仮面ライダービャクア外伝 仮面ライダーマイヤ 作:大ちゃんネオ
白いマシンが紅葉美しい三陸の山々を越えていく。
海を臨み、燃えるような紅葉と清いせせらぎの川、悠久の時を感じる雄壮な岩山。
絵画のような景色は、ツーリングの醍醐味だ。
途中、道の駅によって岩手名物短角牛の串焼きを頬張りながら青年はスマートフォンのマップを確認して呟いた。
「あと少しだな……」
青年は八戸で世話になった御守衆の老人から聞いた話を思い出していた。
「岩手に行くんなら夜舞家の世話になりな。高天原に並ぶ御伽装士の名家だから。沿岸をそのまま下っていけばいいよ」
バイクで走ること三時間以上。
もう間もなく、目的地に到着する。
途中の電光掲示板が「県内死亡事故多発!」という物騒なお知らせを出していたことを頭に残し、青年はヘルメットを被る。
「よし、もうひとっ走りだ」
旅の餞別にと贈られた愛車のフブキホッパーにそう告げてエンジンを入れた。
旅人は、次の出会いに胸を膨らませていた。
夜舞邸執務室。
執務室というだけあって、執務、つまり仕事をする部屋なわけだが。今、一触即発といった緊張感に包まれていた。
数分前、執務室に入室した夜舞家元当主の夜舞薫とその付き人である五十鈴真姫。
薫はパソコンを開き、夜舞家勤めの装士達のシフトの確認を始めたのだが……。
「……真姫」
「なんでしょう」
薫はブルーライトをカットする眼鏡を外し、真姫に赤い瞳を向けた。
「なんですか、これは」
「なんですかって、私のシフトです」
「ええそうです。私が言いたいのは……なんで休んでないんですか」
シフト表には、五十鈴真姫という名の横にずらぁぁぁぁぁぁぁっと、○が並んでいた。
出勤ということである。
「真姫はうちをブラック企業にするつもりですか? 県本部にも報告するんですよ、これ」
「それを言うなら……」
真姫はマウスを手にし、スクロール。
最上部の夜舞薫の名前の横にも、○が行列を作っていた。
「薫様もこの通りです。主が働いているのに、休む付き人が何処にいますか」
「ここにいて欲しかったですね……。私のことは気にせず、休むように。週休二日、いえ、完全週休二日です」
そう言って、薫は真姫からマウスを取り返すと真姫のシフトに休みを入れていく。
「ああなにを! それなら薫様だってお休みを!」
「私はいいのです。気にせず真姫は休みを取るように。今月だって休みが少ないというのに……。そうだ、今月取れない分を来月に繰り越して週休三日にします」
「やめてください! 何故そんなに休ませたがるんですか!」
真姫に問われた薫は反論しようと口を開くも、机上のカレンダーに目が行き、出かけた言葉を飲み込む。
そして、別の方便を立てた。
「働いたら休むものです!」
「薫様もそうすべきです!」
「私はいいですから!」
「何故です!」
二人はデスクの上で攻防を繰り広げていた。
互いに相手を休ませ、自分は働こうと。
「付き人なら主の言うこと聞け!」
「部下の声に耳を傾けるのも上に立つ者の責務です!」
「いいから休めって!」
「聞けません!」
薫はつい男口調が出てきてしまうほどに口論は白熱してしまった。
こうなると、いよいよ関係のない話題まで飛び出してしまう。
「屋敷の私の部屋に薫様の漫画とアニメのDVDとフィギュアとか置くのやめてください! 私までオタクと思われるじゃないですか!」
「読んでるくせに! 漫画とか興味ありませんみたいな顔しておきながら!」
「どうせ私に勧めたいけど断られるから私の部屋に置くようになったのでしょう!」
「そもそもお前は五十鈴の家にもっと帰ってあげろよ! 幸子さん心配してたぞ!」
「ここだって私の家です!」
止まない口論。
部屋の外にも聞こえるほどヒートアップしてしまったので、そろそろ第三者が介入する頃である。
「なんだ騒々しい!」
勢いよく扉を開けて入ってきたのはセンであった。
「真姫が!」
「薫様が!」
互いに悪いのはこっちだと主張した瞬間、二人の脳天に強い衝撃が走った。
げんこつである。
「変若蓬莱の術……使いやがった……痛ぁ……!」
「ぐぉぉ……」
一瞬だが若返ったセンによる拳骨は流星の如し。
普通の拳骨では回避されるだろうからと、わざわざ若返ったのだ。
「喧嘩両成敗だ。で、何を騒いでいたんだ」
「真姫が休もうとしないから」
「薫様がお休みになられないので」
センの前で並んで正座した薫と真姫は言い分を言って睨み合う。だが、センが睨み付けてきたので言い合いは我慢した。
「……はぁ。真姫、お前はちゃんと休むように」
「なっ……! 何故です!?」
「休める時に休んでおかなければ、いざという時、満足に動けんからな」
センの言い分に、真姫は納得いかなかった。
「であれば薫様だって同じことです!」
「御伽装士はそうもいかないものだ。真姫、お前の働きぶりはよく分かっている。気持ちも理解する。だからこそ言うぞ。休め。いいな?」
「……承知しました」
「薫も、難しいだろうが休める時に休んでおけ」
「はい」
二人に言い付け、センは部屋を出た。
不服げな真姫と対照的に薫は晴れ晴れと勝ち誇った顔を浮かべている。
「というわけだ。真姫は休め」
「くっ……! 先々代のお言葉をお忘れですか! 休める時に休んでください!」
「ああ、もちろんそうするさ。ただ今日は仕事があるからな。真姫はちゃんと休めよ」
顔を背ける真姫。膝の上に置かれた拳は強く握り締められている。
そんな中、扉を叩く音が響いた。
「どうぞ」
薫はいつものお嬢様然とした立ち振舞いに戻っていた。
返事を聞き、扉を開けた女中の顔には何やら困惑の色が見える。
何か、判断に困ることでもあったのだろうかと薫と真姫は顔を見合わせた。
「失礼します。薫様、お客様がお見えなのですが、その……こちらを、と」
「書状……?」
薫は女中が手にしていた紙を受け取り、開いて読み進めた。
今時筆で書かれた、それも達筆。
この書は、紹介状であった。
「驚きました……。まさか、高天原家から」
「高天原というと、北海道の?」
「ええ。テンユウ、でしたか。少々曰くのある怨面で……たしか、最近二つの怨面が見つかったとか。あちらもなかなかに大きな騒動を対処されたのは、何月か前の話ですが……。どんな方がこれを?」
「若い男の方です。アラシレイダーに似た白いバイクであちこち廻っているとかで」
白いアラシレイダーに似たバイクという言葉で、薫は思い出した。
「そういえば、高天原家の新型バイク開発のために技術提供をしたことがありましたね。私が応対しますので、お通ししてくださいな」
「かしこまりました」
礼をし、部屋を出た女中を見送った薫は笑顔を浮かべていた。
「客人が嬉しいのですか?」
「それもあるけど、乗ってこられたというバイク。どんな子か楽しみで」
人よりもバイクを見るのが楽しみというのは、客人には聞かれないように。
真姫は釘を差すと、薫は間延びした声で返事をするのだった。
女中さんに案内され、屋敷の中へ。
広さは高天原の屋敷と変わらないぐらいだろう。
ただ、聞いた話によると夜舞神社も含めた一帯の山々が夜舞家の土地らしい。
その山は御伽装士の修練場で、昔は東北の装士達が利用していたと八戸で出会った元装士のおじいさんから聞いた。
屋敷の外装からして純和風を想像していたが、内装はモダン。恐らく、内装だけリフォームしたことがあるのだろう。
「ご当主の薫様はこちらに」
扉の前で女中が言った。
一気に緊張が高まる。
これも聞いた話だが、夜舞家現当主の夜舞薫は千年前に封印された恐るべき化神を倒した凄腕だという。
功績を称えられ、総本山付きという特に危険な任務を与えられるほどの人物だ。
一体、どのような人なのか……。
視線だけで射殺されたりしないだろうか?
「失礼します薫様。お客様をお連れいたしました」
「どうぞ」
女中さんは容赦なく扉を開けた。
まだ人という字を飲み込めていないのに。
「わ……」
その部屋は当主の執務室だと後から知ったが、美しい赤が視界に広がる。
目に痛くはない。優しく落ち着いた色合いで、気品のある内装だ。
大きな机は年代物だろう。
家具は全てアンティークだ。
執務机に客人応対用のローテーブルとソファー。棚には絶対に割ってはいけないだろう皿や銀食器などが飾られている。
そして、部屋の主もまた、よくこの部屋に似合っていた。
和モダンな部屋に立つ少女は着物を着こなしていた。
秋らしい、紅葉の柄だ。
日常的に着ているのだろう。様になりすぎている。
小柄で、人形のような少女だが、部屋の赤よりも深い紅の瞳が輝いて、彼女を人たらしめている。
その傍らの金髪をサイドで纏めた少女は付き人らしく息を潜めているのもあり、より着物の少女が当主と主張していた。
「遠路遥々、よくお越しくださいました。夜舞家当主の、夜舞薫と申します」
あまりの丁寧な所作に目を奪われ、反応が遅れる。
なんというか、完成されている。
出来すぎているとも言えるかもしれない。
あまりの和製お嬢様の完成度の高さに目を奪われ、つい反応が遅れてしまう。
気を取り直して、こちらも挨拶だ。
「俺、丑川内人っていいます。紹介状に書いてあったとおり、あちこちの御守衆を巡る旅をしています」
「内人様、ですか……」
「ああいや! 様なんてつけられるような身じゃ」
「ふふ……。それでは、親しみをこめて内人さん、と……」
ああ、これはいけない。
俺は今、本物のお嬢様と向かい合っている。
一挙手一投足、笑い方まで、全てが完成されている。
どっかの三つ子エセお嬢様達に見せてやりたいぐらいだ。
どうだ、これが本物のお嬢様だと。
爪の垢なんて存在しないだろうけれど、彼女の爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。
そう内人が思った瞬間、北の大地で三人の少女が同時にくしゃみをしたという。
「どうぞこちらへ。バイクでの長旅でお疲れでしょう」
「すみません、失礼します」
ソファーに腰かける。
いい座り心地だ。これなら一日中座っていられる自信がある。
「お茶は、普段は何をお飲みに?」
「えっと……特別こだわりは。自販機で気分にあったものを買って飲むぐらいで」
「そうですか……。では、紅茶でもよろしいですか」
「は、はい」
「それでは、紅茶を……。ミルクはお入れになります? それともストレートで?」
「え、ええ。ストレートでお願いします」
「承知しました」
俺を案内してくれた女中さんに会釈する。
ご当主に視線を戻すと、やはり煌びやかだ。
夜舞家と高天原家。どこでこんなに差が開いたのか。
「高天原の家は、色々とお忙しそうですが」
「ええ……。その、本当に色々と入り組んだ事情もあって。そんな時に出ていくのはどうかなとも思ったんですがね。いい機会でもあるかなと」
「そうですか……。ああ、決して内人さんを責めるような意図はありませんので」
「大丈夫です。分かっていますから」
その後、しばらく俺自身の話や高天原家で起こったこと、旅のことなどを話した。
薫嬢は聞き上手なようで、つい話し過ぎてしまった気がする。
「ふふ、高天原の皆様にお会いしてみたいです」
「北海道に行くことがあれば……。そういえば、静久は総本山から声がかかっていたようなので静久とはそのうち会えるかもしれません」
「それは……。もしも、総本山に来られるのでしたらとても嬉しく……。同年代の方が少なく、寂しかったものですから」
やはり総本山ともなればベテランばかりになるのだろう。
若き天才、秀才と持て囃されても同じ人だ。同年代が近くにいてほしい気持ちは想像に容易い。
それを考えると、静久は総本山で上手くやっていけるだろうか。正直不安だ。
「もしも静久と会うことがあれば、仲良くしてあげてもらえると助かります。マイペースな変わった奴なので……」
「それはもちろんです。せっかくの同年代ですから。友人が増えるのは良いことです」
にこりと笑う薫嬢が続けて話してくれたのだが、総本山は歳上ばかりだが、ここ最近は薫嬢や三つ子のような若い世代の活躍が目覚ましいのだという。
仙台、名古屋に同年代の御伽装士がいて、それぞれ様々な脅威を打ち破り、薫嬢は彼等と共に戦ったこともあると話してくれた。
「仙台にも近々行く予定です。その前に、この町や皆さんを見ておきたくて数日滞在したいのですが……。その、宿とかはこの辺り……」
「ふふ、お部屋はたくさんありますので、どうぞお泊まりになってください」
それはとても助かる。
内心、泊めてもらえないか期待していたのだ。
金銭面に関しては援助してくれる伝手があるのだが、あまり頼り過ぎるわけにもいかない。
とはいえ、どうしたって旅というものは金がかかるものだ。
甘えられるところは甘えていくのが一番だ。
「数日と言わず、しばらくでも構いませんよ?」
「いや、そこまで厄介になるわけには……!」
薫嬢は俺の様子を見て、悪戯が成功した子供のように笑っていた。
からかわれた……。が、嫌な感じはしない。
そういうことをする一面もあるのだと、愛嬌として捉えることが出来る……ようになったのは、三つ子達の苛烈な悪戯に慣れてしまったせいだろうか。
いや、だとしても可愛らしいからかいだ。
「客間を準備させますね。屋敷の物は自由に使ってもらって構いません」
「ありがとうございます。代わりになるか分かりませんが、滞在中は出来ることならなんでもお手伝いします」
一宿一飯以上世話になるので、その分はしっかりと貢献しなければ。
ただ、何か出来ることがあればいいが。
こう大きいところだと、人員も足りていそうだし出る幕がないかもしれない。
「……なんでも?」
「はい。なんでも」
何か、薫嬢の様子が変わったような。
なんでも、という言葉を確認していた。
なんでもの範囲はもちろん俺に出来る範囲でだが……。何か、とんでもないことを言い出すつもりではないだろうか。
燕の子安貝とか竜の頸の玉を取ってこいとか……。
「内人さん」
「は、はい……」
改まった薫嬢は真剣な面持ちで、俺の名を呼んだ。
こうなれば、鬼が出るか蛇が出るか……!
「滞在中、私の付き人をしていただけませんか?」
困惑に「へ?」と間抜けな声が漏れてしまう。だが、そんな声は薫嬢の付き人の「は?」という声にかき消されてしまった。
客間に荷物を運び、再び薫嬢の待つ執務室へ。
時刻は11時手前。早起きのせいか、一日が長く感じる。
「さて、内人さん。今日の予定は午後2時から県本部の方々とのオンラインミーティング。終わり次第、鍛練。というわけでミーティングまでは時間があるので、サクッと私が町を案内いたします」
「何から何まですいません」
「いいんです。それと、気安く接していただいて構いませんので」
「それじゃあ……薫ちゃんで」
俺がそう呼ぶと、薫ちゃんは嬉しそうに笑った。
三つ子は三つ子なので呼び捨てだが、彼女はおいそれと呼び捨てには出来ない。
……これも、ある意味特別扱いだろうか。三つ子にとっても、薫ちゃんにとっても。
薫ちゃんの案内で徒歩数分。屋敷からすぐのところにあるのが夜舞神社。
想像よりも広いし、細やかだが資料館も併設されている。
「夜舞神社は千年前、初代マイヤの美羽様がバケゲンブを封印した折りに建立したのです」
「千年……。想像出来ないな……」
「遠い昔の出来事……。その果てに、私達がいるのです」
薫ちゃんはそう言い、賽銭を投げる。
俺もそれに倣い、夜舞神社を拝んだ。
願い事は……まあ、みんな健康でいられますように。
千年の歴史に敬意を払い、次の場所へ。
それにしても、御伽装士に歴史あり、だな。
次に訪れたのは夜舞邸の裏山。
御伽装士の修練場だというが、歩けど歩けど野山にしか思えない。そう思った時だった。
突然、薫ちゃんが扇子を取り出し空を払った。いや、カコン!という音からして、何かを扇子で弾いたらしい。
まったく俺は見えなかったけど……。
「たぁッ!」
突然、木々の茂みが揺れて小さな影が躍り出る。
全身を木葉で覆ったそれはなんだ、化神か!?
それは薫ちゃんを襲おうとして……!
「危ない!」
庇おうと前に出る。
だが、化神のようなものは俺の肩を踏み台にして飛び上がると薫ちゃん目掛けて急降下。
何か長物を手にしている。木の棒、いや木刀か!
高く振り上げたそれが直撃すれば命の危機だ。
だというのに、薫ちゃんはまったく気にも留めていないよう。
更に驚くべきことに薫ちゃんは容易く木刀を白刃取りし、身を捩る。
「うわっ!」
木刀を掴んだままのそれは体勢を崩して茂みに叩き付けられ、薫ちゃんは立ち上がれないよう背中を押さえ付け首筋に先程の扇子を当てた。
「薫ちゃん、そいつは……」
「ふふ、ちょうど紹介しようと思って来たんです」
薫ちゃんの言葉に目が点となる感覚を覚えた。
敵では、ない?
「ほら勝人、お客様にご挨拶」
そう言いながら薫ちゃんはそいつの木葉まみれの仮面を取った。
すると、露となったのは小学生になったかどうかといったぐらいの少年。
元気よく立ち上がると、少年は俺を見上げて名乗った。
「鈴木勝人! ししょーの弟子!」
なんて簡単な自己紹介。
師匠の弟子って、そりゃ師匠がいるなら弟子だろう。
それにしても、誰なんだその師匠は。
「駄目ですよ勝人。お客様の肩を踏み台にしたら」
「だって、ししょーが山に入ってる時はいつでもいいって」
「師匠って……薫ちゃんが、師匠?」
「ふふ、はい」
笑いながらも照れ臭そうに薫ちゃんが答えた。
「それ以外に誰がいるんだよ」
……生意気な少年だ。
しかし、これに乗ってはいけない。
相手は6才ぐらいなのだから。
「いやだって、薫ちゃんまだ高校生だし……」
「まあ、師匠見習いと弟子見習いといったところです。色々あって、家で預かってるんです」
「なるほど……。それで、今のは?」
「山に入ってる間、勝人はいつでも私に襲いかかってもよし」
「それで、イッポンとる!」
やる気満々に勝人少年は答える。
さっき負けたばっかりのくせに。
……いかんいかん。
「おじさんからは簡単に一本取れそうだね!」
「なっ」
「勝人」
珍しい、薫ちゃんの厳しい声。
流石に師匠は怖いのか、それ以上は何も言ってこなかった。
それにしても……。
「おじさん……」
「な、内人さん……。内人さんは充分お若いじゃないですか」
「そうだけど、そうだけどさ……」
自然と出たであろう言葉。
勝人少年から見たら俺はお兄さんではなくおじさんに見えるらしい。
その事実が、胸に突き刺さって痛かった。
勝人少年も連れて更に歩くと開けた場所へ。
そこでは、背の高い金髪の……女の子か。
「っ! はあっ! てぇい!」
地面に立てられた丸太に何本かの棒を備えたそれは木人椿と呼ばれる。短い金髪の少女は格闘技の鍛練に用いられる設備と組手をしていた。
でもあれ、本当に木人椿か……?
なんか、一人でに動いてない?
「神通人形木人、神通力で動くんです。こちらの力量の、ちょっとだけ上ぐらいを想定して動いてくれるので、なかなか便利ですよ」
俺の考えを見抜いたように、薫ちゃんが説明する。
そんな物が存在していたとは。見た記憶はないけど、高天原の家にもあったのかな。
それにしても、そんなものが何本も。
他にもどんな用途で使うのか想像もつかない設備がちらほらと。
あそこの砕けた岩とか……もしかして、そういう……?
「邪魔しては悪いので、終わるまで待ってましょう」
「ああ……。あの子も御伽装士?」
「ええ。三葉樹羅、またの名を御伽装士リンガ。先代から怨面を継承したばかりの、まだまだ駆け出しの新人です」
駆け出しの御伽装士か。
なんというわけではないが、親近感を覚える。
俺も御守衆の新人。
心の中で一緒に頑張ろうと応援。
だが、木人の攻撃が速度を増す。薫ちゃんは自分の力量のちょっと上ぐらいで動くと言ったけれど、それは確からしい。
遠目ではあるが、木人の攻撃への反応が遅れつつあるのが分かる。
腕も足も全力で動かしてやっと追い付くほど。
それを、御伽装士になるための修行を積んできた人がだ。
俺があれをやったら何発食らうだろうか。
想像もしたくない。
「くっ……おぉぉぉぉ!!!!!」
裂帛、というよりも自然に出た雄叫び。
あんなのを本気でやっていたら誰だって叫ぶだろう。
木人は疲れ知らずだろうが、あの子は御伽装士といえど人間。体力の限界が近いはずだ。
その限界を超えようと、叫ぶ。
そして、殴打二発、蹴り一発を捌いた時だった。
「らあッ!!!」
僅かな隙を突き、木人の中心に拳が叩き込まれる。
攻撃を食らったことで威勢の良かった木人は一転、手足をだらりと力なく下ろした。
これで、ひとまず終了らしい。
「くあー! 疲れたー!!!」
枯れ葉だらけの地面に大の字で寝転ぶ彼女のもとに薫ちゃんが歩み寄っていった。
仰向けに寝転ぶ樹羅という少女の顔を覗き込み、薫ちゃんは労いの言葉をかける。
「おつかれ、樹羅ちゃん」
「おう」
どこか照れたように、ぶっきらぼうな返事をした少女は上体を起こして、初めて俺に気が付いた。
「誰」
「丑川内人さん。今、付き人をやってもらっています」
「どうも」
薫ちゃんが答え、俺は軽く会釈。
すると彼女は薫ちゃんに疑いの眼差しを向けた。
「マジで言ってる? 真姫姐さんは?」
「休暇を与えました。それまでは内人さんが私の付き人です。高天原家の御伽装士の付き人をされていた、実績のある方なんですよ」
「これがぁ?」
その物言いには流石にムッとする。
それにしても、薫ちゃんと彼女は気安い関係のようだ。
薫ちゃんのことを呼び捨てで呼ぶ人は今のところいなかったし、御伽装士の新人という彼女が先輩である薫ちゃんと対等に話しているあたり普通に友人なのだろう。
「そういうわけで、よろしく頼むよ。樹羅ちゃん」
「ちゃん付けすんじゃねぇ!」
いきなり地雷を踏んでしまった。
流石に馴れ馴れしかったか。
「樹羅ちゃん」
「……そう呼んでいいのは薫だけだ」
「咲希も樹羅ちゃんって呼んでますよ」
「あいつは何回言っても直さねえんだよ!」
なんとなく、この子のキャラが分かってきたぞ。
「まあ、よろしく。樹羅ちゃん」
「だからそう呼ぶんじゃねぇ!」
屋敷の縁側で茶を飲むセン。その隣には、誰も座っていない座布団と茶飲みと茶請けの羊羮が置かれていた。
秋の心地よい日差しとほんのりと冷えた風が吹き、庭の紅葉が揺れる。一枚の葉がひらりと落ちて、池の水面に浮いた時、センに話しかける者がいた。
「式を寄越すから何かと思えば、茶飲み仲間をご所望か?」
気安くセンに話しかける黒いローブに身を包んだ少女が座布団に腰掛け、羊羮にかじりつく。
一体どこから現れたのか分からぬ彼女にセンは動じず会話を続けた。
「ただ話すというのも味気ないだろう、紫」
少女、河南紫はクヒヒっと癖のある笑い方をした。
「なるほど、確かに甘味があれば話に花が咲く」
「ああ。……ただ、話す内容は甘くもなければ花が咲くものではないな」
目を細めセンを見つめた紫は茶を啜り、湯呑みを置くと腕を組んだ。
なかなか、真面目な話のようだと腰を据える。
「先日、開発中の擬似退魔道具が盗難された」
「耳にしている。犯人は捕らえたが、物は行方知れずなのだろう? 犯人に拷問でもすれば良かろうに……最近流行りのこんぷらいあんすか?」
「……犯人は聴取中に死んだよ」
センの言葉を、紫は聞き返した。
「話では、聴取中に突然様子がおかしくなったらしい。幻覚や幻聴の類いもあったということだ。そして、そのまま」
「……病と処理したか」
「いや。犯人は至って健康だったらしい。まるで原因が掴めていない。呪いの類いとしても、一体いつ、どこの誰によるものかすら」
紫は顎に手を当て考えこんだ。
術の天才と呼ばれた彼女の知恵を持って、何か掴めないかというのがセンの考え。
「……その、幻覚と幻聴というのは」
「突然、熱い、痛い、痒いと言って身体を掻きむしった後に……水を怖がる様子を見せて、死亡したらしい」
「センよ、その症状、何かに似ているとは思わんか」
「……狂犬病か」
「ああ。しかし、この国は狂犬病を発生させないことに成功した国じゃ。それも、ワシらが童子の頃にな」
紫の言っていることをセンももちろん分かっている。
国外で動物に噛まれて発症した例を除けば、日本で最後に狂犬病が発生したのは1950年代のことだ。
それに、狂犬病にはいくつかの症状の段階がある。今回の件は、その症状がいっぺんに現れている。
病ではないはずだ。
「……御伽装士の修行を始めた頃、師匠連中から聞かされた話がある」
「……?」
「ゲツエイと近しい時期に造られた怨面の話じゃ。それもまた呪術を扱うことに長けた怨面であったそうでな、名をキジュツという」
キジュツ。
センはその名を脳内で反芻するも記憶になかった。
ともすれば、夜舞家にある書物の記録にも存在しないだろう。
「ワシらの大先輩方が声を震わせ怪談話として聞かせてくるようなもので、正直まともに聞いてはいなかったのじゃが……。唯一覚えているのは、取り分け恐ろしい呪術を備えていたということだけ」
「その呪術とは……」
センは身を乗り出して紫の話に聞き入っていた。
「それに噛みつかれたものは決して逃れられぬ呪い、狗噛神────」
「イヌガミ……」
「噛まれた者はたとえ地の果てまで逃げようと、地獄の如き苦しみを味わい、この世のものとは思えぬ形相で死んでいくという……」
地獄の如き苦しみ。
この世のものとは思えぬ形相で死んでいく。
どちらも、あてはまっている。
センの中で嫌な予感が強まっていく。
「ワシがこの話を聞いた頃ですら、幻の存在として語られていた。失伝してから、かなり経つのじゃろうな……」
「その怨面が、何者かに見つけられていたとすれば……」
「ああ。そういうことも起きような」
二人は黙り込んだ。
旧い友人の気安い茶会ではなく、歴戦の戦士の集い特有の緊張感が場を包み込む。
黙りこくった二人だが、紫は残った羊羮を平らげ茶を飲み干すと軽く跳ねるようにして立ち上がった。
「なかなか厄介な事態じゃ。動かんことには何も掴めん」
「申し訳ないが、頼めるか」
「任せておけ。河南紫は頼もしい友であると心得とくんじゃな」
「相変わらず、調子のいい奴」
「クヒヒっ! さて、怨面絡みとなると最悪の場合、御守衆に内通者が潜んでいる可能性がある。連絡は式神で頼む」
「ああ」
「さて、それではまた旅に出るかの……。河南紫、幻の怨面キジュツを追え、じゃな!」
そう言い残し、霞のように消える紫をセンは見送った。
今回の一件はとにかく根深いものがある気がしてならない。
用心して臨まねばとセンは気を引き締め、午後の会議に備えた。