TSヤモリ娘のいる日常   作:潮見ヤシ

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時間的には原作2巻、第7話後の話


ホームステイ

 他種族間交流法。

 これまで政府に秘匿されてきた他種族の存在を明るみに出し、人間と交流を図ろうという。

 

 これほど現実が奇天烈だったと実感したことはこれまであっただろうか。

 漫画やゲームでいうところの亜人や魔物が実在した、しかもきちんと文明を築いていた。

 町で角や羽や尻尾の生えた「他種族」を頻繁に見かけることになっても、他種族はどこか特別な存在だと思っていた。実際、日本みたいなところに入国できる他種族は様々な審査を潜り抜けたエリートには違いない。

 他種族のことが明るみになり日常的に街中で見ることになっても、ホストファミリーでもない以上雲の上の出来事だと勝手に思っていた。

 

 そんな俺に起こった青天の霹靂、それは間違いなくバイロンの言葉を如実に表していた。

 

「……よろしくお願いします」

 

 他種族を受け入れることのできる「ホストファミリー」の下に、「他種族」として住み込むことになった。

 他種族の、女の子として。

 現状行き場のない身としては、頭を下げるしかないのである。でなければ、見ず知らずの「本国」とやらに送還されるか、アンダーワールドでひっそりと暮らしていく他ない。

 

「え~っと、よろしくお願いします?」

「不思議そうな顔してどうしたの、だぁりんクン?」

 

 向かい合う形で首を傾げる来留主公人(くるすきみひと)という世帯主。横のスーツ姿の女性と俺の顔を何度も何度も視線を彷徨わせていた。というか、「だぁりんクン」とはどんなあだ名だ。

 

「……墨須(すみす)さんが、こうして事前連絡とか込み込みで来るなんて凄い珍しいなって」

「まさか、三人が正式な紹介じゃないとでも?」

「パピとセレアは紹介すらなかったじゃないですか!!」

 

 普通ならば一つの家庭で一人の紹介とかではないのだろうか。であるにも関わらず三人、正式な紹介ではない。しかも生傷だらけで首にコルセットを付けたボロボロの男が。

 

「あの、了承したのは俺ですけど、今から断るというのは……」

「ノーよ。大丈夫、だぁりんクンは良い人だから」

 

 横の墨須さんに耳打ちするも秒で却下される。

 そのだぁりんクンとやらが良い人なら、ヤバいと称するべきは墨須さんか、残る三人の他種族になるのだが。

 

「ああそれで、元々予定していた訳でもあるんだけど、この子の部屋も用意しなくちゃいけないし近いうちに改装工事をするわね」

「ですよね……こっちは初耳だし」

「ご迷惑をお掛けします」

 

 二言三言話した後、墨須さんは引き上げていき、キャリーバッグ一つと俺一匹だけが残される。

 

「……」

「……」

 

 相手からすれば外国人どころか他種族の女の子で、見た目も大きく違う。

 やや人間離れした容姿をしたリザード族のヤモリ種、おまけにモノトーンカラーときた。爬虫類の用語ならアネリスリスティックというべきだろうか。

 体は子供のように細く小さいにも関わらず、手足や尻尾は鱗に覆われて太い。手足には、現実のヤモリみたいな壁に貼り付ける器官もある。

 

「あ、拭くものいるよね。ちょっと待ってて!」

 

 どうしようか。次の一声に悩んでいると何か気づいた顔をしてどこかに駆けていった来留主さん。

 その拍子に玄関から続く廊下の向こう、人ではない特徴を持つ三つの頭が出てきた。ケルベロスに類する他種族の人だろうか。

 

「本当に来たじゃん、四人目ぇ……!」

「いやしかし訳アリという風だったぞ。そこまで邪険にせずとも」

「私と背おんなじくらいかなー」

 

 真ん中の赤髪の子、上の金髪の子、下の青髪の子。順番が違えば信号機のような髪色の三人はぼそぼそと喋っていた。当然こちらを見ているから、こちらの話だろう。

 こっちを見ているうちに頭を下げておく。同じ屋根の下で暮らすことになる以上、最低限の礼儀は必要だ。

 

 うっすらと聞こえた限りだと、この家にホームステイするいわゆる「留学生」の子たちもこの状態に違和感を覚えているらしい。

 やはりヤバいのは世帯主でも留学生の子たちでもなく、あの墨須だったか。

 胡散臭くはあるが他種族の子に対して非情ではないし、他種族の子を率いた部隊を任されているし、俺の保護を買って出てくれたし、俺がこうなった重要参考人兼不法入国者の他種族の子も確保してくれたし、悪い人ではない筈なんだ。

 俺がここに来ることになったのも「新しい案件入っててだいぶ忙しいのよね、面倒臭いからうまい具合にねじ込んでみるわ」と行き場を失った俺に対し都合のいい世帯主を探して……あれ?

 

 墨須さんの所業の是非に頭を抱えていると、来留主さんがタオルを持って戻ってきた。

 

「ごめんね! 足、気づかなくて。はい」

 

 土足、というより玄関の三和土にべたりと張り付いたむき出しの足にやっと自分も理解が及ぶ。

 何てことだ、あと少しで汚れた足裏で玄関を上がるところだった。

 慌てて伸ばされた手からタオルを受け取ろうとこちらも手を伸ばすが、何故か手と手が触れ合う。人の手を軽く握ったところでタオルが召喚されるわけでもなく、「うお柔らか」と来留主さんの声が漏れるのみ。

 

「……あれ、タオルは?」

「じゃなくて、足拭くよ。その手じゃ難しいでしょ?」

「確かに……い、いやいや! 家の主が客の足を拭くなよ!」

 

 何だこの優男。思わず足を預けそうになるくらいナチュラルな理屈だったぞ。

 体躯が子供のようなのに成人男性の一回りも二回りも大きい今の手は、物を落とさないように掴むことには適しているが物をうまく扱うことが出来ない。慣れていないというものもあるが。

 

「あの、こう床に敷いたら擦り付ける感じで出来るから!」

 

 掴んだ手を引っ張りタオルをひったくり、大股に足を開き床に敷いたタオルの上でグニグニと足裏の土を払う。

 

「あーセレアの足拭くの手伝ってたから、つい癖で。ゴメン」

 

 来留主さんの後ろに目をやると、三つの頭のうち金髪の子の顔が茹で上がっていた。あの人がセレアさんと言うわけか。

 

「……いえ、これからよろしくお願いします」

「よろしくね。あとそんなに畏まらなくても良いよ」

 

 

 

 他種族は確認できるだけでも変身ができたり、姿が定まっていなかったり、実体がなかったりするような特殊体質を有している種族が存在している。

 これまで確認されていなかった種族もまた、今回の法案がきっかけで発見されるようになった。

 そんな中でも、人間の世界に興味を持った者は入国審査を受け、晴れて人の国に入国できるわけだが、当然不法に国内に侵入しようとする者も現れる。

 ほぼほぼそういった存在は対処されるが、優れた身体能力や特殊体質、特殊能力を有した他種族ならば、厳重なセキュリティをも突破できるのかもしれない。あるいは人間側が手引するようなことがあれば。

 

 そのセキュリティを突破してきた不法入国者であり、これまで確認されたことのない種族。そんな女の子が俺の前に、どこからともなく隕石のように落ちてきた。

 その他種族の子は開口一番「死んだ目をしてる」と貶し、何らかの奇跡を以って俺を成人男性から、見た目幼女のモノクロヤモリ娘へと変化させた。もはや凶星である。

 

「へえ、見分を広めるため、なるほどぉ?」

 

 当然、交流法が出てまだ三年しか経っていないのに、そんな重大事件を世間に明かすことは出来ず。カバーストーリーとして、リザード族のヤモリ娘代表の一人として入国したことになっている。

 一通り、過不足ないカバーストーリーを語り終えるとテーブルを囲んだ四人のうち一人がそう呟いた。

 

 この下半身が蛇、ラミア族のミーアと名乗った赤髪の女子は、滅茶苦茶に俺のことを疑っている。

 同じ爬虫類系だからなのか、女のカンという奴なのか、それとも蛇に備わっているというピット器官は人が嘘をついた時の体温の変化まで感知できるのか、俺を見る目は好印象とは言えない。

 今も、来留主さんを守るようにか縋るようにか腕を絡ませて、シャーと威嚇している。蛇ならジャーだろうか。

 

「そんなこと言って! どうせ墨須さんに結婚制度のこと入れ知恵されたんでしょ!!」

「は?」

「だぁりんは絶対に渡さないから!!」

「はあ」

 

 さっぱり分らんが、恋は盲目という奴だろうか。「だぁりんクン」の初出はここのようだ。

 

「いや待て。まだ誰のものでもないだろう、アレは主殿(あるじどの)が誰か一人を選ぶと言う話だった筈だ」

「とか言っちゃって〜、玄関で毎回イチャイチャしてたんでしょ〜?」

「バッ!! アレは、毎回家に上がる時全ての足を拭かねばならないケンタウロスの私に対する主殿の心遣いであるからして……ッ!!」

 

 セレア、もといセントレア。ケンタウロス族の金髪の女子で、先程赤面させていた……今現在もさせている子。下半身が馬の四つ足で俺のように、外でも裸足であることが多い他種族と言える。

 ミーアも下半身が蛇で、この家のあちこちが広いのもこの二人が主な要因だろう。

 

 対して、視線を下に下ろしてみれば。

 

「クーの手って柔らかいねー。枕みたーい! ご主人の腕枕も大好きだけどー、こっちも大好きー!」

「そう、か?」

「うん! こうしてると、何だかー、ねむーく……」

 

 パピと名乗った、俺のことをクーと呼ぶハーピー族の青髪の子。見た目の年齢は一番近い、かなり小さな子だ。そのぶん鳥のような足と、二の腕の途中から翼に変化している腕は非常に大きく見える。この辺も俺の手足と尻尾と同じような感じだ。

 懐かれたのか、気に入られたのか、膝の上に置いていた手を上にし、掌を枕にするように寝転がってきて、そしてそのまま寝た。

 どういうことだ。

 

「うちではずっとこんな感じだよ」

「苦労、してるんだな」

「楽しいけどね」

 

 来留主さんは笑っていたが、その絆創膏や首のコルセット辺りで苦労が隠しきれていない気がする。

 

 一番ヤバいのは留学生らだったかもしれない。

 

 何やかんやありテーブルがひっくり返り、来留主さんへ飛来したグラス等の処理を済ませた後、俺は空き部屋へと案内された。

 

「……凄い気まずい。場違い感が酷い」

 

 話を聞く限りでは、今この家の中では来留主さんの取り合いが行われている。

 他種族と人間の恋愛は禁止とまでは明言されていないが、性行為は合意でも法に触れる。というのが通例だった。

 ただ、そもそもが人間のような別種族の異性を招き入れないと繁殖ができないラミアのような種族がいる関係で、人間と他種族の結婚に意識が向き始めている。来留主さんはそのテストケースに選ばれたらしい。

 来留主さんはホームステイしている子の中から一人、奥さんを決める……そういう話だ。

 

 墨須さんよ、何故俺をこの家へ住まわせた。居心地が悪いって所ではない、戦争に巻き込まれた気分だ。

 

『……んー、楽だから? 何だかんだ言って、彼良い人だし受け入れてくれるかなーって』

「前半が全てなのでは」

『バレた?』

 

 畜生め。

 据え置き電話のような形状に改良された携帯電話で墨須さんに連絡してみるも、そんな態度。中身が男だから完全部外者としていけるだろうとか、そういう話なのか。

 あえてもう一つの可能性は聞かなかったが、そんなことよりももっと聞きたいこともある。かつかつと電話の側面を叩きながら、重たい口を動かした。

 例の、俺をこんな状態にした他種族の子だ。

 

『あーあの子ね、新種も新種。突然変異かなーアレは。種族として存在してれば世界がひっくり返っちゃう』

「というと」

『あの子の力は、異次元のルーレットね。あの子の力を受けたモルモット、置時計に変身したの。直径5センチの石は背丈1メートル以上のサボテンになった。実験は中止、貴方もあの力で戻れるとは思わないほうが良い。石像みたいなのになるかもしれないし』

 

 本人に変身する先は指定できてないようだし、と物凄く長い溜息をつく墨須さん。

 

『まあでも、ちょっと……かなーり抜けているところはあるけど、きちんと良心は備わっているのよあの子。貴方にもきちんと謝罪したいと言っていたわ』

「そう、ですか」

 

 いくつか確認事項を済ませ、静かに受話器を下す。

 戻れる可能性はほぼない。そう突き付けられた事実に辟易とする。事実は小説より奇なり、バイロンの言葉は確かにその通りだった。

 掌に顔を埋める。弾力のある毛の感触、そこにグニグニと沈んでいく。ヤモリが壁を上るときに利用するファンデルワールス力を生み出す毛が、今の俺の表情を完全に隠してしまう。

 

 家族や親戚はもう皆亡くなってしまって、天涯孤独だ。

 こうして荒唐無稽な現象に巻き込まれても、報告するような仲の友人もいつの間にか居なくなっていた。他を捨てるように生き急いでいた。「死んだ目をしている」と評した例の子は、あの一瞬で俺の本質を見抜いたのかもしれない。

 

 どうしよう。

 他種族間交流コーディネーターたる墨須さんの助けや保護もあり、生きることには苦しまずに済む。家もホームステイという形で用意してもらった。

 俺はこれからどうすれば良いのだろう。

 

 戸を叩く音がした。

 どうぞ、と言えば来留主さんが顔を覗かせた。

 

「布団と、毛布。床暖房は届いてるけど寒いと思ったら教えてね。ストーブくらいは用意できるから」

「ああ、ありがとう」

 

 布団と毛布を受け取り、適当に床に敷く。飛び散った中身をキャリーバッグにしまいつつ、来留主さんの方を向く。

 

「俺は結婚の話に興味はないから楽にしてくれよ」

「そうなの? はぁ、それなら僕も気が楽だよ」

 

 来留主さんはペタリと床に座り込んで、溜め息をつく。

 ハーレムみたいで羨ましい、と同じ男だった身として抱く感情はあるものの、生傷だらけであることとリビングでの惨状がこれまでかなりの苦労があったことを想起させた。

 

「ゲッコウ……さんは、訳ありで困ってたんだよね」

「うぐ、まあその通りです。はい」

 

 人として本名はあるが、この姿になって頂戴した「ゲッコウ」の名。

 何故かあの青髪の子だけは関係なくクー、黒いからクロでクーと呼び始めたが。

 

「大丈夫、悪い人じゃないってのは分かってるよ。墨須さんが相談してきたくらいだし」

「墨須さんが、え?」

「こっちの不手際だから強制送還するには……って」

 

 俺が話す分のカバーストーリーは提供されていたが、墨須さん含む他の人達がどう立ち回っているのかは全く知らされていなかった。俺は一体どういう状況なんだろうか。

 書類上はきちんと入国審査に通ったリザード種だった筈だが。それか俺が秘密を話しやすいように、墨須さんがお膳立てしてくれたということなのかも知れない。

 

「まあこれから一緒に暮らすんだし、よろしくね」

「よ、よろしく」

 

 何も知らないであろう人に自分が元男であると伝えるには、流石に俺の肝はそこまで据わっていなかった。

 伸ばされた手に軽く触れて握手を済ませる。これはいわば二度目だが、きちんとした握手というのならこれが初めてだ。

 

 手が離れたあと、若干恥ずかしくて手を口元へやってしまう。

 

「あの、それと俺も少し考えたんだけど」

「うん」

 

 何だかこれで解散という空気になってしまったが、ずっとモヤモヤとしていたことがあったのだ。具体的にはリビングで他三人との対話があった時くらいから。

 来留主公人。だぁりん、主殿、ご主人。そして来留主さん。

 

「……だ、旦那(だんな)って呼んで良いか?」

「はい?」

「や、ダメだったら良いんだ! 来留主さんって呼ぶのちょっと他人行儀過ぎるかなとか思ってて、他の皆と似たやつで、被らないのを考えたんだけど」

「別に構わないんだけど……何故に旦那?」

「この家の男の主を敬意を込めつつ、ガチガチにならない程度の呼び方」

 

 あまり納得していないような表情をしている。頭上にハテナも飛び交っているかもしれない。

 

「ま、まぁ好きに呼んでくれて良いよ」

 

 こうして俺は、来留主さんもとい旦那の家に居候することになった。




更新はかなりゆっくりになると思います

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