仮面ライダービャクア外伝 仮面ライダーマイヤ   作:大ちゃんネオ

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一手 壱

 北海道で初雪が観測されるようになった頃。北海道管轄の高天原家では次期頭領である高天原霞澄が屋敷にて報告書の作成等の執務を行っていた。

 悪戯好きではあるが根は真面目でストイックな性格のため、こういった書類仕事を溜めずにしっかり消化するマメさは頭領向きと太鼓判が押されている。

 また、本格的に高天原家の次代を担う頭領としての自覚が出てきたことで、より仕事へ打ち込むようにもなっていた。

 つらつらと先日討伐した化神について書き留めていると、机の傍らに置かれたスマートフォンに着信があった。

 三つ子の次女、日依から。

 御伽装士キュウユウとなった彼女は現在、北海道内の他の管轄から助っ人の要請を受け、今は網走にいた。

 

「あ、もしもし日依? そっち終わったのー?」

「うん。今から出るとこ」

「そっかー了解。こっち着く頃にはすっかり夜だから、気を付けて帰ってきてね」

「うん……。ところでさ、静久から連絡はあった?」

「静久? いいや、ないけど……。ま、心配になるよね」

 

 二人の話題は三つ子の末っ子、静久へと切り替わる。

 というより、日依は静久のことが聞きたくて電話をかけていたのだ。

 

「大丈夫かな……」

「大丈夫だとは思うけど、心配しても仕方ないしねぇ……」

「総本山、か……」

 

 日依が遠くを見つめて呟いた。

 高天原の三つ子姉妹が末っ子、高天原静久は御守衆総本山、京都へと出向いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 京都某所。

 御守衆総本山。総本山というからには、ここにいる者は御守衆内でも尋常ではないということである。

 御伽装士はもちろん、彼等を支援する平装士。化神等の研究を行う部署も存在しており、高天原静久は研究部門を見学していた。

 

「ここが主に神通力や仙術、呪術の研究を行う部署よ。あなたがいずれ配属されるかもしれないところ」

「は~」

 

 案内役の白衣姿の若い女性に案内されている静久だが、どこか気の抜けたように聞こえる声で返事をする。しかしこれはいつものことである。

 案内役の女性の言葉よりも、研究に励む平装士達に興味が向いていたのだ。日本各地に収蔵されていた文献、古文書等を解読する者、術の試験を行う者等々、人員も資料も豊富に見える。

 

「ここは御守衆の過去と未来を司る場所と言われているの」

「御守衆の過去と未来……?」

「過去の資料を読み解き、失われた技術の復元。そして、現在と未来の御伽装士達のために新たな技術を生み出す……。だから、過去と未来を司ってるってわけ」

 

 現代、御伽装士に関する技術のほとんどが失われたと言えるだろう。

 時間の経過による忘却、技術伝承の断絶、戦争や災害による消失。

 辛うじて途絶えることなく、今日まで継承されてきた怨面の力によって化神という脅威と戦っている御守衆。

 化神との戦いは終わることはない。

 しかし、このような状況では人類はジリ貧だ。

 御伽装士、怨面が消耗、減少していく現状に危機感を抱く者は御守衆内部では少なくない。

 静久もそれを人より理解していた。高天原家に伝わる怨面、天鼬はかつての戦いで摩耗し、三つの怨面に分たれた。今は三つ子の姉妹でその三つの怨面をそれぞれ使用している。いくら怨面とはいえ、壊れることがあるのだ。

 ゆえに、失われた技術を復活させること。

 新たな化神への対抗策を生み出すこと。

 これらは急務である。

 そのため御守衆上層部は研究部門へ注力している。

 優秀な人員を全国の支部から集め、静久もまたそうして声をかけられた一人であった。

 

「ずっと声をかけたかったけれど、御伽装士としても働いてもらう必要があったから……。でも、まさか喪失した怨面が二枚も見つかるなんて」

「……そうですね~」

「若き天才って、総本山でも噂されてたしね」

「照れますね~」

「メイユウの力も興味深いものだし、私達に力を貸してほしいの」

 

 期待の眼差しを向けられた静久は返答に困った。

 ここの存在意義も理解した。

 必要性と重要性も認識した。

 そして自分の力を必要とされていることもよく分かった。

 断る理由はない。

 けれど、何かが引っ掛かる。

 喉に魚の小骨が刺さったかのような、違和感。

 言葉は突っ掛かり、嫌な間を生み、気まずくなる。

 そんな空気を破るように、平装士が女性に声をかけた。

 

「すいません。会議の時間が……」

「あっ! いけないわ、もうそんな時間……。ごめんなさいね、とりあえず案内は以上だから後は好きにしてて!」

「あ、はい~」

 

 パタパタと急ぎ、彼女は行ってしまった。

 静久が総本山に到着してから自らが案内をすると張り切っていた彼女がいなくなり、急に誰からも相手にされなくなり少し困惑。

 ひとまずここに突っ立っているのも邪魔になるだろうと、静久は研究室を後にする。

 その時、和服の少女とすれ違った。

 紫の地に蝶と花を描いた着物に、瞳と同じ真っ赤な絹のショールをかけた少女。

 すれ違い様に会釈した彼女の纏う雰囲気にどこか当てられたように、その背中を見つめた。

 流石、京都の総本山。あんな着物が似合う子がいるなんて。

 そんなことを思いながら廊下に立ち尽くす静久であったが、どっと疲れが押し寄せてきたのもあり真っ直ぐと貸し与えられた部屋へと向かう。

 北海道から京都までの移動と、総本山の見学。

 慣れないことの連続は、思った以上に疲労となって襲いかかってくる。

 

 

 

 

 

 

 

 総本山から呼び出しがかかったのは、神奈川から帰った翌日のことであった。

 大和の牙なる組織のことについて、総本山で緊急の会合が開かれることになったのだ。大和の牙関連の事案に直接的に関わった御伽装士として証人の一人に選ばれ、家に帰ったのも束の間、すぐに京都へ発つ用意に追われて落ち着く暇もなく、今ここにいる。

 広い和室にずらりと総本山で勤務する各部署の主任クラスの面々が並んで座る。そこに混ざって座るというのは、些か緊張します。

 それにしても。

 目線の先にはスーツ姿の男性が二人。歳の頃は四十代半ば程の方と三十代半ば程で、こちらの方はなかなか美形。

 この人達のことが気になったのは、恐らく御守衆の人間ではないだろうと感じたからだ。

 纏う空気がどこか異質な御二方は、私以外の方々の注目を集めている。

 

「皆、ご苦労」

 

 襖戸が開き、上層部の方々がご入室なさる。

 関心をそちらに向けて、姿勢を正す。

 

「此度の緊急の会合。皆、存じている通り、大和の牙なる組織が暗躍し御守衆に被害が及んでいる。この大和の牙なる組織についての対策、そして今後の方針について話し合いたいと思っている」

「この大和の牙というのは、一体どういう組織なんです?」

 

 まず挙げられた質問に対し、例のスーツ姿の男性……若い御方が手を挙げられると発言の許可を求められた。

 

「そちらについては我々の方から」

「ああ……。あなた方が答えていただいた方がより正確で分かりやすいでしょう」

 

 上役がそう言うとなると、彼等は大和の牙に関して詳細な情報を掴んでいると思われる。

 そうなのだとすると、余計に彼等が一体何者なのか気になるところだが、その謎は御二方が自己紹介をしてすぐに明らかにされた。

 美形の方が立ち上がると、その高身長ぶりとスタイルの良さが明らかとなる。怪しい者ではないと微笑む様など、さながらアイドルのようだ。

 

「御守衆の皆様、はじめまして。私は警察庁警備局警備企画課の及川雅也といいます。こちらは……」

「防衛省防衛政策局の柴田慶次です。どうぞ、よろしく」

 

 警察庁と防衛省……。

 予想外の組織の登場ではありますが、言われてみれば納得のいく省庁です。

 それにしても、警備企画課とは……。

 

「何故、警察庁と防衛省の方が……」

「我々も大和の牙を追っているからです」

 

 にこやかに及川さんが答えられると、それを皮切りに説明が始まる。

 

「まず、皆さんは民兵というものをご存知ですか?」

「民兵というと、民間の兵士のことですか」

「そうです。率直に申し上げると、大和の牙は民兵組織です」

 

 ざわめきが起こる。

 民兵とは字の如く民間の兵士のことを指す。

 日本で普通に暮らしていればそう目にするものではない。

 強いてもっとも身近な例を挙げるとすれば、隣国の漁師に偽装した海上民兵が稀にニュースで取り上げられるでしょうか。それか、現在の防衛省たる旧市ヶ谷駐屯地で割腹自殺を遂げた文豪が組織した民兵組織か。

 

「では何故、その民兵が我々を襲って……怨面まで所有しているんだ!」

「それについては後ほど。まずは我々が把握している情報から。民兵組織、大和の牙はおよそ十年前に結成。東京都八丈島近海に浮かぶ通称、蓬莱島を拠点にし軍事訓練を行っている組織です」

「ネット上で訓練参加者を集い、一週間程度の訓練を参加者に施しています」

 

 ネット上で参加者を……。

 もっと身を潜めている組織かと思いましたが、思ったよりも大っぴらに活動していたようです。

 しかし、それすらも表向きの顔なのでしょう。

 

「及川さん。個人がそのように軍事訓練を行うというのは法に反してはいないのかね?」

「この国は憲法9条により、戦争放棄、あらゆる戦力を保持しないと定められています。一般人が武器の類いを手にすることも基本的に許可されていません」

「なら……」

「しかし、訓練をするなとまでは記されてはいません。凶器準備集合罪、テロ等準備罪、武器製造法違反……それらしい名目をつけて彼等を引っ張ってくるにも令状がいる。令状を出すには相応の証拠がなければいけません」

 

 及川さんはどこか会話を楽しむような表情をしながら語っていた。緊張を解すためか、親近感を与えるためか。もっとも、その効果はあまりないと言えるだろう。むしろ、逆効果。御守衆の方達から怪訝な目で見られていることに気付き、及川さんは咳払いをして空気と顔つきを変えた。

 

「……つまり、そういうことか」

「ええ。民兵組織なんて危険な連中は当然、公安の捜査対象です。お誂えむきに訓練参加者が募集されているので、潜入捜査も行いましたが黒と判断するには証拠が足りない。そのうえ、訓練期間中は基本団体行動。外部との連絡すら難しい。また、蓬莱島は私有地なので勝手に潜入すれば不法侵入でこちらが捕まりかねない。そういう状況なわけで念入りな捜査も難しいわけです。それに……」

 

 及川さんが羽場さんに視線を送る。

 選手交代といった様子で柴田さん……すなわち防衛省としての見解が語られた。

 

「防衛省としても、痛くない腹を探られるようなことになるのは不愉快だと言う方々がいますからね。警察と自衛隊は昔から色々とありますから」

「その言い分では、防衛省は大和の牙の存在を認めているように聞こえますが」

 

 御守衆側からそんな声があがった。

 柴田さんはそれを見越したような顔で、淡々と続きを口にしました。

 

「……事実、防衛省、各自衛隊の中には彼等の存在を支持するという旨の発言をしている方々がいらっしゃいます。それも、幕僚監部レベルで」

 

 その発言は物議を醸すものであった。

 国の公的機関の人間達が民兵を認めているというのは、想像がつかないものだからだ。もちろん、極一部の人間達なのではあろうが。

 

「勘違いされると困るのですが、私は大和の牙を認めてなどいません」

「勘違いさせるような言い方をしたのは柴田さんじゃないですか。おっと失敬。続きをどうぞ」

 

 及川さんが柴田さんの揚げ足を取るが、即座に謝罪。それも良い笑顔で。この御二方は意外と気安い仲なのか、はたまた相性が悪いのか分かりません。

 

「大和の牙の設立目的は国を護ること。自衛隊と志を同じくしていますからね。もっとも、それが本当かどうか今や怪しいですが」

「志は……本物かと……」

「え?」

 

 あ、と口を隠した時にはもう遅く。

 まさか、こんな自然と口が動くとは思ってもいませんでした。

 

「すいません。あの子は?」

「大和の牙の御伽装士と戦った御伽装士だ」

「なるほど……。あんな綺麗な子とは、思ってもみなかった」

 

 及川さんが上役と何かを耳打ちされていました。

 無礼な振る舞いを責められているでしょうか……。

 

「申し訳ございません……。大事なお話に口を挟むなど……」

 

 頭を下げようとすると、及川さんが気にしないでと優しく励ましてくださいました。

 

「むしろ、今の言葉の意味が僕達は気になるな。ね、柴田さん?」

「ああ……。奴等の志が本物だと思う理由をお聞きしてもよろしいですか」

 

 及川さんから促された柴田さんが私に問いかける。私は上層部の方々へ顔を向け、頷かれてから口を開きました。

 あの、犬の御伽装士との戦いを頭の中で振り返りながら。

 

「大和の牙の御伽装士が戦闘中に言ったのです……。御守衆はこの国を護るに値しない、と……」

「御守衆はこの国を護るに値しない。言葉の裏を返せば、大和の牙こそがこの国を護るに相応しい。なるほど、大和の牙はだいぶ過熱化しているというか、過激化している感じですね柴田さん?」

「その方が余計に面倒でしょう。何をしでかすか、ますます分からない」

 

 事実、彼等は既にその何かをしでかしてしまった。

 疑似退魔道具の盗難。

 試作型式神ビークル顎門の強奪未遂。

 これらは既に大和の牙が本格的にその牙を剥き始めたことの証左と言えるだろう。

 

「話を戻します。たしかに防衛省、自衛隊の中には大和の牙を支持するような発言をした者もいます。なんなら、現防衛大臣政務官の一人もかなり親密な関係のようですし」

 

 政務官ともなれば、現職の国会議員が大和の牙を背後から支援しているかもしれないということになる。

 大和の牙、想像以上の規模の組織なのかもしれません。

 

「防衛省としての要望を御守衆の皆さんに単刀直入に申し上げます。大和の牙をあなた方に潰していただきたい」

 

 その発言は、この場をざわつかせるのに充分な威力を持っていました。

 

「我々に人間と戦えというのか!」

「御守衆の使命は化神や人知を超えた怪異から人々を守ること。いくら御伽装士がいるからといって潰せというのは……」

 

 御守衆は化神や人に害する怪異などから人々を守るための組織。

 人間の組織と戦えということに不満を持つ方が現れるのは自然なこと。それでいて、外部からやってきた防衛省の人間から指図されたような形で納得いかないといった様子の方も見受けられる。

 しかし……。

 

「そう、その御伽装士ですよ。私からすれば、御伽装士も人知を超えた怪異ですよ」

 

 その発言は、流石にいただけなかった。

 

「我等を侮辱するかッ!」

 

 この場に居合わせた御伽装士の方々が憤慨するのは当然のことであった。私だって良い気分ではない。

 お前達は化神と同じ化け物だと言われたも同然なのだから。

 正に一触即発の空気が流れるも、及川さんが柴田さんを嗜め、上役達もまた鎮まるようにと声を響かせた。

 上役がそう言うのならと、憤っていた御伽装士の皆さんも渋々と座布団の上に腰を落とす。

 

「柴田さん!」

「……先程の発言が指した御伽装士は無論、大和の牙の御伽装士のことです。皆さんのことではありません」

 

 あまりにも取ってつけたような言葉に思うところがないわけではないですが、ここでまた噛みついたところで何も始まりません。

 柴田さんは顔色ひとつも変えないでいる。

 そして、再び淡々と語り始めた。

 

「ただ、皆さんにはご理解いただきたい。御伽装士という存在がどれほどの力を持つのか、ということを。もちろん、理解されてはいるとは思いますが、我々一般人から見て、どう思うか。古来より歴史の裏で御守衆という組織の下、制御下に置かれてきたからこそ許されたその力が民兵などに運用されている。日本のためにその力が振るわれるならまだマシで、この力が諸外国に漏れ出るようなことになれば、軍事転用などされようものならどうなるか。事態は一刻を争うのです」

 

 つらつらと述べられた言葉ではあるが、秘められた熱量を感じる言葉であった。

 この方は、真にこの国のことを思っているのだろう。思っているからこその、先程の言葉だったのかもしれない。

 御伽装士の力が悪用され、世間に露見しないようにするというのは御守衆のことを思ってのことでもあるのだろう。

 仏頂面で分かりにくいですが、非常に思慮深い方なのでしょう。

 

「防衛省からの要望が出たので、警察庁からの見解も述べておきます。警察庁としては、大和の牙に関して御守衆で対処するべき事案として全権を御守衆に委ねます。また、こちらが持つ情報を全て御守衆に提供いたします」

 

 警察庁は大和の牙に関しては手に負えないと早々に判断したのだろう。何しろ、相手がただの民兵とは言えなくなってしまったからだ。ある意味、人任せにして全部なすりつけようという魂胆かもしれませんがそれはそれでこちらはやりやすいというものでしょう。協力も惜しまないようですから。

 

「お話は分かりました……。大和の牙に関してはこちらで全て引き受けましょう」

「闇に堕ちた御伽装士を処分することだってこれまであった。これまで通りに執り行おう」

 

 上層部の決定に、誰も異を唱えなかった。

 唱えるはずもなかった。思うところは、人それぞれあるのだろうけれど。

 

「さて、あとは大和の牙に関してこちらで掴んでいる情報を開示していきましょうかね。まずは中心人物から。名前は……」

 

 

 

 

 

 

「高浪武蔵ぃ? どこかで聞いたような名前じゃな」

 

 夜舞邸の中庭を望む縁側には、センと河南紫が並んで腰を下ろしていた。傍から見れば祖母と孫娘が並んでお茶をしている微笑ましい光景だが二人は同年代で長年、共に戦ってきた戦友。会話の内容も以前より調査を依頼していた疑似退魔道具盗難の件。  

 敵組織の首魁と目される男の名前が浮上したことをセンは紫に告げると、紫は大福を口に含み、茶を啜りながら記憶を呼び戻そうとして秋晴れの空を右目で見つめていた。

 

「ん〜この歳になると、流石に記憶がのぉ……」 

「そんなナリして、情けない」

 

 腕を組み、うんうんと唸る紫をセンは情けないと一蹴した。

 

「ええい! 見た目は子供! 頭脳は大人じゃぞ!」

「頭脳はババアの間違いだろう」

「そう言う主は見た目までババアじゃろうに」

「それが普通だ」

「む、たしかに」

 

 センの至極真っ当なツッコミに紫は納得させられ口を閉ざす。

 落ち着きを取り戻し、再び湯呑みに口をつけた紫はリラックスしたおかげか高浪武蔵という男について思い出すことが出来た。

 

「そうじゃ、思い出したぞ。高浪武蔵……奴とは一度会ったことがある」

「会っただと?」

「うむ。儂が御守衆から離れてすぐのことじゃった」

 

 数年前、御守衆のやり方を甘いと判断し新たな退魔の組織を作り出そうと出奔した紫は術により若返り(若返り過ぎたが)活動を始めようとしていた。

 そんな時、愛弟子である皇黄泉と出会い、彼女に手間と時間をかけることになり組織作りは停滞。

 そんな中、接触を図ってきた人物がいたという。

 

「河南紫様とお見受けします。私は高浪武蔵。御伽装士キリサメという者です」

 

 黄昏時の廃れた神社。気味の悪い赤みがかった夕日を背にして男は礼儀正しく声をかけてきた。

 肩幅が広く、体格のいい男。スーツの下には鍛え上げられた肉体が秘められていることは想像に難くない。何よりも、御伽装士と自ら名乗ったことも含めて、高浪武蔵からは異様な気配を紫は感じ取っていた。

 

「知らない人とはお話しちゃ駄目って言われてるの〜」

 

 紫は年頃の少女を演じてその場を切り抜けようとした。

 しかし、男は不敵に笑みを溢す。

 

「お芝居は結構です。私に遠慮する必要はありません」

「……なんじゃ。儂を消しに来たか?」

 

 警戒心を隠さず、男を睨みつける紫は高浪武蔵のことを御守衆が寄越した刺客だと見当をつけていた。だが、高浪武蔵はこの時すでに、紫よりも数年早く御守衆に見切りをつけていたのだ。

 

「いいえ。我々は同志です。御守衆のやり方は甘い。そう思ったから、貴女も御守衆を離れた。そうでしょう?」

 

 信じられないものを見たからか、理解者を得たと思ったからか、あるいはその両方か。紫は瞳を見開いてフードを払い男を見つめると、自分自身にも問うように疑問を投げかけた。

 

「……お前は、なぜ御守衆を甘いと思った」

「その力の振るい方です」

 

 高浪武蔵は紫が慎重に問いかけたのに対して、何の迷いもなく即答した。

 

「これだけの強大な力を持ちながら、御守衆は真に国のための働きを為していない。社会に背を向け続けたがゆえに、御守衆はこの国を、世界のあり様を見ようともしない。影に甘んじる時代はもうとっくに過ぎ去っている!」

 

 熱弁する男に対し、紫は視線を外して言った。

 

「すまぬが、儂はお前とは同志などではない。儂は国を憂う者ではないゆえな」

 

 空が青みを深めると紫の姿は闇に消えていた。

 それ以降、高浪武蔵からの接触はない。

 

「つまるところ、高浪武蔵は……」

「軍隊を作り上げる気じゃろうなぁ。それも、御伽装士の軍隊じゃ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「高浪武蔵は御伽装士による軍隊の結成を目論んでいる可能性が高く、10年の歳月をかけて基盤を固めていた……。こんな事をしている輩に気付くことが出来なかったのは、我々の落ち度だ」

 

 上役の一人が嘆くように仰られる。場の空気は重い。自責の念に皆駆られている。

 そんな中で一人、正直に言えば罪悪感を抱いていない自分がいる。恐らく、10年前から暗躍していたと言われても、私にとっての10年前は6才の幼い子供の頃でそんな私にはどうすることも出来なかったという時間の壁があるからだろう。

 それに、私が罪悪感を抱くとするならば。

 先日、相対したキジュツという御伽装士。彼女を取り逃したことだ。彼女を捕縛することが出来ていれば、今頃もっと有利に立ち回れたはず。

 

「10年という時間をかけてきた組織がここに来て大きな動きを見せてきた。大和の牙は近いうちに何か行動を起こすやもしれん。我等も早急に手を打たなければならない」

「そこでまず、対大和の牙の先鋒隊を編成することにした」

 

 先鋒隊。

 つまり、いの一番に大和の牙へ攻め入るということ。威力偵察も兼ねているのだろう。大和の牙と交戦し、本隊へと情報を持ち帰るのが主な任務。だが、上役の言うとおり時間は私の想像以上にないのかもしれない。

 ゆえに、先鋒隊で大和の牙を壊滅させることが出来れば最善。とはいえ、先鋒隊の戦いは危険なものだ。敵方の戦力などの情報はろくにないのに敵地へと乗り込むのだから。

 

「先鋒隊として……夜舞薫」

「は、はい……」

「先鋒隊の一人は君にしたいと思っている」

「やってくれるか」

「私が、ですか……」

「マイヤは飛べるのであろう?」

「え、ええ。アカツキになれば、可能でございます」

「奴等の拠点は離島だ。何かあった場合、逃げるための手段が必要だ。たとえ、一人になったとしても」

 

 再び注目を集めるのが肌で感じられた。

 よもや、このような任務に選ばれるとは思ってもみなかった。

 しかし、逃げるための手段。それも、他の仲間を見捨てるような真似をしてまで……。

 困惑と怒りが伝わったのか、上役の中でも穏やかな方が優しく理由を語ってくださった。

 

「君の実力、能力。総合的に判断して君が適任と思ったんだ。それに、君は一度彼等と戦っている。たった一度とはいえ、大和の牙が持つ殺気や空気感を君は知っている。これは戦において何よりも重要なことなんだよ」

「逃げるとこいつは言ったが、敗走ではない。大和の牙を打ち倒すために逃げに徹することもあるかもしれないという話だ。仲間を守るためにもな。なぁに、生きている限りは負けにはならないさ」

 

 がははと豪快に笑う上役に釣られ、口角が上がる。

 

「何をのんきに言っているんだ。相手は御伽装士だ。少しの油断が命取りになることも……」

「まったくお前は……若者が心配なのも分かるが、少しは薫を信じろ。総本山付きになってまだほんの数ヶ月だが、かなりの実績だぞ」

「だが相手は人間だ。化神相手とは違う」

「まあまあ。何も、夜舞君一人にやらせるわけではないんだから」

 

 そう、先鋒隊なのだ。隊ともなれば、複数名の御伽装士と行動を共にすることになる。

 私の他にも名が挙げられている方がいらっしゃるのだろうか。

 

「先鋒隊の他の御伽装士はもう既に決まっているのでしょうか?」

「ああ、まだ確定しているわけじゃないが……六角の婿に声をかけるつもりだ」

「あの変わり者が言うことを聞くのか? 嫁と離れたくなくて総本山付きになるのを断った奴だぞ」

「その嫁だよ。今回は事が事ゆえ、六角の娘から彼奴に頼んでもらうつもりだ。嫁の言うことは聞く奴だからな」

「ふんっ。嫁の尻に敷かれるとは情けない」

「いやー彼の場合、尻に敷かれに行ってるというかだね」

 

 ……なにやら、愛妻家の方が仲間になるやもしれません。

 ちょっと特殊な、と枕につけたくなるような愛妻家の方が。

 しかし、上役からの信頼あっての選出ともなれば腕はかなりのもののはず。それに、六角といえば中部の由緒ある家。たしか沙夜さんがお世話になっていたのも六角家と聞いている。

 

「こちらの方からも、光姫に頼んでおきますので」

 

 上役へと壮年の男性が頭を下げていた。

 そうか、総本山で後進の育成にあたっている方も六角姓であった。

 

「まあ、偏屈な男ではあるが腕が立つ。キリサメへの対抗策には打ってつけの男よ」

 

 そんな方が仲間としていてくださるのなら心強いことこの上ない。

 出来ればもう一人は欲しいところではありますが……まだ決まっていないよう。

 

「大和の牙だけが我等の敵ではない。我等の敵は化神よ。その化神の活動も活発化している。大和の牙に割ける戦力はそう多くはない……」

「それで、だ。やるのか、やらんのか。どっちだ薫」

 

 そういえばと、口元を押さえる。

 お返事がまだでした。

 座布団をおり、指をつく。

 

「御伽装士マイヤ、夜舞薫。大和の牙討伐、拝命いたします」

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