ウマ娘超光速戦記 -TACHYON Transmigration-   作:LN58

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成長報告  愛し合う兄妹のこれからは

 

今日は6月30日:夏越の大祓。最愛の兄の誕生日であると同時に、妹である私の養育費を稼ぐために転向したウマ娘レーストレーナーとして最初の担当ウマ娘:アグネスタキオンさんの大事なメイクデビューの日でもありました。

 

担当ウマ娘:アグネスタキオンさんの6R『メイクデビュー中京』は4年間で蓄えたシニア級G1ウマ娘と同等以上の能力に加えて、発走と同時の雷雨によってタキオンさん以外の全員が出遅れた上に想定外の重バ場と視界不良によってタキオンさんが第1コーナーの向こうに消えていたことに一向に気づかないことで超低速のレース展開となっていました。

 

その結果がコースの反対側(バックストレッチ)に自分以外のウマ娘を全て置き去りにしたというタキオンさんの計測不能の大差勝ち;少なくとも1000m以上は離れているので400バ身差の前代未聞の結果に終わったのです。いくらタキオンさんとの絶対的な能力差に突然の悪天候に新バだから当然の経験不足が重なったとは言え、これはあまりにもレースとしては――――――。

 

兄上が中央トレセン学園の所属トレーナーになったことで国民的スポーツ・エンターテイメントと持て囃されていたウマ娘レースをこうして現地観戦するようにはなりましたが、そんな素人の私でもいろんな意味でとんでもないものを見たという思いは観客席にいた誰もが同じようでした。

 

あまりの結果に素人の私ですらも息を呑むほどで、同じ観客席にいた自分の担当ウマ娘を見守っていた担当トレーナーと思われる人たちが思わず顔を上げられないほどの酷いレース展開になっていました。余裕があり過ぎて真っ先にゴール板を通過したタキオンさんはバ場を去ることなく、降りしきる雨の中で後続のバ群がゴール板に辿り着くのを振り返って見守っていたぐらいでしたから。

 

一方、二度と更新されることもないだろうレコード勝利を達成したタキオンさんの担当トレーナーである兄上が初めての担当ウマ娘の初勝利にどんな反応をしているのか気になって振り返ると、兄上は席を立って担当ウマ娘の許に向かったのですが、そこまで感動していた様子はありませんでした。兄上のやることですから『勝って当然』なので特に思うこともなかったのでしょう。さすがです、兄上。

 

それからも場所を移してウイニングライブ会場――――――、兄上が担当トレーナーとして指導した“アグネス家の最高傑作”アグネスタキオンさんは『新バ戦(メイクデビュー)』を果たしたばかりの新バ(ルーキー)とは思えない貫禄と圧巻のパフォーマンスと集客力で名古屋/中京の昼下がりをかつてないほどに盛り上げたウイニングライブを披露した後、

 

エントランスホールで兄上もまたタキオンさんの担当トレーナーであることを名乗り出て観客たちの注目を一気に集めると、その場でタキオンさんのファンを大勢引き連れて伊勢に次ぐ国家第二の宗廟:熱田神宮の団体参拝を主催し、そのまま会館でファン交流イベントを兼ねた大規模な祝勝会を大盤振る舞いで開いたのです。

 

元々は兄上の誕生日を 担当ウマ娘のメイクデビューが名古屋/中京だったということで 皇室に所縁のある熱田神宮で祝勝会を兼ねて祝おうということで、古来より天皇家に仕えてきた斎藤家の友人知人親戚一同が集まることが決まっていまして、

 

その日の重賞レースの発走前には終わるウイニングライブ前半の部と時間が重なるため、現場で観戦していた私たちは不参加の熱田神宮での夏越の大祓に斎藤家の面々が代理で参加していただいております。

 

兄上は自身の誕生日と担当ウマ娘のメイクデビューを祝う予定通りの祝勝会と、タキオンさんを応援しにきた『トゥインクル・シリーズ』のスターウマ娘のファン交流イベントを兼ねた無告知の祝勝会の2つを同時に取り仕切り、熱田神宮会館もまたかつてないほどの盛り上がりを見せました。

 

本当は誕生日を祝われるもてなされる側(ゲスト)として兄上を私たちがもてなすはずが、兄上の方がもてなす側(ホスト)として自身の誕生日祝いを兼ねたタキオンさんの祝勝会とファン交流イベントをやりきったのです。

 

中央トレセン学園のアンバサダーにでもなったのかと思うほどの見応えのある紹介映像の後、自ら率先して名古屋/中京に集まったウマ娘レースファンと交流しながら応援しにきた中央トレセン学園のスターウマ娘たちのもてなしも抜かりありません。

 

中央トレセン学園に配属されて早々にウマ娘に撥ねられて3ヶ月間の意識不明の重体になっていたことがよく知られていただけに久々に会う兄上の心配をしてくださっている方が少なくない中、あれから1年が経って『さすがは中央トレセン学園のトレーナーだ』と舌を巻くぐらいに遺憾なく才覚を発揮していることを斎藤家と縁ある友人知人親戚一同が大いに驚くばかりです。

 

特に、兄上の誕生日と担当ウマ娘のメイクデビューを祝うためにアイルランド王女:ファインモーション姫殿下がお見えになっていることが、皇室に仕えてきた『名族』である皇宮護衛官の家系である斎藤家と縁ある皆様方にとっては最大の驚きでした。

 

ですので、斎藤家にとっては玉体護持こそが一番の使命ではありますが、我が国の皇室と友好関係を結んでいるアイルランド王室との直接的な交友関係を兄上が結んでいることが大きな誉となっていたのです。

 

事実、私は両親の後を継いで皇宮護衛官となるべく その道の寄宿学校で切磋琢磨の寮生活を送っているのですが、私とそう歳の変わらないアイルランド王室の姫殿下が令和改元を機にトレセン学園に留学してきているという兄上からの報を受けて、実地研修と称して本物の王族の方に見える栄誉を受けることになりました。

 

これによって、私は要人警護の実地研修という名目で兄上から自由にお呼び出しを受けることができるようになり、兄上の御側で寄宿学校では学べない多くのことを学ぶことができるようになりました。

 

 

――――――本当に兄上は凄い方です。今回は兄上がどのようにして人々から信頼を得ていっているのかも存分に披露していただきました。

 

 

壇上でのマイクパフォーマンスで名古屋のウマ娘レースファンの心を一瞬にして掴んだかと思えば、中央トレセン学園で起きている問題を包み隠さずわかりやすいパンフレットにして配り、廃止と復活を繰り返した過去の『アオハル杯』の情報を広く集めることで双方向の繋がりを求めたことに応えない名古屋の人たちはまったくいません。

 

よく見ると、今日のタキオンさんの『メイクデビュー中京』からウイニングライブ、果ては祝勝会までついてきたスポーツ新聞の記者の方にも『アオハル杯』の思い出を新聞投書で募集してもらえないかを交渉しているようで、黄金期の次の新時代を迎えて中央トレセン学園で復活した非公式戦『アオハル杯』をメディアを通じて広く知ってもらおうと精力的に活動していたのです。

 

早速、過去の中央トレセン学園で開催されていた非公式戦『アオハル杯』の資料や記録を持っている人がいないか、この場にいた人たちが中心になってSNSで呼びかけが行われることになり、すぐに成果を上げることになりました。

 

その様子を興味深くご覧になっていたのが今回の超大物ゲストであるアイルランド王女:ファインモーション姫殿下と名門トレーナー一族の神城姉弟でした。

 

この方々は先週の『宝塚記念』前日のエクリプス・フロントでの日英愛仏友好記念パーティーにお越しになられていましたが、『宝塚記念』観戦に引き続き、今回の『メイクデビュー中京』観戦からの祝勝会にも出席されているのですから、いかに兄上が注目されているかがわかります。

 

そして、私が兄上の妹だからなのか、私はまだ未発達の皇宮護衛官見習いの一般のウマ娘に過ぎないのにも関わらず、非常に親身になってくださっています。

 

それどころか、どうしてファインモーション姫殿下や神城姉弟がこの時期の中央トレセン学園にいらっしゃることになった真相を語ってくれました。

 

 

実は、文字通りにウマ娘の王族が治めるウマ娘王国であるアイルランド王国ですが、その基幹産業となるものは世界各国の近代ウマ娘レースを盛り上げていくための“血の輸出”なのです。

 

というのも、世界史において“血の輸出”は大きく2つの事柄を差し――――――、

 

1つは傭兵稼業によって強大な軍事力を保有し、アルプス山脈の険しい山国であることで侵略が困難でかつ侵略してもそれに見合った利益が得られないということで永世中立国を維持してきたスイスの歴史――――――、

 

そして、もう1つが古来より優れたバ産地であった隣国にウマ娘王族が統治する衛星国家を樹立させることで強大な武力を誇るウマ娘の軍団を安定供給して世界制覇を目論んだ大英帝国が生み出したアイルランド王国の歴史――――――。

 

結果としてアイルランド王国における“血の輸出”は大英帝国の世界進出によって世界各地に精強なウマ娘の軍団の足跡を残すことができましたが、産業革命によって個人の武力よりも工業機械を動かす人手が求められることによって、工場勤務に不向きなウマ娘の労働力としての価値の低さから“血の輸出”の在り方は変容せざるを得ませんでした。

 

しかし、幸いにしてアイルランドの立地は永世中立国:スイスと同様にアルプス山脈に匹敵する強力な大英帝国の城壁によって外敵の侵略を許さず、それによって二度に渡る世界大戦で戦火に巻き込まれることもなく、安定した秩序と緩やかな繁栄を謳歌することができました。

 

そう、ウマ娘の武力によって大航海時代の覇権を掴み取ったのも束の間、一時は産業革命によってウマ娘に労働力としての価値がないことで宗主国である大英帝国から切り捨てられ、アイルランド大飢饉によって衰退した人口をまだ取り戻せていないアイルランド王国でしたが、

 

アイルランド王国の基幹産業である 世界各地に優れたウマ娘を送り込む“血の輸出”は近代ウマ娘レースの世界的な発展と普及に加え、世界平和運動を促進させる国際的な立ち位置を確立させるようになったのです。

 

そのため、アイルランド王国出身の競走ウマ娘たちは世界各国での近代ウマ娘レースの発展と普及のために使命を燃やし、自らの血をその地に残して骨を埋める覚悟と共に国際貢献となる業績を積み重ねてきたのでした。

 

そういった近代ウマ娘レースの発展と普及と国際貢献によって国際社会において英国と肩を並べているアイルランドウマ娘の頂点に立つのがファインモーション姫殿下をはじめとするアイルランド王室なのです。

 

そのファインモーション姫殿下が姉君のピルサドスキー殿下の最後のレースの舞台となった日本に留学してきたのは令和改元という天の時に現存する最古の王朝が存続している大和民族の長人たる日本の皇室の儀式に出席するためですが、

 

それもあるのですが、実際にはそれ以上に切実な国政の問題にウマ娘王国:アイルランドが直面しておりまして、基幹産業であった“血の輸出”に再び翳りが見えたことによって、近代ウマ娘レースで特異な発展を遂げている日本のウマ娘レースに解決のヒントになるものを求めて日本に視察に来たというのが大きかったのです。

 

実は、近年の娯楽の多様化や各国の経済不況によって近代ウマ娘レースの世界的な興行は盛り下がっていく一方であり、ウマ娘超大国であるアメリカにおいても名門と評されたハリウッドパーク競バ場が閉鎖されたことは世界的にも衝撃的な出来事だったそうです。

 

そんな中、戦後の政策で復活できなかった競バ場はあっても近年になって廃止になる競バ場は1つもなく、『有馬記念』が日本競バにおける1レースの売上最高額としてギネス世界記録に登録されたほどの活況ぶりの中央競バ『トゥインクル・シリーズ』でしたが、

 

今年の冬に開催された“皇帝”シンボリルドルフと秋川理事長によって主導された『URAファイナルズ』の成功は世界の競バ関係者に更なる衝撃を与えることになったのです。

 

そうした事情から世界が今もっとも注目している中央競バ『トゥインクル・シリーズ』を牽引してきた日本トレセン学園の黄金期の次の新時代を導く存在として兄上は当初から大きな注目を集めていたわけなのです。

 

当然、要人警護の基本として関係者となる人間の身辺調査は丹念に行われているわけなので、それだけに兄上がトレセン学園に配属されてからどれだけの業績を積み重ねてきているのかが知る人ぞ知るところになり、

 

日本の皇室に仕えてきた『名族』出身である兄上のような逸材がまさか日本トレセン学園にいるのは渡りに舟ということで、王族相手に強気に出れない日本トレセン学園の重鎮たちもファインモーション姫殿下の対応を兄上に丸投げしたことにより、兄上はおそらく日本で一番にアイルランド王室と親交を持ったトレーナーとなったことでしょう。

 

兄上としては中央トレセン学園のトレーナーになったのは 徹頭徹尾 私の養育費を稼ぐための手段でしかなく、その目的が果たされた今となっては最低限の実績を得てから引退するのを待つだけのつもりでしたが、

 

そんな兄上にしか務まらないアイルランド王室との交流を経て、“学園一の嫌われ者”だった兄上は今や“エクリプス・フロントの王”としての存在感と信頼と実績を誇るようになったのです。さすがは兄上です。そうとしか言いようがないじゃないですか、こんなの。

 

 

一方、日本のウマ娘レース業界もまた黄金期の次の新時代を見据えて動き出していました。

 

極東の島国でありながら単独でギネス記録を達成するほどの盛況ぶりと独自の発展を遂げている日本のウマ娘レースでしたが、諸外国から称賛と揶揄のこもった“ウマ娘天国”と評されるガラパゴス化を遂げてもいました。

 

そのため、“サイボーグ”ミホノブルボンの担当トレーナー:才羽Tが常々“井の中の蛙”とならないように日本を飛び出して世界の頂点を目指せる舞台作りを求めてきたことに応える動きが以前からURAにはあったのです。

 

計画自体は第一次ウマ娘レースブームの頃から いずれは海外遠征を重ねて世界一のウマ娘を輩出するという 自然な欲求から始まっていましたが、

 

ブームの熱狂とは裏腹に国内で最強と持て囃されていたスターウマ娘たちが海外では手も足も出ないという歴然とした実力差に叩きのめされたことで海外遠征への熱は一気に冷めていくことになりました。

 

それでも、へこたれることなく 謙虚に海外との差を認識して それに追いついて いつか必ず追い越すべく、長きに渡って日本のウマ娘レースの発展と普及に並行した日本のウマ娘の全体的な質と量の向上のために貢献してきたのが今日で言うところの競走ウマ娘の『名家』とトレーナーの『名門』というわけなのです。

 

その計画にはシンボリ家やメジロ家など名だたる『名家』も名を連ねており、『名門』からはイギリス名門トレーナー一族:ディスカビル家の神城姉弟もエージェントとして世界各国を飛び回っているとのこと。

 

この時期に神城姉弟が日本に姿を見せたのは シンボリルドルフ卒業後の新時代を迎えたばかりの日本トレセン学園がどういった状況なのかを具に観て 計画の実行の時機を見定めることにありました。

 

そして、第一次ウマ娘レースブームの頃はまったく歯が立たなかった海外ウマ娘とは今や日本のウマ娘たちは実力伯仲で、逆に海外からの留学生も 多数 中央競バ『トゥインクル・シリーズ』でメイクデビューを果たすようにもなり、いよいよ日本のウマ娘が世界の優駿たちの頂点に立つ時がすぐ目の前まで来たと確信していました。

 

こうして中央トレセン学園の内外で日本のウマ娘レースのこれからの在り方を模索する動きが活発化しているのを鑑みるに、おそらく新時代を迎えた今の中央トレセン学園の混乱を招いた樫本代理に運営を任せる原因になった秋川理事長の長期の海外出張はそのことが関係しているような気がしてなりません。まだ本当のところはわかりませんが。

 

姉弟揃ってG1トレーナーという紛うことなき名門トレーナーの神城姉弟もシンボリルドルフ卒業後の日本トレセン学園において最強と目される“サイボーグ”ミホノブルボンとその担当トレーナー:才羽Tに注目するだけでなく、黄金期の記念碑として建てられたエクリプス・フロントの支配者として君臨する無名の新人トレーナーの兄上とその担当ウマ娘:アグネスタキオンにも大きな関心を寄せていました。

 

やはり、桐生院Tがそうであったように真の一流たる名門トレーナーから見ても、兄上は何をやらせても一流の中の一流なのです。超一流です。

 

だからこそ、兄上の妹である私にも関心が向き、ウマ娘レースに関しては素人ということでここでは一般人に過ぎませんが、兄上に関する質問には何でも答えてみせましたよ。記憶喪失になる以前の兄上のことしかわからなくて泣いてしまったあの頃とはちがうんです。

 

こうして兄上のことを唯一の肉親として余すことなく紹介しようとすると、去年の7月に目覚めてからの1年間に兄上が成し遂げた数々の出来事が嘘みたく感じてしまうところもあり、本当に同じ人間なのかと疑いたくなる気持ちも嘘じゃありません。

 

 

――――――けれども、自分で兄上の素晴らしさや良さを語っていくうちに、今の自分が唯一の肉親である兄上のことを()()()()()()()()()も段々と輪郭を帯びていくことになりました。

 

 

いえ、元から兄上は私にとって最愛の人でした。唯一の人でした。兄上さえいれば、もう他には何も要りません。

 

けれども、こんな私のために兄上の在り方を歪めてしまった手前、もう私なんかに縛られることなく兄上にはあるべき人生を送ってもらいたいと思っていたのも事実です。

 

それに、兄上は最高に素敵な殿方です。いつか兄上にも唯一の肉親の私以外に愛する人を家族として迎える日が必ず来ると思っていましたので、兄上の人生の邪魔にならないようにひっそり生きようとも思っていました。

 

そう思っていたのですが、兄上のために身を引こうと思えば思うほど決心はたちまちのうちに揺らぎ、私の心の中は兄上でずっと満たされていたことに気付かされてしまいます。

 

 

――――――どうして忘れていたのか、そんなのはずっと昔からそうでした。

 

 

ずっと部屋に閉じこもっていて、特にやることもなく、ネットの海にどっぷり浸かって得てしまった世俗の知識に興味を惹かれて初めて秘所(アソコ)に指を伸ばして身体を貫いた電流で溺れて――――――。

 

それから部屋に閉じ籠もりきりの惨めな自分を慰めるのが日課になって、何度も兄上のことを想い、その度に兄上に優しくしてもらい、ジワリと兄上に温かく包み込まれる想像の中でぽーっと恍惚とした微睡みの中に無限に落ちていくのです。

 

それがきっかけで、今まで他人任せにしていた ずっと目を覚まさないままの病床の兄上の御世話を私もするようになり、その度にイケナイ妄想がずっと頭の中から離れないのです。

 

そうです。汗拭きや着替えなど、家族として寝たきりの兄上の御世話をするわけなのですが、ウマ娘とは異なる 人前では隠されている 男の人の逆側についている尻尾(アソコ)にずっと目が行くのです。

 

本当は年頃の女の子に成人男性の下着まで交換させるわけにはいかないということでしたが、私は丹念に身体中の汗を拭いながら 周囲の目を盗んで 屍のように思えた兄上の身体を思いっきり密着して、兄上が今も生き永らえている証を五感で味わい尽くしていたのです。

 

もちろん、着替えさせないだけで下着に隠れている兄上の逆側の尻尾(アソコ)もです。おかげで、最初はグロテスクに思えた兄上の萎びた尻尾も見慣れたものになり、こっそり毛を剃って整えて持ち帰ることもしていました。同じ尻尾なんですから、毛繕いして見栄えは美しくするべきなんです。

 

ただ残念ながら、生きながらにして死んでいる状態でしたので、どれだけがんばっても大きくすることができなくて そこから先のこと(ティーンズラブ)はまったくできていませんが、今となってはそれでよかったのかもしれません。

 

そんな自堕落な毎日を送っていたはずなのに、そう言えば 四六時中 兄上を想って日課にしていた自分を慰めることをしなくなっていたことに今更ながら気づいたのでした。

 

それがいつからなのかを振り返ると、実に簡単なことでした。

 

 

――――――それは兄上が三ヶ月の永い眠りから目覚めて記憶喪失になって帰ってきた時からでした。

 

 

ある意味においては兄上はトレセン学園に配属されて早々に学外でウマ娘に撥ねられて死んだも同然になっていましたが、今まで私のことを愛してくださった兄上が記憶喪失になったことで()()()()()()()()()()()()という衝撃で自堕落に過ごしていた私も死んでしまったのかもしれません。

 

なので、自分を慰めるよりも泣いて、泣いて、泣いて、ずっと泣き続けることになり、私の指は秘所(アソコ)にではなく、グシャグシャになった顔や泣き腫らした目元に当てられるようになったのです。

 

それから記憶喪失になって唯一の肉親であるはずの私でさえもまったく知らない兄上との新しい人生が始まった矢先の第八種接近遭遇:宇宙人による侵略――――――

 

その前に兄上が一夜にして私の養育費の目処を立てたこともあり、WUMAとの戦いに身を投じることになった兄上をお支えするべく、私もいつまでも部屋に閉じこもることを止めて、父上や母上と同じ世界に冠たる皇宮警察の道を再び歩むことになったのです。

 

 

――――――だから、ずっと忘れていました。私がいかに恥ずべきオンナであったのかを。

 

 


 

 

――――――寄宿学校への送迎中

 

 

陽那「――――――兄上。兄上はどうなさるおつもりですか

 

斎藤T「……どうもこうもない」

 

斎藤T「心とは移ろいやすいものだ。それでいて厄介なことに、死ぬ瞬間にだけ永遠となって地上に魂を縛り付けてくるものだ」

 

斎藤T「私はそれを三次元世界と表裏一体の四次元世界の霊界で嫌というほど理解させられているし、あれほど醜いと思うものはない」

 

斎藤T「だから、桜の花のようにパッと咲いてパッと散っていく生き方を日本人は美しいと感じることができる」

 

斎藤T「それは消滅を意味するものじゃない。四季の巡りのように生命の循環の中でパッと咲いてパッと散って次に繋げていくんだ。それで物事が上手く回っているんだ」

 

斎藤T「――――――『失敗しても次がある』と考えて、また花を咲かせる準備をしながら美しく咲かせるために試行錯誤して、今度はもっと大輪の花となって世界に彩りを与えるんだ」

 

斎藤T「事実、車輪が回っているからクルマは永遠に前に進み続けることができるだろう?」

 

陽那「はい、兄上」

 

斎藤T「だから、仏教のシンボルは法輪()なんだ。教義(法輪)を他人に伝える(転じる)ことを“転法輪”と言い、特にお釈迦様が最初に深淵なる仏の教えを説いた出来事を“初転法輪”と言う」

 

斎藤T「つまり、輪なんだよ。環なんだよ。和なんだよ」

 

 

――――――和を以て貴しとなす。

 

 

斎藤T「和がなくては物事は上手く行かないんだ。双方向の関係でもダメなんだ。循環することによって1つの輪となって一体になった人生を他者との共生に求めるんだ」

 

斎藤T「だから、死ぬまで続けられない(循環しない)ものは偽物だし、死んでからも続けられないもの(輪でいられないもの)も本物じゃない」

 

斎藤T「それが惟神(かんながら)の信仰の道というものだ。本当の幸せは普遍的で恒久的で実践的でなければ全てはまやかしだ。車輪のように回り続けるコツを掴めなければ幸せで居続けることができないんだ」

 

陽那「だから、兄上は色恋沙汰には一貫して冷めた対応をしているのですね」

 

斎藤T「考えてもみろ。結婚式でよく聞くのが『人生で最高に幸せの瞬間』という謳い文句なんだぞ。逆に言えば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということにもなる」

 

斎藤T「それでいて一番気に入らないのは結婚式の誓いの言葉に地域貢献や社会貢献がまったく含まれていないことだ。互いの人生を支え合う必要性から伴侶を迎えると言うが、自分一人の人生も満足にこなせずに他人だった相手の手を借りるというのに、それで生まれてきた赤ん坊の人生をどう支えるというのだろうな」

 

斎藤T「答えは簡単だ。結婚の誓いに存在しない異物として生まれてきた愛の結晶が二人だけの世界に綻びを生むことになるんだよ」

 

斎藤T「一人の人生を支えるために夫婦になったというのなら、一人の人生を支える夫婦の能力はそれぞれ0.5ずつしかない半人前同士なのだから、赤ん坊なんて作ったら3人の人生を0.5ずつで支えることになるという簡単な計算ができないバカップルが多くて嫌になる」

 

斎藤T「今の少産少死の時代じゃ想像がつかないだろうが、多産多死の時代にどうやって何人もの子供を育てることができたのかを調べれば、すぐにわかることだ」

 

斎藤T「一人の人間に我が子を育てる能力なんてない。天地人の全てに活かされなくては子供なんて育たないんだよ」

 

斎藤T「その果てに、夫婦喧嘩は犬も食わない、愛し合ったはずの二人は些細なすれ違いから身も心も一つの状態から身も心もズタズタに引き裂かれた状態となって、弁護士事務所で惨めに離婚式を挙げて一生引き摺るんだ」

 

斎藤T「ならば、私は『人生で最高に幸せの瞬間』である結婚式を何度も見届ける立場になって新郎新婦からの幸せのお裾分けを毎回もらう役割に徹していた方がよっぽど幸せであることに気づいたんだ」

 

 

斎藤T「つまり、西部開拓時代のゴールドラッシュで()()()()()()にはならなかったんだ、私は」

 

 

陽那「――――――『ゴールドラッシュで()()()()()()』ですか?」

 

斎藤T「信じる者は救われるというが、『儲ける』という字は“信じる者”と書く――――――、というのは冗談で、元々は『人』+『諸』で“跡継ぎを用意する”といった意味で“皇太子”を意味するものでもあったんだ」

 

斎藤T「まあ、それで、『ゴールドラッシュの時に儲けたのは金を掘っていた人ではなく、ツルハシやショベルを売っていた人だった』というのが投資家:ピーター・リンチの有名な言葉だ」

 

陽那「ああ、なるほど。それなら他にはテントや作業服を売った人も儲けていますよね」

 

斎藤T「そう。そのゴールドラッシュの時代にニューヨーク州からカリフォルニア州に移住して商人として成功して財を成したのが大陸横断鉄道の一つのセントラル・パシフィック鉄道の創始者にしてスタンフォード大学の創設者となったカリフォルニア知事:リーランド・スタンフォードというわけだ」

 

陽那「――――――スタンフォード大学!」

 

斎藤T「つまり、みんなの憧れが集まってできた“夢の舞台”なんてのは一攫千金を狙って商人からツルハシから何まで買って我も我もと競うように金を掘ろうとするゴールドラッシュの採掘場なんだよ。その実態は収支計算が最初から振り切れて多数の破産者を生み出す目には見えないブラックホールさ」

 

斎藤T「それは我こそは優駿たちの頂点に立つ存在だと信じてターフの上を有象無象が駆けるウマ娘レースだって同じことだ」

 

斎藤T「ターフの上に懸ける情熱と夢を支えている商人たちからすれば、トレセン学園の生徒たちは金蔓でしかないな。夢が叶おうが夢破れようが儲かってしかたない」

 

陽那「だから、兄上は“学園の敵”を目指しているのですか?」

 

陽那「兄上はトレセン学園の生徒の皆さんの夢を応援するフリをして、兄上自身の目的のために学園の皆さんを煽動して利用して搾取している偽善者だと?」

 

 

陽那「――――――そうは思いません」

 

 

陽那「兄上。そうやって今回のことを自嘲して偽悪的に振る舞う必要なんてないですよ」

 

陽那「私もいろいろ驚きましたけれど、兄上は最高に素晴らしい方なんですから、むしろ兄上に惹かれるのはお目が高い証拠です」

 

陽那「それにタキオンさんやカフェさんが兄上に惹かれた理由は私が一番に理解しています」

 

陽那「兄上は私のような不出来な妹のために記憶を失くしてもなお今も尽くしてくださっているんです」

 

陽那「なら、学園一危険なウマ娘や学園一不気味なウマ娘の面倒を見ることなんて慣れたものじゃないですか。私という兄上の人生で一番の重荷でしかないウマ娘の相手をずっとしてきていたのですから」

 

陽那「それに気づいていますか、兄上?」

 

陽那「兄上はまだ配属されて2年目の新人トレーナーですから、まだまだ夢いっぱいの新入生や未デビューのウマ娘にはESPRITを主宰しているトレセン学園の便利屋ぐらいに思われていますけど、」

 

陽那「ウマ娘レースの厳しさだけじゃなく人生の酸いも甘いも体験して大人の階段を登ったウマ娘ほど()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言ったら嘘になる人たちばかりなんですからね」

 

陽那「だから、兄上は誰よりも本当の幸せのことを理解しているから、誰よりも憐れむことができて、誰よりも優しくしてしまうんですよね」

 

陽那「でも、そんな兄上だからこそ、トレセン学園でたくさんの人の心に寄り添うことができて、こうしてシンボリルドルフ卒業後の黄金期の次の時代を迎えられたんです」

 

 

陽那「みんな、本当はわかっていますから」

 

 

斎藤T「………………」

 

陽那「でも、無性に伝えたくなるんですよ。なんてことないように見せているその背中に追いつきたくて」

 

陽那「それこそ、タキオンさんやカフェさんのように 何があるのか本当はよくわかっていないけど とにかく目指したい場所に兄上はいるのですから」

 

陽那「そんな兄上が切り拓く未来に みんなが憧れを抱いて たくさんの人が後に続いたら、その道程もまた“夢の舞台”になっていくんじゃありませんか?」

 

斎藤T「……そうだといいなぁ」

 

陽那「以前に言いましたよね。肉体があるからこそできることがあるのが現し世」

 

陽那「――――――現し世は夢」

 

陽那「だから、夢の舞台である現し世で叶えたいことを見つけられることは本当に幸せなことですよね。たとえ それが叶わぬ夢であったとしても、それでも前に進み続けることに生命の答えがあるんですよね。パッと咲いてパッと散ってまた来年が来るのを待ち遠しくさせる桜の花のごとく」

 

斎藤T「……ヒノオマシ」

 

陽那「うん。やっぱり、スターディオンさんが 一番 兄上に近いですね」

 

陽那「難しいなぁ。わかっていても次から次へと欲が出ちゃうんですよね、兄上のことを想うと」

 

 

――――――学を為せば日々に益し、道を為せば日々に損す。

 

 

20XY年6月30日、この日はもういろいろとありすぎた。“斎藤 展望”の誕生日としてバースデーケーキを頬張るだけの日で終われなかった。

 

もう本当にいろいろあった。この日を迎えることで新年度が始まって春季に積み上げてきたことの四半期の集大成となって、更に遡ること新年が始まっての冬季からの分を含む1年の前半期の罪穢れを祓う夏越の大祓を夏季からの事業の成功のために自分で祈願して自分で業祓いすることになったのだから。

 

それが中京茅の輪くぐりという儀式であり、中京茅の輪くぐりで通り過ぎた熱田神宮を中心とする関西:琵琶湖周辺と関東:南アルプス周辺の神社神域の神々の加勢でもって地域の罪穢れが具現化した山のように巨大な妖怪:オロチを中京競バ場のバ場で退治する羽目になってしまった。

 

いや、それどころか、6R『メイクデビュー中京』の発走直前までに私は5R『メイクデビュー函館』、5R『メイクデビュー福島』を観戦して、中京競バ場に急いで戻ってきたら新たな人類の脅威である機械生命体“ロイヤル・ナムーフ”と遭遇して、これを何とか撃破して残骸を回収までしていた。

 

そして、熱田神宮の霊威である草薙剣と火打ち石の奥義でオロチを焼き払って浄めたのも束の間、自分の誕生日祝をしながら担当ウマ娘の祝勝会に託けて名古屋市民をファン層に取り込むべく無告知のファン交流会も開催して、いつも通りESPRITのイベントプランナーとして誰よりも働いてしまった。

 

けれども、最愛の妹:ヒノオマシの学業に支障が出ないように急いで寄宿学校に帰らせる必要があったので、ファインモーション姫殿下の名古屋散策には参加せずに東京に直帰することになった。

 

なお、先週の京都散策に引き続き 姫殿下の名古屋散策に付き添いで参加する生徒たちはアオハルチーム<エンデバー>のメンバーで固まっているので、チーム<エンデバー>の特別合宿という名目で公欠扱いにしてもらうように樫本代理から許可をもらっている。

 

まるで蛇行が激しい急流を川下りするような急転直下の1日であり、帰りの新幹線の指定席には自分たち以外は利用客がいない貸し切り状態になっていたのにホッとして一眠りしていた。名古屋から東京までは1時間40分の旅程。

 

そして、新横浜駅を通過して終点:東京駅に到着するまでもうそろそろになった時に喫煙スペースに一人こもった後、400バ身差の雷鳴のメイクデビューを果たした担当ウマ娘:アグネスタキオンと同期だが同世代にはならなかった僚バ:マンハッタンカフェと一悶着が起きたのだ。

 

いわゆる“掛かり”に陥った年頃のウマ娘に自分たち以外に誰もいない公共の場で関係を迫られてしまったのだが、オロチ退治で破棄した熱田神宮の霊威である草薙剣と火打ち石の煩悩を焼き尽くす炎の残り火によって正気に戻してお茶を濁すことができたが、改めてとんでもないウマ娘たちの面倒を見ていることに先行きが不安になってきたのだ。

 

トレセン学園において“門外漢”たる私がトレーナーとして常識外の行いの結果によって変なウマ娘たちに付き纏われていることを嘆くのは因果応報として受け容れるしかないことだが、

 

よりにもよって、“学園一危険なウマ娘”アグネスタキオンと“学園一不気味なウマ娘”マンハッタンカフェという腐れ縁の対照的な2人のウマ娘が互いに変に拗らせて“斎藤 展望”を巡る恋のダービーで掛かってしまったのには目眩がした。

 

 

ねえ、きみたち。そういうことに興味を持つだなんて、ターフに懸ける情熱はいったいどうしたんだい――――――。

 

 

私の夢のために船員として生涯契約を交わしているアグネスタキオンは まあ わかるが、どうして『URAファイナルズ』敗退後からの付き合いのマンハッタンカフェまでそうなるのかが理解できなかった。そういうことに興味があるとは思わなかったし、腐れ縁であるアグネスタキオンに対して恋のダービーを仕掛けるほどに意地を張ってきたことにも驚いた。

 

正直に言って、今後の付き合いを考えると素気なく拒絶するのも憚られたため、突然のことに上手い対応が思いつかなかったことで、私を巡る恋のダービーのせいで陣営が内部崩壊するかもしれない危機的状況を迎えてしまっていたのだ。

 

それを執り成したのが表向きは『名家』の生まれでありながらウマ娘レースに対する情熱を持ち合わせなかったバケモノと自嘲している双子の姉で通しているアグネスタキオン’(スターディオン)なのだから、その正体が怪人:ウマ女である正真正銘のバケモノに恋する2人が諭される状況がより一層の混迷を深めた。

 

そう、今回は皇国の神々とバケモノの助けを得て難を逃れたが、年頃のウマ娘2人に言い寄られるのは鼻の下を伸ばすよりも若気の至りに対する拒絶感が上回っており、そこから展開される()()()()()()()()()()()()()()()に吐き気を催す――――――。

 

 

だから、グチャメチャな気分を抱えながら妹:ヒノオマシを寄宿学校に送っている最中に“斎藤 展望”らしくない弱音を吐いてしまう。

 

 

本当は言うべきことではないとはわかっていても、ヒノオマシも一緒にいたので 一部始終を間近に見て 悪影響を受けていないとも限らないので、改めて私の恋愛に対する立場を説明することになった。

 

年頃の女の子として当たり前の恋愛への興味を圧し折るような最低な大人の物言いにヒノオマシを静かに聞き入ったが、これまで私から教えられたことやこれまでの私の足跡を吟味しながら、ヒノオマシ自身が私の心に寄り添おうとしてくれた。

 

初めて会った時はずっと部屋に閉じ籠もりきりだったことを考えると、兄としてその成長を嬉しく思う反面、気を遣わせてしまったことを不甲斐なくも思う。寄宿学校でしっかりと鍛錬を積んでいることで出会う度に体幹が整ってきているのがわかる。

 

 

ただ、どうしてそこまでヒノオマシが唯一の肉親である最愛の兄に対して信頼しているのかを分析すると、そもそも“斎藤 展望”という人間が両親の血統と素質を受け継いで才能を余すことなく開花させた早熟の天才だったことがわかってきたのだ。

 

 

23世紀の世紀の大天才である私から見ても21世紀の地球を生きた皇宮警察の超エリートの令息“斎藤 展望”は血統と素質に裏付けされた極めて恵まれた能力の持ち主であることは 三ヶ月の永い眠りで衰えていたとは言え 力仕事や事務作業に過不足なく対応できる十分に鍛え上げられた均整の取れた肉体と遺品となる数々の思い出の品に遺された足跡から窺い知れたし、

 

妹の養育費を荒稼ぎするために親の後を継がずに中央トレセン学園のトレーナーになったことに親戚一同から批判の声が上がらず、むしろ 斎藤家からついに国民的スポーツ・エンターテイメントである『トゥインクル・シリーズ』で名を上げる未来の名トレーナーが輩出されたことを無邪気に喜ぶ声に溢れた。『日本ダービー』や『有馬記念』を獲る名トレーナーになることを期待する声も多かったが、天皇家に仕えてきた家系らしく『天皇賞』制覇を望む声も聞こえてくる。

 

おそらく“斎藤 展望”は最愛の妹からも斎藤家の親戚一同からも――――――、そして、今は亡き両親からも何をやらせても大成する神童と思われていたようで、両親から皇宮護衛官としての心構えを伝授されてからは 無理に親の後を継ぐ必要もないとして その自由意志に委ねていたらしかった。

 

また、本音としては妹の養育費のためだが、金稼ぎの手段としてウマ娘レースのトレーナーになった建前である志望動機の記述の中に『ウマ娘レースによる国際親善』を強く意識したものがあり、

 

トレーナー養成校時代のノートを調査すると、どうやら重賞レースの最高峰であるG1レースで勝てるウマ娘を狙うのではなく、世界各地の競バ場と提携で開催されている交換競走での着実な勝利と知名度の獲得を狙っていたらしく、詳細な研究内容と調査結果から導き出された勝算が弾き出されていた。その勝算では余裕でヒノオマシが独立するまでの養育費を3年で稼ぎ切るものとなっている。

 

私が言うのもなんだが、さすがは“斎藤 展望”と言ったところで、目の付け所がちがうというか、あくまでもトレセン学園でトレーナーをやるのは妹の養育費を稼ぐ手段でしかないために軸足を移すつもりはないことが伝わる。

 

そこでのニッチ(隙間)路線から独自の立ち位置と存在感を中央トレセン学園で得ようと計画していたらしく、伝統には敬意を払う在り方から王道路線を目指す大勢のトレーナーたちの冷やかしにならないようにスカウト候補も入念にリストアップしていた。

 

そこで初めて“斎藤 展望”が配属されて早々に“学園一の嫌われ者”になった強引なスカウトに付け狙われた被害者の全容を知ることができたのだが、

 

恐ろしいことに“最初の3年間”を走りきった 今で言う4年目:スーパーシニア級のウマ娘、あるいは『URAファイナルズ』開催のために引退を引き止められて活動休止しているウマ娘が大半だったのだ。

 

トレーナーバッジをもらったばかりの無名の新人トレーナーがいきなりG1ウマ娘やそれに匹敵する強豪たちのスカウトや指導ができるわけがない――――――。

 

だが、すぐにでも金が欲しいので、先輩トレーナーの許で下積みをするのではなく、実力未知数の新入生や売れ残り(未デビュー)の在学生をスカウトするより 先輩トレーナーがすでに手を加えて ある程度の実績も積んでいる 実力十分なウマ娘をスカウトするのなら、あらかじめ選定した交換競走というニッチ路線で賞金を荒稼ぎできる勝率が高いと踏んだのだ。

 

そう、結果として今は王道路線であるクラシック三冠路線を担当ウマ娘と目指すことになったが、図らずも“斎藤 展望”は日本の皇室と友好関係にあるウマ娘王国:アイルランド王国の姫殿下との親交を持つに至ったし、卒業した“皇帝”シンボリルドルフを訪ねて海外レースの現地観戦もしに行っているので建前であった『ウマ娘レースを通じた国際親善』に丸っ切り無関心というわけでもない――――――。

 

更に、私の陣営:チーム<アルフェラッツ>に所属するアグネスタキオンとマンハッタンカフェは元々の“斎藤 展望”が狙っていたスカウト候補となる実力や実績が保証されているウマ娘にある意味においては合致していたわけで、不思議と“斎藤 展望”があらかじめ予定していた流れに沿うことになっていた。

 

 

こうして“斎藤 展望”本人の思考を探っていくと、実の家族からやることなすことを肯定されるのも納得がいくほどの明晰な頭脳に裏付けされた開放的な考えの持ち主であったらしく、古き良き伝統への敬意を払いつつも、刻々と進化していく最新の技術や流行を積極的に採り入れる進歩派でもあった。さながら神仏習合と和の心を広めた聖徳太子のようでもあり、良きものを選別して取り入れて日に日に新しく進歩発展してきた日本の様式に生きる日本人らしい日本人でもあった。

 

 

要は、目的のために手段を選ばない――――――、目的達成のためにより効率的な手段の行使や更新を躊躇わない合理主義者であり、かと言って一方的な技術導入を押し切ることなく、まずは自分自身で試してみてからしっかりと吟味して展開する配慮も足りていたようだ。

 

それがなぜか“斎藤 展望”は彼らしからぬ性急さの強引なスカウトによってトレセン学園に配属されて早々に“学園一の嫌われ者”になっていたのだが、それ以前からの付き合いのある家族友人知人親戚縁者からは常に感謝の言葉が絶えないのだ。

 

そう考えると、最終的には最愛の妹の栄達のために広く世界を知ってから代々に渡って天皇家に仕えてきた皇宮護衛官の在り方に回帰するつもりでいたらしく、

 

トレーナー養成校での事前の研究内容と調査結果から導き出された算段によると、妹の養育費を賄うほどの賞金を交換競走を中心にしたニッチ路線で稼げると踏んでいるのだから、“学園一の嫌われ者”という悪名を得てまで強引なスカウトに踏み切ったところに何か違和感を覚える。

 

そもそもとして、アグネスタキオン謹製の肉体改造強壮剤や時間跳躍、アングロアラブ八極拳などの超人的要素の数々を修得しているにしても、

 

これまで数々のヒトを超越した身体能力を持つウマ娘すら相手にならないほどの脅威に立ち向かい、不覚を取ることが何度もあったが、ウマ娘に撥ねられて三ヶ月間の意識不明の重体に陥る以上の怪我はしたことは一度もないのだ。これほどまでに無理が利く頑丈な身体は普通ではない。

 

だからこそ、最愛の妹からの絶対の信頼や過去の記録から沸き起こる“斎藤 展望”の完璧超人ぶりから、配属されて早々に“学園一の嫌われ者”にまでなった行動には疑問を抱くようになり、更には学外でウマ娘に撥ねられたというのも何か作為的なものを――――――。

 

 

陽那「兄上」

 

斎藤T「うん?」

 

陽那「キスしてください」

 

斎藤T「は」

 

陽那「キスしてください」

 

斎藤T「……赤信号だからいいものを、事故を起こすところだぞ」

 

陽那「キスしてください、兄上」

 

斎藤T「……掛かっているのか?」

 

陽那「そうかもしれません。それこそアクセル全開で信号なんて無視して私をこの場で押し倒してメチャクチャにしてください」

 

陽那「兄上の前の尻尾と私の後の尻尾を交わらせてください」

 

 

――――――私の全部を兄上のものにしてください。

 

 

斎藤T「断る」

 

陽那「どうしてですか? やっぱり、スターディオンさんが好きだからですか?」

 

斎藤T「……やっぱり 悪影響だったな。最悪だ。最悪の修羅場だったな」

 

陽那「しかたがないじゃないですか。トレセン学園のウマ娘なら担当トレーナーとの恋愛に憧れるものですよ」

 

斎藤T「いや、部外者だろう?」

 

陽那「兄上でも乙女ゲームの定番はご存知ないんですね」

 

陽那「乙女ゲームだと、主人公の女の子が美男子と恋する時、最愛の兄を慕う可憐な妹が恋のライバルとして立ちはだかるものですよ」エッヘン

 

陽那「最愛の兄であるトレーナーに邪な思いを抱く担当ウマ娘を成敗するのが妹の役目なのです!」ドヤァ

 

斎藤T「最悪の小姑だな」フフッ

 

陽那「だって、兄上こそが最高の殿方なのに、恋をしたからって赤の他人が大切な家族を引き離そうとするだなんて、それって人道に対する許されざる罪じゃないですか」

 

斎藤T「安心しろ。斎藤・ヒノオマシ・陽那が独り立ちするのを見届けてから私も旅立つつもりだ」

 

陽那「なら、いつまでも兄上の御側にいます。それがずっと部屋に閉じ籠もりきりだった私の世界で最高に幸せなことですから」

 

陽那「兄上の罪は兄上が素敵すぎることなんですから、実の妹の私の心を盗んでいった罪を一生をかけて償ってくださいね」

 

斎藤T「はっきり言っておくが、大善は非情に似たり、天の道は真の弱者を許さない。ついてこれない者は置いていかれるぞ。いつまでもそこに留まることは許されない」

 

斎藤T「この車道と同じだな。青信号になったら進んで、赤信号になったらちゃんと停まるんだぞ。そうしないと法によって裁かれる。流れに逆らってはいけない」

 

陽那「はい。ですから、施しを与えられるだけの子供の私じゃなく、施しを与えられる大人の私が兄上の御側にいます」

 

斎藤T「――――――子を成したいとは思わないのか?」

 

陽那「ええ。兄上との子なら何人でも産みます。兄上という地球でもっとも偉大な人間の子を授かれる名誉に勝るものはありません」

 

斎藤T「子種が欲しいだけなら、まあ、考えなくもない」

 

陽那「嫌です。兄上と私の尻尾が交わり合ってできた愛の結晶じゃないと意味がないです。それはスターディオンさんだって同じです。モノが欲しいんじゃないんです。兄上の遺伝子じゃなく、兄上の心が欲しいんです。心がこもった贈り物が欲しいんです」

 

斎藤T「とは言っても、恋愛も結婚もこればかりは互いの合意によって成り立つものだから、私の将来設計と自由意志を尊重してもらいたいものだな」

 

陽那「はい。ですから、ずっと御側に置いてくださいね。兄上の将来設計と自由意志を私が守りますので」

 

斎藤T「――――――!」

 

 

斎藤T「………………その思い切りの良さや常識に縛られない在り方はまさしく“斎藤 展望”と血を分けた妹と言ったところだな」

 

 

斎藤T「……それで本望なら」

 

陽那「ありがとうございます」

 

斎藤T「――――――強くなったな」

 

陽那「はい。強くなりたいと心の底から思えるようになりましたから」

 

 

――――――愛しています、兄上。

 

 

陽那「これだけは絶対に伝えたかったんです。生まれた時からずっと」

 

陽那「ううん、きっと生まれてくる前からずっと兄上に愛されていたせいですよ、こうなったのも」

 

陽那「だから、私は兄上に愛されるために生まれて、兄上を愛するために生まれてきたんです」

 

斎藤T「……そうかもしれないな」

 

陽那「ほら、もう少しで兄上の誕生日が終わって、あれから1年になりますよ。兄上が3ヶ月間の永い眠りから目覚めてから」

 

斎藤T「…………早いものだな」

 

陽那「本当ですよ。光陰の矢の如し」

 

陽那「兄上、私を独りにしないでください。もうあんな思いは二度としたくないし、大好きな兄上には伝えられなかった大好きをいっぱいいっぱい伝えたいから……」

 

陽那「この想いは絶対に誰にも負けないと自負していますから、もっともっと唯一の家族である妹のことを愛してくださいね。兄上は私が守りますから」

 

斎藤T「…………そうか。それもアリか」

 

 

 

 

 

斎藤T「さあ、ついたぞ」

 

陽那「はい」

 

陽那「送ってくださり、ありがとうございました。どうかお元気で、兄上」

 

斎藤T「ああ。また会おう」

 

 

斎藤T「………………」 ――――――寄宿学校の門を潜るのを見送る。

 

陽那「………………」 ――――――寄宿学校の門を潜る前に振り返る。

 

 

斎藤T「……わかった。キス、するよ。今日は誕生日である以上に夏越の大祓だったから気分がいいんだ」

 

陽那「へ!?」

 

斎藤T「いいか。今から全身全霊でキスするから全身全霊で受け止めるように」

 

陽那「え!? あ、兄上!? ええっ!?」 

 

斎藤T「――――――バイアリーターク」ボソッ

 

陽那「ま、待って! ええ?! 兄上、まだ心の準備が――――――」

 

陽那「!!?!」

 

 

――――――今日の勝利の女神は貴方にだけチュゥする!

 

 

バキューーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!

 

 

陽那「!?!!!?!!?!?!!?!?!?!?!」カアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!

 

陽那「カハッ」

 

陽那「あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?!!」ガクッ

 

斎藤T「どうだい? 私であって 私じゃない 私に降りた女神様からのチュゥは?」ニッコリ ――――――全身全霊の投げキッス!

 

陽那「ぜ、全身全霊で味わわせていただきました……」ガクガク・・・

 

陽那「なにこれ、立っているのもやっとで、力が、腰に力が入らない……」ガクガク・・・

 

陽那「ど、どうしよう!? ドキドキが止まらないよぉ~!? こんなの、知らない!  知らないの! ど、どうなっちゃったんですか、私!? 兄上ぇ!?」ドクンドクン・・・

 

斎藤T「大人をからかった罰だ、おませさん」フフッ

 

 

――――――それじゃあ、夜更かしはせずに、また元気なおはようを聞かせてくれ、妹よ。

 

 

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