仮面ライダービャクア外伝 仮面ライダーマイヤ   作:大ちゃんネオ

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祭儀

 暗闇に沈む廃社には隙間風が忍び込み、些細なことで梁が鳴く。

 蠢くものは梁に巣を張る女郎蜘蛛に、不気味に祀られた祭壇の上でぼうと燃ゆる蝋燭の火がひとつ。

 その蝋燭の前には居坐る黒装束の女が一人。背中は黒髪ですっかりと隠れ、床に墨をぶち撒けたかと思うほどに髪が広がっていた。低い女の声がひたすらに呪い続け、火が勢いを増すと、黒巫女は瞳を開けた。

 

「夜舞楓……」

 

 闇の中、蛇のような瞳が赤く揺らめく。

 積み重なった想いの息が漏れると、一段と強い風が社を揺さぶり後に起こる波乱を予感させた。

 

 

 

 

 

 

 

 笛、小太鼓、太鼓、手打ち鉦。

 神楽の音色が鳴り響く。

 その中で、巫女装束に袖を通した薫が槍代わりの棒を手にして舞い踊る。

 軽やかな足運びが古びた床から小気味良い音を立て、トントンと両足で踏み締めると同時に演奏が終わる。

 薫は息を整えようと呼吸して、額には汗が滲み前髪が張りついている。

 薫のおばあちゃんが手を叩き、パンと乾いた音が道場に響き渡ると薫は決めの姿勢を解いた。

 締めの合図である。

 

「よし。今日はこれで終わりだ」

「はい……。皆さんもありがとうございました」

 

 薫は楽器を演奏していた人達へと向いて一礼。楽人達もまたそれに合わせて頭を下げた。

 楽器担当の人達は皆、夜舞家勤めの平装士。長年、神楽の楽人として活動してきたのもあり慣れた様子だ。

 そんな様子を道場の出入口近くの壁際に私、真姫さん、樹羅ちゃん、勝人。客人の内人さん。そしてクラスメイトの女子が二名、早川詩穂(あだ名は詩穂っち)と三塚真矢(あだ名は真矢っぺ)が並んで立っている。

 真矢っぺはスマートフォンのカメラを構え、薫の練習風景を撮影しているカメラ担当。

 

「いや〜仕上がってるね〜夜舞さん。神楽楽しみ〜」

「咲希っぺは初めてだもんな、蝶祭り」

「うん!」

 

 私は改めて巫女装束の薫に目を向ける。

 この町に引っ越してきてからの初めてのお祭りに、私は胸を躍らせていた。

 しかし、本来蝶祭りは7月に行われるのだけれど、今年は11月の開催。

 何故、こんなことになったのか。

 それはバケゲンブによる被害が原因でお祭りどころではなかったのだ。世間的には豪雨災害の被災地として処理されるほどの被害。

 私達の学校も休校となり、学校が再開した日のこと。

 私と薫が登校し、自分達の席につくと詩穂っちと真矢っぺが薫の席に詰め寄った。

 

「夜舞さん!!!」

「今年は祭りないってマジ!?」

 

 二人の勢いに、流石の薫も気圧されていた。

 普段の薫は詩穂っちと真矢っぺのオーバーなリアクションや急に詰め寄ってくるスタイルに慣れているのでそんなことは一切ないため、今日の二人はかなり迫力がある。

 

「え、ええ……。その、日も過ぎてしまいましたし」

 

 今年、蝶祭りが行われない理由を口にする薫だけど、これは表向きの理由。

 本来の蝶祭りの目的であるバケゲンブの封印の強化も、その元凶たるバケゲンブが薫に倒されたことで必要がなくなったのだ。

 しかし、そんなことは二人には言えないし、聞いたところで関係ないんだと思う。

 

「えー! やろうよ祭り!」

「何もない田舎からこれ以上楽しみを奪うつもり!?」

「いえ、その、そのようなつもりは……」

「まあまあ、詩穂っちも真矢っぺも薫にそう言ったって仕方ないでしょ?」

 

 たじたじな様子の薫を見て私が間に入ったが、二人のお祭りへの欲求は加速、過熱していく。

 

「それはそうだけどさ、じゃあこの祭りをやりたい欲はどうすればいいわけ!」

「街の方の夏祭りは予定通りあるみたいですが……」

「天気予報見たー? 台風直撃」

「温帯低気圧に変わるだろうって見込みだけど、花火は中止になりそうだよねー」

「あ、秋の大漁祭りとか、産業祭りも最近はありますよ……!」

「その二つはなんか祭り感が薄い!」

「ふ、冬には毛蟹祭りと鱈祭りが」

「冬まで待てんし寒い!!! あと規模ちっちゃい」

「というわけで、蝶祭りをやるべきです」

 

 この後、話を聞きつけた他のクラスメイト達も蝶祭りをやりたいと要望が募っていき、珍しく薫が押し切られる形となって渋々おばあちゃんに蝶祭りをやりたいという要望があることだけでも伝えることに。

 私も同席して、夕食を食べ終えてから薫は切り出した。

 クラスメイト達に義理立てぐらいはするかという気持ちで。

 やる理由を失った祭り。時期も逃し、開催は改めて来年からになるだろうという薫の現実的な予想を私は学校からの帰り道で聞かされていた。

 しかし、予想は裏切られることとなる。

 

「ああ、そうか。いや、ちょうど話そうと思っていたんだがね。あちこちから祭りをやりたいって話が来ていてね、規模は縮小することになるだろうけど、やろうと思っている」

「は、はあ……」

 

 思わず、気の抜けた返事をしたと薫は口を隠した。

 

「なんだ、やりたくないのか」

「いえ、そういうわけでは」

「時期はもう少し先になるだろうが……。それまで、夜舞神楽の練習だな。総本山付きになって忙しいだろうが、これもまた夜舞家が千年続けてきたことだ。絶やすのももったいない」

 

 そうして、蝶祭りの開催が決まってからはまた大変であった。

 詩穂っちと真矢っぺが運営を手伝うと言い出し、蝶祭りの実行委員となったのだ。

 更には地元の新聞やテレビ局が祭りの開催を大きく取り上げたこともあって注目度が高まり、蝶祭りへの熱が妙に上がっていく。

 

「災害に負けない。地域の力を見せる時」

 

 こんな風に、災害と絡めてドラマ仕立てになるとより世間から注目されていった。

 更に、現代はSNSが発達しているわけで。

 

「見て見て! 神楽の練習風景の動画めっちゃバズったんだけど!」

「1万越えたー!」

「しゃあ!」

 

 現代の若者により広報活動が行われると、SNSを活用して瞬く間に蝶祭りの情報が拡散されていった。

 

「ネットニュースにも取り上げてもらったよ!」

「千年に一人の美少女、華麗に舞うだって!」

「取材の申し込みめっちゃ来てる!」

「やば! 芸能事務所からDM来たんだけど!?」

「薫をスカウトするってコト!?」

「それは……お断りを……」

 

 どこか残念そうに断りの連絡を入れる薫を後日目撃した。

 そんなこんなで時は流れて、蝶祭りの前日……。

 

 

 

 

「勝人、これまっすぐか?」

「うーん。内人兄ちゃんの方をちょっとあげて」

「これぐらいか?」

「うん、オッケー!」

 

 境内に並ぶ屋台の設営に樹羅と勝人、そして夜舞邸に滞在中の内人が駆り出されていた。

 

「これで良しと。祭りらしくなったなぁ」

「規模縮小するって話だったけど、結構店出てんな」

「ここにこんな人が集まるの、おれ初めて見たよ」

「祭りが始まったら、もっと人が来るぞ」

「ほんと!」

「ああ。オレが小さい頃、親父と回ったけど結構賑わってたぜ」

 

 幼少の頃を懐かしむ樹羅。思い出すのは屋台の明かりで照らされた境内と楽しむ人の声。

 そして、一人の舞姫。

 

「薫の母ちゃん、綺麗だったなぁ。あっちの神楽殿で神楽を見て、なんつうか子供ながらに見惚れたっていうかさ」

「薫ちゃんのお母さんの話なら、俺も町の人からちょっと聞いたよ。すごい神楽が上手かったって」

「へ〜見てみたかったな〜」

 

 この町で伝説のように語られる薫の母、夜舞楓の神楽。 

 天女の舞と謳われた楓の神楽は人々の目を奪い、記憶に刻みつけるほどの美しき舞だったという。

 楓が亡くなった時は町中の人が悲しみ涙を流した……という話を内人は地元民に連れられて入った町のスナック「ヴェロチカ」で語られたことを思い出していた。

 

「いやぁ、楓の神楽は人を惹きつける何かがあってな……」

「うわ!?」

 

 背後、それもほとんど密着するような距離にいつの間にか体格のいい男が立って話しかけてきたことに内人は悲鳴にも似た声を上げた。

 その男の正体は放浪中の樹羅の父、三葉竜。

 

「いつの間に来たんだよ親父!」

 

 よぉと気軽に挨拶する竜に樹羅はつっこまざるを得なかった。それを他所に内人は勝人に小声で「あの人は?」と問いかけていた。

 

「竜おじさん。樹羅姉のお父さんだよ」

「へぇ……ってことは、御伽装士?」

「元、な。樹羅に鱗牙継がせて、今はあちこち旅して回ってんだ」

 

 内人と勝人の話を耳にして、直接説明すると竜は内人のことをジロジロと舐め回すように観察した。

 体格のいい男に詰め寄られ見つめられるのは成人男性であっても恐怖とまではいかないものの萎縮してしまうもの。何がそんなに興味惹かれているのか分からず、おずおずと内人は竜に訊ねた。

 

「……あの、何か?」

「君さぁ、御伽装士目指したりしてる?」

「い、いや、そういうわけでは」

 

 実は一度だけ変身したことがある。そう言うとなんだか長引きそうな予感がして、内人は否定するに留まる。

 

「ああ、そうなの。気を悪くしたらすまんが、御伽装士目指してるなら苦労するタイプだと思ってな」

「あはは……やっぱりそうなんだ」

 

 竜達に聞こえないよう、小声で呟く内人。

 特に残念とも悔しいとも思ってはいないため、すぐに話題を切り替えて会話を続けることにした。

 

「俺、丑川内人っていいます。北海道の高天原家でお世話になって、御守衆の勉強の旅をしているところです」

「さっき聞いたかもしれないが、三葉竜だ。こいつの父親やってる」

 

 よろしくなと笑顔で差し出された竜の右手を内人は握り返す。

 竜の軟派な顔つきとは印象が異なる大きく硬い掌は長い研鑽と多くの戦いを経験した証だろうと自然、尊敬してしまう。

 

「なーにが父親やってるだよ。遊び歩いてるくせに」

「なぁんだ樹羅〜。寂しいのか〜? 構ってほしいのか〜?」

「やめろよくそ親父!」

 

 悪戯っぽい笑みを浮かべると、竜は樹羅の頭をわざと乱暴に撫で回す。拒む樹羅だが、その表情は完全に拒絶しているものではないように見えて内人は自然と口元が綻んだ。

 

「仲良いな〜」

「なに笑ってんだよ内人!」

「ジュラ姉、ファザコンってやつ?」

「勝人……どこでそんな言葉習った?」

「ししょーとさき姉」

「あいつ……! 咲希の奴、とっちめてやる」

 

 薫はいいのかと男達三人は呆れるも、竜は薫の名前が出たことで何か思い出したかのように樹羅達に訊ねる。

 

「薫ちゃん、どこいるか分かるか?」

「屋敷じゃねーか? なんで?」

「いやぁ、ね。色々、プレッシャー感じてるかもしんねぇと思ってな」

 

 そう言いながら竜は後頭部を掻きながら屋敷の方を見つめる。

 何か思うところがあるかのように。

 

「おーい! 設営終わったら今夜はヴェロチカで前夜祭だぞ〜!」

「なに!? 前夜祭!? 俺も行くぅ!」

 

 さっきまでの真面目な雰囲気はどこへやら。

 設営に参加していない竜だが、酒の席には進んで参加するのが三葉竜という男なのであった。

 

 

 

 

 

 

 足を捌く。軽やかに。

 無駄な力を入れず、蝶のように舞う……!

 

「っ……」

 

 納得がいかない。

 納得いく舞を踊れたことなど、まだ一度たりともない。

 やはり、届かない。

 

「かーおるっ」

「咲希……」

 

 稽古場の戸から顔を覗かせる咲希が悪戯っぽい笑みを浮かべていました。

 その笑顔に、毒気が抜かれてしまうのです。

 

「も〜明日が本番なんだから、今日あんまり無理しちゃダメだよ〜。もう夜になっちゃったし、一日中ずっとやってたでしょ」

 

 スポーツドリンクを手渡されながら釘を差される。

 咲希の言うことはもっともで、お婆様からも「今日は軽めに最後の確認だけにしておけ」と言われている。

 けれど、やはり……。

 

「どうかした……? 具合悪い?」

「いえ、そういうわけでは……」

「もう、どうしたかぐらい私には言ってよ。薫の婚約者なんだよ私!」

 

 私に任せておけと言わんばかりに胸を叩く咲希。

 とても、頼もしい人です……。

 なので今は、少しだけその胸を借りようと思います。

 

「咲希……。私は、幼い頃に見たお母様の神楽が忘れられないのです……。それに、バケゲンブとの戦いの折に英霊舞夜を会得し、お母様の舞を再び、目にしました……」

「うん」

「自分らしい舞を……と、頭では分かっているのですが。やはり、親を超えたいと思ってしまうものですね……」

 

 まだ、お母様の足元にも及ばない。私の舞はまだまだ荒削りで、お母様の華麗さには、届いていない。

 町の人達を感動させるような、そんな舞を、目指しているというのに……。

 

「私はさ、薫の神楽しか知らないから薫が一番だよ〜……。なんて、そういうことでもないもんね……」

「咲希……。いえ、ありがとうございます……」

 

 やはり、咲希の優しさに心が救われる。 

 それでも、充分な優しさではないと謙遜するところもまた、咲希らしいのです。

 

「親を超えるかぁ……。私は思ったこともないよ。薫が男の子だからかな?」

「どうでしょう……。ただ、やはり親と同じ事をしなければなりませんから……自然と周りからも、自分自身でも、親と比べてしまって、超えたいと思うのでしょう……」

「そっか……。でも、大丈夫だよ」

「え……?」

「薫は薫だし。それにまだ若いんだしさ、続けてればいつかきっと超えられるって! お母さんのこと!」

 

 続けていれば、いつか超えられる……。

 

「続けて、いれば……」

 

 ふとした瞬間であった。

 邪な気配が神社の敷地に入り込んだのを悟った。

 

「薫……?」

「咲希はここにいろ。いいな」

「う、うん……」

 

 

「なんだ、今のは……」

 

 屋敷で書き物をしていたセンもまた、邪悪な気配を察知して壁に掛けている鋼の槍を手にして縁側へと出た。

 邪気は神社の方から感じると、深呼吸して変若蓬莱の術を発動させる。若返ったセンは跳躍し、屋敷の塀を軽々と飛び越えて行くのだった。

 

 

 

 

 

 一方、町のスナックで行われている蝶祭りの前夜祭。

 樹羅と真姫が勝人のお守りのために参加していた。

 

「てか、保護者はクソ親父だろうが! オレ達だって未成年なんだぞ!」

「まあそう言うなって。せっかくの祭りだ、羽目外さんとな」

「あんたの羽目は常に外れてんだろうが! って、おい。どこ行くんだよ」

「ちょっとトイレ」

「トイレならあちらですが」

「さっきそこのトイレでゲロった奴がいたみてぇなんだ。汚ねえから近くのコンビニまで行ってくらぁ。お前ら勝手に帰んじゃねぇぞ〜」

 

 そう言って席を外した竜を見送り、樹羅と真姫は顔を見合わせるとため息をついた。

 勝人だけは楽しそうにジュースをおかわりし、太巻きを頬張るのであった。

 

 

 

 

 道場を飛び出すと、闇夜に溶け込む黒い影法師と相対した。

 だが黒い影法師と思ったそれは、地面にも届きそうなほどに伸びた黒髪。それはオレに気付くとゆらりと振り向き、怪しげかつ挑発的な笑みを浮かべる。

 黒い巫女服の女。化神ではない、人間のはず。だが、人というにはあまりにも邪な気を隠すつもりもなく発している。

 

「お前、夜舞楓の子か?」

「母様を知っている……? 何者だ、おまっ……!?」

 

 突然、右足を何かに掴まれ宙に逆さ吊りにされる。

 空中で必死に何の仕業かと右足を見つめると、黒髪が影のように伸びて右足首に巻きついていた。

 

「躾がなっておらんようじゃのう。ま、あの女にまともな子育てが出来るとも思えんが」

「貴様……!」

 

 母様を侮辱された怒りが逆さになった頭に余計血を昇らせる。

 左足で髪の影を蹴り飛ばすと拘束は簡単に解け、着地し睨み付ける。

 

「呪術師が母様を侮辱するな!」

「おお、怖い。それに、見た目は女子で中身は男子とは奇怪な」

「はっ。あんたみたいな髪の長すぎるおばさんに比べたら負けるよ」

「おばっ……!? 妾は幽世(かくりよ)星蘭(せいらん)! 貴様のような(わっぱ)など!」

 

 呪術師、幽世の星蘭の髪で蠢き蛇が鎌首をもたげるよう。それが一瞬で目の前まで迫った。

 

「槍よ!」

 

 咄嗟に厄除の槍を呼び出し、髪を弾く。というよりも、弾けてしまったというべきか。

 槍の穂先と髪がぶつかり合って火花が散るなど。しかも、今のを予備動作も詠唱もなしに放ってくるなど。こいつ、並大抵ではない。

 

「薫!」

「ッ! 咲希!」

 

 道場の戸を開けて、咲希が叫んでいた。

 隠れてろって言ったのに……!

 

「ん? なんだあの小娘は。目障りな」

 

 まずいッ!

 奴の髪が咲希に向けて放たれる。

 間に合え!

 

「つっ!?」

 

 足が止まる。

 奴の髪が再び足首に巻きついて足が止まってしまった。咄嗟に巻きついてきた髪を槍で切り裂くも、僅かながらも貴重な時間を失ってしまった。

 これでは間に合わない……!

 

「くそっ! 咲希!」

 

 咲希を髪が貫こうとした時だった。赫い風が吹く。

 呪術師の髪が甲高い音と共に弾かれ、呪術師は顔を顰めていた。

 赤い髪が夜風に揺れ、猛々しく槍を振るい穂先を呪術師へと向けるは、若返った姿のばあ様。

 

「まったく、情けないぞ薫」

「ばあ様!」

 

 跳躍し、ばあ様と並び立ち槍を構える。

 槍と視線は敵に向けたままオレを叱るばあ様。 

 相変わらずの戦士ぶりは見習わなければいけないが、あくまでも制限時間付きの若返り。オレがあいつをなんとかしなければならない。

 

「おばあちゃん!」

「咲希、お前も戦いの場に顔を出すな。薫の足を引っ張るつもりか」

「ご、ごめんなさい……」

「それよりも……。おい、お前。どこかで見覚えがあるな」

「幽世の星蘭とか言ってたぜ……。母様のことを知ってるみたいだ」

 

 そう伝えると、ばあ様も奴のことを知っていたらしく、しっかりと思い出した様子。

 向こうもそれに気付いたようで、にやついた笑みを浮かべている。

 

「誰かと思えば、夜舞楓の母親か。流石に年老いたものよな」

 

 変若蓬莱の術で若返っているばあ様を見て年老いたと言えるとは、やはりこいつ只者ではないらしい。

 一体、母様とどういう因縁なんだ。

 

「楓にやられたというのに懲りずにまた現れるとは……。薫、奴は呪術師の中でも最悪な奴だ。人を呪う事を生業とするような奴だからな」

「人を……」

「お前が生まれるよりも前……二十年ほど昔のことだ。鎮守の森で呪いの儀式を行った形跡が見つかってな。単なる悪戯であれば良かったが、強い邪気を持った本物の呪いだったもので楓が対処に当たった。その下手人が奴だ」

「ああ、忘れはせぬとも。あの憎き夜舞楓を……」

 

 

 

 

 二十年前、幽世の星蘭は名の知れた呪い屋であった。

 大企業の社長、芸能人、政界の大物……最早、この国を影から支配しているも同然と思っていた彼女であったが、幻想は儚く散ることになる。

 彼女の呪いの儀式は所謂、丑の刻参りに改良を施したもので、藁人形に呪力をこめた自身の髪を突き刺すという方法を用いていた。

 さらに、由緒ある神社近くの鎮守の森で行うことで土地が持つ力をも利用し呪いをより強力なものとしていたのだ。

 そしてある時、幽世の星蘭が選んだのが夜舞神社の鎮守の森。 

 それが運の尽きだった。

 

「あなた? うちの森で呪いなんてやってるのは」

「何奴ッ!?」

 

 咎めるでもなく、どこか興味があるような声色で幽世の星蘭に声をかける赤い瞳の女。

 夜舞楓。

 幽世の星蘭とは対照的に、正統派な巫女服を纏う楓。そんな彼女を、幽世の星蘭は一目見ただけで嫉妬の炎を燃え上がらせた。

 まるで自分が紛い物とでも言われているような、幻肢痛のような被害妄想。

 

「ええいっ!」

 

 幽世の星蘭は咄嗟に五本の髪の毛を抜き、呪力を通して長い針と化した髪を楓へと放つ。

 それを、楓は何食わぬ顔をして呼び出した厄除の槍で容易く弾き返す。

 たった、それだけの攻防。だが、これは呪い返し。

 呪いを返された幽世の星蘭の髪は紫の炎で燃え上がる。本物の炎ではなく、幽世の星蘭の呪力が呪い返しに強烈な反応を見せ、暴走している様があたかも燃え上がったかのように見えている。

 実際、焼け落ちているのは髪のみで、幽世の星蘭の身体や周辺の木々などには燃え移ってはいない。

 

「ぐあああああ!?!?!? わ、妾の髪、髪がっ!?!?」

「なまじそんな髪を持っているからいけないのね。素質はあっただけに、残念だわ」

 

 そして、全ての髪が燃え尽きると共に幽世の星蘭は意識を失ったのだという。

 

 

 

 

「次に目を覚ました時、妾はこの髪どころか記憶まで失い、彷徨い歩いた。だが、この胸の内にある怒りと絶望が妾に全てを思い出させてくれた……。復讐を誓い、修行に二十年の歳月を費やした! 童と老婆に用はない! 夜舞楓を出せ! 今宵、妾が受けた屈辱と同じものを味合わせてくれよう!」

「……楓なら十年前に亡くなっている」

「なんじゃと……?」

 

 ばあ様が冷静に言い放つと、幽世の星蘭は大きく目を見開いて本当に驚いた様子でいた。

 こいつ、修行に明け暮れ過ぎて母様のことを知らなかったのか……。

 

「くっ……はっはっ……はーはっはっ! 無様よのう夜舞楓! 死んだ? 死んだだと? ふざけるなぁ!!! 妾からッ! 妾から全てを奪っておいてか!?」

 

 ……なるほど。ある意味で、母様はこいつの生きる希望になっていたらしい。これほどまでの執念を燃やし、修行に励んだという幽世の星蘭は今、絶望の淵に立たされていると言ってもいいのだろう。

 

「薫、楓はいないとはいえ、奴の力は危険だ。無力化するぞ」

「ああ」

 

 ばあ様が小さくオレにだけ聞こえるように呟き、返事をする。

 たしかに、また呪い稼業なんてやられても困るというものだ。

 

「ふっ……妾も無様よ。夜舞楓が死んだとも知らず……」

「貴様の目的は果たせん。おとなしく田舎に帰るのだな」

「目的なら果たせるとも。我が子と母親を冥土に送れば、夜舞楓もあの世で泣き叫ぼうぞッ!」

  

 強烈な殺気と共に髪の影が蛇のように蠢いて牙を剥いた。

 咄嗟に飛び退いて回避すると、影の牙が石畳を砕いている。影のくせに、あの威力……!

 

「ばあ様は咲希を頼む!」

「薫ッ!」

「薫……」

 

 奴の能力は髪、そして髪の影を自在に操るというもの。

 それも、大した予備動作もなしに。

 呪術師とはいえ、人間相手に変身するのは気が引けるがそうも言ってはいられないか!

 

「オン・ビシャテン・テン・モウカ。舞え、マイヤ……! 変身ッ!」

 

 迫る影を回避しながら変身し、幽世の星蘭へと駆ける。マイヤの武器では人間相手には威力過剰。難しいが、奴を止めなければ。

 

「それが御伽装士というものか! ならば……!」

 

 幽世の星蘭はここに来て初めて印を結んで見せた。

 何をする気か分からないが、詠唱中は隙が出来るはず。そう思い攻め込むも、影の牙が阻む。

 詠唱中に、こっちまでまともに動かせるのか……!

 

「何をする気だ……」

「薫……」

「影に映るは己が姿にあらず。影は影、己は己。いま暗黒に躰を授けよう……」

 

 幽世の星蘭は自身の髪を数本抜いて針とするとこちらへと向けて投擲……いや、オレには当たらない。

 どこに向かって投げた?

 髪の針は地面へと突き刺さる。

 

「刺してやったぞ、童の影に」

「影……?」

 

 たしかに、影が差した場所へ刺さっているが……。

 

「ッ!?」

 

 影が波打つ。

 影、というよりは墨の水面といった方がいいだろう。

 そして、その水面から浮かび上がる。

 

「あれは……!」

「黒い……」

「マイヤ……!?」

 

 影から生まれし黒いマイヤ。それも、一体だけではない。

 五体の黒いマイヤが、影より生まれ落ちた。

 

「驚いたか? それが妾が編み出した影の術よ。マイヤ・(カゲ)とでも名付けようか。……いけ」

 

 五体のマイヤ・翳は幽世の星蘭の指示に従い、オレへと攻撃を繰り出す。即席の作り物にしては連携が取れている。

 それに、こいつら……!

 

「おばあちゃん……?」

「あの動きは……!」

 

 槍で流れるようなマイヤ・翳の連携攻撃を防御し続けていたが、マイヤ・翳が槍を蹴り上げて宙を舞った。だが、それよりも驚くべきはマイヤ・翳の身体の柔軟性。

 振り上げた足が上半身に密着するほどだ。オレも出来るが、オレよりも軟らかいと、これまでの動きを見て理解させられた。

 身体の関節がかなり軟らかく、滑らかで舞い踊るような動き。

 この感じは、どこかで……。

 

「薫ッ!」

「ッ!? がっ!?」

 

 マイヤ・翳の振り上げた足が踵落としとなって脳天を狙う。咄嗟に両腕を交差させて防御するが、弾き飛ばされて地面へと倒れ伏す。隙を見せるわけにはいかないと即座に立ち上がると、眼前にはマイヤ・翳の仮面がオレを見つめていた。

 即座に殴りかかるもマイヤ・翳の腕が、蛇が獲物を絞め殺すようにオレの攻撃を無効化しながら身動きを取れなくさせる。

 さらにオレをポールダンスのポールのようにして身体中で蠢き回ると、いつの間にかマイヤ・翳はオレの肩の上に乗り、足を使ってオレの首を捩じ切ろうと力をこめる。

 

「ぐがっ……!? この、戦い方、は……」

「楓なのか……!?」

 

 どうして、どうして母様を……。

 

「奴の言う影とは、心に差す影のことも言うと見ていいのだろうな……」

「そっか、薫……お母さんのこと……」

「ふはは! 心の中でお前はずっと母を想っていたのだな。母を亡くし寂しかったのであろう? その母に殺される気分はどうだ? ん? 妾に聞かせてみよ」

「くそ、がぁ!!!」

 

 マイヤ・翳を振り解くも、今の締め技のダメージが大きく膝をつく。変身まで解除されてしまった。

 

「ハア……ハア……」

 

 呼吸を整えろ。

 奴はマイヤ・翳に止まれと指示した。オレなど、いつでも殺れると思ったからだろう。

 こんな奴に、こんな奴に負けてたまるか……!

 

『まだ行けますね薫』

 

 地面に落ちた舞夜の怨面から、声が響いた。

 滅多に喋らない奴が、珍しく。

 

「舞夜……」

『私の似姿を作るなど……。それも、あのような禍々しい姿に。許してはなりません。薫、アカツキを』

 

 アカツキ……。

 たしかに、アカツキならば……。

 

『薫。アカツキは紛れもなく貴方が掴んだ力。楓も到達し得なかった、マイヤの向こう側。貴方が、楓を……歴代のマイヤを越えた証』

「オレが、母様達を……」

『ええ。確かに貴方はまだまだ成長の途中。楓達に劣る面もあるでしょう。けれど、貴方には貴方の力がある。貴方が貴方であることを、忘れずに……』

 

 オレがオレであること……。

 

「薫! 薫は薫だから! 絶対に負けない私のヒーローだって信じてるから!」

 

 咲希……。

 お前も、オレはオレだと言ってくれたな……。

 いつの間にか迷ってしまっていたようだ。自分と母様を比べるあまり。

 舞夜の怨面を手にし、立ち上がる。

 道着の上を脱ぎ捨てると、ああ心まで軽くなったようだ。

 

「立ち上がったところで、お前はこのマイヤ・翳には勝てん!」

 

 幽世の星蘭の言葉を掻き消すようにばあ様の声が轟いた。

 

「薫! 奴等はお前の心の影だ! お前自身の力で振り払え!」

「————承知ッ! オン・ビシャテン・テン・モウカッ!」

 

 全身に紅く蝶の紋様が浮かび上がる中、五体のマイヤ・翳が迫る。

 だが、もう何も臆する必要はない。

 影ならば、暁の光で照らしてみせる!

 

蝶力朝来(ちょうりきちょうらい)ッ!」

 

 

 強い光と熱波がマイヤ・翳を吹き飛ばす。

 

「なんだ、この光は!? 夜明けのような……」

 

 真白い光の中、水晶のように透き通るマイヤの姿。やがて、光と同じ白に染まり、薄紫に色づいていく。

 黄金の鎧と装飾を纏い、両の手足には桃色の燃えるような光が爛々と煌めく。

 そして、夜舞家の家紋でもある蝶の紋様が戦士の背後で閃き、消えると同時に虹色の蝶の翅を広げ、眩い輝きは夜明けの如く。

 

 御伽装士マイヤ・アカツキ、顕現。

 

「あ……っ。何をしている! あのような光が何だと言うのだ!

童を殺せ!」

 

 幽世の星蘭がマイヤ・翳達をマイヤ・アカツキへとけしかける。

 マイヤ・アカツキは冷静に厄除の槍を呼び戻し、マイヤ・アカツキの手に戻った厄除の槍は太陽の力を宿す禍穿天照槍へと変化。

 虹色の翅を羽ばたかせ、マイヤ・アカツキはマイヤ・翳へと臆せず突っ込んでいきマイヤ・翳の攻撃を全て躱し切り背後を取ると急反転し禍穿天照槍を構えた。

 

「速い……!?」

「行くぞッ!」

 

 再びマイヤ・アカツキとマイヤ・翳が死線を交える。

 マイヤ・翳は数的有利を活かし、マイヤ・アカツキの機動力を殺すべくマイヤ・アカツキを包囲し、殲滅に取り掛かる。

 だが、マイヤ・アカツキは包囲されようともマイヤ・翳へと勇猛に挑んだ。

 五人のマイヤ・翳が一斉に襲いかかる。 

 黒い槍を叩きつけてきたマイヤ・翳と禍穿天照槍で斬り結ぶと、背後からもう一人のマイヤ・翳が蹴りつけてくる。黒い槍のマイヤ・翳を蹴飛ばした勢いで背後からの蹴りを回避し、次なる攻撃を仕掛けようとしてきた三人目のマイヤ・翳へと接近。手にしていたクナイを焼き切り、更に流れるように背後に迫っていた四人目、五人目のマイヤ・翳へと禍穿天照槍の穂先を向ける。

 巨大な刃がスライドし、刃の付け根に備わる紅き太陽の如き宝珠、陽真珠が砲口となる。陽真珠から灼熱の奔流が放たれ、二人のマイヤ・翳が撃ち抜かれる。

 

「なにッ!?」

 

 爆発した二体のマイヤ・翳に驚く幽世の星蘭。だが、マイヤ・翳にはそのような精神は備わっておらず、淡々とマイヤ・アカツキを狙い続けるが、戦力差は明らかである。

 

「うおおおおッ!!!」

 

 今度はマイヤ・アカツキが攻勢に出る。黒槍のマイヤ・翳へと斬りかかる。黒槍で受け止めるマイヤ・翳であったが、マイヤ・アカツキのあまりの勢いと禍穿天照槍の放つ熱により黒槍は焼き斬れて切断面は赤く溶解していた。

 黒槍を失ったマイヤ・翳は分身を生み出し、マイヤ・アカツキを翻弄しようとするが、マイヤ・翳に出来ることは同じマイヤであるマイヤ・アカツキにも出来て当然。否、マイヤ・翳のそれよりも強力なものとなる。

 宙へと舞い上がり、月を背にしたマイヤ・アカツキが無数の分身を生成。

 さながら夜に舞う虹色の蝶の群れのような幻想的光景。

 マイヤ・翳すらをも眩惑したマイヤ・アカツキの姿が消失する。

 あまりの速さに、そのように見えたのだ。

 マイヤ・アカツキの群れがマイヤ・翳達を覆い尽くすように飛来するなか、黒槍のマイヤ・翳は禍穿天照槍が貫く。太陽の力を宿した禍穿天照槍に貫かれたマイヤ・翳は太陽の力を注ぎ込まれ、赤熱化し爆発。

 クナイを手にしていたマイヤ・翳は迫るマイヤ・アカツキへと向けてクナイを投げ続けていたがどれが本体でどれが分身なのかも判別出来ていなかった。そうこうしているうちに、本体のマイヤ・アカツキが眼前へと迫っていた。

 握り締めた右の拳に光の蝶が集まっていく。

 

「退魔覆滅技法 蝶絶怒涛・爆拳!」

 

 マイヤ・アカツキの放った右ストレートがマイヤ・翳の仮面を砕くと光が仮面を貫き、マイヤ・翳の頭部から爪先まで連鎖的に爆発を起こし、爆散させる。

 いよいよ最後の一人となったマイヤ・翳は迫る分身を振り払おうと抗っていた。

 しかし、そんなことに意味はない。

 終わりは既に、月を背にして必殺を放っていた。

 

「退魔覆滅技法 千蝶一蹴」

 

 無数の分身のキックが迫る。千にも及ぶマイヤ・アカツキの分身に襲いかかられ、真の一撃をマイヤ・翳は見抜くことは出来なかった。

 胸を貫くような、強烈な蹴撃がマイヤ・翳を穿つ。

 吹き飛んだマイヤ・翳は爆ぜ、全滅。

 

「ば、馬鹿な……! 何故勝てない……!?」

 

 着地したマイヤ・アカツキがゆらりと幽世の星蘭の方を向いた。

 

「幽世の星蘭」

 

 マイヤ・アカツキから発せられた声に幽世の星蘭は楓の声が重なって聞こえていた。

 忌々しい怨敵の声は果たして幻聴なのか、本当に聞こえるのか、それは誰にも分からない。

 

「夜舞楓……! 貴様ァ!」

「それだけの力、何故人を守るために使おうとしなかった」

「守るだと? 守る価値などあったか!? 皆、皆……わたしを恐れて虐げたくせに!!! うああッ!」

 

 それは二十年前の再来か。あの時と同じように幽世の星蘭は髪を抜き、針のようにしてマイヤ・アカツキへと向かい放つ。

 だが、いとも容易くマイヤ・アカツキは髪の針を禍穿天照槍で弾き返す。

 そうして、幽世の星蘭の髪が燃え上がった。

 

「ああああああ!!!!!」

「三度目はない。もう、その力に振り回されないで」

「夜舞楓ぇ! お前は、わたしの……!」

 

 幽世の星蘭は札を取り出すと地面に叩きつける。すると、札からは煙幕が溢れ出た。煙は一瞬にして晴れたが、既に幽世の星蘭は逃げおおせた後であった。

 

「薫!」

「お婆様……。咲希……」

 

 センがマイヤ・アカツキへと声をかけると、薫は変身を解いて微笑んだ。

 

「薫は早くこれ来て! もう寒いんだから」

「はい……ありがとう、咲希」

 

 脱ぎ捨てた道着を咲希から手渡され、袖を通した薫。

 夜風に打たれながら、幽世の星蘭がいた場所へと歩み寄る。

 

「追いかけましょう……」

「それは五十鈴に任せておけ。今は休め薫」

「そうだよ薫。明日は大事な日なんだし……」

「……ええ。そうさせていただきます……」

 

 やはり体力を激しく消費していたらしく、薫は咲希に付き添われて屋敷へと戻っていった。

 残るセンはスマートフォンを操作し、五十鈴家に幽世の星蘭の捜索を指示するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 呪い返しを受け、再び髪を失くした幽世の星蘭は急に三十歳は年老いたかのような姿となり、恨み言を念仏のように唱えながら山道を進み、さながら幽鬼の類いを連想させた。

 

「必ず……必ず夜舞家の血を絶やしてやる……! この妾の手で!」

『興味深いこと言ってるね、お姉さん』

「誰じゃ!」

 

 深夜の山道で、このような姿の幽世の星蘭に話しかける者など普通はいない。

 いるとすれば、同類だろう。

 幽世の星蘭の前に現れたのは、彼女とは対照的に笑顔を浮かべる長髪を束ねた和装の好青年であった。

 山の中で着物姿。黒地に真っ赤な椿が描かれ、腰には刀を佩いているという時代劇にでも出てきそうな出立ちの青年に、幽世の星蘭は人ならざるものの気配を感じ取った。

 

「お前は……化神というやつか!」

『正解。お姉さん、物知りだね。てっきりただの呪い屋だと思ってたけど、蛇の道はってやつかな』

「化神ならば妾に力を貸せ! 夜舞家、御伽装士の血を絶やすのだ! お前達にとっても良い話じゃろう!?」

 

 幽世の星蘭は青年に夜舞家打倒の話を持ち掛けた。青年は笑顔を崩さずに悩む素振りを見せる。

 

『うーん。たしかに、御伽装士は僕らにとっては目の上のたんこぶだからね』

「そうだろう! 妾が力となる! 妾がいれば、必ずや夜舞家を滅ぼすことが出来るぞ!」

『力になってくれるんだ。ありがとう、心強いよ』

 

 幽世の星蘭は交渉成立を悟り、口角を上げる。

 

『お姉さんが僕達の力になれる一番、効率的な方法があるんだけど』

「ほう? 申してみよ」

 

 化神の言う効率的な方法というのが気になり、幽世の星蘭は青年へと訊ねた。

 すると青年は幽世の星蘭の額を人差し指で軽く触れる。そして、すぅと指で額を撫でると次の瞬間、幽世の星蘭の視界が急転直下。

 

「なっ!?」

 

 指でほんの少し触れられただけで地面に倒されたというのかと驚愕すると同時に、自分にこのような真似をするとはどういうつもりかと怒りが沸いた。

 

「貴様……!」

 

 立ちあがろうとする幽世の星蘭。だが、身体が動かない。頭から下の感覚がない。化神の力によるものかと思うと青年が目の前で膝をつき、笑顔のままで語りかけてきた。

 

『今、起こしてあげますね』

「ふざけるな! 何の真似……だ……?」

 

 青年は起こすというと、幽世の星蘭の頭を両手で掴んで立ち上がらせる。化神というものは人の起こし方も知らぬ粗忽者かと更に怒りを覚える幽世の星蘭であったが、青年に立ち上がらせてもらい、信じられない光景を目にした。

 頭部を失った、己が身体が目の前に突っ立っていたのだ。

 

「な……」

『お姉さんは椿の花がどう散るか知っていますか? 花が丸ごとぽとりと落ちるんです。人の首が落ちるみたいに』

「わたしに、ふれた、とき、に……」

『いいえ。最初に出会った時に、あなたの首はいただいていました。お姉さんはとっくに、首と身体が繋がってなかったんです』

 

 青年は口調も表情も変えず、両手で抱えた幽世の星蘭の耳元で淡々と真実を告げる。

 そして、幽世の星蘭の身体へと近付いていく。

 

『見えますか? 綺麗に斬れてるでしょう? 血はまだ溢れてないんですよ』

「いや……いやぁ……」

『こんな綺麗に殺せる化神は僕ぐらいのものですよ。化神はどうも、乱暴な奴が多くていけない。人間の穢れから生まれて、人間を喰らって生きているというのに、人間への感謝というものがないんです。酷い話でしょう?』

 

 いただきます、ご馳走様の概念がないんだと語り、やれやれと首を振る化神は本当に他の化神達に対して呆れている様子であった。

 しかし、幽世の星蘭にとってはどうてもいいこと。

 何せ、ずっと首だけにされて自身の死体を見せつけられているのだから。

 

「わ、わたし、を……どう、する……」

『言ったでしょう。効率的に僕達の力になってもらうって。お姉さんみたいな力のある人間は、なかなか巡り会えない高級食材ですから。綺麗に調理してあげますよ。その前に、味見しないと』

 

 幽世の星蘭の頭が高く持ち上げられる。

 真下には、笑顔の青年の顔。

 

「へ……や、やめ……!」

「あーんっ」

 

 落下する幽世の星蘭の頭。青年の影が異形のものへと変わり、頭部を丸呑みする様が影として浮かび上がっていた。ひと噛みすると同時に微動だにしなかった幽世の星蘭の身体が背中から倒れ、あたりには肉が裂け、骨の砕ける音が響き渡る。

 ひとしきり咀嚼し口の中のものを飲み込むと、異形の影は青年の姿へと戻っていた。

 そこへ、少女の声と無数の足音が近付いてくる。

 

『あー! ツバキ、またつまみ食いしたー!』

『つまみ食いじゃなくて、味見だよユリ』

 

 黒いセーラー服を着た白髪の少女バケユリへ青年バケツバキは笑顔で返すもバケユリは納得いかない様子でいた。

 

『ユリも頭食べたかったのに、ツバキがいっつも先に食べちゃうんだもん』

『あらら。ま、僕は頭が好物だからさ、ついね』

 

 バケユリは頬を膨らませてバケツバキへと抗議する。そんな中、他の三体の化神達は倒れた幽世の星蘭の遺体の様子を眺めていた。

 真っ赤なライダースーツに身を包むも、豊満な胸の谷間が露となっている茶髪の女の姿をした化神バケハスは少々不満げな顔をしていた。

 

『この人間、皺くちゃじゃない。食べたら私まで皺くちゃになったりしないかしら……』

『ええっ! ユリも皺が出来ちゃう? ツバキは食べちゃったけど大丈夫? 皺くちゃになってない?』

『なってないし、ならないよ。それに、ハスは毎日身体鍛えて健康的な食生活を心掛けているんだ。そう簡単に皺くちゃになんかならないよ』

『それもそうね! 私の担当シェフがそう言うなら安心よ』

 

 担当シェフになったつもりはないんだけどなぁと呟くバケツバキ。

 いつの間にか、桜花伍化神が食す人間の調理はバケツバキが担当していたのだ。本人としては自分の好きなものを作れるので良しとしてはいるが。

 

『ツバキよ〜こいつはどうすんだ? 俺は焼きで食いたい』

 

 ワインレッドのジャケットを着た筋骨隆々の男、バケヒガンがバケツバキにリクエストする。だが、バケツバキは自身の顎に手を当て思案する。

 

『うーん。人間の女は脂肪が多いけど、これはどうも少ないみたいだ。霊力は強いけど、身の付きが悪くてね』

『焼けるほどの肉がないかぁ。じゃあ、どうするよ』

『ふっ……こんなもの、煮込んで出汁を取るぐらいしか出来んだろう』

 

 白いロングコートの眼鏡をかけた理知的な男、バケアジサイが眼鏡の位置を直しながらそう提案すると他の四人もそれがいいと快諾した。

 幽世の星蘭は汁物か鍋になるらしい。

 

『じゃあ、他の具材を集めようか。せっかくの高級素材だ。質の良いやつを揃えてよ。……いいでしょ、リンドウ?』

 

 バケツバキは一人離れたところに立っている仮面の男リンドウにそう問いかけるとリンドウは静かに首を縦に振った。

 承諾は得たと動き出す桜花伍化神達であったが、その背にリンドウから忠告を投げかけられた。

 

「この町で騒ぎを起こすな。取りに行くなら、他所の街からにしろ」

『えーっ! それじゃあ時間経っちゃうよ〜。鮮度が落ちちゃう〜!』

 

 バケユリが駄々を捏ねると、バケツバキが微笑みかけた。

 

『安心してよユリ。出汁は取っておくから。そうすれば、時間が経っても問題ないでしょ?』

『ツバキ〜! うん。それじゃあ美味しそうな人間、獲ってくるね! いってきまーす!』

 

 そして、バケツバキとリンドウ以外の四人は人間狩りに姿を消した。

 バケツバキは幽世の星蘭の遺体の服を脱がし、解体作業に取り掛かる。一方のリンドウもまた、バケユリ達とは反対方向を向いて立ち去ろうとした。だが、バケツバキがリンドウを呼び止める。

 

『ねえ、リンドウ』

「……なんだ」

『人が食われるところ、人の視点からだとどう見える? やっぱり僕達が許せない?』

「……どうとも思っていない」

『へぇ……』

 

 バケツバキは笑顔は崩さず、遠ざかって行くリンドウの背を薄らと目を開き、見つめていた。

 その目は、笑ってはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢の中という認識をしっかりと持っていた。

 夜舞神社の境内にいて、そこには私以外にもう一人。お母様がいた。

 

「お母様……」

「きゃ〜薫! 小さくて可愛い〜!」

「小さいは余計です……」

 

 そう口を尖らせると、お母様を更にひーとあっぷさせてしまいました……。

 

「きゃー! 反抗期可愛い〜!」

「ぐえっ……」

 

 抱き締められるのが苦しく、何を言っても可愛いとしか言われない気がしたので、もう黙って流されるままでいようと思います……。

 

「うーん。ずっとこうしていたいけど時間は有限だものね」

 

 そう言ってお母様は抱き締めるのをやめてくれました。

 時間は有限。

 夢での邂逅ならば、目覚めるまでが刻限なのは当然。

 それでは、お母様は何のために……。

 

「薫」

「はい……」

「一緒に神楽を舞いましょう!」

 

 それは指導というわけではなく、ただ対面に立つお母様と共に夜舞神楽を舞うだけの時間。

 お母様は舞いながらも笑顔で私のことを見守ってくださいました。

 ああ、こんな風に楽しいと思いながら舞うのは、初めてかもしれません……。

 

「薫。楽しい?」

「……はい」

「そう、それでいいの。使命だとかなんだとか、そんなのは忘れて、ただ舞うの。胸を張って、ね?」

「お母様……」

「薫は真面目で責任感も強いから、色々考えちゃうと思うけど、もうバケゲンブはいないし、好きに舞えばいいの。まだ十六なんだし……十六……大きくなったわね〜!」

 

 最後の最後に、私の年齢に感動して泣き出しながらまた抱き締められました。

 悪い気は、いたしません。

 

「とにかく、薫は薫らしく。それが一番大事なこと」

 

 私が、私らしく……好きに舞う……。

 

「ああ、夢の中は一瞬で時間が過ぎちゃうわね……」

「お母様……」

「今日みたいにいつも薫に会えるわけじゃないけど、それでも私は薫のこと見守ってるからね」

 

 白い光に覆われて、やがて目を覚ます。

 見慣れた天井。

 楽しい夢であったと、心が暖かい。

 身体を起こすと、ベッドの傍らには布団を敷いて寝息を立てる咲希の姿がありました。

 

「ふふ……可愛らしい寝顔……」

 

 カーテンを開けると清々しい青空が広がって、正にお祭り日和。

 

「ふぁ〜……おはよ……薫……」

「ふふ、おはよう咲希。今日はお祭り本番。楽しんでいきましょう」

「うん……。薫は朝から元気だねぇ……」

 

 咲希はまだまだ寝足りない様子。

 けれど、お祭りの日は何かと朝から忙しいもの。朝食を食べ、準備を整えたら早速動かねばなりません。

 

 朝の支度を終え、社務所へと。幽世の星蘭が発見出来なかったという報せだけが不安材料ではあるが、その分五十鈴の方々が警備を強化している。

 とにかく今日は蝶祭りの神楽をと、真姫のお父様から言っていただいたので、思考は蝶祭りの方へと切り替える。

 社務所には人が詰め、忙しなく働いています。

 

「酒の手配は? 何時に届く!」

「11時半です!」

「昼の準備はどうなってる!」

「女衆に任せてっけど!」

「ちょっと様子見てけで!」

「小岩井さん! 岩手テレビと南部新報の取材が来てたよ!」

「佐々木さんに回せ! 取材対応は佐々木さんだっけぇに!」

 

 騒がしい和室の様子を眺めるのもほどほどに、皆さんへご挨拶を。

 祭りの運営に欠かせない方々に、今日一日よろしくお願いしますと伝える。

 そして、奥の控え室で着替えが行われる。

 着付けは真姫と真姫のお母様が担当してくださるので、私の秘密がバレることもありません。

 

「それで、お前はなんでいるんだ」

「いやー婚約者ですから。薫に密着するのです」

「真姫、別に構いませんから。けど、結構時間もかかりますし……お祭りを見に行っても……」

「お祭りは薫と一緒に周るから、一緒に屋台何があるとか初見の反応をしたいんだよー!」

「咲希……!」

「薫!」

「バカップルめ……」

 

 真姫の呟きを聞かなかったことにして、着付けを始めてもらいます。

 着付け、化粧となんだかんだで一時間以上はかかるので、ずっとじっとしていなければならないのが少々退屈ですが、咲希が話しかけてくれたので、今年は退屈せずに済みました。

 そして、いよいよ本番の時。

 舞台袖には私と真姫のみ。咲希は初めての蝶祭りということもあり観覧席に座っていただきました。

 やはり、咲希に良い席から見てもらいたかったのです。

 

「……薫様、今年はなんだか楽しそうですね」

「そう見える?」

「はい。これまでの薫様は、張り詰めたお顔をされていたので」

「そうね……バケゲンブももういない。使命、役割はもうないので、肩の荷が下りました……。楽しんできます」

「はい……! いってらっしゃいませ」

 

 厄除の槍を手に、着飾った姿で神楽殿へ。観覧席を一望すれば、町の人々はもちろん、樹羅ちゃんに竜おじ様、勝人に内人さんも。

 そして、咲希……。

 舞いましょう、私らしく————。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、なんだか薫ちゃんもすっかり大人っぽくなって……」

「んだな。高校生になったからだべか」

「お母さんに似てきたなぁ」

 

 そんな声が祭りの会場を歩いていると聞こえてきて、嬉しい気持ちになります。

 着替えと化粧落としは着付けの何分の一という時間で終わり、私の役割は完了して咲希と共にお祭りを周ることに。

 今年は何か変わった出店が出ているでしょうか……。

 

「もう本当に薫が綺麗すぎて私もうどうにかなっちゃいそうで……って、聞いてる薫?」

「……じゅるり」

「ああ、お腹が空いてるのね」

 

 ハッ!

 いけません。私としたことが、はしたない顔を……。

 

「あっちで内人さんがやってる屋台あるからそっち行こ!」

「内人さんが……」

 

 面白そうなので。ごほん。

 というわけで移動でございます。

 

「まあ、やってるというよりやらされてる、なんだけど……」

 

 と、苦笑いを浮かべながら器用に、というより手慣れた様子でクレープを巻いていく内人さん。

 これはもはや、本職。

 

「はい、チョコバナナとストロベリーだ」

「わー! 久しぶりのクレープ! こっちのクレープって老舗和菓子屋さんが作ってるなんか折り畳まれて四角いやつしかなかったからさ〜」

 

 あれはあれで美味しいけど、やっぱりクレープといったらこれだよねと咲希は久しぶりのクレープに舌鼓を打っています。

 それでは、私も……。

 

「ふふ……美味、でございます……」

「チョコバナナ一口ちょうだ〜い!」

「それでは、私もストロベリーを……」

 

 ストロベリーのクレープを一口いただき、こちらも大変美味しく……。

 

「ほんと、内人さんパティシエ? って感じ」

「高天原にいた時は五分の一ぐらいそうだったような気がしてるよ」

「大変、羨ましく……。我が家にも専属のぱてぃしえを……」

「えっ」

 

 と、冗談を言ってみるけれど本気に捉えられてしまうのが私の悪い癖。冗談だと分かるものを言っているつもりなのですが……。

 

「内人さんもお祭り終わっちゃったら旅立っちゃうのかぁ……。ここでスイーツを作り続けてもらいたかったのに……」

「ははは……。ま、あちこち見て回るのが目的だからさ。また近くに来たら寄らせてもらうよ」

「ええ、いつでも歓迎いたします……」

 

 楽しい時間はいつまでも続かない。

 けれど、また楽しい時間はやってくる。

 来年の夏、今度こそ例年通りの蝶祭りが開かれる。その時もまた、こんな風に笑い合えたなら、それだけで幸せというものです……。

 

 そうして、祭りは終わり……。

 

「それじゃあ皆さん撮りますよ〜!」

 

 真矢さんがカメラをセットして、走って列に並ぶ。

 今年の蝶祭りを記念しての記念撮影。

 蝶祭りの運営に関わった人達で撮ることに。

 祭りの終わりは寂しいもの。けれど、また来年。

 今年の楽しみを思い切り、笑顔で表現して、次のお祭りを心待ちにするのです……。

 




血を分けたから家族なのか、絆がなければ家族ではないのか。
十年という月日は、薫と父の絆を裂いてしまったのか。
それとも、まだ……。

次回 父子

その再会が意味するものは————。
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