仮面ライダービャクア外伝 仮面ライダーマイヤ   作:大ちゃんネオ

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一年も開いてしまったことに戦慄
長考していたということで許してください


一手 参

 御守衆が所有する黒塗りのセダンの運転席で雅也は両手をハンドルにかけて、もたれるようにしてげんなりとした顔を浮かべていた。フロントガラスの向こうに広がる空は雅也とは正反対の澄み切った秋晴れの空で、雅也は恨めしそうに空を眺める。

 

「なんで、こうなるかなぁ」

「ね〜早く行こうよ〜」

「いきましょ〜……」

 

 ルームミラー越しに、後部座席に座る二人の乙女(いや、一人は少年だが)に目を配る。

 警察庁からやって来た男、及川雅也の本日の役割はうら若き二人をエスコートすることであった。

 

 何故こんなことになったのか。

 答えは分かりきっているが、そればかりが頭を巡る。

 昨晩、後ろに座る和服の少女、夜舞薫と取引……なんて堅苦しい表現は似つかわしくない。そう、お願い。彼女のお願いを聞いたからだ。お願いといっても、こちらの頼みを聞いてもらう代わりにというWin-Winなもの。

 彼女は僕が大和の牙との戦いに関わることを御守衆のお堅いお歴々に口添えすると言った。かわりに、京都観光のお守りという名の足になってほしいと。

 それに賛同したのは昨晩の自分だが、まさか彼女の提案を上役達が飲むとは思わなかった。正直、そんな都合良く仲間に入れさせてはもらえないだろうと思っていたのだけれど、今朝、俺にあてがわれた部屋にやって来ては素敵な笑顔で「本日はよろしくお願いしますね」などと言うものだから驚いて朝の支度を済ませた。

 

「ね〜ね〜おじさ〜ん」

「おじ……。おじさんはやめてくれないかな」

「じゃあ雅也〜最初はどこに連れて行ってくれるの〜?」

 

 頭痛の種その二が、癖なのか間延びした声で問いかけてくる。

 

「あのね、一応僕は年上だし外部の人間であってだね、気安く呼び捨てってのはどうかな」

「そうですよ静久さん。及川様に失礼ですよ」

「は〜い」

 

 いや、君も君であれなんだ。昨日から思っていたけど、様づけはなんだか背中がむず痒くなる。

 片方は呼び捨てで馴れ馴れしいし、もう片方は仰々しく様づけ。苦手なサウナを思い出すようだ。極端過ぎるぞ、まったく。

 これだから最近の若者は……などと言おうものなら、自分の老いを直視してしまう。若者には若者なりの色々があるのだ。

 

「それより、君達行きたいところとかないの? 完全に僕任せにしようとしてない?」

「そうした方が面白いかな〜って」

「ぜひ、及川様のおすすめの場所を……」

「おすすめって……僕、京都を観光目的で回るの修学旅行ぶりなんだけど」

 

 二十年ほど前の記憶を呼び起こしても、清水寺とか金閣寺とかメジャーどころぐらいしか思い出せない。

 だってほとんど寺だぞ。俺にはどれも同じに見える。

 あとは大人になってから仕事の関係で連れて行かれた良い感じの店や芸者遊び……は二人には面白さが分からないだろう。

 いや、ここは奇を衒わずに観光名所に連れて行けば満足するだろ。

 

 

 

 

 〜清水寺までの道〜

 

「ニュースで知ってたけど、実際に来るとすごいな……」

「ええ……人が」

 

 見渡す限りの人、人、人。

 ほとんどが外国人。

 オーバーツーリズムとはこのことか。

 

「静もう無理〜」

「ああっ。静久さんが人の波に飲まれて……」

「こんなところではぐれられてたまるか!」

 

 人混みから人を探すなんて面倒なことをしてたまるかと押し流されていく静久ちゃんの手首を掴んで引き戻す。

 

「まったく、もう少ししっかりしてくれ」

「は〜い」

 

 反省しているとはとても思えない返事だ。この子の面倒を見るのは大変だろう。

 それに比べれば薫ちゃんの方は大人びて、面倒を起こすような子ではなさそう……。

 

「Oh! Beautiful KIMONO GIRL!」

「外国人観光客にめっちゃ写真撮られてる!!!」

「なんか満更でもなさそうだよ〜?」

 

 ツーショットまで無理矢理撮られてるし!

 くそ、断れなさそうだもんな、あの子!

 

「は〜いごめんなさい。ソーリーソーリー。ほら、行こう」

 

 無駄に体格のいい外国人観光客達をかき分けて薫ちゃんも救出。

 まったく、手間がかかる子達だな……!

 

「ったく、着物の女の子なんて京都中にいるってのに珍しがって」

「そういうの大抵は観光の人なんでしょ〜? それに〜薫ちゃんは着物に慣れてるっていうか〜堂に入ってるっていうか〜」

 

 それは確かにそうだと認めざるを得ない。

 服に着られていない。このスタイルが当たり前といった風であるし、雰囲気がある。大和撫子が服を着て歩いているようなものだろう。そしてやはり、顔が良い。

 

「そのように褒められると、照れてしまいます……」

「せっかくだし、君も着物になってみたら? レンタルの店、すぐ近くにあるみたいだし。気分も上がるんじゃない?」

「え〜。静の着物姿が見たいなんて、おじさんはえっちだな〜」

「なんでそうなるかな」

 

 ていうかまたおじさん呼びに戻ってるし。

 見た目は同年代に比べると若い方だと思うんだけど。あと精神的にちょっと来るからやめてほしい。

 とにかく思考が読めないタイプというか、この子を教育、矯正させるのは僕には無理だろうからこの際、おじさん呼びは仕方がないものとして諦める。雅也と呼び捨てにされるよりはマシだ。

 

「私も、静久さんの着物姿、見てみたく……」

「薫ちゃんが言うなら着よ〜う」

 

 マイペースな奴。

 しかし、仲が良いのは良いことだ。御伽装士なんてものだから色々と普通の十代とは違うだろうと思っていたけれど、こうして眺めているとそこらにいる修学旅行で来たであろう学生達とそう変わらない。

 

「子供が子供らしくいられるのが、一番なんだよな」

 

 今日一日は彼女達の保護者になろう。

 大人として、しっかり見守ってあげないと。

 

「それで、着物をレンタルしたわけだけど……」

「ふふ〜町娘その1と〜」

「新撰組の隊士で、ございます」

 

 静久ちゃんは薄い水色の着物姿となっていた。

 ここまではいい。

 ここまではいいんだ。

 

「なんで君までレンタルしてるのかな! ていうか、なにその格好」

「新撰組の隊士で、ございます」

「それはもう聞いてるから! こんなのまでレンタルしてるとか……」

「Oh! Beautiful SAMURAI GIRL!」

「ああもういいからまた!」

 

 着物レンタルする必要がない薫ちゃんまで衣装チェンジするなんて。しかも余計に目立つような格好をして!

 また人が寄ってきたし、本当に大変……。

 

「Oh! Cutie!」

「静も人気者〜」

「そっちもかよ……!」

 

 これでは子供のお守りというよりアイドルのマネージャーのようだ。

 レンタル着物なんて薦めるんじゃなかった。

 人気のないところに一度移動しよう。一旦休憩を挟まないと、俺が限界だ。

 

「はいはい、ごめんなさい。撮影やめてくださいね〜」

  

 眩しいフラッシュを浴びながら静久ちゃんを救助。そんな時にふと、フラッシュ音に混ざって聞こえてきた。

 

「あれ? ルイどこいった?」

「さっきまでいなかった?」

「どーせトイレだよトイレ」

 

 修学旅行に来ていた男子高校生達の会話。

 なんてことない会話だ。これだけの人がいれば、はぐれることも容易い。大して気にも留めず、僕達三人はこの場を後にした。

 

 

 

 

 総本山に勤める平装士の二人組がいつものように市内の巡回を行っていた。歴史ある通りを歩き、化神の発生を素早く察知して肉体を得る前に仕留める。

 被害が出る前に予防することが何よりも大事である。だが、そうそうそんな場面に出会すこともない。

 慣れた様子で街を歩いて、いつものように異常なしと報告する。それが慣習となっていた。

 

 しかし、異常が現れるのは決まってそんな慣れた頃。

 

 白昼、秋から冬へ移ろい始めた頃とはいえ、その小路に入った時から二人は妙な寒さ……というより、冷たさに不快感を抱いた。

 

「なんだか、妙に寒くないですか……?」

「風も吹いていないのに、妙だな……」

 

 気味が悪いほどの無風に空気がなくなってしまったかのような、全てが停止してしまったかのような錯覚に陥る二人。

 何か、何かまずい。

 二人の緊張が最大に高まった、その瞬間。

 

「そこのお二人はん」

 

 二人が振り向くと、すぐ真後ろに長身の男が立っていた。

 白茶の着物を身に纏った、痩せぎすで、神経質そうな目が丸眼鏡越しに二人を見下ろしている。

 

「ひっ!?」

 

 二人は咄嗟に男から距離を取った。

 気配をまるで感じなかったという異常。

 御伽装士ではなくとも、平装士も鍛えているのだ。感覚も人一倍。それが、ここまでの至近距離で背後を取られていたことに気が付かないなど、並大抵の人間が出来ることではない。

 だが、彼奴は人の姿をしている。

 それが、二人を未知の恐怖へと誘っていた。

 

「そんなに怖がらんでも。取って食うわけやあらへんで?」

 

 優男のような声色。

 だが、その穏やかさが、怪しげに、だが優しく二人の耳を撫でる。

 

「ちょっと僕の駒になってくれはる?」

「駒、だと……?」

「ええ。実は僕、40人も人間を拐ってしもて……。このこと、そちらのお上に伝えてくださいまし。手紙も書いたさかい、よろしゅうお願いします」

 

 二人が目をまばたくと男の姿がほんの一刹那のうちに消えていた。

 代わりに、平装士の手には古風な書状が握られているのであった。

 

 

 

 なんとか清水寺の観光を終えて、再び車の中。

 後ろの二人はすっかり京都に毒され、もとい京都を楽しんでいる。

 

「清水の舞台から飛び降りる覚悟……生半可なものでは、ございませんでした……」

「高かったね〜。変身すれば飛び降りても大丈夫かな〜?」

「その時は……見事な着地を決めましょう……」

「物騒な話してるなぁ。本当に変身? して飛び降りたりしないでくれよ?」

 

 この二人はやりかねないと思ってしまい、つい口を挟んだ。

 ブレーキ役になりそうな薫ちゃんも実は静久ちゃんと同じアクセルベタ踏み気質なことが新撰組コスプレで見てとれたので。

 口を挟んだついでと言ってはなんだが、ちょうど変身という単語が出てきたので、現役御伽装士にそっちの話を振ってみることにした。純粋な好奇心だ。

 

「ねぇ、変身ってどんな感じするの?」

「どんなって〜?」

「なんかこう、変わったな〜みたいになる?」

「そうですね……」

 

 訊ねてみると、二人は黙って考え込んだ。言語化に悩むような感覚なのだろうか、変身とは。

 うんうん唸っていた二人だったが、同時に口を開いた。

 

「とりあえず痛い、よ〜?」

「まず、痛い……です」

「い、痛いの……?」

 

 二人して痛いなんて言うものだからドン引きした。

 示し合わせて俺をからかっているわけでもないだろうから本当に変身すると痛いのだろう。

 

「ずっと痛いわけじゃないけどね〜」

「変身するたびに全身に刺すような痛みが……」

「オーケー。分かった、もう大丈夫」

 

 口には出さないが、俺は痛いとか血とかそういうものが……苦手だ。

 想像もしたくないので自分から聞いておいてなんだが話を切り上げる。

 それよりも時間はまもなく正午。思ったよりも時間を食ってしまったが、ここで昼休憩としよう。

 近くに馴染みの店があるので、京料理はきっとこの二人も満足させるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな風に思ったのが、間違いだった。

 

「味、薄いなあ」

「西の方の味付けは薄いと聞いておりましたが、よもやここまでとは……」

 

 これだから醤油ドバドバかけまくりの北の人間は……!

 個室だから良いものの、店の人に聞かれたらどうするんだ。

 

「やっぱり歳取ると脂っこいものがダメになったりするの〜?」

「ああ胃がもたれて……じゃなくて。上品な味がして美味しいだろ? まあ、お子様なお二人にはまだ早かったかな。ははっ」

 

 散々振り回されたのだ、これぐらいの皮肉は言っても罰は当たるまい。

 

「大人げない……」

 

 薫ちゃんがジトっとした目をしながら言った。静久ちゃんに言われるよりもなんだかダメージがある気がするが、ぐっと言い返したい気持ちを堪え、子持ちの鮎にかじりついた。

 

 

 

 昼食を終え、一度ただ街を歩きたいというので宛もなくぶらつく。が、二人は早々に土産屋に吸い込まれていき、きゃっきゃしている。

 木刀と模造刀はやめておきなさい。嵩張るから。

 

「やはり八ツ橋……」

「抹茶もいいなぁ」

 

 よかった。そこは女の子らしくお菓子系に夢中で。

 

「薫ちゃ〜ん。見て見て、刀ある〜」

「ふふ……牙突……」

 

 くそっ、やっぱりダメだったか。

 

「あ……及川様は、アバンストラッシュ派でしたか……」

「派とかないから。ていうか、古くない? よく知ってたね」

「どちらも、読破しております……」

「ちょっと前にアニメやってたよね〜。こっちじゃ映らなかったけど〜」

「はいはい、お店の中で刀を振り回すのはやめやめ。二人とも別に刀とか珍しいものでもないんじゃない?」

「まあね〜」

「私も退魔道具で刀あります」

 

 そんなんで模造刀にテンション上がってたのかよ。

 若さだなぁ。

 いや、そんなことを言っては精神的に老いてしまうから駄目だ。

 

「模造刀は駄目でも包丁なら……」

「よく切れるよ〜!」

「お〜」

 

 二人とも俺を置いてけぼりにして包丁の実演を眺めている。

 まったく、本当にマイペースだな……。

 年頃の二人の背中を観察していると、薫ちゃんが巾着からスマートフォンを取り出して耳に当てた。

 通話はすぐに切り上がったようだが、薫ちゃんは静久ちゃんに耳打ちをして、包丁の実演に背を向けてこちらに早足で近付いてきた。

 振り向いた時の薫ちゃんの表情は先程までとは打って変わって、真剣なもの。静久ちゃんですら、表情は変えずとも雰囲気が違う。

 二人とも、切り替わっている。

 

「緊急事態です。総本山に戻りましょう」

「まさか……大和の牙が何か動きを見せたとか?」

「いいえ、化神です」

 

 薫ちゃんは俺にそう伝えて店を出た。

 大和の牙関連ではないが、化神の事案に挑む二人は間違いなくプロのもの。大人とか子供とか関係なく。

 大和の牙でなくとも、人に被害が出るのは警察組織の人間としても見過ごせない。今の俺が出来ることは早急に二人を総本山まで送り届けることだろうと、俺も頭を切り替え二人に続こうとして、そんな時にタイミング悪く俺の携帯が鳴った。

 相手は、部下だった。

 出鼻を挫かれた苛立ちを抑え、普段通りの声色で電話に出る。

 

「お疲れ様。何か急用?」

「及川さん、今は京都でしたよね。念のためお耳に入れておこうかと思いまして……。現在、京都で大規模な失踪事件が起きています」

 

 

 

 

 

 京都観光で楽しげな雰囲気も今はどこへやら。

 車内は緊迫した空気に包まれていた。

 

「化神は大胆にも総本山に挑戦状を叩きつけてきたようです」

「つまるところ、犯行予告ってやつ〜?」

「で、その犯行予告ってのが?」

「犯行予告ではなく、既に犯行に至った旨の報せ……。京都市内から、40人の人間を拐ったと。化神は市内を巡回していた平装士にそう伝えると書状が握られていて、同様の内容がしたためられていたと」

「……化神って化け物なんだろ? 白昼堂々街中に現れたらそれこそ怪物騒ぎだ」

「人間態とでも言えばいいでしょうか。一定の力を持つ化神には、人間を模した姿に化けるものがいます」

 

 なんでもありかよと雅也は吐き捨てた。

 

「わざわざ自分から犯行声明するなんて、よっぽどの自信家なんだね〜」

「ゆえに危険です。人間態を持つ化神は、強敵ですから」

 

 薫は自らがかつて見えたそうした化神達を振り返り、警戒を最大限とする。

 自らの領域、世界を作り出すバケガラス。

 バケゲンブに強い忠誠心を持ち、マイヤへの復讐心を燃やしたバケマムシ。

 いずれも、尋常ならざる敵であった。

 総本山ということもあり他地域に比べて多くの御伽装士がいて、優秀な平装士が詰めているとはいえ、堂々と総本山に挑戦状を叩きつけたのだ。静久の言うとおり、よほどの自信家か。もしくは、総本山を潰せると確信を持っているのか。薫は後者であると睨んでいた。

 

「僕の部下伝いに京都府警から情報を貰った。誘拐は実際に発生していて、誘拐した人の家族に電話があったらしい」

「身代金でも要求したの〜?」

「いや、たんに誘拐したとだけ伝えてきたらしい。それでまた厄介だったのが誘拐されたのは全員、修学旅行生だったってこと」

「修学旅行生?」

「ああ。犯人……化神からの連絡を受けたのは保護者で、保護者が学校に確認の連絡を入れて、学校側から警察へ通報して発覚……したのはいいんだけど、自分ところの県警に連絡したりとか、誘拐されたのがほとんどバラバラの地域出身というのもあってちょっと混乱があったらしい。ましてやこの規模の誘拐事件だ。京都府警は総動員だろうな。それでも人員が足りないのは明白。それに、化神が起こした事件で警察がここまで大々的に動いている。御守衆としても、やりづらい展開だろ?」

 

 雅也の言うとおり、この化神は御守衆に挑戦状を叩きつけると同時に御守衆の行動をコントロールした。

 あえて人間が起こした事件かのように振る舞い、警察を動かした。

 何も知らない京都府警はこのまま大規模誘拐事件としてこの騒動を扱い、発表するだろう。それをマスコミが広げて、更に大事として全国に広める。

 警察もマスコミも存在しない大規模犯罪グループやテロリストの影を追い、民衆は見えざる恐怖に慄く。

 この時点で既に、記憶処理のみで騒動を鎮めることはもはや不可能。

 

「直に京都府警は会見を開くはず。そうしたら、どうかな。戦後最大規模の同時多発誘拐事件なんて見出しは」

「最悪な冗談です。それは」

「ああいや、すまない」

「おじさんの力でどうにかならないの〜?」

「僕にそんな権限はないよ。今頃、上の更に上の方で唾飛ばしながら誰がどうするなんて話してるかもしれないけど。君らの上の陰陽庁と警察庁、もしかしたら大臣レベルで話し合ってるかも。けど、既に動き出した京都府警を鞘に納めるのは難しいし、本庁や他県の警察も誘拐が起きたことは知っている。御守衆も流石に隠し通すのは難しい」

 

 事件発生から刻々と時が過ぎていく。

 御守衆としては完全に後手に回り、化神の手のひらの上で踊らされているような状態。

 薫と静久は雅也の言葉に沈黙で返すことしか出来なかった。それに雅也は大して思うところはなかった。御伽装士とはいえまだ高校生。政治的なしがらみや大人の世界特有の駆け引きなどに口を挟めはしないだろう。そう思っていた。

 

「……何にせよ、私達の使命は化神を討ち、人々を守り、救うことです」

「……そうだね。いっちょやりますか〜」

 

 若さだな、と雅也は思った。

 社会だとか大人だとかそういったものに縛られず、真っ直ぐと自らの使命に突き進む。それは若者の特権と言ってもいい。

 だが、それが今は何よりも頼もしい。

 つい、水を差してしまいたくなるほどには。

 

「それで、化神の居所は分かったりするの? 誘拐された人質の奪還方法は?」

「それは大人が考えてくださ〜い」

「……ふふっ。化神に関しては御守衆が総力を上げて捜索しています。幸い、化神の顔は割れていますから。それに、ここまで仕組んで御守衆総本山に攻め入ろうというのです。遅かれ早かれ、自ら姿を現すはず……」

 

 そこまで口にして、薫のスマートフォンに着信が入る。失礼と前置いて薫は電話に出る。

 そして、大きな赤い瞳が見開かれ。

 

「化神と遭遇した班が、全滅……!?」

 

 

 

 

 

 

 総本山は騒然とし、部外者が何か動こうものならそれだけで怒鳴りつけられてしまいそうなほど緊迫していた。

 だというのに。

 パチンと、いい音。

 

「はい、おじさんの番だよ〜」

 

 静久ちゃんと休憩室で将棋を指していた。

 何故こんなことになったかといえば、総本山に到着してから薫ちゃんはお偉方の元に行き、その指揮下に入った。そこに同席していた俺達だったけど俺はともかく、静久ちゃんまで含めて「京都のことはまず京都で何とかする」ということでお払い箱となってしまったというわけだ。

 俺はともかく静久ちゃんまでもがだ。それにこんな子守りみたいなことをさせられている。

 そんな苛立ちが駒の指し方にも表れて、乱雑な置き方になってしまった。

 

「まあ〜静は総本山付きってわけじゃないし〜。無闇に戦力を投入すべきじゃないって判断も当然だし〜」

「それは、そうかもしれないけど……」

 

 静ちゃんは俺から獲った飛車を盤上に投入する。

 くそ、想像以上に手強いぞ。

 

「薫ちゃんが出ればそれだけでなんとかなるかもしれないしね〜」

 

 飛車が龍に成る。

 くそ、なんとか出来ないか……?

 いや、待てよ。

 これは獲ったな。

 持ち駒の歩を王目掛けて指す。これで次の手番で……。

 

「はい、おじさんの負け〜」

「え?」

 

 静久ちゃんは両手でピースし、二本の指をカニの鋏のように動かして揶揄うように笑っていた。

 

「二歩二歩〜」

 

 にふ?

 縦列に視線を流すと、同じ列に歩が二枚……。

 

「くそっ……こんな初歩的な……」

「ふふ〜。おじさん案外まわりが見えなくなるタイプ〜?」

 

 くそ、人の短所を見抜きやがって……!

 いや落ち着け。所詮はゲーム、お遊び。第一、将棋なんて何年ぶりにやったかも分からない。

 それに、このマイペース少女の相手をこうして行っているだけでも充分なことではないか。

 

「あ、薫ちゃんからだ」

 

 スマートフォンに視線を落としていた静久ちゃんの言葉に即座に反応した。

 

「連絡取り合ってたの? いつの間に」

「まあね〜。ツーカーの仲なので〜」

「出会ったの、昨日なんだろ。それで、なんて?」

「総本山側の動きと現在の状況を諸々〜。ふんふん、なるほど〜……」

 

 静久ちゃんは盤上の駒をさっと退かして中央に駒を並べ始めた。

 なるほど、これは布陣ということか。

 

「王が総本山で、桂馬が化神ね〜」

 

 そう言った時の二つの駒の位置は、二マスしか離れていなかった。

 

「これ、だいぶ近いんじゃないか?」

「そうだね〜。かなり接近を許してる感じ〜」

 

 最終防衛ライン目前と言っていいだろう。

 かなりの窮地……と思えたが、静久ちゃんは桂馬の真横に香車を置いた。

 

「こっちは薫ちゃんね〜。薫ちゃんだから香車〜」

「そういうのはいいから。でもまあ、この布陣の意味するところは分かるよ。防衛ラインが踏ん張って、薫ちゃんが横から敵を強襲」

「そういうこと〜。あと〜」

 

 桂馬と香車の駒を左へとスライドさせ、静久ちゃんはスマートフォンに表示されている地図も照らし合わせた。

 

「こっちの方に御守衆所有の山があって、そこに化神を誘導。この山全体に結界を張って、化神を包囲して撃破……って作戦みたい〜」

「なるほど。私有地に追い込んで、密かに撃破すると。たしかに山の中なら目撃者も巻き込まれる民間人も出ないだろうし、堅実な作戦か。それで、誘拐された人質達のことはどうやって助ける気?」

「それも考えているところだけど、手詰まりというか。こっちとしては襲撃を受けてるものだから防衛が最優先になってるかな」

「人質の救出が後回しになるなんて……」

 

 雅也は苛立ちを露わにしていた。

 陣頭指揮が上手くいっていないのではないか、上層部は何をしているのかと。

 しかし、ここは雅也が所属している警察ではない。御守衆なのだ。

 

「人質のことを後回しにしたわけじゃないよ。おじさんは警察だからそう思うかもだけど、化神と人間の犯罪者は違うんだよ。普通の誘拐なら人質を使って身代金とか交渉があるんだろうけど、化神にはそんな道理は通じない」

 

 化神が金を得るためにわざわざ誘拐して身代金を求めるのか。至極単純だが、化神と人間の違いを雅也はようやく理解した。

 人間と同じ思考回路で動いているなんてことは、ない。

 

「わざわざ人質を取って総本山を攻めるぐらいだから人質は生かしてるとは思う……。あとは、四十人ほどの人質をどこにやったのか……」

 

 嫌な予感がする。

 憂う少女の心境に寄り添うように、シトシトと雨が降り始めた。

 

 

 

 

 

 

「雨……」

 

 柔らかで、細い雨。

 青空は、薄い灰色の雲に覆われてしまった。

 傘も外套もないけれど、今は雨に濡れることなど気にしてはいられない。

 伝令役の平装士の方がこちらに近付いてきたことに横目で気付き、空から短髪のハキハキとした平装士の方へ目を移した。

 

「二番隊、三番隊、壊滅! 四番隊と御伽装士帝牙、月兎が交戦中ですが苦戦しているとのこと!」

「化神の情報は」

「バケリュウマと名乗ったようです。詳細不明ですが、人間態のままで戦っていると……」

「能力は」

「それが、辛うじて意識のあった仲間の言動が要領を得ないものばかりで……」

 

 情報はない、か。

 

「予定通りの時刻に出撃します。後方の隊にも、当初の作戦通りに始めるとお伝えください」

「分かりました」

 

 男が去るのを見送り、腕時計で時間を確認。

 時間は合わせている。

 出撃の時まであと僅か。

 かなりの難敵であることは分かっている。アカツキの力を使う可能性は高い。いや、使わざるを得ない。しかし、まだ市街地との距離が近い。アカツキの力は強大。ゆえに火力が過剰な面も持ち合わせている。万が一、市街地に被害を出すことになっては……。

 そのためにも目標地点まで敵を押し込まねば。

 

「時間……」

 

 舞夜の怨面を纏い、変身。

 護符からアラシレイダーを召喚し、跨り、エンジンを吹かす。

 雨は止まず。奇襲には適した天候だと言い聞かせアラシレイダーで山道を降る。一ノ谷の戦いの義経にでもなった気分で、この戦を勝ち戦にしてみせる。

 雨が降ってはいるが地面がぬかるむほどではない。もちろん、道なき道なので走行に神経を使いはするが、アラシレイダーにとってはこの程度の道など目を瞑っていても駆け抜けられる。

 木々を抜け、守備隊と化神が戦闘している様子が垣間見える。

 目にした化神の姿は、なんとも線の細い和装の優男といった風。

 

「姿に惑わされることはありません。アラシレイダー」

『⬛︎⬛︎⬛︎』

 

 林を飛び抜け、化神へと襲い掛かる。

 アラシレイダーの前輪で化神を押し潰さんという勢い。だが、この化神は————片手でアラシレイダーの前輪を掴み、拮抗してみせた。

 

「なかなかのご挨拶やね」

 

 骨と皮しかなさそうな腕が袖から覗く。そのような細腕でアラシレイダーを受け止めるなど……。

 

「蝶の怨面、舞夜とお見受けします。千年ぐらい前に風の噂でちらりと。あと、お友達からもあんたさんのことは聞きましたわ」

 

 丸眼鏡越しの細い目が妖しく笑う。

 気になることは多々あるが、最優先は。

 アラシレイダーのハンドルを鉄棒代わりにし、倒立。身を捻りながら宙を舞い、バケリュウマの頭上を飛び越え着地。敵の背後を取った。

 前はアラシレイダーが圧をかけたままの状態。簡単には身動きが取れない状態で、がら空きの背が眼前に。好機でしかない。

 ここで倒し切れるのならば、倒す。

 退魔道具、八咫烏の羽を呼び出し化神の背に突き立てんと構えた。

 

「おやまあ、器用なことで」

 

 バケリュウマはアラシレイダーを受け止め続けながら、まるで焦る様子を見せない。

 そんな敵に、逆に気圧される。

 ましてや、未だに人に擬態している。化神だと分かっていても、無意識に躊躇が生まれてしまう。

 ほんの一瞬をつき、バケリュウマは下駄を履いた足で軽やかに後ろ蹴りを放つ。両腕で防御するも、見た目以上の重さに腕は弾かれ、痺れる。

 バケリュウマはアラシレイダーも投げ飛ばすと、マイヤへと狙いを定める。

 

「なにやってる!」

 

 怒号が飛ぶと同時に、吼える虎を模した面の御伽装士帝牙がバケリュウマへと飛び掛かる。

 

「おお、おっかない面だこと……ん?」

 

 帝牙を飛び越え、白い影がバケリュウマへと迫る。

 ピンと立った耳のような装飾が特徴の御伽装士月兎が奇襲。帝牙を囮にし、跳躍力と素早さでバケリュウマを攻め立てる。

 

「後輩にばっかいい格好させられないからねぇ!」

「速くて身軽なだけの子兎が僕に敵うとでも?」

 

 跳躍と華麗な足技の連撃をいなしながらバケリュウマは余裕ある様子で呟く。手数の多さで攻める月兎であるが、バケリュウマには威力が足りていない。

 それで、問題はない。

 月兎が跳び、再び蹴りが来る。頭上の月兎へと視線を向けるバケリュウマだが、強い殺気に当てられ、即座に視線を正面へと戻す。

 

「俺も居るだろうが!」

 

 飛び込む帝牙は鋭い爪を携えた手甲でバケリュウマを貫く————とまでは、いかない。

 だが、バケリュウマの衣服が裂けて細身の肉体が露わとなった。

 

「今のは、なかなか良かったと思うよ」

 

 魔の力でバケリュウマの衣服がたちまち元通りになる。

 

「避けられたんすか!?」

「いいや、当たった! 当たったが……あのマッチ棒みてぇな身体に似合わず堅ぇぞ、あいつ!」

 

 帝牙の攻撃はたしかに直撃していた。その感触は間違いなくあったが、貫くことは出来なかった。

 帝牙渾身の一撃を以てして人間態にすら傷がつかないバケリュウマ。彼奴は胸元を払う素振りを見せて、眼鏡を直す。

 

「二人がかりでこの程度とは……」

「あん? 俺達二人だけとは、長生きし過ぎてボケたんじゃねぇの?」

 

 帝牙がバケリュウマへと言葉を投げ掛ける。何か、忘れてないかと。

 そして、バケリュウマは猛烈な力の高まりを感じ取り咄嗟に振り向く、と同時にバケリュウマの顔面を銀色の拳が殴り飛ばした。

 

「ぐおっ!?」

「マイヤ・ボウゲツ……。俺もいるだろうが」

 

 銀の月。鋼の如き蛹に身を包んだマイヤ・ボウゲツが静かに、力強く言い放つ。

 それを聞いていた帝牙が鼻で笑った。

 

「ふんっ、人の真似をしやがって」

「先輩! あの子、実はあんな感じなんすか!?」

「うるせぇ! 今はそれどころじゃねぇだろ!」

 

 いつものように月兎の頭を叩こうとするも手甲を装備していたのですんでのところで止める帝牙と本気でビビり散らかす月兎。だが、今はバケリュウマを仕留める絶好の機会と切り替えマイヤ・ボウゲツと共にバケリュウマを三人で取り囲む。

 面をした三人であるが、視線で作戦の確認をし、マイヤ、帝牙、月兎は三人でバケリュウマを取り押さえると跳躍。

 三人分の力で、誘導地点まで一気に移動することに成功した。

 だが、何か嫌な予感がしてならない。

 マイヤ・ボウゲツに殴り飛ばされてからというもの、バケリュウマにまるで動きはない。死んでいるわけでもないというのに。

 先程の帝牙の一撃で破れた服を修復することもなく、三人で取り押さえた時も抵抗することもなく糸の切れた人形のようでいた。

 

「あいつ、どうしたんですかね?」

「分からん。が、こういうのが一番ヤバい時だ。気ぃ引き締めていくぞ」

「ああ」

 

 三人が慎重に挑もうとしたその時、バケリュウマの喉がくつくつと鳴り始め、やがてそれは笑いへと変わっていった。

 

「なんだ、こいつ……!」

「何か仕掛けてくるかもしれねぇ! 構えろ!」

「くくく……! いやはや、千年生きてみるものよなぁ」

 

 震える手で歪んだフレームの眼鏡をかけ直し、バケリュウマはマイヤ・ボウゲツへと両手を伸ばした。

 

「今のは痛かったぁ……よかった、非常によかった……。数百年ぶりに、痛いと思ったぁ……」

「なんだ〜? 新手のマゾかぁ〜こいつぅ?」

「強い奴は、僕の駒に相応しい!」

 

 バケリュウマは歯茎を剥き出しに、目が飛び出そうなほどの笑顔を浮かべる。

 

「君が、最後の一駒だマイヤぁ……」

 

 バケリュウマは懐をまさぐり何かを取り出し、摘んでマイヤ達に見せつける。

 駒と、バケリュウマは言っていた。

 それは、文字通り駒。

 将棋の駒であった。

 

「先輩、将棋ですよあれぇ!」

「分かってる……!」

「いやはや別の楽しみまで出来てしまったなぁ……。御守衆攻めのつもりがまさか現代に僕の眼鏡に敵う強い御伽装士がおったとは」

 

 バケリュウマはマイヤ・ボウゲツへと指をさす。

 

「マイヤぁ。取引と行こうじゃないかぁ」

「取引……?」

「今日、僕が拐った人間共は解放しよう。代わりに、君が僕の駒になるんだぁ! あーはっはっはぁ!!!」

「何ふざけたこと言ってやがる!」

 

 帝牙の堪忍袋の緒が切れる。

 バケリュウマへと攻撃を仕掛けると飛び出した瞬間、バケリュウマはどこからか取り出した小箱を逆さにして地面に何かをぶち撒ける。地面に広がったのも、また駒であった。

 そして、駒から拐われた人々の姿が浮かび上がったのを見て帝牙はすぐに攻撃を中断した。

 

「こいつ……!」

「言っておくが、駒が壊れれば中の人間も死ぬ」

「ッ……」

 

 バケリュウマはわざとらしく右足を上げると、足元に散らばる駒を踏みつけようとする。

 

「やめろ!」

「ならば、取引に応じよ」

 

 バケリュウマは真顔で言い放つ。

 

「マイヤ、乗るな。あんな奴が約束なんか守るか」

「先輩の言うとおりだ。ここであいつを倒せば済む話だしね」

 

 帝牙と月兎がマイヤを引き留める。

 その度にバケリュウマの足が少しずつだが地面に近付いていく様をマイヤは見つめていた。

 

「四十の命と自分の命ひとつ。どちらが大事だ」

 

 さっきまでの狂気とは裏腹に、鋭利な刃物を突き立てるかのよう冷酷に責め立てるバケリュウマ。

 その姿に、思考が焦ったわけではない。

 マイヤは息を深く吸い、吐き終えると返答した。

 

「分かった。取引に応じよう」

「馬鹿野郎! あいつの思う壺だぞ!」

「まずは、四十人の人質の命を優先したい」

「そうしたら次の人質は君だ!」

「俺達は人間を守る御伽装士! 我が命可愛さにそれを忘れるようなら死んだ方がマシだ! 頼れる先輩方と仲間がいる……。あとは、任せました」

 

 マイヤは変身を解くと、バケリュウマへと歩み寄っていく。

 鉄面皮から再び笑顔を浮かべるバケリュウマは細長い指をした大きな手で薫の頭と顔を撫で回した。

 

「それでこそ、人間を守る御伽装士だぁ……」

 

 バケリュウマは駒を握る手で薫の腹部を殴りつける。

 薫は苦痛に喘ぐ間もなく、駒の中へと吸収されていく。

 

「あいつ……!」

「くひ、くひひ……! 僕の駒が揃った! 千年かけて、僕の駒がぁ!」

 

 鉛色の空に歓喜の声が突き刺さる。

 バケリュウマの周囲に散らばる駒からは拐われた人々が解放されていく。

 仲間の救出か、人質の救助か。

 帝牙と月兎は一瞬の逡巡の後に解放された人質を選択。

 バケリュウマは二人の邪魔をすることもなく、笑いながらその場を後にするのだった。

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