ウマ娘超光速戦記 -TACHYON Transmigration-   作:LN58

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戦勝報告  芝刈りぬ草薙剣の霊威を掴み取れ

 

――――――20XY年6月30日の中京競バ場の6R『メイクデビュー中京』。

 

トレセン学園に入学して早々の『選抜レース』で誰よりも才能を示しながらも沈黙を貫き、時が流れて同期たちが次々と夢の舞台に上がっていっては夢破れて舞台から去っていくのが繰り返され――――――、

 

けれども、“学園一危険なウマ娘”として悪名を轟かせて その存在感を埋没させることなく 4年間の忍耐の時を経て、ついにターフの上に現れたタキオンさんのメイクデビューは()()()()()()()()()()として『新バ戦(メイクデビュー)』が解禁されたばかりの6月最後を飾るに相応しいものとなりました。

 

これでタキオンさんは否応なく来年のクラシック世代の中心として誰よりも注目を浴びることになり、自分こそが優駿たちの頂点に立つスターウマ娘だと信じてトレセン学園の狭き門を潜り抜けてきた日本全国のみならず世界各国から『トゥインクル・シリーズ』で夢を叶えるために集まってきた新バたちの標的になるわけです。

 

そして、中京競バ場でメイクデビューをしたということは同じ左回りの東京競バ場を意識したものであり、つまりは『日本ダービー』に代表される日本ウマ娘レースの王道である“無敗の三冠”達成を狙ったものだと歴戦のトレーナーたちは解釈するわけなのです。

 

しかし、タキオンさんが目指しているのは、斎藤Tが求めているのは、2人が見据えているのは“無敗の三冠”を遥かに超えた()()()()()を変えるタイムパラドックスであり、前代未聞の“クラシック八冠”という不可能への挑戦でした。

 

 

――――――それこそがタキオンさんが求め続けたウマ娘の可能性の“果て”。

 

 

一方で、それは史上初の“春シニア三冠”達成を果たした私にしても同じことで、元々は“最初の三年間”をすでに終えて『URAファイナルズ』開催のために引退を引き止められていた強豪止まりの長距離ウマ娘(ステイヤー)に過ぎない私でしたが、

 

いよいよ『URAファイナルズ』敗退で引退になる瀬戸際でタキオンさんと斎藤Tに新たな道を示された結果、まさかの『URAファイナルズ』敗退直後の快進撃で『大阪杯』『天皇賞(春)』『宝塚記念』を三連勝して史上初の快挙を達成することができました。

 

そして、今までずっと追いかけ続けてきた“お友だち”の背中に少しでも近づくことができたという実感もあって、今の私は最高に充実した気分でした。まだまだ走り続けて“お友だち”のことを追い続けたいという気持ちが抑えられません。

 

ですので、この調子で“秋シニア三冠”達成も両立して前人未到の“春秋シニア六冠”を果たすのも悪くないと思い、和田Tとの契約は続行しています。元より“最初の三年間”も終えて『URAファイナルズ』も敗退して引退するだけの身でしたので、“春シニア三冠”達成からの『トゥインクル・シリーズ』への再挑戦はあまりにも縛るものがなくて開放感に溢れるものでした。

 

これで私もタキオンさんと同じように今現在のウマ娘レース業界で現役最強を目指す古バたちの最大の注目の的になったわけです。

 

 

――――――本当に人生とは不思議なものです。

 

 

テイオーさんやマックイーンさんと言ったかつての世代の中心となるスターウマ娘が次々に引退していった一方で、同じ年に入学した同期の私たちがこうして競走ウマ娘としてはゼロからスタートし直すことになり、それぞれが新バと古バとして最大の注目を集めることになっているのですから。

 

けれども、私たちを導いてくださる“門外漢”斎藤Tは()()()()()を変えるためにトレーナーの立場でありながらトレーナー業以外に数え切れないほどの仕事を同時進行させながら人知れず人類の脅威に対抗していることを間近に見ていると、

 

そうした人たちの支えがあって『トゥインクル・シリーズ』で夢を叶えるために真剣勝負に安心して挑める今の平和があるわけですから、タキオンさんも私も“クラシック八冠”も“春秋シニア六冠”という不可能への挑戦に挑む勇気をもらえています。

 

そう、あの人はそれが私たちに与えられた黄金期の次の新時代を切り拓くための天命なのだと、それを全うすることこそが()()()()()を変えるタイムパラドックスのために誰よりも体を張りながら決して功を誇らずに平和を支えているあの人にとって最大の支援になると言ってくださいました。

 

ですので、タキオンさんもそうですが、私もあの人のために“春秋シニア六冠”を勝つことをいつしか強く願うようになっていました。

 

 

――――――けれども、本当は()()()()()()()()()()()ことに気づいてしまった自分のことが嫌になります。

 

 

正直に言って、私はずっとタキオンさんのことが疎ましかった。妬ましかった。羨ましかった。

 

タキオンさんは入学して早々にスカウトに来たトレーナーを次々と実験体(モルモット)にする“学園一危険なウマ娘”でしたが、

 

私もまた他の人には視えないものが視えることで周囲から理解を得られない“学園一不気味なウマ娘”として同類扱いされて、その監視役として生徒会から旧理科準備室を特別待遇で与えられる始末です。

 

しかも、タキオンさんの監視役に選ばれた一番の理由が、“皇帝”シンボリルドルフにとっての一番のお気に入りはテイオーさんでしたが、“皇帝”にとってあの世代で一番に期待していたタキオンさんで、そのタキオンさんが一番に評価していたのが私だったから一緒にされたわけなのです。

 

だから、最初から何から何まで私の学園生活はタキオンさんの道連れになり、タキオンさんの興味を引いたばかりに一番身近なウマ娘として頻繁に実験台にされそうになるし、タキオンさんが何かしでかす度に監視役にされた私が事情聴取を受ける羽目になり、宛てがわれた旧理科実験室で私たちは喧々諤々の毎日を送っていました。

 

その上で非常に腹立たしかったのが、私にしか視ることができないから誰も信じようとしなかった“お友だち”のことをを彼女なりの知見や解釈から存在を認めてくれた初めての人になったことでした。

 

そんな日々も 部活棟が出来上がって これ幸いに一人しかいない化学実験室にタキオンさんを押し込めて清々しましたが、

 

それとは裏腹に私の『トゥインクル・シリーズ』は世代の中心であったテイオーさんやマックイーンさん、それに続いたミホノブルボンさんやライスシャワーさんに遅れを取り続けることになり、実力十分と評価されながらもなかなか勝ちきれない強豪止まりでした。

 

そして、タキオンさんも部活棟の化学実験室に閉じ籠もりきりになって何年も経ち、退学処分が検討される度に“皇帝”シンボリルドルフが庇い立てをするのが繰り返されて、

 

ついに『URAファイナルズ』が開催され、最大の庇護者である“皇帝”が卒業する年を迎え、私にしてもタキオンさんにしてもいよいよ後がなくなろうとした黄金期最後の一年――――――、

 

 

――――――“皇帝”シンボリルドルフが最後にその登場を待ち望んだ無名の新人トレーナーが配属されました。

 

 

あの人は配属早々に形振り構わない強引なスカウトで“学園一の嫌われ者”となり、すぐにクビになりかけたと思いきや、学外でウマ娘に撥ねられて三ヶ月間の意識不明に陥ったと言うことで非常に有名な方でした。もちろん、悪い意味で。

 

しかし、三ヶ月間の深い眠りから目覚めた時には記憶喪失になりながら、復帰してすぐにハッピーミークさんの担当トレーナーの桐生院Tのサブトレーナーの座に収まっていたのです。

 

しかも、自身が組んだ最初の模擬レースでまさかのハッピーミークさんの対戦相手に“怪物”ナリタブライアンを選んで打ち負かし、その勢いで『天皇賞(秋)』でついにハッピーミークさんにG1勝利を掴ませた実績まで積んでしまいました。

 

また、トレーナーとしての実績以外でも配属早々に“学園一の嫌われ者”になった存在感の強さは記憶喪失になっても衰えず、むしろ桐生院Tの許で落ち着いて学園での立居振舞を学んだことで要領を得たのか、最初に打ち立てた悪名によって学園中に名が知れ渡っていたこともあり、目覚めてからずっと毎月のように学園の話題に名が出る存在で在り続けました。今度は良い意味で。

 

そもそもとして、あの人は本来はウマ娘レースのトレーナーになるべき人物ではなく、代々に渡って天皇家に仕えてきた古来からの由緒正しい『名族』出身の皇宮警察のエリートの子息という“門外漢”だったわけなのです。

 

それが ウマ娘に撥ねられて記憶喪失になったのとは裏腹に 配属早々に“学園一の嫌われ者”になるほどに強引なスカウトをするほどに切羽詰まった事情が解決された後は、程々にトレーナーとしての実績を積み上げたら引退するだけの気楽な立場になっていたようでして、最初の頃とは丸っ切り別人になっていたそうです。

 

それだけに皇宮警察のエリートの子息として発揮された透き通った人間性と能力の高さはトレセン学園のウマ娘やトレーナーならば声を掛けられるだけでも恐縮してしまう生徒会役員のスターウマ娘の全員と対等の付き合いで親交を結ぶほどで、その極めつけとして生徒会役員の全員からバレンタインチョコをもらうほどでした。

 

気づけば“学園一の切れ者”としてトレセン学園の大物たちと肩を並べてウマ娘レースやトレセン学園の未来を語り合うほどの信頼を得て、精力的な学外活動や課外活動によって配属1年目の新人トレーナーとは思えないほどの人脈を築き上げていたのです。

 

 

そんな人だったからこそ、私や“皇帝”シンボリルドルフをはじめとするみなさんがタキオンさんに担当トレーナーができたことを心から祝福することができたのです。それはもう『学園一危険なウマ娘のことを引き取ってくれるなら学園としては大歓迎』という満場一致の祝福です。

 

 

ええ、はっきりと憶えています。一人しかいない化学部の部室にずっと閉じ籠もりきりで何日もシャワーを浴びることのないようなタキオンさんから毎日ちがうシャンプーの匂いがするようになったのに気づいた時の衝撃は。

 

今までタキオンさん以外に誰も訪れる人がいなかった部活棟の一室が賑わいを見せて、それでいてタキオンさんがちゃんと学生寮に帰って自分からシャワーを浴びるようになったことは、旧理科実験室で喧々諤々していた頃のことを思うと、それが本当かどうか素直に信じることができませんでした。

 

ですから、たった1回の『選抜レース』に出てからは何年もずっと自分の実験室に引きこもっていたタキオンさんのことを外の世界に連れ出したトレーナーがどんな人なのかを見てみたくなりました。

 

だから、“お友だち”にお願いして何度も見に行ってもらったのですが、“お友だち”からその人の話を聞く度に外側は清涼でありながら内側は温かいものが身体中に広がっていく感覚がして、『側にいるだけで元気を分けてもらえる』そんな人なんだと思いました。

 

 

――――――そう、だから、私はタキオンさんのことが疎ましかった。妬ましかった。羨ましかった。

 

 

自分を曲げずに何度も退学処分になりかけようともギリギリまで『待つこと』を選んで自ら引き寄せた担当トレーナーがあまりにもタキオンさんにとって完璧で、自分だけのトレーナーを掴み取ったタキオンさんから滲み出ている歓びを見せつけられていると、私ばかり損しているように感じてしまいました。

 

それだから、私は『URAファイナルズ』敗退で引退しようとしていた時に和田Tを通して実質的にあの人からスカウトを受けた時、これからあの人と二人三脚で『トゥインクル・シリーズ』に挑むことになるタキオンさんに対してほくそ笑むような昏い感情を覚えることになったのです。

 

どうせタキオンさんのことだから、せっかく担当契約を掴み取ったトレーナーのことさえも実験体(モルモット)扱いにしてすぐに愛想を尽かされると高を括っていました。

 

けれども、それはトレセン学園の生徒に過ぎなかった子供の稚拙な発想で、誰よりも大人だったあの人はトレセン学園での日々は自身の夢を叶えるための通過点に過ぎないとして『宇宙船を創って星の海を渡る』という壮大な夢の下準備として広く人材を集めていて、タキオンさんのことを()()()()()()()()()()()()極めて優秀な研究者として迎え入れる生涯契約を交わしていたのです。

 

その証として贈られていたダイヤモンドのネックレスをタキオンさんが学園で人の目を盗んでこっそり眺めてニヤニヤ悦に浸っている様子を目にしてしまった時、恋はダービー、初めて私もタキオンさんも一人の女の子だったことを思い出しました。

 

そして、その時に初めて深く認識に刻まれた感情を忘れることができないまま、タキオンさんよりも役に立ってタキオンさんよりも近い場所に置いてもらいたいという欲求に私は駆られるようになりました。

 

タキオンさんは言わずもがな 人を人と思わずに実験台(モルモット)にしようとするぐらいには荒事に慣れていましたが、私も“お友だち”と力を合わせることで常人の理解の範疇を超える力を行使することができるので、きっと役に立てるものだと――――――。

 

 

けれども、あの人に発破を掛けられて私が史上初の“春シニア三冠”を達成した『宝塚記念』の1週間後の『メイクデビュー中京』で、そんな思いは出走開始と同時の雷鳴と共に粉微塵に打ち砕かれることになりました。

 

 

もちろん、この日のためにありとあらゆる準備と忍耐を重ねてきたタキオンさんは雷鳴に惑わされることなく、後続のバ群が突然の重バ場と出遅れによってもつれ合って全体が低速のうちに、サンタアニタで“異次元の逃亡者”サイレンススズカの背中を一瞬でも捉えるほどの神速で一人あっという間に重バ場の第一コーナーを越えていくのが見えました。

 

いくら『新バ戦(メイクデビュー)』ということで最初から結果が見えていたとしても、ここまでの差が出るのを目の当たりにすると、その結果に少なからぬ衝撃を受けてしまいます。

 

しかし、その雷鳴と共に重バ場を突如として作り出した大雨のレーストラックの中心:バ場内遊園地に陣取っていた巨大な存在に私だけが気付かされ、あの人が戦っている相手は()()()()()()()()()()()()()()と戦慄させられることになりました。

 

それは山でとぐろを巻くかのような大きさの巨大な蛇の怪物でした。バ場内遊園地から突如として現れたそれは私以外の誰にも視えず、レーストラックの中心から外周を低速で走っているバ群を睨みつけて丸呑みにしようとしていたのです。

 

すると、次の瞬間にはどうなってしまうのか――――――、出走開始と同時の雷鳴によってタキオンさん以外の新バの全員が出遅れたという焦りと一体感から大雨で視界が悪い重バ場を走る低速のバ群が一斉に転倒してほぼ全員が競走中止になる巻き込み事故になる光景が私だけに視えてしまったのです。

 

思わず観客席から立ち上がってしまったものの、他の誰にも視ることができない光景を説明したところで手遅れで、誰にどう説明すればいいのかもわからず、あんな化物をどうにかしようだなんて到底無理だと何もできず静かに腰を下ろすしかなかった最後の瞬間――――――。

 

 

 

――――――シンボリルドルフ!

 

 

――――――トキノミノル!

 

 

――――――これでエンドマークだ!

 

 

 

Fusion-ride to Origins !

 

 

Symboli Rudolf ∧ Tokino Minoru

 

 

Byerley Turk

 

 

 

――――――私の眼には黄金に輝くウマ娘の勇姿が視えました。

 

 

そして、誰にも視えない現実と非現実が紙一重の場所でたった一人で山そのものであるかのような巨大な蛇の怪物からタキオンさんが置き去りにした遥か後方の雷雨の重バ場で足を取られているバ群を護ろうとしていました。

 

しかし、ヒトを遥かに超える身体能力を誇るウマ娘と言えども、自然の脅威そのものである山のように巨大な怪物の前には手も足も出ないのは自然の道理です。

 

最初こそ横っ面への飛び膝蹴りで大雨と共にバ群を呑み喰らおうとしていた怪物を仰け反らせることができても、次の瞬間には巨大な蛇の怪物はレーストラックの中心:バ場内遊園地の広い敷地を巨体とは思えない俊敏さで激しく這い回り、

 

不意に放たれた尻尾の叩きつけがバ群に向かった時は黄金のウマ娘は山のような蛇の怪物の一撃を逃げることなく巌のように真正面から受け止め、現実世界ではバ群が何事もなかったかのように叩きつけられるはずだった怪物の尻尾の下を通り抜けていきます。

 

すかさず、受け止めた尻尾を伝って怪物の頭部に迫ろうとするものの、激しい雨によって水を得た魚のように滑らかに動く山のような巨体に振り落とされてしまい、時間稼ぎが精一杯なのが見て取れます。

 

一方、タキオンさんは『皇帝G1七番勝負』で見せた“無敗の三冠ウマ娘”並みの初期能力と出走開始時の雷雨も相まって あっという間に新バたちの視界から消えて 後続のバ群をコースの反対側に置き去りにした状態でゴール板を通過していました。当然、永久に更新されることのないだろうレコード勝利を達成して。

 

それも大差という枠を遥かに超えた、コースの反対側に置き去り;1000m以上なので、衝撃の400バ身差という計測不可能と言うより正気を疑う桁違いの着差を記録することになったのです。*1

 

まさに完全独走状態で 駆け引きも何もない重バ場のターフさえも絶好調で全力で駆け抜けたタキオンさんは 後続に一切姿を見せることなく そのまま悠々とターフの上から去っていくことができたはずなのですが、自身がコースの反対側に置き去りにしたバ群を眺めるためか その場を後にすることなく 雨に打たれ続けていました。*2

 

 

――――――そうです。タキオンさんにも同じように視えていたのです。

 

 

私の眼には6R『メイクデビュー中京』に出走した全てのウマ娘が無事にゴール板を通過できるように必死に蛇の怪物からバ群を護ろうと必死に足掻く黄金に輝くウマ娘の姿がずっと視えていました。タキオンさんもゴール板を通過した時にレースへの集中力が切れたことで視えなかったものが眼に映るようになったのかもしれません。

 

けれども、私よりも間近にレーストラックの中心:バ場内遊園地で暴れている蛇の怪物が視えたところでできることがないのは変わりません。長くても5分以内にはウマ娘レースは絶対に終わることを踏まえて祈るようにその時間が来るのをただ待つしかないのです。

 

そうこうしているうちに、蛇の怪物の首を切り落とそうと刃を突き立てたところでゴール板の前に黄金に輝くウマ娘が激しく叩き落されてしまいました。

 

けれども、現実では依然として激しい雨が降りしきるだけで、私の五感に訴える衝撃がありながらゴール板には何の跡も残っていませんでした。タキオンさんが駆け出したくなるのをグッと堪えているのが視えました。

 

すると、蛇の怪物の口から明らかに毒々しく不吉な青紫色の炎が漏れたのが視えると、ゴール板の前に叩きつけられてヨロヨロと起き上がったあの人に向けて悍ましい瘴気を浴びせてきたのです。

 

あんなものを浴びてしまったら絶対にただじゃすまないという予感が極寒の冷気のように私の全身を包み込みました。完全に身体が縮み込んで 手も足も動かず 息をすることすらできなくなったように錯覚する無限のような一瞬が訪れました。

 

 

――――――その時、私は、タキオンさんは、何を想ったのでしょうか?

 

 

答えはきっと私もタキオンさんも同じだったように思います。

 

無限のような一瞬、その瞬間、観客席の私とバ場にいるタキオンさんが時間と空間を超越して繋がったのを感じ、周りの全てが停まった時の狭間で私があの人から預けられていた2つの空白(ブランク)のウマ娘ジェムが輝きました。

 

2つのウマ娘ジェムを取り出してスイッチを入れると、かつてないほどにはっきりと濃い力強い存在感の“お友だち”が現れ、今まさに悍ましい炎に中京競バ場のターフの上で焼き尽くされようとしているあの人の許に飛んでいって、1つになり――――――。

 

なんと、“お友だち”と1つになって力強い輝きを取り戻したあの人はいつの間にか手にした輝く剣で円を描いて十字に斬ると、結界のようなものであの悍ましい炎が阻まれ、次第に勢いが緩やかになっていくどころかゆっくりと逆再生しているように視えました。

 

そして、“お友だち”と一体になったあの人が火打ち石で火起こしするように握り拳の両手を擦りつけると聖火のように光り輝き、ゆっくりと逆再生している悍ましい青紫色の炎を防いでいる結界に全力をぶつけるかのように思い切り光り輝く両手を叩きつけました。

 

すると、ゆっくりと逆再生している悍ましい炎が早戻しで逆流し、見ていて毒々しいものが神々しい光を放つものに変質して、怪物の口に全て吸い込まれていったのです。

 

これにより、蛇の怪物は体のあちこちから光が漏れ出し、光の粒となって霧散していったのです。

 

それと同時に中京競バ場を覆っていた不穏な気配が全て消え去り、出走開始と同時に降りしきった雷雨が止み、空は晴れ渡ることになったのです。

 

気づくと、タキオンさんに置き去りにされたバ群がゴール板に辿り着いたのを観客席から拍手で迎えたあの人がいて、担当トレーナーとしてタキオンさんを迎えに行くために観客席をすっと離れていきました。

 

 

――――――さっきまでのは全て幻だったのでしょうか。

 

 

けれども、私の手の中には空白(ブランク)だったはずのウマ娘ジェムが2つあり、そこから身体の芯から温かくなるような力強いエネルギーの波動を感じることができました。

 

そう、それは私とタキオンさんのウマ娘ジェムで、見ているしかできない私たちのあの人を想う祈りが重なり合って現実を変える力になった証でした。

 

そして、そのことを誰もおくびにも出さないわけなのですが、ただただ存在を感じられる、無事でいることにたとえようのない歓びを覚えるようになったのもこの瞬間からでした。

 

 


 

 

――――――熱田神宮会館

 

 

斎藤T「――――――であるからして、熱田神宮の社家から史上初の武家政権である鎌倉幕府を開いた源頼朝が誕生したように、」

 

斎藤T「熱田神宮に納められている三種の神器の1つ:天叢雲剣、またの名を草薙剣にはルール作りや秩序の構築を大いに助ける霊威があるわけですね」

 

斎藤T「また、それからも桶狭間の戦いで織田信長が戦勝祈願をしたり、徳川御三家の筆頭格である尾張徳川家が勃興したりしたわけなので、東西の都を結ぶ中京として栄えてきた名古屋にはそういった働きの産土の力がみなぎっているわけです」

 

斎藤T「裏を返すと、見栄っ張りで有名な名古屋人の気質を抑えるために熱田神宮が中京に建てられたという見方もできます」

 

斎藤T「実際、中京と呼ばれるぐらいには都市圏が発達していてながら、名古屋から出るという考えがほとんどないぐらいに地元志向が強く、」

 

斎藤T「全国から人が集まる東京のように様々な人や考えに触れる機会が比較的少ないことや尾張徳川家という諸大名の中で最高の家格だったことで自意識過剰にもなるわけですよ」

 

斎藤T「しかし、これもまた源頼朝や織田信長のような天下人を生み出すには最適な土壌になっていまして、名古屋人の生来の気質に熱田神宮の神徳でバランスを取ることで、現代においても世界No.1のTOYOTAがあるわけです」

 

斎藤T「TOYOTAがどうやって世界No.1になれたのかを分析すると、ほらね、KAIZENやカンバン方式に代表されるように、鎌倉幕府を開いた源頼朝のように徹底したルール作りと秩序の構築が現場での主要因とされているわけです」

 

斎藤T「でも、これは考えてみると当たり前のことで、現代においても世界的な富豪を輩出しているユダヤ人の起源となるのが出エジプトした古代イスラエル人であり、その指導者だったモーセの十戒を守って集団の秩序を維持することで社会の安定が図られたわけです」

 

斎藤T「法によって社会の安定を得るというのは、古代中国において法家が唱えた法治主義による統治で初めて中華統一を果たした秦の始皇帝や、秦王朝を打倒しながらその手法を受け継いだ漢もそうですね」

 

斎藤T「同じように、君主が名君であるか暗君であるかによって政治が安定しなかったのを憲法によって君主の権限を制限して振れ幅を小さくして社会の安定を図った近代国家が古代と比べてかつてないほど政権が安定して繁栄しているのは誰の眼から見ても明らかなことでしょう」

 

 

斎藤T「つまり、私の担当ウマ娘:アグネスタキオンがなぜ主要4場ではなく、この中京競バ場からメイクデビューしたのかと言うと、トレセン学園の黄金期を導いた“皇帝”シンボリルドルフ卒業後の新時代の方向性を決めるために熱田神宮の草薙剣の霊威が不可欠だったからなのです」

 

 

斎藤T「現在のトレセン学園は黄金期から新時代を迎えるに当たって様々な混乱が生じています」

 

斎藤T「黄金期を主導した“皇帝”シンボリルドルフは卒業し、秋川理事長は海外に長期出張でトレセン学園を離れています」

 

斎藤T「その留守を預かった樫本理事長代理はこれまでのトレセン学園の自由で開放的な校風に反した徹底管理主義の名の下に『管理教育プログラム』導入のために非公式戦『アオハル杯』を利用してトレセン学園に少なからぬ波乱を呼んでいます」

 

斎藤T「そして、生徒たちの代表機関である生徒会役員の指導力は“皇帝”一人のカリスマに及ばず、長期政権を築けないことで、『URAファイナルズ』の成功もあって総生徒数2200名弱に達した生徒たちの統率に苦労していくことでしょう」

 

 

斎藤T「ですので、今こそ熱田神宮の神剣の霊威が必要というわけなのです!」

 

 

斎藤T「ここにお集まりになりました、名古屋の皆さん!」

 

斎藤T「名古屋の地から国民的スポーツ・エンターテインメント『トゥインクル・シリーズ』の新時代を切り拓く上様がおなりになるのを見てみたいと思わないかー!」

 

斎藤T「この地を“超光速のプリンセス”アグネスタキオンの天下布武の始まりの地とする!」

 

 

ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア! パチパチパチ・・・!

 

 

それから『メイクデビュー中京』のウイニングライブ 前半の部が終了すると、祝勝会は熱田神宮で行われた。

 

20XY年6月30日、その日は夏越の大祓であったが、祭事そのものは重賞レースが行われる11Rの前には執り行われているため、問題なく祝勝会の前に中京茅の輪くぐりを完遂したことや担当ウマ娘のメイクデビューが成功したことへの報恩感謝の団体参拝を行えた。

 

熱田神宮に集まったのは私とアグネスタキオンを応援している方たちであり、更には()()()()()()()()()()に心打たれたウマ娘レースファンも巻き込んで団体参拝と祝勝会を行ったため、予想を超える数に熱田神宮の神職の方々に大変驚かれた。

 

そして、再び御垣内参拝した時に神託でどうして中京競バ場でのメイクデビューや中京茅の輪くぐりが必要だったのかを教えられることになった。

 

それを踏まえて中京競バ場やウイニングライブ会場でアグネスタキオンに魅せられたウマ娘レースファンに対して訴えかけたのだ。

 

そう、すでに『宝塚記念』『有馬記念』に出走するために必要なファン数に達するだろうことは確定しているが、ここで主要4場の王道路線から外されているためにあまり中央から見向きされない名古屋人の心をきっちりと掴んでしまうのだ。

 

横浜と同じだ。日本を代表する大都市の1つである名古屋にだって矜持がある。東京や京都ならまだしも主要都市に数えられていないような船橋(中山)宝塚(阪神)になんか負けてられるか――――――。

 

私が皇宮警察のエリートの息子であることを明かした上で熱田神宮の由緒を語ることで『高松宮記念(中京大賞典)』が開催される中京競バ場がある名古屋*3への深い尊敬と熱い想いを届けるのだ。

 

そのため、名古屋こそが世界の中心だと信じて疑わない名古屋人の心をくすぐってやるわけであり、団体参拝の御玉串料は神様への誠の証としてきっちり徴収するが、

 

一方で、祝勝会の一般人の参加条件は『メイクデビュー中京』のバ券やウイニングライブのチケット持参としたので大勢の人たちが集まることになったわけである。

 

名古屋人はモーニングの聖地として喫茶店のモーニングセットがいかにお値打ちであるかどうかにこだわるような人種なので、実質的にタダでごちそうにありつけるとなれば食いつかないわけがない。

 

そうしてもてなしたところで、徳川御三家の筆頭格として諸大名の中で最高の格式を有した伝統と誇りに訴えかけることで、名古屋人に刻まれている地元の誇りの淵源である大大名への忠誠心を呼び起こす。

 

それだけじゃない。この場にはアイルランド王族の留学生:ファインモーション姫殿下や“春シニア三冠バ”マンハッタンカフェをはじめ、エアシャカール、ウオッカ、ダイワスカーレット、アストンマーチャン、ソラシンボリといったアオハルチーム<エンデバー>の面々、新生徒会役員に就任したトウカイテイオーやメジロマックイーンも居合わせており、他には黄金世代『ドリーム・シリーズ』最強のキングヘイローとディスカビル姉弟も駆けつけて大盛りあがりである。

 

そうして誕生日を迎えた“斎藤 展望”を祝うバースデーパーティーを兼ねた身内だけの祝勝会とウマ娘レースファンとの祝勝会の会場を用意して、思いもよらぬ中央競バ『トゥインクル・シリーズ』のスターウマ娘たちとのファン交流イベントも開催されたので、“超光速のプリンセス”アグネスタキオンのメイクデビューとしてはこれ以上ない宣伝となってくれただろう。

 

私も自分自身の夢のために地元の人たちと積極的に交流することになり、名古屋の人たちが中央競バや中央トレセン学園に対してどのような印象を抱いているのか聞き取りをすることになった。

 

その裏で、異例のチーム対抗戦『アオハル杯』を復活させることで中央競バや中央トレセン学園がこれからどのように変わろうとしているのかをパンフレットにして無料配布させる目的で抜き打ちのファン交流イベントを企画したわけでもあった。

 

海外に長期出張することになった秋川理事長の置き土産である非公式戦『アオハル杯』のことをどれだけの人間が知っているのかをアンケート調査も実施することになり、過去に廃止と復活を繰り返した歴史の生き証人からの生の声をどうにかして集めようとしていた。

 

そこから縁を手繰り寄せることで過去の『アオハル杯』の開催時期を特定して過去視することで、『アオハル杯』の歴史的資料のコピーをエクリプス・フロントの歴史資料館にいずれ展示するのだ。

 

 

 

――――――東京への帰りの新幹線にて

 

 

斎藤T「………………」

 

斎藤T「――――――」スッ

 

斎藤T「………………」ジー

 

 

――――――ウマ娘ジェム【“超光速のプリンセス”アグネスタキオン】

 

 

――――――ウマ娘ジェム【“摩天楼の幻影”マンハッタンカフェ】

 

 

ゴールドシップ「よう、モッチー。ずっと喫煙ルームに籠っていてよぉ、葉巻に火も点けずに何してんだぁ?」

 

斎藤T「……ゴールドシップ」

 

ゴールドシップ「ほほう。気に入ってくれたみたいだな、それ」

 

ゴールドシップ「見ていたぜ、あの戦い。早速、()()()()()()()が役に立ってくれたみたいで何よりだぜ」

 

斎藤T「普通に負けそうだったが?」

 

ゴールドシップ「絶体絶命の状況からの逆転がヒーローの見せ所だろう?」

 

斎藤T「このウマ娘ジェムそのものは既存の玩具を改造しただけの物実だ」

 

斎藤T「――――――人々の内に宿るリトルスターが祈りとなってウルトラカプセルを起動させる。原作通りの仕様だな」

 

ゴールドシップ「そうだぜ。あんたと特に縁が深いウマ娘ってのがアグネスタキオンとマンハッタンカフェの2人だったわけだな」

 

斎藤T「まあ、私が求めているのは世界の神秘だとか冒険だからな。これが政治だとか改革になってくるとシンボリルドルフになってくるんだろうが」

 

ゴールドシップ「モッチー、あんたならリトルスターとウルトラカプセルの正体がわかるだろう?」

 

 

――――――どうしてウマ娘ジェムが力になるのか。そして、この世界が何なのかも。

 

 

斎藤T「ヒトは神の似姿として想像された地上の支配者であり、全ての動物に名前を与えた万物の霊長――――――」

 

斎藤T「ウマ娘はある四足歩行動物の特徴を併せ持った万物の霊長たるヒトに極めて近い何か――――――」

 

斎藤T「今日のメイクデビューで2つのウマ娘ジェムを起動させた祈りには アグネスタキオンとマンハッタンカフェの想念に乗せられた 2人を応援するファンや仲間たちの想いも込められていた――――――」

 

斎藤T「つまり、あの時 フュージョンライドした私にはアグネスタキオンとマンハッタンカフェの想いに加えて、それ以上にファンや仲間たちの応援もあって、実質的な祈りの総量は“春シニア三冠ウマ娘”マンハッタンカフェのファンが大半を占めていた――――――」

 

斎藤T「けれども、中京茅の輪くぐりで集めた人々の穢れを具象化した妖怪:オロチを草薙剣と火打ち石で浄化した時、どうしてアグネスタキオンとマンハッタンカフェの祈りにそれだけの人々の意思を集めることができたのが朧気ながら見えたんだ」

 

斎藤T「なぜアグネスタキオンとマンハッタンカフェが人々の祈りの器になり得たのか――――――、いや、ウマ娘という異世界の英雄の魂を宿した存在だというオカルトがなぜ一般に信じられているのか、その真相の一端に触れることができたような気がしたんだ」

 

斎藤T「たぶん、中京茅の輪くぐりで巡ってきた各地の神域に降りている神霊が教えてくれたことなんだと思う」

 

ゴールドシップ「へえ? それで?」

 

斎藤T「結論を言おう。ウマ娘をウマ娘たらしめている異世界の英雄の魂“ウマソウル”の正体は裏世界に跋扈している妖怪と本質的に根源を同じくするものなんだ」

 

 

――――――異世界の英雄の魂“ウマソウル”はここではないどこかの異世界で確立された人々の祈りが信仰となったものなんだ。

 

 

斎藤T「つまり、ウマソウルを構成する大部分は異世界の英雄の霊魂そのものよりも英雄に祀り上げた人々の意思が大部分を構成している。ウマ娘の霊魂が骨で、人々の意思が肉と考えると、ウマソウルの構造がわかりやすいんじゃないか」

 

斎藤T「要は、ここではない異世界で『英雄にはこうであって欲しい』という願いからウマソウルが流れ着いて形作った夢の舞台というのが『トゥインクル・シリーズ』、このヒトとウマ娘が共生する地球だと言ったら、信じるか?」

 

ゴールドシップ「まあ、最初からあたしらウマ娘には『異世界の英雄の魂が宿っている』って言われているからには、こことはちがう異世界のどこかでやり残したことがあるから往生せずにこの世界に生を受けているんだろうなってのはなんとなく」

 

ゴールドシップ「けど、そう言われるといろいろと辻褄が合うよな」

 

斎藤T「ああ。学園裏世界に蔓延っている悪霊や妖怪の正体は圧倒的にウマ娘よりもヒトが多い。ヒトの方が霊性に優れていると評するべきか、ウマ娘が野性的と言うべきか――――――」

 

斎藤T「なぜ ただ単に“異世界人の魂”ではなく“異世界の英雄の魂”という大仰な肩書で言い伝えられているのかも今ならわかる。人々の信仰によって英雄にまで昇華された魂のことを古代の霊能力者がしっかりと審神(さにわ)していたからなんだな」

 

斎藤T「このヒトとウマ娘が共生する地球で定められている運命は異世界のある存在を“英雄の魂”にまで昇華させた人々の信仰が求めているものが根源となって霊界を形成して現実の事象を形作った結果がほとんどなんだ」

 

 

――――――始めに言葉ありき。言葉は神と共にあった。言葉は神であった。

 

 

斎藤T「今なら造物主と被造物の関係性の観点からヨハネの福音書の第1章が真実であると深く頷けるな」

 

ゴールドシップ「へえ。それじゃあ、あたしたちウマ娘がやりたいと頭で考えるよりも本能や直感で思うことはここではない異世界の人間たちの『こうあって欲しい』という願いやエゴに突き動かされているってわけか」

 

ゴールドシップ「すると、『宝塚記念』を三連覇する絶対無敵のゴルシ様や“無敵の三冠バ”になれたトウカイテイオーのような“もしもの可能性”を夢想する熱心なファンの願いがアタシたちの今現在に大きな影響を与えているわけってか」

 

斎藤T「ウマ娘だけに限ったことじゃない。この世界でヒトに生まれ変わっている“異世界の英雄の魂”もそれなりにいるようだ」

 

ゴールドシップ「なら、明らかに『トゥインクル・シリーズ』の王道から外れた存在のアグネスタキオンとマンハッタンカフェの在り方はウマソウルに刻まれた使命に反する生き方をしているんじゃないのか?」

 

 

斎藤T「でも、ウマソウルに縛られない 誰も見たことがない まったく新しい物語がこうして始まっているだろう? ワクワクしないか?」

 

 

ゴールドシップ「あたぼうよ! つまらねえことなんてお呼びじゃねえ!」

 

斎藤T「そこだよ。英雄信仰の根源にあるものは」

 

斎藤T「イギリスのアーサー王伝説がフランスで脚色されていった設定が逆輸入されて、それが歴史的資料に基づくかどうかよりも物語としておもしろいから公式設定として定着されていったように、英雄を信仰した人々は『こうあって欲しい』という夢とロマンに胸を膨らませてきたんだ」

 

斎藤T「日本で言えば、特に織田信長と新撰組の二次創作やパロディが多種多様に存在して、少なくとも外すことができない設定や定番のイメージというものが確立されてもいるだろう。それと同じことだ」

 

斎藤T「そして、きみたちウマ娘は『こうあって欲しい』という願いを受けて異世界の英雄の一側面を反映させた存在だ」

 

斎藤T「だから、もしかしたら ちがった一側面を反映させた 根源を同じくする 魂の同胞が探せばいるかもしれないぞ。それこそ、無数に存在する織田信長や新撰組の様々なキャラ付けのようにな」

 

ゴールドシップ「アハハハハハ! そいつはいいな! このゴールドシップ様が世界に何人もいたら、この世界は最高にハイテンションだよな!」

 

 

――――――なら、()のあんたはさ、どこの異世界の何の英雄の魂が宿った存在なんだろうな?

 

 

 

 

 

マンハッタンカフェ「あ、おかえりなさい、斎藤T」

 

陽那「おかえりなさい、兄上」

 

アグネスタキオン「随分と長く席を離れていたじゃないか」

 

斎藤T「寝ているものだと思っていたが」

 

アグネスタキオン’「おいおい、これから旅費を経費として申告するために新幹線や飛行機での移動が当たり前になってくるんだ。常に周りから見られていると考えたら寝顔を晒すのも危ないだろう?」

 

アグネスタキオン’「もっとも、付添がなければ帰り道は本当に一瞬で終わって気楽なんだがねぇ」

 

斎藤T「それもそうか。わざわざ応援のためにこれだけの人数が決して安くない旅費を使って指定席を専有しているわけだ。注目が集まらないわけがないか」

 

陽那「その、妹の私を気遣って すぐに東京に帰る必要はなかったのではありませんか? 担当ウマ娘がレースに出走した翌日は振替休日なんですから、トレセン学園の月曜日は実質的に定休日みたいなものじゃないですか?」

 

斎藤T「出走翌日の月曜日の使い方が出走したウマ娘やトレーナーの裁量に委ねられるのならば、妹のために皇宮警察からトレーナーになったのが“斎藤 展望”なのだから、最愛の妹のことを最優先しないのは“斎藤 展望”の在り方に反する」

 

斎藤T「だから、レースが終わった後に最愛の妹を安全に寄宿学校に送り届けることは“斎藤 展望”にとって最優先事項だ。寄宿学校とトレセン学園の休校日は同じではないのだから」

 

斎藤T「逆に言えば、そんな私の家庭の事情に合わせる必要はないんだぞ? わざわざ一緒の新幹線に乗って急いで東京に帰る必要もない」

 

斎藤T「ファインモーション姫殿下と一緒に名古屋散策を楽しんでから府中に帰ることだって許されている」

 

アグネスタキオン「おいおい、トレーナーくん? 担当ウマ娘の私を置いて帰って大丈夫なわけないだろう?」

 

マンハッタンカフェ「そうですよ。私にしても、今の担当トレーナーの和田Tは元メジロマックイーンさんの担当トレーナーということで 久々の2人の時間を満喫してもらうために、こうして先に帰る必要があったわけでして」

 

アグネスタキオン’「テイオーくんと岡田Tにしてもそうだねぇ。元担当ウマ娘と元担当トレーナーの旧交を温める時間が必要だから、和田Tと岡田Tのためにダブルデートの手配をしていたわけだろう。人払いの霊符やら何やら持たせてね」

 

斎藤T「今回は優勝賞金が700万円で大した金額じゃないから止めなかったが、担当ウマ娘が所属するトレセン学園とトレーナーが所属するトレーナー組合への割当を差し引いた手取りの全てをその場で寄付することもなかったんだぞ」

 

アグネスタキオン「いや、担当トレーナーのきみは率先してそうしたじゃないか。それこそ、この私が私の実力で得た私の賞金をどう使うかなんて、私の勝手だろう」

 

斎藤T「私の場合は某重工の開発室でもらっている多額の報酬があるからウマ娘レースの獲得賞金からの配当なんて端金に興味がないだけだ」

 

マンハッタンカフェ「それは無理があるのではありませんか? ウマ娘レースの獲得賞金を当てにして担当トレーナーになったはずなのに、『興味がない』はずがないですよ?」

 

陽那「兄上、賞金は全額寄付するのにタキオンさんのバ券は大量に買って儲けていたことに、賞金に手を付けない理由があるのではないのですか?」

 

アグネスタキオン’「――――――実質的にサブトレーナーの岡田Tが一から全て指導してきたから()()()()()()()()()不労所得になるのを嫌っているとか?」

 

 

斎藤T「天の道を歩むためとは言え、トレーナーの常道から外れていることへのけじめをつけないといけないから、そのとおりだ」

 

 

陽那「それじゃあ、これからも賞金は全て寄付するわけなのですね」

 

アグネスタキオン「だろうねぇ。私も活動資金のために賞金が欲しいわけじゃないから、担当トレーナーの在り方に倣って、広い意味でウマ娘の可能性のために使わせてもらうことにしたよ」

 

斎藤T「だが、獲得賞金から所属団体への上納金が差し引かれているように、ウマ娘レースで成り上がった『名家』への上納金として仕送りは必要なんじゃないのか? 養ってもらっていることへの恩返しは必要だろう?」

 

アグネスタキオン「いいや、必要ないね、まったく」

 

陽那「え、どうしてなんです?」

 

マンハッタンカフェ「意外ですね。仕送りする分以外は全て研究費に充てるものだと思っていましたが」

 

アグネスタキオン「実に簡単なことだよ、ヒノオマシくん、カフェくん」クククッ

 

 

――――――だって、トレーナーくんは私のことを()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と約束してくれたからねぇ。

 

 

アグネスタキオン「だから、トレーナーくんが全額を寄付するなら、私もトレーナーくんに倣って全額を寄付するさ。私のことを養ってくれるのだからね」

 

陽那「え!?!!」

 

マンハッタンカフェ「た、タキオンさん!?」ガタッ

 

アグネスタキオン’「……まあ、今回の『メイクデビュー中京』で丸っ切り儲けていないわけじゃない」

 

アグネスタキオン’「資産運用として、()()()()()()()のバ券に優勝賞金の10%以上の額は注ぎ込んでいたから、それで十分に儲けさせてもらっているよ」

 

陽那「そ、それは、おめでとうございます? えと、あの、これから“義姉上”と呼べばいいのでしょうか、兄上?」

 

マンハッタンカフェ「そ、そんな……」

 

斎藤T「ちがうちがう。たしかに私の将来の夢のために優れた研究者として目をつけているけど、今から人生を縛り付けるつもりは毛頭ない」

 

斎藤T「その時までに何があるかわからないし、気分が変わることもあるだろうから、社会人として自立して本当にやりたいことを見つけてもらってからだぞ、そんなことを言っていいのは」

 

アグネスタキオン「えー!?」

 

斎藤T「しっかり大学を出て博士号ぐらいはとってこい。私も折を見て大学に入学して学位をとるつもりだから」

 

マンハッタンカフェ「あ、なんだ、全然ちがうじゃないですか、タキオンさん」ホッ

 

アグネスタキオン「私のお世話をするのはトレーナーであるきみの役目だろう!?」

 

斎藤T「ああ、世話なんてしてやるさ、いくらでも」

 

斎藤T「でもな、それは『お前だけを特別扱いするわけじゃない』ってことはよく理解しておけよ。私の夢を叶えるためには船員は何人いても足りないのだから」

 

アグネスタキオン「ふざけるな! きみは私のモルモットなんだぞ! 私を差し置いて他の子の面倒を見るだなんて許さないぞ!」

 

斎藤T「だったら、あなたは私の新開発のデータ取りのモニターだ! 契約内容を履行して正確なデータの採取に協力したまえ! その対価として養ってやると言っている!」

 

陽那「まあまあまあ。兄上とタキオンさんがこれから末永いお付き合いになるだろうということはお互いの合意の上ということでわかりましたから」

 

陽那「とりあえず、タキオンさんがトレセン学園を卒業した後は兄上の許に身を寄せるということで間違いないですか?」

 

アグネスタキオン「ああ。トレーナーくんの側にいれば面倒なことは 全部 トレーナーくんが引き受けてくれるだろうしねぇ」

 

斎藤T「そもそも、私と出会うまで相部屋の子に生活の面倒を見てもらっていたようなウマ娘が一人で生活なんてしていけるものか。ウマ娘レースを卒業したら トレーニングする必要がなくなって ますます研究に没頭して 研究室でそのまま餓死していてもおかしくない」

 

マンハッタンカフェ「それは、たしかにそうですね。タキオンさんを一人にしたら、本当に死んでしまいますね」

 

斎藤T「だから、生活と生命の保障をする代わりに 私の夢に協力して その能力を有効活用してもらうという生涯契約を交わしているだけだ」

 

陽那「――――――『生涯契約』!?」

 

陽那「――――――それは『同棲』ではない?!」

 

斎藤T「同じ宿舎で寝泊まりしている間柄を同棲というのなら、学生寮にいる生徒たちはみんな同棲していることになるぞ?」

 

陽那「あ、そういうことでしたか。すみません、兄上、勘違いしてしまいました」

 

陽那「でも、そうですか。私はいいと思いますよ、兄上」

 

斎藤T「?」

 

陽那「その、タキオンさんを“義姉上”とお呼びする日が来ても」

 

斎藤T「……何を言っているんだ、ヒノオマシ?」

 

アグネスタキオン「そうだろうそうだろう。私もヒノオマシくんのことを気に入っているから、これからは義妹としても可愛がってやるからねぇ」

 

アグネスタキオン「なんなら、今からでも私の義妹になるといい!」

 

斎藤T「……そんなことを言って、()()が見えていたのなら、命がいくつあっても足りない日々を送っているんだ。寡婦になっても知らないからな」

 

アグネスタキオン’「大丈夫さ。そんな日が来たら、世界なんて滅亡しているだろうから」

 

マンハッタンカフェ「………………」

 

 

マンハッタンカフェ「……あの、それなら、私もその資格を得ることはできますか?」

 

 

アグネスタキオン「え、カフェ?」

 

陽那「へ」

 

アグネスタキオン’「ふぅン?」

 

斎藤T「――――――私の夢は『宇宙船を創って星の海を渡る』こと」

 

斎藤T「具体的に言うと、宇宙移民船の設計開発と宇宙航海と惑星開拓と文明保存ということだが、何か役立てるものはあるかい?」

 

マンハッタンカフェ「わかりません。ただ、タキオンさんとはちがった分野で役に立ちたいです」

 

斎藤T「……なるほどね」

 

斎藤T「――――――山登りが趣味だったよね。一緒に何度も川苔山を歩いたよね」

 

マンハッタンカフェ「あ、はい!」

 

斎藤T「なら、野外活動のプロフェッショナルにでもなってください」

 

斎藤T「それと、あと何だったっけかな。古代魚が好きなんだっけ。珍しく話が合う話題の1つだってことで記憶にあるんだが」

 

マンハッタンカフェ「あ、深海魚です。たしかにシーラカンスやラブカのような古代魚も好きですけど、リュウグウノツカイのような深海魚が結構好きです」

 

斎藤T「そうだった。深海魚に興味があるんだったね」

 

陽那「おお、山と海ですね。全く正反対の趣味ですよ。それで山と海のどっちにも通じるプロになったら きっと心強いですよね、カフェさん」

 

マンハッタンカフェ「あ、ありがとうございます、ヒノオマシさん」

 

アグネスタキオン’「ついでに、本格的なコーヒーのエキスパートになってコーヒーの栽培や流通にも詳しくなったらいいんじゃないかい? 嗜好品の扱いに長けているのは何かと重宝するだろう?」

 

マンハッタンカフェ「そうですね。やるなら徹底的にやった方がもっと楽しめますよね。そうします」

 

 

アグネスタキオン「おーい、今日の主役の私を無視して話を進めるな!」

 

 

斎藤T「無視なんてしてないさ。これが私から受ける船員の扱いというだけだ。私の肉体は1つだけだからな、つきっきりにはなれないのは知恵ある者として理解してくれ」

 

アグネスタキオン「ふんだ! だったら、明日はマッサージをしておくれよ! 私は疲れた!」

 

斎藤T「私も疲れたよ。『宝塚記念』からずっと学園に帰らずに京都、北海道、福島と来て中京茅の輪くぐりだ」

 

斎藤T「けど、これも皇国の神々の導きである以上は従わないわけにはいかないだろう?」

 

アグネスタキオン「だったら、明日は私と一緒にずっとお風呂でいいじゃないか。それで私の身体の汗と垢を丁寧に洗い流しておくれよ」

 

アグネスタキオン「そうだ。尻尾だけでも梳いておくれよ、ほら」

 

斎藤T「はしたないぞ。尻尾じゃなくて手を出せ。手揉みならしてやる」

 

アグネスタキオン「じゃあ、頼んだよ、トレーナーくん」

 

斎藤T「まったく」モミモミ

 

アグネスタキオン「あ、いい。いいねぇ。そこぉ」

 

陽那「……あの兄上、先程『一緒にお風呂』って言いませんでしたか、タキオンさん?」

 

斎藤T「あ。おい、誤解させるような表現はするな」

 

斎藤T「たしかに髪や尻尾を洗ってやってはいるが、全身を洗ってやったことなんて一度もないだろう」

 

斎藤T「だいたい、『一緒にお風呂』とは言うが、風呂は風呂でも蒸し風呂(スチームサウナ)のことだ。何もやましいことなんてない」

 

陽那「ええ!? 『尻尾』!? 兄上、タキオンさんの尻尾を洗ってあげているんですか!?」

 

斎藤T「?」

 

斎藤T「……そんなに驚くことか? 手入れなんて普段しないズボラなウマ娘なんだし、一人では付け根の方まで念入りにできないだろうから、手を貸してやっているけど?」

 

マンハッタンカフェ「た、タキオンさん、斎藤Tが記憶喪失で何も知らないからって既成事実を――――――」

 

アグネスタキオン「ふぅン! どうやらバレちゃったようだねぇ、トレーナーくん?」ニヤリ

 

斎藤T「え」

 

斎藤T「何か勘違いしているようだけど、新開発のヘッドスパマシンならぬテールスパマシンのモニターになってもらっているだけだぞ」

 

斎藤T「ほら、尻尾の大部分はただの毛だけど、従来の全身マッサージ機だと尻尾の付け根まで対応していないから、こんな感じにウマ娘の尻尾の毛の生えていない付け根もしっかりとマッサージできるよう――――――」

 

マンハッタンカフェ「ええ……」

 

陽那「兄上! ダメです! それをやっちゃ! 捕まっちゃいますよ、兄上!?」カア!

 

斎藤T「なに、どういうことだ? 髪の毛と同じようにケアやカットが必要な部位なんじゃ――――――?」

 

陽那「似てはいますけど、それ、セクハラですから! たしかに尻尾の付け根までしっかりとケアしたいというのは山々なんですけど、裏側のデリケートゾーンなんですよ、尻尾の付け根!」

 

陽那「だから、尻尾の付け根までマッサージする器具は売ってないんです! だって、その、いかがわしいマッサージになっちゃうので!」

 

斎藤T「!?!!」ピタッ

 

アグネスタキオン「おやおや、手を止めない。続けたまえよ、ほら」クククッ

 

マンハッタンカフェ「タキオンさん!?」

 

斎藤T「……な、なぜそれを言わなかった、アグネスタキオン? 恥じらいと言うものがないのか!?」ガクガク

 

アグネスタキオン「尻尾はウマ娘にとって第3の脚なんだから、腰に密接している付け根の部分なんて人前に見せちゃならないことくらい、常識だろう?」

 

アグネスタキオン「ほら、きみの股座にもウマ娘とは反対向きに第3の尻尾(立派なもの)がついていることだし、そういうことさ」サワァ・・・

 

斎藤T「え」ドキッ ――――――担当ウマ娘の手を揉んでいる最中に股間に手が!

 

陽那「た、タキオンさん!?」カア!

 

マンハッタンカフェ「どこ触っているんですか、タキオンさん!?」カア!

 

アグネスタキオン’「…………ふぅン」

 

アグネスタキオン「つまり、きみはずっと新開発のモニターと称して私にセクハラを繰り返してきたというわけなのだよ」クククッ

 

 

――――――だから、責任を取ってくれたまえよ、私だけのトレーナーくん。

 

 

 

アナウンス「間もなく終点:東京です。中央線、山手線、京浜東北線、東北・高崎・常磐線、総武線、京葉線、東北・上越・北陸新幹線と地下鉄線はお乗り換えです。お降りの時は足元にご注意ください――――――」

 

 

 

20XY年6月30日:雷鳴のメイクデビュー、夏越の大祓、“斎藤 展望”の誕生日にして忌日、“私”がこの世界に転生して1年となる節目の時――――――。

 

新しい時代、新しい世代、新しい敵、新しい力、新しい関係、新しい悩み、新しい歓び――――――。

 

その全てが一気に押し寄せてきた怒涛の1日となり、()()()()()を回避するためにいよいよ『トゥインクル・シリーズ』への一世一代の挑戦が始まり、それが同時にこれまでの日々の終わりの始まりを告げていた。

 

そのことが現実味を帯びてきた時、トレセン学園での日々が終わることで失いたくないものができていたことを自覚した時、鳴りを潜めていたウマ娘の闘争本能が剥き出しになろうとしていた。

 

ウマ娘レースにおいては基本戦略となる脚質【逃げ】【先行】【差し】【追込】が他の出走バと重なった時、それぞれの脚質のバ群における先頭に立って少しでも全体の有利を取ろうと競り合いが生じるという。

 

特に、開幕から全力疾走で先頭を維持する脚質の【逃げ】のウマ娘同士が競り合った場合、【逃げ】の戦略上 先頭を維持し続けなければならないために先頭争いが激化して、その余裕の無さから想定外の体力消耗によって一気に逆噴射しやすくなる。

 

そして、その競り合いになる心理は、恋はダービー、恋愛においても同様であるらしく、女性だけの種族であるウマ娘はとにかくヒトの男子から精をもらって子孫を残すことに特化しているため、惚れた相手への求愛行動はヒトよりも強い闘争本能も相まって過激になる傾向にあった。

 

少なくとも、トレセン学園に各地から集った未来のスターウマ娘たちは出走権を握る担当トレーナーと夢の舞台で二人三脚の末に結ばれることに多かれ少なかれ憧れを抱いているため、ウマ娘レースそのものにしか興味がないような極めてストイックなウマ娘でもなければ、担当トレーナーとの関係性に多少は意識するものだ。

 

今回、アグネスタキオンが既成事実で私との関係を迫った強引さはある意味においては彼女もまたウマ娘の少女であったことを思い出させる事態ではあったが、

 

裏返すと、退学処分を受けても構わないぐらい余裕綽々だったアグネスタキオンともあろう者が私以外に自分のことを受け容れてくれる相手が今後見つかるかどうかという将来の不安に駆られていることの証でもあり、

 

元より自分の全てをコピーした“もうひとりのアグネスタキオン”の正体が地上最強の生物であるスーペリアクラスの怪人:ウマ女であるために、同じアグネスタキオンであるはずなのに取り扱い注意の超危険生物であることから私からの扱いに差が出ていることを日頃から不満を口に出していたのだ。

 

そして、おそらく本人は無自覚だと思うが、入学してからの腐れ縁で今となっては陣営を同じくする僚バ:マンハッタンカフェが“お友だち”と当たり前のように対話できる私に強い興味を持ったことにも危機感を抱いてもいたのだろう。

 

だから、四年間も待ち続けて いよいよメイクデビューを果たしたというのに およそアグネスタキオンらしからぬ性急さで関係を迫ってきた事情というのも理解できなくもないわけであり、

 

私という担当トレーナーを得て今日という日を迎えて、ようやくトレセン学園の生徒として『トゥインクル・シリーズ』に挑戦することで命題であったウマ娘の可能性の“果て”を証明する段階を迎えることができたのはいいが、

 

その裏で並行宇宙からの侵略者やら裏世界に跋扈する悪霊や妖怪と“斎藤 展望”が人知れず戦っていることを聞かされて、無意識に恋敵と認定した親しきウマ娘たちがそれぞれ自分にできることをして私との距離を詰めていると知ったら、ウマ娘レースに興じているだけの自分がいかにちっぽけな存在に思えてしまうことか――――――。

 

 

――――――確実なものが欲しかった。繋ぎ止められるものが欲しかった。自分だけのものになってくれる安心感が欲しかった。

 

 

だから、アグネスタキオンは誘惑などという不確実な方法よりも既成事実という確実な方法を選んだ。世界を救う使命に生きている人間を堕落させることは望まない。その在り方が何よりも尊く、そんな人だったからその手に引かれて薄暗い実験室から出ることを決めたのだから。

 

そして、シンボリ家や生徒会役員など“学園一の嫌われ者”が“学園一危険なウマ娘”のことを責任持って引き取ってくれることを歓迎している向きがあり、そのことは恋敵たちも一旦は納得していたことだった。

 

なので、岡田Tとトウカイテイオーのように、和田Tとメジロマックイーンのように、担当トレーナーと担当ウマ娘の間に断金の交わりがあるということを見せつけようと、一世一代の勝負に打って出た。

 

けれども、極めて残酷な話だが、今の私は“斎藤 展望”であり、唯一の肉親である最愛の妹:ヒノオマシが世界最高の警察バになるのを見届けるまでは個人の幸せを求めてはならない使命が課せられており、

 

その上で、これまでずっと結婚の誓いを交わす恋人たちに祝福をする側の人間であり、冠婚葬祭の一切を取り仕切る祭司長として常に見送ってきた人間でもあった。

 

何より、神の道に生きることによって必要なものは必要な時に必要なだけ与えられる天分が己にあることを確信しているため、そこまで他人に求めるということはしていないのだ。この世は現し世。歴史という脚本に従って配役された演劇の舞台に過ぎないのだから。

 

その心はこの宇宙を創造して万物を生み出した神様の大愛のごとくあるように広く大らかで清涼で愛に帰一することを旨としているからこそ、人生に一度きりにしたい結婚なんかに価値を感じない。

 

するんだったら、新郎新婦を見送る側になって何度も永遠の愛を誓い合う幸せの絶頂となる瞬間を見続けた方がお得だとは思わないか。逆に、離婚調停を受け持つ弁護士になんかには絶対になりたくない。損な人生になるだけだ。

 

その辺りが宇宙移民船で電脳世界に築かれた多層現実社会においていくらでも人生を同時進行できるようになっても全て独身キャラを貫いている理由であり、未知なるものや公益を追求することに生き甲斐を感じている人間に結婚生活は絶対に向いていないのは明らかだった。

 

政略結婚するにしても その辺りの理解がある相手じゃないと夫婦生活が破綻するのは確実であるからこそ、必然と不犯を誓った高名な宗教者や黒衣の宰相のキャラになりがちで、

 

これが“私”という存在の魂の本質だと悟ったのなら、人事を尽くして天命を待つ他ないだろう。

 

そうそう、私がそういう魂の持ち主なのだとわかって配役しているのは神様なのだと責任を放り投げれば、後は野となれ 山となれ、()()()()()()()()()どうにでもなれってんだ。

 

 

 

 

 

ジューッ!

 

アグネスタキオン「あーーーーーーーーーー!」ビクン!

 

アグネスタキオン’「なっ」

 

陽那「だ、大丈夫ですか、タキオンさん?!」

 

斎藤T「あ、すまない。強く押しすぎたか」

 

アグネスタキオン「ちがう! 熱ッ! 熱い! 熱いぃいい! 火傷するぅうう!?」ジタバタ

 

斎藤T「え、『熱い』ッ?」カア! ――――――反射的に手が下半身に行きそうになるのを咄嗟に止めた!

 

アグネスタキオン「ふぅふぅふぅ」フゥフゥー

 

マンハッタンカフェ「え、どうしたんですか、急に?」

 

アグネスタキオン「どうもこうもない! 急にトレーナーくんの手が火傷するぐらい熱くなったんだよ!」フゥフゥー

 

陽那「兄上!?」

 

斎藤T「……びっくりした。()()()()()が熱膨張して熱暴走したんだと思ったけど、そうか、手か。手が熱かったんだな。よかったぁ」ホッ

 

斎藤T「どうやら自動防衛システム(天界のセコム)が発動したみたいだ」

 

アグネスタキオン’「ふぅン? 『自動防衛システム』とは聞き慣れないものだねぇ?」

 

斎藤T「わかりやすく言えば『小宇宙(コスモ)を燃やした』ことで眼の前のウマ娘の邪気が焼き払われたらしい。こう、オロチ退治の時に火打ち石で聖火を起こした時の残り火に煩悩が焼き払われたようだ」ガシガシ! ――――――両手の握り拳で火打ち石で火を起こす動作を取る。

 

マンハッタンカフェ「ああ、アレですか。手を擦りつけていたアレですね」

 

陽那「????」

 

アグネスタキオン’「ふぅン。私の眼にはまったく視えなかったオロチ退治の時に繰り出したという御業か」

 

斎藤T「この大いなる宇宙にあるもの全てが原子で構成されている以上、森羅万象の全て、個の肉体もまたビッグバンで生じた小さな宇宙(コスモ)の1つであるからエネルギーを持つわけであり、エネルギーの単位とは熱量の単位でもあるわけなのだから、『小宇宙(コスモ)を燃やす』と言うことは高熱量のエネルギーを生み出すということになるな」

 

斎藤T「そうだ。夏越の大祓で穢れを集めた茅の輪はお焚き上げすることで地域の業を祓い清めるわけだから、この熱量がお焚き上げした時の清めの炎だ」

 

斎藤T「せっかくだから、直に触れて今年の前半シーズンの穢れを祓い清めてやろう。やっぱり私は『ウルトラマン』や『仮面ライダー』である以上に『聖闘士星矢』だったなぁ」

 

アグネスタキオン「え、ええー!?」ビクッ

 

アグネスタキオン’「ふぅン。なら、私から行こうか」パシッ

 

斎藤T「お」

 

 

アグネスタキオン’「あ。思っていたのと随分とちがうねぇ。温かくて大きくて包み込まれるような感じがするねぇ」プニュ・・・ ――――――掴んだ両手を自分の頬に押し当てる。

 

 

斎藤T「……そうか」

 

アグネスタキオン「な、何ともないのかい!?」

 

アグネスタキオン’「ああ。そう身構える必要もないさ。怖いのなら、私の手を繋いでご覧よ、()()()()()()()

 

アグネスタキオン「あ、ああ……」

 

アグネスタキオン’「ほら」パシッ

 

アグネスタキオン「あ」ドキッ

 

アグネスタキオン「ああ…………」ジワーッ

 

アグネスタキオン「………………」ポー

 

アグネスタキオン’「もういいだろう」パッ

 

アグネスタキオン「………………」ホカホカ

 

アグネスタキオン’「ほら、ヒノオマシくんとカフェくんにもしてあげたまえよ」

 

アグネスタキオン’「大丈夫さ。きみがやることなんだから、私たちは信じている」

 

アグネスタキオン’「――――――そうだろう?」

 

斎藤T「……わかった」

 

陽那「よ、よろしくお願いします、兄上!」

 

斎藤T「えっと」

 

陽那「兄上、手を出してください」スッ ――――――両手のひらを向ける。

 

 

陽那「そ、それではお手を拝借します」ギュッ ――――――向かい合った手を握り合う。

 

 

陽那「あ」ジワーッ

 

陽那「……温かい。温かいです。これが草薙剣の霊威なのですね」ホカホカ

 

斎藤T「そうだ。この温かさが神様の大愛なんだ。その逆はこうだ」

 

陽那「ヒウッ」

 

陽那「……冷たっ!?」ガクガク

 

斎藤T「温かい方がいいよな? ほら」

 

陽那「……はい。温かい方がずっといいです」ホカホカ

 

斎藤T「今度、温泉に行こう。海水浴も悪くないけど、エネルギーをもらえるのは熱い方だからね」

 

陽那「はい、兄上。楽しみにしています」

 

斎藤T「じゃあ、最後――――――」

 

マンハッタンカフェ「――――――」パシッ

 

斎藤T「あ」

 

アグネスタキオン「あああああ!?」

 

アグネスタキオン’「ふぅン」

 

陽那「……カフェさん、大胆ですね!」

 

 

マンハッタンカフェ「――――――」ドキドキ ――――――掴んだ手を自分の胸に押し当てている。

 

 

斎藤T「……もっと自分に自信を持っていいんだよ?」

 

マンハッタンカフェ「……すみません。こうでもしないと気が収まらないんです」

 

マンハッタンカフェ「……ズルいですよ、タキオンさんはいつも。私ばかり損させられてばかりで」

 

マンハッタンカフェ「……でも、タキオンさんを部活棟の部室に押し込んで厄介払いができて清々できたと思って全力で挑んだ『トゥインクル・シリーズ』の結果は散々なもので」

 

マンハッタンカフェ「……それなのに、学園中のトレーナーから見放されてスカウトも絶望的な状況を自分で招いておきながらタキオンさんはずっと『待つこと』ができた」

 

マンハッタンカフェ「……そして、最後の最後になって最高の担当トレーナーを引き当てることができたわけです、タキオンさんは」

 

マンハッタンカフェ「……それだけだったら『いい人にめぐりあえてよかったですね』って素直に祝福することができたんですよ。他にタキオンさんの相手ができる人なんているはずないですから」

 

斎藤T「……そうだな」

 

マンハッタンカフェ「……そうですよ。それなのに、どうして“お友だち”とも仲良くしているんですか、あなたは?」

 

マンハッタンカフェ「……こういう人に担当になってもらいたかったって、『URAファイナルズ』さえ終わった 今になってこんな思いにさせるだなんて!」

 

アグネスタキオン「……か、カフェ?」

 

マンハッタンカフェ「……本当に何から何までタキオンさんのおまけみたいな扱いですよね、私って」

 

マンハッタンカフェ「……トレセン学園で最初に私の素質を評価してくれたのもタキオンさん、『URAファイナルズ』敗退で引退するところを引き止めて史上初の“春シニア三冠ウマ娘”への道を示してくれたのがタキオンさんの担当トレーナーなんですから!」

 

陽那「カフェさん……」

 

アグネスタキオン「カフェ、きみはずっとそんなふうに思っていたのかい……」

 

 

アグネスタキオン’「アハハハハハ! いいじゃないか! スゴくいいじゃないか!」

 

 

陽那「……スターディオンさん?」

 

アグネスタキオン’「――――――『こうなるのも運命だった』と受け容れたまえよ、カフェ。そうすれば楽になれるぞぉ」

 

マンハッタンカフェ「な、何を言って――――――?」

 

アグネスタキオン’「そもそも、()()()()()()()なんてどこにあるんだい? 少なくともモルモットくんは本気で結婚にメリットがあるなんて考えていないことだし、私たち全員には今やりたいことがあるんだから、最初からそのつもりでずっと付かず離れずの関係にいればいいだけの話じゃないかい?」

 

アグネスタキオン’「そういう意味では 徹頭徹尾 モルモットくんは公正に扱ってくれるんだから、開き直って思い切り寄りかかればいいんだよ」

 

アグネスタキオン’「なにせ、モルモットくんはこうして“学園一危険なウマ娘”や“学園一不気味なウマ娘”に加えて、私のようなバケモノにさえも等しく愛を注いでくれるのだから、全員にもらえるものなんだから もらっておいて損はないぞぉ?」

 

マンハッタンカフェ「ええ……」

 

アグネスタキオン「いや、それはそうかもしれないけど……」

 

アグネスタキオン’「ともかく、モルモットくんが要求するスタートライン(最低水準)は社会人として自立してからなんだから、そんな先のことなんて卒業が近づいてからにして、今は全力でウマ娘として最高に輝ける青春の一時を謳歌したまえよ」

 

 

アグネスタキオン’「それはお互いにそう思っていることだろう、アグネスタキオン? マンハッタンカフェ? きみたちの『トゥインクル・シリーズ』は新しく始まったばかりだろう?」ニコッ

 

 

マンハッタンカフェ「………………」

 

アグネスタキオン「………………」

 

陽那「……兄上。勘違いかもしれませんけど、今の、“皇帝”シンボリルドルフに雰囲気がそっくりでした。そう感じました」

 

斎藤T「……そうか」

 

斎藤T「――――――お前も変わろうとしているのだな、アグネスタキオン’(スターディオン)

 

斎藤T「いや、ちがうか」

 

 

――――――自分たちを取り巻く全てが変わろうとしている。『時代が変わる』というのはこういうことなんだな。

 

 

 

アナウンス「――――――今日も新幹線をご利用くださいまして ありがとうございました」

 

 

 

*1
1バ身=2.5m。三女神が両腕を広げた長さが起源とされる。

*2
中京競バ場のレーストラックの馬バ内遊園地があるため、コースの反対側が見えづらい箇所がある。

*3
正確な所在は愛知県豊明市

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