仮面ライダービャクア外伝 仮面ライダーマイヤ 作:大ちゃんネオ
静久が目を覚ますとすっかり外は暗くなっていた。
昼寝のつもりががっつりと寝てしまい、夜に寝つけない昼夜逆転を確信しながらも静久は総本山の食堂へと向かい、なんてことなく夕食を済ませた。
流石は総本山、食堂のご飯のレベルが高い。が、細かいことを言おうと思えばいくらでも言える。だが、それはあくまでも静久の好み。言わば我儘。自分好みの食事は高天原の屋敷に帰ってから味わうとして、静久は自室への帰り道の途中でぽつりと呟いた。
「眠くならない……」
あまり良い方法とは言えないが、静久は腹を満たすことによる眠気に期待したのだが、総本山の食事は味、栄養バランスに素晴らしい和食。血糖値スパイクを起こすには至らない。
静久は睡眠が浅い。
以前は満足に寝られることも少ないほどだった。それも最近になってマシになってきた方ではあるのだが、やはり夜に眠れないことは辛い。
ゆっくりと総本山の温泉に浸かって身体を休めてみても、どうにも頭が冴えていけない。
どうしたものかとぶらぶらと歩いていると、ある部屋に静久は行き着いた。
「休憩室……」
室内を覗いて見ると、それなりの広さ。
自販機が三台並び、コーヒーメーカーなども見受けられる。総本山にもこんな部屋があったのかと静久は立ち入ってみる。室内には誰もおらず、しんとしている。
自販機は妙な商品レパートリーで購入意欲がそそらない。良いなと思う点は一般的な自販機よりも値段が安い程度。
他に何かないかと自販機を通り過ぎると読み込まれた年季の入った雑誌が棚に並び、目ぼしいものがないかと探すも現在興味のあるジャンルの本はなし。ファッション誌など、数年前のものを置かれては困ると内心で苦情を入れた。
休憩室も福利厚生のはずだが、まさか総本山のそれがこんなに寂しい場所だったなんて。これでは誰も寄り付かないはずだ。出来ることといえば昼寝ぐらいだろうと静久は踵を返す。
その時ふと、棚の最下段に目が止まった。
古びた段ボール箱が納められており、どうせ表に出ているより古い雑誌あたりが収納されているのだろうと思いつつも箱の中身を確認してしまった。
すると、中に入っていたものは将棋盤と将棋の駒。
「古いけど……結構しっかりしてるやつだ〜」
箱から出してみると脚がついているタイプの将棋盤で、木の手触りが心地良い。試しに駒も確認してみると、こちらもおそらく高級品。数もしっかり揃っている。駒台と古びた対局時計まであると静久は少し感動した。
将棋なら頭を使うので眠くなることも出来るかもしれないと一瞬思った静久である、が……。
「……一人でやってもつまんないし〜」
やはり対戦相手がいてこその将棋。自分ではない相手と指すからこそ、頭も冴えるというもの。
相手になってくれる人を誘え?
残念ながら静久にそんな社交性はない。仮に誘えたとしても静久の将棋の腕はかなりのもの。相手が務まるほどの人物がちょうどよく近場にいるとも限らない。
おとなしく片付けようと将棋盤に手をかけた時だった。
「……?」
休憩室の扉が開かれ、ひょこっという擬音が合いそうな様子で室内を覗き込む顔がひとつ。
少しつり目がちな赤い瞳と静久は目があった。
こういう時、人は羞恥心に襲われる。別に悪いことをしているわけではないが一人でいる時に、一人だからこそしていた行いを目撃されるというのは、何故か恥ずかしいように思えてしまう。あるいは、気まずいか。
マイペースで天邪鬼な静久であっても、今日はいつもと環境が違う。慣れていない環境では、普段の調子も崩れてしまう。
「あ、えっと……」
「……将棋を、指されるのですか……?」
赤い瞳の少女は休憩室の中に入ると、恐る恐る静久に訊ねた。気まずい空気を感じ取って、なんとかしようという気遣いが感じられた。
「まあね〜……。でも、今は相手いないし〜……」
「……あの、もしよろしければ……。一局、いかがでしょう……」
まさかの誘いに静久は赤い瞳の少女を見上げた。
そして、しばし迷った末に……。
「よ、よろしくお願いします〜……」
つい、承諾してしまった。
静久が誘いに乗り、赤い瞳の少女は微笑んで礼儀正しく、見惚れるような所作で一礼。
「よろしくお願いいたします……。私は夜舞薫と、申します……」
台を運び、休憩室の座敷に置いて座布団を敷いて駒を将棋盤に並べた二人。薫が玉を取ったのを見て静久は遠慮しているかとも思ったが譲り合いになりそうだし、将棋なら自分の方が強いだろうしとあえて何も言わなかった。
「それでは先攻後攻は……」
「振り駒で決めよ〜。静が表ね〜」
静久が中央の歩を五枚手にし、手の中で振っていると何とも言わずに薫は白いハンカチを畳の上に敷いた。静久は遠慮するのも悪いと勢いよく手の中の歩をハンカチの上に落とす。
表が三枚、裏が二枚となったので静久の先攻が決まった。歩を盤に戻して対局が始まると、休憩室にパチ、パチと小気味良い音が鳴り、二人の間に会話は生まれなかった。
将棋の面でも、コミニュケーションの面でも相手の出方をお互いに探っている。特に最初のうちは駒組と言って、戦いに備える陣形作りになる。定石通りの動きとなる。
それでもやはり二人の性格のようなものが出る場面でもある。
静久は飛車先の歩を伸ばし、飛車を龍に成らせることを狙った。一方の薫は角の道を空けるとそこへ銀をつけて飛車先の歩を受ける構えを見せる。
(誘ってきただけあって、定石は理解してるか〜。指し方に迷いもないし〜)
これは面白くなりそうだと静久は攻撃の手を緩めない。久しぶりに強そうな相手と指せると脳を回転させた。すると自然と口も開きだす。
「普段から結構やってます〜?」
「……いえ、実は普段は囲碁を打つもので……」
「あ〜囲碁派か〜」
静久は薫が碁を打つ姿を光景を想像し、絵になると一人で納得した。平安貴族のような雅さで碁を嗜んでいるのだろう。
「久しぶりに指すと、やはり緊張感が違いますね将棋は……」
そう言う薫は緊張しているようには静久の目には映らなかった。気楽に指している。
純粋に娯楽として楽しんでいるようだ。
「囲碁と将棋って全然違うよね〜」
「ええ、そうですね……。将棋は敵の将を追い詰め、囲碁は自分の陣地を広げていく……」
「囲碁は損しても他で取り返せるけど〜……将棋は一手が命取り〜」
囲碁と将棋は伝統的な盤上遊戯で並んで語られることが多いが、その性質はまったく異なるものだ。
囲碁は一手の重みが将棋と比べるとある意味軽い。盤も広く一手を積み重ね、地を獲得することを目指すからだ。静久の言うとおり盤面のどこかで競り負けたとしても別の場所を獲得していけば良い。自由度が高く、ひとつのミスで大きく損失するということもあまりない。最善手以外にも得する選択肢が存在するのだ。
一手一手の連続性の果てに、どちらがより得をしたのかを数えるのが囲碁の特徴と言えるだろう。
それに対して将棋は敵の王を取ることを目的とする戦争だ。
一手を仕損じるとたちまち陣営は崩れ、立て直すことが難しくなる。終盤になればなるほど、一手の重みが増していく重圧。そんな攻撃的な鋭さを持つのが将棋の特徴。
「夜舞さんは〜本当に将棋久しぶり〜?」
「ええ……。ああ、もしよろしければ薫と名前でお呼びくださいませ……」
「本当〜? じゃあ静も静久で良いよ〜。いっつも三つ子で行動してるから、あんまり名字で呼ばれたことなくて〜。慣れてないんだよね〜」
「それでは、静久さんと……」
「さん付けなんていいのに」と言葉が出かけたが、恐らく遠慮して断られてしまうだろうからと言葉を飲み込み、駒を動かした。
指し合ううちに、なんとなく人柄というものが分かってきたのだ。繰り出す手だとか、駒の運び方など、棋風には人間性が出る。
盤面を通して静久は、薫のことを好ましく思った。
何かと遠慮しがちな薫だが、指し筋には遠慮がない。
「ふふ〜。それじゃあ薫ちゃんって呼ぶね〜」
「ふふ……薫ちゃん、ですか」
「あ……嫌、だった?」
「いえ。そう呼ばれることは少ないので、嬉しく……」
夜舞さんと呼ばれることが多い薫にとって、名前で呼ばれることは特別とも言えた。さらに「ちゃん付け」はレアケースであり、そう呼ぶ人間はごく僅か。静久の距離の詰め方も尋常ではないが、薫にはそれがよく効いていたのだ。
「そういえば〜内人がお世話になったみたいで〜」
「ええ……お世話していただきました」
「浮気じゃな〜い? 付き人の浮気〜」
「たしかに、浮気かもしれませんね……」
薫はもしも真姫が他所の付き人をやったらと妄想し、浮気されたと言っても過言ではないだろうと結論を出した。しかし、静久の方はあくまでも冗談として言っているだけなので二人の間には若干の齟齬があったが特に問題になることはなかった。
「内人の浮気者〜」
「内人さんの浮気者〜」
静久に倣って今は日本のどこかにいる内人の浮気を軽く責める二人は笑いあっていた。今頃どこかで内人はくしゃみに襲われているだろう。
「薫ちゃんは総本山には何の用で来たの〜? 静はね〜将来的にこっちで色々研究しないか〜って言われて来たんだけど〜」
「それは……光栄なことですね。私は、緊急の会合がありまして……」
「そっか〜。総本山付きは忙しいね〜。しばらくはいる感じなの〜?」
「そう、ですね……。いつまでここにいるか、いつここを発つのかも、まだ不透明です」
「そうなんだ〜。……ねえ、京都を観光したことはある〜?」
数手先までを考えながら、薫はそういえばと口にした。
「観光は、していませんね……」
「それじゃあさ〜明日薫ちゃんの都合がつけば一緒に京都回ろう〜?」
「……ふふ。それはなんとも、楽しそうでございます……」
予定さえ合えば、という条件付きではあるが同年代の友人と遊ぶ約束を取り付けるというのは薫にとって貴重な機会。満面の笑みで薫は約束をしたのだった。
その後も二人は談笑しながら駒を次々と動かしていった。
盤面はやや静久の優勢に傾いてきている。しかし、薫はまったく気にする様子も長考することもなく自らの手番になると即座に駒を動かして手番を譲る。
所作や喋り方、雰囲気などはまったりと優雅だけれど将棋は早指しだなと静久が思った時のこと、ふと盤面を見つめて薫の指し方。指し手に変化が生じていることに気がついた。
静久は最初、薫の指し手を基本をよく理解して教科書のような綺麗な将棋を指すと思った。だが、終盤に差し掛かろうとする頃になって、奇抜な手が増えたように見える。早指しなのもそうだ。元からあまり長考せずに指していたが、特に先程からはやけに早い。それに釣られて静久自身も早指しになっていたところがあったと息をついて落ち着いて盤面と向き合うと……静久は薫の苛烈さを目の当たりにした。
「……薫ちゃん、本当に将棋は久しぶり〜?」
「ええ。前に指したのは……何月か前に」
「独学〜?」
「祖母に教わってからは……町のご老人方と指して、覚えました」
「薫ちゃん、結構腹黒い〜?」
「さて、どうでしょう」
静久はいくつかの質問から人物を特定するAIのように質問を重ね、薫はのらりくらりと質問を躱す。
にこりと微笑む薫に静久は有り体に言って興奮した。
この子、面白いと。
優雅な佇まいや防御に徹した序盤の指し手とは裏腹に、今の薫は着実にかつ苛烈に静久を追い詰めようとしていた。
早指しは静久を薫のペースに乗せるため。
奇抜な手は罠として機能する。一手のミスが戦局を左右し、終盤にかけてどんどん一手の重みが増す将棋という遊戯の特性を活かした指し手は静久がミスを犯した瞬間にその喉笛に噛みつくような、獲物を前にしてジッとして待ち構える蛇のような攻め方。
一手でも誤れば、一見優位なこの盤面を容易くひっくり返されるだろう。綱渡り、崖っぷち、薄氷の上。
静久はそんな状況を楽しんでいる。
将棋が単なる娯楽であり、たまたま出会った夜舞薫という人間がここまで出来る人間とは予想していなかったからだ。棋風にはその人の人となりが出る。
夜舞薫は、高天原静久にとって予想外の面白さ。二面性を持つ人物として映った。綺麗な薔薇には棘があるというような、美女には毒が似合うような。物騒な喩えにはなったが、夜舞薫のことを恐ろしいとは思わない。姉二人や内人、海莉とも違った魅力。何より、静久は薫の瞳を見た時からどこか惹かれていた。
ルビーのような瞳の奥にほんのりと翳る、暗さ。にこりと微笑んでも、深海に光が届かないように存在し続ける影。邪なものではない。
あれは、悲しみの影だ。
大きな悲しみを経験した人の影。だが、影は影だ。光なくては、影は生まれない。大きな悲しみを乗り越え、今を、明日へ向かって堂々と生きる光を掴んだ人。
闇の中にいるのではなく、たしかな誇りと強さを持った人。
静久は薫のことを好ましく思えた。
「ふふ〜。静をここまで追い詰めるとは〜」
「ふふ、大層なことでは……」
くすりと微笑む薫に釣られ、静久もにやりと笑う。遊興に耽る二人は夢中になって駒を動かしていった。
そこへ、通りがかりの影が一人。
スーツを着こなす色男。警察庁から来ていた及川雅也であった。
「休憩室……お、いたいた」
雅也は休憩室を覗くと、お目当ての人物を発見し意気揚々と薫のもとへ向かって歩いた。だが、近付いてみるともう一人の少女がおり、二人は絶賛将棋を指すのに明け暮れていた。
十代の女子二人が将棋とは。御守衆という組織は伝統を重んじる古風な組織だが、青春真っ盛りの女の子すらこうなのかと雅也は苦々しく思うと同時に、もの珍しい光景でもあるのでどれどれと二人の対局の様子を見てみようと遠目で観戦を始めた。楽しげな二人の邪魔をするのは良くないと思ったのだ。
とはいえ、遠目からなので盤面がどうなっているかは分からない。
元より雅也は将棋が分からないので、対局の内容自体には興味がない。
テレビなどで放送されるプロの対局にあるような長考などもなく、二人が小気味良く駒を動かすパチパチという音を鳴らし続けるのを聴いているというのが近いかもしれない。
そうして、薫の手番で音が途絶えた。盤面を数秒見つめ、初の長考かに思われたが。
「……投了、いたします」
駒台に手を置き薫はゆらりと頭を下げて、投了を申し出た。
もう盤面を覆せないと薫は判断したのだった。
「静の勝ち〜」
「はい……静久さんの勝ちでございます……。それから、何かご用でしょうか」
薫は雅也へと赤い瞳を向けて訊ねた。雅也は自分から話しかけようと思っていたし、将棋に集中しているだろうからこちらには気付いていないだろうと思っていた。それに、職業柄、気配を消すことは得意分野であったが容易く気付かれたことに内心で驚きつつも平静を装い、にこやかに薫達のもとへ歩み寄っていく。
「やあ、さっきぶり」
「はい……」
「……誰ですか〜?」
静久は雅也とは初対面のため、警戒心を露わにしていた。静久から見ても雅也は御守衆の人間には見えず、はっきり言えば胡散臭いように思えたのだ。
「僕は及川雅也。警察庁から仕事で来たんだ。君はここの平装士の子かな?」
「高天原静久です〜。一応、御伽装士です〜」
「えっ」
雅也は驚きのあまり言葉を失くした。
薫の時も思ったが、こんな若い女の子が御伽装士だということが頭の中で結び付かないのだ。
厳しい修行をして化神という怪物と戦う戦士である御伽装士。
そのように聞いていた雅也の脳内では、屈強な男のイメージで固まってしまっていたのだ。現に、先程の会議でもそのような人物が多数見受けられもして、薫が少数派だったこともあり薫が特別なのだろうと思っていた。
「静久さんは北海道の高天原家という由緒ある御伽装士の家系の方ですので」
「そういう薫ちゃんも夜舞家は有名じゃ〜ん」
「へぇ……そ、そうなんだ……」
「私達ぐらいの年齢で活動されてる方も多いですし、男女比もそう変わらないと聞いておりますので……。どんな方が御伽装士でもおかしくないかと。それで、何でしょうか」
「ああ、さっきの件で。実際に戦ったっていう君のことが気になって話をしてみたくて……」
雅也はちらと静久へと目配せし、薫に訊ねた。
「出来れば、二人で」
「……分かりました。すいません静久さん……」
「気にしないで〜。あとはお若い二人でどうぞ〜」
「ごめんね。ちょっと彼女借りるね」
静久の冗談をスルーして、雅也は薫を連れ休憩室を出た。
お若い二人などと言われ見た目も若いが、雅也はアラフォーである。
使われていない座敷に目をつけ、話すならちょうどいいだろうと二人は襖を開けた。
対面になり、雅也は胡座をかき、薫は礼儀正しく正座で座った。もっとも、着物なので正座で座るしかないのだ。
「さっきも聞いたけど、君ぐらいの女の子が御伽装士って結構いるんだね」
「ええ……皆さん、それぞれの地でご活躍なさっています……」
「君は総本山付きってやつなんだろ? 日本中飛び回ってるっていう」
「お詳しいですね……」
「ああ。案内してくれた人から色々と聞いてね。全部飲み込めたわけじゃないけど。……早速なんだけど、大和の牙の御伽装士達と戦った時のこと、詳しく教えてもらえるかな」
「……念のため、お聞きしたいのですが。理由を」
先程の会議で雅也は「警察庁は全権を御守衆に委ねる」と言ったのだ。ならばそれで話は終わりなのだ。雅也にはもうこの件に関して責任はない。
その上で大和の牙について探ろうというのだ。何か理由があると考えるのは、そう不自然なことではないはず。
「ただの興味だよ」
軽く笑い、薫の追及は躱された。
真意を見せるつもりはないらしい。だが、それで済ます薫でもない。
「防衛省の方は、今はどちらに」
「柴田さんならもう東京に帰ったよ。忙しい人だからね」
「及川様も、お忙しいのではないですか? 警察庁の警備局警備企画課……名前だけだと分かりづらいですが、公安警察に指示を出される部署なのでしょう……」
「ははっ、詳しいね。警察組織に興味でも?」
理由は言えない。
薫が愛読している少年探偵漫画の推しカプの片割れが警備局警備企画課に所属しているから調べたとは、とても。
「大和の牙は公安の捜査対象だと、仰られていたではありませんか」
「ああ、そうだね。奴等についてはずっと捜査してきた……」
「……並々ならぬ思いがあるのですね」
「……腹の内を探り合うのはやめよう。君の言うとおり、俺は大和の牙に関しては執着していると言っていい」
執着。
あえて選ばれただろう言葉に重いものを感じ取った薫は無言で雅也の言葉を促した。
「大和の牙の拠点、蓬莱島で事故が起こった……。登山中の男が一人、滑落して死亡した」
「……その方は」
「潜入捜査に入っていた俺の後輩……。登山中と公表されたけど、正確には奴等の訓練中のことさ。あれは絶対に事故なんかじゃない。あいつは、奴等に殺されたんだ」
語る雅也の目には黒い炎が滾っているように薫には見えた。
殺された、すなわち事故ではなく殺人事件だと雅也は言っている。だが、先程の会議でそのような話題は挙がらなかった。
「ですが、事故として処理された……」
「ああ……。あの場にいた連中の証言、状況的に事故だろうって捜査は打ち切られた。でも、あいつはそんなことで死ぬような奴じゃない」
「……殺人だと、確証を得るために私に話を……?」
「ああ、それもあるけど、さっきも言ったとおり興味があったんだ。御伽装士っていうのが、どういう人間か。さっきの会議でも何人かと顔は合わせたけど、なんていうの? イメージ通りというかステレオタイプ、みたいなさ。苦手なんだよね、僕。ああいう感じ」
苦笑する雅也に薫もそれには同意した。
雅也のことを軟派とまでは言わないが、雅也からすれば充分お堅いお歴々だということは想像に難くない。
「それで、君は奴等のことをどう思う?」
「……そう、ですね。捕えられた大和の牙の構成員二人が、敵の御伽装士の術と思われるもので命を奪われています……。自分達を守るためならば、そういうことが出来る集団と、私は思います……。戦った時も、彼等の過激化した思想を強く感じましたし……暴走しているかと」
薫は思ったことありのままを語る。雅也の後輩の死に関して殺人と決めつけるわけではないが、大和の牙は平気で人を殺すことが出来るだろうことは想像に難くない。
「そう、か……。本当のことを言えば、大和の牙に関しては自分の手で決着をつけたかった……。けど、僕には無理なんだ。だからせめて、僕から直接この件を御守衆に任せようと思ったし、出来ることなら最後まで見届けたい」
「及川様……」
「実は溜まった有給の消化も兼ねて京都に来たんだ。どうにか御守衆の皆さんと仲良くなりたいんだけど、一般人は下がってろって言われそうじゃない。何か良い方法あるかな?」
なんだかんだ御守衆と共に大和の牙壊滅に動こうとしている雅也に薫は思わず笑みが溢れる。
どうにかして上に取り入ろうとしているらしい。
「お上の方々は厳しくもお優しい方ばかりですので……。話を通せば、許可も降りるかもしれませんよ」
「ああ……でも、どうだろう。自分で言うのもあれだけど、俺ってほら、タイプが違うじゃない。君らとはさ。それに、なァんか昔から年寄りに嫌われやすいっていうか」
「……でしたら、取引といきませんか?」
「え?」
「私が話をつけてあげますから、かわりに私のお願いを聞いてください」
茶目っ気ある笑みを浮かべ、薫は雅也に取引を持ちかけるのであった。
及川様との話を終えて自室に戻る途中、香織ちゃんから電話が。
まさか私のような兄がいるとは思わなかったでしょうに、このように懐いてくださって……。私も、可愛らしい妹が出来て嬉しいです。
「ふふっ、そうですか……。ええ……あと、私はお姉ちゃんではなくお兄ちゃんですよ……」
なんてことない、子供らしい。なによりかけがえのないお話を聞かせてくださいました。
この子が、この子達がこのように過ごせる時を守る。それが、私の使命だと思うのです。
「ええ、お兄ちゃんもそう思いますよ。お兄ちゃんも。……そういえば、お父様は。そうですか、お変わりないようですか……。無理をなさらないよう、お伝えください……。それでは、もう遅いですからおやすみしましょう……。はい、おやすみなさい……」
御守衆に戻ったお父様のことが少し心配でしたが、前よりもいきいきしてらっしゃるということで安心いたしました。
「薫ちゃ〜ん」
「静久さん……」
お部屋に戻られていたと思っていたのですが。待っていらっしゃったのでしょうか。
「ふふ〜。ねえねえ、さっきの対局わざと負けなかった〜?」
「……さて、何の事でしょう」
「及川って人に気付いたから早々に切り上げたんでしょ〜。静的には消化不良なんだよね〜」
「それは……申し訳……」
「というわけで、またやろ〜」
静久さんが私の手を引いて歩き始める。
また……将棋を……。いえ、それ自体は別にいいのですが……。
スマートフォンが、震えています。
「あの、静久さん……その、電話が来てますので……」
「え〜」
「すいません……」
静久さんから手を離していただきスマートフォンを確認する。
「あっ、咲希……」
「……?」
「もしもし咲希……。ええ、ごめんなさい。大丈夫ですよ」
大和の牙の件から時間が作れず咲希とまともに会話していない。
今日も朝一で慌ただしく屋敷を出るような形で、顔も合わせることが出来ていない。
……寂しい、です。
しかし、総本山付きとなった時から覚悟はしていたこと。覚悟の話をするならばやはり咲希がすごいのです。
こんな私のことを理解してくれて、信じて待ってくれている。
咲希がいるから私は強くあろうとすることが出来るのです。
「ええ……ふふ、そうですか。樹羅ちゃんも頑張っているようで何よりです。勝人にはしっかり修行に励むようにと。ええ、ええ……ふふ、学校ではそんなことが……」
つい話が弾んでしまい、静久さんを放っておいてしまった。
ずっと話していたいですが、ここはひとまず我慢。帰ってから直接顔を合わせてたくさんお話しましょう。
「薫ちゃん、一戦追加ね〜」
「えっ、二回も……これから……?」
「ふふ〜静を放置するから〜」
再び静久さんに手を引かれ、小走りで床をきいきいと鳴らしながら休憩室を目指すことに。
静久さんとは、仲良くなれたと思ってもいいのでしょうか……?
もし、そうであるなら……私も嬉しいです。
「ふふ……静久さん、将棋は逃げませんよ」
「ん〜薫ちゃんが逃げそうだから〜」
「それは……ふふっ、どうでしょう……」
御守衆の上役四人がぐつぐつと煮立つ軍鶏鍋を囲んでいた。少し遅めの夕食の時間。いつもならば気兼ねない雑談をするものであるが、今日は大和の牙の件もあり張り詰めた空気を漂わせていた。
「しかし、本当に良かったのか。薫はまだ若い。道を外した御伽装士の討伐など……」
「まったくお前は……厳つい顔をしてるくせにいつまでも。散々話し合って決めたことだろうに」
「そうだが……」
「何も彼だけを戦わせるわけではないんだ」
「それとて必要最低限の人員でだろう」
「仕方あるまい。御伽装士の数は限られている。我等の本来の敵は化神だ。大和の牙に人員を割くことは化神に隙を与えることを意味する」
もしも、大和の牙との戦いの最中に百鬼夜行など起きようものならばひとたまりもない。
特に、御守衆の中心たる総本山、京の地にて大事が起きるのは何としても避けねばならないのだから。
京都某所。
夜の青に沈む枯山水の庭が美しい屋敷の中に一人、将棋盤と向かい合う痩せぎすな男がいた。和服に袖を通し、チェーンを垂らした小さな丸いレンズの眼鏡越しに蛇のような瞳で敵の玉将を見つめる男は盤上の駒を進めていた。
「王手」
京言葉の発音で男は玉将を仕留めると、玉将の駒を摘み上げる。
青い夜空に翳した玉将にニタリと笑う男。男は玉将をあるものに見立てていた。
「ホンマモンはどれぐらい、わしを楽しましてくれるやろうか。なぁ、御守衆はん」
つまんでいた駒を握り締めた男。骨ばった白い細腕であるが、握り締めた手からは、粉々に砕けた玉将が畳の上に散らばっていく。
「さあ、勝負といきまひょ。この、永世竜王バケリュウマと」
眼鏡を直し、男……バケリュウマは妖しげな笑みを浮かべる。
恐ろしくも御守衆総本山に直接勝負を仕掛けようというバケリュウマの魔の手は、玉へと迫りつつあった。