仮面ライダービャクア外伝 仮面ライダーマイヤ 作:大ちゃんネオ
咲希が消えたことは化神の仕業に違いない。
しかし、それ以上にこの夜舞薫/御伽装士マイヤがすぐ近くにいるというのに咲希は拐われたのだ。
化神はすぐ近くにいるはず。いつどこから攻撃されても対応出来るように身構える。が、いつまで経っても攻撃される様子はなく、そもそも化神の気配を感じない。
ここには、恐らくもう化神も咲希もいない……。
「そんな……私がいたのに……。すぐそばにいたのに……」
守れなかった。
すぐ近くにいたのに守れなかった。
どうして、こんな……!
「薫様、諦めてはいけません。急げばまだ間に合うかもしれません」
「けど、そんな保証は……」
「……失礼します」
ふわりと、暖かいものに包まれる。
真姫が、私を抱きしめてくれていた。頭を撫でてくれていた。
「大丈夫です薫様。きっと加藤は助かります。だって、薫様が助けに行くんですから。絶体に助かります。私も全力を尽くして彼女を探します。だから、絶体に彼女を助け出しましょう」
「……ああ、ありがとう、真姫」
波打っていた心が落ち着いてきた。
凍えていた心に熱が灯った。
これで────戦える。
「もう一度、整理します。咲希はここにバス停があると言いました。あるはずのないバス停。けれど、咲希があると言ったのなら、ここには本当にバス停があったのかもしれない。私達には見えないけれど」
「化神の幻術、ですか?」
「その可能性が高い。けれど、私達には見えなくて咲希には見えたということが謎になる。どうして咲希には見えて、私達には見えないのか……。そんな限定的に見える者を選別するにはまた別の術が必要になるはず」
策を弄すれば弄するほど証拠が増える。
隠しきれない証拠が。
この私達の目を誤魔化すことなど不可能になってくる。
条件を絞ろうと思えば思うほどにだ。
もしくは何かの拍子に行った動作が引き金となり、それが見えるようになってしまったか……。
いや、あの場面で咲希は何か特別な動きなどはしていなかった。
条件を絞ろうとするならもっと特徴的で限定的な行いでなければならない。
さっき、咲希がしたこと……。
ここで、咲希がしたこと……。
「石……」
「石、ですか?」
「そう。さっきじゃない昨日の話だけど咲希はここで石を拾った。綺麗な、青い石……」
「その石に何か細工が?」
「いいえ、石そのものは普通の石だった。恐らく、その石を所持したという行動に意味がある……」
仮定の域を出ない話だけれど……。
それでも、試す価値はある。
「真姫、石を探して。青い石よ!」
「分かりました!」
必死に探す。
制服が汚れることなど気にしないで。
時間はないのだ、早くしないと……!
『このバス停って、いいよねぇ。なんか、ノスタルジィって感じでさ。このバス停はもう廃線になって、誰にも使われなくなって忘れ去られたものなんだけど、美しいよね……。僕の止まり木に相応しいよ』
目が覚めるとまだバス停にいた……と思ったら、目の前の景色が違う。
木々が生い茂る森の中だし、なんならこのバス停、木の上にある。
「やっぱり鳥だから高いところに住むのね」
『うん。高いと遠いところまで見渡せるからね。美しいものを探すのに便利だし、そもそもここは景色が美しい。広がる山林、耳を悦ばす川のせせらぎ、躍動する獣の生命、昇る朝日も沈む夕陽も宵に輝く月も……』
こうして聞くと、バケガラスにとっての美しいものとは自然だとかノスタルジーを感じるものだとか普遍的なものばかり。バケガラス風に言えば美的センスであるが人のそれとそう変わらない気がする。
私は波長があったと言うが、普通の人なら誰だって波長が合うのではないだろうか?
『誰でも波長が合うなんて、そんなことはないよ』
……!
さっきから、ずっとそうだ。
こいつは私の考えていることを正確に読み取っている。
心を読む能力でも持っているのだろうか?
『君と僕は波長が合ったんだ。波長が合った相手のことは全て読み取ることが出来る。仮に君がここから逃げ出したところでどこにいるかもすぐに分かるし、逃げ出そうという考えそのものも分かるから意味ないけどね』
私の考えは全てあいつに……!
どうしよう。
いや、もう私自身にはどうしようもない。
薫が助けに来てくれない限りはどうしようも……。
『さあ、そろそろ行こうか。夜の宝物探しに』
逃げ出すことも出来ず、黒い翼に包まれて気が付いたらバケガラスの腕に抱かれていた。
夕方と夜の狭間、紺色の空に羽ばたくバケガラスは金色の瞳で美しいものを探す。
どことなく、顔には出ていないが楽しそうだ。
しかし、突然その楽しそうな雰囲気が死んだ。落胆、呆れ、怒り、そんな感情がバケガラスから発せられている。
『おい貴様、化神ならば俺を手伝え!』
目の前の大木に、大きな猿のような化神がいた。その化神はバケガラスに向かって何かを手伝えと言っているようで……。
あれ?
バケガラスの世界に入ってきている?
『いま、僕の世界からちょうど出たところなんだ。僕の世界に美しいものを移し変えようと思ったところでこれだ……』
出鼻を挫かれたと舌打ちし、バケガラスは猿のような化神に返事をする。
『手伝えって、なにを』
『バケゲンブの封印を解くのだ! さすれば人を食らい放題よ!』
バケゲンブ……?
封印……?
『僕もこの地は新参だけど聞いたことがある。古の化神でこの地に封印されていると。こいつはその封印を解きたいらしいが冗談じゃない。そんなのの封印を解かれたら美しいものが失くなってしまう』
ここにそんなものが……。
そういえば、夜舞神社に現れた化神が言っていた、ここに眠るものっていうのがバケゲンブ……!
『お、なんだ人の子を連れているのか。よかったら俺にも分けてくれ。腹が減って仕方ないんだ……!』
化神が涎を拭う。
どうしよう……食べられたりなんかしたら……。
バケガラスは無言で猿の化神を見つめている。
私をあいつと分けあう気なのだろうか……?
『おい、どうした? 返事ぐらいしたらどうなんだ。さっきも言ったが俺は腹が減ってるんだ。食わせろぉぉぉ!!!!!』
猿の化神が吠え、木から私達に向かって跳躍してくる。
こ、殺される!
目を閉じる。
どうにもならない現実から目を背けた。
『ぐがっ……あああ……!』
なんだ、と目を開ける。
目の前にはズタズタに引き裂かれた猿の化神。バケガラスが右手で首を掴みあげている。
『貴様、化神でありながら……!』
『君達と一緒にしないでもらいたいな……。醜い、君達と』
背後からの風が髪を揺らした。
それと同時に、猿の化神に黒い刃が突き刺さり猿の化神はこと切れ、消滅。
同じ、化神を……。
『同じにしないでもらいたいな。あいつにも言ったけど、醜いんだよ。基本的に化神ってやつはさ』
「あなたも同じ化神でしょ……?」
『そうだよ。だから嫌なんだよ……僕は美しくありたいのに……。さ、邪魔する奴はいなくなった。美しいものを探しに行こう』
羽ばたくバケガラスから羽根が舞い散る。
夜を翔るこの化神の姿は、絵になるんじゃないだろうかと、そんなことを思わず考えてしまった。
暗くなった。
暗くなってしまった。
急げ、急げと急かしてももう間に合わないかもしれない。
いや、きっと間に合わない。
化神に襲われてこんなに時間が経って、咲希が生きている可能性はほぼゼロだ。
それなら、咲希を奪った化神を滅す。
絶体に、絶体に!
だが想いと裏腹に石は見つからず、照明にしていたスマホの充電もわずかで……。
完全に、逃してしまった……?
いや、駄目だ。諦めるな。
諦めては、いけない。
石は見つけることが出来る。
咲希だって生きている。
「絶体に……絶体に見つける……!」
いま、私が持つ唯一の手がかりはあの石だけ。
あるかも分からない石を探すことしか今の私には出来ない。
「ん? じゃじゃ! 夜舞のお嬢さんじゃないのぉ。どうしたのそんな汚れてぇ」
「……咲希のおばあちゃん」
「せっかくのべっぴんさんが台無しよ? どうしたの?」
「あ、いや……その……大切なものを落としてしまって……。青い石なんです」
咄嗟にそんな嘘をついた。
言えない。
咲希が危険な目にあっていることは。
「ええそうなのぉ? 青くて、どんな石?」
「えっ……。その、青くて小石ぐらいの大きさで……」
「あんやまぁ。探すの大変だぁねぇ」
そう言うとおばあちゃんは屈んで石を探し始めた。
「あ、あのお婆ちゃん? そんな、いいですから……」
「いいのいいの。咲希と仲良くしてもらってるから。……あ、これ?」
おばあちゃんが見せてきたのは、咲希が持っていた石と同じような石……!
「これ、これです! ありがとうございます!」
「いいのいいの。綺麗な石だから落とさないように大事にしてくださいね」
「はい……ありがとうございます!」
感謝を述べ、おばあちゃんを見送る。
この石が、この石さえあれば……。
『違う違う。そうじゃない。石があれば僕の世界に入門出来るってわけじゃない』
おばあちゃんが見つけた石を手に取り、周囲を見渡す薫を空から見下ろすバケガラスはそう言って嘲笑する。
薫の名を今すぐにでも叫びたいが、バケガラスの手が私の口を塞いでいる。
『あんな汚れて、美しくないね。あれじゃあ無理だ、僕の世界に入門出来るわけがない。君のように、美しくないとね』
こんなに、近くにいるのに……。
薫……薫……!
どうして、見付からない。
石は手に入れたというのに。まさか、この石は関係なかったというのか。それでは私/俺は無駄な時間を消費してしまったのか。
「ごめん……ごめん咲希……」
『だって、薫が倒してくれるんでしょ? だから大丈夫だよ』
『薫は勝つよ。ヒーローでしょ? 正義は必ず勝つ!だよ!』
こんなにも信じてくれた咲希を守ることも救うことも出来なかった。
こんな私が、夜舞家を背負う?
当代のマイヤだと?
ふざけるな、ふざけるな。
こんな、こんな……!
「咲希……咲希……!」
未熟で、ごめん……。
弱くて、ごめん……。
君と共にいたかった。
君の傍にいたかった。
君が……欲しかった。
その瞬間、世界が爆ぜた。
バチン!という音と共に世界が
そしてゾクゾクと感じる化神の気配は……!
上空を見上げる。
そこには、満月を背に浮かぶ黒翼の化神がいた。
そして、化神に抱かれる咲希の姿も────!
『あいつ、どうやって……』
呆気に取られている化神の手から抜けた咲希が精一杯叫んだ。
「薫ッ!!!」
「咲希! 今助ける!!!」
ネックレスを掴み取り、咲希を助けるため変身する!
「オン・ビシャテン・テン・モウカ! 舞え、マイヤッ!!! 変身ッ!!!」
身体が、変わる。紫色。
力が漲る。
ああ────生きていてくれた。
「退魔道具、風神の風袋!」
『ぬっ!?』
化神に向けて放つは嵐。
強風に見舞われた化神の手が緩み、咲希を手放す。
それを見て即座に大地を蹴った。
「きゃあ!?」
「咲希!」
落下する咲希を空中で抱き止める。
咲希の熱が腕に広がる。紛れもない、咲希だ。
絶望しかけていた胸に希望が咲いた。
ならば、ならば、もうこの希望を散らすようなことは……しない!
「薫、ごめん……」
「謝るのはこっちだ、咲希の近くにいたのに守れなかった……。けど、もうこんなことは起こさない。化神からも、どんな残酷からも守り抜いてみせる」
「薫……」
離れていてと伝え、薫がこの場から遠ざかったのを見送り地に足をつけていた化神と向かい合う。
『どうやって、入門した。僕の、世界に』
「知らないな。それより、俺の大事なものに手を出したんだ。お前を倒すのに躊躇いなんてないからな」
『ああ、どうしてなんだ。僕の世界に土足で踏み入るなんて……! 君は許さないからな、僕の世界に踏み入ったことも、僕をこの姿にさせたことも……!』
男の姿が変わる。
色男から漆黒の化神の姿へと。
バケガラス、だろうか。
漆黒の翼、頭部はカラスの横顔を模していて嘴が風に靡いた髪のよう。金色の瞳が夜の闇の中において燦々と煌めいていた。
今まで遭遇した化神の中で最も、美しいと感じた。
だが、化神は化神。どれだけ美しかろうと滅すべき邪である。
「いくぞ、化神」
『来い、御伽装士』
言葉を合図に、駆け出す。
バケガラスは両翼から一枚ずつ羽根をむしると羽根はすらりと丈を伸ばし黒き刃と化した。あの双刃が奴の得物。
奴の間合に入るのは危険だと接近は一時中断し後方へと飛び退いた。ふわりと宙に舞い、風神の風袋から風を放つ。今度の風は攻撃の風。手加減などない!
『ハアッ!』
しかし、風は化神により両断される。並の化神には、出来ない芸当……!
『僕をそこらの化神と同じにしてもらっては困るな。100年は生きてるんだ、御伽装士と戦ったことぐらい……ある!』
バケガラスが羽ばたく。
一瞬で目の前まで接近し、双刃が振るわれる。黒い身体が闇に溶け、目の前に現れるまで近付かれたことが分からなかった。
それでも即座に風袋から八咫烏の羽へと切り替え、刃を受け止める。だが、こちらはクナイで向こうは刀。この体勢は不利だ────!
『戦ったこともあり、全員始末した。例外はない。お前も同じだ。このバケガラスに骸を晒せッ!』
「ッ! 誰がッ!」
お前などに殺されてたまるか、お前が俺に滅せられるのだ。
鍔競り合うクナイを黒刃に滑らせ、身を屈めると同時にバケガラスの足を払う。
「すっ転んだなカラス野郎ッ!」
背中から崩れるバケガラスにここぞと追撃を加えようと迫る。このクナイを突き刺してやろうと。
だが……。
「駄目、薫! 近付いたら駄目!」
咲希の叫びに気付く。それで、踏み込みが甘くなった。
それが、結果的に良かった。
広げられた翼から放たれる無数の黒い羽根。これらは全て刃となっており、咲希が教えてくれなければ全身に突き刺さっていただろう。当たりそうなものはクナイで弾き、手甲で防御したが一本だけ、脇腹に刺さった。傷は浅い。戦闘は続行可能だ。
『救われたね、彼女に』
「はっ……もう既に救われてるんだよ、俺は……」
まだこちらは余裕綽々だけど?といった様子のバケガラスが憎たらしい。
確かに、確かにこいつは強い。
だが、それでも滅しなければならない。こいつが殺したという先達の悔いも晴らさねばならないし、やはり咲希を拐ったことがなによりも許せない。
『君は強い。僕が殺した御伽装士達よりも強い。他の奴等はさっきので大体仕留めることが出来たからね』
バケガラスはだらりと刃を下ろしそう語る。
なにを悠長に────斬りかかる。その口は閉じさせてやる。
だが、当たらない。
読まれている、攻撃を。
『僕の世界に入ってこれたということは君も少しは僕と波長があったということ。波長があったならば、君の考えは手に取るように分かる』
考えが読まれる……だと。
そんなこと知ったことかと攻撃を畳み掛ける。
だが、それらも読まれ避けられ、反撃に蹴り飛ばされる。
『あの子がいたから君は助かった、あの子がいるから君は強い。だからこそ下手は打たないし抜かりもしないし驕ることもない。故に……』
顔を手で覆うバケガラス。あぁ……と声を漏らしながらゆらりと視線を落とすが居合のような鋭さで俺を睨み付けた。指の隙間から覗く右目が金色の輝きを放つ。
しまった、そう思った時にはもう遅い。
黒い瘴気が溢れ出て、吹き飛ばす。地面を転がるが即座に起き上がり、クナイを構えるがその時にはもう空は赤黒く変色していた。
「なに、これ……」
咲希が空を見上げ呟いている。
暗天。
それは、化神が持つ異界を作り上げる能力である。
空は血に染まり、大地は穢れで満ちる。
穢れで満ちた世界において、化神は更なる力を得るので御伽装士の戦いのセオリーはまず暗天を使わせないことにある。
だが、強い化神ほど暗天の使いどころ、発現すべき時を理解している。そして強い化神が暗天を発現させたならば、対峙する御伽装士に残された道は良くて再起不能の重症、悪くて死。勝率は限りなく低下する。
『さっき、この姿にさせたことを怒ったが暗天を使わせたことも僕を怒らせる。こんな、穢れに満ちた美しいものがない世界……一刻たりとも使いたくはないのだからッ!』
怒声が届くと同時に、バケガラスの姿が目の前にあった。
馬鹿な、なんて、速さ……!
『死ねぇッ!』
双刃が振り下ろされる。
回避出来ない、防御する!
クナイで刃を受け止めようと構えるがクナイごと切り裂かれ、身体からバツ字の火花が散った。
「ガアッ!?」
「薫ッ!!!」
……咲希の声のおかげで意識を踏み止ませることが出来た。バケガラスは既にトドメの二撃目を打ち込もうとしている。
『もらった!』
「チィッ!!!」
バケガラスの双刃はマイヤを横一閃。だが、斬った手応えがないことに疑問を浮かべる。
そう、今斬ったのは蝶が作り出した幻影なのだから。
「俺はここだ!」
上空から声をかけ、赤い空に舞う。
このまま頭上を取る!
『蝶が鳥に空で勝てるとでも?』
バケガラスも飛翔する。
空中戦の軍配は悔しいがバケガラスに上がった。
速さも空中での動きも全てが俺を凌駕している。
蹴落とされ、地を舐めた。
ああ、くそ……。
「薫……薫っ!」
……よし。
まだ、いける。
立ち上がれ、守るべきものが、そこにある。
『よく、立ち上がる』
「守るべきものがあるからな……!」
『……なるほど、彼女を殺せばお前も折れるというわけか』
「そんなことさせるか!」
『ああ、しない。美しいものをこの手で壊すことは、しない。約束しよう』
その言葉は信じられた。
奴の美学に則ったその言葉は。
そして奴の考えていることはこうだろう。
『俺を殺して、咲希を自分のものにする』
ああ、くそ。
こんなにムカつくなんて思わなかった。
咲希をこんな奴に渡してやるもんか。
だから俺はこう考えるぞ、バケガラス。しっかり読み取れよ。
咲希を守る。
お前を滅して、咲希を連れ帰る。
「お前みたいな奴のところにいていい奴じゃないんだあいつは……!」
『ふん……死に体の奴がなにを吼えている!』
バケガラスが戦いを終わらせるため、俺を殺すために再び加速。
俺の目の前に現れた時、すかさず俺の拳が放たれていた。
『ギギッ!? な、なにィ!?』
「ようやく、一発ぶち当てた……」
『馬鹿な、読めなかった、のか? いや、もともとそんなに波長が合っていなかったやつだ仕方な……!?』
続いて、バケガラスに飛び膝蹴り。吹き飛ぶ奴への追撃は蹴りのラッシュ。
そして殴打の嵐。
これまでの分を仕返しするように、バケガラスに拳が叩き込まれていく。
『何故、読めない……』
「波長が合ってるってんなら、合ってる者同士俺も読めると思って読んでみただけだぜ。結果はこの通りだ。……それに、読めるはずだぜ、俺の思考。読んでみな」
『────これ、は。お前、なんて気持ち悪い』
考えることは咲希を守り抜くことのみ。
咲希……咲希……!
「お前に言われたくはない……ね!」
渾身の右ストレートがバケガラスの顔面を打ち抜いた。
互いにこれでダメージはイーブンか?
『はあ……はあ……まったく、醜いよ。こんなに必死になって傷だらけになって……』
まだ、こんなことを言える余裕はあるらしい。
そのタフさには純粋に驚嘆した。
なので、こちらも負けられない。
「自虐か?」
『お前や、御伽装士共に向けて言った。まあ、半分は自分にだが……』
「そうか……じゃあ、醜い者同士決着をつけようぜ」
まあこんなボロボロな姿は醜いだろう。こいつだけじゃなくご先祖様だってきっとそう思って……。
「────薫は醜くなんてない!」
否定した。
否定された。
咲希がバケガラスの言を、俺の考えを否定した。
「薫は必死に頑張ってみんなを守ろうとしてる! どれだけ自分が傷ついたって立ち上がるんだよ! 醜くなんてない! 必死に頑張ってる薫はカッコいいんだから! 必死に頑張ってる人を醜いなんて……なんにも分かってないよこのボケガラス!!!」
────ああ、本当にあいつは……。
「だ、そうだ。どうやら俺は醜くないらしい」
『……関係ないね。さあ、決着をつけよう。お互い、最大最高の技で』
バケガラスは双剣を構える。その刃に強大な力を纏わせて。
俺は右足を半歩、前へと出し地面を踏みしめる。
右足に力を集めていくと足下から無数の蝶が現れ、俺とバケガラスを包んでいく。
『……ァァ……』
互いに最大出力。
技を相手より早く放ち、命中させたものだけが生き残ることが出来る。
バケガラスの斬か、俺の蹴りか。
集中力が高まっていく。
集中の極限に達した時、技は放たれる。
──────今だ!
世界に、月の優しい光が取り戻される。
青い夜が、再生される。
無数なる蝶達は未だ、マイヤとバケガラスを包んでいた。
「な……!?」
蹴りが、バケガラスの胸を穿っていた。
戦いには勝った。
だが……。
「バケガラス、お前どうして……」
技が放たれる瞬間は同時であった。だが、バケガラスは技を繰り出すのを途中で辞め、己が刃を投げ捨て胸を差し出したのだ。
『はは……どうしてだろうね……こんな醜いまま果てたくなんてないのに……』
こいつ、は……。
この化神は……。
『どうしても、嫌だったんだ……穢れから生まれた化神という存在であることが……。おかしい、だろう……? 化神なのに……』
「……ああ、おかしい。お前は、変な化神だ」
『ああ、おかしい……。だから、美しいものを欲した。穢れである化神だという事実をその輝きで打ち消したくて……。そして、なんだろう……。美しい人に看取られて逝けるなら……いいかなって……』
ああ、分かった。
こいつは、俺/私と同じなんだ。
だから、こんなにも……。
『最後に、ひとつ聞かせておくれ……。どうして、僕の世界に入ってこれたんだい……? 本当の、ことを……教えて……』
本当のこと……。
なんだ、こいつはまだ気付いていなかったのか。
俺はもう気が付いていたというのに。
「いいぜ、教えてやる。……お前は、あいつを美しいと思った。俺も、あいつを美しいと思ってる。それだけだ」
『……ああ、やっぱりか。認めたくは、なかったけど……君と、僕は……。もう、いいよ……逝かせてくれ────』
「……退魔覆滅技法 千蝶、一蹴」
周囲の蝶達が舞い上がる。
爆炎と共に。
黒い羽根と共に。
バケガラスの魂を運ぶように、蝶達は月へと向かって飛んでいく。
そうだな、月ならば安らかに、誰に邪魔されることなく眠れるだろう────。
そうして、次の瞬間には見慣れた天井を見上げていた。
「あら……?」
どうして?と身体を起こそうとすると、全身に痛みが駆け巡った。
「痛……」
痛みと涙を堪えていると真姫が来てくれて処置やその後のことを教えてくれた。
行方不明になっていた方は山で見つからず、バケガラスに食われてしまったのだろうという報告が。
守れなかった人がいた事実が胸に刺さる。
この傷が癒えたら、お線香を上げに行かなければ。謝罪と誓いを。
これ以上、犠牲者を出さないように努力すると。
とかく、二日間は布団から起き上がることが出来なかった。
身体を動かせるようになり休んでいた学校へ復帰。
道中、咲希と出会い、いつものように出迎えてくれたことが無性に嬉しかった。
他愛ない会話をしながら歩くが、どれも本当に咲希が話したいことではないようで、聞き出した方がいいのか何も聞かない方がいいのか悩んでいると、咲希の方から切り出してくれた。
「あのさ、私ずっとあの……バケガラスのこと考えててさ」
「はい……」
「あいつ、人間になりたかったのかなってなんか考えちゃってさ」
……咲希。
バケガラスは、化神に生まれた自分を呪っていた。
人に、なりたかったのだろうか。
「あいつの美しいの基準ってさ、すっごい普通のものなんだよ。普通に、共感出来ちゃうんだよ。だからさ、あいつも人間だったら幸せだったのかなって」
「私は御伽装士。化神を滅する者として、化神に対して共感などすることは、そもそもありえません。ですが……バケガラスは、そうですね。私もそう思います。それに……彼と私は同じだから……」
そう、彼と私は同じ。
化神でありながら化神であることを呪ったバケガラス。
男でありながら女として振る舞わなければならない私。
お互い、矛盾に惑わされている。
そして、咲希を求めた。
似た者同士、ぶつかりあったというわけだ。あの戦いは化神を滅する使命とは関係のないところにあって、この事をお婆様に知られたらなんと言われるだろうか。
このあと、二人無言で歩いた。
そうして先日バケガラスと戦った場所に……。
「あの、咲希? どうして、カニ歩きなのですか?」
「そ、その気にしないで!」
私を向いてカニ歩きする咲希が怪しくて仕方ない。何か、隠しているかのようだ。
「咲希、何を隠してるのです?」
「か、隠してるものなんてないよー!」
絶対に、なにかを隠している。
咲希を振り切り、背後へ回るとそこには……。
そこは、雑草が生い茂っていた場所であったが草が苅られ、綺麗な丸い石が置かれて花が供えられていた。
これはもう、お墓としか言い様がない。
誰の墓なのか、すぐにピンと来た。
「さ~き~?」
「ごごごめんって! やっぱり怒るよね! 怒るよね!」
ごめんなさいと何回繰り返されたか分からない。
まずは何故こんなことをしたのか事情聴取だ。
「あいつが倒されたあとふわ~ってあいつの羽根が落ちてきて捨てるに捨てれなくて~……えへへ」
「まったく……」
もう、どうしてこの子はこう優しいのか。
化神の墓を建てたなんて話は聞いたことない。
何が起こるのかも分からないし、蘇りでもしたら大変だ。
まあ……。
「多分、大丈夫でしょう……」
「ねえ薫」
「なんですか?」
「バケガラスさ、次は人間になれるといいね」
……思わず、深くため息をついてしまった。
「ごめん! ごめんって! だからそんなため息つかないでよ~!」
「呆れはとってもとってもと~ってもしましたが、いいです。家には黙っててあげます。遅刻してしまうから、行きましょ」
「あ、待ってよ薫~!」
バケガラス、私はお前に嫉妬する。
こんな風に弔ってもらえたのだから。
けど、お前も私に嫉妬しているんでしょう。
私はこれからも咲希と共にいられる。
だから、そこで見ていなさい。
世界で一番幸せな化神であるお前が羨むほどの幸せを毎朝見せ付けてやる。