仮面ライダービャクア外伝 仮面ライダーマイヤ   作:大ちゃんネオ

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第六夜 月

 雨に打たれ、水が滴る輪郭は間違いなく色男であることを示していた。醜悪なものが多い化神において、それはあまりにも異質な姿。そもそも人の姿を真似るということが一線を画する。

 

『バケガラス、貴様裏切るつもりか!?』

 

 宙に浮かぶバケガラスに向かい、バケトウロウは糾弾する。だが、バケガラスはどこ吹く風といった様子でいる。

 

『裏切る? そもそも僕はお前達と仲間だったことなんてないんだ。だから、裏切るってのは間違いだ。最初から敵とも思ってはいないが……お前達は醜い、この娘とこの地は美しい。それだけだ』

『意味の分からないことを!』

 

 バケトウロウは跳躍し、両腕の鎌でバケガラスと咲希を切り裂こうと迫る。攻撃されそうになっても、バケガラスは涼しい顔でいた。

 

「バケガラス……!」

 

『ああ、一瞬だけ待っていて』

 

 そう言うと、バケガラスは咲希を上空へと投げ飛ばす。

 

「へ? ちょっっっとぉぉぉ!?!?」

 

 一定の高度まで達すると、咲希は普通の人間なので当然、落下していく。

 豪雨と雷鳴に混ざる少女の悲鳴をBGMに、バケガラスは化神の姿へと戻る。

 暗い世界に、バケガラスの黄金の瞳が輝く。

 黒い刃を二刀構え、漆黒の翼を広げて迫るバケトウロウに向かい加速。

 通りすぎ様にバケトウロウを切り裂き、方向転換。

 

「おーちーるー!!!!!」

 

 絶賛、落下中の咲希を空中でキャッチして着陸。

 人の姿へと変身し、自身の腕の中にいる咲希に悪戯な笑みを浮かべる。

 

『どうだった? 迫力あっただろう?』

 

「こんの……ふざけんなッ!」

 

 バケガラスを一発殴らないと気が済まないと咲希の平手が飛ぶ。

 だが、それは容易く回避されてしまう。

 

『言っただろう? 僕と君は気が合っている。気が合っている君の考えはお見通し』

 

「なら、降ろして。今すぐ」

 

『それは嫌だね。どうやら、今はあいつ動けないようだし。今のうちにってね』

 

 余裕綽々といった様子のバケガラスであったが、咲希の睨み付ける視線に仕方ないと降ろしてあげることに。

 雨に打たれながらというのもあれだからとバケガラスお気に入りのバス停に入り、雨宿り。

 

「気が合ってて考えが分かるなら、分かるよね」

 

『ああ、説明するとも。と、言ってもさっきの奴等の言った通りさ。僕も、バケゲンブの力で蘇った』

 

 その言葉に、その単語に息を飲む。

 バケゲンブ。

 こんなことになった元凶。

 薫の、夜舞家の因縁の敵。

 

『バケゲンブはかつて、東北の地を治めていた化神の大将だ。堅獄鬼将バケゲンブなんて謂われている』

 

「そんな奴を、薫のご先祖様は封印した……」

 

『ああ。そして、その封印を守り続けてきた。ま、その守るべき封印は解かれてしまったわけだが』

 

「ボーケーガーラースー?」

 

『なんだよ、君が怒ることじゃないだろう』

 

 それは、そうだけど。だけど、カチンときたのでとりあえず怒る。

 ただ、それよりも……。

 

「バケガラスはさ、味方で、いいの?」

 

 化神は醜いと、切り捨てることも厭わないバケガラスの行動原理はバケガラスなりの美学である。

 美しいか、醜いか。

 美しいものは自分のものとして、醜いものには容赦などなく命を奪う。

 自分が助かっているのはバケガラス的に自分は美しい部類に入るから、らしい。

 

『……ま、美しい君の味方だよ』

 

「なら……!」

 

 立ち上がり、雨に打たれながらバケガラスと正面から向き合う。

 自分の言葉をぶつけるために。

 

「私の願いを聞いて。あいつら、この町の人達を襲うって言ってた。薫は動けないし、薫のおばあちゃんも心配……。だからお願い! みんなを、守って……」

 

 バケガラスはしばらく無言でいた。

 長い足を組み、こめかみに指を当てながら雨に打たれる自分をじっと見つめている。

 

『……化神なんかに、願うなんて。対価になにを持っていかれるか分からないよ』

 

「……分かった。なにが欲しいの」

 

『もちろん、君だ。僕のものになれ』

 

 悪戯な感じは一切ない、真面目な言葉。

 解答を間違えてしまえば、殺されてしまいそうな緊張が走る。

 ただ、それでもその願いは……。

 薫……。

 

「ごめん、それは出来ない。私は、薫と一緒に生きるって決めたから」

 

『……』

 

 私も、まっすぐバケガラスを見つめ返してそう答えた。

 これは、譲れない。

 

『その返答は……』

 

「なに?」

 

『いや、分かった。僕の出来る範囲でやるよ。というか、やってる。この町の人間は全員、僕の世界に入門させた。これで化神も襲えまい』

 

 ……まさか、もうそんなことをしていたなんて。

 では、この問答はなんだったのか。

 

『大体、美しいこの地を荒らそうって時点で僕の敵だ。美しいものは守るさ』

 

「……ありがとう、バケガラス」

 

『どういたしまして……』

 

 ひとまず、ここにいるのもあれなのでとりあえず……やっぱり、薫の家が一番安心なのかな。

 真姫さんもいるだろうし、うん。薫の家へ行こう。

 

「バケガラス」

 

『ああ、分かってるよ』

 

 重い腰を上げるかのように立ち上がったバケガラスを先導するように歩き出す。

 雨はすごいけど、立ち止まってはいられない。

 

「バケガラス早く!」

 

『ついていっているよ』

 

 どこか嫌々なバケガラスではあるがしっかりついてきているのでまあ大丈夫だろう。

 今は、とにかく急ごう!

 

 

 

 

 

「ごめん、それは出来ない。私は、薫と一緒に生きるって決めたから」

 

 さっきの返答が頭の中で反芻させられる。

 ああ、くそったれ。

 夜舞薫が恨めしい、羨ましい。

 

『その返答は……美しすぎる……』

 

 満点以上、期待以上の返答過ぎて、いけない。

 美しすぎて、僕なんかが汚していいものではない。

 夜舞薫、こんな娘と共に生きていけるなんて前世でどんな徳を積んだんだくそったれ。

 もしも、彼女を汚すようなことをしたら本気で呪ってやるからな。

 ああ、けどそんなことしたら彼女が悲しむ……。

 ああ、やってられない。 

 本当にやってられない。

 ただ、まあ……少なくとも、僕の美学は貫いてみせるさ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 薫の家はほんの少しの間に避難所として機能していた。

 広い家で、空いている部屋も多いので避難所として充分機能するだろう。

 お手伝いさん達が忙しなく走り回り、近所で見たような顔もちらほらと。

 なんとか避難出来て良かったと談笑する声があちこちから聞こえてくる。

 

「加藤!」

 

 私の名字を呼ぶ声は真姫さんのもの。

 玄関で立ち尽くす私達のもとへ駆け寄り、私が無事だったことを安堵してくれた。

 

「大体のことはバケガラスから聞いたよ。バケゲンブが蘇ったって」

「ああ、そうだ……。まて、加藤。今、なんて言った?」

 

 隣で、バケガラスが「あ~あ、言っちゃったよ」と溢したのが聞こえた。

 あ。そう、ここは薫の家。つまりは御伽装士の家。

 そんな場所に化神を連れて入ってきてしまったとなれば、そりゃこうなる。

 

「なぜ化神なんかといる!」

「あ、ま、待って真姫さん! これは、その……」

 

『僕もバケゲンブの力で蘇った。だからってバケゲンブに従うつもりはないよ。いまは、この娘のお願いを聞いてやってるところなんだ。別にお前達にはなにもしないよ』

 

 そうして、バケガラスは家の中に上がり込む。

 真姫さんが止める声も気にせず。

 私も慌ててバケガラスを追いかけて屋敷に上がる。

 

「ちょっとちょっと! なにしてるのさ!」

 

『なにって、夜舞薫の顔を拝むのさ。弱ってるんだろ? 笑ってやろうと思ってさ』

 

 こいつ、薫には当たりが強いというか突っかかりに行っているというかなんというか。

 美しいもの云々言ってるくせに薫に対する行動は美しくない。

 

「……薫様ならいない」

 

 絞り出したような声で、真姫さんが言った。

 その言葉の意味がいまいちよく分からなかった。

 

『は? 動けないんじゃなかったのか?』

 

「ああ……。だけどさっき、薫様の部屋に行ったら薫様はいなくなっていた。屋敷中探したけどどこにもいない!」

「そん、な……。あんな身体で動いたら! ……私、薫を探してくる!」

 

 踵を返し、走り出す。

 避難してきた人達の流れに逆らって、また嵐の中へ。

 もう既に全身びしょ濡れだから雨なんて気にしない。

 

 

 

「待て! 加藤!」

 

 駆け出そうとした真姫の前にバケガラスが立ち塞がる。

 バケガラスは真姫の顔を覗き込むようにして、話し始めた。

 

『他の御伽装士に応援はもう頼んであるか?』

 

「いや……。近隣の御伽装士達は強奪された怨面を取り戻す任務にあたっているとのことだ……」

 

『は? なんだそれ』

 

「私に聞くな! とにかく、今は加藤を!」

 

『邪気の流れが滅茶苦茶だから気付くのが遅れたが、ひとつ妙な気配がある。それが恐らく夜舞薫だ』

 

「なに……?」

 

『君は仕事があるんだろう? あの娘のことは任せろ。約束は果たす。約束を破るのは美しい行いではないからな』

 

 真剣な眼差しに真姫は気圧されつつも嘘はついていないと判断し、咲希のことをバケガラスに任せる。

 本当は主である薫のことが心配でそちらに向かいたい真姫ではあるが、もしこの状況下に薫がいたらなんと自分に指示を飛ばすだろうかと考え、自身に課せられた任務をひたむきにこなすのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 合流したバケガラスが翼を傘代わりにしてくれた。

 バケガラスのいう妙な気配を辿り、山道を歩いていると夜舞神社に行き着いた。

 そこで倒れている人を見つけ駆け寄ると、倒れていたのは薫のおばあちゃんで、出血もしている。

 

「おばあちゃん! おばあちゃんしっかり!」

 

 雨音に負けぬように声を張って呼び掛けるも意識は戻らない。

 どうしよう、応急処置なんて出来ないし……。

 頑張ってお屋敷まで運んで……。

 

『大した奴だ。急所は外している』

 

「そんなこと言ってる場合!? 運ぶから手伝って!」

「……必要ない」

 

 か細い声で、意識を取り戻した薫のおばあちゃんが必要ないなんてことを言う。

 

「……どうせ、長くない命だ。それに、化神に助けられるなんて、私は嫌だよ……」

「今はそれどころじゃないでしょ! おばあちゃんは薫の唯一血の繋がった家族なんだから! 生きなきゃ駄目!」

「薫……」

 

 おばあちゃんは握りしめていた右手を私の手に重ね、何かを手渡してきた。

 これは……。

 

「マイヤの怨面……これを、薫に……。それと、薫に……すまない、と……」

「おばあちゃん!」

 

 おばあちゃんの意識がなくなる。

 早く運んであげないと……!

 

『……はいはい。僕が運んでいきますよ』

 

 私の考えを読んだバケガラスがおばあちゃんを抱き上げ、渋々といった感じで言う。

 分かっているならよし。

 

『婆さんとはいえ御伽装士。そこらの人間よりは頑丈だから大丈夫だろ。……気配は真っ直ぐこの先だ。それに、多分そいつの方がより正確に案内してくれるだろ。ま、早めに戻るよ』

 

「うん。お願いね」

 

 飛び立つバケガラスを見送り、歩き出す。

 薫がいつも身に付けていたネックレス。

 マイヤの怨面は仄かに熱を帯びていた。

 おばあちゃんがずっと握りしめていたからだろうか?

 いや、この熱は薫の場所を伝えてくれる。

 バケガラスの言った通りに歩き始めると、怨面の熱が上がった気がする。これは、近付いているということだろう。

 そして……。

 

「これ、は……」

 

 大きな木にくっついている、蛹のようなもの。

 マイヤの怨面は火傷しそうなほどに熱を発している。

 ということは、やっぱり……。

 蛹に手を当てると、蛹の中のものが脈を打つ。

 これは、生きている。

 マイヤの怨面も私の手から離れ、蛹の中へと沈んでいく。

 

「薫……? 薫なの? ねえ! 薫、薫!」

 

 蛹の中へ呼び掛ける。

 返事はない。  

 けれど、脈は打ち続けている。

 どうしてこんなことになったのかは分からない。だけど、薫の名前を呼び続けなきゃいけない気がしてひたすらに呼びかけ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 バケゲンブの砲撃により作られた更地が化神軍の陣となっていた。

 その陣はいま、化神達の困惑で騒々しくなっていた。

 

『おい! 人間はいたか!』

『いねぇ! どこにもいねぇよ!』

 

 配下達が騒がしい。

 人がいない、もぬけの殻だと言う。

 忌まわしい御伽装士共の力か?

 いや、この気配は……。

 

『ふむ……』

『どうされました総大将』

『邪気に紛れて、術をかけた者がいる。化神の術だ』

『まさか、裏切り者が』

『至急、始末しろ』

『はっ!』

 

 バケカブトが何体かの化神を引き連れ探索にあたる。

 これほどの術を扱う者に興味はあるが敵対する者は殺す。

 また、この術の読み取らねばいかん。

 この術をどうこう出来る者が配下の中にいないのであれば、我がやるしかなかろう。

 無数の邪気を掻き分け、鼠を炙り出してやろう……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 長い、長い、戦いを見続けていた。

 自分の、夜舞薫の戦いの記憶を。

 黒い空間の中で一人、私は漂っていた。

 

 あなたは、よく戦い続けた。

 あなたはこの四年間で百体は化神を葬ってきた。

 あなたはよくやった。

 厳しい修行を乗り越え、一人前と認められ、マイヤとして戦った。

 

 優しい声色。

 突如、それは転調し首を強い力で絞められる。

 

 だがその代償に肉体はまるで硝子細工のように美しく、脆く、儚い。

 男の身体を女性のように仕上げ、男の心と女の心を同居させている。

 それで、なんの支障も来さないわけがない。

 あなたは壊れかけている。

 

 あなたをそうしたのはあなたではない。  

 祖母である。

 夜舞家である。

 

 こやつらはお前を完成させると言って、その実、お前を壊していたのだ。

 お前の身体を、お前の心を、お前の人生を。

 

「ちがう……」

 

 違わない。

 お前は憎いはずだ。

 祖母が、家が、御伽装士が、化神が、世界の全てが。

 

 思い出せ、母が死んでから父までお前は奪われたのだ。

 誰もお前を助けなかった。

 真姫という小娘も、お前に寄り添うふりをしているだけでなにもしてはくれなかった。

 

「ちがう……」

 

 お前は、朽ちていく。

 それがお前の定め。

 そう定められてしまったのだ。

 哀れな者よ。

 お前は男でも、女でもない。

 お前は何者でもない。

 お前は異形だ。

 お前は身体と心を改造されて、人ならざるものとなったのだ。

 お前は化神とも違う、『夜舞薫』という名の異形へと作り替えられたのだ。

 

「ちがう……。私は、俺は……人だ……」

 

 そのような歪な形でなにが人だ。

 お前は、哀れな異形。

 人を守るためにと人柱として選ばれ、人という在り方を剥奪されたもの。

 

「ちが……」

 

 お前には権利がある。

 お前には、世界を壊す権利がある。

 憎しみの刃を振るう権利だ。

 憎き者共に噛みつく権利だ。

 

「誰も、憎んでなんか……」

 

 いいや、憎んでいる。

 お前は憎しみに溢れている。

 お前は全てを憎んでいる。

 憎まなければ、おかしい。

 

 ……真実を教えてやろう。

 

「真実……?」

 

 男のマイヤは早死にする。

 マイヤの呪い。

 その呪いを回避するために、男のマイヤは女として育てられ女として振る舞う。

 お前の血族は何百年もそうしてきた。

 より女に近付くための研究も重ねてきた。

 その果てにお前がいる。

 

 そして、真実とは……。

 マイヤの呪いなど、存在しない。

 

「え……?」

 

 全て、偶然。

 偶然だったのだ。

 たまたま、男のマイヤが早死にすることが三回ほど続いてしまった。

 それを、お前の先祖は私の呪いと言って私に呪いを押し付けた。

 そうだろうなぁ、偶然が続けばそう思いたくもなるよなぁ?

 

「あなたに、押し付けた……。マイヤ……では、あなたは……」

 

 呪いという在り方を押し付けられた私の羽は穢れ、そして呪いは真実となろうとしている。

 お前を殺すことで、マイヤの呪いは生まれる。

 

「そんな……」

 

 さあ、呪いを完成させよう。

 夜舞薫の命をもって。

 この呪いが、お前達血族を根絶させる。

 

「がっ……あ、あぁぁぁぁ!!!」

 

 全身に広がる、蝶の紋様。

 変身の時とは比べ物にならないほどの痛みが襲う。

 これが、マイヤの呪い……?

 

 戦いの中で死ぬことを選んだな。

 そんなこともさせない。

 ここで夜舞薫は私によって呪い殺される。

 恨むなら、夜舞の血を恨め。

 

「だめ……! ここでは、死ね……ぐぁぁぁぁ!!!!」

 

 死ね、死ね、死ね、死ね、死ね。

 私の羽を穢した罪を償え。

 全てを憎み死んでいけ!

 

 いや……いや……。

 そんな……戦いの中で死ぬことも、出来ないなんて……。

 意識が闇へと堕ちていく。

 あぁ……私/俺とは、一体、なんだったのだろうか……。

 

 

 

 

 

『薫!』

 

 今の、声は……。

 

「咲希……」

 

『薫……。どうしちゃったの……。町がいま、大変なんだよ……。薫のおばあちゃんも化神にやられちゃって……もう、薫しかいないんだよ……』

 

 薫しか、いない……。

 

『ええ、そうよ……。いま、この地を救えるのはあなたしかいない』

 

「誰……?」

 

 この場で初めて響いた第三者の声。

 声の主に問いかけたが、この声には聞き覚えがある……。

 

『薫』

 

「あ……あ……お母、様……」

 

『薫。あなたは、夜舞薫。私の跡を継いで戦ってくれた立派な子。ごめんね、いっぱい辛い思いをさせちゃったね……』

 

 目には見えない。

 けれど、お母様の両腕が私を包んでくれたことが伝わる。

 

『私が死んじゃったから、おばあちゃんは薫を強く育てなきゃって焦っちゃったの。本当は、薫のことが大事で、大好きなのにね……。覚えてる? 三人で朝日を見に行ったこと……』

 

 三人で、朝日を……。

 

「あ……」

 

 あれは、私がまだ本当に幼い時のこと。

 まだ暗い時間に散歩だと起こされ、おばあ様とお母様と三人で山の上から昇る朝日を見に行った。

 

「薫にはまだ早いんじゃない? おばあちゃん」

「そうだねぇ……。早かったかもしれないけど、大事なことだよ。今は意味が分からなくてもね、きっと薫が大きくなったら、意味が分かるようになるよ」

 

 二人の会話を、お母様に抱かれながらぼんやりと聞いている幼い日の自分がいる。

 

「ほら、薫。太陽が昇るよ。いいかい薫。私達夜舞家、マイヤはね、夜に舞うんだ。人を襲う化神と戦うためにね。そして、人々が安心して朝を迎えられるようにする。だからね、この平和な朝こそ私達が守るものなんだよ。……楓もだよ」

「分かってるって、母さん」

 

 朝日に照らされるおばあ様とお母様が、とても眩しかった。

 そこにあるのは誇り。

 遥かな古から続く使命を受け継ぎ、人々を守り続けてきた者達。

 

「────ああ、忘れて、いました」

 

 どうして忘れてしまったのだろう。

 私は、夜舞薫はこの二人に憧れたというのに。

 夜舞薫も二人のように、歴代のマイヤ達のように人々を守りたいと思ったのに。

 

『薫! 薫!』

 

「咲希……」

 

『薫。大切な人なんでしょう? 守ってあげなきゃ。戦いの中で死ぬなんて駄目。薫がこっちに来るなんて早すぎるからね』

 

「分かりました……! 私/俺は、生きる! 生きて、守り抜きます!」

 

『いい顔してる。それじゃあね、薫。お母さんは、いつも薫のことを見守ってるからね……』

 

 お母様……。

 

 

 気が付くと、身体を襲う痛みは消えていた。

 黒い世界も白い世界へと変わり、そこには一人の少女がいた。

 白く、透き通るような、感情など持ち合わせないといった顔の少女が。

 美しい、蝶の羽を持つ少女が。

 

「あなたは、マイヤ?」

 

『そう。おめでとう、それとありがとう薫。あなたは羽化することが出来た』

 

「羽化……?」

 

『ずっと、ずっと待ちわびていた。私の呪いに打ち勝つ者を。あなたは呪いに打ち勝った。私の羽を取り戻してくれた』

 

 羽を羽ばたかせるマイヤはほんの少しだけ嬉しそうな表情を浮かべていた。

 

「あなたに呪いを押し付けてしまったこと、夜舞家歴代マイヤを代表して謝罪いたします……。私達に力を与えてくれていたというのに……」

 

『いいの、もう。薫が解き放ってくれたから。だから、薫も行かなきゃ。バケゲンブの封印が解かれてしまった。今度こそ、今度こそバケゲンブを討って。夜舞家の悲願であり、私の願いでもある。薫には、それが出来る。だから私の力の全てをあなたに。さあ、目覚めて────』

 

 光に包まれる。

 いざ、いざ……戦いの空へ飛び立とう。

 大切な人も、すべても守るために……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『見つけたぞ』

 

 バケゲンブが空に手を翳すと空が割れ、ヒビが広がっていく。

 そして、砕けるバケガラスの世界。

 

『なにッ!?』

 

 空を飛び、咲希のもとへ急いでいたバケガラスは自分の世界が砕かれたことに驚き、飛行を止めてしまった。

 それが、仇となる。

 高速で飛来する二つの高熱球体。

 バケゲンブの肩の砲から放たれた砲弾がバケガラスへと迫る。

 

『チッ!?』

 

 なんとか回避するバケガラスであった。

 だが、砲弾の余波だけでバケガラスの翼に火の手が回る。

 

『余波だけでこれだけの威力……!』

 

 一時的に飛べなくなったバケガラスは咲希を見つけると力を振り絞り咲希のもとへと降り立つ。

 

「バケガラス!? どうしたの!?」

 

『僕の世界が破られた。屋敷に戻るぞ、あそこは結界があるからまだ少しは持ちこたえられる』

 

「そんな、でも薫が!」

 

『見つけたぞ、裏切り者』

 

『チッ!』

 

 バケゲンブより裏切り者の探索を命じられていたバケカブト達が現れる。

 バケカブトはともかく、他の化神達は雑魚なので普段は楽勝であるがとバケガラスは考える。

 先程の負傷により万全とは言えない状態で多勢に無勢。

 咲希を連れて逃げることも難しい。

 万事休すかとバケガラスに諦めの文字が付きまとう。

 けれど、咲希は諦めない。

 

「薫! 薫!」

 

『そこのうるさい女から始末しろ』

 

 バケカブトに命じられ、トンボ型の化神バケヤンマが迫る。

 バケガラスも追い付けぬほどの高速で飛行し、一瞬で咲希へと近付いたバケヤンマはしならせた尾の先のトゲで咲希を貫こうとする。

 

『咲希────!』

 

 咲希は死を覚悟した。

 だが、ただ死ぬのではない。

 この蛹、薫を守って死のうと。

 だが、そんなこと……。

 

「この俺がさせるかよ」

 

 突如、蛹が光を放ちバケヤンマを焼き尽くした。

 バケヤンマだけではない。

 間一髪、回避することが出来たのと硬い鎧のような皮膚で覆われていたバケカブト以外の敵対する化神は全て、焼き尽くされてしまったのだ。

 

『なにッ!?』

 

 光は柱となり天を貫く。

 すると、空が泣き止んだ。

 

 空は悲しむのをやめた。

 月が地を覗き込む。

 そして、それが生まれるのを見届けた。

 

『……遅いんだよ』

 

「────薫ッ!」

 

 光の中から現れるは、夜舞薫。

 紫の地に蝶が舞う着物を身に纏い、蝶を侍らせていた。

 

『御伽装士……!』

 

「バケカブト……。よくも、俺の大切なものに手を出してくれたな。夜舞薫の名にかけて、お前を討つ」

 

 マイヤの怨面を手にし、変身の構えを取る薫。その時、怨面からの声を聞いた。

 新たなる変身。

 その力を、使うのだと。

 

「分かりました、マイヤ……」

 

「オン・ビシャテン・テン・モウカ────マイヤ・ボウゲツ。超/蝶変身(ちょうへんしん)!」

 

 全身を巡る蝶の紋様。

 そして、変わる姿は……。

 

 それは、これまでのマイヤとは一線を画す姿であった。

 全身、銀色の岩のような装甲に覆われた姿。

 頭部は蝶を模したものではなく、三日月のような、あるいは蛹のような形状。

 さながら、月のよう。

 

『姿が変わったところでッ!』

 

 バケカブトが剣を手に駆ける。

 対し、マイヤ・ボウゲツは一歩も動かない。

 振り下ろされる剣。

 マイヤ・ボウゲツの左肩を直撃した剣は、激しい火花を放ちながらその刃を落とした。

 

『なにッ!?』

 

「はあぁぁぁッ!!!」

 

 折れた剣に呆気取られるバケカブト。

 その隙を、マイヤ・ボウゲツの拳が穿つ。

 強烈な拳による一撃は、バケカブトを一撃のもとに粉砕する。

 爆発。

 残るは突きの姿勢を崩さぬマイヤ・ボウゲツ。

 超怪力と超硬度の戦士。

 それこそが、マイヤ・ボウゲツ────。

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