仮面ライダービャクア外伝 仮面ライダーマイヤ   作:大ちゃんネオ

30 / 35
旅人 後編

 障子の向こう側が明るくなって、大人達の声が聞こえてくる。

 急いでいる声。

 目を擦り、布団から起き上がって部屋を出る。

 廊下の向こうで、パタパタと走る女中さんや技師のおじさん達が見える。

 化神が出たのだろう。

 隣の師匠の部屋も明かりがついている。

 こっそり障子を開けて見ると、師匠が着替えているところだった。

 黒い革のスーツに袖を通す師匠の顔は、いつもの優しいものではない。

 ああいう顔を、凛々しいと言うんだと思う。

 

「勝人? 起きちゃいましたか」 

 

 師匠は準備を終えて部屋を出ようとして、おれを見つけると、いつもの顔になった。

 優しく、微笑んでる。

 

「ちょっとうるさいかもしれないですけど、寝てていいですからね。寝る子は育つ、ですよ」

「うん……」

 

 師匠の手が頭を撫でる。

 

「それでは、いってきます」

「いってらっしゃい!」

 

 戦いに向かうその背中が、父さんに見えた。

 身長も体格も全然違うのに。

 それでも、同じことは。

 誰かを守るために、戦いに行くことだ。

 

 

 

 

 

 

 草木も眠る丑三つ時も近いというのに、夜舞邸は一気に騒がしいものと化した。

 屋敷隣の車庫では技師達が出撃前の緊急点検。

 ベテラン達の淀みない作業によりアラシレイダーの出撃準備は完了。

 そこへ、ヘルメットを被りやすいように髪を纏めながら黒と紫のライダースーツ姿の薫が現れる。

 

「準備は」

「いつでも行けます。お気を付けて」

「はい」

 

 戦いへ赴く薫は技師達へにこやかな笑みを見せ、ヘルメットを受け取る。

 ヘルメットを被り、アラシレイダーへと乗り込みエンジンが目覚める。

 鋭い眼光のようなライトが闇を切り裂く光を放ち、嵐の名を持つマシンが発進。

 

「薫!」

 

 屋敷の玄関を飛び出た樹羅が名を叫ぶ。

 薫は冷静かつ的確に樹羅へ指示を出した。

 

「私は先行します。樹羅ちゃんは車で追いかけてきてください」 

「わかった!」

 

 勢い良く返事をした樹羅はアラシレイダーが走り去る方向とは逆の車庫へと向かい、任務用に改造されたバンの後部座席に乗り込む。

 通信機器などが並ぶ中に座り込み、バンは動き出す。

  

 

 

「人避けは張るが場所が場所だ。国道封鎖も視野に入れるぞ」

 

 夜舞神社の本堂。大きな水瓶を水鏡にし、センはバケムカデを映し出す。

 国道の二車線を我が物顔で這い駆ける巨躯。

 センは生理的な不快感から顔をしかめた。

 

「こいつ……かなり食ったようだな。例の自動車連続襲撃はこいつの仕業か?」

 

 なんにせよ、と続けながらセンは無線機を手に取り、アラシレイダーで駆ける薫へと繋いだ。

 

「聞こえるか、薫」

「はい、おばあ様」

「バケムカデだが、想定よりも大きい。そして、速い。人避けの術の範囲外に出られる可能性が高い。迅速に討て」

「了解しました……!」

 

 

 

 センの指示を受け、薫は舞夜の怨面を手にする。

 

「オン・ビシャテン・テン・モウカ。舞え、マイヤ」

 

 ライダースーツの下、薫の肢体に駆け巡る血色の紋様。

 痛みに目を細めながら、薫は呪いの最後の句を告げる。

 

「変身────」

 

 怨面を纏い、薫の身体が紫光に包まれる。

 風に揺らめく光が弾け、薫はマイヤへと姿を変えた。

 マイヤとなったことでアラシレイダーはリミッターを外し、更なる加速。

 宵闇を切り裂き、山間部を縫うように敷かれた国道を疾走する。

 

「いた……」

 

 ギチギチという音を響かせながら蠢くバケムカデの長い身体。

 無数の足が規則的に稼働し、カーブの多い道を難なく進んでいく。

 

「このまま進めば町に……!」

 

 三陸沿岸部は入り組んだ湾と山々に囲まれ、人口密集地帯である街がぽつぽつと点在しており、町は容易く途切れる。

 人口密度が低いため、山間部で戦えば民間人を巻き込むリスクは少ない。

 だが、この速度でバケムカデが走り続ければ10分ほどで町に辿り着いてしまう。

 それだけは、なんとしても防がなければならない。

 10分以内に、あの巨大な化神を討たなければならない。

 

「アカツキで一気に……」

『薫』

「舞夜様……!」

 

 怨面に備わる擬似人格。

 時折、何気ないことで話しかけてくることもあるが滅多なことではない。

 舞夜は薫の考えを見抜いていたようだ。

 

『臆する必要はない』

 

 そう言い残し、舞夜は沈黙。

 そして薫は思考した。

 臆する必要はない、とは。

 

「アカツキを使うまでもない、ということですか」

 

 巨体に気圧され、力量差を正確に把握出来ていなかったということか。

 自分もまだまだだと怨面の下でフッと笑うと、厄除の槍を呼び出し、右手に構えてバケムカデへと接近。

 アラシレイダーの上に立ったマイヤはバケムカデへと飛び移り、背の上を駆け抜ける。

 

『ん……? お、御伽装士! 来た……!』

 

 巨躯の先から突き出たヒト型の上半身が振り向き、迫るマイヤの姿を認めると、長い身体を波打たせマイヤの走りを妨害する。

 

「くっ……!」

 

 妨害を受け、マイヤはバケムカデの身体から落下。

 アスファルトに叩きつけられるかと思ったが、アラシレイダーが即座に反応。アラシレイダーに飛び乗り、バケムカデの後ろにつく。

 

「アカツキの力を使うまでもないと言っても、巨大というだけで難敵!」

『し、死んじゃえ……!』

 

 バケムカデは減速するとアラシレイダーを駆るマイヤに覆い被さる。

 そして、無数の脚がマイヤを踏み潰そうと振り下ろされる。

 

『死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ……!』

「くっ!」

 

 アラシレイダーを操り、糸を縫うように無数の脚を回避するマイヤ。

 バケムカデの下にいては、このまま踏み潰す脚という豪雨に打たれ続けるのみ。

 回避しながらもバケムカデの中から逃れようと、マイヤは姿勢を低くしアラシレイダーを走らせる。

 

『させないよ……!』

 

 アラシレイダーが速度を増せば、バケムカデもまた加速する。

 マイヤは猛攻から脱け出せず舌を打つ。

 

『これがボクの百足檻……! お前はボクに閉じ込められた! 苦しみながら死ね!』

 

 百の足が織り成す牢獄、百足檻。

 ここから脱する術は、果たして存在するのか。

 

 

 

 

 

 

「おい! もっとスピード出せねえのかよ!」

 

 バンに乗っていた樹羅は一向に薫と化神に追いつけぬことに苛立っていた。

 

「無茶言うな! アラシレイダーみたいな御伽装士用じゃないんだから!」

 

 運転している中年の平装士が樹羅にそう言い返すと、平装士はサイドミラーに迫る光を見た。

 

「なんだ、バイクか?」

 

 人避けの術をかけているため、ここにいるということは御守衆の関係者ということになる。

 バイクの正体は、内人と真姫が乗ったフブキホッパーである。 

 

「あれなら……。おっさん、車停めて!」

「おっさんじゃない!」

 

 そう言いながらバンを路肩に停めると、後方を走っていたフブキホッパーもその後ろにつける。

 樹羅はバンから降りると、フブキホッパーへと駆け寄り内人に詰め寄った。

 それとは逆に、真姫はフブキホッパーから飛び降りてバンへと乗り込んだ。

 

「バイク貸してくれ!」

「うおっ!」

「あいつに追いつくにはこれしかねぇんだ! 頼む!」

 

 内人に真っ直ぐな視線を向ける樹羅。

 そんな樹羅に対して、内人は。

 

「駄目だ」

「なんでだよ!」

「免許、持ってないんだろう?」

 

 樹羅は内人の言葉に反論出来ず、言葉を詰まらせる。

 一方、内人は覚悟を決めていた。

 

「俺が運転する」

「……は!? 生身の人間が近付いていい相手じゃねえんだよ!」

「北海道いた時は同じことしてたから大丈夫だ。まあ、あの時はトライユキオロシって車だったけど」

「車って……」

 

 絶句する樹羅は額に手を当てた。

 車とバイクでは危険性が違うだろうと誰でも分かることである。

 それでも、内人はハンドルを握ったままである。

 

「どうする? 急がないとヤバいんじゃないか?」

「ああクソ!」

 

 どうにでもなれと自棄になって樹羅は内人の後ろに乗りこんだ。

 真姫が被っていたヘルメットを被り、不服そうな顔ながら準備を整えた。

 

「よし、行くぞ」

「お、おう!」

 

 白いマシンが暗闇の中を駆け出す。

 バケムカデと薫からどれほど差をつけられてしまっただろうか、なんとかして追い付かなければならない。

 

「フブキホッパー、俺のことは気にしなくていいからな。上げてけ、スピード!」

 

『■■■!』

 

 フブキホッパーは御伽装士ではない内人に与えられたため、リミッターがかけられた状態である。

 それが今、内人が運転している手前、完全解放とはいかないが一部制限がフブキホッパーの意思により解除され、超マシンらしい加速を見せる。

 

「うおっ! すごい加速だ……」

「ビビってんのか?」

 

 したり顔で樹羅が問う。

 

「ああ。でも、しっかり君を運ぶのが今の俺の仕事だ。やり遂げるさ」

「……はっ! カッコつけてヘマこいても知らねえからな!」

 

 樹羅は鱗牙の怨面を取り、呪う。

 

「オン・バサラ・ソウシン・ソワカ。唸れ、リンガ!」

 

 樹羅の身体に走る赤い紋様。苦痛を噛み潰し、樹羅は叫ぶ。

 

「ぐうっ……変身!」

 

 緑色の光に包まれ、荒波のように逆立つ鱗が凪いでいき樹羅は御伽装士リンガへと変貌を遂げる。

 背中でその変身の息吹を感じていた内人はしばし運転中ということを忘れていた。

 

「ほら! さっさと追い付けよ!」

「言われなくても。それにしても……」

「なんだよ」

「後ろに乗っけてもらってると格好がつかないな」

 

 皮肉ではなく、素直な感想。

 リンガもそれには自覚的で、うっせぇと小さく反抗するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マイヤとバケムカデはひたすらに走り続けていた。

 バケムカデの下に誘い込まれ、必死に潜り抜けようとするマイヤ。

 己が檻に捕らえた獲物を狩ることを楽しむバケムカデ。

 バケムカデの優勢は明らか。マイヤはバケムカデから逃れることは出来ず、攻撃を避け続けるばかりなのだから。

 

『あははっ! 死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ!』

「チッ……」

 

 手数の多さは純粋な脅威だ。

 この場合、多いのは足であるが。

 アラシレイダーと並走するほどのスピードと、絶え間なく繰り出される攻撃を両立する。これがバケムカデを難敵足らしめている。

 更にマイヤは回避を続けながら思考を巡らせていた。

 このまま国道を進み続ければ、10分しないうちに人口密集地帯へと到達してしまう。

 深夜とはいえ、それは避けるべき。

 人気のない場所へと、バケムカデを誘導しなければならない。

 だが、現状はこの百はあろう足の檻に囚われてしまっている。

 まず、一刻も早く現状を打開しなければならない。

 

「退魔道具、風神の風袋」

 

 マイヤのベルト、蝶型のバックルに埋め込まれた霊水晶が煌めくと、アラシレイダーの後端に翡翠に彩った筒が備わる。

 マイヤが持つ退魔道具のひとつ、風神の風袋はその名の通り風を放つもの。

 アラシレイダーが切り裂く風を吸い込み、マイヤはその時を待った。

 

「チャンスは一瞬……。しくるなよ……」

 

 マイヤは自身にそう言い聞かせていた。

 幾度というバケムカデの攻撃を避け続け、マイヤはその攻撃の規則性を見抜いていた。

 走行と同時に攻撃を繰り出す以上、規則性が生まれるのは当然。マイヤはずっと、その規則性を見抜くために観察を続けていたのだ。

 走る足と攻撃する足。

 ここが切り替わる瞬間こそ、好機。

 とはいえ、この足の数はその隙を極限まで減らしている。

 コンマ一秒が、成功と失敗の垣根。

 ネットに弾かれたテニスボールが、相手側に落ちるのか、自分の側に落ちるのか。 

 

 ギチギチギチギチというバケムカデの足の音が遠くなる。

 極限の集中を以て、瞳は加速していく凌ぎの中で研ぎ澄まされる。

 だが、ここで予想外の攻撃をバケムカデは繰り出した。

 全ての足が、止まる。

 巨影が、マイヤを塗り潰す。

 

『ぶっ潰れろぉぉぉ!!!!!』

 

 重力に従い、バケムカデはその巨体をもってマイヤを殺すと決めた。

 ネットに弾かれたボールが、落ちる瞬間である。

 

「……ッ!」

 

 そして運命の瞬間が、今────風となる!

 

『なに!?』

 

 翡翠の風が放たれ、アラシレイダーは超加速。

 道路を押し潰し粉砕したバケムカデを置き去りに、先頭へと躍り出た。

 

「このまま、槍で仕留める……!」

 

 アラシレイダーを停め、再び槍を呼び起こそうとした瞬間。

 

 ギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチ。

 

「なっ!?」

『待ってよ……!』

 

 巨躯、迫る。

 それも、先程よりも速く。

 マイヤは慌ててアラシレイダーを急発進させるが、もうバケムカデの頭の先の怪人態が横に並んでいた。

 

「攻撃しないで走るのに集中したらこんな速いのかよ!」

『また、また閉じ込めてやる……!』

 

 トップスピードで走る両者。

 しかし。

 

「っ……カーブが……!」

 

 山を切り開いて作られた道路のため、カーブが多い。

 マイヤはトップスピードを維持出来ず減速するも、バケムカデはブレーキせずとも身体の柔軟な節と無数の足が速度を維持したまま曲がりくねった道を往く。

 どうする? 

 このままでは百本の足の檻に逆戻りだ。

 

「薫様、聞こえますか」

 

 薫が思案する中、アラシレイダーの通信機が真姫の声を響かせた。

 真姫はバンの中でマイヤとアラシレイダーをモニターして作戦立案していたのだ。

 

「真姫!」

「現在の薫の地点からバケムカデの誘導ポイントを割り出しました。女遊戸海岸方面に誘導出来ますか」

「分かった。けど、バケムカデにしっかり並ばれて誘導出来そうにない! 前に出れれば……」

 

 バケムカデの前に出て、攻撃し道を逸らす。

 風神の風袋を使った加速でも、バケムカデの加速力により距離を詰められてしまった。

 技を放つまでの間を作れるほどの距離を、稼がなければならない。

 真姫はモニターに表示されるマップ、アラシレイダー車載カメラの映像に目を走らせ────とある策を提案した。

 

「……ふっ、面白い」

 

 不敵に笑うマイヤ。バケムカデは並走し、ちらと横目でマイヤを見つめた、その時。

 マイヤとアラシレイダーが、宵闇に溶けた。

 

『えっ……!』

  

 バケムカデは困惑した。

 目の前にいたはずなのに、夜の闇に染まるように消えたのだ。

 

『み、見えないなら音……!』

 

 耳をすますバケムカデ。

 しかし、聞こえる音は己の足音ばかり。

 もともと轟音のような足音に、アラシレイダーの駆動音も満足に聞けてもいなかった。

 

『そ、そういう術なんだろ!? 出てこい……!』

 

 バケムカデは荒ぶり、闇に向かって足を向けた。

 当たらない、違うこれじゃない、これでもない、奴は一体どこへ行ったと、暴れまわった。

 すると、後方から一点の光。

 

『あ、あはは……い、いつの間にあんな後ろに……。追い越しちゃったのか、ボク……!』

 

 何にせよ、来るなら来いと待ち構える。

 迫る光。

 自分の方が速い。すなわち強いと昂っていたバケムカデへと向かい、御伽装士が飛び掛かる。

 

「退魔覆滅技法!」

『にししっ……!』

「邪貫爪ッ!」

『えっ』

 

 バケムカデへと着弾した御伽装士はマイヤではなかった。

 御伽装士リンガ、見参。

 

「でぇぇやぁぁッ!!!」

 

 鋭い爪がバケムカデを貫かんとする。

 それをバケムカデの足が払い退けるが、空中で体勢を立て直したリンガはバケムカデの長い胴体の後方へと降り立ち、しがみついた。

 

『くっ……離れろ離れろ……!』

「暴れんじゃ、ねぇ!」

 

 身を捩ってリンガを振り落とそうとするリンガだが、力強くバケムカデの胴にしがみついて離れない。

 更に、鋭い爪を何度も突き立て攻撃する。

 

「しがみついちまえばこっちのもんだ! 逆鱗咆哮!」

 

 リンガの肉体に再び、変身時と同じ紋様が描かれる。

 凪いでいた鱗が逆立ち、滑らかな印象のリンガが荒々しい攻撃的な姿へと変化。

 

「ぐぅぅぅ……! アアッ!」

 

 牙のような鱗がバケムカデの身体に傷を刻んでいく。

 何度も何度も殴りつけ、鱗で斬りつけ、跳躍。

 

「退魔、覆滅技法……! 飛爪森羅ッ!!!」

 

 空を切り裂き、放たれる風の刃。

 通常形態の時とは違い、巨大な一枚の刃となった飛爪森羅はバケムカデの身体の四半分を切断。

 

『ギッ!? く、くそぉ!!!』

 

 リンガへと背を向け、逃走するバケムカデ。

 リンガは着地すると同時に逆鱗咆哮を終え、その身から蒸気を発した。

 そこへ、フブキホッパーを駆る内人が近付く。

 

「追うぞ!」

「ああ!」

 

 リンガを乗せ、内人はアクセル全開。

 それと同時に一人呟いた。

 

「そういえば、薫ちゃんはどこに……?」

 

 

 

 身体の四半分を失くしたが、バケムカデは健在。

 もとよりこの身体は食した人と自動車で形成した後付け。

 本体は頭の先に伸びるヒト型である。

 ひたすら逃げるバケムカデの脳内は混乱していた。

 今は逃げて身を潜めること。

 再び身体を大きくすること。

 あの御伽装士をいつか殺すこと。

 そして。

 

『あの蝶の御伽装士、どこへ行ったんだ……?』

 

 消えたと思ったら、違う御伽装士が現れた。

 奴は、どこだ。

 奴もまだいるはずだ。

 あいつからも逃げなければいけない。

 逃げなければ、殺される。

 とにかく、今は逃げるのだ。

 逃走、撤退。

 恥も外聞も捨て、逃げの一手を打ったバケムカデの遠く向こう。

 大きな光が、点灯した。

 その光を背に立つ孤高の影色に、目を奪われる。

 

『あいつは……!』

 

 槍を構え、神通力を束ねる御伽装士。

 その名は────。

 

「我が名はマイヤ。あなた方、化神を滅する夜の蝶でございます」

『なっ!?』

「退魔覆滅技法!」

 

 槍は紫光を纏い、その力を炸裂させる。

 マイヤは左足を力強く踏み込み、槍を投擲!

 

「翔槍蝶閃!」

『ひえっ!?』

 

 光の矢のように迫る槍。

 バケムカデは咄嗟に、その身を振るって胴を盾にし致命傷を避けた。

 槍により身体は更に二分されたが、生き延びたバケムカデは脇芽のように伸びる細い道をがむしゃらに走った。

 

「アラシレイダー!」

『■■■』

 

 跳躍し、アラシレイダーに乗り込んだマイヤはバケムカデを追走。

 バケムカデが行った旧国道に曲がるところで、リンガ達と合流する。

 

「薫!」

「真姫の立てた作戦が上手くいきました。あと一息です」

「よしっ! このまま行くぜ!」

 

 並走するマイヤが操るアラシレイダーと内人とリンガが乗るフブキホッパー。

 身体が半分になったこと、道の状態や狭さもあってかバケムカデにはすぐ追い付くことが出来た。

 

「このまま海岸に追い込みます!」

「任せろ! とりゃっ!」

 

 再び、リンガはバケムカデの背に乗り暴れ回る。

 

「フブキホッパー!」

『■■■!』

 

 更に、内人はフブキホッパーをウィリーさせ前輪でバケムカデを攻撃してリンガを援護する。

 

『この! はなれろ!』

「そう易々と離すもんかよ!」

 

 もがくバケムカデにしがみつき、リンガは攻撃。

 その中、バケムカデの身体の節をリンガは見つけた。

 

「ここ、弱いんじゃねぇの? 邪貫爪!」

『ギッ!?』

 

 身体の節を貫かれたバケムカデ。リンガは貫いた箇所から身体を引き裂く。

 緑色の体液を飛び散らし、悶え苦しむバケムカデはその巨大な身体を切り離した。

 

『ぐあっ! そ、そんな……た、たくさん人間達を食べて作ったボクの身体が!』

「穢らわしい……」

『ぐえっ!?』

 

 呆気に取られるバケムカデへと、マイヤの飛び膝蹴りが見舞われる。

 続けざまに蹴りの連続攻撃。

 舞のような雅さの中にある、たしかな勇ましさに内人は目を奪われる。

 

「あれが、薫ちゃんの……。御伽装士マイヤ……!」

 

 細身のヒト型となったバケムカデに戦闘力は皆無も同然。

 されるがまま、マイヤに踊りをリードされているよう。

 まずは下段。バケムカデの脛を蹴り、返ってきた足で更に中段。

 バケムカデの肋を穿ち、三度は上段。即ち頭を蹴り飛ばす。

 軸足のみを地に残す三連撃で蹴り飛ばされたバケムカデの背を、マイヤのピンヒールのような足が踏みつける。

 

『いやだ……やめ……』

「退魔覆滅技法。千蝶一蹴」

 

 バケムカデの命乞いを一蹴し、マイヤの足元から溢れ出す千にも及ぶ蝶の群れ。

 バケムカデを踏む右足へと蝶達が集まり、バケムカデにかかる圧力は増していく。バケムカデからすれば、万力で潰されるような気分だろう。

 そして、最後の一羽がマイヤの足に止まった時、バケムカデは踏み砕かれた。

 爆発は断末魔をかき消し、爆炎がマイヤを照らす。

 紫の肢体に散りばめられた霊水晶が炎で煌めく。

 内人はこの時の景色を、炎の中に銀河を見たと思ったそう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦闘終了後は事後処理というそれはそれは面倒な作業が待っている。

 戦闘中に追い付いたバンから降りてきた平装士の人にざっくりと状況報告。

 真姫さんは……薫ちゃんのもとにいた。

 

「お疲れ様です、薫様」

「……真姫も、お疲れ様」

 

 薫ちゃんがそう言うと、真姫さんは目を見開いて驚いている様子でいた。

 

「怒らないの、ですか?」

 

 なるほど。

 てっきり、休み中にばっちり戦闘補佐という仕事をしてしまったものだから薫ちゃんが怒るのだと思っていたらしい。

 しかし、薫ちゃんは怒らない。

 それはそれとして、やりづらそうな、照れているような。

 

「その、なんでこんな時間に内人さんと一緒にいたのかなど色々気になりますが……。今回は非常事態ということもあるから……。そ、それより……」

「それより?」

「あ、ありがとう……」

 

 感謝を告げると、薫ちゃんはまた色々と早口で捲し立ててアラシレイダーで急いで帰ってしまった。

 

「真姫姐、なにがありがとうなんだ?」

「ああ。作戦のことだろう」

「作戦?」

「ここに誘導するためにはバケムカデの前に出る必要があった。だけど前には出れない状況」

「それで、どうしたんだ?」

「簡単なことだ。旧道に逸れたんだ。脇道に逸れて、回り道。慌てるバケムカデにお前達が追いつく頃合いも見計らってな。……とはいえ、バケムカデを混乱させるためにアラシレイダーのライトを消すなんてした時は、カメラで見ていて流石に驚いたが」

 

 ……それは、驚くだろうな。

 いわゆるブラインドアタックという、某公道最速を目指す漫画の主人公の必殺技のひとつだ。

 やるには暗闇の環境と相当の度胸と、道の感覚を理解していなければならない。

 とてもじゃないが、俺はやろうとは思わない。

 必要に迫られなければ。

 

「おーい。こっちはそろそろ人手も来るから、お前らは帰んな~」

 

 平装士のおっちゃんがありがたいお言葉を言ってくれた。

 帰ろう。

 しかし。

 

「真姫さんはどうやって帰るんだ?」

「私は残って、平装士の皆さんと……」

 

 話している途中、最近聞き慣れた駆動音が近付いてきた。

 薫ちゃんとアラシレイダーだ。

 わざわざ戻ってきたらしい。

 薫ちゃんはヘルメットのシールドを上げると、咳払いしてから真姫さんに向かって言った。

 

「んんっ! しっかり休みを取らせるため休暇中の真姫は私が家まで送り届けます」

 

 ジト目でそう言う薫ちゃんを見つめ、三人顔を見合わせる。

 誰が最初かは分からないが、とにかく、笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 暗闇の森の中、黒いセーラー服姿の少女。化神バケユリが倒されたバケムカデの炎を見つめていた。

 その背後、錫杖のような禍々しい杖をついて歩く黒衣を纏う紫の仮面の男が現れる。

 

「何をしていた、バケユリ」

『もーっ! ユリって呼んでって言ってるでしょ!』 

 

 バケユリは可愛らしく怒った様子で振り返り、仮面の男リンドウへと抗議した。

 リンドウの方はまるで聞いていないが。

 

「何をしていたと聞いている」

『うーん。別に、計画の邪魔になるようなことはしてないよ? 御伽装士、特にマイヤと戦うのはリスクが高いからね』

「ならば、今のはなんだ」

『イリョクテイサツ? マイヤの力がどれぐらいか見ておきたかったしー。戦いを完全に避けるのは無理でしょ?』

 

 笑顔で語るバケユリだが、リンドウの方は納得していないようだ。

 冷たく、身体の底に響くような声でバケユリを叱責した。

 

「バケムカデの口から、お前のことを明かされたかもしれない。勘づかれれば、計画に支障が出る」

『……うん。ごめんなさい』

 

 反省し、俯くバケユリ。

 そこへ、黒地に椿が描かれた着流し姿の美丈夫が闇夜から現れる。

 長い黒髪を一本に束ね、腰には白鞘の長刀と短刀を提げた青年は穏やかな表情でバケユリを庇った。

 

『そのぐらいにしなよリンドウ。ユリも反省しているようだし、悪気があってやったわけじゃない』

『ツバキ!』

『僕も、君が警戒しているマイヤについては知りたかった。ぜひ、剣を交えたいともね』

 

 笑顔だが、左手は長刀の鯉口を切る寸前。

 化神バケツバキの放つ剣気に、周囲は切り裂かれ、木々の枝が地に堕ちる。

 その様を見てもなお、リンドウは怯むことなどはなかった。

 

「バケツバキ、気は長い奴だと思っていたが」

『長いさ。でも、強い奴と戦いたいというのは剣客の本望だろう?』

 

 変わらず笑顔のバケツバキだが、放つ言葉は物騒。バケユリはすっかり二人の会話に興味を失くし、バケツバキの束ねた髪を弄っていた。

 

「……どのみち、戦いは避けられん。時を待て」

『はいはい』

『ねえ、ツバキ見て見て!』

『なんだい、ユリ』

『ツバキの髪、三つ編みにしちゃった!』

 

 バケユリがバケツバキの髪を回して、綺麗な三つ編みになったと教えた。

 バケツバキは肩越しに回された髪を手に取り、呟いた。

 

『あらら、可愛くなっちゃった』

『可愛くしました~。えへっ』

『ハスとヒガンとアジサイも三つ編みにしてお揃いにしよっか』

『えー! じゃあユリのはツバキがしてね』

『ああ。リンドウもする?』

「しない」

 

 即答。

 だが、空気は和らいだ。

 リンドウがバケツバキとバケユリに背を向け歩き出すと、バケツバキはバケユリの頭にポンと手を乗せ、その後をついていった。

 バケユリもまた、笑顔で二人についていく。

 確かなる闇の侵蝕。

 じわじわと日常に、その魔の手を伸ばしていく────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝。

 平日のため御伽装士二人は学校へ。

 樹羅ちゃんは寝足りない様子だったが、薫ちゃんは特段変わった様子はなく。

 学校でもあんな感じなんだろうなと想像すると、ほんのりと笑みが溢れてしまう。

 いけないいけない。昨夜の繰り返し。また怒られてしまう。

 さて、仕える主がいない間も付き人には色々と仕事がある……のだが。

 

「長旅の疲れもろくに取れていないうちに深夜の出動でしたから。どうぞ、ゆっくりとお休みになってください。帰ってきたら、お頼みしたいこともありますので」

 

 そう言われ、つかの間のお休み。

 屋敷のことでも手伝おうかと思ったけれど、女中さん達からも休んで休んでと言われてしまい、ゆっくり寝ることに。

 ぐう。

 昼過ぎに目を覚ました後は、この町を歩き回った。

 世間的には豪雨災害の被災地ということになっているが、その実は古の化神による被害だという。

 それを倒した薫ちゃんは腕を買われて、総本山付きに……と、華々しい活躍。

 屋敷に戻って直近の活動記録を見て、更なる活動っぷりにため息が出る。

 活動記録を綴じたファイルを棚に戻すと薫ちゃん達が帰ってきたようだ。

 

「ただいまー」

「ただいま、帰りました……」

「たっだいまー☆」

 

 ……ん?

 ただいまの数が一人分多かったような。

 廊下に出てお迎えすると、樹羅ちゃんと薫ちゃんと……ギャルがいた。

 いや、髪染めてるとか化粧がすごいとかではないんだけど、なんだろう。

 魂がギャルなんだと思う。

 田舎の子にしては垢抜けてるからだろうか。

 御守衆の人っぽくもないけど。

 

「おかえり。えっと、そちらは」

「あ! この人が学校で話してた内人さん!」

 

 一体どんな話をされたか気になる。

 それより、ちゃんと自己紹介だ。

 

「俺は丑川内人。全国旅してる途中なんだ」

「へ~! あ、私は加藤咲希! 薫のこんや、ふぐっ!?」

 

 ……突然、薫ちゃんがものすごいスピードで咲希ちゃんの口を手で塞いだ。

 薫ちゃんは笑顔のままなのが怖い。口を塞いだまま、咲希ちゃんを連れて数歩下がった薫ちゃんは咲希ちゃんに何やら耳打ちしている。

 一体なんだというんだ。

 あ、戻ってきた。

 

「なに話してたんだ?」

「いえ、大したことでは」

 

 ニコニコとした薫ちゃんに嫌な予感がする。

 

「それで、薫ちゃんのこんや……なに?」

「えっと、薫のこんや……の晩ごはんを決める人です!」

「えらく限定的な人が来たな」

 

 まあ、普通に友達のようだ。

 御守衆の人では、ないのか?

 でもこうして屋敷に遊びに来るぐらいだし、普通に知ってるのか?

 判断に困るな。

 

「それでは執務室へ……。内人さんも」

「あ、ああ」

 

 咲希ちゃんも一緒に執務室へ。

 ということはやっぱり御伽装士のことを知ってもいるのだろう。

 あんまり似つかわしくないけれど。

 

「というわけで、真姫さんの誕生日プレゼントどうする会議~!」

「君が仕切るのか」

 

 ソファーに腰掛けると咲希ちゃんが会議の始まりを宣言。

 真姫さんの誕生日が迫るなか、未だプレゼントを決めかねている薫ちゃんのための会議だという。

 

「それじゃあ意見ある人!」

「真姫姐なら薫から貰った物ならなんでも喜ぶんじゃねえの?」

「もう樹羅ちゃん! たしかにそうかもしれないけど真面目に考えてよー!」

「ふふ……。協力に、感謝……」

 

 会議という体だが楽しく会話が進んでいく。

 10代の女の子らしく。

 なんだか懐かしいな。高天原の屋敷にいた頃を思い出す。

 なんて、まだ旅立ってから一年どころか半年も経っていないというのに。

 それでも、あの三つ子達のことを思い出して……。

 

「はい内人さん!」

「……えっ」

「あ、話聞いてなかったなー!」

「悪い。真姫さんの誕生日プレゼントのことだろ?

それなら、夜中に色々と聞き出してきたんだ」

「夜の……。ああ、真姫と深夜徘徊していた時ですか」

「人聞き悪いなぁ」

 

 昨晩のこと、少しだが薫ちゃんからトゲのある視線とお言葉をいただいたりしたのだが、決してやましいことはなく、むしろ紳士的だったと信じてもらいたい。

 もらいたいのだが、やはりちょっとトゲがある。

 これ以上、夜中の話をするのは良くない。それよりもと話題を戻した。

 

「薫ちゃん、料理は出来るか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの問いかけから二日。

 厳しい修行の日々だった……というのは、大袈裟だが多少苦労したのも事実だ。

 生まれ落ちたもの達の処理に追われ、俺は少し体重計が怖い。

 咲希ちゃんは頬にできものが出来たらしい。絆創膏で隠している。

 

「力になれたから、良しとするか」

 

 今回、たまたま自分が出来ることと薫ちゃんのやりたいことが合致した。

 何にせよ、薫ちゃんの力になれて良かった。

 

「……って、そう振り返りながら俺達は別室で待機してた方がいいんじゃないか?」

「しっ! 薫のかわいいとこ見ようよ! 今日まで薫の特訓に付き合った私達にはその権利がある!」

「太った腹いせだろ」

「樹羅ちゃんだって体重計乗って青ざめてたくせにー!」

「なっ! お前覗きかよ!」

「カマかけたんだよー!」

「咲希姉、樹羅姉、ケンカしないでよ~」 

 

 小学生男子に窘められ、JK二人は黙った。

 さて、我々は障子の隙間から縁側に腰掛ける薫ちゃんと真姫さんの様子を伺っている。

 月を光源とした静かな夜の中、二人の少女の背中が見える。

 

「真姫、誕生日おめでとう」

「ありがとうございます、薫様」

「それでは、これを……」

 

 すっと差し出した白い紙箱。

 箱をあけると、シンプルなショートケーキが出てくるはずだ。

 ケーキ屋さんで買ってきたようだが、それは違う。

 

「今年のケーキは、私が作っちゃいました」

「えっ……。か、薫様が……? 買ってきた、のではなく?」

「ふふ、私だけの力では、ありませんが……」

「……あの男の仕業ですか」

 

 あの男だなんて、なんだか悪者みたいだぞ俺が。

 

「ええ。すっかり誑かされてしまいました」

 

 薫ちゃんまで!

 

「誑かしたんだー」

「誑かしたのか」

「たぶらかしたんだ」

「違うって」

 

 すっかり人のことをいじるようになったな、薫ちゃん。

 いや、いじられるぐらい仲を深めたのだと思いたい。  

 そんなこんなしていると、薫ちゃんがケーキを箱から皿に移していた。

 お店から買ってきた風を装うため、フィルムまで巻いたのを外し、薫ちゃんはフォークでケーキの先を崩した。

 

「はい、あーん」

「薫様……! その、はしたないです……」

「気にしない気にしない。はい、あーん」

「彼らが見てますし……!」

 

 あ、バレてるんだ。

 それはともかく、薫ちゃんは頑として真姫さんにあーんで食べさせようとしている。

 真姫さんは視線を泳がせた後、決心をつけて口を開いた。

 

「あ……ん……」

「……その、どうでしょう?」

「……もう、世界一美味しいに決まってるじゃないですか……」

 

 その言葉を聞いて、薫ちゃんが満面の笑みを浮かべた。

 いつもニコニコとしている彼女だけれど、これは違う。本物の笑顔だ。

 あの子も、あんな顔が出来るんだな。

 

「皆さんも、一緒にどうぞ」

 

 振り返り、薫ちゃんが俺達を誘っていた。

 隠れていたけれど最初から気付かれていたようだし、やはり御伽装士というのはすごい。

 

「わーい! ケーキ、ケーキ~」

「太るぞ」

「樹羅ちゃんこそ」

「んだと!」

「まあまあ」

「真姫姉誕生日おめでとう!」

 

 真姫さんの誕生日をみんなでお祝い。

 なぜ縁側なのかというと、幼い頃はここでよくおやつを二人で食べていたからだという。

 

「ふふ、厳しい修行の合間の楽しみでした……」

「おやつだけは欠かされたこと、なかったですからね」

 

 厳しい修行の最中の、ほんの僅かな安らぎだったのかもしれない。

 甘い物には人を安らぐ力がある。

 

「それにしても、あなたにこのようなものを作る才があるとは驚きでした」

「まあ、昔いろいろな。それに、高天原にいた時は日依……三つ子の真ん中が甘党なもんで、よく作ってたよ」

「それにしても薫、ケーキ作るのにあんな緊張しちゃって」

「そ、それは……は、はじめてのことでしたし、上手くいくか不安で……」

「完璧お嬢様に見える薫ちゃんにも弱点があったわけだ。……御伽装士もだし、特別だけど普通の女の子だよ、薫ちゃんも」

 

 それが、数日彼女達と過ごして抱いたもの。

 どれだけの力を持ち、非日常を生きる彼女にも、年相応の面がある。

 三つ子と比較して、やれお嬢様だなんだと思ったけれど、薫ちゃんもやはり、普通の女の子なのだ。

 

「ふふ……たしかに、そうかもしれませんが……。間違いが、ひとつ」

「間違い?」

「ええ。私は、特別だけど普通の女の子ではなく……特別だけど普通の男の子、です」

 

 にこりと可愛らしい笑顔を向けられる。

 俺が同級生の男子だったら落ちていただろう。

 じゃなくて。

 

「い、今なんて?」

「特別だけど普通の女の子……」

「そ、そうだな!」

「ではなく、特別だけど普通の男の子、です」

 

 また、笑顔を向けられる。

 

「女の子じゃなく、男の子……?」

「はい」

 

 いい笑顔だ。

 

「過去一の困惑じゃねぇか?」

「ふふん。ちなみに過去一のリアクションは私だって!」

「自慢すること?」

 

 いや、いや、いやいやいやいやいやいや。

 

「はは、からかってるんだな薫ちゃん。だが、突拍子なさすぎてまったく驚けないぞ! はっはっはっ!」

「壊れたか?」

「壊れられたらリアクション一位の座、奪われちゃう~?」

「咲希の一位は……揺るぎません……」

「やった☆」

 

 なんでみんな暢気にケーキをつついているんだ。

 もしかしてみんなで俺のことを騙していたのか?

 そういえば。

 真姫さんに視線を向けると、真姫さんは冷淡に言い放った。

 

「……姉弟同然に育ったと、言いましたが」

「嘘だろ……!? ほ、本当に、男、の子……?」

「ええ」

 

 特別だけど普通の女の子。ではなく、特別だけど普通の男の子。

 いや、普通の男の子なら……いやいや、昨今はそういうのにうるさいからな自嘲しよう。

 ────だとしても!

 

「男の子じゃないだろぉ!!!!!」

 

 月に向かって吼える。

 俺はもう、何を信じたらいいのか分からなくなってしまった。




祭囃子の向こう側、懐かしき母の面影。
因縁から生まれし魔の手が闇より迫る時、暁が全てを照らす。

次回 祭儀

夜に舞いて、朝が来る────。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。