ウマ娘超光速戦記 -TACHYON Transmigration- 作:LN58
このDメールのやりとりも慣れたもので、段々と光と影に分かたれた世界のちがいも明確になってきたように思える。
妄念妄想を捨てる世界と捨てられる世界を“光の世界”と“影の世界”と普遍的無意識に焦点を当てて認識してきたわけだが、
マンハッタンカフェの“守護天使”が語るように、そもそもヒトとウマ娘が共生する21世紀の地球そのものが『穢土』に対する『浄土』だとするなら、もしかすると光と影の世界は胎蔵界と金剛界に対応する関係ではないかと思い始めた。
というのも、そちら側の光の世界だと 多くの人たちの助力を得て 裏世界での妖怪退治に赴いているのに対し、こちら側の影の世界だと とてもじゃないが他人を頼る気になれないということで 身内だけで裏世界での妖怪退治をやってきていることで得ることができた経験やノウハウに大きな差ができていたからだ。
そう、新年度早々に卒業したばかりの“皇帝”シンボリルドルフと『サンタアニタダービー』を観戦した後、特別ゲストの“異次元の逃亡者”サイレンススズカを交えた模擬レースをしたまでは同じなのに、
そちら側では トレセン学園の更なる飛躍のために『アオハル杯』を復活させることで 未出走バからシニア級までの生徒たちを対象に『URAファイナルズ』と同じように5部門で競走ウマ娘の能力開発と才能発掘を行うように学園が舵を取ったのに対し、
こちら側では性の乱れによって圧倒的なトレーナー不足でチーム対抗戦『アオハル杯』なんかやる余裕がないので提案が却下されたのか、次回の『URAファイナルズ』に向けて各陣営が新しい戦略を立てて新たなローテーションを組むようになった程度で学園側からの新しい動きは見られない。
その代わり、相変わらず新年度を迎えても爛れきった学園の空気に吐き気を催して府中市をブラブラしていると、トレセン学園の卒業生であるイベントプロデューサーの熱心な勧誘に捕まることになり、そこから話半分に聞いていた『グランドライブ再建計画』に協力することになってしまった。
というのも、担当ウマ娘:アグネスタキオンが『感情』が人間に与える影響力を測るための貴重な実験の機会だと考えたためで、私としても 爛熟期を迎えた学園の腐った空気を吸いたくないがために こうした課外活動に参加することに前向きになっていた。
しかし、ウイニングライブの起源については人権団体の圧力なのか、はたまたヒト社会にウマ娘を参画させるための
そのイベントプロデューサー:ライトハローPが『レースで勝利したウマ娘が応援してくれるファンに感謝の思いを伝えようとしたことがウイニングライブの始まり』だなんてことを本気で信じているとは、夢の舞台のイメージを壊さないためにはそれぐらいの幼稚さが必要なのかもしれないと感心すらしていたが。
たった一言、『じゃあ、勝てなかったらファンに感謝しなくてもいいのか?』と、何のためにトレセン学園の学校行事に『春秋ファン大感謝祭』があるのかと小一時間ぐらい問い詰めたい気持ちをこらえて、私はライトハローPの話を面白可笑しく聞いていた。
そもそも、ウマ娘レースでは最大で18枠しかないのだから抽選で出走枠から漏れたウマ娘もごまんといるわけであり、私が桐生院先輩から教わったものとはまったく認識がちがうことに驚きを通り越して笑いがこみ上げてくる。
近代ウマ娘レースはヨーロッパの王侯貴族の道楽である宮廷舞踊の踊り子ウマ娘がセンターの権利を賭けて一望できる庭園で競走したのが起源なのだから、ウイニングライブとはウマ娘レースの勝者に与えられた義務と責任であるのだ。
なので、ウマ娘レースの勝者と敗者はレースの結果はどうあれウイニングライブのセンターの座を賭けて競走しているのだから、勝とうが負けようが最後は自分たちの取り決めに従って順位に応じた配置でステージの上で踊らなくてはならないのだ。
その辺の事実と背景をまったく学ぼうとしないウマ娘とトレーナーが大半で、ウイニングライブ不要論が当たり前のように存在していること自体が、学のない人間が形だけ伝統を受け継いで伝統を形骸化させていることの生きた見本だ。
レースで勝つための厳しいトレーニングと並行してウイニングライブの振り付けの練習もするのは競技内容として最初から含まれていることなのだから、
ウイニングライブがそんなに嫌だったら近代ウマ娘レースではなく近代陸上競技の選手としてスピードの世界の限界を極めればいいだけのことだ。
なので、ウイニングライブをするためにウマ娘レースはあるのであり、レースの順位はウイニングライブの配置を決めるだけのものであって、ウマ娘レースはウイニングライブ直前の選考会にすぎないのだ。
――――――なにより、競走ウマ娘の起源がヨーロッパの王侯貴族の道楽に奉仕していた踊り子ウマ娘にあることを忘れて何とするか。
なんで少ない練習期間でウイニングライブの振り付けをウマ娘がマスターできるのかと言えば、現在の競走ウマ娘たちはそういった踊り子ウマ娘の血統と才能を受け継いでいるからであり、身体が動き出すよりも先に脈々と受け継がれた血統が踊り方を憶えていると言っても過言ではない。答えは『そういう種族だから』なのだ。
しかし、こちらがうんうんと頷くだけなのにウイニングライブに対する熱意を語り通すライトハローPは止まることがない。
しまいには『1年に1度 トレセン学園に所属するウマ娘全員がステージの上で踊ることができていた』という 聞いているだけでもそんなのが在り得るのかと疑うほどの超大型ライブ『グランドライブ』がかつて行われていたことを嬉々として語り出し、かつて廃止されたものを新時代に復活させることへの協力を求められることになった。
いやいや、そんな御大層な夢のライブである『グランドライブ』が廃止されたのは何故なのかを問い質せば、『トゥインクル・シリーズ』が以前よりも大きく成長したことでレースが多様化に加えて出走ウマ娘の増加が『グランドライブ』の破綻を招いたというのだ。
それはもう時代に合わなくなった『グランドライブ』が役割を終えただけで、それ自体は喜ばしいことじゃないのかと思ったのが第一印象であった。というより、戦後のトレセン学園生徒たちが全員ステージに上がって踊れるとなるとフォークダンスしか思いつかない。
それどころか、『グランドライブ』がトレセン学園で有志が独自に行なっていたイベントであったと後出しするのだから、つまりは『グランドライブ』なるものはそもそも学園非公認のサークル活動だったことがわかり、現在の総生徒数2000名弱では興行は絶対に成功できないだろうという観測が成り立った。
というより、現代日本で独自に発達したアイドル文化と融合した現在のウイニングライブの形式はURA側が人気低迷の日本ウマ娘レース界隈に革命をもたらすものとして主体的に導入して整備してきたものである。
事実、このウイニングライブ革命によって日本にハイセイコーに代表される第1次ウマ娘ブームの大旋風を巻き起こし、いつしか有志のサークル活動に過ぎなかった『グランドライブ』という非公式活動は役目を終えることになった。
しかし、これに対して『前提と目的が入れ替わっているのではないか』とライトハローPは言うのだが、レースの勝者がセンターを飾ることを強調したこちらの方が近代ウマ娘レースの起源に即したものになっており、
つまりはみんなで仲良し小好しでステージの上でぎゅうぎゅう詰めで踊る『グランドライブ』の方が異質なのだから、何を以って正統とするかの認識のちがいというのはかくも恐ろしいものである。
なので、私はライトハローPの『ウマ娘たちが素直に純粋にファンへの感謝を伝えられる場所を提供したい』という願いは“皇帝”シンボリルドルフの掲げた理想と同じぐらい純粋だと思えたが、現実に即さない理想で人々を苦しめることになるだろうと心の底から苦笑いをする他なかった。
当然ながら、URA理事会にまで直訴したその情熱は認められていたが、そもそもが非公式活動である『グランドライブ』をURAが公式に支援するのは筋違いであり、それを公式に制度化したことによって『グランドライブ』への参加を強制させることになるのでは『トゥインクル・シリーズ』に情熱を燃やすウマ娘たちへの新たな負担にしかならないのだ。
よって、現状における賛同者は皆無であり、あまりにも現実離れした理想を追い求める無謀な夢追い人の態度に無性に腹が立ち、地球から遠く離れた未知の惑星に人類国家を築き上げる使命を持つ宇宙移民である私はついにライトハローPに対して企画書の提出を突きつけた。
事務所の予算や使える人脈などありとあらゆる情報と資産を公開しない限りはどこがどのようにダメなのかを指摘しようがないため、『どうせダメになるとわかって実を結ぶことのない
――――――
『
しかも、出資者の権限として私の要求通りに企画書をはじめとする事務所の重要機密の数々を簡単に見せてきたので、私の方もうっかり企画書の内容を添削して大幅に書き換えることになるほどに口出しをしてしまったので、気づけば引くに引けなくなってしまったのだ。
そんなわけで、私はライトハローPの懸命な営業活動に乗せられてしまった迂闊な出資者としてトレセン学園協賛企画『グランドライブ再建計画』に参画することになり、
ライトハローPの事務所の作業効率を上げるためのソリューションを次々と投入して、『URAファイナルズ』を超える前代未聞の『グランドライブ』再建に向けた活動も『トゥインクル・シリーズ』と同時並行で進めなくてはならなくなったのであった。
そちら側のようにたくさんの協力者を集めて手広く事業展開を行ったり、エクリプス・フロントにESPRITのようなクラブ活動を持ったりするようにしておけば楽ができたというのに、このままだと人手不足で破綻することが目に見えていたので、
現在、“有機皇帝”シンボリルドルフの世界で普及していたアイトレーナーやアイウマ娘の技術を流用したい誘惑に駆られてしまっている。実際、人造人間:アルヌールの修理のために予備パーツの量産を進めていただけにお手伝いロボットの実用化は百尋ノ滝で本格化しようとしていた。
とにかく、トレセン学園では性の乱れによってトレーナーが責任を取らされて早々にトレセン学園を卒業する事態が頻発してトレーナー不足に苛まれているため、これ以上 性欲に飢えたケダモノの毒牙に新人トレーナーたちが掛からないように 声を掛けているのだが、
そちら側とちがって交友関係を築くことを怠ってきたツケで“学園一の嫌われ者”の評判が未だに残り続けて ほとんどが耳を傾けてくれないので、学園で協力者を募るのは困難を極めている。
そもそも、トレーナーが希少価値を持って誰もが粉をかけてくるような爛れきった学園で“学園一の嫌われ者”になるぐらいなのだから、“斎藤 展望”がしでかした1年前の悪行はもはや学校裏サイトで延々と語り継がれる伝説となっているぐらいだ。
ただ、『URAファイナルズ』準決勝トーナメントで敗退した後に“守護天使”の導きで私とトレーナー再契約を結んだ直後に『大阪杯』を勝利して前人未到の“春シニア三冠”を目指すことになった“学園一不気味なウマ娘”マンハッタンカフェの意外な人望から生徒たちを通して賛同者を集めることに成功し、“学園一危険なウマ娘”アグネスタキオンも持ち前の押しの強さと腐れ縁で署名をもらってきているので、これに関しては担当ウマ娘に助けられてばかりだった。
そして、ライトハローPの『グランドライブ再建計画』の中心となる未来のスターウマ娘こそが“自称:ウマドル”スマートファルコンであり、その担当トレーナーは筋金入りのファン一号であった。
実は“守護天使”から
実際、“学園一の嫌われ者”である私が声を掛けるよりも“自称:ウマドル”スマートファルコンが溢れんばかりの明るい笑顔で声を掛けた方が周りから関心を持たれるわけであり、そのスマートファルコンを『グランドライブ再建計画』のリーダーウマ娘として私は全力で支援することにしていた。
しかし、この時点で全員がステージの主役としてファンに感謝を捧げる『グランドライブ』の在り方から外れているわけでもあり、そうした矛盾に気づかないふりをしているライトハローPの心労は告知ライブの準備が進む毎に積もり積もっていっているのがわかった。
なので、その様子を見かねて私は出資者としてプロデューサーに命令した。
――――――ウマ娘なら走れ! 歌え! 踊れ! 考えるよりも先に身体を動かせ!
結果、トレセン学園の卒業して久しく“本格化”を過ぎた肉体は相当に錆びついているらしく、それ以上に気分も若返らせるためにもトレセン学園のジャージやライブ衣装を着てスマートファルコンと二人三脚のレーストレーニングもライブトレーニングをしてもらうことになった。
更に、デスクワークにかまけて健康管理が疎かになっているようでは3年に渡る長期計画を遂行できるだけの体力や精神が持たないわけであり、スマートファルコンの担当トレーナー:ファン一号と一緒に定期的にトレーニングジムに通うように命令したのだ。
一方、肩書は『グランドライブ再建計画』の出資者であるはずなのにトレーナーとプロデューサーの二足の草鞋を履いているようなプロジェクトマネージャーの状態になって、トレーナー寮に隣接しているトレセン学園にいることの方が少ないぐらいになっていた。
そもそも、あんな爛れきった学園には一分一秒でも居たくないので、これ幸いと百尋ノ滝の秘密基地から出勤することが普通になってきたので、一般生徒たちから距離を置くことができる今の状況は好都合であった。
そんな中、そちら側の世界ではシンボリ家の密約で面倒を見ることになったソラシンボリとスカーレットリボンがこちら側の世界にそもそも存在しないのに対して、
おそらくソラシンボリに相応するだろう圧倒的な実力の持ち主であるアスカインパルスが斜に構えた態度で『グランドライブ再建計画』やその賛同者に対して公然と批判をしてきた。
それ自体は私自身が『
このアスカインパルスというウマ娘はどうにも口が悪い以上に 感情的になりやすく 良くも悪くも感情に素直な裏表のない性格の持ち主であった。要するに“皇帝”シンボリルドルフとは比べるべくもないほどに年相応の落ち着きのない子供ということだ。
そのため、“自称:ウマドル”スマートファルコンの想いを綺麗事だと吐き捨てて面と向かって罵倒する様に居合わせてしまった成人ウマ娘:ライトハローPが青褪めることになってしまった。しっかりしろ、社会人。
さすがにこれ以上は看過できないとして、そこで私が場を和らげるジョークとして三島由紀夫が太宰治に『僕は太宰さんの文学はきらいなんです』と発言し、これに対して太宰は虚をつかれたような表情をしながら『そんなことを言ったって、こうして来てるんだから、やっぱり好きなんだよな。なあ、やっぱり好きなんだ』と答えたという逸話を披露し、
今年12月予定の告知ライブの第1弾もまだ始まってもいない 多くの人間が関心を向けてすらいない中で、レースで勝つことを至上とするアスカインパルス自身が関心を寄せてきたところを見るに、アスカインパルス自身もパンフレットを読み切って『グランドライブ』の理念に惹かれているからこそ批判したい気持ちがあるのだと強弁することで場の雰囲気を無理やり変えたのだ。
気持ちを見透かされた怒れる瞳のアスカインパルスはそれでも減らず口を叩こうとするが、ファンを蔑ろにしているととられる発言は今後一切しないようにニヤリと言い聞かせると、それ以上は何も言えなくなった。
現役ウマ娘最強決定戦であるファン投票企画の“春秋グランプリ”『宝塚記念』『有馬記念』に出走できないウマ娘は中央では価値が無いことを勝利至上主義のアスカインパルス自身が理解しているからだ。
それこそ、ウイニングライブが目的である近代ウマ娘レースが気に入らないのなら、ここは場違いなので近代陸上競技の名門校に転校することを強く勧めたのも効いたのだろう。
まあ、突っかかった相手であるスマートファルコンはダートウマ娘なので、一般的な芝ウマ娘のアスカインパルスとは永久に対決の機会はないし、スマートファルコンの両翼を担う大先輩のアグネスタキオンとマンハッタンカフェについても噂を知っていたら積極的に関わることもないだろう。
そうして迎えた6月、新入生:スマートファルコンはダートウマ娘としてメイクデビューを華々しく果たし、時同じくして4年の雌伏を経ていよいよ“アグネス家の最高傑作”アグネスタキオンがメイクデビューを圧倒的勝利で飾り、更にはマンハッタンカフェが前人未到の“春シニア三冠”を達成したことにより、『グランドライブ再建計画』に多くの賛同者が集まることとなった。
だが、案の定、『選抜レース』での戦績は抜群であるのにも関わらず、常日頃から感情的で目上の人間に対して反抗的な態度が目立つアスカインパルスは担当トレーナーが見つからなかったことでメイクデビューの機会を逃していた。
そちら側とちがって こちら側は総トレーナー数が圧倒的に少ないこともあって担当トレーナーを得るためにウマ娘たちがモーションを掛けるのが普通で、実力以上にこのウマ娘とこれからやっていけるのかという相性が重視されているわけだから、一匹狼気取りで愛想良く振る舞えないアスカインパルスにとっては非常に苦しい買い手市場になっていた。
そんな頃、メイクデビューの成功を記念したちょっとした打ち上げの席で『グランドライブ再建計画』の発起人であるライトハローPやファン一号と今後の打ち合わせをしている中で、ようやくライトハローPが『グランドライブ』にこだわる理由が明かされた。
『ライブは感謝の機会』であるとして幼い頃からライブパフォーマンスの指導が厳しかったライトハローPの祖母が『グランドライブ』創立時のメンバーだったことが大きな縁となっていたそうなのだ。
たしかに戦後の混迷期の『トゥインクル・シリーズ』を盛り上げようと息巻いていた世代であるのなら、本来ならば王侯貴族の道楽でしかないウマ娘レースを支えてくれている民衆に対する感謝の気持ちの実感は今よりも強いのは納得がいく。
ただ、それは『グランドライブ再建計画』がライトハローPの自己実現の自由としての手段となる遠因でしかなく、『グランドライブ再建計画』の発起人となるほどの強い動機ではない。本当の目的ではない。
それはあの怒れる瞳のアスカインパルスと同じように近代ウマ娘レースのウイニングライブの理念に大きな関心を持つに至る事件が過去にあったことは明白であり、納得がいかないところがあるウイニングライブの現状に対する別の解答を求めて『グランドライブ再建計画』に夢を託しているように思えた。
アスカインパルス「……またあんたか」
斎藤T「お前の勝利への執念はそんなものか? このままだと実力はあっても勝ち負けすらない未出走バで終わることになるぞ?」
アスカインパルス「……うるさい。あんたこそ“春シニア三冠”と獲ったマンハッタンカフェのような強いウマ娘をたまたま引き当てただけのくせに偉そうにするな」
斎藤T「ウマ娘がレースで勝てるかどうかを見るのがトレーナーの仕事なんだから、担当ウマ娘のことを『強いウマ娘』と褒め称えてくれるのは嬉しい限りだぞ、アスカインパルス」
アスカインパルス「くそっ」
斎藤T「無愛想で反抗的な態度が玉に瑕なだけで学業の成績も優秀じゃないか、きみは」
アスカインパルス「そんなの、当たり前じゃないですか。ここは『トゥインクル・レース』のための場所で、他の奴等とはちがって遊びでトレセン学園に来ているわけじゃないんで」
斎藤T「そして、休日はエクリプス・フロントの図書室で蔵書を読み漁って一人静かに過ごすことが多いみたいだな。それに 毎日 門限ギリギリまで過ごしている辺り、ルームメイトと一緒にいることでさえも苦に感じているようだな」
アスカインパルス「馴れ合うつもりなんてないですから。第一、周りは全員 ウマ娘レースで優勝を懸けて争うライバルなんだから仲良くする必要もないじゃないですか」
斎藤T「……一つ勘違いしているようだが、勉強なんてものはお前自身が実践しているように独学でもできることだ。学ぼうと思えば通信教育でも何でもあるからな」
斎藤T「だがな、学校生活の第一は共同体における社会性や協調性を身に着けるための場所なのだから、学生のうちに内心はどうあれ他人とやっていけるようにならないと、お前のような跳ねっ返りは社会のゴミになるだけだぞ」
斎藤T「こんなところで本の世界には浸っている暇があるなら、本で得た知識を実践するための社会勉強だと思って私の許に来い、アスカインパルス」
アスカインパルス「は、はあ? もしかして、それ、スカウトですか? そんな投げやりなスカウトの仕方がありますか、普通?」
斎藤T「『選抜レース』で抜群の戦績を誇る新入生なのに誰からもスカウトされなかったのだから、間違いなく社会のゴミになると思われているのは事実だろう? 勝ったのに誰からもスカウトされないことにへそを曲げる日々をまだ送りたいか?」
斎藤T「――――――『綺麗事は好きじゃない』んだろう? だから、こうしてお前の大好きな汚い言葉を掛けてやっているわけだが?」
アスカインパルス「……そんなこと!」
斎藤T「お前のような直情的で自制心の足りない業突く張りの娘の面倒を誰が看てやれるんだ? お前自身もどうしようもないと思っているから、こんな益体もない専門書なんか読み漁っているんだろう?」
All work and no play makes Jack a dull boy.《勉強ばかりで遊ばない子供はつまらない人間になる》
アスカインパルス「……あんた、去年 配属になったばかりの新人トレーナーのくせに、物凄く内面はオッサンなんだな」
斎藤T「その渋いオッサン成分をわけてやると言っているんだ、ノンストップガール」
斎藤T「はっきり言ってやる。お前の堪え性の無さだと長距離は無理だよ。“クラシック三冠バ”を目指すのなら弱さを隠すために虚勢を張る精神面の脆さを克服しない限りはスタミナはあっても人一倍掛かって自滅するだけだ」
アスカインパルス「……なんでそこまでわかってオレにかまってくるんだよ、あんたは?」
斎藤T「そんなの、トレーナー業を副業でやっている私の気紛れに決まっているだろう。自惚れるな」
アスカインパルス「は、はあ……?」
斎藤T「ただ、お前のような跳ねっ返りがいないと日常生活に張り合いがないものでね」
斎藤T「それにお前の才能は本物だ。誰もダイヤモンドの原石を拾わないなら、私がダイヤモンドカッターのチップに組み込んで社会の生産にいくらか寄与しようと思ってな」
アスカインパルス「……そうかよ」
斎藤T「まず、人前で堂々と悪口を言える度胸は それが虚勢であっても 他にはない強みだから、きみは智仁勇の中で勇に秀でている」
斎藤T「その上で『智仁勇の三者は天下の達徳なり』『智の人は惑わず、仁の人は憂えず、勇の人は恐れない』これを目指しなさい」
アスカインパルス「………………わかったよ、トレーナー」
アスカインパルス「まあ、あんたがそこまで言うんだったら、あんたのやることに少しは興味を持ってやらないでもないから」
斎藤T「おい」
アスカインパルス「な、なんだよ?」
斎藤T「今の気持ちを身体で表現することがウイニングライブの第一歩だ」
斎藤T「――――――本当は飛び跳ねたいぐらい嬉しいだろう?」
アスカインパルス「そ、そうやっていつも人の心を見透かしたような態度が気に食わないんですよ、オレは」
斎藤T「嬉しいと思っているくせに。褒められることに慣れてなくて照れ隠しで悪態をつく子供だぞ、今のお前は」
斎藤T「だが、赤ちゃんより遥かに物わかりがいいからな。夜中に所構わず泣き叫んでいるのをあやす苦労と比べたら、お前は泣きたい気持ちを堪えて一人でよく頑張っているよ」
アスカインパルス「…………っ」ジーン・・・
斎藤T「ほら、泣けよ。担当トレーナーからの指示だぞ。思いっきり泣くことで この時代の心理療法でも認知されている ストレス緩和の有効な手段が発揮されるのだ」
アスカインパルス「本当にあんまりな言いようですよね、それ!」
アスカインパルス「でも!」
アスカインパルス「でもぉ……!」
アスカインパルス「今はそれが本当に温かくて、寂しくなくて、嬉しくて…………!」
こうして私は紅眼黒髪の運命の子が暗黒面に堕ちる前にスカウトすることに成功し、しばらくは精神面の修養のためにいろいろと連れ回すことになった。
私が太子信仰の人間であるだけに、アスカインパルスの名前は推古天皇が
事実、聖徳太子が天皇を中心とした理想の国造りを目指したことが日本という国の方向性や世界の命運を完全に決めたわけであり、ヒトとウマ娘が共生する世界の新時代を築き上げる使命が私にはあるらしいのだから『聖徳太子のようでありたい』という思いは一層強くなっていた。
それに、現代日本で“インパルス”と言ったら航空自衛隊アクロバットチームのことがまず頭に浮かんでくることだろうし、トレセン学園の新時代の中心に立つであろう“自称:ウマドル”スマートファルコンとも名前負けしないはずだ。
なるほど、悪くない組み合わせかもしれない。
実質的にトレーナー歴が半年しかない私が一目見てもわかるほどに 良血バの血統でもないのに才能の塊である アスカインパルスはいうなれば折る刃式カッターナイフのようなやつであり、切れ味は鋭いがすぐに刃毀れする代わりに先端を折り取れば新品同様の切れ味を取り戻せる芯の強さがあった。
それだけの挫折を入学前に経験してトレセン学園の門を潜ってきたのだから、表面上は並大抵のことでは動じない胆力があるわけなのだが、
いつまでも刃を使い回していると錆びついて切れ味が落ちるだけなので パッパパッパと先端を折っていつも新鮮な気持ちに切り替えさせないといけない 良くも悪くも自分の感情に素直な激情家にも育っていたわけなのだ。
なので、そちら側の世界のソラシンボリより遥かにジャジャウマ娘ではあるものの、基本的にトレセン学園に入学してくる子は裏では男漁りに精を出していても表向きは育ちが良い子ばかりなので、ここまで直情的で反抗的な跳ねっ返りの子はかえって新鮮であった。
というより、相変わらず“
――――――さあ、夏越の大祓;盛大に“斎藤 展望”の誕生日を祝おうじゃないか。
というわけで、“皇帝”シンボリルドルフが悪魔の眷属との契約で時間を巻き戻した際に光と影にわかれた2つの世界のうち、
本編である光の世界がアオハルシナリオに突入したのに対し、影の世界:爛熟期のトレセン学園における“斎藤 展望”は完全に嫌気が差して校外活動に精を出すグランドライブシナリオに突入している。
このように並行世界の光と影の世界でアオハルシナリオとグランドライブシナリオが同時進行しており、その対比と通信によって更なる世界観の掘り下げを進めようという野心が本作の影の世界からの『通信報告』となる。
本編の主人公は斎藤 展望、パートナーはアグネスタキオン、アシスタントがマンハッタンカフェとなのは光と影の世界で共通で、
光の世界のアオハルシナリオでの主人公はリトルココンが嫌う仲良しごっこの代表格:キタサンブラック、その裏がソラシンボリ、ライバルはリトルココンとなっている一方、
影の世界のグランドライブシナリオでの主人公は“自称:ウマドル”スマートファルコンというわけなのである。アスカインパルスの立ち位置は懐疑派のサイレンススズカに近い。