だから許してほしい
競走馬ストレイトクーガーを語るには、まずその母であるメグロクーガーの父、クーガーエルネスを語る必要がある。
時は1994年。クーガーエルネスはアフリカのケニア共和国で産まれた黒鹿毛の牡馬であり、強靭かつバネのような四肢と伸びとキレのある瞬発力に長けた走りを武器にンゴング競馬場で重賞を2つ取った競走馬であった。
しかし6回目のレースに出走した際に他馬の転倒に巻き込まれ故障し、競走馬として走る事が不可能となってしまった。元より発展途上国であるケニアで、いくら裕福な馬主と言えど走れなくなった競走馬を養うのは難しい。G1を取った事があれば繁殖馬として生きて行く事もできるだろうが、クーガーエルネスはG1に出走したことすらない。エルネスの命運もこれまでかと思われた矢先、日本から旅行を兼ねた視察に来ていたとある富豪の目に止まることとなる。
無類の競馬好きが高じて競走馬の生産牧場を作ろうとしていた彼はエルネスの走りを見ており、そして故障したことで処分が検討されてることを知るとエルネスの馬主に連絡をとり、エルネスを繁殖馬として購入したいと申し出たのだ。馬主もここまで育てたエルネスを引き取ってくれるのであるならと快く了承し、クーガーエルネスは日本にやってくる事となった。
1995年、日本の兵庫県に新設された牧場に輸送され、半年の慣らしの後に本格的な繁殖に入った。交配された牝馬の中にはシンボリルドルフの子であるオースミシャインも入っており、オースミシャインとの間に産まれた黒鹿毛の牝馬こそメグロクーガーであった。
競走馬メグロクーガー。98世代の末席に名を連ねた。牝馬にしては大柄な馬体をしており、父譲りの強靭な四肢と伸びとキレのある瞬発力、母の血統譲りのコーナリングの上手さと賢さを併せ持った彼女は逃げよりの先行馬。マイル中距離をメインに出走することとなる。
最終成績11戦5勝
勝ち鞍
G1 天皇賞(秋)1998年
G2 オールカマー1998年
G2 大阪杯 1999年
G2 目黒記念 1999年
G3 函館記念 1999年
女性騎手である浅木薫を乗せレースに出走。G1こそ天皇賞(秋)だけではあるが、敗北した時でも常に入賞しつづけた安定性と牡馬に並ぶほどの馬体から戦艦の二つ名がつけられた。
次世代につなげる為の牝馬として望まれた為、そこまで多くのレースに出走することはなかった。1999年の冬に引退し繁殖牝馬となる。
ちなみにサンデーサイレンス産駒が軒を連ねる中、全くの無名と言えるクーガーエルネス産駒がここまでの成績を残した事でクーガーエルネスへの種付け依頼が徐々に増えて行くこととなる。代表的な姉弟馬としてはアマゾネスクーガー(母馬ヒシアマゾン)、メジロピューマ(母馬メジロドーベル)などが有名。
2002年、メグロクーガーから一頭の栗毛の牡馬が産まれた。その馬こそストレイトクーガー。ディープインパクトと壮絶な戦いを繰り広げる事となる馬である。
名前の元ネタは某アニメであると思われがちではあるが、馬主となった富豪の息子は某アニメを知らず、単に速そうだからという理由でストレイトクーガーと名付けた。
なお余談ではあるが、ウマ娘化に際しどうしても某アニメのキャラクターに近い姿にしたいとストレイトクーガーのデザインを担当したイラストレーターが熱望し、某アニメの制作会社や監督やキャラクターデザインを担当した人などにイラストレーター自らが頭を下げに行って許可を得たと言う伝説がある。
父はライデンホース、父の父はメジロデュレンであった。メジロ系列とシンボリ系列の血統は浪漫が過ぎると笑われた。しかし枯れた血とも称されるシンボリルドルフとメジロデュレンの血統は、エルネスクーガーの血が交わることで復活を果たした。
最終成績15戦9勝
勝ち鞍
G1 朝日杯FS 2004年
G1 東京優駿 2005年
G1 凱旋門賞 2006年
G1 有馬記念 2006年
G2 弥生賞 2005年
G2 神戸新聞杯 2005年
G3 小倉2歳S 2004年
ディープインパクトと張り合うように出走し、常にハナ差で勝負が決まったこともあってディープインパクトと共に、2004年から2006年ごろまでの第3次競馬ブームの立役者となる。
しなやかかつ強靭でバネのような四肢とコーナリングの上手さと賢さを持つ母の血統と、長距離を走り切る脅威的な心肺機能と気の強さを持つ父の血統。それらを完全に受け継いだストレイトクーガーは、囲まれる事を嫌う性質と父の血統譲りの負けん気の強さも相まって、常に前へ前へ行こうとする気質を持っていた。特に並ばれるとより前に行こうとするので、トウカイテイオーのような乗り心地の良さとは裏腹に非常に制御が難しい競走馬となっていた。
それゆえレース展開は常に大逃げとなり、ディープインパクトの苦手とするレースを強いていた。ハナ差での決着も、どちらのスタミナが持つかの勝負であるからと言われた。またストレイトクーガーはレースの距離を把握して走っていたとも言われており、実際距離に応じてスタミナの消費をこまめに調節していた節がある。
ゲートを怖がるそぶりは最初からなく、スッとゲートに入って開く瞬間まで身動きせずに待っていた。そして開いた瞬間、拳銃が発砲されたように飛び出していくことから弾丸の異名を持つこととなる。
この弾丸スタートこそストレイトクーガーの本領とも言われ、どの位置からスタートしても必ずハナを取っていた。出遅れはゲート訓練を兼ねた訓練の時の一回だけだった。
ストレイトクーガーが活躍すると共に、競馬ファンからはサンデーサイレンスの血統が幅を利かせる現代の競馬においてクーガーエルネスの血統は古くから日本に受け継がれた競走馬の反抗の証と見られるようになっていった。実際、のちに古くから続く日本産競走馬の血統を多く受け継いだ馬が多く産まれており、クーガーエルネス産駒からはクロスクーガー(母馬ダンツシリウス)やメジロピューマ、ストレイトクーガーの兄弟としてボウシクーガー(父馬オグリキャップ)、ワンワンクーガー(父馬イナリワン)が活躍した。
なおサンデーサイレンスの血統も取り入れようとしたが、この時期では不受胎が驚異の9割を記録。産まれてきた数少ない馬も全てが競走馬として適さなかったり、早く走ることができなかった。この事から競馬ファンからはサンデーサイレンスの血統を拒む呪いがかかっていると噂された。
後にストレイトクーガーの子とディープインパクトの子が無事に交配に成功し、現在育成されている。
マックイーンの血を入れたかったけど流石にルドルフの父の血が近すぎて無理だった…
でも修正した後の方が気質の面で説得力出たからこれはこれでヨシ!(現場猫缶