仮面ライダービャクア外伝 仮面ライダーマイヤ   作:大ちゃんネオ

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第四夜 流れる血の宿命

 闇の中、人を食らう。

 御伽装士達は別の化神の相手で手一杯のようで、俺には気付いていない。

 ようやく、ようやくだ。

 

『久しぶりの身体だ』

 

 化神は肉を得て、渦から再び現世へと舞い戻ってきた。

 再び悪行に勤しむ前にまずはと、化神は狙いを定める。

 かつて自身を葬った、御伽装士マイヤに────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ああ、これが夢だということに気付いてしまったのはいただけない。

 

 ここは、茜色の夕焼けが眩しい屋敷の庭。

 目の前には、一人しくしくと泣いている幼い私。

 幼い私の足下には電動で動くロボットのおもちゃが。

 お気に入りのおもちゃだった。

 いつも持ち歩いているぐらい、本当にお気に入りだった。

 それが突然、うんともすんとも言わなくなってしまって、それで泣いていたのだった。

 

 そんな幼い私の元へやってきたのは……。

 

「どうしたんだい薫?」

 

 長身で痩せぎす。  

 立ち姿はマッチ棒のようで簡単に折られてしまいそうな頼りない印象の男性。

 穏やかな笑みをいつも浮かべていた、父の姿があった。

 

「お父様……うごかなくなっちゃった……」

「ん? どれどれ……。うん、大丈夫。直せるよ」

 

 ロボットを拾い上げてざっと見渡しただけで父は直せると言った。

 なんてことはない、ただ電池が切れただけのことなのだから。

 けど、父ならなんでも直してくれると当時は思っていたから素直に信じて、そんな父を尊敬していた。

 

 場所は切り替わり、車庫の中。

 父が一日の半分を過ごしていた場所。

 御守衆の技師だった父は私も駆るアラシレイダーの開発者で毎日点検、整備を行っていた。

 

「ほら、直ったよ」

 

 手渡されたロボットはまたちゃんと動くようになっていた。

 

「ありがとう! お父様!」

 

 お礼を言うと、父の大きな手が私の頭を撫でた。

 父からこうして撫でられるのが、私は好きだった。

 

 また、場所が切り替わる。

 屋敷のお婆様の部屋の中から、珍しく声を荒げる父の声を聞いた。

 

「話が違います! 薫の身体が鍛練についていけるようになってからという話だったじゃないですか!」

「それは楓が生きていることが前提の話だ。楓が死んだ今、一刻も早く薫をマイヤにしなければならない」

「別の御伽装士にしばらくこの町の守護を任せるという手だってあるはずです!」

「こん土地を守るのは家の務めだ! 先祖代々からの使命を他人さ任せるなんてこと出来っか!」

 

 楓……お母様は化神との戦いで亡くなった。

 それから、お婆様と父の口論は日常的なものとなって……。

 

 ある日、父は家を出た。

 言葉を交わすこともなく、ある日突然。

 そして父が家を去ってから、私の改造(修行)も始まって……。

 

 

「お父様……」

 

 自分の寝言で目が覚めた。

 木漏れ日が眩しく、白い光のなかでぼうとする。だが、即座に今は鍛練の途中だったと慌てて木から飛び降りる。

 屋敷の裏山、ここは修行の場として整備されている。

 一見普通の山であるが、いろいろな仕掛けや障害などが配置されている。

 近隣の御伽装士達も修行に訪れることもよくある。

 御守衆が保有する修行場でも有数の敷地面積と難易度を誇っていたりする。

 修行の場ではあるが、私がさっきまで寝ていた木は立派なナラの木で、幼い頃からあの木の上が私のお気に入りの場所。

 お昼寝スポットなのだ。

 

「薫」

 

 背筋に寒気が走った。

 お婆様の声だった。

 鍛練中に昼寝なんてしていたとなればなんと言われるかと覚悟し、木から飛び降りる。

 お婆様の、私と同じ赤い目が、私を射抜くよう。

 とにかく、まず謝ろう……。

 

「お婆様、申し訳……」

「今日は、そこまでにしておけ」

「え……」

 

 予想していた言葉とはまったく違うことを言われて肩透かしを受けた。

 

「清水が来てたから、診てもらいな」

「は、はい……」

 

 それだけ告げて立ち去るお婆様の背中を追いかけて屋敷へと戻る。

 無言でついて歩いた。

 私とお婆様の間に雑談など生じない。

 それが、常。であったのだが……。

 

「調子は」

「え……あ、その、特に問題はありません」

 

 唐突に話しかけられ、ありきたりな返事しか出来なかった。

 お婆様がこんな風に調子を尋ねてくるなんて珍しかったので。

 

「歩き方が崩れてる」 

「え……」

「この間の負傷のせいだ。……怪我した時に鍛練すっと変なクセがつく。療養に専念せぇ」

「は、はい……」 

 

 そこから再び無言で屋敷まで戻った。

 とにかく、全てが珍しいことだらけであったけれど……。

 どこか、どこかに違和感のようなものがあった。

 珍しいのも事実であるが、お婆様が私にあんな風に声をかけてくれたのは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「え? センさんが?」

 

 自室での診療中、さっきのことを清水に話した。

 やはり、清水も驚いた。

 

「ああ、いつもの婆さんって感じじゃなかった……けど……」

「けど?」

「……なんか、懐かしい感じもした」

 

 あの違和感の正体をようやく言語化出来た。

 懐かしい。

 何故か、そう感じた。

 

「懐かしい、か。昔、センさんと同じような会話をしたか……既視感ってやつじゃないかな」

「既視感……」

 

 はじめてのことなのに、前にも同じようなことを経験したことがあるという感覚。

 もし、そうだとしたら……。

 

「寂しいな……」

「え?」

「なんでもない。もう終わっただろ、じゃあな」

 

 シャツを着て、部屋を出る。

 婆さんのことも気になるが、あの夢を見てさっきからあそこに行きたくなっていたのだ。

 

「ああ、ちょっと! まだ診断結果言ってないんだけど!」

「それでは、私が代わりに」

「うわぁ!? ま、真姫ちゃんいつの間に……というかどこから……」

「天井から」

「天井から……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 つなぎに着替えて、アラシレイダーと向かい合う。

 さっきの夢を見てから、車庫に来たかったのだ。

 ここに来れば、父と会える。

 幼い俺にとって、ここはそういう場所であった。

 

「よし、始めるか……」

 

 点検、整備、洗車。

 アラシレイダーをいじると、父に近付けた気がして……。

 アラシレイダーは山や川、海など自然溢れるこの地に合わせて父が母のために開発したマシン。

 調子は良好。

 不具合なしっと……。

 

「あ、いたいた薫~」

 

 ふらっと、当然のことのように咲希が現れた。

 

「……なんでいるんだ?」

「真姫さんが薫なら車庫にいるはず~って言ってたから」

 

 真姫め……。

 というか真姫にも車庫にいるとは伝えていなかったのだが。

 

「ねーこのバイクかっこいいよね。普通のじゃないでしょ?」

「ああ。山とか川とか走り回るからな。それに、御伽装士乗せて走るんだ、普通には作られてない」

 

 そう言うとアラシレイダーがライトを点滅させた。

 

「え!? なになに自動!?」

「式神が憑いてんだ」

「シキガミ……なんかあの人型の紙のやつ」

 

 咲希の式神認識がマンガとかアニメレベルなことにやれやれと首を振る。

 

「ま、咲希にも分かるように言えば意思を持ったバイクなんだよ。アラシレイダーは」

「へぇ。よろしくね、アラシレイダー」

 

 再びライトを点滅させて挨拶するアラシレイダー。嬉しそうにしている。

 こいつが喜ぶってことはやっぱりこいつはいい奴なのだろう。

 

「そんで、何の用だよ」

「遊びに来ただけだよ」

「遊びに……」

「うん。遊びに」

 

 あっけらかんと言うが、そんなことしてきた奴は……。

 

「初めてだ。家に遊びに来たなんて奴は」

「そうなんだ。初めて貰っちゃった。ふふ、薫の初めて貰っちゃった~」

「バカ! やめろ! 言い方を考えろ言い方を!」

「なにー? 照れてるのー?」

「そうじゃなくてだな……!」

「薫の初めてなのは本当じゃ……」

「薫様のなにを、貰ったと?」

 

 咲希の背後に現れた真姫が、咲希の頭をぎっちりと掴んでいる。

 だからやめろと言ったのに……。

 

「あ、あの~真姫さん? 頭が、頭が痛いんですが……」

「当然だ。薫様に対する失礼な発言の罰だからな」

 

 そして罰は執行される。

 頭をぐりぐりされるやつ。

 咲希の反応からしてだいぶ痛いだろう。

 だが、この程度で済ませている辺りはまだ手加減している。

 前に俺で変な妄想をした奴等は真姫の手で本当にボコボコにされたのだ。

 それ以来、真姫は不良のような格好をするようになったが当の本人も気に入っているスタイルのようだし何かと都合がいいらしい。

 

「うぅ……痛いよ真姫さん!」

「罰だから当然だ。それより薫様、診断結果ですが」 

「ん……あとで聞く」

「いえ、加藤もいる今がちょうどいいのでここで言わせていただきます」

「おい真姫……」

「まだ完全に傷が癒えていないため、療養に専念すべきだと。今しばらく安静にしているようにと清水先生と……先々代も、そうするようにと」

 

 自分で分かってはいた結果だった。

 清水ならそう言うだろうと。

 ただ、それでも……。

 

「この地を守るのが俺の使命だ。ただでさえ蝶祭りが近くて化神がうじゃうじゃ出てくるって時期に休んでなんていられっか!」

「しかしそれでは薫様のお身体が……。私からもお願いいたします。どうか、ご療養ください」

 

 血が頭に上がっていたが、深く頭を下げる真姫に怒りをぶつけることは出来なかった。

 とにかく一度冷静になろうと、俺は二人を置いて立ち去った。

 

 

 

 

 

 なにも言わず立ち去った薫を追いかけることは出来なかった。 

 今は、一人になりたいのだろうと思って。

 

「真姫さん。薫の体、そんなに悪いんですか」

「……これまでと比べて、治りが悪いそうだ。そもそもあそこまでの大怪我をしたのも初めてのことだが……」  

 

 バケガラスとの戦いで薫は重傷を負った。

 傷は癒えて、化神との戦いに復帰して連日のように薫は戦っていた。けれどまだ完全には傷は癒えていなくて、毎日のように現れる化神との連戦が傷が癒えるのを妨害している。

 

「バケガラスを討った功績は総本山からも評価されている。あのレベルの化神は滅多に現れないからな。だが、それよりも……」

「薫の体の方が、大事ですよね……」

「当然だ。薫様はただでさえ夜舞家の掟と使命に縛られてきた。それが薫様の全てだ。それすらも失うようなことになれば薫様は……」

 

 私なんか一般人ではとても推し量ることの出来ない、掟と使命の重さ。

 それを薫はあの華奢な硝子細工のような体で背負っている。

 

「……どうしても、薫じゃなくちゃいけないんですか。御伽装士って薫以外にもいるんですよね? 薫の体が治るまで誰か別の人に来てもらうとか出来ないんですか!」

「私もそれを先々代に提言した。だけど、先々代はいい顔をしなかった」

「どうして……」

「私もあまり詳しくはないし、一部民話を含むからどこまで本当かは分からないが……」

 

 真姫さんは、そう前置きしてある話を始めた。

 夜舞家の始まりの話を……。

 

 

 

 

 

 時は平安時代。

 当時既に御守衆、御伽装士は存在しており化神達をから人々を守っていたという。

 御守衆の総本山があるのは京の都。

 時の帝や貴族達が住まうこの地は特に護りを固められていた。

 そんな都をも脅かす化神が現れ、三日三晩続く戦いが繰り広げられたと伝えられている。

 御伽装士達も化神も満身創痍となっていた三日目の夜のこと。化神が暗天を繰り出し夜は朱に染まる。

 赤き夜の中、子を身籠っていたとある貴族の娘が産気付いた。

 暗天、戦火の中で貴族の娘は子を産んだ。

 子が産まれたと同時に化神も討たれたという。

 赤き夜が終わり、優しい月の光が戻ったことに安堵する人々であったが娘の出産に立ち会った者達は戦慄していた。

 

「目が、赤い……!?」

 

 その赤子の目は暗天の夜のように赤い色をしていた。

 当時の人々からすればそれだけで恐怖に値した。

 

「物の怪がこの赤子に乗り移ったのじゃ!」

「大きくなる前に殺すのだ!」

「きっと災いをもたらすに違いない! 殺せ!」

 

 恐れが人々を駆り立てる。  

 目が赤いだけのただの赤子一人に皆が恐れた。

 娘の父まで殺せと言い始め、娘は我が子をなんとか守ろうと京の都を信頼置ける従者と共に逃げ出した。

 だが、どこで計画がばれたのか追手が迫る。

 娘を連れ戻し、赤子を殺すようにと命令された武士達が迫る。

 追い詰められた娘達。万事休すと思われたその時、一人の男が颯爽と現れ武士達を追い払った。

 男は、御伽装士であった。

 男は娘から事情を聞き、この赤子が暗天の夜に生まれたことを知ると様々な可能性が頭に過った。

 もしかしたら化神の影響を何か受けてしまっているかもしれない。

 なにもないことを願いたいが万が一ということもある。

 しかしこのままこの赤子を野放しにして何か起きようものなら問題であるし、赤子が殺されてしまうかもしれない。

 あれこれ考え、男は娘にこう提案した。

 

 その赤子を、こちらで引き取らせていただけないかと。

 男は御守衆のことなどを全て話し、赤子の未来について考えられる可能性などを説明して、この赤子はきっと普通の世界で生きるのは難しいだろう。だが、我等ならばこの子を受け入れることが出来ると。万が一なにか起きても対処が可能であると娘に言った。

 

 娘は悩みに悩んだ。

 我が子を預けるなど、そのようなことが出来ようかと。

 だが、この子の幸せを思えばと娘は男に赤子を差し出した。

 

 この時、改めて名を付けられたという。

 赤子は名を、美羽(みはね)とされた。

 

 そして赤子は男によって引き取られ、御守衆で育てられることとなった。

 赤子はすくすくと成長し、母によく似た美しい少女となり、やがて姫と呼ばれるようになった。

 気品に溢れ、頭も良い美羽に誰もが憧れたというがこれは御守衆の中での話。

 街に出なければいけない時は目を布で隠さなければならず、気味悪がられた。

 そのため、あまり外には出たがらなかったという。

 

 美羽は男の嫌な予想を裏切り普通の人の子として育ったがある時、新たに作られたマイヤの怨面が美羽を選んだ。

 これまで特に御伽装士となるための修行などはしてこなかったが怨面が美羽以外を受け付けぬならば仕方ないと美羽は御伽装士となるべく修行を始めた。

 美羽自身も御伽装士となることに抵抗はなく、張り切って修行に臨んだという。

 

 恐るべき速さで修行をこなした美羽は当時でも指折りの装士の一人となった。

 御伽装士として活躍していたある時、助けた貴族が自身の祖父だった。

 美羽はそうとは知らず、化神の攻撃により目を隠していた布が取れ、顔を晒してしまい赤い目を見られたのだという。

 

 それから御守衆は化神を匿っているなどと貴族達から言われ、そのことに責任を感じた美羽は京を離れ東へと旅を始めた。

 そして辿り着いたこの地は当時まだ御守衆も足を踏み入れたことのない土地で、人々は美羽を暖かく迎え入れた。

 だがバケゲンブという化神が数年前に現れてからは穢が集まりやすくなってしまい土は痩せ、水は枯れ、化神が跋扈する土地となってしまったのだという。

 

 こんな危険な土地からは離れるべきだと美羽は言ったが、先祖代々の土地から離れるわけにはいかないという。  

 人々は化神などには負けないという強い意志を持っていた。

 赤い目の自分を迎え入れ、化神にも負けじと抗う人々に報いるために美羽は全霊をもってバケゲンブを封印。

 バケゲンブが封印されたことでこの土地は浄化され、作物もよく育ち、人が満足に住める土地になったという。

 そして美羽はこの地の人々と共に土地を再興させ、夜舞という姓を名乗るようになり夜舞家が生まれ、自身を迎え入れてくれた人々が住むこの地を守るという使命を代々伝えてきたのだという……。

 

「いや真姫さんめちゃくちゃ詳しくありません?」 

「この程度は基礎知識だ。もっと詳しい人がいる。それこそ先々代とか」

 

 薫のご先祖様は昔話になってるのかぁとぼんやり考えたがすぐに頭を切り替えた。

 薫が戦う理由。

 それは先祖代々ここを守ってきたから……。

 だけど、それは……。

 

「薫は、本当に戦いたいのかな……」

「なに……?」

「薫が戦う理由って、先祖代々やってきたからって強制されてるみたいなものじゃないですか」

 

 真姫さんは悲しげな顔をする。

 薫のことを大切に思っているから、きっと私が今思ったことをとっくの昔に真姫さんも思ったはずだ。

 

「それが夜舞家に生まれた者の運命だ」

 

 急に響いた私達以外の声に驚いた。

 着物を着た、綺麗な白髪頭で歳のわりに背筋がピンとした立ち姿が綺麗なおばあさん。

 真姫さんは頭を下げている。

 この人が、薫のおばあさん……。

 薫と同じ、赤い目をしている……。

 

「真姫。これが薫のお気に入りか」

「は、はい。加藤咲希、薫様の同級生です」

「東京から来たよそもんか。よそもんに家のことをあれこれ言う資格はねぇ」

 

 赤い目が私を睨みつける。

 薫と同じ赤い目だけど、薫の目とは違って厳しさに溢れている瞳だ。

 

「……薫の身体が治ったら、また戦わせるんですか」

「それが薫の、夜舞の使命だ」

「薫は本当に望んでるですか! 戦うことを!」

 

 思わず熱くなり、真姫さんに止められる。

 相手は薫のおばあさんで私がどれだけ言葉を並べてもきっと敵わない。

 私の言葉はきっと、この人には届かない……。

 

「……ついてこい」

 

 薫のおばあさんは静かにそう言うと背を向けて歩き出した。

 ついてこい?

 え、私?

 

「早く」

 

 あ、私だった。

 慌ててついていくが大丈夫かな。

 食べられたりしないだろうか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 気が付くと、夜舞家の墓の前に来ていた。

 大きく、墓石が何個も並んでいる。

 ここには歴代当主達が眠っている。

 お母様も……。

 

「お母様……」

 

 お母様との思い出は少ない。

 俺が幼い時に化神との戦いで相討ちになったのだ。

 マイヤとしての戦いや夜舞家当主としての仕事で忙しいお母様と過ごせる時間は貴重だった。

 お母様とお父様と俺の三人でこの町を探検したことはよく覚えている。

 あとは……お母様と、ばあさんとで……。

 

「あれ、どこに行ってたんだっけ……」

 

 お母様とばあさんの俺でどこか海を見下ろせる場所に行ったという記憶があるけどあそこがどこか思い出せない。

 そこでなにをしたのかも。

 どうしてお父様とではなくばあさんとだったのか、気になる記憶だから思い出したい。

 アルバムに写真とかあったりしないだろうか?

 やたら気になり始めたので大人しく帰ろうと思い、ご先祖様達へ手を合わせる。

 

『薫!』

 

 誰かに、名を呼ばれた。

 それと同時に殺気を感じ、その場から飛び退くと何かが俺の立っていた場所に突き刺さっていた。

 

「棘……?」

 

『避けるとは、流石はマイヤ』 

 

「化神ッ!」

 

 よもや、こんな近くまで近付かれていたとは。

 化神は全身が赤く、エビを象った姿をしている。

 バケエビ?

 いや、にしては右手のハサミがでかい。

 左手は鋭い針のようで刺突攻撃に用いるのだろう。

 

『俺はバケイザリ! 勝負だマイヤ!』

 

「チッ、ザリガニか! オン・ビシャテン・テン・モウカ────変身ッ!」

  

 マイヤへと変身し、バケイザリへムーンサルトキックを放つ。

 バケイザリを蹴り飛ばし、ひとまずご先祖様の墓から遠ざける。

 

『勇ましいな今のマイヤは!』

 

「さっきからマイヤ、マイヤって、てめぇなんなんだよッ!」

 

 果敢に攻めて、バケイザリに攻撃の隙を与えない。

 だが、ザリガニらしい硬い甲殻のせいで俺の拳が響いている様子はない。

 

『10年だ』

 

「なに……?」

 

 バケイザリは俺の殴打を受けながらもそう答えた。

 

『俺が復活するまで10年かかった』

 

「復活、だと……」

 

『俺が戦ったマイヤはお前の母親か? 非常に強かったが詰めが甘かったのでな、最後の力をもってこの左腕を突き刺したのだ!』

 

 突き、刺した……。

 ということはこいつが、こいつが……お母様を殺した化神……!

 

「よくもお母様をッ!」

 

 更に苛烈に攻め続ける。

 全身全霊をかけて、こいつだけは滅さなければならない!

 

『なんだ、今のマイヤの拳はその程度か』

 

 鳩尾を打ち付けたはずの拳も、これまでの攻撃も全てバケイザリには効いていなかった。

 あまりの防御力の高さに驚き隙が生まれ、バケイザリの大きな鋏が俺の顔面を打った。

 意識を持っていかれかけたが、ギリギリのところで踏みとどまり続くだろう攻撃に備えようとするが右足首に何かが絡み付いた。

 

「なっ!?」

 

 右足首の次は一気に両手首と左足首にべたべたとした触手が巻き付いて拘束されてしまった。

 

『バケギンチャク! 貴様も蘇ったか!』

『ふふふ。久しいなバケイザリ。なにやら可愛い男子を相手にしているな』

 

 新たな化神が現れる。

 バケギンチャク。

 イソギンチャクに手足が生えたかのような見た目で気色悪い。

 

『む、む! この匂いは!?』

『どうしたバケギンチャク』

『この匂いは妾が10年前に狙った男子の匂い! 食おうとしたらそれはそれは惨い殺され方をしたのだ。マイヤによって。そうか、あの男子がマイヤとなったのか良いぞ良いぞ』

 

 こ、こいつもお母様にやられた……。

 ていうかさらっと気持ち悪いことを言ったな!

 

『バケイザリよ。この男子は妾がいただくぞ』

『ふむ。まあいいだろう。今のマイヤは弱いからな。戦ってもつまらん。好きにしろ』

 

「誰が弱いだと! ぐっ……」

 

『駄目じゃマイヤ。そなたは妾のものじゃ』

 

 触手が縮み、バケギンチャクのもとへ一気に引き寄せられると触手蠢くバケギンチャクの頭上へと載せられる。

 触手が全身に絡み付いて、蠢いて。

 とにかく、気持ち悪い……!

 なんとかここから脱しようと踠くが指先から少しずつ痺れてきて、体が、動かな……。

 

『毒が効いてきたな。妾の毒は体を痺れさせるのと……妾のことが好きになってしまうという効能があるのじゃ。触手で弄ばれるのが堪らない快楽となる。さて、その邪魔な面を剥ぎ取ってしまおうか。気持ち良くなるには邪魔じゃろう』

 

「やめ……」 

 

 変身が解け、怨面が触手に弾き飛ばされる。

 粘液が全身を濡らし、毒が少しずつ流し込まれていき、意識が朦朧としてきて……。

 

 

 

 

 

 

 薫のおばあさんについてこいと言われて歩くこと20分ほど。

 結構傾斜のある坂道を昇って歩き、私は息が上がっていた。

 しかし、薫のおばあさんはまったく歩くペースが落ちていない。

 すごいおばあさんだ。

 

「……!」

 

 なんて関心していたら今度はなんと走り出したではないか。

 スーパーおばあさん過ぎる。

 

「あの、待ってくださいよ~!」

 

 私も頑張っておばあさんを追いかける。

 若いのに情けないと思われたくないから。

 そして走っていった先にはなんと化神が2体いて、マイヤのお面がイソギンチャクみたいな奴から弾かれて……。

 

「え……薫……?」

 

 まさか、そんな……。

 薫が、負け……。

 

「……」

 

 弾き飛ばされた怨面を、薫のおばあさんが掴み取った。

 

『なんだ老婆。食われに来たか?』

 

 赤い茹でられたエビのような化神が歩み寄ってくる。

 どうしよう、薫が負けてしまった現状化神への対抗手段なんて……。

 

「安心しろ。お前は守る。薫も助ける」

「へ……?」

 

 思わず、そんな声が出た。

 だって、おばあさんの声が途中から若い女の人の声になって……。

 そこに、おばあさんはいなかった。

 若い、私より少し年上ぐらいのスタイル抜群の薫に似たお姉さんが、おばあさんがいた場所に立っていた。

 めちゃくちゃ綺麗な黒髪を靡かせて、そのお姉さんはマイヤのお面を被り……。

 

「オン・ビシャテン・テン・モウカ────。舞うぞ、マイヤ。変身」

 

 お姉さんは、変身した。

 薫と同じマイヤ、であるが。

 身体の隆起がすごい。

 いわゆる、ボンキュッボン。

 他の御伽装士を知らないのであれなのだけど、マイヤは身体のラインが特に出ているのではないかと思う。

 妖艶という言葉の意味を今、私は知った。

 

「あ、あの……お姉さんは一体……」

「なにを言っている。薫の祖母だが」

 

 平然とお姉さんはそう言うと化神に向かって駆け出していった。

 え、え?

 おばあさんがお姉さんになっ……え?

 もう、いろんなことが起こりすぎて私の脳はショートしようとしていた。

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