ウマ娘超光速戦記 -TACHYON Transmigration-   作:LN58

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第三次決戦Ⅳ 音より速く、光さえ超えて、雷鳴のメイクデビュー -超光速のプリンセスの初陣-

 

――――――目標:6月30日の夏越の大祓を完遂せよ!

 

 

20XY年、『URAファイナルズ』の成功でもって黄金期の次の新時代を迎えようとしている中、憧れの夢の舞台である 国民的スポーツ・エンターテイメント『トゥインクル・シリーズ』に挑もうとする まだ見ぬスターウマ娘にとって ある大きな重要な変化がもたらされようとしていた。

 

実は、ウマ娘たちにとって夢に向かう第一歩となる大事な開幕戦『新バ戦(メイクデビュー)』なのだが、URAが将来的に2年目:クラシック級による『新バ戦(メイクデビュー)』を廃止する方向で検討していることが明らかとなったのだ。

 

要は、『新バ戦(メイクデビュー)』の名の通りに出走資格を1年目:ジュニア級のみに限定することにしたわけなのだが、

 

これは二人三脚を始めた担当ウマ娘と担当トレーナーが十分に力を蓄えてから『トゥインクル・シリーズ』の晴れの舞台である2年目:クラシック級からの出走をしたいがために年明けの『新バ戦(メイクデビュー)』に人気が集中していたことに起因していた。

 

あるいは『選抜レース』などで自身の能力を示してトレーナーとの二人三脚を組むことができて周囲から羨ましがられてもメイクデビューの踏ん切りがつかずに先送りにする小心者がいかに多いことか――――――、

 

もしくはURA主催の中央競バ『トゥインクル・シリーズ』の興行は土日開催が基本であり、『新バ戦(メイクデビュー)』も例外なく毎週土日に複数の競バ場で同時開催されているのだが、それぞれの場所で大抵は1日に2回の開催である――――――。

 

ただし、年中ではない。クラシック路線で言うなら『日本ダービー』以降の6月頃から始まり、『弥生賞』が始まるまでの翌年の2月頃までに開催される限定的なものであり、

 

更に、毎週土日に複数の競バ場で1日に2回は『新バ戦(メイクデビュー)』はあるとは言っても、華々しく初戦を勝つために勝てる条件がもっとも揃った場所で戦って勝ちたいと誰もが思うことだろうが、

 

新バ戦(メイクデビュー)』もURA主催の中央競バ『トゥインクル・シリーズ』の興行の1つなのだから、出走者数には必ず規定に沿った上限があり、最大でもフルゲート:18人が『新バ戦(メイクデビュー)』に出走できる限界なのだ。

 

つまり、自分の望み通りの『トゥインクル・シリーズ』の王道路線を華々しく駆け抜けようとしても、そもそもとして夢への最初の一歩である『新バ戦(メイクデビュー)』に希望通りの条件でフルゲートの最大:18人のうちに入って出走できるかどうかだけでも大いに荒れるわけであり、

 

当然ながら王道路線である“クラシック三冠ウマ娘”を目指すウマ娘やトレーナーが最大多数であるのだから、東京競バ場や中山競バ場でクラシック三冠路線に沿った条件の『新バ戦(メイクデビュー)』には出走登録申請が殺到するのは言うまでもなく、それだけに除外ラッシュで『新バ戦(メイクデビュー)』の機会を逸するウマ娘も数知れず――――――。

 

となれば、黄金期で総生徒数2000名弱を記録して新時代を迎えて2200名弱にまでトレセン学園での競技人口が膨れ上がれば、これからますます自分の希望通りの『新バ戦(メイクデビュー)』ができずに除外ラッシュで途方に暮れるウマ娘が続出するわけなのだ。

 

そのため、新年を迎えての『新バ戦(メイクデビュー)』の登録者数が膨れ上がり、いよいよ夢の舞台に勝負を仕掛けにいこうとした矢先に 除外ラッシュでそもそもメイクデビューできない不幸なウマ娘がますます生まれることになるのだ。

 

それだけじゃない。黄金期を迎えて その集大成となる『URAファイナルズ』が1月から3月まで開催されることで何が起きたかと言えば、『URAファイナルズ』優勝に向けてオフシーズンであったはずの多くのウマ娘が冬季に学園のトレーニング設備の利用申請の末に奪い合いが発生し、その煽りを受けて冬季のレースの調整や入学試験などなど各方面で支障を来たすことになったのだ。

 

当然、年明けの冬季の2年目:クラシック級『新バ戦(メイクデビュー)』も大いに荒れており、次回の『URAファイナルズ』開催の大きな反省点となっていた。

 

そのため、『トゥインクル・シリーズ』の最高潮が2年目:クラシック級ということであまり世間からの注目度が低い1年目:ジュニア級の興行を盛り上げながら、『新バ戦(メイクデビュー)』の時期も含めてしっかりと戦略を練って早めに狙いを定めてローテーションを組ませるルール作りが模索されることになったのだ。

 

ただ、これまでの傾向としてトレセン学園に入学したばかりの中等部1年生がメイクデビューを果たして“エリートウマ娘”の誉を受ける代わりにメイクデビューを急ぐばかりに知識や地力を付ける前に勢いだけで『トゥインクル・シリーズ』に突撃しては玉砕して、そのまま引退即退学という教育現場としては大変よろしくない事態も招いており、

 

このため、“エリートウマ娘”の誉を捨てて十分な準備期間を経てから『新バ戦(メイクデビュー)』に臨んで欲しいという学園の要望を明確化する意味でも、『新バ戦(メイクデビュー)』の名の通りに出走資格を1年目:ジュニア級のみに限定することになったわけである。

 

新入生には どれだけ早熟の天才であろうとも まずは『選抜レース』でトレーナーのスカウトを勝ち取り、そこから逸る気持ちをグッとこらえて知識と地力を付けてから、翌年の中等部2年の6月から12月のうちに『新バ戦(メイクデビュー)』に余裕を持って出走して欲しいとURAは考えていたのだ。*1

 

そうすると、トレーナーのスカウトをすぐに勝ち取って年内にメイクデビューを果たそうとする新入生“エリートウマ娘”になれるのは、自身が出走する『新バ戦(メイクデビュー)』をいつどこでするのかを逸早く明確にした実力のある真の天才たちに限られるというわけなのだ。

 

 

当然、今日の『メイクデビュー中京』では通なウマ娘レースファンの間では一番の注目の的となっていた。理由は言うまでもないだろう。

 

 

はっきり言って、“アグネス家の最高傑作”アグネスタキオンのことを少しでも知っている人間からすれば、今回の『メイクデビュー中京』はアグネスタキオンの大勝になることは火を見るよりも明らかだった。

 

まだ『新バ戦(メイクデビュー)』の出走資格がジュニア級に限定される前で例年通りの出走登録の傾向なのだから、人気の東京競バ場や中山競バ場でメイクデビューしたいと大多数が欲張っている中、

 

中高一貫校の6年間の半分以上;4年間の沈黙を破って満を持してターフの上に現れたアグネスタキオンが選んだ舞台というのが中京競バ場だということに彼女を知る者たちはそれがなぜなのか驚きを隠せずにいられなかった。

 

しかし、書類上の担当トレーナーは“斎藤 展望”だが、実際に指導しているのはサブトレーナーに引き込んだ“不滅の帝王”トウカイテイオーの担当トレーナー:岡田Tという地方上がりの超有能トレーナーであり、

 

『日本ダービー』を見据えて東京競馬バ場と同じ左回りを経験させるのと『新バ戦(メイクデビュー)』で強豪たちと最初からやり合うのを避けるために、かつてトウカイテイオーを中京競バ場にてメイクデビューさせているのだから、この選択に躊躇いはなかったのだ。

 

それ以上に、東京競バ場でもなく、京都競バ場でもなく、その間の中京競バ場というクラシック路線では見向きもされない場所からウマ娘の可能性の“果て”を目指すことが大事だったのだ。

 

つまり、これは実質的な指導者である岡田Tにとっては愛バ:トウカイテイオーでは果たせなかった夢である“無敗の三冠バ”の再挑戦でもあり、

 

私にとっては中京茅の輪くぐりによって関東と関西の業を集めて背負って中京競バ場に入場したことで歴史の転換点を創り出すための禊祓いを果たす大事な儀式でもあった。

 

 

最初から“不滅の帝王”トウカイテイオーの全盛期に一歩だけ劣る程度の能力を“本格化”を抑えながらの4年間の忍耐で得たアグネスタキオンに勝てる同世代のウマ娘はまずいないし、これから更に“本格化”を果たすのだから、スタートラインが何もかもが違いすぎるのだから、普通に考えて“無敗の三冠”など容易いことだろう。

 

 

そう、それを阻む最大の敵はスターティングゲートの隣には絶対にいない。絶望の未来を変えるためのタイムパラドックスを引き起こすために必要な試練とはレースが始まる前に決着となる。

 

つまり、私が観客席に現れた時点で勝敗は決まっているのだ。他のトレーナーたちも自分の担当ウマ娘の勝利を信じて勝負の舞台に送り出して観客席にいるのだから、それ自体は何の変哲もないことだ。

 

ただ、絶望の未来に繋がる因果を断ち切って更なる繁栄の時代を迎えるために必要な業祓いの苦労は生半可なものではなく、中京茅の輪くぐりの1周目と2周目を完遂して三度目の茅の輪くぐりとなる中京競バ場の観客席に辿り着くまでが更なる難行苦行だったのだ――――――。

 

 

5R『メイクデビュー函館』12:15発走、5R『メイクデビュー福島』12:35発走、6R『メイクデビュー中京』12:55発走――――――、時間にして40分間;それが私が中京競バ場の観客席に戻るまでの出来事だった。

 

 


 

 

●2周目:06月30日/中京競バ場

 

 

斎藤T「許さんぞ、下衆共が。ここをどこと心得る」

 

斎藤T「旧高松宮家から優勝杯が下賜された誉高い『高松宮記念(中京大賞典)』の開催地を穢そうなど、天に代わって“斎藤 展望”が成敗してくれる!」

 

マンハッタンカフェ「……知っていますか、斎藤T?」

 

マンハッタンカフェ「この中京競バ場は古戦場の近くにあるために“桶狭間”と呼ばれている場所でもあるんです」

 

斎藤T「――――――“戦国の覇者”織田信長の天下布武の始まりの地」

 

マンハッタンカフェ「まさに斎藤Tとタキオンさんが目指すウマ娘の可能性の出発点としてはうってつけの場所ですよね」

 

マンハッタンカフェ「そう言っていたら、雨が降りそうな天気ですね」

 

 

――――――天、我に味方せり。

 

 

斎藤T「なら、雨天の奇襲で大いに破られる今川義元の本隊はどこだい?」

 

マンハッタンカフェ「あの辺りから邪悪な気配を感じますね」

 

斎藤T「ありがとう。ここからは私の仕事だ。下がってくれ」

 

マンハッタンカフェ「……嫌です」

 

斎藤T「……どうした? できることなんてないんだから、早く観客席に帰りなさい」

 

マンハッタンカフェ「でも! こんなにも辛い役目を背負わされているのに、私たちには何もできないなんて……!」

 

斎藤T「いいんだ。これが私が選んだ道;何もしないで破滅を受け入れるよりも運命に抗ってこの身で受けた痛みの方が気持ちがいいんだ」

 

マンハッタンカフェ「………………」

 

斎藤T「さて、中京・福島・函館の3つの競バ場の全てを見て回ってようやく見つけた脅威がいかほどのものか……」

 

マンハッタンカフェ「斎藤T! なら、私にも聖甲虫(スカラベ)を使わせてください!」

 

斎藤T「……史上初の“春シニア三冠”達成を機に『トゥインクル・シリーズ』を卒業して戦いに身を投じる覚悟があるのなら考えなくもない」

 

マンハッタンカフェ「それは……」

 

斎藤T「無理だろう? 次は“秋シニア三冠”を目指して、史上最強の“春秋シニア六冠ウマ娘”になろうと心に決めたばかりなんだからさ?」

 

 

――――――終わったと思った『トゥインクル・シリーズ』でもっとやりたいことが見つかったんだから!

 

 

マンハッタンカフェ「だとしても! タキオンさんにはあなたが必要なんです!」

 

斎藤T「………………」

 

マンハッタンカフェ「あなたがタキオンさんを薄暗い部屋から連れ出したんですよ? タキオンさんにとって あなたはかけがえのない人なんですから、最後まで責任をとってくださいよ!」

 

マンハッタンカフェ「あなたが責任を取ってくれるから、みんなが安心してタキオンさんのことを応援できるんです!」

 

 

マンハッタンカフェ「本当は誰だってタキオンさんのことを応援したいんですよ!」

 

 

マンハッタンカフェ「悔しいですけど、私も見てみたいんです! タキオンさんほどのウマ娘ならいったいどれだけのことができるのかを! タキオンさんが斎藤Tに支えられて実現させるウマ娘の可能性の“果て”というものを!」

 

マンハッタンカフェ「それに、あなたが私と和田Tを引き合わせて、“お友だち”の背中を追い続ける道を示してくださったのですから、一方的に与えられる立場の人間の気持ちも考えてくださいよ!」

 

斎藤T「……そう言われると辛いなぁ」

 

斎藤T「けど、相手がウマ娘以上の脅威であるからには手を借りる訳にはいかない」

 

斎藤T「これは大人がやるべきことなんだ」

 

マンハッタンカフェ「ズルいです! 卑怯です! そうやってあなたはご自分の担当ウマ娘のタキオンさんのことも遠ざけるんですか!」

 

 

ゴールドシップ「なら、その想いを祈りにして力に変えたらどうだ?」

 

 

ゴールドシップ「よう! もうすぐ担当ウマ娘のメイクデビューだってのに、2人でこんなところで何しているんだぁ? 担当に隠れて まさか逢引かぁ?」

 

マンハッタンカフェ「……ゴールドシップさん?」

 

斎藤T「……力を貸してくれるのか、女神ゴルーシア?」

 

ゴールドシップ「この前さ、チーム<エンデバー>のみんなで中野に行ったよな? 楽しかったよな、いろんなものがあってさ?」

 

マンハッタンカフェ「……ええ、“サブカルチャーの聖地”中野ブロードウェイ。非常に興味深い場所でしたし、いい買い物ができましたが、それが何か?」

 

斎藤T「ああ、憶えているよ、MANDARAKE(曼陀羅華)だな」*2

 

斎藤T「あそこで聖甲虫(スカラベ)の原型になる虫相撲の玩具を大量に買ってきたわけだが、」

 

斎藤T「他にも、参考になるものとして特撮作品のコレクターズショップで皇国の神々によく見ておくように言われたものがいろいろあったな」

 

 

ゴールドシップ「そこで質問なんだが、あんたはなるとしたら“ウルトラマン”と“仮面ライダー”のどっちになりたい?」

 

 

斎藤T「そんなの、どっちにもなりたいが? 等身大ヒーローと巨大ヒーローとじゃ活躍する場所がちがうんだから、両立させられるのなら、どっちにもなりたいが?」

 

斎藤T「そして、私はすでに“聖闘士(Saint)”で“仮面ライダー(騎士)”の“聖騎士(St.Rider)”だぞ」

 

ゴールドシップ「そうだな。あんたなら 冷静にそう答えるだろうさ」

 

ゴールドシップ「なら、カフェはどうだ? 斎藤Tは“ウルトラマン”と“仮面ライダー”、どっちに変身してもらいたい?」

 

マンハッタンカフェ「え、私ですか? なんで私が……?」

 

ゴールドシップ「ほらほら。あたしらスターウマ娘も 一般人からしてみれば ほとんどテレビの向こう側の存在なんだし、“ウルトラマン”や“仮面ライダー”とそう変わらねえだろう?」

 

ゴールドシップ「だったら、同じテレビの向こう側の存在の“ウルトラマン”や“仮面ライダー”があたしらの側にいても何もおかしくないだろう?」

 

マンハッタンカフェ「……じゃあ、“ウルトラマン”でお願いします」

 

ゴールドシップ「はい、決まり! これから斎藤Tは今から“ウルトラマン”になってもらうからよろしく!」

 

斎藤T「いや、私はすでに“聖騎士(St.Rider)”――――――」

 

ゴールドシップ「だまらっしゃい! 深夜特撮の“黄金騎士”をパクったって人気はイマイチだっての!」

 

ゴールドシップ「というわけで、はい!」

 

 

――――――パンパカパーン! ()()()()()()()ぁ! それと()()()()()()のセットだぞぉ!

 

 

ゴールドシップ「残念ながら、こっちの()()()()()()()()()()()()()()のセットはボッシュート!」

 

マンハッタンカフェ「は、はぁ?」

 

斎藤T「ああ、MANDARAKEで売っていたな、それ」

 

ゴールドシップ「てなわけで、これが女神ゴルーシアから、あんたへの誕生日プレゼントだ、斎藤T」

 

ゴールドシップ「使い方はわかるか? まずウマ娘ジェムをホルダーから取り出してスイッチを入れたら装填ナックルに2つ入れて、こっちのスキャナーでダブルリードしてからトリガーを引くんだぞ?」

 

斎藤T「使い方はMANDARAKEで流れていた当時のCMを見ていたからわかるが、実際にやってみると随分と手間がかかるな、これ……」

 

ゴールドシップ「まあ、そう言いなさんなって。変身シーンが変身ヒーローの醍醐味なんだからさ」

 

斎藤T「戦場でそんな悠長なことができるか! しかも、変身アイテムだけでこんなにもなるんだから、邪魔でしかたない!」

 

ゴールドシップ「いや、あんたなら余裕さ。なんせ、あんたは時間と空間を超越しているんだからさ、誰にも邪魔されないように変身するのなんて余裕だって」

 

ゴールドシップ「じゃあな! さっさと野暮用を片付けてあんたの愛バのレースを観ようぜ!」

 

ゴールドシップ「それじゃ、ハッピーバースデー!」

 

 

ドドドドド・・・

 

 

マンハッタンカフェ「……行ってしまいましたね」

 

斎藤T「まったく、MANDARAKEに誘ってきたと思ったら、全てはこのためだったわけか」

 

斎藤T「原作の設定通り 20時間のインターバルが必要だったら、どうしよう、これ?」

 

斎藤T「さて、肝腎のウルトラカプセルならぬ()()()()()()の内訳は何だ?」

 

斎藤T「――――――!」

 

斎藤T「……そうですか。こういう形で力を貸していただけるとは思いもしませんでした」

 

マンハッタンカフェ「それは――――――」

 

 

――――――ウマ娘ジェム【“永遠なる皇帝”シンボリルドルフ】

 

 

――――――ウマ娘ジェム【“幻のウマ娘”トキノミノル】

 

 

斎藤T「あとは空白(ブランク)のジェムだから『迷わずこの2つを使え』ということか」

 

斎藤T「そうだった。まずはタイムパラドックスの第一歩として重賞レース『シンボリルドルフ記念』の設立を目指さないとな」

 

斎藤T「それが黄金期を主導した“皇帝”シンボリルドルフの記念碑たるエクリプス・フロントの王としての勤めだ!」

 

斎藤T「じゃあ、この空白(ブランク)のジェムを2つ渡しておく」

 

斎藤T「原作通りなら、切実なる祈りに応えてウマ娘ジェムが起動するはずだ。それがこのゴルシライザーで力を発揮することになる」

 

マンハッタンカフェ「は、はい……」

 

斎藤T「大丈夫だ。ウマ娘はみな異世界の英雄の魂が宿ってこの世に生を受ける存在なのだから、崇高なる意志が真実へと導く」

 

斎藤T「よし、2つのウマ娘ジェムしか使えないのなら、最初からダブルリードしていけば隙は少ないな」

 

斎藤T「では、出陣する。これが三度目の茅の輪くぐりの締めだ」

 

 

ブーンブーンブーン・・・

 

 

パシッ

 

 

斎藤T「導きは黄金の規律! バイアリーターク!」

 

HEN-SHIN!

 

CHANGE! Caucasus-beetle!

 

 

 

さて、毎週土日に各地で開催の中央競バ『トゥインクル・シリーズ』、6月30日の『新バ戦(メイクデビュー)』は中京・福島・函館で開催されるわけで、

 

基本的に1日に2回は開催される『新バ戦(メイクデビュー)』のうち、その日の『メイクデビュー函館』は5Rのみの開催で、なおかつアグネスタキオンが出走する『メイクデビュー中京』は6Rのため、最初は函館の攻略に取り掛かっていた。

 

結果、私の担当ウマ娘のメイクデビューのために中京競バ場に駆けつけてくれたチーム<エンデバー>の面々から離れてそっと時間跳躍して一人『メイクデビュー函館』に赴いたところ、

 

何かが起きるとは思ってはいたが、驚くことに何も起きずに『メイクデビュー函館』は無事に終了してしまったのだ。

 

何か起きると身構えながら観戦した初めての『新バ戦(メイクデビュー)』は、私の周りにいる人間が重賞レースの最高峰であるG1レース優勝者ばかりなので、文字通りに初出走者しかいない『新バ戦(メイクデビュー)』なのだからしかたがないが、あまりにもレースの内容が稚拙なものに思えた。遅い。遅すぎる。

 

ただ、私が一番驚いたのは今回の『メイクデビュー函館』の出走人数がたったの6人だったことであり、たまたま函館競バ場では出走人数が極めて少ない日だったわけなのだが、同じ日の5R『メイクデビュー福島』『メイクデビュー中京』が10人を超えていたのだから、ひどい落差を感じたのだった。

 

しかし、いずれは2年目:クラシック級『新バ戦(メイクデビュー)』が廃止されるわけであり、今は出走人数がスカスカの『メイクデビュー函館』もいつも出走者が満員になる日が来るのだと予感させられるのだった。

 

 

基本的に次のレースまでのインターバルは発走時刻から30分、多少のズレがあろうとも だいたい5R目は正午過ぎになるのは決まっていた。

 

一方、各競バ場で発走時刻をピタリと合わせる必要がないため、5R『メイクデビュー函館』12:15発走、5R『メイクデビュー福島』12:35発走、6R『メイクデビュー中京』12:55発走と時間差を付けて全て現地観戦することは理論上可能であった。

 

なので、次は5R『メイクデビュー福島』となったのだが、函館競バ場とちがって何だかいろいろと指定席の種類があって混乱したが、どれも事前予約制だったので一般席に案内されることになった。

 

なるほど、メインスタンドのゴール板に近い側が指定席で、ゴール板直前のラストスパートの競り合いを間近に見たいのなら事前予約制の指定席を確保しなくてならないみたいだ。

 

そして、5R『メイクデビュー福島』12:35発走、これも無事に終わり、こちらとしては身構えていたのに何もなくて拍子抜けしていたのだが、

 

ゴール板をやっとの思いで一番に駆け抜けた勝ちウマに続くのが、等しく敗者と見做された圧倒的多数の負けウマの列であり、その表情は暗く 足取りは重かった。

 

そう、本日1回だけのたった6人だけの5R『メイクデビュー函館』だと、出走者の半分はウイニングライブのメインになれるとわかっているためか、そこまで悲壮感は伝わってこなかったのだが、

 

それと打って変わって『メイクデビュー福島』では10人以上が必死の思いでゴール板を一斉に目指して 我こそは優駿たちの頂点に立つ存在だと信じて研鑽努力を重ねてきた矢先の 勝者は自分ではない誰か一人だけの過酷な現実を前に主役になれなかった脇役たちが打ちひしがれている光景が落差となって目に飛び込んできた。

 

だが、それが毎週土日に10R以上のレースが開催されている競バ場での日常であり、一人ひとりの負けた悔しさや哀しみに向き合っていたら切りがない――――――。

 

最初からウマ娘レースはたった一人の勝者のためにそれ以外の全員が敗者と切り捨てられる哀しみに満ちた世界であり、そんな現実を前にして『全てのウマ娘が幸福になれる世界』とやらをどう創り上げる気でいるのかを『名家』シンボリ家と徹底的に語り合いたいという欲求に久々に駆られることになった。

 

その答えは最初から自分の中で出ているけれども、それが今すぐ実現するわけでもないから、いつもいつも歯痒い思いをしながら、この光景のことを思い出すことになるのだろう。

 

 

おそらく、これこそが皇祖皇霊が私の担当ウマ娘:アグネスタキオンが『トゥインクル・シリーズ』に挑む前に記憶に刻ませたかった()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だったのだろう。

 

 

そう、かつて“皇帝”シンボリルドルフに次ぐ“無敗の三冠”候補と称えられた“天才”トウカイテイオーがなぜ“無敗の三冠”になることができなかったのかは私の理解ではそういうところに真実がある。

 

もちろん、現実世界で起きた担当ウマ娘の故障の責任は全て担当トレーナーである岡田Tに帰結するわけだが、その根源がトウカイテイオー本人に自ら災厄を招いた罪過にあることを見落としてはいけない。

 

トウカイテイオーはまさしく国民的アイドルとして人気を博すだけの天性の才能とカリスマの持ち主ではあったが、同時に自身の才能を鼻に掛けて他人の心情に寄り添うことがない傍若無人さがあり、それによって自身が圧倒的才能によって打ち負かしてきた多くの敗者たちの嫉妬と恨みの念を一身に浴びることになったのだ。

 

ただ、シンボリルドルフとちがってトウカイテイオーと岡田Tには敗者たちの負の思念を跳ね返すだけの運気がなかったから、確実視されていた“無敗の三冠”がまさかの故障によって断念せざるを得なくなった――――――。ただそれだけの話なのだ。文字通りに足を引っ張られて脚の故障を引き起こしたのだ。

 

しかし、それはある角度から見方に過ぎず、“無敗の三冠”を断念せざるを得なくなった後も引退することなく、みっともなくとも必死に足掻き続けて奇跡の復活を果たしたド根性はシンボリルドルフすら超える本物の才能であり、それを証明させるための道が用意されていたのが復活を果たせた真相でもあった。

 

つまり、トウカイテイオーの競技人生にはシンボリルドルフに次いで憧れの“無敗の三冠”を果たす道と“不滅の帝王”として奇跡の復活を果たして永遠に人々の記憶に残る道の2つが用意されてあり、もし2年目:クラシック級の時に不運を跳ね返すだけの徳分があれば そのまま“無敗の三冠”も余裕で達成できたのだ。それだけの天賦の才能を持っていたのがトウカイテイオーというウマ娘であった。

 

だが、そうはならなかった。けれども、“皇帝”シンボリルドルフとはまったく異なる偉業で人々に感動をもたらした“帝王”の在り方を支えたのは担当トレーナーである岡田Tとの強い絆と再起を夢見たファンの祈りのおかげでもあった。

 

そう、運不運の基本法則として本物の才能を持つ存在ならば悔しさをバネにして大記録を超える偉大なる奇跡を起こせるわけなので、G1勝利は当たり前として、それで記録に残す存在となるか、記憶に残る存在になるかの差でしかない。要は物事の角度の問題なのだ。

 

となると、実質的な担当トレーナーがトウカイテイオーの岡田Tになっていることもあり、“アグネス家の最高傑作”アグネスタキオンの進む道は決して平坦な道ではないはずだ。誰の想像もつかないような結末を迎えてタイムパラドックスを引き起こす存在になってもらわないと困る。

 

なので、トレーナーとしての指導力に欠ける私の役割は未来を変える大記録にこれから挑戦しようとする担当ウマ娘:アグネスタキオンに降りかかるあらゆる悪意から身を挺して守り抜くことであり、世界がより良い方向に変わっていくことを見届けることにある。

 

つまり、その大原則としてアグネスタキオンの活躍を憎む存在を生まないように立ち回るべきであり、『新バ戦(メイクデビュー)』に出走する新バたちの程度を知った今、トウカイテイオーの全盛期に一歩劣る程度の能力を4年間で蓄えていたアグネスタキオンに対して向けられる羨望の眼差しから一気に運気を損ねないように神仏に祈らねばならなかったのだ。

 

勝負にならないほどに才能や能力に恵まれているウマ娘を引きずり下ろす唯一の方法こそが悪意が生み出す不運なのだから、不運から担当ウマ娘を守るために全力を尽くすのは担当トレーナーとして当たり前のことだ。

 

だが、そこに愛がなければならない。全ての敵を討ち滅ぼす憎悪ではなく、それこそシンボリ家の御題目である『全てのウマ娘が幸せになれる世界』をそうではない現実を踏まえた上で、ウマ娘の皇祖皇霊たる三女神に理想を祈らなくてはならないのだ。

 

だからこそ、『名家』シンボリ家はその理想に基づいた善行によって得た徳分によって降りかかる不運を跳ね除けて“皇帝”シンボリルドルフを世に送り出すことができたが、それに匹敵する名バが後に続かないのは蓄えてきた徳分がシンボリルドルフの偉業を達成するために結実して消費された結果でもある。極論、ビギナーズラックの正体もそれだ。

 

なので、世界に冠たる皇宮警察官を両親に持つ代々皇室に仕えてきた『名族』のエリートたる“斎藤 展望”はこの異なる進化と歴史を歩んだ地球に訪れる絶望の未来を変えるタイムパラドックス成就のために全ての才智と運気を費やすことになるのだろう。そういう配役で“私”が“斎藤 展望”を演じることにもなったのだろう。

 

とは言え、そういった運不運の基本法則がわかっているからこそ人知れず進んで善行に励み、ウマ娘レース界隈で苦しみに喘いでいる人たちに手を差し伸べてきているのだから、私が運に見放されることはまずないと確信を持って言える。いくらでも運勢を好転させられるのだ。

 

ただ、終わってみなければ栄光に至るための苦難の道も辛いものがあり、今この時に直面している辛さも栄光に至るための苦難の道の途上にあるものだと信じ抜くことができなければ、道半ばで挫折することも往々にしてあるのだ。

 

そこからいかにして立ち直って調子を取り戻して天命を全うするかが人生の修行というわけであり、どれだけ過酷な運命であろうとも そのために希望の光が絶望の闇の彼方を照らすのだ。

 

物事は完成させなければ成就したことにはならない。成就させるためには物事を完成させなければならない。何を当たり前のようなことを思うことだろうが、それが完成と成就の関係性であり、物事をあきらめないための秘訣であるのだ。

 

 

5R『メイクデビュー函館』12:15発走、5R『メイクデビュー福島』12:35発走、6R『メイクデビュー中京』12:55発走――――――、時間にして40分間;それが私が中京競バ場の観客席に戻るまでの出来事だった。

 

 

だが、今日の『新バ戦(メイクデビュー)』のために、カップラーメンができあがるぐらいのたった数分間のために、あるいはコンサートの1曲目が終わった程度の時間のために、たくさんのウマ娘とトレーナーたちが勝つために必死に努力して同じ空の下で懸命に積み重ねてきているのを私は改めて深く知ることができた。

 

思えば私はトレーナーバッジをたまたま身に着けているだけの宇宙移民で、しかたがなく“斎藤 展望”という人間の人生に乗っかっている WUMAと本質を同じくする 外なる存在であり、

 

“斎藤 展望”への義理立てのためにトレーナーバッジにふさわしいだけの実績を築いてから自分の夢に邁進することを考え、その義理立てと夢に向かう下準備のために異世界での現実との摺合せに神経をとがらせる毎日だった。

 

だから、私にとっては重賞レースの最高峰として崇められているG1レースを1勝でもすればトレーナーとしての箔付けは十分だと考えており、あとは担当ウマ娘が満足して引退するのを見届けるだけ。私の担当ウマ娘が勝つのは決定事項である。

 

しかも、高等部2年からのメイクデビューなので、留年でもしない限りは担当ウマ娘:アグネスタキオンの『トゥインクル・シリーズ』はトレセン学園卒業と同時に引退することは確定している。3年目:シニア級でのレースのことなど考える必要などないのだ。

 

4年間の沈黙を破ってトレセン学園最後の年の2年目:クラシック級で担当ウマ娘がその持てる全てを出し切って完全燃焼することを切に願っている。トレセン学園卒業後の長い人生が始まる前のたった1年間、持てる限りの全力を出し尽くせばいいだけだ。

 

なので、私も23世紀の宇宙時代を生きた宇宙移民にして地球文明の後継者としての叡智を尽くして、これから始まる“最初の3年”の半分程度のごく短い 最初で最後の担当ウマ娘と二人三脚の『トゥインクル・シリーズ』を全力で駆け抜けるだけだ。実に簡単な話だ。

 

そうしたら、もうトレセン学園という檻から解放された後の私の行く手を阻めるものなどない。私はたくさんのものを手にして揺り籠から巣立っていく。

 

だから、その日が来るのを待ち侘びながら これからたった1年余りのトレセン学園の日々を慎ましく生きていくだけだ。

 

 

――――――だが、元より“斎藤 展望”は世界の敵だ!

 

 

斎藤T「ほう、まさか真性のブラディオン(bradyon)粒子を発生させる無限動力機関がこの世に存在しているとはねぇ」

 

斎藤T「もっとも、私が波動エンジンに利用してきたタキオン(tachyon)粒子がタキオンと同じように、このブラディオン粒子もブラディオンとは厳密には別物だろうけどね。物理学用語としてのそれと宇宙工学用語のちがいってことさ」

 

斎藤T「私がね、頑なに虚数の不変質量の粒子(タキオン)と対になる実数の不変質量の粒子(ターディオン)を“ブラディオン(遅い粒子)”と呼びたがらないのは、“不変質量が実数の超光速粒子(スーパーブラディオン)”の名前が矛盾することが嫌だったからさ」

 

斎藤T「まあ、そのターディオン(遅い粒子)もフランス語のtard(遅い)に由来するから、ギリシャ語由来のブラディオン(遅い粒子)と意味はまったく同じだけど、どうしても持論としては譲りたくなかった」

 

斎藤T「どうしてかって言えば、タキオン粒子を掌握して波動エンジンを開発した世紀の大天才たる私は、空間歪曲型ワープを可能にする無限動力機関を実現させた超光速の粒子(タキオン)とは逆の性質を持つ真性のゼロ速の粒子(ブラディオン)の存在を探究するようになっていたからだ」

 

斎藤T「わかるか? 光の速さを超えた先にある超光速の研究は空間歪曲型ワープがもたらす圧倒的な距離の短縮によって人類の生存圏の拡大に寄与した流通革命で一定の完成を見た」

 

斎藤T「ならば、今度は空間を完全停止させることで得られるエネルギーの固定化に目を向けるようになったわけだ」

 

斎藤T「そうすることによって、人類は完全なる空間の律速を実現させることによって更なるエネルギー革命を起こせるようになる」

 

斎藤T「空間そのものをゼロ速の粒子(ブラディオン)で完全停止させることができれば、化学変化を抑制して保存技術は飛躍的に向上するし、物体の瞬間的な完全停止による安全制御も容易になる」

 

斎藤T「そして、エネルギーの保存はおろか、腐敗すら進行しない完全なる生命活動の停止による永久的な延命も可能になるのだ、いずれは。それは物質世界における物体や生命の時間停止に等しい」

 

 

斎藤T「そう、究極の加速をもたらす超光速の粒子(タキオン)と完全なる停止をもたらすゼロ速の粒子(ブラディオン)を両立してこそ、人類による世界の律速は果たされ、かつてないほどの繁栄がもたらされるのだ!」

 

 

斎藤T「というわけで、明らかに21世紀の科学水準に不相応なゼロ速の粒子(ブラディオン)を発生させる無限動力機関は私が有効活用するから、」

 

斎藤T「――――――“ロイヤル・ナムーフ”とか言ったかな、機械生命体?」

 

斎藤T「悪いが、ゼロ速の粒子(ブラディオン)の研究対象として実験に協力してくれるかな?」

 

斎藤T「まあ、ゼロ速の粒子(ブラディオン)の制御を誤って自分自身が完全停止したみたいだから、私は人道的に保護しているだけなんだがねぇ!」

 

斎藤T「ククククッ! ハハハハハ! ハーハッハッハッハ!」

 

斎藤T「これが三女神の差し金ならば最高の誕生日プレゼントだよ! この世界に生まれ変わってきてよかったあああああ! 欲しかったものがこんなところで手に入るとはな! 最高だよ!」

 

 

ピカッ!

 

 

斎藤T「おっと、雷か。雨が降りそうだが、これは――――――」チラッ ――――――時刻は12:55!

 

斎藤T「し、しまったあああああ! 出走時刻ッ!? 浮かれすぎたぁぁああ!?」

 

斎藤T「ええい、ままなれよ!」

 

 

――――――南無三!

 

 

 

 

 

ゴロゴロ・・・バアアアアアアアアアアアン!

 

 

 

 

 

アグネスタキオン「トレーナーくん!?」

 

アグネスタキオン「――――――ッ」ギリッ

 

アグネスタキオン「負けるかあああああああ!」

 

 

――――――その時、アグネスタキオンの眼には金色に輝く背中がスターティングゲートの向こう第1コーナーにはっきり見えた!

 

 

そして、6月30日の中京競バ場6R『メイクデビュー中京』は大いに荒れた。

 

発走と同時に雷鳴が競バ場全体に響き渡ったことにより、唯一人の約束された優駿を除いて出走ウマ娘が例外なくビクッとスタートの合図を聞き逃して出遅れることになり、更に不運なことに土砂降りの激しい雨も降り始めたのだ。

 

そのため、突如の重バ場と化したメイクデビューに出走する羽目になったジュニア級ウマ娘たちの走りは乱れに乱れることになり、送り出した担当ウマ娘を見守る担当トレーナーたちの途方に暮れる思いが早くもバ群を包んでいた。

 

解禁された6月にメイクデビューするウマ娘というのには、後発組が断然有利だから2年目:クラシック級『新バ戦(メイクデビュー)』に出走登録申請が殺到して除外ラッシュがなるのとは正反対に、先発組として早めにローテーションを完成させて動くことで出走登録申請がすんなり通りやすい優位性があった。

 

一応、まだ2年目:クラシック級『新バ戦(メイクデビュー)』が廃止される前なので、『新バ戦(メイクデビュー)』が解禁された6月でメイクデビューを果たすウマ娘にはまずトレセン学園に入学したての新入生“エリートウマ娘”の姿はなく、

 

トレセン学園での1年を経験した上で後発組に対策されようとも絶対に勝つ自信があるウマ娘か、一刻も早く出走したいという焦りが滲み出ているウマ娘のどちらかであり、少なくともトレセン学園で 1年以上 担当トレーナーに師事して厳しいトレーニングを積んできたウマ娘たちのはずだった。

 

しかし、さすがにスタートの合図と同時に雷鳴と土砂降りが重なるような状況まで予測できるわけもなく、ほぼ全員が出遅れたという一体感のある焦燥感に駆られた恐慌状態に陥り、雷雨の重バ場に加えて視界不良のせいで鬱屈とした気分に支配された新バたちが一進一退の揉み合いとなっていた。

 

もはや、そこには脚質も戦略も何もあったものじゃなく、ただ我武者羅に第4コーナーの先のゴール板を目指してバ群全体が一丸となって競バ場を駆け抜けるのみで、発走するまでまったく誰も予想もつかなかった大混戦となっていた。

 

 

だが、大混戦を制してゴール板の先の勝利を掴み取ったと喜んだのも束の間、勝利はとっくの昔に“アグネス家の最高傑作”アグネスタキオンの手の中であり、計測不可能の大差であったのだ。

 

 

そう、あまりにも実力に差があり過ぎて、重なった雷鳴によってアグネスタキオン以外の全員がビクッとスタートの合図を聞き逃して出遅れたという焦燥感から冷静さを取り戻す間もなく、アグネスタキオンは 唯一人 絶好のスタートダッシュを切って瞬く間に第1コーナーの半分を超えてバ群の視界から消えていたのだ。

 

心理的にも大切な一戦である『新バ戦(メイクデビュー)』で出遅れたという拭いきれない焦りが生じた裏で全員が出遅れたという特異な状況が生み出した一体感のある恐慌状態が致命的な心の隙を生み出すことになり、誰も彼方を見据えずに目先のライバルにばかり意識を向けていたことで、アグネスタキオンの存在は雷鳴と共に遥か彼方に消え去っていたのだ。

 

それは出走ウマ娘だけに限ったことじゃない。観客席もそうだが、解説と実況すらも雷鳴に気を取られて出遅れたバ群の混戦に目が行き、4年間の沈黙を破って出走した注目の1番人気:アグネスタキオンがバ群にいないことにようやく気づいた時には第1コーナーを通った後だったのだ。

 

そのため、置き去りにしたバ群が天候不良に視界不良の重バ場でもみくちゃになってレースの展開が低速になっていたのも相まって、一人 雷雨の中を突っ切って 我が道を行くアグネスタキオンがゴール板に真っ先に到達した時には後続は全てコースの反対側にいるという、タイムオーバーによる罰則が『新バ戦(メイクデビュー)』には適応されないとは言え、担当トレーナーにとっては一生の恥になるような悪夢の光景になっていたのだ。

 

大混戦を制して勝ったはずなのにゴール板の先で同じ体操服にゼッケンをつけたウマ娘が大雨に打たれながら不気味にこちらを見つめてわざとらしく拍手喝采していたことが何を意味するのか理解した時、実はすでに負けていたことに愕然とするばかりの新バたちを尻目に悠々とコースを後にする絶対勝者たるアグネスタキオンの高笑いが雷雨に掻き消されていく。

 

 

――――――これが後世に語り継がれる“超光速のプリンセス”アグネスタキオンの()()()()()()()()()()であった。

 

 

和田T「圧巻だったな……」

 

スカーレットリボン「はい。レコード更新ぐらい余裕だとは思っていましたけど、初出走の新バが出していいタイムじゃありませんよ。永久に破ることができないじゃないですか、あんなの……」

 

ソラシンボリ「――――――まさしく『強くてニューゲーム』ってやつだよね」

 

マンハッタンカフェ「はい。4年間 実験室に閉じ籠もって力を蓄えてきたことで 最初から“無敗の三冠バ(シンボリルドルフ)”に匹敵する能力を持っているわけですから、このレースはすでに『新バ戦(メイクデビュー)』などではなく、“最強決定戦(グランプリ)”なのです」

 

岡田T「そんなウマ娘を指導した張本人が言うのもなんだが、これはひどい。『新バ戦(メイクデビュー)』じゃなかったら勝者以外タイムオーバーの罰則(ペナルティ)でトレーナー歴に一生残る傷だぞ、これは」

 

トウカイテイオー「……悔しいなぁ。羨ましいなぁ。凄いなぁ。ボクも 4年間 我慢していたら あそこまでいけたのかな?」

 

メジロマックイーン「どうでしょうね。誰もが自分の才能を信じて逸早くターフの上で走りたいと思ってトレセン学園に入学するのですから、それとは正反対のもっとも一番困難な“待つこと”に耐えられる方はどれだけいるのでしょうか?」

 

トウカイテイオー「そうだよね。本当はボクたちの何倍も凄くて一番スカウトが集まっていたのに、退学覚悟で 全部 拒否して 4年間も理想のトレーナーを待ち続けるだなんて普通じゃできないことだよ」

 

メジロマックイーン「6年間の中高一貫校の半分以上を待つことに費やして平気でいられるタフさが本当の才能なのかもしれませんわね」

 

 

 

ブォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!

 

 

 

斎藤T「さあさあ、一瞬で水分を吸収するホカホカのタオルと一瞬で水分を吹き飛ばすエアシャワーだぞ! みんな、おつかれさま!」

 

出走ウマ娘「あ、ありがとうございます……」

 

出走ウマ娘「あ、温かい……」

 

現場スタッフ「こんな便利なもの、いつ導入していたんだ……?」

 

現場スタッフ「さあ? 今日が初めてなんじゃないのか? だって、ほら、あの専属スタッフ、見たことないし……」

 

現場スタッフ「そうか? どこかで見たことがあるような気がするんだけどな……」

 

斎藤T「そこ! 使ったタオルはこっちの籠に回収! それで本物のシャワールームで暖を取らせる! 早く! ウイニングライブがあるんだから風邪を引かせるな!」

 

現場スタッフ「は、はい!」

 

 

アグネスタキオン「ふぅ」フキフキ・・・

 

アグネスタキオン「まったく、きみはどこから私の走りを観ていたんだい?」

 

斎藤T「あれ? もしかして視えていた?」フキフキ・・・

 

アグネスタキオン「第一コーナーの向こうに光る背中がほんの一瞬だけ視えていた」

 

斎藤T「…………まさか見られていたとはな」

 

アグネスタキオン「安心したまえ。その直後に雷が鳴って発走だったから、みんな それどころじゃなかった」

 

 

アグネスタキオン「正直に言って感謝しているよ、トレーナーくん。ここ一番でトレーナーらしいことをしてくれたよ。まさに神憑り的な指導だった」

 

 

斎藤T「ああ。ちゃんとスタートダッシュは音ではなく目でする訓練が活きたみたいだな」

 

斎藤T「音は光よりも100万倍遅いし、『スターティングゲートが完全に開いてから発走しろ』とはどこにも書いてないからな」

 

アグネスタキオン「そうそう。きみが空気や純粋、真空、土層などの媒質のちがいによってできるスタートダッシュの差を徹底的に実験してくれたおかげで、私は音よりも確実なスターティングゲートの開閉に目敏くなっていたよ」

 

アグネスタキオン「だから、雷に惑わされることなく、私は中京競バ場の2000mを雨に打たれながら走り抜くことができた」

 

 

アグネスタキオン「けど、存外 煽ってくれるじゃないかい、トレーナーくん?」

 

 

斎藤T「は、何?」

 

アグネスタキオン「きみ、第一コーナーの向こうで背中から振り返るだなんて、ウマ娘にとっては最高の侮辱だよ? 横目で後ろを覗き込むことはあっても完全に顔を振り向けるのは余裕の現れなんだからね?」

 

斎藤T「それは悪かったな。野暮用を片付けたら発走時間になっていたから、慌てて時間跳躍したら、そこだったんだ。他意はない」

 

アグネスタキオン「いや、いい」

 

アグネスタキオン「いつもいつもきみは無自覚でそういうことをするんだから、まったく」

 

斎藤T「は」

 

 

アグネスタキオン「ありがとう。柄にもなく熱くなれたよ、今日は」

 

 

アグネスタキオン「正直に言って私が勝つのは当然だとしても、何の価値もない退屈な時間だと考えていたから」

 

アグネスタキオン「そういうわけで、きみでよかった」

 

アグネスタキオン「きみが私のトレーナーでよかったと思っているよ」

 

アグネスタキオン「きみが私の心に火を点けてくれた。このメイクデビューを有意義なものにしてくれた」

 

アグネスタキオン「だから、私を勝利に導いたきみのために勝利の舞(ウイニングライブ)を踊ろう、きみの担当ウマ娘としてね」

 

アグネスタキオン「光栄に思いたまえ! 今日はきみの誕生日でもあるのだからねぇ!」クククッ

 

斎藤T「そうか」

 

 

アグネスタキオン「だから、誕生日おめでとう、トレーナーくん。ハッピーバースデーだ」

 

斎藤T「きみも初勝利おめでとう、アグネスタキオン。苦節()年でメイクデビュー成功だ」*3

 

 

先程までの雷雨とは何だったのか 猛烈な勢いだったはずの雨はすでに止んでおり、勝利の余韻に浸ることなく淡々と次のレースの準備が中京競バ場で進められていた。

 

しかし、いつもの興行に特別な意味があったことを天下に示すように 太陽を中心に円を形作る晴れ渡る曇り空から大きな虹の橋が降りており、アグネスタキオンの勝利を天が祝福してくれているかのようだった。

 

私もまた晴れやかな気分で空を見上げると、中京茅の輪くぐりのために首に締まった爬虫類の生々しさと生臭さが漂う茅の輪を太陽の輪に放り投げ、瞬く間に太陽光線に灼かれて塵となって大気に霧散するのを見届けるのだった。

 

 

――――――こうして中京茅の輪くぐりは達成され、夏越の大祓は果たされたのだった。

 

 

*1
実際、原作『ウマ娘プリティーダービー』の育成シナリオは1ターン:半月の計算で進行し、『新バ戦(メイクデビュー)』が6月前半に固定なのを逆算すると、育成スタートが1年目1月前半となっている。

*2
諸仏出現の時に天から降り、色が美しく、芳香を放ち、見る人の心を楽しませるという花

*3
長い間、苦労を耐え忍びながら、初心を守り通すこと。「苦節」は、苦労を耐え忍びながら、初志を守りぬくこと。「十年」は、長い間の意。

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