仮面ライダービャクア外伝 仮面ライダーマイヤ 作:大ちゃんネオ
変若蓬莱の術。
夜舞家が生み出した秘術である。
御伽装士マイヤとなれるのは夜舞家の長子のみであり、仮に当代のマイヤが現役中に亡くなり、次代のマイヤとなる子がまだ幼いなどの場合は先代マイヤが次代のマイヤの育成と化神討伐の任に就く。
そのような状況になった場合、現役を退いていた先代マイヤの力を取り戻す必要があるとして生み出されたのが変若蓬莱の術。
自然、森羅万象の力を体内に満たし術者を最盛期の頃の姿に戻すのだ。
余所者の御伽装士にこの地を守護する任は任せられぬという夜舞家の執念が編み出した門外不出の秘術……。
しかし、センはこの術を友人にあっさり教えてしまったという過去があるのだがそれはまた別の話。
「さて、この術を使うのは久方ぶりであるが……」
特に問題はない。
むしろ、早く化神を討たんと身体が猛っている。
5年ほどのブランクがあるセンであるが、闘志は変わらず。
「下がっていろ。……来い、厄除の槍」
咲希を下がらせ、厄除の槍を呼び寄せる。
虚より現れる紅き聖槍、厄除の槍。
夜舞神社の祭殿より転移してきたのだ。
元々、マイヤはこの槍を用いて戦う御伽装士。
夜舞神楽を習得することで槍を扱うことが許されるようになる。
「まずは、薫を助ける」
槍の穂先をバケギンチャクへと向けてそう宣言すると腰を深く落として攻めの体勢を取った。
「スゥ……ッ!!!」
一呼吸の後、マイヤの姿が消えるとほぼ同時にバケギンチャクに無数の穴が穿たれる。
バケギンチャクは末期の叫びを上げる間もなく消滅し、バケギンチャクに捕らわれていた薫はマイヤの腕に抱かれた。
『なかなかやる……』
バケギンチャクが一瞬で倒され、バケイザリは撤退を決意。土煙を起こして姿を消したバケイザリを追跡しようとするマイヤであったが薫のこともあり自身が追跡することはやめる。
その代わりに槍で地面をなぞるとそこから無数の蝶達が生まれ、バケイザリを探すべく飛び立っていった。
「薫ッ!」
「触るでない。化神の毒だ、常人が触れてはいかん」
駆け寄ってきた咲希を制し、薫に触れさせないようにする。
薫にはバケギンチャクの粘液が全身に付着しており、常人ならば毒が完全に回ってしまっているような状態。
だが薫は御伽装士マイヤとなるべく身体を女にしていく薬の他にも様々な薬を投薬されている。その中には毒への耐性を身に付けるためのものも多く含まれており、他の御伽装士に比べると毒への耐性が強いため身体が麻痺するだけで済んでいる。
「薫……」
マイヤは自身の腕の中で荒い呼吸をする薫を見て、咲希にも聞こえないほどの声量で呟くと地面を蹴り空高く舞い上がっていった。
「はっや……」
あまりの速さにぼうっとそんなことを言う咲希であったがすぐに思考を切り替えて走り出す。
二人が行く先は夜舞家の屋敷しかないだろうからと。
マイヤ、センは薫を連れてまずは屋敷の裏山にある滝に来ていた。
蒼の滝と呼ばれるこの滝の水を飲むと病がたちまち治るという言い伝えがある。
水面に薫をゆっくりと浸けていく。
浸かると同時にマイヤの変身を解除し、若返ったセンの姿が現れる。
センの顔は無表情のように見えるが、薫の呼吸が落ち着いてきたのを見るとホッとした表情を見せた。
「よかった……」
誰にも聞かれぬ安堵の声は清水と共に流れていく。
薫の頬を撫でるセンの指。
硝子細工に触るように、優しく。
そうして毒を洗い流し終えると薫を抱え上げ、屋敷へと向かったのだった。
和室に寝かされた薫。
薫の敗北は屋敷に暗い影を落として、使用人さん達の動きは慌ただしい。
真姫さんも逃げた化神の探索を命じられたので主人である薫の側にはいない。
「……ん……」
「薫!」
「さ、き……私……」
か細い声だった。
今にも消えてしまうんじゃないかって不安になるぐらい。
とにかく薫が目覚めたので通りがかりの使用人さんにそのことを伝える。
すると薫のかかりつけ医という優男がやって来て、私は一旦閉め出される。
行くあてもないので、薫の部屋の前で待つ。
しばらく。一時間ぐらい待ったかも。
薫の部屋から出てきたお医者さんは私を見るなりオーバーに驚いた。
「ずっと廊下にいたのかい?」
「まあ、はい。あの、薫の具合は……」
「いいとは、嘘でも言えない。バケガラスとの戦いでの傷も開いてしまっているんだ。もともと最近、身体の調子も悪かったしね……。最悪の場合、御伽装士をやめることも視野に入れないといけない」
「そんな……」
お医者さんはそれじゃあと言って去っていく。
薫が、御伽装士でなくなったら……。
薫は御伽装士になることを義務付けられて育てられてきた。
厳しく、辛く。
私の想像が及ばないほどに。
薫が本当に、戦えなくなってしまったら……。
……。
頬を叩く。
口角を上げる、目尻を上げる。
よし。
胸につかえるものは押し込んで、指に力をこめて襖を開ける。
「かーおるっ!」
「咲希……」
顔をこちらに向ける薫は、やはり今にも消えてしまいそうだった。
そんな雰囲気を消し飛ばしてしまいたくて、必死に笑顔を作り、口を動かしていく。
「もうあんまり無理したら駄目だよ?」
「……不覚を、取りました」
「次は勝とう! うん! 一回も負けたことのない人なんていないんだからさ!」
「……私の戦いに、敗北は許されないのです……」
震える声で、薫は泣いていた。
薫……。
「務めを果たせぬ私など……生きている意味なんて……」
「そんな、自分を責めちゃ駄目だよ……」
何か、薫を励まそうとしても言葉が浮かばない。
今の薫に自分が出来ることは……。
行き場を失くした視線で部屋を見渡した。
そういえば、薫の部屋に入るのは初めてだった。
和な部屋でよく整頓されている部屋。大きな本棚には……これは意外。漫画で埋め尽くされていた。
少女漫画が多いが、少年漫画もある。
タイトルを見ると、最近の作品から昔の作品まで揃っている。
「薫、漫画好きなんだ」
「は、はい……」
「知らなかったな~」
薫の頬をつつきながら言うと、薫は照れて顔を赤くした。別に恥ずかしがるようなことではないでしょうに。
「……お母様が、好きだったのです……」
「へぇ、薫のお母さんオタクさんだったんだ」
「そのようです……。知ったのは、数年前のことですが……」
倉に遺されていたお母さんの形見である漫画達を見つけて試しにパラパラと読んでいたらいつの間にか自分もハマったのだという。
血は争えないというやつか。
「お母様は……漫画を読むことで、外の世界へ想いを馳せたのでしょう……」
「外の世界?」
静かに、薫は頷いた。
「私達、マイヤはこの地を守るという使命があります。そのためにこの地を離れ、他の何者かになるということは夢のまた夢……。あり得ないこと、なのです……。なので、お母様は……いえ、私も……空想に夢を見るのでしょう……」
空想に夢を見る。
使命に生きる薫は、それ以外の生き方を出来ない。
だからこそ、先程の医者の言葉が胸に刺さる。
御伽装士をやめることになったら薫は自由を手に入れることになるのだろうか。
いや、きっとそうではない。
自由ではなく、道を失ってしまうのだ。
「薫は、なにかやりたいこととかないの?」
「やりたい、こと……?」
「うん。御伽装士はさ、やるべきことじゃん。だから、それ以外にやりたいこと。旅行行きたいとか、あれ食べたいとか」
薫は御伽装士である。
これは変えられないし、逃れられないものだろう。
本当は、薫に御伽装士をやめて普通の人生を歩んでもらいたい。
その願いと同時に私は……我が儘だけど、薫には御伽装士マイヤであってもらいたい。
私の、私達のヒーローに。
あの夜、私を助けてくれた薫は私にとって最高のヒーローで、これからも誰かを助け続ける存在。
だから、私は薫を支えたい。
薫の願いを、叶えてあげたい。
私に出来る精一杯を、薫に捧げたい。
「……やりたいこととは、違いますが……」
「うん。なぁに?」
「咲希……。貴女と、共に生きていたい……」
その言葉に息を飲んだ。
普通に聞けば、プロポーズ。
けれど、薫のこの言葉の本当の意味は……。
「分かるのです……。自分の肉体が、壊れていっているのが……」
「薫……!」
「咲希……。私は、俺は……。咲希のことを、愛してる……。だから、少しでも長く咲希と一緒に……」
「薫! 私も薫のこと大好きだよ! だからそんなこと言わないで! 薫は、薫は大丈夫だよ! 身体も治るし、キツい時は私がなんとかするから! だから……!」
薫は、優しく私を見つめていた。
優しい目の奥には、諦めがあった。
自分はもう、死ぬのだと。
嫌だ、嫌だ、嫌だ。
そんなの嫌だ。
薫が死ぬなんて、そんなの……!
薫の部屋を飛び出ていた。
わけも分からぬままに走り出していた。
行くあてもなく、走る意味もなく。
ただ、現実から目を背けたかったのだ。
「咲希……」
部屋から出ていってしまった咲希を追いかけようと身体を起こしたが、全身に痛みが走る。
この身体はもう自分の言うことを聞かない。
聞いてくれない。
このまま、朽ちていくだけ。
その事実が、堪らなく恐ろしい。
「咲希……!」
零れ堕ちる涙が止まらない。
死にたくない、死にたくない、死にたくない。
こんな、なにも成せぬままに死にたくない。
使命を全う出来ぬままに死ぬことも嫌だ。
何よりも……咲希と、大切な人と生きていくことが出来ないのが嫌だ。
このまま、孤独に死に絶えていくのが……怖い……。
『死ぬのが、怖い?』
知らない女の人の声がした。
「誰……」
『生きたい?』
「え……?」
『このままでは、みんな死ぬわ。この町の人達みんな』
「なにを、言って……」
『ここであなたが死んで、みんな死ぬのと、あとしばらく生きて戦って、みんなを守って死ぬの、どちらがいい?』
そんな、そんな二択……。
結局、死ぬのであればせめて御伽装士として……。
「……夜舞薫は戦って、舞って、死んでいきましょう……」
『いいでしょう。ついてきて』
蝶が、導く。
ぼうとしたまま、起き上がり、歩きだす。
現か、夢か、その狭間か。
今、夢が再生される────。
ぐちゃ、ぐちゃ、ぐちゃり。
ばき、がき、ぼきり。
異臭を放ち、異音を垂れ流し。
闇の中でそれは食事をしていた。
口元をべったりと赤く濡らすそれは、狸の異形。
バケダヌキ。
無心に餌を食らうバケダヌキを、炎が照らした。
森の闇にひとつ、ふたつ、みっつと明かりが増えていきバケダヌキを囲む。
『んあ? なんだぁ? 餌が自分から来たかぁ?』
「見つけたぞ、化神! 薫様!」
松明を持った忍装束の少女、五十鈴真姫が主の名を叫ぶ。
そして、夜の闇の中から赤い双眸を煌めかせて現れる着物の人物。
紫の布地に蝶が舞う着物は夜舞家の正装、戦闘装束。
夜舞家当主、夜舞薫が化神と相対した。
「薫様、ご無理はなさらず」
「ありがとう、真姫。ですが、心配いりません。初陣、勝利で飾ってみせます」
『てめぇ……。何者だ!』
「夜舞家当主、夜舞薫。またの名を御伽装士マイヤ。あなた方、化神を滅す夜の蝶でございます……」
ゆったりとお辞儀をして、これから倒す相手に挨拶すると怨面を手にして夜舞薫は変身する。
「オン・ビシャテン・テン・モウカ……。舞え、マイヤ……変身」
顕現するは、戦士というにはあまりにも美し過ぎる存在。
全身に散りばむ光は夜空に浮かぶ星々のよう。
宵にあってこそ輝く、夜の蝶。
それが御伽装士マイヤ。
『小娘御伽装士になんざやられるかよッ!』
バケダヌキは大地を蹴り、マイヤに飛びかかる。
鋭い爪をもってマイヤを裂こうと迫るが、当たらない。
紙一重で、当たらない。
バケダヌキの攻撃はどれも、マイヤには全て見切られていた。
『ちょこまかしやがって!』
「ふっ……」
バケダヌキが渾身の力をこめて繰り出した右の拳。
その上に、マイヤが立っていた。
軽々と舞うように跳んで、そのまま重さを感じさせずにバケダヌキの拳の上に着地。
驚くバケダヌキの顔面を鋭い爪先で蹴り跳ばし、吹き飛ぶバケダヌキを追撃。
舞い飛び、蹴りの連続。
攻守逆転。
このままマイヤは戦いを終わらせるべく技を繰り出そうとする。
「退魔覆滅技法……」
『このやろう! 調子に乗りやがって!』
だが、バケダヌキがマイヤの細腕を掴む。
両腕共に掴まれ、持ち上げられ、さながら十字架にかけられたかのよう。
『食い応えなさそうな身体してるから簡単に引き裂けそうだぜ!』
「薫様ッ!」
真姫がクナイを構え、マイヤに加勢しようとする。
だが、それを真姫の父が制止した。
「待て、真姫」
「なぜ止めるのです! 薫様が!」
「真姫、自分の主を信じろ」
父の言葉を飲み込めず、動き出したい気持ちで溢れる真姫。
何故、誰も助けに入らないのかと周囲の大人達を睨み付ける。戦っているのは子供で、自分のひとつ下。弟のような存在。
子供を戦わせておいて、大人達は助けない。
そんな現実を、真姫は睨み付けていた。
『そぉら! 真っ二つぅ!!!』
バケダヌキが勢いよくマイヤを引きちぎる。
飛び散る鮮血。
その光景に真姫は声を失う。
バケダヌキは勝利に笑う。だが、目の前に飛ぶは血ではなく無数の蝶。
『なんだ……?』
バケダヌキの視界を蝶達が覆い、衝撃の後に視界が開ける。
蝶達が一斉に舞い上がる。
バケダヌキの胸を、マイヤの脚が穿っていた。
「千蝶一蹴」
『ぐあああああああ!?!?!!!!』
爆ぜるバケダヌキ。
マイヤは化神を屠った右足を静かに下ろし、爆炎の中で佇む。
「タヌキのわりに、化かしあいは苦手なようで……」
ポツリと呟いて、変身を解除する。
これが、夜舞薫の初陣。
中学校の入学式からほんの数日後のことであった。
「なぜ……このようなものを……」
虚に問う薫。
森の中を彷徨い歩き、一本の大樹の下で……薫は、大きな蛹となった。
一人、神社の境内で瞑想をしていた。
薫が倒れ、かつて倒された化神が蘇っているという事態となれば自分が戦うしかない。
化神が蘇っているのは、バケゲンブの封印が解けかかっていて、バケゲンブの力が流れ出てしまっているのだろう。
五十鈴家を総動員させ、化神を探索させているが恐らく化神の最大の狙いはここ。
夜舞神社。
バケゲンブ封印の根幹。
ここを壊してしまえばバケゲンブは復活する。
もしそうなればこの町だけの問題ではおさまらない。
少なくとも、東北中の化神達は勢いづくであろう。
なんとしても、ここで食い止めねば……。
「先々代!」
平装士の一人が慌てて境内に上がってくる。
「なんだ、騒がしい」
「総本山より連絡が! 猿羅の怨面が何者かに強奪されたと!」
「なに!?」
「至急、追跡にあたるようにと指令が……」
「……。バケゲンブ復活の兆しありと伝えておけ。それで伝わる」
「わ、分かりました!」
なんと、間が悪い。
謀っていたのか、それとも偶然かは分からぬがとにかく間が悪い。
他の御伽装士が奪還してくれることを願うしかない。
平装士が出ていったのを見計らい、声をかけてやる。
「闇討ちならきかんよ」
『ほう、隙を見せてはくれないどころか気付くとは。やるな、ご老体』
境内の柱に寄り掛かっていた化神バケイザリがその姿を現した。
ちょうど、平装士が出ていったあとにここへ来たようだが……。
「じゃじゃ……。化神に労られるほど落ちぶれちゃいないよ。それに……これなら、老体とは言えまい」
変若蓬莱の術で若返る。
身体も軽く、より言うことを聞いてくれる。
だが、そう長くは保てない。
早期決着、さっさと倒してやる。
「まずは、ここから出ていってもらおうか!」
一瞬でバケイザリへと接近、それと同時に厄除の槍を呼び寄せる。
『ぬおッ!?』
化神へ一突き。
だが、これは右腕の大きな鋏で防がれる。
「ほう。やはり、そこらの化神よりはやるようだ」
『当然だ! なんせ俺はかつて御伽装士を殺した! あれはお前の娘か婆さん!!!』
槍をはね除け、鋭い針のような左腕を突き刺してくるのを槍で受けながら変身。
ああ、そうだこいつは楓の……!
「ああ、お前は私の娘の仇だよ。だからか……どの化神よりもお前を殺してやりたいッ!!!」
バケイザリを蹴り飛ばし、戦場を境内から外へ。
跳躍し、槍の穂先をバケイザリへと叩きつける。
『ぐおおお……! 強いな、婆さん! 俺への殺意も最高だぁ!!!』
「はあぁぁぁッ!!!」
槍と、奴の鋏と針がぶつかり合う。
風圧で砂埃がたち、周囲に何者も近付けさせぬほどの衝撃。
均衡が崩れる。
鋏を蹴り飛ばし、がら空きとなった胴を蹴り飛ばす。
『があッ!?』
高く飛び上がり、槍を構える。
渾身の一撃。
「退魔覆滅技法 翔槍蝶閃」
槍の投擲。
紅い軌跡を残し、一直線にバケイザリへと突き刺さる。
『おのれぇぇぇぇぇ!!!!!!!』
爆発。
戦いは終わり、槍も手元へと戻ってくる。
だが……。
『ふんッ!』
振り下ろされた剣を槍で受け止める。
黒い靄の中から現れるは……。
「バケカブト、か……」
『いかにも。勝負だ、御伽装士』
カブトムシの角のような剣が振るわれる。
こいつは、薫が倒した化神。
バケイザリ共と同じクチか。
剣を避け、飛び退いて槍の間合へ。
「化神と勝負はしない! 私は化神を討つだけだ!」
剣を持つ右手を払い得物を奪い、槍を支柱に跳び上がり顔面を蹴り飛ばす。
しかし、この感触は……。
「硬い……」
『なかなか、いい蹴りであった』
起き上がったバケカブトは首を鳴らし、落ちた剣を拾い上げる。
こいつは時間がかかる……。
いや、時間などかけてはいられない。
「退魔覆滅技法 蝶絶怒涛」
槍で空を薙ぐと蝶達が現れバケカブトを覆い尽くす。
「爆ぜろ」
その一言で一匹の蝶が爆発。
そこから連鎖して蝶が次々爆発していく。
黒い爆煙に包まれたバケカブト。だが、バケカブトは黒い煙を割き、駆け抜ける。
なんてことのない上段からの斬。
回避も防御も、反撃すら容易い。
だが、それは現役時代の話。
今の自身は夢幻のようなもので若返っているに過ぎない。
「ぐっ……」
剣を槍でなんとか受け止める。
だが、変身は維持出来ず生身を晒す。
長い、赤みがかった黒髪に白いものが混ざっていた。
術の限界時間が思ったよりも短くなっていた……。
「まだ、私は……ガッ!?」
背後からの衝撃。
自身を貫く針から、血が滴っていた。
『さっさと隠居してれば、こんなことにはならなかったんだぜ?』
背後から聞こえるバケイザリの声。
奴は、さっき私が……。
『母娘揃って罠に嵌まりやがって。俺はそこいらの化神と違って生き汚くてな。一回殺されたぐらいじゃ死なないんだ。ま、あんたの娘は死にかけながらも俺を殺したが、今のあんたにゃそんなこと出来ないだろ』
「ふざ、け……」
引き抜かれた針。
バケイザリが鋏で私を殴り、地に伏す。
立つことがままならない。
このままでは、このままでは……。
『バケゲンブ様、お目覚めを』
境内に侵入したバケイザリが御神体の入る木箱を鋏で砕く。
その様子を見ていることしか出来ず、意識は遠退いて……。
「……申し訳ありませぬご先祖様……楓……薫……すまない……」
空は黒い雲が覆い、雷鳴が響き、雨が降りだす。地は鳴り、海は轟く。
大自然が、それの復活に絶望しているかのよう。
『ァァァァァ……』
黒い靄が町のあちこちから集まる。
靄が形を成していき骨となり、肉となり、生まれる。
くすんだ銀色の巨躯に巻き付く黒い蛇。
無数の棘が禍々しい甲羅を持ち、肩から突出した二門の砲。
『ああ……永き眠りであった……』
『バケゲンブ様!』
『貴様達か、我を目覚めさせたのは』
『はっ! 貴方様の力により現世へと舞い戻り、その恩に報わせていただきました』
『かつて、忌々しくも貴方様を封印した御伽装士マイヤの子孫も始末しました。覇道の露払いは済んでおります』
バケイザリとバケカブトはバケゲンブの前に跪き、応える。
マイヤの子孫を始末したという言葉に、傍らに倒れる老婆に目を向ける。
まだ、かろうじて生きてはいるが……どのみち、死ぬだろう。
『今度こそ、今度こそ我が世を作る。我が治める世だ。────往くぞ』
『『はっ!』』
バケゲンブが石段を降りていく。
その後にバケイザリとバケカブトが続き、次々と黒い靄が集まり続いていく。
それは、百鬼夜行と呼ぶには統率が取れ過ぎていた。
さながら軍隊。
全員、バケゲンブの背に続いていく。
まだ全盛期には程遠いがバケゲンブの軍が作られていく。
堅獄鬼将バケゲンブ。
化神共を背に、いま蘇った────。
降りしきる雨の中、立ち止まる。
もう、どうしたらいいのか分からず。
薫を助けたい。
けど、私にはそんな力はない。
どうして、どうして私には……。
『ははぁ! 人間の娘だ!』
飛び掛かってきたのは猿のような化神。
驚いて腰を抜かしたのが幸運で結果的に化神を避けることに。
ただ、こんなもの幸運でもなんでもない。
私は化神に敵いっこない。
だから一回避けた程度で助かるはずがない。
そして、更に私を不幸が襲う。
『あの時の娘かぁ……!』
「あ、あの時の……!?」
もう一体の化神が現れる。
それも私が初めて襲われ、薫に初めて助けてもらった時のカマキリの化神。
「どういうこと……蘇ったの!?」
『ああ、バケゲンブ様のおかげでなぁ! これからこの町の人間共はバケゲンブ様復活を祝う宴のためのご馳走になるのさ!』
バケゲンブ復活……?
バケゲンブってたしか、薫のご先祖様が封印したっていう……。
けど、なんで!
「そんな……薫のおばあちゃんがいるのに……」
『マイヤなら始末したそうだ。誰にも邪魔されず、今宵は宴じゃ!』
『ああ、若い娘の肉は美味。バケゲンブ様に献上するのだ!』
「ひっ……!?」
迫る二体の化神。
ああ、私、死んじゃうんだ。
ごめん、薫……。
私も、薫と一緒に生きたかったよ……。
いつまでも、死は訪れない。
それとも、気付いてないだけで死んだのか。
それでも……。
まだ生きてる可能性に賭けて、目を開く。
すると、そこには……。
「え……」
『あが……あ……』
猿のような化神が、全身に黒い刃を生やしていた。
『また……またお前かぁぁぁ!?』
猿のような化神が爆発すると、私は黒い翼に包まれる。
細くも力強い腕に抱かれ、気が付くと空に浮いていた。
こいつは、こいつは……!
「
バケガラスは空いている右手で濡れた前髪をかき上げ、化神に向かって言い放つ。
『やめてくれないかなぁ。君達のきったない手でこの娘に触れようとするのは』