仮面ライダービャクア外伝 仮面ライダーマイヤ 作:大ちゃんネオ
建築途中で建造中止となったビルの中で、黒い戦闘服を纏った集団が装備の確認を行なっていた。
男達で構成される集団の中に、紅一点。切れ長の瞳が目を引く女がいた。
女は拳銃をホルスターに収めると、首に巻いたドッグタグを手の上に乗せる。ドッグタグと共にチェーンに掛けられていたのは待機状態の紅い怨面。
準備は万全と女はドッグタグと怨面を懐に戻すと、全体を見渡し檄を飛ばした。
「いよいよ本格的な任務になる。心してかかれ!」
「はっ!」
統率の取れた返答に満足し、女は口角を上げる。
簡易的な司令部のデスクの上には、左上の端に「
神奈川の海沿いの街の片隅で、アラシレイダーを停めて少し休憩を入れていた時のことでした。
びゅうと強い風が吹いて、髪をおさえると幼い少女の声が聞こえたのです。
「あ! カオリの帽子!」
思わず、その少女を見たのは名前が一文字違いだったからでしょうか。勝人と同じくらいの歳の子。
それはともかくとして、少女の帽子が今の風に飛ばされて街路樹の枝に引っかかってしまったようです。
「どうしよう……」
登るのも難しく、長い棒のようなものも見当たらない。
困った様子のカオリちゃんのことを、助けてあげようと決断するのに時間はいりませんでした。
ちょうど都合良く、街路樹の近くに柵があったので……。
「失礼……」
「?」
跳躍、柵にごめんなさいと思いつつも足場に使って二段跳び。
手を伸ばして帽子を掴んで軽やかに少女の目の前に着地して、帽子を差し出した。
「はい、どうぞ」
「……」
「どうか、しましたか……? どこか帽子に傷でも……」
「すご〜い!!!」
突然の大声に驚いて少々固まってしまいました。小さい子供は相変わらず予測不能でございます……。
「お姉さん着物なのにぴょんぴょーんって!」
「え、ええ、まあ……」
たしかに、少し一般以上の運動能力を見せてしまった感はある。
あまり目立つのは良くないというのに。
ここは早々に立ち去るべきだろう。
「それでは、風に飛ばされないように注意してくださいね」
「うん! ありがとうお姉ちゃん!」
笑顔で手を振り返し、着物の帯を外して中のライダースーツを露わにしてアラシレイダーに跨り、この場を後にする。
収穫もなく、次の現場へ向かうとしましょう。
走り去るアラシレイダーを見つめるカオリの元へ、父親らしき短髪の男性が歩み寄った。
「カオリ、どうしたんだ」
「あ、パパ! あのね、着物のお姉ちゃんが木に引っかかった帽子を取ってくれたの。それで、お姉ちゃんはバイクに乗って行っちゃった」
父親も遠ざかっていく和装のライダーを見つめ、右折していく様を見ると瞳を大きく見開いて、無意識に呟いていた。
「アラシレイダー……」
「パパ……?」
「……なんでもないよ。ほら、もうお昼の時間だぞ」
娘を抱き上げて、近くの家まで歩いていく父親。だが、先程走り去ったアラシレイダーの姿が目に焼きつき、駆動音が耳に残り続けるのであった。
「薫……」
擬似退魔道具盗難事件に関する調査はその後あまり進展がなかったに思われたが、気になる事件が発生していた。
御守衆の技師数名がここ一週間で行方不明になっていることが判明したのだ。
技師についての事案ということもあり、擬似退魔道具盗難事件との関連性を調べるために派遣された。既にこの街の支部と行方不明となった技師達の住居などは調べたが、これといった手がかりも見つからず調査は早速行き詰まっていた。
関連がなくとも、技師の行方不明というだけでも大事だというのにそちらの手がかりもないというのも奇妙だ。
技師だけを狙う化神が現れた?
だとしても、この短期間の内に……。
頭の中で様々な事柄が絡み合って頭が痛い。港に吹く潮風が火照った頭を冷やしてくれるようでありがたい。
こんな時は何も考えず、ただぼうと海を眺めていよう。
幼い頃、お父様に連れられて海を見に行ったことを覚えている。本当に、ただ海を見つめることだけが目的。
瞼を閉じれば潮騒と共に思い出す、お父様の手の温もりを……。
「海は大きいな〜薫」
「海、おっきい……」
見上げたお父様の顔は、優しさに溢れて。海に連れて行ってもらう時間が好きでした。
しかし、お母様が亡くなり、私の育成についてお婆様の方針に異を唱え、お父様は家を出ていったのです。
御守衆からも離れ、今はどこで何をされているのかも分かりません。
会いたいと思うことは、ままあるのですけれど……。
ため息を吐くと、スマートフォンに着信。この街の御守衆を取り纏めている方からでした。
「夜舞です……」
「ああ、どうもお疲れ様。その後、何か進展はあったかい?」
「……いえ、難航しております……」
「そうか……。連絡したのは、例の件、許可が降りたんだ。工場の方に向かってもらえるかい?」
「分かりました。今から向かいますので」
通話を切り、ヘルメットを被る。アラシレイダーを走らせ、御守衆の所有する工場へと向かった。
工場地帯の一角。廃工場のようにも見える錆びついた建物の中を案内される。ここは廃工場などではなく、歴とした御守衆が所有する工廠なのである。
案内役は長身の好青年、谷山さん。歳下の私にも敬語で接する、爽やかな方。ここで開発されているある物の開発責任者に若くして選ばれたという若手ながらに技術も人望も備えた人物。そんな彼が同行していなければ、関係者以外の立ち入りが許可されない区域へ、これから足を踏み入れる。
「時間を取らせてしまって申し訳ないです。例の擬似退魔道具強奪事件から色々と厳しくなってしまって」
「いえ、仕方ありません。まだどういう相手なのかも分かっていないのですから、警備を厳しくするのは当然のことかと」
「ここのセキュリティは機械と術による複合式で、他の工場と比べてもかなり厳重にしてあります」
なるほど。確かに、外見は廃墟だけれどそこかしこに監視カメラが複数台にカードキー、指紋による認証。術による偽装に無数の結界が張られている。
かなりの厳重さだ。
ここで造られているという品が、どれほど重要度が高いものかを示している。
そして、最後の偽装結界が開放され開発中のマシンが露わとなる。
「これが次世代型式神ビークル。開発コード、顎門です」
顎門の名を与えられたそれは、銀色のボディ眩しい三輪車タイプのマシンであった。
試作段階ということあり、無骨な鋼と骨格に前に突き出た巨大なカウルは人喰い鮫を思わせるような形状。
大型化し重量が増したためか、機動力をカバーするためにと巨大なブースターまで備わっている。
動いていなくとも感じる、凶暴性。
まさに顎門の名に恥じぬといったところでしょうか。
「これまでの式神ビークルは御伽装士達の足としての側面が強かったですが、顎門は御伽装士の戦力を向上させる兵装をコンセプトに開発しました。退魔道具は怨面とほぼ一体ですが、式神ビークルに関して言えば後付けですからね」
「たしかに、退魔道具を造る技術は怨面の製作法と共に失伝していますから。マシンの方に兵装としての機能が備われば心強いです。ただ……少々、じゃじゃ馬そうですね」
私がそう言うと、谷山さんは苦笑いを浮かべられました。
「あはは……やはり、分かります?」
「ええ、なんとなく」
「本体は完成しています。試走も行ったのですが、なかなか……。現状では乗り手の腕に全てがかかってしまう乗り物です。御伽装士だけでなく、ゆくゆくは平装士でもこれに乗って化神と戦えるようにしたい。そのためには誰にでも扱えるような操縦性を、機械的にも呪術的にも目指してはいるんですけどね……。その調整を行う技師達がいなくなってしまって、手を焼いているところなんです」
失踪者のデータにあった技師達の名前と顔が脳内再生される。
三石、上戸、原、阿野……。四名の技師達が行方不明ともなれば、開発進捗は当然遅れるだろう。
そして、どうにも上手くいっていないことが分かりやすく伝わってくる。
試行錯誤も私の想像以上にしてきたのだろう。正に壁にぶち当たっているのだと、谷山さんの額に滲む汗が語っていた。
「……そのメカのセンスはお父様譲りなんでしょうか?」
「え……。父を、ご存知なのですか……?」
「夜舞蓮也の名は我々技師の間で知らない者はいないぐらいです。御守衆から離れられたのが残念ですが……」
もしかしたら父の居場所を知っているかもしれないと、僅かな可能性に期待して訊ねてみたのですが、谷山さんは興奮気味に技師としての父について語るばかりで、御守衆から離れたのが残念と言った。
その原因は私にあると言えない自分自身の臆病さに唇を噛む。
父が優秀な技師であったことは夜舞家に勤める技師達からも聞いているし、何よりアラシレイダーに乗ればそれを直接感じ取ることが出来る。
繊細かつ豪胆な走力に機敏な足回り。まさに自分の手足のようなマシンであるアラシレイダーは父の傑作と言っていいだろう。
「あの、調査のために来ているというのに、こんなことを頼むのも失礼とは承知しているんだけれど、もし良ければアラシレイダーを見せてくれませんか? もしかしたら、顎門の改良に役立つヒントがあるかもしれません!」
「……ええ、構いませんよ。以前、高天原家に技術供与したこともありますので」
「本当か! ありがとう!」
突然、力強く抱き締められて感謝と喜びを直接叩き込まれたかのよう。敬語も使わず、本来の谷山さんはこういうタイプの人かと思い知らされた。ただ、やはりかなり行き詰まっていたのだろう。アラシレイダーに何かヒントがあるかもしれないと信じていなければ、ここまでの喜びは体現出来ないはず。
「谷山さん、セクハラですよ」
されるがままに抱き締められていると、背後から眼鏡をかけた若い女性技師が谷山さんを注意してくれた。ストレートロングの髪は毛先が揃えられ、几帳面で真面目そうな印象を受ける。
ちょうど今ここに入ってきたらしい。
「えっ!? あ! いや、すまない矢口くん! 感極まって、つい」
「私じゃなくてその子に謝ってくださいよ。女子高生に抱きつくとか、マジで最悪です」
「あぁ……はは、申し訳ない夜舞さん……」
「私はその、気にしていませんので……」
矢口という女性技師はやたら厳しい目で谷山さんを睨みつけている。そして谷山さんもそれに慣れているというか、恐らくこういったやり取りはしょっちゅうなのだろう。
矢口さんの方は二十代前半の方と思いますが十代後半と言われてもおかしくない童顔な方で、そんな年下に叱られる年上の男性という構図はどこか愛嬌を感じてしまう。
「ふふ……。仲がよろしいのですね……」
「ああ、いや、ははっ。そう見えたなら嬉しいです。彼女、優秀なんですけど自己肯定感が低くて。俺を叱る時は活き活きするんですよ」
「女子高生に鼻の下伸ばしてないで作業してくださいよー!」
「ああ、分かってるよ。それより聞いてくれ。夜舞さんのアラシレイダーを見せてもらえることになったぞ!」
……思ったよりもあのお二人は歪な関係なのかもしれません。
他人がとやかく言うことではないとは思いますが。
ひとまず、頼まれたアラシレイダーをこちらに呼び出しますか。護符を使い、工場の敷地に停めていたアラシレイダーを工廠の中へと転移させる。
すると、谷山さんと矢口さんまで目を輝かせてアラシレイダーをまじまじと観察を始めた。
「……あの、後からこんなことを言うのもあれですが、アラシレイダーはお母様の代から使われていますので、もう二十年以上前のマシンになります。本当に参考になるかどうか……」
「そんなことはありません!」
食い気味に言われ、流石にびびりました。
「過去の熟れた技術が思わぬヒントになることも多いんです! いやしかし、これが二十年以上前のマシンとは信じられない。整備を担当されてる方も良い仕事をなさる……」
「あの、実は普段の整備なら私が……」
「ええっ!?」
「じ、自分で出来る範囲ですが……」
そう、まったく基礎的な整備は自分で行なっているだけでそれ以上のこととなればうちの技師にお願いしているし、アラシレイダーの調子は常に技師が見ている。
万全を常に期しているのだ。
「……あの」
矢口さんが畏まった様子で私に声をかけた。
ずっと谷山さんのターンだったので、ありがたいタイミング。
「アラシレイダーに宿っている自我についてなんですけど、この制御方法は……」
「そこも父が苦心したと聞いております。あとは、そうですね。信頼です」
「信頼……」
「自我があるもの同士、信頼が何より大事だと思っておりますので」
一朝一夕というわけにはいかないけれど、積み重ねた信頼こそが大切と信じている。
そうして、アラシレイダーは谷山さん達に任せて私は工場を後にする。何かあれば護符を使ってアラシレイダーを呼び出すことも出来るので問題ありません。
外は茜色に染まり、工場地帯になんとも言えないノスタルジィを演出させる。鴉と一緒に帰る時間です。
「薫……!」
男性の声であった。
初めて訪れた街で、私の名を呼ぶ人物に心当たりなどない。
けれど、この声は————。
振り向くと、そこには記憶よりも老いた父の姿があった。
父の車の助手席に座り、建ち並ぶ店の大きな看板達が照明をつけていく様を眺めながら、帰宅ラッシュの車でいっぱいのバイパス道路を走ること数分。
会話はぽつりぽつりと連続性がない。
元気にしていたか、などの取り止めのないやり取りばかりを繰り返し居心地が悪い。
なので、いい加減にしようと腹を決めた。
「何故、あそこだと」
「……娘の帽子を取ってくれたんだろ」
父の口から出た、娘という言葉。
思った以上に、心に来るものですね……。
「カオリちゃんと、言いましたか」
「ああ。名前、言ってたか」
「名付けは、お父様が?」
「……そうだ」
問い詰めるような言い方。
別に、何が悪いというわけでもない。
けれど、どこか責めるような口ぶりの私が嫌らしい。
「薫が去ってすぐに香織のところに行ったんだ。アラシレイダーだってすぐに分かったよ。それで、薫のことを探し回って……。この辺りの御守衆の支部の近くにいれば、会えるかと思って……」
「御守衆でない割には、お詳しいようで」
ああ、まただ。
どうしてこの口は止まらないのか。
「……やっぱり雰囲気で分かってしまうものなんだよ。こんな俺でも、元は御守衆だから……」
「……今は、何を?」
「整備工場だよ。車とかバイクの。奈緒……今の奥さんのお父さんの跡を継いで細々と、な……」
今の奥さん……。
お父様の中では、もうお母様も私も……過去の物なのでしょうか。
それはあまりにも情がないのではないか。
ならば何故、私を探してあまつさえこのように車に乗せ、言葉を交わすのでしょうか。
分かりません。私には。
お父様のことが、今は。
「よく、私だと分かりましたね」
「当然だろう。楓にそっくりだったから」
「……」
「自分の子供ぐらい、分かるさ」
「なら……私の考えていることを当ててください」
「それは……難しいな。俺は超能力者じゃないから」
ひらりと躱わすような口ぶりに苛立つ自分を自覚する。
会いたいと、思っていたのに。いざ会えばこれですか。
「なに食べたい?」
「え……?」
「夕飯、まだだろ? 腹は減ってないか?」
「……ご家族と食べれば、よろしいじゃないですか」
「……血の繋がりだけでは、家族とはやっぱり言えないかな」
どうして自分はこうなのだろう。そんなことばかり頭の中でぐるぐると駆け巡る。
こんなことが言いたいのではないのに。
お父様を責めるようなことばかり。お父様は何も悪くないのに。
息を吐く。
落ち着け。相手は父なのだ。特別なことなど、なにもない。
ドアに肘をついて、頬杖をつき延々と並ぶチェーン店を眺めて今の気分を腹と相談する。
「……びくドン」
「……! 分かった……!」
嬉しげな父を横目に、窓の外を見つめる。映り込む自分の顔は、まだなんとも不機嫌そうであった。
このハンバーグレストランの海外の家の窓のような大きなメニューが好きだったのだが、時代の流れかタブレットからの注文になっていて味気ないと思った。
「パインハンバーグのLと味噌汁とびっくらポテトといちごミルクとストロベリー白玉ソフトっと……」
「そ、そんなに食べられるか?」
「食える。成長期だから」
空腹なのは事実だし、前とは違って食べられる量も増えた。
おかげで身長も伸びてきている……気がする。
今まで成長期が来なかった分が一気に来そうだ。いや、来て欲しい。せめて咲希よりは大きくなりたいという密かな目標があるのだ。
「普段はそういう感じなのか?」
「別に。前は意識して切り替えてたけど、最近はもうなんていうか、混ざった」
「そうか……」
父様は慎ましくおろしハンバーグのセットだけ頼んで、財布の様子を伺っていた。せっかくの機会だ、父親の金で食事してやる。
そして運ばれてきた品々……大半はオレのだけど。遠慮せず、いただく。
「いただきます……」
ここのハンバーグは白飯と味噌汁がよく合う。ジャンルでいけば和食に入れてもいいだろうと思う。
そしてなんといってもパインだ。
オレは酢豚のパインもいけるクチだが、そうでない奴もこれは食べてみてもらいたい。
火の通ったパイン単体でも美味いが、ハンバーグと一緒に食べると更に美味さが跳ね上がる。鰹のタタキをニンニクのスライスと一緒に口に運んだ時ぐらいの相性の良さだ。
などと、舌鼓を打っていると父様が箸を進めないでオレを見ていた。
「なんだよ」
「いや……口調はそんななのに、食べ方がお上品なのが面白くてさ。楓はテーブルマナーとか苦手だったし、お義母さんの教育が行き届いてるなって」
「……皮肉か」
「……そのつもりがないと言えば、嘘になる。でも、薫に対してじゃない。お義母さんに対してだよ」
父様は母様の死後、婆様とオレの育成方針について揉めた。だが、入婿の父様に婆様を止めることなど出来ず、やがて父様は家を出た。
だから、父様が婆様に対して皮肉のひとつでも言ってやりたい気持ちも理解はする。
だが、それを聞いて内心で良い気になれるわけでもない。
「総本山付き、か。すごいことだよ、その若さでなれるっていうのは。技師だった俺にだってそのすごさが分かるんだ。だから、さ……結局のところお義母さんは正しかったんだなぁ……」
「父様……」
「薫は今、幸せか?」
父の問いかけに、迷わず肯定しようとして口を噤む。
間違いなくオレは幸せだと言える。
生涯をかけて幸せにしたい、一緒にいたい奴と出会った。他にも、大切な仲間にも出会えた。
夜舞家千年の悲願を果たし、総本山付きの名誉を賜ることも出来た。
ああ、間違いなく幸せだ。
けれど、その幸せは。
父様の不在を肯定してしまうものではないか。
それを思うと、怖くて声が出せない。
「……いいんだ。俺のことなんか気にしなくて」
寂しげに笑う父様を目にして、喉が鳴った。
行き場のない、いろんな感情がごちゃ混ぜになったものが喉をつかえさせる。
水を飲み込み、暴発してしまいそうなものを全て腹に流す。深くソファに背もたれて、自分でも想像以上に低い声を発した。
「父様はどうなんだよ」
「俺は……幸せだよ、今」
「……そうか」
「こんな俺でも愛してくれる妻が出来て、娘も生まれて、お義父さん達にもよくしてもらってる。贅沢な暮らしとまでは言わないけど、不自由ない暮らしが出来てる。ああ、幸せだよ」
「じゃあ、いいじゃ……」
「でも……十年前、薫のもとから去ったことをずっと悔やんでるんだ……」
その言葉に、オレはなんと返したかいまいち覚えていない。
ただ、言葉を発したというよりも、息を漏らしたと言った方が近かったかもしれない。
帰りの車内でも、何かを一言二言交わしたぐらいでいた。
ただ、そのまま帰るのもどうかと思ったのだ。
「……なぁ」
「……ああ」
「今の家族。遠目でいいから見せろ」
「……いいのか?」
ああ、と頷く。
なんとなく、そうすれば、気持ちの踏ん切りが、つくような、気がして。
「……分かった」
車はそのまま父様の家へと向かう。
遠目から眺めて、父様が幸せだと分かればそれでいいのだ。
父様の自宅から少し離れたところで降ろしてもらい、父様の帰宅を眺めていた。
あそこが、父様の家……。
古く見えるけれど、良い家。
「明かりをつけていない……?」
もう夜も更けているのに、家中が暗い。
折悪く、他の家族は外出してしまったのだろうか。車を車庫に納め、家を見上げた父様も怪訝そうな素振りを見せている。
中へ入っていく父様。鍵は開いていたようだ。
不穏な気配に身の毛がよだつ。ふと、父様の家の通りに路駐されたハイエースに目が向いた。何か、確信めいたものを胸に家へと近付く。すると、家の中から何かが割れるような音。咄嗟に駆け出し、暗闇の室内へと飛び込む。
夜目は利く。
リビングと思われる室内には首を押さえ、疼くまるお父様。そして、黒い装束の男が二人。
化神ではない。人間……!
男達は私に気付くと頷いて、即座に攻撃を仕掛けてきた。
男の手には黒いナイフのような刃物。そして、顔のゴーグル。これは、暗視ゴーグル……!
自衛隊で採用されているV3と言いましたか。
それに服装も、これは戦闘服の類い。彼等は、一体!?
「ッ!」
光を反射しない黒い刃が突き出される。
この狭い室内では、こちらは徒手で対応するほかない。掌底で刃物を握る右手を打ち、刃物を男の手から落とす。それでも男は冷静に格闘戦に移行。迫る拳を捌き続け、生じた隙に左の鎖骨へと掌底を叩き込む。
手加減したのもあってか、一歩後退った程度でそれほどダメージを負った気配はない。
だが、もう一人の男がハンドサインで何かを伝える。どうやら、撤退の意味だったらしくリビングの窓から庭へ出て逃走した。
男達はあの路駐されていたハイエースに乗り込み、ハイエースは急発進。他にも仲間がいたらしい。
アラシレイダーを呼んで追跡を……。
「ううっ……」
「お父様……!」
呻く声に優先事項を切り換える。
ナンバーは……覚えた。
部屋の電気をつけて、お父様の容態を確認する。
「お父様……!」
「薫……うあっ……!」
出血はない。
後頭部から首にかけてを殴られたのだろう。念のため病院へ行った方がいいはず。
それにあいつらは……ひとまず警察に通報か。単なる強盗の可能性もあり得る。限りなく、薄い線だと思うが。
お父様に肩を貸してソファに座らせる。氷嚢のような冷やすものがあるといいのですが……。
「薫……」
「お父様……あまり無理をなされては……」
「奈緒と香織は……」
こんな時に今の奥様と娘の心配を……。いえ、それが夫であり父というものなのでしょう。
家の中を代わりに探すことに。
リビングのすぐ隣のキッチンで意識を失っている二人を見つけた。口はテープで塞がれ、縄で手足を縛られている。怪我をしている様子はなく、呼吸もしている。
口のテープを剥がし、縄を解いてから声をかけながら肩を揺さぶる。
「ナオさん……。カオリちゃん……」
呼び掛けていると、お父様が覚束ない足取りでお二人のところに駆け寄り、二人の名を呼ぶ。
懸命に、必死に。
私はその場から立ち上がり、そんなお父様の様子を見つめていた。
「奈緒! 香織!」
「ん……パパ……?」
「香織……!」
お父様がカオリちゃんを抱きしめる様を見て、私は何を思ったのだろう。少なくとも、悪感情ではなかったことに胸を撫で下ろす自分はいました。
家族が安堵しているところを邪魔するのはよくない。ひとまずは救急車と警察に連絡を……。
「あれ、帽子のお姉ちゃん……?」
「ふふ……こんばんは」
手を止め、安心させるためにも微笑みました。
けれど、自分でも驚くぐらい自然と出た笑顔に若干の戸惑いもありました。
「あ……貴方……!」
「奈緒、大丈夫か!」
「あなた! 変な奴等が急に……!」
奥様も目を覚まし、お父様へと身を寄せる。
「薫が助けてくれたんだ」
お父様がそう言うと、奥様は戸惑った様子で私を見つめました。
この方は、私のことをお父様から聞いていてもおかしくありません。
「なんで……だって、岩手だって……。なんでいるの……?」
「奈緒……?」
「あなたの前の奥さんの子供ってことは、化け物と戦ったりするような奴等でしょ……! なんで、なんでいるのよ……! 私と香織が襲われたのだって、そのせいなんじゃないの!?」
「ッ……」
刃物で、貫かれたような感覚でした。
もしかしたら、私のせいでお父様のご家族に危害が……?
それが本当だったら、私は……。
「落ち着け奈緒! 薫は何も悪くない。あいつらの狙いは俺だ……」
「え……? お父様、どういうことですか?」
「あいつら、俺に言ったんだ。夜舞蓮也だな、と」
……お父様を狙っていた?
それもわざわざ、夜舞姓で呼ぶとは一体どういうつもりなのだろうか。
まさか、御守衆の技師の失踪と関連が?
お父様の技師としての腕を知り、利用しようと連れ去ろうとした?
現状、考えられるのはこのようなところだろう。
「だから、悪いのは薫じゃない。俺なんだ」
「……ごめんなさい……」
奥様が落ち着かれた様子を見て、切り出す。
「……お父様。今回の件、たしかに御守衆に所属していたことが関連していると思います」
「薫……」
「最近、この街の技師複数名が失踪するという事案が発生しています。犯人は化神の可能性も考えていましたが、どうやら人間のようです。それも、訓練された人間」
「訓練された人間……?」
リビングへと戻り、床に落ちたままの黒いナイフをハンカチで包んで持ち上げる。
明るくなり、しっかりと全貌を見ることが出来るようになって確信した。
「犯人が使っていたものです。ナイフ、というより銃剣ですね」
「銃剣?」
「鍔に銃身に装着するための輪があります。峰には金属切断用の鋸刃。刃の穴は鞘と組み合わせるとワイヤーカッターになるとか。刃渡りから見て、89式銃剣。自衛隊で採用している銃剣と思われます」
「自衛隊って……自衛隊がなんで御守衆の技師を!」
「いえ、自衛隊ではありません」
この一件、やはり擬似退魔道具盗難事件と繋がっている。
犯人達は恐らく、例の銃を造る……量産するために技師を連れ去っている。それも、現役だけでなくお父様のような御守衆から離れた人までも狙う。果たしてどれほどの人数を狙っているのかにもよるが、これが仮にこの街だけでなく範囲を広げていくことになれば、護衛が難しくなってくる。
とにかく今はこの事を上に報告して……。
すると、スマートフォンの画面が切り替わり振動。
「谷山さんから……もしもし?」
「ああ! 夜舞さん大変だ! 工場が襲撃されて顎門を強奪された!」
「なんですって……!?」