仮面ライダービャクア外伝 仮面ライダーマイヤ 作:大ちゃんネオ
新キャラ登場!
岐阜県・下呂。
日本三名泉にも数えられる温泉街として賑わう土地ではあるが四方を囲む山々は緑色濃く、何よりもその自然は文明の介入を現代においても深くまで許していない。
森は神聖な領域。
古くから土地に住まう者たちはその真意を弁えて、整地や開発を行う際も必要最低限であることを固く守ってきた。けれども、遠方から来る観光客などはそうもいかない。
目に見える全てが面白く、進めるのならば好奇心も手伝ってついついちょっとした物見遊山が行き過ぎてしまうこともある。
「走って! 来ちゃう……しぐれ急いで! もっと逃げなきゃ……!」
「ゼエ……ハア……なんで、こんな……ひいっ!?」
散策向けに整備された歩道を僅かに離れた草木生い茂る道なき道を逃げ惑う浴衣姿の若い女二人組がいた。
彼女たちもそうだった。
大変で窮屈な日常から解放されて、踊る心のままに少しだけ旅の恥をかき捨てるつもりだったのだ。けれど、彼女たちはほんの少し運が悪かった。
「誰かー! 誰かいませんか! 助けてくださーい!!」
「あ……ああ。スバル……スバル!!」
「どうし……ひいいいっ!?」
汗にまみれながらも顔色は青ざめ、浴衣の裾を泥で汚してしまいながら何かから必死に逃げる彼女らはどんどんと山の奥深くへと入り込んでしまうばかり。
土地勘がなければ遭難してしまっても不思議ではない。
この地方の野山はそれほどまでに雄大だ。
しかし、彼女たちはそんなことも考えられない程にいま、自分たちに迫る危機から逃げることで精いっぱいだった。
『逃げられねえよ~こんな山奥まで自分たちから突っ走ってきちまうんじゃなあ!』
「いやぁぁぁぁぁっ!?」
その異形の声は女性たちの足元から聞こえたと思うと二人の周囲の地面がボコボコと盛り上がる。木の根や岩を砕き千切って地中を進んでいたソレが姿を現すと静かな山に悲鳴が木霊した。
『おうおうおう! 良い声で鳴くじゃねえか……穢れが煮詰まる気分だぜ』
ずんぐりとした紅色の胴体に大きく鋭いツルハシの如き鍵爪が生え揃った両腕の化神バケドリュウは舌なめずり代わりと口元から伸びるイソギンチャクに似た触手をうごめかす。
『ありがとうよ。馬鹿な人間の雌二匹ィ!』
彼女たちの不幸は続く。
二人を襲って追いかけていた化神は一体だけではなかったのだ。
『狩れる獲物は脂ぎった男や干物みたいな老いぼればかりだったが……お前らは上玉だ。ちゃんと遊んでから食ってやるから感謝しろよ』
若い木々を蹴り倒しながら現れたのは分厚い毛皮と筋肉に覆われた巨体を誇るバケイノシシ。
そして――。
『ブブブッ! 人間! タベタイタベタイタベタイタベタイ!!』
『ガッハハハ! お前らの肉の味にトリコになってすっかり出来上がってるぜ?』
木漏れ日を遮る枝葉を裂いて、耳障りな羽音を鳴らして空から降りてきたのは左右の側頭部から大きな翅を生やして飛行する不気味なほど瘦躯のバケアブだ。比較的人間に近い自我を持つ二体とは異なり、猟奇的な言動を剝き出しにしていまにも女性たちを食い散らさんと荒ぶっている。
「やだ……こないで」
「うぅ……ぐす、死にたくない……」
おぞましい三体もの怪物にジリジリと迫られ、計り知れない恐怖に襲われた二人の女性はひしと抱き合い泣きじゃくる。ガタガタと震える膝が徐々に力を失くしていき、絶望に侵され全身の体液を垂れ流しながらその場でへたり込んでしまう。
『景気づけに足の一本ももぎ取って齧りつきだぜ!』
「いやぁぁぁぁぁ!!!!!!」
ついに若く血色のいい女性の肌にバケドリュウの爪が伸びようとした時だった。
鋭いエンジン音が山中に響き、双輪の機影が女二人と化神たちの間に割って入る。
「やらせんよ」
険しい山道を苦も無く駆けて地獄のような空間に乗り込んできたのは二本の角が伸びたカミキリムシのようなフロントカウルを持つオフロード型のカスタムバイクだ。深緑の車体にシャープなファイヤーパターンが施されたこのマシンの銘はエイシイストチェイサーと言う。
『ぬおっ!? またかよ! 性懲りもなく!』
『ア゛アアアッ!?』
「ふう……間一髪だな。怪我はないか?」
暴れ馬のような走りで化神たちを女性たちから退かせたエイシイストチェイサーの乗り手は音もなく車体から降りるとヘルメットを脱いで彼女たちの安否を確かめる。
「は……はい」
「だれ……ひと? たすけてくれる?」
「そうだ。安心しろ。君たちは助かる」
「ほ、本当に……でも」
鬱蒼と重なり繁る枝木の天蓋の一角にぽっかりと空いた大きな隙間。
バケアブが降りてくる際に出来た大きな狭間から降り注ぐ陽光が女性たちの窮地に馳せ参じた男の姿を照らした。無造作に切り揃えた銀髪にあまり覇気が宿っているようには見えない三白眼の仏頂面の青年がそうだ。
お世辞にも頼れる白馬の騎士には見えない佇まいにスバルと言う名前の方の女性が不安そうに口籠っていると青年はゆらりと立ち上がり、化神たち相手に対峙した。
「六角、モータース?」
「ああ。いい名前だろう。この名を背負う限り、六角
「……かっこいい」
「む。すまないが俺は妻帯者だ。尋常じゃない勢いで妻を愛している。なので、好意の類は別の相手に回してくれ」
「え、あ……はい」
青年が袖を通している黒いツナギ服の背面にプリントされた文字をスバルは無意識に口ずさむ。
何かの会社名?
まさかこの世の中には目の前にいる怪物を駆除するような会社が存在しているのだろうか?
すると何を思ったのかいきなり左手の薬指に嵌めてある指輪を見せて宣言する男にしぐれは理解が追い付かなかった。
彼女らが当たらずとも遠からずな想像を働かせているとしびれを切らした化神の一体が青年に飛び掛かる。
『人間ンン! 食ウウウウゥ!!』
バケアブは両の前腕から緩やかに曲がった刃を飛び出させて切り掛かる。
青年――否、六角魅景の肉を切り刻み、あわよくばこの場で貪りつく算段なのだろう。
「他愛ない」
『ギャバ!?』
しかし、振り下ろされた化神の曲刃を魅景は片手に持った自分のヘルメットの丸みを利用してあっさりと捌いて逸らすとカウンターの蹴りを打ち込む。一撃の重さに何かを察したバケアブは魅景から離れると仲間の二体の顔を見て何かを訴えているようだ。
「一度に三体……偶然居合わせて、獲物の奪い合いというわけではなさそうだな」
ヘルメットをエイシイストチェイサーのハンドルに掛けて、一歩踏み出した魅景に合わせるように化神たちもジリリと口惜しそうに後退る。目の前の男が一方的に餌食に出来るか弱い人間とは一線を画す、仇敵であると理解していたからだ。
『応よ! 我ら泣く子も黙る飛騨の三羽烏!』
『御伽装士がなんぼのもんじゃい! 既に我らは貴様の同胞を蹴散らしているのだ! 怖いか!!」
『アアアアブゥウウウウウウッ!!』
三体の化神たちは鼻息荒く名乗りを上げた。
轟く叫びに野山は震えて鳥たちが一斉に飛び立つとざわめく森の迫力にスバルとしぐれからは再び小さな悲鳴が漏れる。
「怖い? 調子に乗るなよ」
きっとただの一般人にはこの三体の化神たちは地獄の底からやってきた滅びの化身のように見えるのだろう。
化神という異形の怪物を知る御守衆の平装士ですら気圧されるだけの凄味をこの三羽烏は有していた。
だが、目の前のこの男には違う。
「俺の
この男にとって化神だろうと外法の使い手だろうと、例え神様であろうと最愛の妻を困らせる存在は等しく許しがたい敵ただそれだけに映っている。
故に魅景から放たれる闘気はまるで抜き身の刃だ。丹念に鍛え研ぎ澄まされた名刀だ。
あまりの迫力に後ろでただ見守るばかりの二人たちまで首元に冷たい刃物を添えられたような感覚に陥り、気を失ってしまう始末である。
魅景は一切瞬きをすることなく化神たちを睨んだままネックレスに偽装していた深緑の怨面を手に取った。
「オン・キリキリ・カミキリ・ザンカ」
真言に似た不思議な呪文を唱えるとアクセサリーサイズだった怨面は見る見ると巨大化。
能面サイズになったその形状は鋭角的でどこかカミキリムシの意匠が加えられていた。
「来いよ、化神ども。俺と……噛み斬り合えるものならな?」
淡々と、けれど不敵に口角を微かに吊り上げて六角魅景は深緑の怨面を被った。
瞬間、怨面より溢れ出した神通力が魅景の五体を巡り露わになった首筋には鮮血のような紅い紋様が浮かび上がる。
「ムゥン…………ッ!」
御守衆の黎明期より鋳造されし古の怨面の一つ。力なき民草たちを蹂躙する邪な化神たちをひたすらに斬れと願いを込められてこの怨面はその名を賜った。
いま怨面に宿る幾百幾千の憎しみや怨嗟を源とした神通力によって齎される激しい苦痛を噛み殺し、魅景はその二文字を唱える。
「――変身!!」
淡く眩い光が魅景の全身を繭のように覆ったかと思えば剣閃のような幾多の黒い瞬きが光を散り散りに切り裂いていく。光が収まるとそこには一人の御伽装士が力強く佇んでいた。
『クソが……! 御伽装士めえ!!』
「そうだ。当方、御伽装士シンザン! 悪鬼魍魎、斬り捨て御免」
吊り目型の翡翠色をした複眼の双眸を持ち、カミキリムシの如く額から後頭部へと伸びた長い触角が特徴の兜のような仮面。漆黒のアンダースーツに陣羽織と甲殻を組み合わせたような深緑の鎧と揃いの具足。
腰に佩く鉄拵えの鞘に納められた太刀。それら全てが猛々しい鎧武者を彷彿とさせる
その名はシンザン。
御守衆中部支部が誇る最大戦力たる御伽装士である。
「来い」
冷たい金属音を鳴らして、シンザンの腰の得物が抜き放たれる。
黄昏色をした刃を持つ太刀。退魔道具・逢魔の宝剣。
木漏れ日を浴びて煌めく切っ先が化神たちに突きつけられ、守る者と乱す者の戦いの幕が上がる。
『全く隙がない。なかなかに手練れのようじゃわい!』
『構うもんかよ! 俺たち三羽烏の三位一体攻撃に敵う御伽装士なんていねえんだ!!』
『ブブブブゥウウウウウウウウウウウ!!』
別の御伽装士と交戦経験があった化神たちはシンザンの威圧感に怯みながらも果敢に襲い掛かろうとする。
『卑怯とは言わせんぞ! 死ねえ御伽装士!!』
「遅い」
しかし、連携を組んで攻めに出ようとした瞬間にバケドリュウの眼前に深緑の武者の仮面が立ち塞がる。
『なぁあ!?』
「オオオッ!」
驚きのあまりバケドリュウは自身の腹にシンザンの太刀が突き刺さっていることに気付くのが数秒遅かった。
それよりも早く平突きから横薙ぎへと繋がった剣撃によって腹を裂かれて、激痛に悶え狂う。
「随分と崩れるのが早い三位一体だな」
『ぎゃああああああ!?』
『兄弟!? 畜生があああああ!!』
「英明さんが深手を負ったと聞いて身構えていたが……本当にお前たちの仕業か?」
『言わせておけば……! 思い知らせてやるわいいいいい!!』
素早く三体の内の一体に手傷を負わせて連携を崩したシンザンは宝剣に付いた化神の血を振り落としながら空から襲い来るバケアブも的確に一太刀浴びせて退ける。
仲間を傷つけられて怒り心頭で突進を仕掛けてくるバケイノシシには手短に息を整え、相手には真っ向から受けて立つべく正眼で構え直す。
一直線に猛進するバケイノシシとの間合いを図りながらシンザンは自らも踏み込んで力強く袈裟切りに宝剣を振り下ろす。
『効かぬわあああああい!!』
「なるほど。分厚い毛皮なことだ」
だが、黄昏色の刃が化神の体を切り裂くことはなかった。
バケイノシシの全身を覆う強靭な毛皮がシンザンの太刀を受け止め切ったのだ。
咄嗟に高く跳び、衝突を回避したシンザンだったがバケイノシシは何本もの木や大岩をなぎ倒しながら方向転換をすると再びシンザンを轢殺する勢いで突っ込んでくる。
「そうか。この毛皮で英明さんも斧も短槍も決め手にならなかったということか」
『ご名答! そして、いま貴様の刀も我の毛皮の前に歯が立たなかった! つまりまたしても我ら三羽烏の勝利というわけだ!!』
本来この地域一帯を守る同僚が敗れた原因に気付いたシンザン。
勝ち誇るバケイノシシは上空で体勢を立て直していたバケアブに合図を送って左右からの挟撃を行おうとしていた。
『押し潰れてしまえ御伽装士イイイイイ!!』
山林を揺らして猛突進するバケイノシシ。更にはバケアブが空からシンザンの行く手を阻むような飛行を行って迫ることで完全に逃げ道を防ぐ。回避は不能――必殺の核心を持ってバケイノシシはシンザンにぶち当たった。
『グフフフ! うん?』」
「おお! 悪くないぶち当たりだな。手が痺れるのは久々だぞ」
『バカな……馬鹿なあああああ!?』
「強烈だが、沙夜の持っている大具足に比べれば軽いものだ」
苦悶に満ちた悲鳴どころか感嘆の声を上げて、相撲のがっぷり四つの如く自分のぶちかましを受け止めていたシンザンにバケイノシシは不条理を憎む嘆きの叫びをあげた。そして、直ぐに共に仕掛けていたはずのバケアブの姿が近くにないことに気付く。
『ア……ブ、ブ』
四方八方に視線を回すとひと際大きな樹木にまるで昆虫の標本のように宝剣で串刺しにされているバケアブの姿をバケイノシシは目撃した。あの僅か一瞬の間にシンザンは自らの太刀を投げつけてバケアブの動きを拘束していたのだ。
「ブンブンと五月蠅い虫なら、あそこで少し休んでもらっている」
『ぬおあああああ! バケアブウウウウッ!? 貴様ァ!!』
バケドリュウに続きバケアブまでも酷い一撃を受けて動けなくなっている光景を見せつけられて激高したバケイノシシの剛腕がシンザンを力の限り投げ飛ばす。
しなやかに着地して宝剣を構え直すシンザンにバケイノシシは噴き上がる殺意のままに襲い掛かる。
確かにこの御伽装士は強い。しかし、相手の太刀が自慢の毛皮を切り裂くことは絶対に出来ない。
その優位が化神の獰猛に勢いを付かせた。
『よくも仲間たちを! 貴様はただでは殺さんぞ御伽装士!』
「生憎だが俺は手早く終わらせたいところだ」
『粋がるなよ小童あああ!!』
静かに、強かに、冷淡に戦いを進めるシンザンに悉く神経を逆撫でさせられて怒り狂うバケイノシシは四足歩行に切り替えてさながら大砲から撃たれた砲弾の如く突撃する。
『刀がなければ何もできない武者のような貴様にこのバケイノシシは倒せん! 丸一日かけてでも跡形もなく殺し尽くしてくれる!!』
「確かに、侍ならそうだろう。だが……俺は御伽装士だ』
『げっぶううう!?』
バケイノシシの突進を受け流しながら繰り出されたシンザンの鉄拳が化神の顔面を殴り抜いた。
横倒れになるバケイノシシ。大きな隙を見せた相手をすかさずシンザンは蹴り起こすと鋭い拳打を浴びせていく。
『あが!? おぼぼあああ!?』
「自慢の毛皮は確かに見事だ。だが鎧を纏っているわけでもないのなら、ただ殴って相手をすればいいだけの話だ」
バケイノシシの必死の抵抗の攻撃を何発か受けるがシンザンはそんなものお構いなしといった様子で殴り伏せていく。武者の姿をしているが元一般人の出身である魅景に剣士だ射手だという拘りはない。
『攻撃をやめろ! お寝んねしてる女共がどうなっても良いのか!』
バケイノシシをバケアブを磔にしている木の傍に投げ飛ばし、宝剣を回収して一気に勝負を仕掛けようとしていたシンザンの背後から怒声が飛ぶ。
振り返るとそこには深手を負っていたバケドリュウが悟られない様に地中を進み、気を失って倒れたままの女性たちを人質に取っていたのだ。
『キヒヒ……馬鹿な猪武者め! 守らなきゃいけないお荷物そっちのけで暴れるたぁ御守衆の名折れだな!』
バケドリュウの大きく鋭い鋼鉄のような爪が浴衣がはだけたスバルの胸元に触れていた。
少しでもシンザンがおかしな真似をすれば容赦なくその柔肌は無惨に引き裂かれてしまうだろう。
『さあ! 武器を捨てて大人しくこっちに来い! 変身も解いてなあ! 嬲り殺しにしてやる!!』
「良いだろう。太刀は手放そう。しかし、一つだけ訂正する箇所がある……彼女たちを忘れてなどいないさ」
『ぎゃ――!?』
カシャンとシンザンの手を滑り抜けた宝剣が地面に落ちたと同時に茂みに潜んでいた何かがバケドリュウにぶつかり女性たちの傍から弾き出された。
『な、なんだこのヘンテコな剣は!?』
「守ることに抜かりはない。銭剣よ、迎撃開始だ」
困惑するバケドリュウの目の前にあったのはふわふわと宙に浮かぶ無数の古銭が連なって出来た儀式剣だった。
これぞシンザンが所有する三つの退魔道具の一つ。
銭剣はシンザンの声に呼応するように一斉に散らばるとグルグルと旋回しながらバケドリュウを包囲する。
「打ち据えろ!」
『うおっ……ぎゃああああああ!?』
まるで四方八方からの投石。
自分を取り囲んだ数え切れない自律浮遊兵器と化した古銭たちがあちこちからぶつかってくる衝撃の波状攻撃にバケドリュウは成す術もなく情けない声を上げた。
『ぐう……クソォ! やってられるか……!』
「逃がすな」
何度払っても延々と自分を狙って攻撃を続行する分散形態の銭剣に根を上げて逃亡を開始するバケドリュウ。
しかし、シンザンの指示を受けて銭剣はより激しく集中砲火を強めると地面を掘って逃げようとする化神を宙へと打ち上げた。
「よし、良い位置だ。オン・キリキリ・カミキリ・ザンカ!」
機を見たシンザンは愛刀を拾い上げると一気に駆け出し、あっという間に神通力を練り上げて全身に巡らせる。
そして片手で握る柄を巧みに操り逢魔の宝剣を風車のように回転させていく。
「退魔覆滅技法……斬酷剣!」
『い、ぎぃ……やああああああ!?』
甲高い風切り音が山中に響き渡り、シンザンが落下してくるバケドリュウの隣を刹那に駆け抜けていった途端に化神の体は鋼の鉤爪も胴体も一切合切が細切れに切り刻まれていく。
バケドリュウは自分の全身がバラバラに切り崩されていくのを見ながら絶望の断末魔を上げて爆散した。
「畳み掛けるぞ!」
化神一体を倒してなお、シンザンは声色を変えることなく攻勢を緩めない。
踝を返すと力強く残るバケイノシシとバケアブのもとへ迫りながら宝剣を納刀して鞘を腰から外す。
『いくぞバケアブ! 兄弟の仇だ! 死なば諸共じゃああああ!!』
『ブブブブゥウウウウウウウウウウウ!!』
仲間を倒された二体の化神は相打ち覚悟の形相で揃ってシンザンに突っ込んでいく。
無謀な。獣性に任せた荒ぶる怪物の特攻。
しかし、この化神たちは抜け目なかった。
(貴様ら御伽装士はどこまでいっても道具頼りの人間! 例えどちらかが死んでも残った方が確実に殺して見せる!!)
特殊な例外を除き、例え御伽装士でも完全に化神を倒しきるには愛用の退魔道具とそれを用いた必殺の技が不可欠。この化神たちはそのことを知っていた。そしていま目の前の仇敵はその技を使ったばかり――ならば自分たちを倒すのには別の道具に切り替える必要がある。
先に三体の化神と戦った別の御伽装士もやはり打つ手が無くなり、そんな風に悪あがきをしていたのだ。
故に必ず無防備な状態がこのシンザンにも出来るのだ。
『うおおおおおおおおおおお!!』
「敵ながら良い気迫だ。地獄への運賃代わりに……本気で斬ってやる。退魔覆滅技法!」
バケイノシシとバケアブは気取られないように僅かな間を作って一斉にシンザンに肉薄する。
必ず殺せる。そう自信を持っていただけに腰を落として構えたシンザンが発した言葉に頭が真っ白になってしまったのは無理もないだろう。
「――
目にも止まらぬ速さで抜き放たれた黄昏色の刃が二体の化神諸共に世界を斬り捨てた。
神速の抜刀術。
その技の冴は山のざわめきを一瞬だが無に戻し、太刀筋が走った空間は化神も木々もお構いなしに真っ二つにしていたのだ。断末魔さえも上げさせず。
「よし。これでみーさんも喜んでくれる」
残心を済ませて、変身を解いた魅景は遠く名古屋で御守衆中部支部を切り盛りする最愛の妻を想い僅かに口元を緩めていた。
戦闘後に駆けつけた平装士たちに襲われた女性たちの処遇を任せて、魅景は温泉街の入り口にあるコンビニの駐車場で事後報告などの引き継ぎを行なっていた。
御伽装士は本来それぞれに守護する地域を区分けして担当するのだが魅景はその戦力を見込まれて中部エリア全てを股にかけて化神を狩る遊撃手という独立した役割を担っているのだ。
「お疲れ様でした。英明さんの借りを返してくれてありがとうございましたぁ!」
「ああ。三倍返しにしておいた。俺の方も英明さんに見舞いに行けずに申し訳ないと伝えておいてくれ」
現地配属されたばかりと見受けられる体育会系な若い平装士に再び生気のない目で淡々と応対する魅景。すると不意に彼の携帯に着信が入った。
「ちょっとすまん」
コーヒー片手に一服しながらおもむろに着信相手の画面を見た途端に魅景の顔がしかめっ面に変わる。
『息災かなシンザン。実はーー』
「何度も言っているがその件は辞退させてもらう。俺を動かせるの六角光姫だけだ」
電話の主が話を切り出す前に魅景が怖いほどハキハキとかつ機械的な返事をすると一方的に切ってしまった。
「どうしたんですか? 誰さんっす?」
「総本山」
「マジっすか!?」
「勧誘だ。総本山直属の御伽装士になれと……何度も断っているのに分からない連中だ」
「すごいことじゃないですか! もったいないっすよ!」
普通の御守衆の人間ならば総本山付きの装士になれるとは最上の名誉だ。
若き平装士の男のリアクションはなんらおかしくない。
しかし、彼の言葉を耳にした瞬間に魅景の瞳からは光が消えて、ただでさえ仏頂面の端正な顔は夜叉のように変貌する。
「何故? 要はただの単身赴任だろう? いまだって直接一緒にいられる時間は限られているのにありえない」
「え? あの、ええっと?」
「そもそも何で俺が総本山だなんてどーでもいい連中の駒にならなきゃいけない? 俺が仕えるのも、俺を使えるのも大好きなみーさんだけだ。それとも総本山はそんなに俺からみーさんを奪いたいのか?」
「いやぁ……分かんないけど、たぶん違うんじゃないっすか? なんか、さーせん」
明らかに地雷を踏んだと察した平装士の男は余計なことは一切言わずに平謝りに終始した。
正しい選択である。
御守衆に所属する人間は様々な経緯でこの組織に籍を置いているが何の変哲もない生まれの一般人からただの一目惚れで御伽装士にまでなった男は魅景ぐらいのものだろう。
つまり六角魅景という中部支部が誇る最強戦士は愛妻家であることは間違いないのだが同時にかなりの変人だった。
「む……すまない。君に文句を垂れる道理はなかったな」
「あ、大丈夫です。中部支部の御伽装士は変なの多いって英明さんもよく話してたんでなんていうかOKです」
恐ろしい剣幕で距離を詰めてきた魅景に最初はたじろぎつつも驚きの順応性を見せる平装士の男。二人がそんなやり取りをしていると再び魅景の携帯電話が鳴った。
「ッ!! もしもしみーさん! 元気かな? こっちは無事に化神たちを討伐したところだよ!」
傍から見ても誰からの電話なのかは一目瞭然だった。
何せ魅景の活力の褪せた三白眼がキラキラと輝き、声もすっかり好青年のそれに変貌しているのだから相手は間違いなく彼にとっての世界の全てである愛しの奥様なのだろうと。
『流石だねみーくん! 仕事が早くて大助かりだ! 愛してるよぉ!!』
「ああ……っ! ああ! 俺もだよ、いつも愛してるみーさん」
『ところでさあ、総本山のところからさっき電話来たよね?』
「うん。いつもの勧誘だろうと思って断ったが」
『だと思った。今回は勧誘じゃなくて任務の依頼だった。不服かと思うけど引き受けちゃくれないかい』
電話の向こうから聞こえる愛妻の声に幸せ満点な朗らかな顔をしていた魅景だったが意味深な光姫の言葉に頬の緩みを正した。
『詳細は現地で教えてもらえるそうだが他の支部の御伽装士たちも集まっての合同任務だそうでね。沙夜に行かせようとも考えたんだけど……』
「嫌な予感がするんだな? 分かった。謹んで拝命しよう。場所は?」
考える間すら置かずに魅景は覇気に満ちた声で了承の胸を告げた。
あまりの変わりように近くにいた平装士は開いた口が塞がらないと言った様子である。
『まずは京都……御守衆総本山へ向かってほしい。気を付けてよみーくん。取り越し苦労ならいいけど、最近発生した疑似退魔道具絡みの事件といい敵は化神だけじゃないかもしれない』
「大丈夫だよみーさん。それにだからこそ迷いのない俺を行かせるんだろう?」
『頼むよ、みーくん』
「任された。しかし、俺の抜けた分はどうするの? 英明さんもすぐには復帰できないだろうし、人手不足は馬鹿にならないんじゃ?」
『そっちは沙夜に頑張ってもらうよ。安たちも総動員してフォローに当たらせる』
「そうか」
『心配しなくても沙夜ならやれるよ。アイツの底意地の強さはみーくんもよく知ってるだろう。油断しているとすぐに並ばれるかもだよ?』
「……それは楽しみだ」
自分のことのように得意げな光姫の言葉を聞いて、可愛い後輩の顔を思い出して、魅景は感慨深く口元を緩ませる。魅景にとって望月沙夜は初めて出来た弟子だった。と言っても、ほんの短い期間に実戦形式の稽古を何度かつけた程度だが光姫との間柄も手伝って彼女はよく出来た可愛い妹分なのだ。
「総本山からの任務については必ず完遂してくるよ。安心してくれみーさん」
『くれぐれも気をつけてな。いってらっしゃい、みーくん』
「応! 行ってくるよ」
光姫との通話を終えた魅景は残る引き継ぎを済ませるとそのまま京都を目指して愛機エイシイストチェイサーに跨る。かくして御伽装士シンザン――六角の狂い刃の異名を持つ、愛妻バーサーカーは西へ征く。