ウマ娘超光速戦記 -TACHYON Transmigration-   作:LN58

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監視報告  黄金期の後継者たちは暗黒期の再来を望む

 

URA幹部職員:樫本 理子がアメリカに長期出張に出た秋川理事長の代理となってトレセン学園に赴任して早くも春季が終わりを迎えようとしている。

 

私:黒川 あぶみは樫本代理が秋川理事長に託されたトレセン学園の運営を補佐するべくURAから派遣された理事長代理秘書であり、樫本代理が掲げる徹底管理主義に基づく『管理教育プログラム』施行のための露払いとして学園を掌握するのが主な任務であった。

 

しかし、意外にも理事長秘書:駿川 たづなが秋川理事長のアメリカ出張についていくことなく残留したことにより、理事長秘書:駿川 たづなと理事長代理秘書:黒川 あぶみが同時に学園に存在することになり、樫本 理子のやり方を押し通そうとする度に駿川 たづなが妨害してくる。

 

そのため、私はURAの方針に従おうとしない秋川 やよいが不在の居城を奪回してトレセン学園をURAの許に取り戻すための最大の障害である駿川 たづなの排除を企て、この機に乗じて理事長派の人間を一掃するための計画も始動させていた。

 

学校法人:トレセン学園はURAが運営母体である以上、URAの方針に従わずに驕り高ぶる組織の癌細胞は転移を重ねて末期症状を引き起こす前に切除するのが道理である。

 

なにより、“皇帝”シンボリルドルフと共に黄金期の6年間を勤め上げたのだ。その歳で天下のトレセン学園理事長として競走ウマ娘の人生の全盛期に匹敵する栄光の時代を過ごせたのだから『そろそろ後進に道を譲るべきだ』と言うのがURA理事会の総意である。

 

事実、シンボリルドルフ卒業後の新時代を迎えて新春を迎えたというのに秋の川のせせらぎがまだ聞こえ続けるのは自然の摂理に反することでしかない。

 

今回、樫本 理子が秋川 やよいからの直接の指名もあって理事長代理になれたわけだが、樫本 理子は黄金期を再現するためにまず暗黒期を再現するための体の良い捨て駒でしかない。

 

そう、樫本 理子もまた秋川 やよいほどではないが、その歳でURA幹部職員として理事長代理の座に就くことができているのも、彼女が優秀だったからではない。()() ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

――――――優秀である人間は年輩にはもっといる。つまりは()()()()()()である。

 

 

その若さ故に情熱の赴くままに突き進んでもらって、()()()()()()()()()()()をURA理事会の重鎮たちは望んでいるのである。()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

しかし、そのためには最初の段階で樫本 理子が爪弾きにされる程度ではいけない。最後の収拾をつけるに相応しい舞台で方々には登場してもらわなければ我々が永遠に望む黄金期の再現にはならないのだ。

 

だからこそ、樫本 理子にはもっと派手にやってもらわなければならない。トレセン学園を盛り上げてもらわなければならない。そうでなければ我々が困る。

 

大丈夫。ウマ娘ファーストはURA職員ならば共通の願いであり、その理想のための礎になることを喜ばないはずがない。そのために若くして幹部職員になるほどに頑張ってきたのだから。

 

 

――――――そういうわけで、()() ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それぐらいの心積もりで我々は後ろに控えている。

 

 

ただ、改元に伴って かつてエアグルーヴが敗北した『ジャパンカップ』優勝のアイルランドが生んだ世界的なスターウマ娘:ピルサドスキー、その妹君であるファインモーション殿下がトレセン学園に留学しに来たということで、予想以上に 今現在 世界各国からトレセン学園に注目が集まってしまっている。

 

樫本 理子の失敗の後始末は我々でつけるつもりではあるが、さすがに国際的な笑い者にされるつもりはないので、王女殿下の気まぐれに我々も辛抱強く付き合ってやる他ない。

 

そう、改元;シンボリルドルフ卒業後の日本ウマ娘レースの新時代が始まると共に日本の暦も変わるという節目を迎えることになった大きな要因に、かの有名な“学園一の嫌われ者”の存在があることを忘れようがない。

 

その新人トレーナーは去年に配属されて早々にクビが決まりかけていたことでURA幹部職員の間でも相当な笑いの種を提供してくれたのだが、実は皇宮警察官のエリートの息子ということはあまり注目されていなかった。

 

当然だ。皇宮警察官の息子なだけであって本人の職歴欄に皇宮警察官であることが書けるわけもないのだから、ピカピカのトレーナーバッジを身に着けた新人にちがいなどそうあるわけがない。

 

なのに、その新人トレーナーは学外でウマ娘に撥ねられて3ヶ月間の意識不明の重体になり、その見事なまでの天罰覿面の展開によって、トレセン学園では“学園一の嫌われ者”の身に起きたことを反面教師にして全体の意識向上が見られたというのだ。

 

この話が秋川理事長からの定期報告でURA理事会にまで上がってきた時、シンボリルドルフが卒業する年を迎えて来年からの新時代の舵取りを決めようとしていたURA理事会において『これは使えるんじゃないか』という声が出てきたのだ。

 

つまり、秋川理事長とシンボリルドルフが主導した6年間:黄金期の繁栄を永遠のものにできれば我々の将来も安泰なわけなのだが、シンボリルドルフ卒業後のトレセン学園の明確な方向性を打ち出せずにいたところに、非常に単純明快な答えが導き出されたのだ。

 

 

――――――そう、黄金期を永遠のものにしたいのならば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

それは移り変わっては繰り返される1年の四季と同じことであり、黄金期の始まりから終わりまでが繰り返されることが自然の常態となってしまえばいいのだ。

 

そこから1年を懸けて黄金期の再現のための計画が練られることになり、シンボリルドルフ卒業後のポスト秋川理事長体制への布石の数々を打つことになった。

 

しかし、その間に意識不明の重体から目覚めた新人トレーナーが『警視庁』のキャリア組から心底妬まれるほどの功績を積み重ねていたらしく、最低最悪の評価を下していたはずの秋川理事長やシンボリルドルフが態度を一変させるほどだったようである。

 

曰く『ウマ娘に撥ねられたことで改心した』らしいのだが、全て偶然か、その新人トレーナーが意識不明の重体から目覚めてからシーズン後半の『トゥインクル・シリーズ』では奇跡のようなレースが連続するようになり、私の中では妙にそのことが結び付けられていた。

 

実際、その新人トレーナーはとにかく毎月の話題をさらっていくような存在感の大きさを発揮し続けていたわけであり、今やトレセン学園で知らぬ者がいないほどの有名人なのは間違いない。

 

それどころか、新年度を迎えて竣工となった附属施設:エクリプス・フロントの目玉になった新クラブ:ESPRITの主宰として数々の便利グッズや新発明を提供することに勤しむという、明らかにトレーナーをやっているよりもそっちの道に専念していた方が確実に儲かるだろう稀代の発明家ぶりを発揮し、

 

秋川 やよいがアメリカに飛ばされる直前に復活宣言を行った『アオハル杯』への対応も事前に知っていたとしか思えないほどの素早い対応を見せており、公的には保管されていない歴代の『アオハル杯』の資料を集めて回ってエクリプス・フロントの歴史資料館に寄付するとも言っているのだ。

 

そして、多くの生徒やトレーナーたちが黄金期の生き証人であるからこそ 黄金期の再来のために暗黒期の再来を引き起こすために送り込まれた 樫本 理子のやり方に猛反発する中、

 

エクリプス・フロントに詰めている職員たちや業務員から例外なく慕われ エクリプス・フロントに通い詰める生徒たちの様子を見に足を運ぶ樫本代理をまるで屋敷の主人であるかのように新人トレーナーが出迎えてくれるのだ。

 

元々、妹の養育費を稼ぐためだけに最難関国家資格であるトレーナーバッジを難なく掴み取った英才だとは聞いてはいたため、本人としては“門外漢”としてトレセン学園の運営がどうなろうと無関心であるからこそ、まさにトレセン学園の敵となった樫本 理子に対しても公平な態度で付き合えるのだろう――――――。

 

 

しかし、それにしては何の実績のない新人トレーナーの青二才がしていい貫禄ではなく、暗黒期において若くしてG1トレーナーにもなった実績があるからこそ 今回の『アオハル杯』復活においても実質的な優勝宣言を出しているほどの樫本 理子でさえも恐縮してしまうのだ。私も初めて向き合った時に垣間見たその底知れなさが強烈に印象に残っている。

 

 

実際、致命的な体力不足のために少し歩いただけでも休憩をとることが必要不可欠だが 運動不足の解消のためにもエクリプス・フロントに足を運んで生徒たちの様子を見る義務がある樫本 理子のことを相当に気遣っている様子が見られ、

 

それ故に樫本 理子もトレセン学園の本校舎では決して見せることのない表情をまるでエクリプス・フロントの主みたいに振る舞う新人トレーナーの前には見せているのだ。

 

私もつい素の自分が顕になってしまうぐらいなのだから、魔性としか思えないほどに、私や樫本 理子の心の中にしまわれていたものをスルリと引き出してしまう。

 

なので、一応はシンボリルドルフが卒業する年に配属になった直後に三ヶ月の意識不明の重体で実質的にシーズン後半からしか黄金期におけるトレセン学園の1年を知らないせいか、大半のトレーナーや生徒たちが猛反発している樫本 理子に対して含むものがなく、エクリプス・フロントでは非常に居心地の良い時間を過ごすことができていた。

 

私も 黄金期の永続のためとは言え 理事長代理秘書という立場上 樫本 理子に対する誹謗中傷の的にされるわけなので、ホッと一息つける憩いの場が広大なトレーニング場をいくつも有するトレセン学園から歩いて数分の場所にあることに感激していたぐらいだ。

 

そのため、トレセン学園に味方などいるはずもない樫本 理子にとって敵でも味方でもない公正な協力者という独特な立ち位置をエクリプス・フロントに築き上げている新人トレーナーは非常に使い勝手のいい駒として利用させてもらうことにしている。

 

 


 

 

――――――トレセン学園/理事長室

 

樫本代理「黒川さん、チーム<ファースト>の様子はどうですか?」

 

黒川秘書「友野Tの見立では、今月の『アオハル杯』オリエンテーションでのチームランキング開示で堂々の1位を狙えるとのことです。経過は完璧です」

 

黒川秘書「1年前から『アオハル杯』プレシーズン戦:第0回戦に相当するオリエンテーションでチームランキングで1位を獲るための入念な調査と勧誘を重ねてきた甲斐がありましたね」

 

樫本代理「当然です。これはウマ娘レース、トレセン学園、そして 全てのウマ娘のために負けられない戦いです。手を抜くことはできません」

 

黒川秘書「しかし、好条件と称して『アオハル杯』の勝敗で『管理教育プログラム』施行の是非を問うという、我々にとって有利でしかない取引に何も考えずに大勢が乗ってくれたことに、少しばかり学園の将来が心配ですよ」

 

樫本代理「それはしかたがないことです、黒川さん。私たちがやろうとしていることはレースでの飽くなき勝利を課せられているウマ娘やトレーナーたちにとっては本来は関係のない話で、その使命を完遂できるようにトレーニング環境を新たに整備しようというのが今回の『管理教育プログラム』の意義なのです」

 

樫本代理「受け入れてもらうためには――――――、この業界で認められるためには、まずは何よりも実績;『管理教育プログラム』の有用性をこの『アオハル杯』の3年間でチーム<ファースト>の実績で証明するしかないのですから」

 

黒川秘書「無理はしないでくださいね、樫本代理。あなたはシンボリルドルフ卒業後の新時代の方向性を決める一番大事な時期を支えるべく大任を背負った身なのですから、あなたが『アオハル杯』の3年間を完遂することなく倒れるようなことになっては元も子もないですからね」

 

黒川秘書「昨日はぐっすりと眠れましたか? 代用コーヒーのストックは切らしていないですよね? トレーナー寮に仮眠室も用意してあるのですから、無理が祟りそうになったら私に後の事は任せてください」

 

 

黒川秘書「私は()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのですから」

 

 

樫本代理「すみません。本当に助かっています、黒川さん」

 

黒川秘書「お礼は役割を果たしてからにしてください。まだ何も始まってもいない;着任してまだ2ヶ月の6月の段階なんですから。先はまだまだ長いですよ」

 

黒川秘書「ほらほら、樫本代理のために全自動住宅のモデルルームをトレーナー寮の仮眠室に設置してくださったのですから、使えるものは何でも使って常に万全の状態にする! それが社会人としての礼儀! 勤め! 役割!」

 

黒川秘書「私の代わりはいても、()()()()()()()()()()()()()()のですから!」

 

樫本代理「……はい」

 

 

そう、あなたは理事長派を一掃した後に人々の憎しみを一身に背負って繰り返されていく黄金期の礎とならなくてはいけないのですから、まだ『アオハル杯』のチームランキングすら発表されていない段階で倒れてもらうわけにはいかない。

 

最初からそのために選ばれた新時代の栄光の礎なのだから、私は理事長派からトレセン学園を取り戻すための計画を遂行しながら、理事長代理秘書として樫本 理子の管理も疎かにすることはできない。

 

実際、トレセン学園理事長職の激務によって降りかかる多大なストレスをその奔放さによって発散していた秋川 やよいに代わって業務の代行をしていた理事長秘書:駿川 たづなの苦労は今となっては痛いほどわかる。

 

私の場合はトレセン学園理事長代理が致命的な体力不足のくせにどんな問題にも真正面から取り組んで押し潰されてしまいそうなほどに命を燃やす生き方をするせいで、果たして『アオハル杯』の3年間をやり切れるのかが不安になるほどでいつもハラハラさせられることになり、理事長代理秘書たる私がしっかりと側に居て支えてあげないとURAの計画が破綻しかねなかった。

 

能力は申し分ない。だからこそ、若年にしてURA幹部職員になれたわけだが、致命的に体力がないことが全体の足を引っ張ることになり、御老体の介護と大差がない扱いになっていた。

 

そのため、ある意味においてはポスト秋川 やよいとしてURA幹部職員の年輩の方々が新たなトレセン学園理事長になった時のテストケース扱いにもなっていたので、ますます計画を完遂させるまでに倒れさせるわけにはいかなくなった。

 

なので、決して鬱憤晴らしをしているわけではないが、アメリカに飛ばされた理事長の代理人として残留した駿川 たづなとは思ったよりも飲みに誘って飲み明かすことになり、陥れるための隙を探るきっかけにすらなっていた。

 

ええ、表面上は学園の運営を円滑にするために協力し合っていますよ、駿川 たづなとは。腐ってもシンボリルドルフ卒業後の新時代を迎えた先のトレセン学園のまだ見ぬ明日のためにね。

 

 

黒川秘書「――――――で? チーム<ファースト>の将来性としてはどんな感じ? オリエンテーション前なんだから、もう形が見えているよね?」

 

友野T「さすがは暗黒期で若くしてG1トレーナーにもなって、『アオハル杯』もやりこなしていただけもあって、担当ウマ娘の適性分析や指導要綱は完璧です」

 

友野T「順当に行けば『アオハル杯』のチームランキングは最初から最後まで首位独走は固いはずです」

 

黒川秘書「でも、わからないよ? あなたみたいなウマ娘が『有馬記念』優勝を唯一のG1勝利で飾る大番狂わせだって起こるんだし」

 

友野T「――――――『有馬記念』の他に『オークス』も勝っている人生の大先輩は言うことがちがいますね」

 

友野T「そう、それが正しいことだと散々周りから言われていたことが実際はハズレだったことなんてよくあることだし、」

 

友野T「現に黄金期で燦然と輝いたスターウマ娘たちの担当トレーナーのほとんどが新人トレーナーなのを考えると、教科書(セオリー)通りに物事が運ぶだなんてことはもう信じる気にもなれないですよ」

 

友野T「実際、『アオハル杯』はフルゲート:18人立てになるように6チームから3人が選出される関係上、自分たち以外の15人がチーム<ファースト>を潰しに掛かったらひとたまりもないですからね」

 

黒川秘書「そんな卑劣なチームプレイは自身こそが最強だと信じてトレセン学園にやってきたウマ娘の誇りに賭けてあり得ないことだとは思うけれどね」

 

黒川秘書「まあ、そうなってくれた方が理事長派の排除に使えるから、私たちは正々堂々とスポーツマンシップに則って実力で捻じ伏せればいいのよ」

 

友野T「ええ。さすがは樫本代理が見定めただけのことはあって、リトルココンとビターグラッセの才能は群を抜いています」

 

黒川秘書「それはあのソラシンボリと比べても?」

 

友野T「――――――ソラシンボリは別格です。比べるものではありません」

 

友野T「でも、自らトレーナーのスカウトを受けないことを宣言してアオハルチーム<エンデバー>を立ち上げたわけですから、果たしてそんな制約を課してチーム対抗戦『アオハル杯』に必要な人員が確保できるかどうか――――――」

 

黒川秘書「けど、その裏にいるのはあの“斎藤 展望”よ? 方や“学園一の嫌われ者”として忌み嫌われる一方で、方や“学園一の切れ者”としてトレセン学園の大物から信頼を寄せられているという――――――」

 

友野T「自分から手取り足取り指導ができない素人丸出しの新人トレーナー以下の記憶喪失の素人トレーナーの何を恐れる必要があるんですか? ずっとエクリプス・フロントの新クラブ:ESPRITで便利グッズの開発をやっていたらいいと思いますけど?」

 

 

黒川秘書「そこが厄介だと言っているのよ、友野T。あなたも所詮は担当ウマ娘と担当トレーナーの関係の中でのことしか知らないのね」

 

 

友野T「…………どういうことです?」

 

黒川秘書「斎藤Tという トレーナーでありながらトレーナー業務に拘束されることなく 全体を俯瞰して的確な判断を下せる司令塔がバックについているからこそ、アオハルチーム<エンデバー>が存在できていることを理解しなさい」

 

黒川秘書「私たちはトレセン学園のウマ娘やトレーナーという人種を熟知しているからこそ ここまで状況をコントロールして『アオハル杯』優勝でもって『管理教育プログラム』施行の是非を問わせるという 完璧な作戦を展開できたわけだけど、」

 

黒川秘書「全国各地から集まった強豪たちと鎬を削って優駿たちの頂点を目指す;そのために寝食を削るほどの激務になるトレーナー業務に集中しなくちゃならないはずのトレーナーとしての本分から食み出しているからこそ、トレセン学園の敵として憎しみを一身に集めることになる樫本 理子に対して あそこまで余裕のある振る舞いができていることが問題なのよ!」

 

黒川秘書「つまり、冷静に状況を分析して自分の意志で判断を下す;私たちの思惑通りに動かない最大の不確定要素なのよ、彼は!」

 

友野T「それこそ、実力で叩き潰せばいいのでは? 『頭であれこれ悩んだところで、レースと同じで 世の中は決して思惑通りにならないのはいつものこと』だって御自分で言ったじゃないですか」

 

黒川秘書「……そうね。少し熱くなりすぎたわ」

 

黒川秘書「とにかく、チーム<ファースト>への対抗心から『アオハル杯』に参加を表明するチームを増やして、その過程でたくさんの故障者が生まれるように仕向けて、徹底管理主義による『管理教育プログラム』の有用性を示していかなくちゃだから」

 

黒川秘書「しっかりと若い子たちの血気に逸る気持ちを抑えるのよ、リードフォーミー。『管理教育プログラム』施行のテストケースであるチーム<ファースト>で問題が発生してはならない」

 

黒川秘書「そうでなければ、自ら耳も尻尾も切り落としてヒト耳になった元ウマ娘のあなたをチーム<ファースト>のサブトレーナーに選んだ意味はないのだから」

 

友野T「言われなくても、そうします」

 

 

友野T「まあ、愛や友情だの夢を見続けている子たちに対してこの夢の舞台で現実を付きつけるのも大人の役割ですから」

 

 

黒川秘書「……余計なことはするな。私情を挟むな。あなたは樫本 理子の責任の下に与えられた指示に従っていればいい」

 

黒川秘書「かつての“グランプリウマ娘”なら、多感な時期のウマ娘に感情が与える影響力の大きさを理解しているはず」

 

黒川秘書「あなたが相手にも子宝にも恵まれなかった恨み辛みを周囲にぶつけるのは青少年の健全な育成を阻害する良識に悖る重大な契約違反になる」

 

友野T「――――――ッ!」

 

黒川秘書「屈辱に感じるだろうが、現役時代の自分を思い出して、自分がトレーナーに与えられた温もりを今度は自分がトレーナーになって教え子たちに授ける番が来たのだからな」

 

黒川秘書「まあ、浮気に走った夫に手を上げてしまった暴力ウマ娘(犯罪者)の受け皿をこの私と同じ“グランプリウマ娘”のよしみで用意してあげたのだから、子供たちの前で感情を表に出さない腹芸と忍耐を覚えていくことね。それが今のあなたの大人としての修行よ」

 

黒川秘書「大丈夫。あなたがどれだけ自分を裏切ったウマ娘レースの全てを憎んでいても、復讐のためだけにウマ娘であることを捨ててバツイチ(離婚経験者)から最難関国家資格であるトレーナーバッジの取得に励んでいただなんて信じてないから」

 

黒川秘書「やっぱり、あなたも『有馬記念』を優勝した素晴らしい競走ウマ娘だったのだから、重賞レースで勝つために直向きに我武者羅に一生懸命に走り込んでキラキラと輝いていたあの日々の温もりを忘れようがなかったのでしょう?」

 

黒川秘書「だから、不満は私にぶつけなさい! 卒業後の人生も同じ道を行く大先輩として可愛がってあげるから!」

 

 

――――――そう、私もあなたと同じでトレセン学園の日々(思い出の中)にしか居場所がないのだから。

 

 

かつての“グランプリウマ娘”リードフォーミーこと友野Tをチーム<ファースト>のサブトレーナーに推薦したのは私だ。

 

私自身が同じ現役最強ウマ娘の称号たる“グランプリウマ娘”であったことも1つの縁であったが、それ以上にこの子が卒業後の人生で私以上に輝けなかった者として憐憫の情が湧いたのもあった。

 

事実、不妊治療の甲斐なく子宝に恵まれなかったことで引く手数多の中から選んだお見合い結婚の相手が浮気に走ったことに対してウマ娘がヒト耳を半殺しにする事態が発生していたのだが、“グランプリウマ娘”を嫁にすることを喜んでいた浮気相手(加害者側)の両親が全面的に謝罪して莫大な慰謝料を支払って示談で済ませたので表沙汰になることはなかった――――――。

 

しかし、それでも怒りが収まらずにウマ娘の証である耳と尻尾を切り落として憎んでいるはずのヒト耳になろうとした心の奥底には激しい憎悪が今も渦巻いており、配属されて早々にトレーナー組合に自身の正体を明かして戦慄させてきたことへの事情聴取でとんでもない爆弾がトレセン学園に投げ込まれていたことを私は知ってしまった。

 

だから、目の届くところに置いて危険な爆弾が爆発しないように起爆剤になるものを取り払う努力を強いられることになり、樫本 理子のこれ以上の負担にならないように私がしっかりと危険物の取り扱いをしないといけなかった。

 

もっとも、そんな危険物を持ち続けて いつでも使えるようにしっかりと手入れをしているのは、樫本 理子と同じく()()()()()()()()()()()()でもあり、結局は我々の理想のための礎の1つになってもらいたいという尊い願いからでもあった。

 

 

――――――なにより、()()()()()()()()()()()()が手取り足取り指導するのだから、数少ない人生の後輩の第3の人生が幸福であるためにも、全てのウマ娘には不幸にならない義務と責任がある。

 

 

私の名は黒川 あぶみ。独身。URA幹部職員で、現在はトレセン学園理事長代理秘書として樫本 理子と共にトレセン学園に赴任している。

 

現役時代の主な勝鞍は『日本オークス』と『有馬記念』。黒鹿毛の孤児の私でも2年目:クラシック級ティアラ路線で“樫の女王”“グランプリウマ娘”となり、一躍“最強ウマ娘”として時の人になることができた。

 

私が心から尊敬するウマ娘は“皇帝”シンボリルドルフ、“女帝”エアグルーヴ、“怪物”ナリタブライアン。

 

私が心から軽蔑するウマ娘はシンボリルドルフの母:スイートルナ、エアグルーヴの母:ダイナカール、ナリタブライアンの母:パシフィカス。

 

 

カランカラン・・・

 

駿川秘書「――――――損な役回りですね」

 

黒川秘書「……それも仕事ですから」ゴクゴク

 

黒川秘書「あなただって、子供のわがままに散々振り回されるのが板についていたのに、今はどう? 秋川理事長からお暇をいただいて手持ち無沙汰になっているんじゃない?」コトッ

 

駿川秘書「ご心配なく。理事長秘書として職務の代行も板についていますので、やるべきことは今も昔も変わっていません」

 

黒川秘書「それでも、直接 理事長に顎で使われることがなくなったんだから、この際、空いた時間で婚活でもすればいいのに」

 

駿川秘書「おっと、それ以上はいけませんよ、黒川さん?」ニッコリ

 

黒川秘書「そうは言っても、そろそろ トレセン学園理事長の座を明け渡すことにもなるのだし、」

 

黒川秘書「このままだと、ヘレン・ケラーにとっての奇跡の人(サリバン先生)みたいに、秋川 やよいにとっての奇跡の人(幻のウマ娘)に一生なっちゃうわよ?」

 

駿川秘書「その時はその時です」

 

黒川秘書「それで本当に幸せ?」

 

駿川秘書「はい」

 

 

黒川秘書「……私はわからなくなってきた」

 

 

駿川秘書「……黒川さん」

 

黒川秘書「私もね、秋川理事長と“皇帝”シンボリルドルフが築き上げた黄金期がいつまでも続けばいいと思っている」

 

黒川秘書「けれども、人も組織も社会もいつまでも昔のままで在り続けることができないから、次のことを考えなくちゃいけない――――――」

 

黒川秘書「するとさ、今度は今以上の未来を創り出すことができるのかで怖くなっちゃう……」

 

黒川秘書「だから、みんな、過去の成功例や成功体験に縋るしかなくなっちゃう……」

 

黒川秘書「それで昨日までの日常が繰り返されることで誰もが安心しようとするんだけど、本当にこのままでいいのかと内心では疑問に思ってもいる――――――」

 

黒川秘書「自分には縁がなかったと仕事一筋に生きてきたつもりでも、社会人(パブリック)としての成功、家庭人(プライベート)としての成功;ワークアンドライフバランスの成立を願って止まないことにいつか気付かされてしまう――――――」

 

駿川秘書「………………」

 

黒川秘書「たづな、あなたはこのまま秋川 やよいと添い遂げてもいいのだと本気で思っているのかしらね?」

 

黒川秘書「少なくとも、私は樫本 理子に対してはそこまでの感情を抱くまでには至っていないからさ」

 

駿川秘書「……随分と酔っていますね、今日は」

 

黒川秘書「……うん。まだ『アオハル杯』プレシーズン戦:第0回戦のオリエンテーションもチームランキングも始まっていないのにね」

 

駿川秘書「なら、こんなにも辛いことを止めたらどうですか?」

 

 

黒川秘書「――――――止めてどうなるの? それで何かが変わるの? 歩みを止めて『全てのウマ娘が幸福になれる世界』という理想に近づくの?」

 

 

黒川秘書「私には心から尊敬するウマ娘がいる。“皇帝”シンボリルドルフ、“女帝”エアグルーヴ、“怪物”ナリタブライアン」

 

黒川秘書「そして、心から軽蔑するウマ娘はシンボリルドルフの母:スイートルナ、エアグルーヴの母:ダイナカール、ナリタブライアンの母:パシフィカス」

 

黒川秘書「親の代から続いている理想の実現を娘の代に押し付けて、自身は家庭に入って安穏と暮らしているのが特に気に入らない!」

 

駿川秘書「それは…………」

 

黒川秘書「そういう意味では黄金期を築き上げるために先代理事長である実の母親の英才教育を受けて大任を果たして役割を終えた秋川 やよいも同じようなものか」

 

駿川秘書「誤解があるようなので訂正させてもらいますが、先代は今でも海外に拠点を移して日本ウマ娘レース業界の発展のために力を尽くしています」

 

黒川秘書「それが気に入らないんだけどね」

 

黒川秘書「まあ、国民的スポーツ・エンターテインメントの夢の舞台:トレセン学園が全寮制の家族との繋がりを絶つ環境にあるわけだから、実の親子関係よりもウマ娘ファーストに忠実な公僕を送り出した点は見上げたものがあるけど」

 

黒川秘書「けど、やっぱり許せないものがあって」

 

 

――――――子守を必要とするお嬢様を矢面に立たせて黄金期が成立した暁には自分こそが黄金期の後継者であることを自称しまくるような世の中ってやつがね。

 

 

 

 

トボトボ・・・

 

黒川秘書「……何をやっているんだろう、私って」

 

黒川秘書「……あそこまで喋るつもりはなかったのに。情報を与え過ぎたかもしれない」

 

黒川秘書「……けど、まだ何も始まってもいないのに、どうしてこんなに息苦しいのだろう?」

 

 

――――――ああ、私は“幻のウマ娘”ではなく“冠の星(太陽)のウマ娘”として優駿たちの頂点に立った存在だったのに。

 

 

黒川秘書「あ」ヨロッ

 

瀬川T「あ、大丈夫ですか?」

 

黒川秘書「す、すみません。少し飲み過ぎたもので……」

 

黒川秘書「あ、たしか、あなたは――――――」

 

 

瀬川T「今年 配属になった新人の瀬川Tです。とは言っても、つい先日 両親の離婚で苗字を変えたんですけどね」

 

 

黒川秘書「ああ、憶えてますよ。今の時期に申請書の登録のし直しで大変でしたね。せっかく天下のトレセン学園のトレーナーになったというのに、心中お察しします」

 

瀬川T「へえ、『心中お察しします』か……」

 

瀬川T「なら、僕のことを慰めてくださいよ」

 

黒川秘書「へっ?!」カアア!

 

 

瀬川T「これから気晴らしに24時間営業のラウンドワンで夜遊びしに行くんです。どうです? 楽しい夜にしません?」

 

 

黒川秘書「え」

 

黒川秘書「ハッ」

 

黒川秘書「……息抜きは大切だとは思いますが、新人トレーナーなら寝る間を惜しんで担当ウマ娘をスカウトできるようにトレーニングやレースの研究に励んだらどうですか?」

 

瀬川T「そう思ってたんですけど、ダメなんですよね、僕」

 

瀬川T「トレーナーらしいことに集中しようとすると、どうしても『日本オークス』と『日本ダービー』の東京競バ場で隣の席同士だったのが出会いの始まりだった両親のことを思い出してね……」

 

瀬川T「あんなにもおしどり夫婦だなんて言われていたのに、僕が夢の舞台で働くトレーナーになった年に離婚だなんて…………」

 

黒川秘書「…………そう」

 

瀬川T「だから、両親の離婚のせいで業務に集中できなくなった鬱々とした日々に新しい意味をくださいよ」

 

瀬川T「僕さ、G1ウマ娘が担当トレーナーと一緒にゲームセンターで遊んでいる姿に憧れていたのに、こんなんじゃ憧れは憧れのままで終わっちゃう……」

 

 

瀬川T「だから、『日本オークス』『有馬記念』を制した元G1ウマ娘の黒鹿毛のあなたと一緒に遊び倒したいな」

 

 

黒川秘書「あ――――――」ドクン!

 

瀬川T「……ダメ?」

 

黒川秘書「……い、いいですよ?」

 

瀬川T「やったぁああああ! 憧れのG1ウマ娘と遊べるぅうう!」

 

黒川秘書「………………」

 

瀬川T「それじゃあ、いろいろと教えてくださいね、黒川さん! 僕が担当ウマ娘を持った時の練習台になってっくださいね!」

 

黒川秘書「…………まったく、これぐらいの可愛気が友野Tにもあればねぇ。あれは生々し過ぎる」ヤレヤレ

 

黒川秘書「なら、大人の現実を見た後は子供の夢を見て明日の元気を取り戻すのも悪くないか」フフッ

 

 

――――――今だけは“樫の女王(オークスウマ娘)”にして“正真正銘の最強ウマ娘(グランプリウマ娘)”として新人トレーナーのあなたを手取り足取り指導してあげましょう。

 

 

 

 

 

――――――トレセン学園

 

樫本代理「こんな時間に電気が点いているから、まさかと思えば――――――」

 

目久美T「あ、樫本代理…………」

 

樫本代理「顔色が悪いですね。きちんと休んでいますか?」

 

目久美T「いえ、なかなか忙しくて……」

 

樫本代理「今年 配属されたばかりの新人トレーナーのあなたがスカウト解禁直後にスカウトを成功させて担当ウマ娘を持ったのは分不相応で時期尚早に思っていましたが、ここまで新人が懸命に努力しているのを先輩の一人として見て見ぬ振りをするわけにもいきません」

 

樫本代理「なので、まずは――――――、」

 

樫本代理「トレーナーであるあなたが倒れたら担当ウマ娘が大いに心配します。その立場を自覚しなさい。あなたの存在はすでにあなただけのものではなくなっているのですから」

 

目久美T「面目ないです……」

 

樫本代理「まあ、私も人のことを言えた立場ではありませんが……」

 

樫本代理「さあ、早く帰りますよ」

 

目久美T「はい……」

 

 

スタスタスタ・・・

 

 

樫本代理「はっきり言って、新人トレーナーのあなたの実力では『トゥインクル・シリーズ』参戦は無謀ですから、『アオハル杯』参戦に絞ってアオハルチームに参加する先輩たちの下でしっかりと実力を身に着けてからになさい。それが互いのためですよ」

 

樫本代理「私が指導するチーム<ファースト>に勝ってトレセン学園の明日を守りたいのでしょう? それなら、チーム<エンデバー>と同じように『アオハル杯』優勝に専念してから『トゥインクル・シリーズ』に挑むのが堅実です」

 

目久美T「でも、樫本代理は『トゥインクル・シリーズ』と『アオハル杯』の両方で結果を出そうと誰よりも頑張っているんですよね?」

 

樫本代理「そうです。この業界ではどんな提案も理想もまずは結果を示さないことには何も始まらない――――――」

 

樫本代理「だからこそ、私自身は反対であっても秋川理事長の『アオハル杯』復活を受け入れた上で私自身が願うトレセン学園の未来を結果を出してこの手で築き上げる他ないのです」

 

目久美T「本当にそれしかないんですか? 樫本代理が最初に教えてくれた『管理』っていうのは本当にそういうことなんですか?」

 

樫本代理「まだそんなことを言うのですか? 私が渡した指導要綱の内容の1/3も実践できないような新人トレーナーに良し悪しが判断できるのですか?」

 

目久美T「だって、ウマ娘レースは優駿たちの頂点を目指して熾烈な競争の積み重ねで進化を続けているスピードの世界なら、それで勝てるとわかれば『管理教育プログラム』は自然と受け入れられるもののはずです」

 

樫本代理「だから、『管理教育プログラム』の有用性を知らしめるためにわかりやすい形で結果を示す必要があるのです」

 

目久美T「でも、それだけだったら、秋川理事長の意に反して『アオハル杯』復活の中止なんてする必要なんてないじゃないですか。『トゥインクル・シリーズ』での活躍で樫本代理のトレーナーチームへの評価があれば――――――」

 

樫本代理「いけません。公営競技とは言え、『トゥインクル・シリーズ』の結果でトレセン学園の在り方を変えるだなんて、私的な賭け事に利用することは許されません。それではウマ娘たちの健全な競走が保証できなくなります」

 

目久美T「あ、そっか。そういう意味で非公式戦『アオハル杯』の結果次第でトレセン学園の将来を決めることに拘っていたんですね――――――」

 

目久美T「あ、いや、俺にはそのことがわからないんです。昔の『アオハル杯』がどうだったかはわかりませんけど、結局は今の形で開催したということは過去の『アオハル杯』の問題点はほとんど解決されているのでしょう?」

 

目久美T「だから、前回の『アオハル杯』参加者ということもあって 秋川理事長から運営責任者に指名された 樫本代理自身が開催の許可を出しているんですから、学園の大半を敵に回してまですることじゃないです」

 

樫本代理「…………あなたはそんなどうでもいいことを延々と考えていたのですか?」

 

目久美T「――――――『どうでもいいこと』なんかじゃないです! 徹底管理主義に基づく『管理教育プログラム』施行で規則が厳しくなってトレセン学園のウマ娘の在り方が変わったら、トレーナーの在り方だって変わらなくちゃいけないじゃないですか!」

 

目久美T「ウマ娘にいろんな脚質や適性があるように、トレーナーとの相性や得意な戦術だっていろいろあるじゃないですか」

 

目久美T「チーム<ファースト>のウマ娘のようにトレーナーの指示には絶対の徹底管理主義が性に合う子がいるなら、自分のやり方や意見を認めてもらいたいと一生懸命に頑張っている子だっているんですから」

 

目久美T「ほら、シンボリルドルフ入学以前に国民的人気を博したチーム<スピカ>はウマ娘の自主性を重んじた完全調和(パーフェクト・ハーモニー)を実現していましたし」

 

樫本代理「私はそこまで難しいことはやらせようとしているつもりはないのですが」

 

樫本代理「ただ御家族の大切な御息女を預かる身として故障者の出ることのない安全で管理の行き届いた学園生活を与えたいだけ」

 

樫本代理「どうして理解してもらえないのでしょうか。なぜ変わろうとしないのでしょうか。頂点を目指すトレーナーならば誰もが通る茨の道から舗装された安全な道に案内しようとしているのに」

 

 

目久美T「――――――『誰もが通る道を通っていたら絶対に追い越せないものがあるから』じゃないですか?」

 

 

樫本代理「!!!!」

 

樫本代理「……末恐ろしいですね。新人だからこそ、常識に囚われない自由な発想ができるわけですか」

 

樫本代理「あ」

 

樫本代理「そういえば、あなたのご両親は消防隊でしたか?」

 

目久美T「はい。消防隊員の父と救急隊員の母です。ですので、防火訓練や救命講習では呼んでください。自信ありますから」

 

樫本代理「なるほど、これはたしかに緊急車両が赤信号でも優先的に進行したり 対向車線を逆走したりするのを見続けていたら、そういう発想にもなりますね」

 

樫本代理「ですが、まずは基本的なルールやセオリーを覚えて遵守するところからですよ、目久美T。何事においてもその場に適したやり方というものがあるのですから」クスッ

 

 

――――――意外とあなたのような人が行き詰まった状況を打破する新たな希望になるのかもしれませんね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――百尋の滝の秘密基地/古井戸の修行窟

 

斎藤T「頑張れ! 負けるな! 樫本 理子! 黒川 あぶみ!」ドン!

 

マンハッタンカフェ「あ、あの……」

 

アグネスタキオン「な、何をしているんだい、トレーナーくん……?」

 

斎藤T「……ん。来ちゃったか。気が途切れた。続きはまた後だな」スッ

 

アグネスタキオン「なあ、目の錯覚じゃなければ、それは泥人形かい? 火にかけた鍋から泥を捏ねて作ったみたいだけど、そんなにも手を泥だらけにして……」

 

マンハッタンカフェ「……悪魔の儀式か何かですか、それ?」

 

斎藤T「バカを言うな! 21世紀にも存在する“呪いの藁人形”を知っているなら、その逆の“祝いの泥人形”を知らないのか!?」

 

アグネスタキオン「いや、“呪いの藁人形”は私も知っているけど、“祝いの泥人形”なんてのは聞かないねぇ……」

 

マンハッタンカフェ「あ、よく見たら その泥人形は樫本代理と黒川秘書ですか? 凄いですね、そうだとはっきりとわかる精密な顔の彫り具合です」

 

斎藤T「いや、そうでもない。泥人形の本体はこうして鍋に火をかけて温めて私の手で捏ねているけど、あとは3Dプリンターで作ったキャラスタンプで顔をプリントすれば完成だから」

 

アグネスタキオン「ふぅン、地球文明の継承者として祭司長を自称するきみが古井戸を入り口にした修行窟に籠もっている時は決まって怪しげな儀式を行っているわけだからねぇ」

 

アグネスタキオン「で、今回の儀式はいったいどういうものなんだい?」

 

 

斎藤T「――――――誕生の瞬間を()()()()再現して祝福をかけ直しているんだ」

 

 

マンハッタンカフェ「?!?!」

 

アグネスタキオン「……つまり、その火にかけた鍋は産湯で、泥だらけの手というのは出産直後の羊水まみれということかい?」

 

斎藤T「そういうこと。泥人形自体は神社の人形形代や絵馬代、はたまた藁人形と同じ形代(トークン)でしかないけど、より具体的な より現実的な より肉体的な具象を伴っていることで よりはっきりとした霊力を現実界に現せるというわけだ」

 

斎藤T「それを助長するために、この泥人形の中には樫本代理と黒川秘書をエクリプス・フロントで饗した際に口にした木製のコーヒーカップセットを灰にしたものが含まれているから、2人が使った代物である縁に加えて指紋も唾液も採取されている」

 

マンハッタンカフェ「え、えええ!? あの立派な木製のコーヒーカップセットを燃やして灰にしたんですか!?」

 

アグネスタキオン「どうしてきみが樫本代理と黒川秘書を饗す際に木製のコーヒーカップなんかを出していたのか疑問に思ってはいたが、まさか そういう使い方をするためとはねぇ……」

 

斎藤T「そして、誕生の瞬間は誰もがその赤子が生まれてきたことを祝福するものだろう? その人生が実りあるものであれと」

 

斎藤T「だから、この儀式をやれば泥人形(トークン)を媒介にして 後天が始まった直後の誕生祝いの福徳が本人に授かって 成長していく過程で失われていった誕生祝いの福徳が補給されるという仕組みだ」

 

 

斎藤T「これが“祝いの泥人形”だ! “呪いの藁人形”なんかやるぐらいなら、みんなで“泥人形”を捏ねろ! 呪いの言葉よりも祝いの言葉で世を満たせ!」

 

 

マンハッタンカフェ「す、凄いですね……」

 

アグネスタキオン「ああ、さらりととんでもないことをやっているわけだからねぇ。ただただ『凄い』としか言えないよ、これは……」

 

アグネスタキオン「なら、私やカフェの分もやってくれるだろう? そうすれば、誕生祝いを何度も受けられて常に豪運に恵まれるようになるのだろう?」

 

斎藤T「何か勘違いをしているようだが、誕生祝いは生まれてきた使命を全うするためのものであって、使命を全うするのとは無関係の日常生活を無条件に幸運を恵むものではないからな」

 

斎藤T「禍福は糾える縄の如し、幸不幸は使命を果たすための導きであり、運不運は使命に目覚めるためのきっかけに過ぎない」

 

斎藤T「人生は劇場に譬えられるだろう。それと同じだ。人生という劇場で与えられた役割を果たすために幸不幸や運不運はあるに過ぎない。それが天命というものだ」

 

斎藤T「誕生祝いを何度も受けて得られるのは使命を果たすために降りかかる試練とそれに立ち向かう天運だから、毎日がずっと嬉しくなることやちょっと良いことに恵まれて幸せな気分に浸れるようには絶対にならないぞ」

 

マンハッタンカフェ「…………『人生は劇場』ですか」

 

アグネスタキオン「…………ふぅン」

 

斎藤T「あと、見立てを現実のものにする集中力がいるから、気軽にやれるもんじゃない」

 

アグネスタキオン「……ふぅン?」

 

マンハッタンカフェ「そんなに難しいことなんですか?」

 

斎藤T「理解できてないだろうから言ってやるが、出産ってのは命懸けなんだぞ。助産するにしても立ち会うにしても何時間も渡って緊張感に支配されて、出産の喜びはその重々しい雰囲気に耐えきったことのカタルシスによってなされるもの――――――」

 

斎藤T「現実の出産の場面をひたすら想像して、生まれてきた赤ちゃんに溢れんばかりの祝いの言葉を浴びせるのは、とにかくしんどい……」

 

斎藤T「よく考えろ。家族でも友人でもない赤の他人がこの世に生まれてきた瞬間を何時間もかけて想像することが簡単だと思うか」

 

斎藤T「そして、それを想像する上で 生まれてきた赤子がまさか泥人形に彫った本人の顔そのままで生まれてきたら どう思う?」

 

マンハッタンカフェ「そ、それはたしかにリアリティに欠けると言いますか……」プッ・・・

 

アグネスタキオン「ふぅン、たしかに緊張感が吹き飛ぶぐらいに笑ってしまう光景だねぇ、トレーナーくん!」アハハハ!

 

斎藤T「だから、今現在の大人の姿を想像しつつ、純真無垢な生まれた直後の姿も想像して、その2つが結びつくように想像の幅を広げていくのがどれだけ腹筋に悪いことかわかっただろう!?」

 

斎藤T「なまじ、私も出産を手伝ったことがあるから、集中力が極まると妊婦の産みの苦しみのうめき声や分別室の立ち籠める臭いまではっきりと五感で感じられるようになるから、やり過ぎると五感が侵食されて偏執病(パラノイア)に陥るから嫌なんだ……」

 

斎藤T「VRシミュレーションと同じだ。仮想世界での出来事であろうと、非現実的体験を積み重ねていけば、現実世界での脳細胞が蝕まれるのと同じことだ」

 

アグネスタキオン「なるほどねぇ。それなら無理は言えないねぇ」

 

マンハッタンカフェ「そうですね。逆に言えば、生まれてきた使命を果たすために必要になれば、斎藤Tはしてくださるということです」

 

斎藤T「だから、乳幼児期の写真を渡してくれると“祝いの泥人形”で儀式をするのが捗る」

 

 

――――――そして、これは21世紀の人間でも誰もが知っていることだろう;最初の人類:アダムは神が泥を捏ねて創られたのだ。

 

 

マンハッタンカフェ「え、ええ。そうですね……」

 

アグネスタキオン「ふぅン、7日で世界を創造したという創世記の神話がどこまで本当の話か――――――」

 

斎藤T「……それが現代人の“神”への理解か? いったいどれだけ即物的で、排他的で、宗際協力が進んでいないんだ、この未開惑星は?」

 

斎藤T「――――――人生五十年。下天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり」

 

マンハッタンカフェ「これは『敦盛』ですね」

 

アグネスタキオン「ふぅン」

 

斎藤T「――――――『人の世の50年の歳月は下天の一日にしかあたらない夢幻のようなものだ』と謳っているわけだから、」

 

斎藤T「アブラハムの宗教における世界創造の7日間が1日:24時間で換算できるわけないだろう!? 『ローマは一日にして成らず』を理解できるのに、なぜそこが理解できない!?」

 

斎藤T「そもそも、1日:24時間も閏年や緯度によって厳密にはちがうことぐらい理解しているだろう!? 1日:24時間の概念も地球の自転によるものなのに、じゃあ地球の自転速度が変わった瞬間に世界創造の7日間の所要時間も変わるっていうのかい? 古代オリエントで王が変わる度に決め直したキュービットの単位のように?」

 

斎藤T「それが不自然なんだ。『なぜ地球上では1日の長さが24時間?』というのも地球の自転という自然法則から導き出された科学的な答えなのに、それを“1日と言われたら自動的に24時間と換算する”観念に変わっているのが実に不自然だ」

 

マンハッタンカフェ「言われてみれば、たしかに……」

 

アグネスタキオン「……それで、その泥を捏ねて最初の人類を神が創造したのが、何だって?」

 

斎藤T「私は神事を取り次ぐ神官の一人であり、文字通り神憑りして現実世界に肉体を持たない神様のなさることを代行しているわけだ。そこは理解しているか」

 

斎藤T「だから、私は常に“祝いの泥人形”を創る時はアブラハムの宗教における人類創造に重ね合わせて、泥人形が本物の人間の赤ちゃんであると信じ抜いて()()()()()()祝福を与えるわけで、私は神様と二人羽織で究極のごっこ遊びを興じているわけだ」

 

 

――――――今回、ヒト:樫本 理子とウマ娘:黒川 あぶみの泥人形を一緒に創ることになったわけでいろんなことがわかったんだ。

 

 

斎藤T「やはり、神様のなさることは一石何鳥にもなることだと改めて思う結果を得られたよ」

 

斎藤T「ああ、ここまで迫られたのならやるしかないな、大祓いを」

 

斎藤T「なるほど。だから、“斎藤 展望”の誕生日は6月30日なのか。そのために“私”が選ばれたのか――――――」

 

マンハッタンカフェ「……斎藤T?」

 

アグネスタキオン「おい、一人で納得してないで、わかるように説明したまえよ、きみ」

 

斎藤T「あ、すまない」

 

斎藤T「まず1つ目は、やっぱり樫本代理は今回の『アオハル杯』中止と『管理教育プログラム』施行の件でトレセン学園の関係者の大半から恨まれていたから、大量の生霊の呪いでかなり不調になっていたみたいだ」

 

斎藤T「だから、樫本代理と一緒に憎悪の的になっている黒川秘書も合わせて、『アオハル杯』の3年間をやりきるために、私が“祝いの泥人形”を創って誕生祝いの福徳を補充して生霊を跳ね除ける精力を蘇らせる必要があったわけなんだ」

 

斎藤T「これで明日から樫本代理と黒川秘書はなんでか知らないけど 昨日までの重さがなくなって かなりスッキリした気分になるんじゃないかな? 現実世界でのきっかけが何になるかはわからないけど」

 

マンハッタンカフェ「そうですね。これまでのトレセン学園をみんなが愛している中、それをなくそうとしている樫本代理は針の筵に自ら飛び込んでいっているようなものですからね。絶対に辛かったはずです」

 

アグネスタキオン「……ふぅン。きみが樫本代理を擁護する立場にあるということは、きみが取り次いでいるという皇祖皇霊も樫本代理を支持しているというわけなのかい? 樫本代理が掲げる徹底管理主義が正しいと?」

 

 

斎藤T「――――――それはわからない;神様の御心は善悪二元論にはなく常に中道にあるのだから」

 

 

マンハッタンカフェ「え」

 

アグネスタキオン「……どういうことだい?」

 

斎藤T「その人が正しいから正しい者の味方をするんじゃない。その人が悪だから悪人を正そうとしているんじゃない。そんなのは自分の都合によって善悪を簡単に翻す人間の尺度でしかない」

 

斎藤T「そうじゃない;神様にとって『こうあって欲しい』という願いに繋がる“中たる道”に沿うように使われているのであって、」

 

斎藤T「そもそも、神様が世間で言われているような全知全能で絶対正義であるのならば、失楽園に至った知恵の実を食べていながら 天地創造を7日間でできるような全知全能が伴わない 不完全な存在である人類は皆等しく悪だろう。神様が絶対正義なら、そうでないものは絶対悪になるしかないだろう」

 

斎藤T「そのことを忘れているよ、みんな。もっと神様に対して深く感謝して謙虚であるべきだ。絶対正義の神様が絶対悪の不完全である我々を拒絶することなく手を差し伸べてくださっているのだから」

 

斎藤T「――――――その存在を信じなくてもいいけど、その理想を信じなくてもいいのか」

 

マンハッタンカフェ「………………」

 

アグネスタキオン「………………」

 

斎藤T「でもね、人を呪わば穴二つ、義憤から樫本代理に憎悪を向けている側も自分の御魂を生霊にして樫本代理に取り憑かせているわけだから、実はその分だけ自分の御魂が欠けているわけだから互いに不幸に陥っている――――――」

 

斎藤T「いや、『御魂が欠ける』というよりは、本来 生まれ持った使命を果たすために与えられた御魂の容量(リソース)を『同じように生まれ持った使命を持つ他人の人生の邪魔をするために使っている』ということで神罰が下る感じかな?」

 

斎藤T「人は生まれながらにして人権を持って誰もが尊重されるべきならば、神様から生まれ持った使命を与えられた全ての人類もまた等しく尊重されるべきなのだから、神様ではない未熟者が他人の人生を阻むことは実に烏滸がましい罪悪だ」

 

斎藤T「これが2つ目だ。悪を憎んで正義を振りかざして生霊を飛ばす側もそのことに意識(リソース)が吸い取られて本来の御魂の力を発揮できなくなって人生が徐々に徐々に下り坂に転げ落ちるんだ。これが『人を呪わば穴二つ』だ」

 

斎藤T「だから、『アオハル杯』が始まる前に樫本代理への呪詛を和らげる必要があった。そうしないと――――――」

 

マンハッタンカフェ「――――――結果として、樫本代理に対して義憤を抱いて生霊を飛ばした多くのトレセン学園関係者が不幸になるから!」

 

アグネスタキオン「それは『トゥインクル・シリーズ』と『アオハル杯』の両立を目指して故障者が続出するのを未然に防ごうとするESPRITの今の活動方針に合致するねぇ」

 

マンハッタンカフェ「じゃあ、樫本代理と黒川秘書と同じように、呪詛を和らげたことで明日からのトレセン学園の雰囲気が良くなるわけですね」

 

斎藤T「理屈としては確実にそうなるけど、他にもいろんな要因でそうなっている可能性がいくらでもあるから、1つの要因を取り除いただけで実感できるほど雰囲気が晴れやかになるかは保証できない」

 

アグネスタキオン「まあ、道理だね。逆に樫本代理への恨みを晴らしただけで学園の雰囲気が嘘みたいに晴れやかになったとしたら、トレセン学園の人間がいかに単純であるかで心配になってくるからねぇ」

 

斎藤T「3つ目は、“祝いの泥人形”が誕生の瞬間を象る儀式であったのは説明したな」

 

 

――――――だから、こうしてヒトの泥人形とウマ娘の泥人形を捏ねたことで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を垣間見たんだ。一瞬だけ。その違いが。

 

 

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