいなくなって一月程度しか経っていないのではないかと思わされる。
入ってすぐの広間の中央には階段があり、踊り場から吹き抜けへと繋がる階段が二つ。
小型のライトで吹き抜けを照らすも何もない。
ひとまず、一階から調査しよう。健がそう思った時であった。
健の右方向、薄暗い廊下の先で何かが蠢いた。
「っ!」
咄嗟に廊下の先を照らす健。
異常は見当たらない。少しずつ、警戒しつつ、気配のした廊下の先へと向かって歩く。
一歩、一歩……。
ソウテンの怨面へと右手を忍ばせ、即座に変身出来るよう構えながら。
『キシャァァァ!』
「うわっ!?」
殺気は、上から。
吹き抜けから健目掛けて飛び降りてきた黒い異形に気付き、後方へと飛び退き回避する。
健の目に入ったのは、全身黒。頭には二本の触角と、牙を剥く人に似た口。その口の左右に生えた大顎。
人型のアリ、化神バケアリである。
「こいつの仕業か!」
一連の行方不明事件が化神によるものとなれば御伽装士の出番だと、健はソウテンの怨面を手に変身しようとするが。
突然、背後の扉が勢いよく開き、もう一体のバケアリが健を背後から強襲した。
「もう一体!?」
複数のバケアリが現れたことに驚く健であったが、これはほんの序の口であった。
『キシャァ!』
『キシャ……』
『キシャシャァ!』
『キシシ……!』
「なんだよ、これ……!?」
二体目のバケアリが登場したのを皮切りに、続々とバケアリが現れる。
化神の大量出現現象、百鬼夜行とも違う。バケアリの軍勢に健は息を飲んだ。
襲いかかるバケアリを回避し、健はとにかく変身しようとする。
「オン・マイタラ・ラン・ソウハ!」
変身の呪いを唱える健。だがそこへ、バケアリの軍勢が一気に押し寄せ、バケアリの引っ掻く攻撃がソウテンの怨面に当たり、怨面は床に落ちてしまった。
「怨面が! くっ!」
健はバケアリの波の間をすり抜け、ソウテンの怨面を取り戻そうとする。
しかし、怨面はバケアリに足蹴にされてどんどん遠ざかっていく。
また、バケアリは健を狙い続けている。
回避に専念しなければ、バケアリの鋭い爪が健を切り裂くだろう。
「これじゃあ……!」
舌を打ち、健は思考を切り替える。
ソウテンの怨面の確保はこのままでは困難。
外に出て、黄泉に協力してもらおうと健は玄関の扉を目指す。
軽い身のこなしでバケアリの群れをすり抜け、ドアノブに手をかける。
だが、開かない。
鍵をかけるなんてこともしていないのに。
そして、健は気付いた。
「結界だ!?」
洋館はバケアリの巣であった。
しかし、その狩りの仕方はアリの天敵アリジゴクのものに似ていた。
入ってきた獲物を、逃がさない。
これがバケアリの習性。
こうなってしまえば、バケアリを倒して脱出するしかないが、怨面はもうどこにあるかも分からない。
とにかく逃げ回り、生き延びるのだと健は覚悟した。
「外の黄泉さんが気付いてくれるはずだ……! 助けが来るまで、絶対に生き延びるんだ!」
健はそう自身に言い聞かせ、鼓舞する。
廊下を走り抜け、一旦健は無数にある部屋のひとつに身を潜めるのだった。
約束の十分が経った。
外からは、特に洋館に変化はない。
天候は良いはずなのに、何故かここだけ薄暗いというのが不気味で十分経つのが異様に長く感じた。
健君のことが不安で仕方なかったからだろうか。
ともかく、十分経っても連絡がない。
こっちから電話してみても繋がらない。
電波の届かないところ?
そんなわけはない。
こんな近くにいて、ちゃんと電波も届いているのに。
「健君……!」
連絡がなかったら、健君のお父さんに連絡するという約束。
だけど、そんなことをしている間に健君に最悪の事態が起きて、助けられなかったら?
そう思ったら、身体が動いていた。
玄関のドアノブに手をかける。
ゆっくりと、ドアノブを回そうとしたけれど……開かない。
「なんで……!? さっきは開いたのに!?」
健君の時は普通に開いた。
まさか健君が鍵をかけるなんてこともないだろうに。
そして、異変に気が付いた。
「結界……」
洋館をコーティングするように張られた結界。
これは、化神の仕業か。あるいは呪術師の仕業。
外では何も起こっていない様子だったけれど、中では大変なことになっているかもしれない。
すぐに、健君を助けなきゃ。
ゲツエイへと変身し、結界を破るため技を放つ!
「退魔覆滅技法! 激昂一閃!」
赤い刃の大太刀、草薙の大太刀を勢いよく振り下ろすゲツエイ。
刃は結界と衝突し、激しく火花を散らす。
「はあぁぁぁぁっ!!!!!」
気合を叫び、結界を破ると意気込み更に力をこめる。
だけど、破られたのは激昂一閃の方だった。
「きゃあっ!?」
吹き飛び、枯れ葉と共に地面を転がる。
なんて、固い結界だと睨み付ける。
どんなに固かろうと、絶対に破って健君を助けるんだ!
激昂一閃が駄目ならば、この技が駄目ならばと、技を放っては弾かれ、放っては弾かれを繰り返す。
そして、全ての技を放つととうとう限界が来てしまい膝をついた。
変身も維持出来ず、私はただ不気味に佇む洋館を泣きそうな眼で睨み付けることしか出来なかった……。
そんな黄泉を見つめる、小さな狐に気付かぬまま。
怪しく、青と赤の光が乱れる空間。
そこに、女王がいた。
バケアリの頭領、女王バケアリ。
黒い身体の上に、赤黒いボンテージを身に纏ったかのような姿で、背中には細長い無数の布のようなものが垂れ下がり、両肩にはアンティーク調の蝋燭台が備わり、赤い蝋燭は火がつき、蕩けた蝋が艶やかに滴っていた。
『フフ……御伽装士に嗅ぎ付けられたか……。でも、この結界は破られないわ! どれだけ仲間が助けに来ようと無駄無駄。仲間を助けられない絶望を味あわせてから、次の場所に行きましょうか。フフフ……アハハッ!』
妖艶な甘い声と共に、鞭が床を打つ。
女王バケアリの思考はバケアリ兵に瞬時に伝わり、隠れている健を見つけるために行動を開始。
見つけたら、殺しはせずに女王へと献上。
たっぷりと痛めつけ、愉しみ、食らうのだ。
日向食堂。
街中にある大衆食堂で健の家。
健の父と母が切り盛りしている極々普通の食堂だが、裏の顔は御守衆東北仙台支部の拠点のひとつである。
そんな日向食堂の店先には、臨時休業の札が掛けられていた。
「ええ、ええ……そうですか……。分かりました……ありがとうございます……」
沈痛な空気の中、健の父と母は各所への連絡に忙しなかった。
「白石の方も駄目みたい……。あちらの御伽装士、怪我の治療中みたいで……」
「そうか……。洋館の結界を破りに行った平装士の方も駄目みたいだ。ベテランの針生さんでも駄目か……」
洋館の結界を破れないかと術に長けた平装士の隊が向かったようだが、それも失敗に終わったと健の父、晃に連絡が入っていた。
健の母、裕子は悲痛な面持ちで近くの席に腰かけると頭を抱えた。
「大丈夫か?」
「県内の支部にはもう全部連絡した……。でも、どこもすぐには迎えないなんて……」
御守衆、特に御伽装士は年々その数を減らしていた。
後継者が現れなかった、出来なかった。
戦闘による消失なども原因だ。
また、命を懸けた仕事ゆえに怪我も絶えない。
駆け付けたくとも、駆け付けられない。
そういった返答ばかりが、晃と裕子には届いていた。
「……総本山に連絡は?」
「いいえ……」
「もしかしたら総本山付きの御伽装士が近くに来ているかもしれない。連絡してみよう」
「でも、そんな都合良く……」
裕子の言葉は尤もであった。
各地に赴き、危険な任務を遂行する総本山付きの御伽装士は当然人数も少ない。
近くに来ている可能性も、とても低い。
「岩手の夜舞家……現当主のマイヤが総本山付きになったんだ。来てくれるかもしれない……!」
「でも、来るにしても三時間以上はかかるわ……!」
「諦めたら駄目だ! 大丈夫、健は強い。信じるんだ」
弱音を吐く裕子を励ます晃であったが、その言葉は晃自身にも言い聞かせているようであった。
そうして、晃は総本山へと連絡した。
「ええ、そうです……。ええ、ええ……分かりました……」
受話器を置いた晃に裕子は声をかけた。
「なんだって?」
「とにかく、総本山付きの御伽装士全員に連絡はすると。ただ、現状で即座に駆け付けられるかは……。とにかく、待っていてくれと……」
やはり、厳しいようだ。
晃もまた椅子に腰を下ろし、足の上に置いた両の拳を強く握り締めた。
「俺が戦えれば……!」
「あなた……」
現役を退いた晃の本心。裕子が優しく寄り添うも、とにかく二人は無力であった。
とにかく、総本山からの連絡を待つ二人。
時間がどんどん過ぎていく。
そんな二人の様子を、二階から降りてきた黄泉が見つめていた。
あの後、晃へと連絡した黄泉は力の使い過ぎで気を失い、駆け付けた晃によって日向食堂へと運ばれて、今しがた目覚めたところであった。
「やっぱり、御守衆は……」
来ては、くれないのか。
黄泉の心に、久しく眠っていた黒い物が蠢きだした。
幼少の頃、化神に襲われ両親を失い、黄泉もまた左目を失うという悲劇に見舞われた。
その時、御守衆は助けには来てくれなかった。
黄泉を助けたのは、当時御守衆のやり方に反発し出奔した河南紫。
御守衆のやり方では人を助けることなど出来ないと、はぐれ御伽装士として戦い、その中で健と出会い、今は日向食堂に身を寄せている。
そんな黄泉であるから、御守衆への信頼はまだ薄いものであった。
ここにいるのも、健の存在が大きいからだ。
健とその両親は信頼こそすれど、御守衆そのものはまだ信用ならない。
最近は上手くそのことを折り合いをつけていたが、愛する健の非常時に御守衆は何もしてくれない。
仲間を助けることが出来ない御守衆。
やはり、そんなものかと黄泉は諦めたら。
こうなったら、何がなんでも自分が健を助けるのだ。
黄泉の身体は動き出していた。
「黄泉ちゃん……!」
「どこへ行くんだ、まだ休んでないと……」
「健君を助けに行きます。私が、私が助けないと……!」
晃と裕子の制止を振り切り、黄泉は外へ飛び出そうとする。
出入口の戸へと黄泉が手を伸ばす。だが、戸は一人でに開いた。
否、外から開けられた。
「ごめんくださいませ……」
「あっ……」
「これは……失礼を……」
「い、いえ……」
黄泉の目に入ったのは、紅玉のような瞳であった。
小柄で華奢。
この大衆食堂には似つかわしくない、気品ある着物姿。
紫に蝶が描かれた着物を、服に着られることなく着こなしている。
「あ、ああ……すいません、今日は臨時休業で……」
裕子がそんなことを言うが、晃は着物の帯に付けられたある物に気付き、目を奪われた。
「御守衆の紋のバッジ……。そうか、君が……」
「夜舞薫と申します……。助太刀に、参上いたしました……」
店内の方が広いという理由で、テーブルを合わせ、その上にパソコンを置き、色々とセッティングがなされていた。
「あ、あー。もしもし、聞こえますか」
薫がマイクに話しかけると、通話相手の画面もカメラに切り替わる。
巫女服姿に金髪という、ちぐはぐな印象を受けるつり目がちな少女が映し出された。
五十鈴真姫。薫の付き人である。
向こうの準備は彼女がしていた。
「聞こえてます。大丈夫です薫様」
「それはよかった。おばあ様は?」
「いるよ」
真姫に代わり、画面に映し出される薫の祖母、セン。
画面越しにも威圧感が伝わり、晃は自然と姿勢を正していた。
「はじめまして。仙台支部の日向晃といいます」
「日向……先代のソウテンか」
「ええ、そうです」
「情報はこちらにも伝わっている。面倒な相手だが……充分、対処可能だ」
「本当ですか!?」
センの気を遣ってもいない力強い言葉に晃と裕子、そして黄泉は思わず喜びに声を上げた。
だがセンは、ただしと付け加えた。
「ゲツエイはいるか」
「……私です。皇黄泉といいます」
突然の指名に、黄泉は戸惑いながらパソコンの画面を覗き込んだ。
「ふむ……お前さんが紫の弟子か……」
「!? 師匠を知っているんですか!?」
「んだ。旧い友であり戦友だ。話を戻すが、結界を破る技がある」
「ゲツエイに……ですか?」
「いや。ゲツエイとマイヤ、二人で放つ技だ。銘を、退魔覆滅技法・襲 月影之舞」
黄泉は技の名を口ずさむ。
師匠である紫からは聞いたことのない技であった。
「詳細は薫にPDFで送ったから読んでみろ」
「ぴ、PDF……」
「おばあ様、新しい物好きですので機械には強いんです」
薫はにこりと笑いながら黄泉にそう言うと、センから送られてきたメールのファイルを開き、リモートの画面と共に並べた。
「この技は、かつて紫が強固な結界を操る化神を倒すために編み出したものだ。簡単に言えば、丑の刻参りのようなものだ」
「う、丑の刻参り……」
黄泉達の脳裏に、草木も眠る深夜の森の中で藁人形に釘を打つイメージが浮かび上がり、なんとも言えない顔となる。
「ゲツエイが呪い、マイヤが打つ。効果は絶大だが、かなりの力を消費する。とはいえ、薫」
「はい」
「お前は私より神通力の制御は上手い。威力は私には劣るだろうが、無駄な力を消費しない分、戦闘の継続に大きな支障は出ないだろう。……しかし」
懸念があるとセンは語った。
「私と紫は旧知の仲であったし、初めてこれを使った時もある程度の鍛練は重ねていた。しかし、お前達は違う」
今日、今さっき顔を合わせたばかりの薫と黄泉。
この技を実行するとなれば、予行もなしのぶっつけ本番。
また、センからすれば薫の実力は分かっているのでそこに不安はないが黄泉に関しては未知。
特に、結界に対して呪いをかけるゲツエイの役割は大きく、黄泉にかつての紫と同程度の実力を見込めるか……という点で不安が残る。
「マイヤとゲツエイの力をあわせる。そのためにも互いを信じなければいけない。お前さん達にそれが出来るか?」
「信頼……」
「……でも、やらないと健君を助けられない! やるしかない……私が……」
「……ともかく、私から言えるのは以上だ。質問は?」
「おばあ様。月影之舞、槍を放つ時の心得などあればお教えください」
「……ズバッと、ドンだ」
「ズバッと、ドン……。承知いたしました」
伝わるんだ……と内心思いながら黄泉は薫を見つめた。
ひとまずリモート会議は終了。
終了となれば、ここにいる理由はないと黄泉は外へと飛び出した。
しかし、薫には来た時からまるで急ぐ様子が見受けられず。
それが黄泉の神経を逆撫でていた。
「早く! 急がないと!」
「黄泉さん……。お気持ちは分かりますが、気が急いてはいけません……」
「でも健君が……!」
黄泉が薫に詰め寄ると、急に黄泉の視界が揺らいだ。
足に力が入らず、薫に向かって倒れるも、薫はまるで動じず黄泉の身体を受け止めた。
「だいぶお疲れの様子……。これでは、月影之舞も出来ないでしょう……」
「そんな、こと……」
やがて、黄泉は意識を失い眠ってしまった。
眠った黄泉を晃が部屋まで運び、戻ってくると黄泉のことについて薫に話した。
「結界を破ろうと技をかなり使ったらしい。それで体力を消耗しているんだ」
「そうでしたか……」
「私から話すのもどうかと思うんだけど……。黄泉ちゃんは昔、ご両親を化神によって失くしていて、その時、御守衆は助けに来なかったらしいの……。私達や健には心を開いてはいるんだけど、まだ他の装士の人とかには……。そういうこともあってか、今は精神的にもかなり来てるみたい……」
裕子が知ってる範囲での黄泉の過去について薫に教えた。
黄泉のことを、悪く思わないでもらいたいという想いからであった。
「そうでしたか……」
「すまない……わざわざ駆けつけてきてくれたのに……。こんな状態では月影之舞も……」
出来ないのではないか。
そんな不安が、晃にはあった。
今の不安定な黄泉では、と。
しかし、それを薫は否定した。
「いいえ……。必ず、結界を破り……健さんは救出します……」
「それは……」
「誰かを想う心は……とても大きな力となります……。戦いの中で、学びました……。黄泉さんが、健さんを想う心もまた、そうでしょう……。それに……」
「それに?」
「助けられるものは助ける……。それが、夜舞家の家訓でございます……」
深紅の瞳は希望に燃えていた。
人を、そして御伽装士の仲間を助けるという強い意志に。
洋館の中、健はクローゼットの中に身を潜めていた。
「閉じ込められてから、どれぐらい経った……? スマホも使えないし、外の様子も分からないしで時間が分からなくなってきた……」
もう一日ぐらいは経過しただろうか?
それとも実はまだ一時間ほどか?
外の黄泉はどうしているだろうか。
異変に気が付いて連絡してくれただろうか。
けれど、あの結界がやはり難敵か。
外から崩すのは難しいだろう。
「怨面を取り戻して中から崩せば……!」
外は良くても、内は柔らかいかもしれない。
なんとしても怨面は取り戻す。そのためには、隠れていては駄目だ。
見つからないように行動し、怨面を確保する。
行動に移そうとした時だった。
扉が開く音。
ぎぃ、ぎぃ、と床の音。
部屋の中にバケアリが入ってきた!
「……!」
息を殺す。
早く、出ていってくれ。
その願いが通じたのか、再度扉の音。床の軋む音はしなくなった。
よかった、出ていってくれたか。
よし、行動開始だ。
クローゼットを開ける。
『キシャア!』
「ッ!?」
バケアリが、扉の前に立っていた。
「こいつ!? 出ていったフリをしたのか!?」
襲いかかるバケアリを回避し、部屋から飛び出る。
部屋には逃げ場がないからだ。
しくじった。
向こうにそんな知能があると思わなかった。
また、派手に動いてしまったから続々とバケアリ達が現れては向かってくる。
「くっそぉ!!!」
やけっぱちに叫ぶ。
自分も脱出のための努力はするけれど……早く助けに来てくれぇ!!!
厭な夢を見た。
化神に殺される家族の夢。
よく見る夢ではあったけれど、今日は違った。
「黄泉、さん……助け……!」
「健君!?」
殺された家族は、健君になっていた。
手を伸ばすも、届かない。
間に、合わなかった……。
「いやぁぁぁぁ!!!!!!」
絶望の夢は暗転し、目を開く。
呼吸が荒く、全身汗ばんでいる。
「はあ……はあ……健、君……!」
こんなことをしてはいられない。
健君を助けないと……。
白いアウターを手にし、部屋を出る。
晃さんと裕子さんに見つかったら、まだ寝ていろと言うだろうから今度は隠れていこう。
忍び足でこっそりとお店の様子を伺う。
灯りがついてる?
まだ、そこにいるのだろうか。
チラッと覗くと、晃さんと裕子さんの姿はなかった。
けれど……。
「もうお身体は良いのですか……?」
「っ!?」
私に背を向けたまま、夜舞さんが訊ねてきた。
バレていたなんて。
諦めて隠れるのをやめると、夜舞さんはこちらを向いてにこりと笑った。
「晃さんと裕子さんも……お疲れのようでしたので、お休みいただいております……」
「そう、なんだ……」
「それでは、行きましょうか」
「え?」
「助けに、行かれるのでしょう?」
首を傾げ、夜舞さんは言った。
行く、けど……。
「止めないの……?」
「止めてほしいのであれば、お引き止めいたします……」
「そんなこと……ない!」
「それでは、参りましょう」
そうして、私は夜舞さんが運転するオフロードバイクに乗っていた。
専用マシンのアラシレイダーというらしい。
というかビックリしたのが、バイクに乗るのに着物は駄目ではないかと思ったら、夜舞さんは帯をほどいたのだ。
女の子が何をして……!?と思ったのだけれど、着物の下にライダースーツのようなものを着用していて、着物はロングコートになっていた。
どういうことかとツッコミする間もなく、後ろに乗せられ夜の街を走っていた。
深夜で車は疎ら。
ストレスフリーといった感じで夜の道を駆け抜けていく。
「ねえ」
「はい?」
「なんで、止めないの?」
風に負けないように声を張って問いかける。
どうしても気になって。
「マイヤとゲツエイ……一緒でなければ、結界を破ることは出来ませんから……」
「でも、私……」
「……私は夜舞薫。16歳。誕生日は4月4日……」
え?
急に何を言い出したのかと思えば、自己紹介であった。
「え、えっと……?」
「まだ、ちゃんと自己紹介していなかったと思いまして……。よく知らない相手と共に戦うのは、不安でしょうから……」
……気を遣って、くれたの?
いや、それは最初からだったと今になって気が付いた。
私はずっと、焦って……怖くて……不安で……。
「愛する人の窮地には、誰であれそうなるでしょう……。私も、かつてそうでした……」
「え……」
「化神に拐われたことがあったのです……。私が近くにいたというのに……。あの時は、本当に恐ろしい思いをしました……」
「夜舞さん……」
「それはそれとして、その化神の墓を建てるとかあり得ないと思いませんか!?」
「え!? 化神の墓!? その人拐った化神の!?」
「そうです! ……その後、復活した奴とはなんだかんだで共闘とかしましたが……」
それもまた驚きなんだけど!?
化神と!?
共闘!?
何がどうすればそうなるんだろう。
……あれ。
なんか、話しやすい……。
「夜舞さんも怒るんだ……」
「当然でございます」
「ふふ……」
自然と笑っていた。
そうか、夜舞さんのこと、なんだか人間味がないように感じていたから苦手と思っていたんだ。
でも、好きな人が危ない目にあったら不安にもなって、怖くもなって、怒りもして……。
一緒だ、私と。
「夜舞さんの好きな人はどんな人? 付き合ってるの?」
「明るく、前向きで、元気を貰える方で……。実は既に婚約を……」
「ええっ!?」
まだ16なのに……。
いやでも法律的には女の子は結婚出来る年齢だし……。
「健さんはどのような方ですか?」
「えー? 夜舞さんの好きな人と同じ感じかな~。おまけに御伽装士で強いわ!」
「それは……素敵な方で……。絶対に助けましょう」
「……ええ!」
話しているうちに街を抜けて夜の闇が広がる山間部へ。
待ってて健君……絶対に助けるから!
洋館の前には術に長けた平装士達が諦めることなく結界の解呪を試みていた。
「お疲れ様です、皆様」
薫が声をかけると、平装士達は手を止め口々に囁いた。
「あれが夜舞家の……?」
「まだ子供じゃないか」
「それが総本山付きなんて……」
そんな言葉を無視して、薫はこの平装士達の長である禿頭の男と言葉を交わした。
「御伽装士マイヤ、夜舞薫です。状況は」
「仙台支部の針生です。根気強く解呪を続けていますが、効果は認められません。恐らく、行方不明者を喰らって力をつけたせいかと……。いや、もしかしたらかなり前から我々に悟られぬように活動していたのやも……」
「分かりました、ありがとうございます。結界と化神のことはお任せください」
「この結界をどうにかする方法がおありで?」
「ええ。ただ、正直に申し上げるとぶっつけ本番になります。私達が技を放つまでの間、皆様には周囲の警戒をお願いいたします」
「分かりました。邪魔はさせません」
針生はそう言うと平装士をまとめ、指示を飛ばす。
「すごいわね、プロって感じ」
「まあ……特に最近は、現地の方と協力しますので……」
「さすが総本山付き……」
黄泉と言葉を交わすと、二人は改めて月影之舞のおさらい。
センが送ったデータを見返し、段取りの確認。
薫も言ったが、ぶっつけ本番。一発勝負。
練習をしている時間も余力もない。
「技の成功には私達の信頼が何よりも重要です」
「ええ。大丈夫。夜舞さんのことは信頼する。……でも、私術は……」
黄泉の不安は術にあった。
紫という稀代の術者が変身していた先代ゲツエイは術を主体に戦っていた。
センの変身するマイヤとの共闘では後衛を担当していた。
だが、黄泉のゲツエイはそれとは打って変わった。
体術、退魔道具の大太刀を駆使して戦う紫とは真逆の戦闘スタイル。
それゆえ、紫も黄泉には術をあまり教えなかったのだそう。
最近になってようやく少し、実戦の中でコツを掴んできたという。
「どうしよう……見れば見るほど不安になってきた……」
「稀代の天才術者と呼ばれた紫様が構築された技……マイヤとゲツエイであれば放てるはずとのことでしたが……」
薫としてはいつもとやることは変わらないので不安はないのだが、問題はやはり黄泉。
ある意味で、師匠である紫に挑むようなものなのだから。
「私に出来るかな……」
「……不安な時は、想うのです……。大切な人のことを……」
「想う……健君……」
目を閉じ、健のことを想う黄泉。
次第に、顔から緊張が抜けていくのが目に見えて分かる。
「すぅ……ありがとう、少し緊張は解れたわ」
「いえ……。ふふ、健さんのことを想う黄泉さんは、大変、可愛らしく……」
「からかわないで夜舞さん!」
「ふふ……。ああ、どうか薫と、下の名でお呼びくださいませ……」
「! ええ、分かったわ薫ちゃん!」
笑顔で応える黄泉に薫もまた笑顔で返した。
だが、ここからは戦いの時。
気を引き締め、二人はそれぞれの怨面を手にする。
「オン・アリキャ・コン・ソワカ……」
「オン・ビシャテン・テン・モウカ 舞え、マイヤ……」
二人の身体に赤い刻印が駆け巡る。
痛みを噛み殺し、二人は同時に叫ぶ。
『変身!』
舞い吹雪く桜の花と蝶の群れ。
白と桜色の黄泉のゲツエイと薫のマイヤ。
数十年ぶりに、マイヤとゲツエイが並び立つ。
二人は頷き合い、月影之舞を始動させる。
「札を……!」
ゲツエイは札を放ち、マイヤの足下と結界に貼りつけ、マイヤは厄除の槍と共に夜舞神楽を舞い始める。
しなやかに、軽やかに、煌びやかに
「オン・アリキャ・コン・ソワカ……オン・アリキャ・コン・ソワカ……」
マイヤの足下、結界の札が徐々に輝き始める。
マイヤはその様子から経過は順調と舞いを続ける。
だが、そこから先が問題であった。
マイヤの神通力は必要充分まで高まった。
しかしゲツエイの神通力が、安定しない。
(黄泉さん……)
まだ、疲労が取れずにいたか。
マイヤはそう考えたが、ゲツエイ、黄泉に足りないものがあった。
自分を信じること、自信であった。
(私に、本当に出来るのかな……。薫ちゃんは大丈夫でも、やっぱり私には……)
その迷いが、ゲツエイの本来の力を発揮出来なくさせていた。
あとひとつ、黄泉の背を押すものが必要────。
(────まったく、世話の焼ける弟子じゃ)
(え……)
ひどく、聞き覚えのある声だった。
黄泉の中に響いた、大切な人の声。
(師匠……! どこに、どこにいるんですか!?)
(そんなこと気にしとる場合か! まったく、教えることはもう無いと言ったがこればかりはしっかり教えねばな。心して聞くのじゃぞ、愛弟子)
(……はい!)
(まず、儂のことは考えるな。儂とお主では何もかも違う。マイヤもまた、センと孫の薫では違うように。自分流にいけ)
紫の言葉のひとつひとつが、黄泉の力となる。
弱まりつつあったゲツエイの神通力が勢いを取り戻し、札の輝きが増す。
(よし、いいぞ。では、次……信じるのだ己を、仲間を)
(自分と仲間を……)
(月影之舞は一人では放つことは不可能。マイヤがいるから放てるのだ。あやつを信じろ。捕らわれた小僧を信じろ。小僧を助ける力を持つ、己を信じよ。失敗のことなど考えるな、堂々と構えよ。お主は儂の修行に耐えきり、過酷な運命にも打ち克った。のう、愛弟子よ……お主は、強い子だ)
それを最後に、紫の声は聞こえなくなった。
だからといって、もう黄泉に不安はない。
心強い人達が、自分のことを支えてくれている。
だからもう────。
「オン・アリキャ・コン・ソワカ……! 今よ薫ちゃん!」
「承知ッ!」
マイヤの眼前に浮かび上がる札が円を描き回転。
準備は整い、技は成った!
「退魔!」
「覆滅!」
「「技法! 襲!」」
『月影之舞!』
放たれる厄除の槍が深紅の閃光と化し、結界に貼られた札を刺し貫く。
札を中心に一息で赤黒い亀裂が結界を走り、粉砕。
結界は完全に破られた!
女王バケアリの間では、女王バケアリが未だに捕まらない健に苛立っていた。
『こんなに捕まらないことある!? 子供達は何をして……ガッ!?!?』
突如、女王バケアリを襲う強烈な痛み。
そして、実感。
まさか、まさか、まさかと女王バケアリの口は震える。
『結界が破られた!? そんな馬鹿な!?』
「館の中へと突入します! 平装士の皆さんは警戒してください!」
「行こう、薫ちゃん!」
「ええ」
マイヤは平装士達に指示を飛ばし、ゲツエイと共に洋館へと突入。
扉を蹴破ると、中には複数のバケアリの姿があった。
突然のことに動けぬバケアリをマイヤとゲツエイは一撃で滅する。
数の分、一体一体の強さは大したことないらしい。
「健君! 健君どこ!」
ゲツエイが健の名を呼ぶと、二階から返事が聞こえてきた。
吹き抜けから顔を見せた健に思わず安堵するゲ
「黄泉さん!」
「健君! よかった無事で……!」
感動の再会であるが、まだまだバケアリは現れる。
余韻にはまだ浸れない。
「健君怨面は!?」
「その辺に落ちてないー!? って、うわ来た!?」
「その辺!?」
「あ……これですね……! ありました!」
バケアリの集団を槍の一薙ぎで滅したマイヤが、床に落ちていたソウテンの怨面を発見し確保。
健に渡したいが、あちらも結構窮地の様子。
だが、ここで健が予想外の行動を取った。
柵を越え、飛び降りようというのだ。
「投げてください!」
「……受け取って!」
マイヤは健に向けてソウテンの怨面を投合。
健は宙で怨面を掴み取ると、二階へと続く階段へと着地。それとほぼ同時に変身する。
「オン・マイタラ・ラン・ソウハ 羽搏け、蒼天! ────変身!」
風に乗り、羽が舞う。
空色の御伽装士ソウテン、見参!
『おのれぇ! 御伽装士ぃ!』
館の影の中から女王バケアリが現れ、マイヤとゲツエイ目掛けて鞭を振るう。
マイヤとゲツエイは飛び退いて回避し、マイヤは広間中央の階段、ゲツエイはソウテンの反対側の階段へと着地。
三人の御伽装士が女王バケアリと相対。
マイヤは槍を、ゲツエイは大太刀を、ソウテンは弓を構えて闘志を燃やす。
『なんなのよぉ!?』
「我が名はマイヤ。あなた方、化神を滅する夜の蝶でございます────」
『かかれぇ!!!』
鞭を叩き付け女王バケアリが号令を飛ばすとバケアリの群れが三大御伽装士へと襲いかかる。
だが、御伽装士は怯むことなくバケアリ達に立ち向かっていく。
先陣を切ったのはマイヤ。
身を捻りながら跳躍しバケアリ達の頭上を飛び越え、群れの中央へと槍を突き立て着地……とはならなかった。
「ハアッ!」
床に垂直に突き刺さった槍を柱に、マイヤは肢体は滑らかに蠱惑的に舞い、バケアリ達を翻弄。読めぬ舞に惑うバケアリ達に、鋭い蹴りが炸裂!
地に足つけることなく、華麗に舞い戦うマイヤのもとへとゲツエイが駆け付ける。
「薫ちゃん!」
「黄泉さん!」
ゲツエイが伸ばした手を握ったマイヤは勢いそのまま、槍を支柱にコンパスのように円を描く。
増す回転の勢いに気圧され、バケアリ達は近付くことも出来ない。
そして、解き放たれるゲツエイの紅刃。
「退魔覆滅技法! 激昂一閃・廻!」
超高速の一回転。
草薙の大太刀で周囲のバケアリ達を一刀で斬りふせる。
「やるなぁ黄泉さん! 僕も負けてられないな!」
退魔道具、穿空の弓矢を駆使して戦うソウテンは狙いを女王バケアリに定めた。
放たれた矢を女王バケアリは鞭で叩き落とすと、続けてソウテンへと鞭を振るった。
軽快に回避し、縦横無尽にソウテンは広間を駆け、跳び、女王バケアリを翻弄。
『大人しく打たれなさいよ!』
「そういう趣味はないからね!」
『なら……!』
両肩の蝋燭から溶けた蝋を手に塗りたくった女王バケアリは蝋をソウテンへと向けて投げ散らかす。
「うわっ!」
細かく無数に、散弾のように飛来してきた蝋を回避するソウテンは、さっきまで自分がいたところを目にしてひやりとした。
蝋が着弾した箇所が激しく燃えたのだ。
一瞬だったとはいえ、変身していても脅威と感じる熱。
当たるわけにはいかない。
当たらないのは、ソウテンの得意分野。
素早く、鋭く。
ソウテンとは、速き御伽装士である────。
「たあぁぁぁッ!!!」
『速い!?』
無数のバケアリを掻き分け、壁をも駆け、空色の残像が女王バケアリへと接近し打撃を叩き込む。
『ガッ!? チィッ!』
女王バケアリはこれ以上はやらせまいとピンヒールに似た足で弧を描くように床を擦ると、炎の壁が出来上がりソウテンを怯ませる。
『いきなさい私の子供達! 圧し殺しなさい!』
「数だけいたところで!」
押し寄せるバケアリを回避し、槍を構えたマイヤが飛び上がる。
「はっ!」
飛び上がったマイヤへと、ゲツエイが札を飛ばして術をかける。
すると、無数のマイヤが現れ一斉に槍を投合。
槍の雨に怯むバケアリ達。分身の放った槍は実体こそ持たないが、神通力で形成された槍はバケアリには威力充分。
あれほどいたバケアリ達は全滅。
『子供達!? おのれぇ!!!』
本体マイヤが放った槍を弾き、怒りに打ち震えた女王バケアリは迫るゲツエイとソウテンへと鞭を振るい後退させる。
両肩の蝋燭の火は激しく燃え盛り、女王バケアリの怒りと連動していた。
このまま女王バケアリごと燃やし尽くしそうなほどの炎の勢いは大技の発射態勢。
炎を纏い、女王バケアリは御伽装士達へと向かい突撃していく!
『うああああ!!!!!!』
「健君! 薫ちゃん!」
「僕達もいこう黄泉さん! マイヤさん!」
「ええ」
『退魔覆滅技法!』
三人の声が重なると、同時にジャンプし女王バケアリに向かいそれぞれのキックを放つ。
ソウテンは風を、ゲツエイは炎を纏い、マイヤは溢れる蝶の群れと共に。
「碧空疾風脚!!!」
「偃月劫火撃!!!」
「千蝶一蹴!!!」
『ぐああああッ!!!!!』
三人のキックが炎をものともせずに女王バケアリの胸を穿つ。
吹き飛んだ女王バケアリは壁に叩き付けられ、そのまま磔にされたかのよう。だが、女王バケアリの炎は死してなお燃え尽きず、その炎は壁と床を伝い燃え広がっていく。
「危険です。出ましょう」
「うん」
三人は館から飛び出ると変身を解除。
一瞬にして燃え広がった女王バケアリの炎に包まれた洋館を見上げた。
「終わったね……」
そう呟いた黄泉がふらつき、倒れそうになった。
即座に健が抱き止め、無事を確認する。
意識はあるようだった。
「黄泉さん!」
「えへへ……なんか安心したら力抜けちゃって……」
「おーい! 後の事は任せて君らは撤収だ。消防も来るからね。送っていくよ」
そうして、平装士達の長である針生が運転するバンに乗り三人は日向食堂へと。
その道中、車内では健の肩を枕にして黄泉が寝息を立てていた。
「黄泉さん……」
「力をだいぶ使いましたから……ゆっくりお休みになられた方が良いでしょう……。健さんもお疲れでしょうし……」
「うん、ありがとう……。ええと、カオルさん?」
「ふふ、夜舞薫と申します……。以後、お見知りおきを……」
礼儀正しく気品のある薫に健は最初こそ戸惑うも、自らの窮地に黄泉と共に駆け付けてくれた人だと感謝をこめて名乗り返した。
「黄泉さんから聞いてると思うけど、日向健です。助けに来てくれてありがとう」
「いえ……助けられるものは助ける。それが、夜舞家の家訓でございます……」
そう言って微笑みあった二人。
空の色は、少しずつ明るくなっていた。
日向食堂に到着した健を待ち受けていたのは母、裕子の抱擁であった。
もしかしたらという最悪の事態すら予想されていたが、こうして無事ということが分かり、日向食堂は安堵に包まれた。
安堵に包まれた結果、腹の虫が鳴った。
誰のものかはあえて触れない。
なんなら、鳴ったのは一人だけではない様子だった。
「よし、それじゃあ朝ごはんにするか!」
というわけで、朝ごはんである。
「薫ちゃん美味しい? というかお口に合う?」
裕子が心配そうに薫へと訊ねていた。
当の薫はぱくぱくと綺麗な黄色に仕上がっただし巻き玉子を食べているところ。
しっかりと咀嚼し、飲み込んでから裕子に返事した。
「はい……。大変、美味でございます……」
「よかった……こんな庶民の食事なんか出していいのかって不安だったのよ~」
「こんなとはなんだこんなとは」
「父さんも母さんもやめてよー」
裕子の言葉に少しカチンと来た晃。二人の喧嘩を健は諌め、黄泉と薫は気にせず食べ進めている。
薫の茶碗から白米がなくなるが、それではまだ足りない様子。
「あの、おかわりはどちらから……」
「あ、私がよそってくるね」
「あっ、黄泉さん……」
薫から茶碗を取り、黄泉が調理場の方へ。
ご飯を盛り、戻ってくると薫へと手渡した。
「はい、どうぞ!」
「ありがとうございます……」
「薫ちゃん、女の子なのに結構食べるね。華奢だし少食だと思ってた」
「黄泉さんがそれ言う?」
「なに健君?」
「な、なんでもないよ!」
ぎろりと黄泉の視線が健を貫く。健はすっかり縮こまってしまった。沈黙は金である。
「御伽装士は、身体が資本ですゆえ……。それと……」
「それと?」
「私、男でございます」
その言葉に固まる薫以外の四人。
薫は何も気にせず、白米を頬張り、焼き鮭の身をほぐし、口に運んでいた。
「あ、あはは。やだなー薫ちゃん! いきなりジョーク言うからびっくりしちゃったよ~!」
「本当、意外とお茶目さんなのね~!」
空気を変えようと黄泉と裕子がそう言うが、薫は少し不服そうな表情となった。
「ジョークではありません。本当でございます」
「え、え、え。か、からかってるんだよね?」
「ですから、本当でございます。……見ますか?」
「見っ!?」
薫は立ち上がると着物の帯をほどき始め……。
「待って待って薫ちゃん!?」
「分かった! 分かったから! 男の子だって信じるから!」
「そうですか……」
何故かシュンとしながら薫は帯を巻き直す。
こんな波乱もありながら、朝食が進んでいった。
時刻はまだ8時を回る前。
日向食堂の前では、薫はアラシレイダーに跨がっていた。
「大丈夫? 今から運転……3時間以上かかるんでしょ?」
「休み休み参ります……。それに、こういう機会でないと三陸道を走る機会もないでしょうから……」
青森は八戸から仙台までを繋ぐ三陸縦貫自動車道。
海沿いのこの道を真っ直ぐ走れば、その途中に薫の町がある。
太平洋を臨みながらツーリングを楽しもうという魂胆である。
「薫ちゃん、本当にありがとう。助けに来てくれて」
「いえ……これからも、何かあれば……駆けつけます……」
「うん……! あ、それじゃあ私も薫ちゃんのピンチに駆けつけるね!」
「ふふ……それは、とても心強く……」
「それじゃあね薫さん。いや、君……?」
「呼びやすい方で構いません……」
「それじゃあ……薫……さん!」
「はい……。それでは、またいつか……」
アラシレイダーを走らせ、薫は帰路につく。
その背を見送る黄泉と健達。
その表情は明るく、笑顔であった。
「なんか、頑張ろうって感じしてきた……!」
「そうだね、修行頑張ってもっと強くなろう!」
「うん……でも、その前に……ねむ……」
一晩中バケアリと鬼ごっこをしていた健。
戦闘までこなして、鍛えているとはいえ流石にそろそろ限界であった。
「じゃあ一眠りしたら組手!」
「え! 今日から!?」
「よーし、俺も相手になるぞ」
「父さんまで!?」
日向食堂に笑顔が戻る。
二人の若き御伽装士の道はまだ長い。
だが、この笑顔が絶えなければ二人に敵はないだろう。
気仙沼湾を越える横断橋を駆ける薫とアラシレイダー。
おだやかに青々とした海の上を飛んでいるかのよう。
この海のような平和な日々を守るため、薫達御伽装士の戦いは続いていく────。
平穏を穿つ弾丸は音もなく放たれる。
次なる標的は、あなたかもしれない。
次回 魔弾
狙われた街に、光射せ。