ウマ娘超光速戦記 -TACHYON Transmigration-   作:LN58

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潜入報告  アオハル魂爆発! チーム<エンデバー>とチーム<タンドラ>!

 

 

――――――定期報告。こちら、トサノコーラル、トサノコーラル。今日も立直(リーチ)軍団はゴキゲンでした。*1

 

 

ええ。相変わらず、メイン(一軍)チーム<エンデバー>は『アオハル杯』の3年間で高等学校卒業程度認定試験に合格できる程度の学力を身に着けるために今日も勉強漬けです。

 

トレセン学園の中高一貫校の6年間の前半を『アオハル杯』、後半を『トゥインクル・シリーズ』に充てる大胆不敵な学園生活を送るのはなかなかに覚悟が要ります。

 

みんな、すぐにでも中央競バ『トゥインクル・シリーズ』にメイクデビューして、優駿たちの頂点に立つ華々しい活躍を期待して入学しているのに、貴重な3年間を非公式戦『アオハル杯』に全力投球して本当に大丈夫なのかと不安がっている子も多いです。

 

それに対して『よく学び、よく遊べ』を主将たるシンボリ家の令嬢:ソラシンボリが一生に一度の学園生活で自ら体を張って実践しているのだから、シンボリ家の令嬢の崇高さに共鳴した同じく実力もあって豪胆なウマ娘たちがトレーナーからのスカウトを受けない誓いを立ててアオハルチーム<エンデバー>に集まってきました。

 

先の『春の選抜レース』で誰が見ても最強であると確信せざるを得ないソラシンボリを筆頭に彼女の在り方に惹かれて集まった才気煥発の同期の新入生たちに加え、

 

まさかのエアシャカール、ウオッカ、ダイワスカーレット、アストンマーチャンといった今年の2年目:クラシック級ウマ娘の頂点に立つ面々まで参加しているので、純粋な実力や才能だけで言えばチーム<ファースト>に完全勝利しています。

 

ただ、公式戦『トゥインクル・シリーズ』での実績は非公式戦『アオハル杯』には反映されないので、最初のチームランキングではチーム<エンデバー>は15位ということで、これもまた大きな話題となりました。

 

今、私が潜入しているアオハルチーム<タンドラ>はチーム<エンデバー>のファーム(二軍)チームとして、チーム<エンデバー>の規則を緩くして一緒にトレセン学園の中高一貫校の6年間を楽しみたいミーハーなウマ娘たちのために急遽結成されたものです。

 

これには非常に驚かされました。トレセン学園の貴重な3年間を全力で楽しみながら『アオハル杯』を本気で勝つためのチーム<エンデバー>を結成したソラシンボリが別のチームの結成を呼びかけたのですから。

 

もちろん、これまでのトレセン学園の在り方を守るために 徹底管理主義を掲げる樫本代理が率いるチーム<ファースト>打倒という大義名分の下に 連合を組んでいるチームが少なくありません。

 

あるいは、チーム総合力を利用して高めたトレーニングレベルによって得られる有用なトレーニング設備の優先権を狙って、己の担当ウマ娘のためだけに徒党を組んだチームも数多く存在します。

 

そんな中、『アオハル杯』を本気で勝つ目的のチームを作りながら、その『アオハル杯』を本気で勝つという目的を外したチームを別に用意するところがより一層の学園の関心事となったのです。

 

これは今回の『アオハル杯』復活の仕掛け人の一人である樫本代理ですら思いつかなかった戦略であり、当然ながら突如として復活した『アオハル杯』に勇んで参加したトレーナーたちにしてもそうでした。

 

チームランキング1位を目指して打倒チーム<ファースト>を達成するのが目的でも、己の担当ウマ娘のためだけにトレーニングレベル目当てであっても、最初から強いウマ娘たちが徒党を組んでチームランキングを上げるのが一番の近道である以上、『アオハル杯』の予選レースが行われる度にメンバートレードの期間を挿もうともファーム(二軍)チームを結成する意味がないからです。

 

ただ純粋にアオハルチーム<タンドラ>はアオハルチーム<エンデバー>から漏れたウマ娘の受け皿となるべく機能し、メイン(一軍)チームとファーム(二軍)チームが一緒にトレーニングに励む光景が多くのトレーナーから異様に見えました。

 

チーム<エンデバー>のチーフトレーナーは史上初の“春シニア三冠ウマ娘”マンハッタンカフェの担当トレーナーとして注目を浴びている和田Tですが、たった一人でチームを立ち上げた発起人がソラシンボリである以上、その背後に新クラブ:ESPRITとの繋がりがあるのは明らかです。

 

 

つまり、“サトノ家の至宝”として一族の期待を一身に背負った大切な御身でありながら自らの直感を信じて担当トレーナーになって欲しいと願ったお嬢様を手酷くフッた“立直棒”の存在があります。

 

 

もっとも、“立直棒”がお嬢様からの指名を断ったのには分厚くしたためた書状に理由が事細かく記されており、これから担当ウマ娘と初めての“最初の3年間”を始めようとした矢先に押しかけられて迷惑千万なのは理解しています。

 

しかし、その書状に記されたお嬢様の担当契約を受けない理由もさることながら、本来ならば商売敵でしかないトレーナー選考会(トライアル)に参加しながらも全員不採用になったトレーナーたちを非常に気遣った内容や、サトノグループがG1ウマ娘を輩出するに足らない『良家』と『名家』との絶対的な差についての考察がサトノグループ会長を大いに唸らせることになりました。

 

そう、私も拝読しましたが、素質あるウマ娘をスカウトしてウマ娘レースで勝たせることに全身全霊を込めているのがトレーナーという生き物ですが、サトノグループひいてはサトノ家を敵に回しかねないお嬢様からの指名を頑として断る書状から“立直棒”の卓越した分析力と人柄が浮かび上がるのです。

 

その証拠に、トレセン学園においてはこれまで重視されることのなかった新クラブ:ESPRITを主宰して新時代最初の入学生たちを中心に圧倒的な支持を得て、新年度に合わせて竣工したエクリプス・フロントを早々に生徒たちの日常風景に溶け込ませた手腕を見せた“立直棒”がトレセン学園の将来を左右する『アオハル杯』に何も手を打たないはずがない――――――。

 

 

そう思って“サトノ家の影”である私を立直軍団に潜入させているわけなのですよね。

 

 

決断が遅すぎますよ、いつもいつも。まだ『アオハル杯』予選が始まってないからチームメンバーの変更は可能ですが、それはそれとして判断があと少し遅かったらファームチーム<タンドラ>の立ち上げに参加するのに間に合わなかったのですからね。

 

はい。新クラブ:ESPRITには入部する前から大勢の新入生たちと一緒にモニターをしていましたので、<タンドラ>の立ち上げメンバーとして参加した後は より一層 接近するためにESPRITに正式に入部しております。

 

それで肝腎のチーム<エンデバー>、それとチーム<タンドラ>でのトレーニング風景のことです。

 

 

――――――正直に言って、ここまで効率的な集団指導があったら、教官の立場がなくなると思いました。

 

 

一人も余すことなく()()()()()()()がAI導入によって実現可能になったということで、専属トレーナーによる一人一人に合わせた指導が効果を上げているように、個別指導を宣伝に使っている予備校をよく目にするのを考えればわかるはずです。

 

というのも、ESPRIT所有の超高性能分析機『エクリプスビジョン』とサトノグループ開発の『メガドリームサポーター』から飛び出したサポートAI“三女神”の合わせ技で、担当トレーナーがいない大半のウマ娘が一人でも自分のための育成計画の遂行ができているからです。それで『夏の選抜レース』への期待が高まっています。

 

もちろん、『メガドリームサポーター』はVRウマレーターでの二次元世界(VR世界)で担当トレーナーと担当ウマ娘のために使われる予定の代物だったので、それがウマロイドとして実体を得て三次元世界(現実世界)で誰に対してもアドバイスするようになったのでは話がちがいすぎます。

 

ですが、現実としてサトノグループが開発したサポートAIの性能が本物であったことが世間に知れ渡ることになり、『メガドリームサポーター』の正式リリースが中止になった損失を埋めるほどの株価の上昇をもたらすことになりました。

 

そのおかげでサポートAIの開発主任である天野博士の面目は保たれることになり、『メガドリームサポーター』を中心にしたサイバートレーニング環境『エクリプスポリス』は開発中止になる一方で、『メガドリームサポーター』を転用した独自の展開が提案されています。

 

そうです。『メガドリームサポーター』が形を変えて続投したのには天野博士との協力体制を率先して築いたことにあり、先行体験会でまさかのデータセンター壊滅で『エクリプスポリス』構想が完全に潰えたかに思えた事業を壊した当の本人が形を変えて新たな事業に組み立て直したことには驚きを禁じえません。

 

それが彼なりの責任の取り方だったとしても、結局は両者が得をする形にしながら、サトノグループの財産であるはずの『メガドリームサポーター』のサポートAIを味方につけて、ますます自分が得をする方向に持って行っていることが非常に恐ろしいと感じます。

 

私自身もこうして立直軍団の一員としてどこよりもハイテクを活用したトレーニングを受けてしばらく経ちますが、自分の脚質や適性距離を教官やトレーナーに教わることなく『エクリプスビジョン』の分析結果と『メガドリームサポーター』のサポートAIのアドバイスで少しずつ掴めていく実感があり、日々のトレーニングが非常に充実していると断言できます。

 

 

ただ、それ以上に巷では“トレセン学園の黒衣の宰相”とも言われるようになった“立直棒”の尋常ならざる目利きに驚かされています。

 

 

学外でウマ娘に撥ねられて記憶喪失になったせいでトレーナーとしての指導力は付け焼き刃でしかないと言われており、本人も生徒たちにトレーニングのアドバイスを求められてもツッコんだ内容は答えられないことから、和田Tに具体的なトレーニング指導を全面的に任せているのはすぐにわかりました。ベテラントレーナーの指導と見比べれば本当に素人同然でした。

 

実際、配属早々に強引なスカウトで“学園一の嫌われ者”となって即刻クビを切られそうになった矢先に学外でウマ娘に撥ねられて三ヶ月間の意識不明の後に記憶喪失になった経緯もあって、

 

あまりにも悪名高い“学園一の嫌われ者”としての彼と、新クラブ:ESPRITの主宰として新開発や新発明でもってソリューションの提供に精を出している現在の“学園一の切れ者”の彼とでは何もかもがちがいすぎるため、

 

トレーナーとしての能力には期待はしない代わりに自身の才能を惜しみなくソリューションという形で提供する類稀な恩恵に与ろうとするトレーナーや生徒たちの支持もあり、学園においては“便利屋”という独特の立ち位置の存在で扱われています。

 

もっと言えば、“学園一危険なウマ娘”と恐れられたアグネスタキオンと担当契約を結んで管理下に置いていることからも、アグネスタキオンという危険物の取り扱いは完全に任せたというある種の信頼も生まれているように思えます。

 

さて、基本的に私たちが和田Tが用意した合同練習のメニューを班を分けてこなしている時、ふらりと現れた“立直棒”が誰と誰が組むように事細かに指示してくるのです。

 

そして、不思議なほどに ウマ娘の得意・不得意や実力の優劣に頓着しない 彼が指示した荒唐無稽に思える組み合わせやハンディキャップでチームトレーニングをやっていると必ず得るものがあるのです。私一人だけじゃなく、体験した全員がそう証言しているので、不思議としか言いようがありません。

 

おそらく“立直棒”には普通のトレーナーではわからないウマ娘同士の相性が読み取れるのでしょう。

 

誰が言ったか“相性占い師”と軍団内で評判で、一人一人の個別指導は圧倒的実績を誇る和田Tが若くして重賞勝利を積み重ねてきたことで得た経験と的確な知見が物を言いますが、

 

私から言わせれば“立直棒(千点棒)”は名の通りの“張り師(博徒)”で、常に大きな打点の向上が見込めると見たら機を逃さずに宣言をして豪快なアガリを見せつけます。役満のような最高のアガリではなくとも立直+一発からの数え役満*2を狙ってくるような切れ味です。

 

とにかく、チームトレーニングが最高潮に達してややかかり気味とも言える興奮状態(テンパり)になってきたところに少し肩の力を抜くように諭しながら気づきや発見を与える(アガリ牌をツモらせる)風変わりの試練(玄人技)を課すのだから、

 

メンバー内ではいかにして聴牌(テンパイ)して“立直棒”を場に呼び込むことで最高の成果(アガリ)を得られるかの試行錯誤が合同練習を行っているチーム<エンデバー>とチーム<タンドラ>の新入生たちの間で繰り返されることになりました。

 

そのため、私も含め 2つのチームを合わせた立直軍団の誰もが確信しています。

 

 

――――――“立直棒”は、“単ウマの凡才”だが、“併せウマの天才”だと。

 

 

それどころか、基本的にスカウトを受けていないウマ娘が大半のアオハルチームでの模擬レースに、まさかの“怪物”ナリタブライアンを呼んできて心を圧し折りに来たかと思えば、今まさに花真っ盛りのティアラ路線3強:ウオッカ、ダイワスカーレット、アストンマーチャンも呼んでくるのです。

 

ろくな指導もできない新人トレーナーのはずが、誰もが認めるスターウマ娘を模擬レースに呼びつけ、出走した全員に何らかの発見や気づきを与えるのです。これを“併せウマの天才”と呼ばずして何と言うのでしょう。

 

また、終わった後に必ず全員で行うインタビューで自身の体験をチームに共有させて成長のためのアンテナを張らせると同時に憧れのスターウマ娘からの意見を頂戴したり、そのスターウマ娘の悩みをその場で言い当てたりと、普通のトレーナーでは絶対にやれないようなことを平然とやってのけているのです。

 

 

なんというのか、トレーナーとしては力不足でありながら同時に役不足でもあるといった印象で、もっと自分の力を発揮できる相応しい舞台があるはずなのに間違えてトレーナーをやっているようなチグハグさを感じています。まさしく規格外なのです。

 

 

本当にトレーナーとしての指導力は付け焼き刃で生徒の目から見ても素人同然で、それだけで十分に自分の夢を託す二人三脚の相手としては最悪ですが、そこから一歩踏み出して彼の懐に飛び込むと物凄い安心感に包まれるような感じがしています。

 

実際、それがなぜなのかを訊き出すと、記憶喪失でトレーナーバッジを身につけるに相応しい知識が欠落しているせいでウマ娘レースの指導ができなくなった一方で、

 

それ以前から身体に刻み込まれた皇宮護衛官としての在り方が無意識に出てきてしまうため、彼が指導するとウマ娘レースの選手ではなく皇宮護衛官に作り変えてしまうから直接の指導をやりたがらないのだそうです。たしかにトレーナーとしては最悪でした。

 

聞けば、元々が皇宮警察の家系のエリート子息のため、文字通りの規格外の“門外漢”だったわけなのです。両親を早くに亡くし、妹の養育費のためにウマ娘レースのトレーナーに転向したという事情を聞けば、なるほど、これが普通のトレーナーになるはずがないと納得させられます。

 

しかし、だからこそ、自身が開発した分析機『エクリプスビジョン』とサトノグループが開発した『メガドリームサポーター』を最大限活用したまったく新しい指導方法を編み出すことになり、スカウトを受けることができずに行き詰まっている生徒の大半である自主トレ苦学生たちに光明を与えることにもなったのです。

 

記憶喪失でトレーナーバッジを身に着けているだけの本質が“門外漢”だからこそ、これまでのトレセン学園の常識や慣習に対して客観的な態度を取ることができたのも大きいです。暗黒期を越えて黄金期を迎えたと評されるトレセン学園に更なる新風を吹き込むのはこういった“門外漢”なのでしょう。

 

というのも、入学してみて感じたのは、大半の生徒からは憧れや尊敬の念を抱かれるトレーナーに対し、授業として集団指導を行う教官に対する信頼は低く、それに伴って集団指導を徹底的に忌避して個別指導をありがたがる傾向がトレセン学園にはあるように私も思います。

 

なので、今回の異例のチーム対抗戦『アオハル杯』の復活を受けて真っ先にメンバー集めに動いたのが入学したばかりでトレセン学園の日常を知らない新入生たちで、華やかな舞台の裏側を知っている先輩ウマ娘ほどチーム結成に消極的な態度が見受けられました。

 

そのため、本来ならば1着を目指して全員が敵同士となる厳しい勝負の世界であるウマ娘レースにおける異例のチーム対抗戦『アオハル杯』は秋川理事長の復活宣言にあった通りの()()()()()()()()()()()()でもあったため、まだ何も知らない新入生ほどチームトレーニングを純粋に楽しむことができている様子でした。

 

それを『鉄は熱いうちに打て』とばかりにチームトレーニングの最高潮が達する天機を見計らってすかさず立直+一発からの数え役満をもぎとる嗅覚は人間離れしていて、その鮮烈な体験をチーム<エンデバー>とチーム<タンドラ>の新入生たちはこれでもかと言うほど浴びてきているので、もうすっかりチームトレーニングの虜です。

 

なので、和田Tをチーフトレーナーに迎えて自身はサブトレーナーとして脇を固めてコンビ芸で役牌をツモっていくかのようなチーム運営は神業としか言いようがなく、表向きは和田Tがボスでオヒキとして“立直棒”が侍っているように見られがちですが、

 

自身の新発明や名トレーナーの指導に頼り切りなのかと思いきや、実は彼自身が一番に別次元の指導力を発揮していることがわかると、とんでもない人材がトレセン学園に紛れ込んでいたものだと恐れ慄いてしまいます。

 

他のチームでも『エクリプスビジョン』や『メガドリームサポーター』を活用したチームトレーニングが行われていますが、間違いなくどこよりも一番に有効活用できているのは“立直棒”がサブ(オヒキ)で指導しているチーム<エンデバー>とチーム<タンドラ>です。他ならぬ自身が携わったものだけあって、分析結果やサポートAIの理解や活用に関しては学園で右に出る者はいないと断言できる程です。

 

おそらく、お嬢様は それだけの傑物であると一目で見抜いたから、あそこまで熱心に担当トレーナーになることを懇願したのでしょう。

 

 

――――――ただ悲しいかな、誰よりもその凄さを体験させられた私たちのチームでは彼が“単ウマの凡才”という評価はすでに下されていて、担当ウマ娘と二人三脚となる公式戦『トゥインクル・シリーズ』では全く役に立たないだろうということは自他共に認めているのです。

 

 

本当にウマ娘レースという公営競技(雀卓)においてはオヒキなのです。たとえるなら、それは玉石混淆の集団にあって化学反応を起こして光を放つ才能であり、単体で輝きを放つ磨かれた宝石のような才能に非ずというわけです。

 

しかも、客観的な評価として担当トレーナーとしては非常に癖が強すぎて、ウマ娘レース選手から皇宮護衛官に転職させられてしまうのですから、軍団で“立直棒”を担当トレーナーにしたいと思うウマ娘は絶対にいないわけなのです。

 

しかし、自身の担当トレーナーをトレーナー選考会(トライアル)に参加していた瀬川Tとしながらも、サブトレーナーに据えようと今も勧誘し続けているお嬢様の行動は突飛に見えて“立直棒”の性質を正しく読んだ上での最適解になっていると言えます。

 

実際、ジンクスを破ることをモットーにするお嬢様との相性は本当はとても良いのかもしれません。あともう少しだけ後で担当ウマ娘との二人三脚が始まっていたらと思うと、本当に残念でなりません。

 

彼は本質的にはトレーナーバッジを身に着けただけの“門外漢”ではありますが、某重工の開発室と提携してソリューションを提供しているのが新クラブ:ESPRITです。囲い込むことができていれば、規格外の事業家としてサトノグループに約束された繁栄をもたらしていたことでしょうに、本当に残念です。

 

ええ、無理だと思います。サトノ家に迎えようにもシンボリ家、メジロ家、アグネス家と言った名だたる『名家』のウマ娘や学園の顔役の生徒会役員とも交友関係を結んでいますから。

 

だいたい、担当ウマ娘がアグネスタキオンなんですよ。“皇帝”シンボリルドルフの寵愛を受けた“アグネス家の最高傑作”の担当の座を射止めたのですから、誰がどう見ても『名家』派閥の人間ですよ。トレーナー組合の中心の『名門』派閥に理事長派や理事長代理派とも付かず離れずですが、ウマ娘ファーストの建前で大手を振ってトレセン学園を闊歩していますよ。

 

ただ、最高難易度の国家資格試験に合格したスーパーエリートの証であるトレーナーバッジを身に着けた事業家として、国内最高峰にして世界最新鋭のトレーニング環境を実現するために貪欲なまでに設備更新の需要がある日本トレセン学園で市場開拓する手法は極めて有効であることは疑いようはありません。

 

 

そこで、この手のチームトレーニングでこそ力を発揮するトレーナーの在り方やトレーナーバッジを身に着けているからこそ商機が広げられることを踏まえると、サトノグループでも本格的にトレーナー養成に力を入れるべきではないかと考えます。

 

 

先行体験会での事故で『エクリプスポリス』構想が頓挫したにしても、データセンターが破壊されたのであって『メガドリームサポーター』そのものに致命的な欠陥があったわけではありません。中核を担うサポートAIは実体を得て想定を遥かに超えるウマ娘たちの助言を求める声に真摯かつ的確に応えてくれています。

 

となれば、今後も様々なアプローチでサトノグループ以外でもVRウマレーターの利用が拡大していくことを踏まえると、サトノグループの提供するソリューションを取り扱えるトレーナーをトレセン学園に送り出すことは将来的に莫大な利益が見込めるはずです。

 

新クラブ:ESPRITが画期的だったのはまさにその一点であり、トレーナーバッジを身につけることでトレセン学園に自由に出入りして夢の舞台で求められているものを具に観察して、そこから需要を見出して、ESPRITを通じてソリューションという形で提供することによってモニターからデータを収集して実用化に繋げるわけです。

 

おそらく、すでに競合他社や異業種においても新クラブ:ESPRITの好評を受けてエクリプス・フロントにテナントを構えようとしているのではないでしょうか。クラブ活動に参加する生徒に協力を呼びかけ、モニターを通じて学園内で自社製品の宣伝が大いにできるわけですから。

 

もちろん、先駆者であるESPRITとの差別化は不可欠です。ESPRITがあそこまで圧倒的支持を受けているのはこれまでトレセン学園で解決のアプローチすらなかった『大多数の自主トレ苦学生を救う』という大義名分を有言実行しているからに他なりません。

 

その上で、“併せウマの天才”という特異な才能が判明したのなら、サトノ家ひいてはサトノグループがとるべきは、一部ではESPRITと協力しながら大義名分に賛同している姿勢を見せつつ、それとはちがった観点と需要から事業を展開することなのです。

 

 


 

 

――――――トレセン学園/トレーナー室

 

 

岡田T「凄いな! 『アオハル杯』復活によるチームトレーニングの推進と夏合宿の条件緩和に加えて、斎藤Tが手掛けた『メガドリームサポーター』と『エクリプスビジョン』の合わせ技だとしても、今年の新入生は明らかにレベルがちがう!」

 

岡田T「そして、その中でも断トツなのが他ならぬ我らが斎藤Tがサブに入っているチーム<エンデバー>とチーム<タンドラ>だ!」

 

岡田T「秋川理事長の置き土産とも言える『アオハル杯』の復活宣言の直後に新入生たちがメンバー集めを始めてから『夏の選抜レース』の時期を迎えてはいるが、『アオハル杯』の第0回戦とも言えるオリエンテーションでチームランキングが発表されてすぐにメンバーの大半の適性がわかっているのはここだけだよ!」

 

和田T「いや、俺としてもソラシンボリからチーフトレーナーになるように言われて、自分の担当でもない子たちの面倒なんて見切れるのか不安だったけど、細かいところは 全部 斎藤Tがやってくれているから、そこまで難しくもなかったのが驚きだった……」

 

アグネスタキオン「和田T、きみねぇ、きみ自身が黒歴史としてなかったことにしたがっている底辺チーム;実際は重賞レースの常連の強豪チームのサブトレーナーとしての経験が十二分に発揮されているように思うよ」

 

マンハッタンカフェ「はい。こうして私との担当契約の公式戦『トゥインクル・シリーズ』とソラシンボリとの約束の非公式戦『アオハル杯』の指導を両立させることができているのですから、間違いなく優れた才能ですよ」

 

マンハッタンカフェ「特に、強豪ウマ娘たちの分岐点ともなる夏競バの季節にもなると、『トゥインクル・シリーズ』と『アオハル杯』の両立に苦悩するトレーナーや担当ウマ娘の愚痴や悲鳴がそこかしこに聞こえてくるようになってきましたから、この差は歴然です」

 

アグネスタキオン「最初から『トゥインクル・シリーズ』に専念するかどうかだけを素直に考えればよかったのにねぇ。いろんな餌に釣られて『アオハル杯』も走ろうだなんて身の程知らずにも程があるよ」

 

マンハッタンカフェ「ですが、私たちのトレーナーは黄金期を導いた“皇帝”シンボリルドルフに後の事を託されて『アオハル杯』復活の新時代を哀しみのないものにしようと必死に足掻いているんです」

 

 

――――――そのためのソリューションを提供して新時代を切り拓くのが新クラブ:ESPRITなのです!

 

 

和田T「うん。いろんな意味で大いに助けられています、斎藤Tには。本当に頭が上がりません」

 

岡田T「もちろん、斎藤Tが提供してくれるソリューションもそうだが、チーム<エンデバー>とチーム<タンドラ>の成功の要因は間違いなく無理のない確実な成長戦略にあると思う」

 

岡田T「というより、これが斎藤Tが考える『トゥインクル・シリーズ』と『アオハル杯』を両立させるベストアンサーの形なんだと思う。本業の『トゥインクル・シリーズ』に出走するウマ娘の指導を疎かにしないように、サブトレーナーに『アオハル杯』の指導を任せて成長の機会にするんだ」

 

和田T「それは間違いない。『アオハル杯』でアオハルチームでの夏合宿が解禁になったからって、大勢の新入生の面倒を見るだなんて絶対にできないから」

 

岡田T「ああ、できるはずがない。トレーナーもウマ娘も、誰も復活したばかりの『アオハル杯』の1年を経験したことがないのに、それでチームトレーニングの評価が自分たちでできるわけがない。チームの大半が新入生なら尚更だ」

 

アグネスタキオン「やるにしても、まずは『アオハル杯』特有のチームトレーニングのノウハウと経験が蓄えられてからだろうねぇ。合宿の費用負担もチームトレーナーの実績に裏付けされたものになるしね」

 

岡田T「まあ、担当ウマ娘の二人三脚なら、新入生がすぐにメイクデビューすることで“エリートウマ娘”で呼ばれるようにまったくやれないわけじゃない。俺もテイオーもマックイーンもそうだったから」

 

岡田T「けど、自分の担当ウマ娘でもなく、自分が才能を見出したわけでもない赤の他人に一から十まで教え込むやる気と根気が保つとは到底思えないから」

 

マンハッタンカフェ「何をするにしても、まずは基礎。基礎固めというわけですね。そこから後輩たちに自主的に先輩がトレーニングの仕方を教えられる枠組みがないと、新入生たちをいきなり夏合宿には連れていけないわけですね」

 

和田T「そう、まずはカフェがそうであるように経験やノウハウの宝庫である4年目以降:スーパーシニア級の先輩ウマ娘を外部コーチとしてアオハルチームに抱え込むことができないと、チームトレーナーにかかる負担がヤバいことになる」

 

アグネスタキオン「ふぅン。ということは、『アオハル杯』の制度がうまく機能すれば、引退した先輩ウマ娘や4年目以降:スーパーシニア級の現役ウマ娘の経験やノウハウを吸収して、生徒たちが自然と育つトレーニング環境が整うわけだね」

 

 

――――――つまり、『アオハル杯』の究極の目標はトレーナーや教官だけじゃなく、先輩ウマ娘も指導に協力し合って、学園全体で入学したウマ娘の可能性を追究できるようにしたいわけか。

 

 

アグネスタキオン「だから、『アオハル杯』復活で“最初の3年間”を絶対にやり通すことを決意したウマ娘を集めたメインチーム<エンデバー>を柱にしつつ、規則を緩めたファームチーム<タンドラ>も用意することで流動性の確保を行っているわけだね」

 

マンハッタンカフェ「なるほど、いいものを世に示すためにチーム<エンデバー>があり、いいものを世に広めるためにチーム<タンドラ>があるわけですね」

 

アグネスタキオン「まあ、トレーナーくんに言わせれば『陰と陽、奇と正、硬と軟の2つの軸を織り交ぜてDNAの二重螺旋構造のようにすると世の中はうまく回る』そうだよ」

 

和田T「へえ、『二重螺旋構造』――――――、なるほど、勉強になります」

 

和田T「けど、普段は完璧なケアを行う敏腕サブトレーナーとして俺の立てたチームトレーニングの方針には口を挟まないけど、時折ふらりと現れてチームトレーニングの内容を事細かく指示して新たな発見や気づきを与えているアレっていったい何なんだろうね?」

 

マンハッタンカフェ「あ、それは相乗の気というものを見ているそうですよ、和田T」

 

和田T「――――――『相乗の気』?」

 

マンハッタンカフェ「はい。いかに蹴りやすい鞠を相手に渡すかという精神のもと行われる蹴鞠で達人同士が蹴り続けていると、次第に一体感が生まれて互いの動きが直感でわかるようになるのだとか」

 

マンハッタンカフェ「わからないなら『黒子のバスケ』の直結連動型ゾーン(ダイレクトドライブゾーン)*3が参考になるとも言っていました」

 

アグネスタキオン「ふぅン」

 

和田T「へえ、ゾーンか! なるほどな! ゾーンを見ているのか――――――、はあ!? スゲえ!?」

 

岡田T「というか、『黒子のバスケ』みたいなマンガも読んでいるんだ、斎藤Tって」

 

アグネスタキオン「ふぅン、少なくとも社会現象になったマンガやアニメには一通り目を通しているね、時間を作って。なんでも『この世は現し世だから天界の流行を見るには現世の流行を見るのが早道』とか何とか言っているね。社会もまた個人が寄り集まってできた集団ということになるからね」

 

マンハッタンカフェ「ですので、『アオハル杯』復活からまだ半年も経ちませんが、それでもチームを結成して数ヶ月も経てばメンバー間での一体感も形成されていきますので、ゾーン体験とまで行かなくとも物事に一生懸命に取り組んでいる無心の状態の肉の宮に降りる神の気を見て、新たな発見や気づきの瞬間を整えるのだそうです」

 

マンハッタンカフェ「これを禅語で『卒啄同時』と言い、鳥の雛が卵から産まれ出ようと殻の中から卵の殻をつついて音を立てた時、それを聞きつけた親鳥がすかさず外からついばんで殻を破る手助けをしているのだそうです」

 

マンハッタンカフェ「でなければ、雛鳥は自力で殻を破ることができずにそのまま餓死するそうです」

 

マンハッタンカフェ「それから救われるために先達の力を借りて高みに至る――――――、これが本当の意味での『他力本願』なんだそうです。よって、『トレーナーと担当ウマ娘の関係はかくあるべし』とも言っていました」

 

和田T「はあ、そういうわけだったのか……」

 

岡田T「たしかに、個人トレーニングだと極めていくうちに自身の内面に意識が集中しがちで、そこを破った無念無想の境地がゾーン体験*4である一方で、自分のことだからこそ雑念妄想に阻まれてゾーンに辿り着けなくなるのが常だ」

 

岡田T「となると、ゾーン体験にも辿り着かないような入学したての新入生たちが斎藤Tの指導の下のチームトレーニングでこうも『卒啄同時』が起きるというのは、やはり集団心理というか同調圧力なんかで自分自身の意志がどこかに消えている一瞬が生まれやすいんだろうな」

 

アグネスタキオン「だろうね。そうでないなら、社会不安を煽られて恐慌に陥ることもないだろうし、ウマ娘レースの熱狂も嘘になるさ」

 

和田T「じゃあ、昔から廃止と復活を繰り返してきた『アオハル杯』が未だに昔の参加者から支持されている本質はそこにあるのかな?」

 

マンハッタンカフェ「たぶん、そうなんだと思います。担当ウマ娘が担当トレーナーの指導の下でメキメキと実力をつけていく実感とそれを見せられる光景が担当ウマ娘と担当トレーナーの二人三脚をすることの最大のメリットでしょうから、それをトレーナーによらずチームメイトで体験を共有していることが人生の宝物になるのでしょう」

 

アグネスタキオン「成長を実感できる機会が身近に増えているわけだね。しかも、これには担当契約は関係ないから、良いトレーナーからのスカウトを引き当てるのと同じぐらいに、良いアオハルチームの先輩に恵まれていれば担当トレーナーからの指導と同等の効果が見込めるわけだね」

 

岡田T「そうか。そこまでの効果が見込めるのなら、慢性的なトレーナー不足を顧みることなく門戸を広げ続けるトレセン学園の今後の運営の起死回生の策として、秋川理事長が置き土産として復活宣言を強行したのもよくわかる」

 

アグネスタキオン「まあ、理想はそうだろうね。現実がどうかは知らない」

 

和田T「でも、そうか。場が温まってから出てくるのも『卒啄同時』の瞬間を見逃さないようにちゃんとアンテナを張っていた結果なんだな」

 

岡田T「だから、普段のトレーニングや基礎固めは絶対に無駄じゃない。その普段のトレーニングや基礎固めがあって初めて『卒啄同時』を可能にする実力と相乗の気が身に付くんだ」

 

アグネスタキオン「ふぅン。基礎ができあがっていない状態であれこれ可能性を探っても条件が揃っていないから再現性を見出すのも大変だからね。まずは基準となる段階まで鍛え上げて、そこから個々の適性を見極めていくわけだね。これを『守破離』というわけだね」

 

マンハッタンカフェ「だとしても、1年目の始まってすぐの夏合宿の時期にもうチームメンバーの大半の適性を見極めることができているのはここだけですよ」

 

アグネスタキオン「まあ、トレーナーくんからすれば簡単な話さ。失敗もまた成功の一条件、様々な角度から分析をすれば、特徴というものは必ず浮かび上がる」

 

アグネスタキオン「だから、様々な路線や適性の現役ウマ娘と積極的に併走させて、自前の分析機関『エクリプスビジョン』と『メガドリームサポーター』のサポートAI“三女神”から、個々人の特徴を割り出せるわけだよ」

 

アグネスタキオン「【長距離】はカフェだろう、【中距離】はブライアンくん、【マイル】はスカーレットくんとウオッカくん、【短距離】はアストンマーチャン、【ダート】はソラシンボリくん。ほら、チームメンバーだけで全部門の第一人者が集まったから、適性診断に必要な比較対象は揃っているねぇ」

 

岡田T「それが『アオハル杯』を勝つ上で一番の武器だ。自分の担当ウマ娘じゃない不特定多数の資質を的確に見極めた上で余裕を持って本番を迎えられる要領の良さがないと3年間もやってられないはずだ」

 

岡田T「もちろん、『アオハル杯』のレースに『春秋グランプリ』の人気投票から落ちた強豪ウマ娘が参戦してきたら かなり苦戦するだろうけど、『春秋グランプリ』よりも『アオハル杯』を優先するウマ娘はまずいない」

 

 

和田T「けど、それはそれで惜しいよな。『アオハル杯』のチームトレーニングでトレーナーの手を借りずに仕上がったウマ娘なんて今すぐにでもスカウトしたいよな」

 

 

和田T「そうなると、ますます慢性的なトレーナー不足でスカウトしきれないウマ娘が目立つことになる……」

 

マンハッタンカフェ「そうですね。ここまで基礎が固められて適性の見極めも済んでいたら、スカウトした後の育成方針を決めるのも簡単ですから、アオハルチームでの成長や活躍からスカウトが引く手数多になる状況が予想できますね」

 

マンハッタンカフェ「元々 スカウトされない大勢のウマ娘たちが自主的に本格的なレース大会を主催して そこで自分たちの能力を発揮して トレーナーからの注目を集めるのが目的ですから、本来はスカウトされるのが目的の『アオハル杯』でそれはマズイですよね」

 

岡田T「どうかな、安易な引き抜きは国家最難関資格試験合格者のエリートとしての誇りが許さないとは思うがな。それに、そのチームの色に染まりすぎるのは担当トレーナーのやり方に合わせづらくなることもある」

 

アグネスタキオン「そうなるのがわかっているからこそ、スカウトに応じずにその道を貫くチーム<エンデバー>とスカウトに応じてやり方を広めていくチーム<タンドラ>の2つがあるわけだねぇ」

 

アグネスタキオン「まあ、それ以上にトレーナーくんは最初から宇宙移民船の船長をやるつもりだから、専門外でも集団行動を律するのは得意だと自慢気に言っていたから、それが本当のことだったといよいよ実感させられたよ」

 

和田T「ホントだよ。『卒啄同時』のタイミングを絶対に逃さないように常日頃から気にかけているわけなんだよな、それって。俺には担当ウマ娘のことだけで、そこまでのことはできそうもないよ」

 

岡田T「ああ。これ以上の悲劇を生まないために『アオハル杯』を永久に廃止する手順として敢えて開催して万全の準備で優勝を目指している樫本代理でも自分の代理を立てているわけだから、斎藤Tほど目が行き届いているとは思えない」

 

アグネスタキオン「いや、トレーナーくんが集中できているのは専門家である和田Tと岡田Tに一番面倒な部分を押し付けているからできているのであって、これもまた『陰と陽、奇と正、硬と軟の2つの軸を織り交ぜてDNAの二重螺旋構造のようにする』というやつだね」

 

マンハッタンカフェ「ですから、私やタキオンさんもそうですが、御二方の協力あっての斎藤Tの『トゥインクル・シリーズ』と『アオハル杯』だということを忘れないでください」

 

和田T「そっか。実感が湧かないけど、振り返ってみたら、そうやって誰かに評価されて信頼されるぐらいのことをしてきていたんだな、俺」

 

岡田T「生きてみるもんですな、ホント」

 

和田T「本当に感謝しかないよ」

 

 

誰が言ったか、まともなトレーナーの指導を受けられないのが大半の素人集団でしかないアオハルチームでは不思議なことに120%の力を発揮したかのような練習の成果を得られたという体験の声が上がっており、

 

次第にそれがアオハルチーム特有の成果であるように認知されると『アオハル特訓』『アオハル魂』という言葉が学園で聞こえ始めるようになってきたのである。

 

それは利害の一致で重要なトレーニング設備の利用権を得ようと合従連衡したトレーナーチームの連合ではありえないような事象であり、

 

1対1で向き合った担当トレーナーからの適切な個別指導によってウマ娘の能力が飛躍的に伸びると信じられていた定説が覆された瞬間でもあった。

 

いや、あくまでもトレーナーの役割は指導であり、トレーニングを実施するのはウマ娘なのだから、伝授されたノウハウがあれば、トレーナーがいなくても型通りのトレーニングというのはできてしまえるのだ。

 

そう、夏合宿に行くにはアオハルチームのお守り役となるチームトレーナーが必要ではあるが、活動自体はチームトレーナーがいなくても学園とその近辺でもできるし、何よりも引退して暇を持て余した先輩ウマ娘がコーチにつくことが認められているのだ。

 

そのため、チームトレーナーを欠いたアオハルチームの成長には見るものがないと誰もが想像していたのだが、ここに来て『アオハル杯』復活によって『アオハル魂』を震わせる『アオハル特訓』の有用性が注目され始めることになったのだ。

 

当然、『アオハル杯』初参加の私はそういった素人集団のチームトレーニングでも成長を実感させる『アオハル特訓』の絶大な効能など何も知らなかったわけなのだが、さすがに『アオハル杯』復活から今日までの数カ月間に2つのアオハルチームを抱えていれば逸早くその兆候に気がつくことができた。

 

この“斎藤 展望”お抱えのG1勝利を何度も重ねている超一流のトレーナー陣にそのことを報告すると皆一様に驚くことになり、あまりにも早すぎる『アオハル特訓』での成長速度に危機感を最初に抱いたのだ。

 

というのも、トウカイテイオーやメジロマックイーンと言ったG1勝利を何度も重ねている超一流のスターウマ娘は必ず勝利の方程式とも言えるゾーン体験を確立しており、それがG1ウマ娘とそれ以下の重賞ウマ娘の確固たる差なのだという。

 

日頃のトレーニングにおいて ある程度 仕上がった後は、ゾーンに入る感覚が鈍っていないかを確認する程度で、後はいかにして勝利の方程式であるゾーンに入る状況に持っていくかの駆け引きが主になるという。

 

ただ、本来ならばそうしたゾーン体験は本番のレースで闘争心を剥き出しにしたライバルたちとの熾烈な体験から死中に活を求めるがごとく発現することが多いらしく、チームトレーニングの一種である『アオハル特訓』だけでゾーン体験に近いものが得られるとは到底思えなかったのだ。

 

事実、実戦の中で磨かれた闘争心のなせる業である極度の集中状態を公式戦に出ることもないウマ娘がチームトレーニングだけでモノにすることができるとは思えないのは同感だ。

 

なら、何がチームトレーニングを『アオハル特訓』に足らしめているのかを考えていると、ふと都会で群れて騒音や糞害をもたらす害鳥:ムクドリの存在に気づいた。

 

あれらはトレセン学園でも 確認され次第 追い払うことが決定事項になっており、私がノイズメーカーで追い払った後、木に登って巣を撤去している時に年2回の繁殖期に産み落とされた卵が目についた。

 

 

――――――それで悟ったのである。『アオハル特訓』の妙諦は『卒啄同時』と『集合意識』であることに。

 

 

なぜトレーナーチームの合同練習では『アオハル特訓』ほどの成果が得られないのか、その答えは同じ目標に向けてみんなの心を1つにしてできた『集合意識』があるかどうかであるのだ。

 

これが言うは易く行うは難しであり、基本的に公式戦『トゥインクル・シリーズ』で担当ウマ娘を勝たせることを至上とするトレーナーチームではトレーナー個人の力量がどれだけあろうとも教官ほどの大人数を抱えることができず、更には自分の担当ウマ娘同士で同じレースに出走させて同士討ちさせることも避けるものである。

 

また、トレーナーによって目指す路線や戦略にはそれぞれの得手不得手があり、『URAファイナルズ』や『アオハル杯』のように【5部門】全てを満遍なく指導できるトレーナーの存在こそ稀であり、その才能でさえも【5部門】全ての担当ウマ娘の指導が同時進行でやれるものでもないのだから宝の持ち腐れでもあった。

 

なので、真の意味で同じ目標に向けて切磋琢磨し合える僚バというものが存在しないのがトレーナーチームの常であり、それが夢の舞台『トゥインクル・シリーズ』の現実ということなのだ。

 

それと打って変わってアオハルチームでは異例のチーム対抗戦で3人一組ずつ出して【5部門】で競うという大人数を要する競技であるため、単純にチームメイトも大所帯になる他、『アオハル杯』優勝というチーム全体で共有できる目標が設定されていることがチームトレーニングを他にはない『アオハル特訓』に昇華させていたのだ。

 

そう、『アオハル特訓』とは同じ目標に向けてみんなの心を1つにして形成される『集合意識』を育めているかどうかが定義であり、その『集合意識』という目に見えないが確かにあると信じられるものとして語られるようになったものが『アオハル魂』である。

 

つまり、意識の世界で勝ちたいと願い続けた『集合意識』が最高潮に盛り上がった瞬間に『アオハル魂爆発』が起こり、個人の能力では到底越えられなかった壁がいとも容易く乗り越えられる瞬間が頻発するのだ。

 

ただし、それだけ聞くと『アオハル特訓』は通常のチームトレーニングにはない利点ばかりに思えるが、これをトレセン学園の生徒たちの本分である公式戦『トゥインクル・シリーズ』に応用することは再発見以前にこの理論を実戦できていない時点でほぼ不可能であると言える。

 

要は、チームトレーニングを『アオハル特訓』化させるためにはチーム全体で共有される目標意識を持たせなければならないため、たとえばチーム全体で同年の『日本ダービー』に出走して仲間内で優勝争いをするというぐらいの統率された気概がなければ同等の成果は得ることができない。担当トレーナーはチームメイトで同士討ちをさせる汚名を着なければならない。

 

また、今はメリットばかりが注目されがちだが、『アオハル魂爆発』という一種のゾーン体験によって普段からは考えられない能力を発揮した成功体験はやがては全能感へと高じていき、それが慢心を生み出す誘惑をもたらす罠にもなっていた。

 

それも、アオハルチームはお目付け役となるチームトレーナーがいない状態でも制限は大きいが活動ができるため、適切な指導者がいないまま友人同士の馴れ合いで『アオハル特訓』の効能にのめり込んで続けていくことを咎めることはできず、結果として自分自身が極まったわけでもないゾーン体験の重たい代償を支払わされることになるのは目に見えていた。

 

 

――――――よく考えてみて欲しい。自分でも想像がつかなかった自身の限界を超えた能力を引き出し続けるのがどれだけの負荷になるのか。要は、他力によって自力の限界を超えるのが『アオハル魂爆発』なのだ。

 

 

結果、アオハルチームの『集合意識』という他力に引っ張られて個人の能力の限界を超え続ける無理を重ねていれば、当然その反動が蓄積して疲労が溜まり、集中力が散漫になり、怪我をしやすくもなる。

 

それで故障して挫折して引退して退学である。それでは長続きしないのだ。『アオハル杯』の3年間をやり通せないのだ。

 

だからこそ、ウマ娘レースの出走権を握るトレーナーによる適切な指導と管理が必要になるわけであり、このまま『アオハル特訓』のメリットばかりに目を向けていたら、たちまちのうちに雪崩れ込むように『アオハル杯』参加者の故障が相次ぐことだろう。

 

これこそが数少ない『アオハル杯』経験者として味わった地獄を後世に繰り返させないために敢えて最後の愚行を完遂する決意を胸に秘めた樫本代理が徹底管理主義を標榜するようになった『アオハル杯』の隠された()()()()()()である。

 

 

――――――府中市内の銭湯の休憩室

 

 

斎藤T「――――――ですので、注意喚起が必要です」

 

柳生T「なるほどな、たしかにそれは非常に興味深い仮説だな」

 

飯守T「そうだよな。俺も甲子園球児だったから、チームの団結力で強豪校との死闘を制してきた経験があるから、『アオハル魂爆発』ってのが本当にあるんだろうなっては思う」

 

飯守T「でも、それがもし本当だとしたら、尚更 適切な管理ができる大人が付き添いにいないアオハルチームを野放しにしちゃいけないじゃないか!」

 

柳生T「そうだな。その話を警察関係者の俺たちに持ってきたということはトレセン学園近辺のパトロールの強化をして欲しいということだな。この夏場に『アオハル特訓』に熱中して そのまま熱中症なんかで倒れるだなんてのは正直に言って笑えない話だからな」

 

柳生T「そして、社会の公僕としての自覚と団結心によって警察校のウマ娘たちのチームトレーニングが『アオハル特訓』化するかどうかの実験もしてもらいたいわけだな」

 

斎藤T「そうです。チームに共有される達成目標が『集合意識』を育み、それがチームトレーニングを『アオハル特訓』へと昇華させ、『アオハル魂爆発』による他力によるゾーン体験をもたらすのです」

 

飯守T「問題は『アオハル魂爆発』で得られる快感や成功体験からの慢心ですね。思春期に形成されて肥大化していく自我に加えて反抗期もやってくるし、それでウマ娘特有の強い闘争本能がもっともっと先に行くように訴えかけてくるんだ」

 

柳生T「そう考えると『性がウマ娘のトレーナーは大成しづらく』『ヒトとウマ娘の絆が生み出す奇跡が持て囃されている』のは、トレーナーも同じウマ娘だとそれだけに『集合意識』に取り込まれやすいということだからなのか」

 

飯守T「トレーナーがウマ娘だと自身もウマ娘であるからウマ娘の闘争本能に共鳴して、それで監督者の役割を忘れて その場に勢いに呑まれて 担当ウマ娘の無茶を看過しやすいからなのかも」

 

斎藤T「そう、この場合はウマ娘の強すぎる闘争本能にヒトとして共鳴できないからこそ冷静な判断を下せるヒトの方が結果として担当ウマ娘を『無事之名バ』へと導きやすいのかもしれません。まだ十分なデータが集まっていないので何とも言えないですが」

 

柳生T「――――――勢いづけるなら同性(ウマ娘)であるトレーナーがよく、自制させるのなら異性(ヒト)であるトレーナーが最適というわけか」

 

飯守T「でも、言われてみればそうかもしれないと納得できる話ですよ。むしろ、どうして今までその性質を活かしたチームトレーニングが流行らなかったんでしょうね」

 

柳生T「まあ、ざっと考えても、それは近代ウマ娘レースが公営競技の1着バだけを勝者とする個人競技として興隆したからだろうな」

 

柳生T「つまり、トレーナーとしての本業である『トゥインクル・シリーズ』に応用しようとなると、教官が受け持つぐらいの大人数の担当ウマ娘全員を同じG1レースに出走させるぐらいの一致団結が必要となってくるわけだが、現実としてそんなことはいろいろな意味で不可能だろう?」

 

柳生T「ただのチームトレーニングにはない利点がこうしてたくさん挙げられたが、多人数になることで一人当たりの指導が疎かになる欠点もあるわけで、現実として1人の担当ウマ娘との“最初の3年間”を完走させるだけでも大した扱いなのに、最難関国家資格試験合格者のスーパーエリートでもそこまで面倒が見切れるわけがない」

 

柳生T「一方で、その仮説に基づくなら、団体競技や組織活動でその傾向が顕著になるんじゃないか?」

 

飯守T「それで、警察校の生徒たちで是非試してもらいたいわけですね」

 

斎藤T「ええ。これから非常に有意義な研究結果とこれからのウマ娘レースの在り方を変える大発見があることでしょう」

 

柳生T「しかし、俺は警察校の教官兼トレーナーとして集団指導も個別指導も両方こなす完全作戦(パーフェクト・ミッション)だからいいが、チームトレーニングの真髄を発揮させるだけの慧眼と視野を持っているのは中央では発見者のお前だけだろうな、斎藤T」

 

斎藤T「いや、飯守Tでもイケると思いますよ。野球部の主将だったでしょう」

 

飯守T「え、俺?」

 

斎藤T「ええ。おそらく、新時代を迎えて復活した『アオハル杯』は確実に今後のトレセン学園の在り方を変えるものとして決して歴史に埋もれるものではなくなります」

 

斎藤T「そこで注目された『アオハル特訓』のエッセンスを取り入れたチームトレーニング主体のトレーナーが これから先 多くなっていくんじゃないかと思いますよ」

 

飯守T「……それって、トレーナーチームのことだよな?」

 

柳生T「いや、すでにそれを実践しているトレーナーがいる。それもこの新時代元年のクラシックレースでだ」

 

 

飯守T「ああ、甘粕Tか! ダイワスカーレット、ウオッカ、アストンマーチャンのティアラ路線の3人を同時にデビューさせてチーム内で勝ったり負けたりさせながらG1レースを総嘗めしている 共倒れ上等なダンディーなトレーナーだ!」

 

 

斎藤T「そうです。奇しくも新時代元年のティアラ3強を擁する甘粕Tが採った共倒れ上等のチームメイト同士で同じレースを目指す戦略が『アオハル特訓』の要件をもっとも満たしているんですよ」

 

斎藤T「それで、あれだけの成果を出したとなれば、復活した『アオハル杯』と並んで甘粕Tの戦略も十分に研究の対象になりえます。いずれ、その共通性に気づいて後に続く者たちが出ることでしょう」

 

柳生T「つまり、トレーナーとしての評判や常識を度外視にして、トレーナーである自分が勝ちたいと思っているレースを目指しているウマ娘をスカウトしまくるのは、【5部門】ごとに最大3人まで同時出走するウマ娘を集めなくてはならない『アオハル杯』と非常に似通っているわけだな」

 

柳生T「――――――これはウマ娘の側の価値観が変わるはずだ!」

 

飯守T「たしかに。最初からクラシック路線を走ることを条件にスカウトするトレーナーチームなら、スカウトする側もされる側も非常にわかりやすいし、自分にもスカウトされるチャンスが増えるとウマ娘の側から希望が見えてくる」

 

柳生T「トレーナーの側からすれば、最初から決めた路線に合うウマ娘をスカウトしまくれば、まあ人数分の負担が大きくのしかかるデメリットは当然として、その分だけ的を絞った路線に特化した純度が高いトレーニングができるし、従来の方式と比べて管理のしやすさも馬鹿にならない」

 

柳生T「つまり、ある種の専門性と合理性を突き詰めた路線特化チーム(スペシャル・チーム)方式が今シーズンのティアラ路線の覇者となった甘粕Tの栄光と『アオハル杯』復活を目の当たりにした新入生たちにとって普通だと思われることになるな」

 

飯守T「その甘粕Tをアオハルチーム<エンデバー>に引き込んでいるのが斎藤Tなんだけどな」

 

柳生T「そう、それが実に興味深い。だからこそ、甘粕Tの戦略と『アオハル特訓』の共通性に逸早く気づいたわけだ」

 

 

柳生T「しかし、アオハルチームによる夏合宿の解禁に加え、今や総生徒数2200名弱と拡大をし続ける中央トレセン学園の治安と風紀を心配する声が日増しに増えている」

 

 

飯守T「慢性的なトレーナー不足はもちろんですけど、かと言って教員や教官を増やすのにも限界があるし、補導員の募集もどこまで有効となるか……」

 

柳生T「もちろん、アオハルチームは主に発起人である生徒がチームの責任を負うことで登録の認可が降りるわけだが、結局はアオハルチームの権限を認めているのは学園である以上、大人の責任はどこまでも広く深く増えている」

 

柳生T「我々、警視庁トレセン警察校“府中校”が開設された一番の理由は生徒以外立入禁止の中央トレセン学園の学生寮の住宅団地に交番を設置して生徒たちの秩序を保つことへの学園の要求からなのだが、同時に府中市からは年々『トゥインクル・シリーズ』の人気の高まりに応じて総生徒数を増加させていく中央トレセン学園への取り締まりの強化の要求もあったからなのだ」

 

柳生T「だから、こうして警視庁トレセン警察校“府中校”に赴任した教官兼トレーナーとして、少年補導員の手本として、街頭補導や少年相談のために市内の溜まり場とされている箇所の見回りは欠かせないのだ」

 

斎藤T「――――――子供は家庭で育つものではない。家庭を取り巻く環境が育みますからね。家庭という最小の社会単位だけではそれより広大な地域社会のことを学ぶことできない」

 

飯守T「見回りのコースに設定された巡回対象の店舗からの情報提供も地域の秩序を保つためには欠かせないですからね」

 

柳生T「今日は警視庁トレセン警察校“府中校”による見回りに協力していただいたことに感謝する」

 

柳生T「エクリプス・フロントも重要な巡回対象として交番からの見回りを多めにしているから、困った時があれば遠慮なく頼ってもらいたい」

 

飯守T「あとは、そうですね。遠征という経費負担が認められる場合の外泊届は基本的にトレーナーの同行があって認められますけど、嘘は言っていないけど自己負担で遠征に行く生徒たちのことをどうするかですよね……」

 

柳生T「そうだな。復活した『アオハル杯』の運営で今一番の悩みの種がチームトレーナー不在のアオハルチームによる無申告の遠征だ。まあ、チームメンバーの外泊届を照合して時期が被っていれば遠征目的なのかは一目瞭然だが、それがただ単なる団体旅行で終わればいいのだがな……」

 

柳生T「我々にできるのは学園と市の要請にあった警視庁の管轄内のことまでだからな」

 

 

その日、私は学園と市の秩序と風紀を保つのに一役買っている元チーム<スピカ>のトレーナー;現在は警視庁トレセン警察校“府中校”の教官兼トレーナーの柳生Tの巡回に飯守Tと共について回り、最後に駅前の銭湯で一風呂を浴びることになった他、他の階に用意された施設の機能を堪能することになった。

 

さっぱりした後、施設の個室を貸し切って巡回対象の店舗やその近辺からの情報提供が行われ、私も『アオハル杯』で発見した『アオハル特訓』と仮説を報告し、現在でも神秘とされているウマ娘の謎に迫ろうとしていた。

 

やはり、かつて暗黒期から黄金期に至るまでの過渡期においてチーム<スピカ>で名声を博した名トレーナーにして警察校での集団指導で質の高いチームトレーニングを実践している教官兼トレーナーの柳生Tには『アオハル特訓』や今シーズンのティアラ路線を席巻した甘粕Tの路線特化チーム(スペシャルチーム)戦略には頷くものがあり、トレセン学園の内外の情勢を交えながら有意義な意見交換がなされた。

 

 

そして、高校野球のように国民的スポーツ・エンターテインメントとして常に世間から注目の的となっている中央競バ『トゥインクル・シリーズ』においてウマ娘にとって一生に一度の2年目:クラシック級のG1レースの結果がその世代の象徴となっているという見立ては正しかったのだ。

 

 

世代の象徴というのは同時に時代の象徴であり、ティアラ路線においてダイワスカーレット、ウオッカ、アストンマーチャンの3強を送り出してウイニングライブの独占を果たした甘粕Tの路線特化チーム(スペシャルチーム)戦略が 今年 復活を果たした『アオハル杯』で見られる『アオハル特訓』と共通性があるのは偶然ではなかった。

 

それはもちろん、シンボリルドルフ卒業後のトレセン学園の新たな方向性を示すべき立場になった学園の象徴たる新生徒会長:エアグルーヴの奮闘もまた同時に新時代の象徴となるのは偶然ではなかった。

 

私から言わせれば、全ては連綿と続く歴史の大河ドラマのキャスティングの結果なのだ。歴史という大河ドラマの舞台裏には番組制作スタッフが存在し、現場の熱意と努力に応じた番組の出来や評価によって続投か打ち切りかを常に迫られるわけであり、今のところは様々な改変を受けながらも何とか打ち切りになることなく連綿と続けることができているのが現在の人類史である。

 

そうした因果律の観点から言えば、まず制作側の企図した主題と脚本に合ったキャスティングによって大河ドラマの出演者が決まっているわけであり、生きとし生けるウマ娘にとって永遠の憧れの舞台となっている中央競バ『トゥインクル・シリーズ』のクラシックレースの結果はまさに神のみぞ知る世界なのである。

 

そうなのだ。だから、思い出して欲しい。だとするなら、今年のティアラ路線が甘粕Tが一人で担当しているダイワスカーレット、ウオッカ、アストンマーチャンの3強の時代だとするなら、対するクラウン路線は望月Tが担当するエアシャカールが新時代元年の“クラシック三冠”になろうとしている――――――。

 

史上初の“無敗の三冠バ”シンボリルドルフが築き上げた黄金期において“クラシック三冠バ”はナリタブライアン、ミホノブルボンと続き、“無敗の二冠バ”にトウカイテイオー――――――。

 

もはや“クラシック三冠”はさほど珍しいものとは感じなくなった黄金期の次の新時代の最初の年に“クラシック三冠ウマ娘”が誕生することはめでたいことであると同時に既定路線のように大衆に受け止められており、

 

正直に言って、突如 乱入してきたティアラ路線のウオッカと『日本ダービー』を同着した時点でナリタブライアンと比較して強いとは思えないエアシャカールの評価は“準三冠バ”と貶されてしまう予感がしてならない。ティアラ路線で圧倒的強さと存在感のウオッカの人気にエアシャカールの名声が追いついていないのだ。

 

たしかにその世評は正しい。全ては積み重ねてきた結果であり、シンボリルドルフ在籍期間と一致する黄金期の6年間の半分で“クラシック三冠ウマ娘”が3人も出て、“無敗の二冠バ”トウカイテイオーも故障さえしなければ その数に含まれていたと確信しているファンが大勢いるので、

 

こうして“クラシック三冠”という夢物語が黄金期を迎えて多くの人たちの手の届くところまで落ちてきて手垢に塗れることになった以上、新時代最初の“クラシック三冠バ”エアシャカールが手にする栄冠の光沢が鈍くなるのは当然のことだ。

 

 

だが、望月Tが担当するエアシャカールこそが 甘粕Tの担当するティアラ3強とは別側面で世代の象徴となり 時代の象徴となっていることを知っている。

 

 

歴代のクラウン路線の雄たちと見比べてアウトローな見た目や言動からくるイメージとは裏腹の根っからのデータ主義な理論派の電算部部長であるウマ娘:エアシャカールから人々は何を思い浮かべるだろうか。

 

少なくとも、他者を寄せ付けない攻撃的な面というのは、私からすれば“怪物”ナリタブライアンと同じ臆病さから来るものであるとわかるので、あれは自分が怖れるものがあるからこそ周囲を威嚇して恐れられる存在であると自己認識させなければならないわけなのだ。これは好きな子に照れ隠しでキツく当たってしまう青少年の矛盾した感情の動きと同類で、自分が怖いからこそ自分が恐がられる存在でないと人前でやっていけないのである。

 

ただ、“怪物”ナリタブライアンのぶっきらぼうさの場合、尊敬する姉:ビワハヤヒデにベッタリの甘えん坊でありながら幼くしてウマ娘の闘争本能を奪い取るほどの無双の才能を持っていた矛盾によって、変わることのない尊敬の対象である自慢の姉を超えたいという純粋な願いに反する圧倒的強者である自分から逃げるように周囲が離れていって競走が楽しめなくなるという現実の矛盾による欲求不満に陥って形成されたのが現在の人格である。

 

一方、“論者”エアシャカールは家庭円満だった最強姉妹とは打って変わって数学者の父親とバーで歌姫だった母親という癖の強い両親の下に生まれたことで、どう見ても父親譲りのロジカルな性格は幼少期からだったようだが、一番に我が子を理解してあげるべき母親をはじめ周囲は彼女の素養を理解できなかったらしい。

 

偏屈な父親と平凡な母親の下に異世界の英雄:エアシャカールの魂を宿した才能あふれるウマ娘が抱えた不和は孤独な幼少期によって他者との壁を作る性格に育っており、その孤独が独自に作り出したデータ分析プログラム『Parcae(パルカイ)』を生み出す結果になった。

 

この『Parcae(パルカイ)』だが、私が21世紀の現代科学でAIを創造する際に参考に(盗用)させてもらうぐらいには非常に完成度が高かったので、そういう意味では電算部部長:エアシャカールには多大な恩義がある。

 

事実、『Parcae』はレースに誰が出走するのか、そこから着順までも正確に予測することができ、さながら20世紀のSFアニメの物理演算コンピュータのような予測精度を誇るわけなのだから、エアシャカールの頭脳明晰さは23世紀の宇宙科学にも通用するものがあった。

 

 

――――――だから、生まれる時代が早すぎて周囲から理解されなかったというのも痛いほどわかる。

 

 

しかし、だからこそ、私を中心とした新時代を切り拓くに相応しい逸材だったわけであり、AIを活用して“クラシック三冠”達成の偉業を達成した成功例として、世界的なAI導入を後押しするきっかけとなることだろう。

 

そうなのだ。新時代元年となるこの年にトレセン学園の中心となる人物の在り方が黄金期の次に来る新時代の具体的な方向性を象徴することになっており、これまでの中高一貫校のトレセン学園での6年間の使い方が大きく変わろうとしていたのだ。

 

それは 活動休止という実質的な引退宣言を撤回して 先代の右腕として黄金期を支え続けて新時代の生徒会長となった“女帝”エアグルーヴの現役復帰での鮮烈なG1勝利もそうだし、

 

復活した『アオハル杯』のエッセンスと共通点が見られる 禁じ手とも言えるチームメイトで競わせる路線特化チーム(スペシャル・チーム)戦略を採用するティアラ路線の甘粕Tの在り方もそうだ。

 

 

ならば、ここで思い出して欲しい。新時代元年の“クラシック三冠バ”にエアシャカールが至る年にサトノグループが空前絶後の業界への貢献としてエクリプス・フロントにて先行体験会が行われた『メガドリームサポーター』から飛び出して実体を持ったサポートAI“三女神”が登場したことを。

 

 

そう、これからはAI導入による徹底的な合理化と効率化の時代が来るわけであり、データ分析プログラム『Parcae(パルカイ)』を駆使して勝利の可能性を模索するエアシャカールの在り方が今後のウマ娘育成の常識に組み込まれていくことになるのだ。

 

そういう風にこれからの時代はなっていくことが皇祖皇霊の中では決まっているため、皇祖皇霊に仕える私は知らず知らずのうちにたくさんの人たちの口や考えを通じて、皇祖皇霊から出されたものから地上に反映させるための雛形作りをエクリプス・フロントでしていたわけなのだ。

 

つまり、『選抜レース』での夢の舞台の惨状を目の当たりにしたソラシンボリの願いから製作することになった『エクリプスビジョン』や、サトノグループの空前絶後の貢献として構想された『エクリプスポリス』ひいては『メガドリームサポーター』もそうした時代の要求から自然と形になったものなのだ。

 

しかし、どれだけ技術が進歩しても生命に課せられた義務としてやってはいけないことがあり、何でもかんでもAI任せにして怠惰に耽ることで生命の義務である進化を止めるような愚行が阻止されるのが世の習いであった。

 

これは私が『エクリプスビジョン』を開発した際にサトノグループ考案の『エクリプスポリス』構想との対比ですでに言ってきたことである。

 

そのことで酸いも甘いも経験してきたのが新時代元年の“クラシック三冠バ”エアシャカールの『Parcae(パルカイ)』と共にあった人生であった。

 

そのため、手っ取り早く21世紀の地球での作業環境を整えるために身近にあった『Parcae(パルカイ)』を盗用してきたことを秘密にしながら、私はどうしてもAI導入が加速していく新時代への警告として必ずやっておかなければならない事業が1つ増えていた。

 

 

――――――府中市の行きつけの居酒屋にて

 

 

甘粕T「――――――斎藤Tが『エアシャカールの伝記を書きたい』って?」

 

望月T「ああ。これからの時代は自作したデータ分析プログラム『Parcae(パルカイ)』を駆使して“クラシック三冠バ”を達成するエアシャカールのやり方を踏襲するようになるそうだ」

 

甘粕T「そう言われると、たしかに斎藤Tが開発した『エクリプスビジョン』もそうだし、サトノグループが開発した『メガドリームサポーター』のサポートAIがエクリプス・フロントに居着くようになって、まさしくデータ競バの時代になってきたのを感じるな。こんなのは今までになかったことだ」

 

望月T「担当ウマ娘には絶対に言わないように口止めされているけど、新時代におけるトレセン学園の将来を象徴するのが現役復帰してG1勝利を果たした“女帝”エアグルーヴであり、」

 

望月T「私と甘粕Tのウマ娘育成論が公式戦『トゥインクル・シリーズ』と非公式戦『アオハル杯』の両方で大きな影響をもたらすとも言っていたね」

 

望月T「特に、持ちウマ同士で同じ路線を走らせる きみの路線特化チーム(スペシャル・チーム)戦略は異例のチーム対抗戦『アオハル杯』に通じるものがあると高く評価していたね」

 

甘粕T「へ」

 

望月T「見たまえよ、この極秘資料。『アオハル杯』復活によって続々とアオハルチームが結成されて早数ヶ月、チームトレーニングを重ねて『アオハル特訓』による著しい能力向上が見られ、巷では『アオハル魂爆発』と呼ばれているそうだ」

 

望月T「この『アオハル魂爆発』を呼び寄せる『アオハル特訓』になるための条件をもっとも満たしているがこの夏からの警視庁トレセン警察校“府中校”の集団指導であり、公式戦『トゥインクル・シリーズ』において偶然にも同様の効果が発揮されていると見られているのがチームメイト同士でティアラ路線を競わせているきみだそうだよ」

 

望月T「たしかに、『アオハル杯』は1部門3人ずつ出すチーム対抗戦だから、『トゥインクル・シリーズ』のティアラ路線の重賞レースに持ちウマを3人出すのも同じようなものだね!」

 

甘粕T「いやいやいや! あれはただ単に俺が3人の担当を経験してきたからやれているだけだから! しかも、同じ路線のライバルだったウマ娘をスカウトし直しているわけだから、敵として出てきた時の仕上がり方も何度も繰り返していれば嫌でも目に焼き付くって!」

 

甘粕T「そういう望月Tのエアシャカールにしても、『Parcae(パルカイ)』のようなデータ分析プログラムを駆使した“クラシック三冠ウマ娘”として名を残すことになるらしいじゃないか、この未来予想を見る限り。夏競バの季節にもう偉業達成の御墨付きをもらえて羨ましい限りだよ。ダイワスカーレットの“トリプルティアラ”のことは何も書かれてない……」

 

望月T「だが、同時にこの文明の進歩によって人類の退化が取り沙汰されるように、更なる文明の進歩がもたらしたデータ競バがデータ偏重主義を招き、それから突きつけられた分析結果に満足して無気力になる運命論者に溢れた退廃した世界を創り出す結果になるらしい」

 

甘粕T「……なるほど。やっぱり今回の“斎藤 展望”は凄いよな。そんな先のことまで考えた行動なんてしてこなかったもんな」

 

望月T「私ときみは新時代元年に最高潮に達する“最初の3年間”をずっと繰り返して、“更なる3年間”を見届けることが叶わないことを嘆くのを忘れて、その先のことなんか目を向けることもなくなっていたね……」

 

 

望月T「これで最後かもしれないね。そろそろ論文を仕上げることにしよう」

 

甘粕T「ああ。永遠に繰り返されることで終わりない物語にピリオドを打つことにしよう」

 

 

望月T「そんなことを言って、調子に乗って今回ハーレムルートを選んでしまった後始末はつけられるのかい?」

 

甘粕T「まあ、彼女たちとの青春を酸いも甘いも一度味わい尽くしたんだから、後は青春の搾り滓になるように後腐れないように卒業させてやるさ」

 

甘粕T「俺たちはもう何度も“最初の3年間”を繰り返してきた偽りの新人トレーナーなんだから、年頃のウマ娘との年の差なんて考えたくもないぐらいさ。俺たちは精神年齢と肉体年齢が完全に一致しない妖怪みたいなもんさ」

 

望月T「たぶん、斎藤Tが伝記で求めているのは私とエアシャカールのことだけじゃないと思うよ」

 

甘粕T「え」

 

望月T「書いてあるだろう。私たちは新時代元年を代表すると同時に新時代の在り方を象徴するようになると」

 

望月T「つまり、私たちのやり方がこれから先の新時代で新たな基準として採り入れられるわけだから、無慈悲な分析結果を示してくるAIとの向き合い方や、同じ路線で栄冠を目指すライバル同士が組んだチームの奮闘記なんかを残して欲しいんだと思うよ」

 

望月T「それが斎藤Tがこの新時代を未来予想した極秘資料を渡してきた理由だね」

 

甘粕T「やっちまったなぁ。すると、俺は俺が望んだ通りのスケベ野郎として歴史に悪名を残す可能性があるわけか……」

 

望月T「私のウマ娘が後世に残す影響のことも考えると、斎藤Tからの依頼を無下にするわけにもいかなくなってきたね」

 

甘粕T「まあ、今回で最後だと腹を括って、繰り返される中で忘れ去った“最初の3年間”の向こうの本当の新時代を迎えに行こうぜ」

 

望月T「うん。お楽しみの時間がこれで終わると思うと途端に惜しい気分にさせられるけれど、同時に楽しみでもあるんだ。私たちが繰り返される“最初の3年間”の中で積み重ねてきたものがいよいよ結実して“最初の3年間”の向こうの本当の新時代になっているんだと思うとね」

 

甘粕T「ああ、本当に楽しみだな。あんたのエアシャカールが普通に『日本ダービー』を勝つんじゃなくて、ウオッカと同着優勝なんていう奇跡が起きたんだから」

 

望月T「前回の敗北をバネにして今回こそ正々堂々の優勝を勝ち取りたかったけど、まあ、これはこれでいい結果だ」

 

 

――――――ようやく縮めた“-7"なんだ。勝ちは勝ち。夢にようやく手が届いたんだから。

 

 

データ分析プログラム『Parcae(パルカイ)』を駆使した新時代元年の“クラシック三冠ウマ娘”エアシャカールの伝記はこれからのAI導入が進んだデータ競バの時代における経典として重要な位置を占めることになる。

 

特に伝記を書く上で重要な項目として挙げられるのは、莫大なデータ量から効率的なトレーニングや遥か先の未来までのレース結果までをも導く驚異的な計算性能を誇るため、

 

開発者本人が『もしヤツが万能じゃねェとすれば、ソレは扱う側が未熟なだけ』と計算ミスの可能性は切り捨てるほどの絶対の信頼を置いているが故に、その分析結果に従って無駄を極限まで削ぎ落とした圧倒的な走りを完成させるに至るが、

 

しかしながら、『Parcae(パルカイ)』が下した結論は『日本ダービー』で7cm差で敗北し、“クラシック三冠”にわずか7㎝足りなかったという分析結果であり、この"-7"を覆すことが全くできずに苦悩する日々が人知れず続いていたのだ。

 

そのため、『Parcae(パルカイ)』によって完成された走りから これまで決して少なくないスカウトの声がかかり、わずかながらの希望に縋って仮契約で"-7"を覆す可能性を模索するも、無駄の多すぎる指導で分析結果が悪化するのを受けてトレーナーからのスカウトに見向きもしなくなっていくのは時間の問題だった。

 

当然、気性難として評判は良いものではない。それでも、“学園一危険なウマ娘”が一切の参加要請を蹴って研究室に閉じこもっていたのに比べて、『選抜レース』にも度々参加していた意欲は認められていたため、退学処分を検討されるほどの問題児というわけでもなかったのでさほど注目されているわけでもなかったのだ。

 

そんな孤独と葛藤を抱えている時にふと出会ったのが担当トレーナー:望月Tという脳科学者の稀代の天才にして変人であり、数年以上をかけて完成させる博士論文と研究資金のためにトレーナーになったと聞けば、そんな道楽のためにジロジロと観察されていたことに見ず知らずの他人だったエアシャカールが声を荒げるのも無理はない。

 

しかし、望月Tは15歳で大学に飛び級入学して脳科学の分野で学士号を取得している経歴の持ち主であったことから、その他大勢と同じように走り込みをすることなく レース場の側で手にした端末でひたすら計算式を打ち込んでは計算結果を不服として舌打ちしては去っていく態度の悪いウマ娘の呟きに聞き耳を立てるようになっており、

 

それで常に口にしていた"-7"という分析結果が何なのかに当たりをつけ、誰にも邪魔されない夜の走り込みに出ていたエアシャカールを待ち構えて、脳科学者としての純粋な好奇心からの素朴な疑問を悪気なくぶつけることになったのだ。

 

 

――――――いつまで経っても結果を出せないのに、どうして無駄な努力を止めないのかな?

 

 

エアシャカールと望月Tの出会いは最悪と言っても過言ではなかった。父親が数学者である彼女にとっては脳科学者の望月Tは父親と似たようなものであり、同時に元バーの歌姫だったという平凡な母親からは常に自分の在り方を否定するような態度を取られ続け、今まさに自分の在り方に疑問を呈する望月Tが眼の前に現れたのだ。

 

相手にするのも時間の無駄だとわかっていても湧き上がった衝動を抑えることができずに積もり積もった鬱憤を発散させるように、自身が直面しているどうしようもできない"-7"の葛藤の苦しみを初めて他人に告白することになったのだ。

 

それに対して博士論文と研究資金を得るためにトレーナーになった望月Tは肯定も否定もすることなく静かに聞き入った後、人が悪い望月Tは非常に楽しそうに質問をする。それもロジカルに。

 

 

――――――結果がわかりきっているなら、未練がましく学園に残り続けているのはなぜなんだろうね? そうやって きみは 他人に対しても 自分に対しても 嘘をついているよね?

 

 

意外な指摘に目を丸くしたエアシャカールはここに来て相手が脳科学者であることを強く意識することになり、今までデータに振り回されて見失っていた自分の内面に対して向き合うことになった。

 

その結果、望月Tはエアシャカールが抱え込んでいた"-7"の呪いを解くことになり、メイクデビューを果たさずに終わる"NULL"であるのとどちらがマシであるかを比較検討した末に、"-7"という数字が持つ意味を反転させることに成功したのだった。

 

そう、ここが伝記を書くに当たっての肝であり、望月Tもまた“斎藤 展望”と同じくトレーナーが本業ではない“門外漢”であるからこそ、彼女が忌々しく呟く"-7"が『日本ダービー』で7cm差で敗北して“クラシック三冠”を逃すという覆ることのない絶対の分析結果に素直に感心していたのだ。

 

冷静になって考えて欲しい。それは裏返すと、メイクデビューも果たしていないウマ娘が自身が組み上げた分析結果において残りの『皐月賞』『菊花賞』には絶対勝つという回答を得られていることがいかに凄いことなのかを。

 

去年のクラシック戦線はついに“三冠”も“二冠”も出なかった黄金期最弱世代と揶揄されているのだから、この時点で“二冠”は確実と言える分析結果と素質があるのは立派なことのはずだと、新人トレーナーの望月Tは素直にそう思っていたのだ。

 

なので、そこから気性難の曲ウマ:エアシャカールを理解するための仮契約が結ばれ、当初は道楽でトレーナーになっただけの配属1年目のド新人という使えない置物は担当ウマ娘から出走チケット扱いにされていたのだが、

 

同時に学者らしい知識欲と好奇心の塊の望月Tはエアシャカールに交換条件として自身の博士論文の観察対象になることを要求して、自身の担当ウマ娘のプロファイリングを充実させていくうちに、ウマ娘:エアシャカールが抱える大きな欠点を忌憚のない意見としてズケズケと言い放つことができた。

 

 

――――――まるで成長していない。外的要因を変えようとするばかりで自身が成長する方向に変わろうとしていない。

 

 

それは望月Tが細工を仕掛けて"-7"が"-8"になったように担当ウマ娘に錯覚させたことで、それでいつも以上の力が発揮されたことをもって、知らぬ間にエアシャカール自身が結果が"-7"に収束するように追い込む意識の壁ができていたことを証明したのだ。

 

それを教育心理学の用語で『ピグマリオン効果』、あるいはアメリカの教育心理学者:ロバート・ローゼンタールが提唱したことから『ローゼンタール効果』とも言い、他者から期待されると成績が向上する現象が自分自身を縛る呪いの自己暗示となって作用していたことを望月Tが鋭く指摘したのだ。

 

そして、そもそもとして重賞レースの最高峰であるG1レースを1勝するだけでも名バと呼ばれるのに、そこまで自分を追い込むほどに“-7"つまりは“クラシック三冠”を無理に目指すようになったのはなぜなのかを深く分析していくことに発展していったのである。

 

それが新人トレーナー:望月Tにとっての愛バ:エアシャカールとの“最初の3年間”というわけであり、望月Tは自身の博士論文の観察対象に選んだ自己矛盾の塊であるエアシャカールにいつしか強い愛着が湧くことになり、原因不明の繰り返される時の中で積み重ねてきた関係性が幾度も初期化されることになっても飽かずに何度でもスカウトを繰り返してきたのだった――――――。

 

だから、エアシャカールは正式な担当契約を交わした脳科学者の望月Tのことが苦手だった。偏屈な数学者の父親と同じ知識欲と好奇心の塊でかつ彼女が求めるロジカルである一方で、本質的に“門外漢”だからこそ元バーの歌姫だった平凡な母親と同じようにおかしいと思うところを遠慮なく訊いてくるのだ。

 

微妙な関係の両親のことを一度に思い出させる担当トレーナーなのだから、自分から好きになるようなことを絶対にないと担当ウマ娘は最初に思い続けていたわけなのだが、

 

そんなロジカルで無愛想でぶっきらぼうな自分にもっとも合っているトレーナー像というのが同じくロジカルで面倒見が良くて基本的に自分のやることに口出しをしない脳科学者の望月Tだったのだから、これ以上の選択肢は他にないとして渋々付き合いを続けていくしかなかった。

 

しかし、周回を重ねていく毎に担当トレーナーは精神年齢を重ねて自身の研究と担当ウマ娘への理解を深めていっているため、いよいよ"-7"を同着優勝の奇跡で超えた時には、最初に会った時から苦手であると思い続けていた担当トレーナーに思わず感無量で駆け寄っていた自分がいたことに気づいていたのだ。

 

そして、担当トレーナーの方も繰り返される“最初の3年間”によって肉体年齢は変わらなくても精神年齢が両親と並ぶほどになっていたため、ある意味においては他人とは思えないほどの長い付き合いのエアシャカールに対して養親としての家族愛が湧いており、

 

何周もかけていよいよ"-7"を超えて感極まったエアシャカールに繰り返された“最初の3年間”の積年の思いがこもった労いの言葉を1つだけかけることになり、それだけで担当ウマ娘は柄にもなく滂沱の涙を流すことになったのだった。

 

不思議な感覚だった。人前で涙を流すことなんて泣かった担当ウマ娘の涙を見て、何も言わずに担当トレーナーの胸元に抱き寄せられて頭を撫でられると自然と表情の険しさが緩んでいくのだ。

 

そこからエアシャカールは両親のことを少しだけ思い返すようになり、両親との関係に目を向られるようにしてくれた自分とは別の分野で稀代の天才である脳科学者の担当トレーナー:望月Tの隣にいることに居心地の良さを感じるようになっていったのだった。

 

それからエアシャカールは この夏 ある準備を進めていた。それはESPRITの『エクリプスビジョン』やサトノグループの『エクリプスポリス』とは別にこれからのウマ娘レース界の発展のために提供しようとしていたものであった。

 

ただ、それにはこれまでずっと自分を支え続けてくれた脳科学者の望月Tの手も加わり、更には同年に公開された『エクリプスビジョン』や『エクリプスポリス』から得られたエッセンスも加味した共同作業となり、ベータテストを経てインターネット上で匿名で一般公開される日を待つこととなる。

 

 

――――――クルマ移動の道中

 

 

ソラシンボリ「ねえ、お母さん」

 

スカーレットリボン「なに、ソラ?」

 

ソラシンボリ「今年の“クラシック三冠バ”エアシャカールの伝記もそうだし、エアシャカールが部長をしている電算部のサーバーに用意されていたインターネット上で公開予定の『Moirai(モイライ)』もそうなんだけど、」

 

ソラシンボリ「結局は本当の自分を見つけてもらうためにトレーナーとの二人三脚があるんだよね?」

 

スカーレットリボン「……そう信じられているわね」

 

ソラシンボリ「そして、一緒に苦楽を共にしてひっそりと夢の舞台から降りていくことさえも受け容れないといけないんだよね?」

 

スカーレットリボン「……そうね」

 

ソラシンボリ「ボクさ、生まれてすぐに親から引き離されてシンボリ家の令嬢として育てられたけど まだよくわからないんだよね、実際のところ」

 

 

――――――全てのウマ娘が幸福でいられる世界のこと。

 

 

ソラシンボリ「サトノグループの空前絶後の貢献として出されるはずだった『エクリプスポリス』構想だって頓挫しちゃったし」

 

ソラシンボリ「良いことをやっていても必ず叶うわけじゃないし、そんなに良いことなら とっくの昔に誰かが実現しているはずなんだから、今更 叶うとも思えないよね」

 

スカーレットリボン「……ソラ」

 

ソラシンボリ「今、斎藤Tが研究中の『アオハル特訓』やら『アオハル魂爆発』にしてもさ、これで担当トレーナーからの個別指導で鍛え上げられたのと同等のウマ娘が多数輩出されるようになっても、出走権を握っているトレーナーの数や能力の限界から才能あふれるウマ娘が無尽蔵に増えてもどうしようもない現実は何も変わっていないよね」

 

スカーレットリボン「でも、甘粕Tの『アオハル杯』と共通点がある路線特化チーム(スペシャル・チーム)戦略が広まっていけば、受け皿は大きくなっていくはずじゃない?」

 

ソラシンボリ「まあ、才能あるウマ娘を拾い上げてウマ娘ファーストを尊重しながら勝者は唯一人の厳しい勝負の世界の現実の擦り合わせがちゃんとできるのなら、チームメイト同士で競走するのも悪いことじゃないって理解はされると思うよ」

 

ソラシンボリ「けどさ、人間って目上の人の言うことや正しいとされていることでさえも素直に従わない生き物なんだから、理想論をいくら語っても現実はうまくいかないことの方が当たり前」

 

ソラシンボリ「だから、本質を見誤っちゃいけないんだよ」

 

スカーレットリボン「――――――『本質』って、ソラ?」

 

ソラシンボリ「ボクたちはデータや規則通りに動くだけの人形じゃない。それが人形じゃない人間の証なんだ」

 

 

――――――制度が関係を作るんじゃない。関係を作るのを助けるために制度があるのであって、制度がなくちゃ関係を作れないと思っていることこそが極めて非人間的だとはどうして思わないかな。

 

 

ソラシンボリ「結局は一人ひとりの心掛け次第だよ。ボクはつくづくそう思うよ」

 

ソラシンボリ「呆れているんだ、ボクは。どうして斎藤Tとその周りの人たちぐらいしか正しいことを形にしようと努力しないのかをね」

 

スカーレットリボン「…………ソラ」

 

ソラシンボリ「ごめん。ボクはやっぱりウマ娘らしくないのかもしれない。シンボリ家のウマ娘らしく普通の人が普通に生きていける普通の世界を願っていながら、普通の人が願う普通の人の願いや普通の在り方が憎らしくてしかたがないんだ。自分でもわけがわからないんだ」

 

ソラシンボリ「例えて言うなら、善良な市民を守るために警察官になった青年の正義の心が、職務をこなしていくうちに『命を懸けて守っている市民が自分たちの目を盗んで悪事を働く』『命懸けで悪人を捕まえても社会はカネさえ積まれればその悪党を寛大にも釈放してしまう』といった社会の矛盾に気づいて、そのドス黒さに染まっていくような感じ」

 

スカーレットリボン「どうして、そんな風に思ったの?」

 

ソラシンボリ「トレーナー無しでも『アオハル特訓』であっという間にアオハルチームのみんなが成長していくのを実感できたことに発起人のボクが感謝されるんだけど、これだけ育って『選抜レース』も余裕で勝てるようになっても公式戦にスカウトされる子はどれだけいるのだろうと思うと、トレセン学園の日々が息苦しく思えてね」

 

ソラシンボリ「ウマ娘ファーストをどれだけ掲げようと、ルールや制度が後押ししようと、担当トレーナーという絶対的な制約があるんだから、ボクたちの自由意志なんてものは所詮はそこまでのものなのさ、結局」

 

スカーレットリボン「……そうよね。それはどうしようもできないことね、本当に」

 

 

ソラシンボリ「だから、ボクはアグネスタキオン先輩が掲げるウマ娘の可能性の“果て”を誰よりもこの眼で見届けたいんだ」

 

 

ソラシンボリ「でも、それを果たすためにはウマ娘:アグネスタキオン自身の可能性の“果て”だけじゃなく、二人三脚の相手の担当トレーナー自身も“果て”に辿り着かなくちゃ、担当トレーナーという制約に縛られているウマ娘の可能性は決して拡がることはない」

 

ソラシンボリ「そういうわけだから、ボクはウマ娘:アグネスタキオンと手を取った“斎藤 展望”に賭けてみたいんだ」

 

 

――――――アグネスタキオンが目指すウマ娘の可能性の“果て”というのは同時に二人三脚の相手である担当トレーナーの可能性の“果て”でもあるはずなんだから!

 

 

*1
麻雀用語:立直(リーチ)棒=千点棒(テンボウ)

*2
麻雀用語:13翻以上の役が重なった場合に役満と同じ点数がもらえるローカルルール。アガリの最高得点が特定の役でアガるのが「役満」で、それ以外は翻数で役が決まり、13翻以上を数えることで「役満」と同等とみなされる。

*3
通常のゾーンの奥にある扉を開けることで届くゾーンを越えたゾーン。ゾーンに入った火神にチーム全員で動きを合わせるという超高速の連携技であり、仲間との一瞬のアイコンタクトのみで動きをシンクロさせる必要がある。

*4
トップアスリートでも偶発的にしか経験できない稀有な現象。余計な思考や感情が全て無くなり、ひたすらプレイに没頭する、通常の集中を超えた極限の集中状態。選手の持つ力を最大限引き出すことが可能。

非常に強力な状態ではあるが、あくまで一時的なものであり、時間制限が存在する。また、一度体感することでその万能感によって「もう一度入れれば」という誘惑が生まれ、それが集中状態に一番あってはならない雑念となってしまい、一回目より二回目以降の方が入ることが遥かに難しくなってしまう。更に、入るためには個々で異なる何らかの「条件」を満たさなければならず、それを満たしたとしても必ず入れるわけではない。





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