ウマ娘超光速戦記 -TACHYON Transmigration- 作:LN58
-西暦20XX年10月15日の航星日誌- GAUMA SAIOH
いよいよ10月28日にG1レース『天皇賞(秋)』が開催されることになる。
私が桐生院Tのチームのサブトレーナーとして初めて参加する公式戦が『天皇賞(秋)』というのは皇宮警察の息子にとってはなかなかに気が利いた展開ではないだろうか。
一般的に競走バのウマ娘にとっては一生に一度しかないデビュー2年目:クラシック級こそが選手人生一番の華と言えるものなのだが、
デビュー3年目以降のシニア級もまた、歴戦の猛者たちが自身の選手生命と能力の衰えに抗いながら、熟練した技量と精神力で連覇を成し遂げる魔境でもあった。
というより、ヒトと極めて近い存在であるウマ娘にとってはシニア級こそが本番と言っても過言ではなく、
2年目のクラシック級は新人戦、更には1年目のジュニア級はその新人戦の切符を掴めるかどうかの入試でしかないとすら一部では言われている。
事実、トウカイテイオーのような才能あふれるウマ娘でも、“クラシック三冠バ”を目指して故障するようなウマ娘など所詮はその程度、シニア級にも辿り着けない未熟千万の愚か者と吐き捨てる者すらいるのだ。
つまり、一部では相対的に“クラシック三冠バ”に対する評価や価値が落ちているのが現状とも言える。時代遅れになりつつあるという声を私は感じている。
もちろん、そうなる理由は明白で『
それは ここ最近の人権意識や安全意識、情報技術、平均寿命の向上によって、クラシック三冠バになる夢を追い求めて次々と悲劇に見舞われていくウマ娘たちを見てきた観衆たちの時代の声でもあった。
あるいは、ウマ娘の選手生命は私が知る四足歩行動物よりも長く、ヒトと同じ頭脳も併せ持っているのだから、自分の才能だけで生きているような走る以外に取り柄のないウマ娘に対する軽蔑もあった。
そう、21世紀から人類社会は高度情報社会の到来でグローバル化が進んで地球圏統一政府樹立の流れにあるわけなのだが、
かつては走ることが何よりも好きでヒトよりも闘争本能が強いとされるウマ娘でもグローバル社会の企業人として成功を収めていくに連れて、ウマ娘たちの中でも価値観の変容が起こりつつあった。
実際、23世紀の宇宙開拓時代では誰もが何らかのスペシャリストとなっており、複数の分野に精通していないと一流とは呼べないジェネラリストの時代になるのだ。
つまり、宇宙移民の私の目から見て長い人生の中で一番に将来性があると言えるトレセン学園の生徒は何を隠そう――――――(ここから先はいろいろ書こうとして結局文書化できなかったようである)
よって、“クラシック三冠バ”になれた程度で持て囃される時代は近い将来に終焉を迎えるのではないかとされる。
どう考えてもシニア級のウマ娘の方が“クラシック三冠バ”よりも平均的に強いとしか思えない。
むしろ、古バと呼ばれるようになる3年目以降:シニア級になってからも何年も出走できるだけの最適なコンディション管理ができる時代になったのだから、
近代ウマ娘レースが設立された当時のヒトの近代学校制度との摺合せで1年目:ジュニア級、2年目:クラシック級、3年目:シニア級と合わせ込んだままなのがまずかったように思う。
年齢を問わず『レースにデビューした時点からジュニア級とする』柔軟性は20世紀後半の世界的なウマ娘レースのルール統一で実装されたものの、
実際問題、中高一貫校であるトレセン学園においては高等部2年からのデビューはシニア級まで出走するなら確実に留年になってしまう学制の問題を孕んでいる。
その矛盾はトレセン学園という夢の舞台が熾烈な競争社会であるが故に高等部1年目でデビューできなければ自主退学するようなことが罷り通っていたから問題視されていなかったに過ぎない。
制度上はトレセン学園はれっきとした中高一貫校なので担当トレーナーを見つけることができずにそのまま普通に3年を過ごして卒業していくことも可能なのだが、
ここが国民的スポーツ・エンターテイメントの殿堂であるが故に、レースで活躍することを条件とした奨学金制度によって裕福ではない生徒たちの学費が賄われているので、
奨学金がもらえなくなることを悟った入学生:スポーツ特待生たちは 支払えない学費が主な理由となって どんどん自主退学していっているのが実態なのだ。
一応、その資金繰りで多くの生徒がトレセン学園に居られなくなる問題点も過去に取り沙汰されて、現在では多方面からの奨学金制度も充実してはいるものの、
それでもトレセン学園という夢の舞台まで来て活躍できないことがわかってバカ高い学費と奨学金のために長居することを選択する者なんているはずがない。
つまり、トレセン学園に在籍できただけでも凄いし、担当トレーナーと組んでデビューできただけでも光るものがあったと言えるし、そこから先のレースで活躍できるのはほんの一握り――――――。
この辺りもまた技術革新によってヒトやウマ娘の生活や意識がより良く進化しているのに対して旧態依然としていることが障害となっている一例となるだろう。
だが、そうなると『レースにデビューした時点からジュニア級とする』制度を最大限に利用して“待つことを選択できる”のは競走バとしては最大の強みと言っても過言ではないだろうか。
それができるのも彼女の出身が『名家』であることもそうだが、履歴書にトレセン学園で留年したことを記す覚悟で己の肉体と精神を最高の状態に持ち込める気概も必要不可欠である。
しかし、トレセン学園の生徒であることに絶対の価値を置かない これから先の長い人生を歩むなら なんてことはないはずだ。
そういう意味では、彼女は その人間性に問題があるにせよ 非常に将来が楽しみな無敵のウマ娘だと言える。これが『馬が合う』というやつなのかもしれない。
事実、彼女との協力関係があったからこそ、少しずつ互いが求める先に一歩ずつ近づいていっている充実した日々を送っており、
担当トレーナーでもないのに学園随一の奇人変人の彼女と誰よりも親しい仲になっていることを未だに最強と謳われている生徒会長:シンボリルドルフに期待の眼差しを向けられることになった。
相変わらず“斎藤 展望”に対する周囲の目は厳しいものの、かと言って“斎藤 展望”にあれこれ物申す勇気を持つ者はもうどこにもいない。
なぜなら、“斎藤 展望”という新人トレーナーは今年で3年目:シニア級として活躍しているハッピーミーク、ミホノブルボン、ライスシャワーの担当トレーナーとも親しく、
特に桐生院Tと一緒に指導しているハッピーミークを 模擬レースとは言え 三冠ウマ娘:ナリタブライアンに勝たせる実績すら打ち立てたのだ。
そして、“斎藤 展望”が皇宮警察騎バ隊のエリート夫婦の息子であることも どこからともなく一部では知れ渡ったみたいなので、
トレセン学園のトレーナー
つまり、自分で言うのもなんだが“斎藤 展望”は家柄もいいし、『名門』桐生院家の後ろ盾を得ているように見えるし、なんなら『名家』アグネス家も背後にいる――――――。
なんでこうなったのかわからないぐらいに、トレセン学園において“斎藤 展望”は無敵の存在となっていたのである。
ウマ娘に撥ねられて7月に3ヶ月に及ぶ意識不明の重体から回復した直後のトレセン学園随一の嫌われ者ぶりが高じて“名前を呼んではいけないあの人”みたいになったのには笑うしかない。お辞儀をするのだ。
そして、手のひらを返したかのように大恩ある先輩:桐生院Tの再評価も行われて、今月28日に開催されるG1レース『天皇賞(秋)』への大きな期待を寄せられ、
先輩とハッピーミークの表情には今までになかった眼の輝きが灯るようになり、私も初めての公式戦が今から楽しみでしかたがなかった。
――――――ショッピングモール
陽那「兄上、次はあちらに行きましょう!」
斎藤T「お、あそこは何だ? ああ、ペットショップか! 行こう行こう!」
斎藤T「へえ、いいな! 可愛いじゃないか、これ! 何この赤い魚?」
陽那「金魚ですよ、兄上!」
斎藤T「あ、金魚! これが金魚! はあ――――――!」パア!
斎藤T「宇宙船に乗せるとしたら こういうのも悪くないな!」
斎藤T「いいな! この琉金ってやつ! ピンポンパールも可愛いな!」ドキドキ!
陽那「兄上ったら、もう! 子供みたいにはしゃいで!」フフッ
陽那「でも、意外でしたね。兄上は意外とこういうペットや園芸がお好きだったんですね」
斎藤T「そりゃあ、そうだろう。宇宙SFの映画を見てご覧よ。殺風景極まりない天然自然から隔離された空間にいたら人間ってのは頭がおかしくなるんだぞ」
斎藤T「だから、こういうペットや園芸植物を養っていける環境を宇宙移民船には実装しないといけないんだ」
斎藤T「そういう意味では、枯山水庭園や茶室なんかも宇宙移民船では人気の居住空間になっているぐらいなんだ」
斎藤T「風光明媚な観光名所に行きたくなる人間の心理を無視しちゃいけないぞ」
陽那「たしかに、そうですね。宇宙は宇宙一色ですから、すぐに飽きちゃいますよね」
斎藤T「ヤバイ! 可愛すぎる! こんなところにいたら私の精神は萌え殺されてしまう!」フォオオオオ!
陽那「……も、“MOE”ですか?」
斎藤T「絶対に私の宇宙船には水族館と植物園は入れておくぞ! そうしよう!」
陽那「はい、兄上!」
斎藤T「しかし、ヒノオマシも随分と元気になったな。見違えたよ」
陽那「そうですか、兄上? たしかに、父上と母上が亡くなって無茶をやってから ずっと塞ぎ込んでましたから……」
陽那「でも、今はそうじゃない。それもこれも 全部 兄上のおかげなんですよ」
斎藤T「まあ、互いに負い目となるものがなくなったからな。今はのびのびとやっていけるのが幸せってことか」
陽那「――――――『天皇賞(秋)』、楽しみですね」
陽那「兄上がサブトレーナーとして指導したハッピーミークさんの活躍が楽しみです」
斎藤T「そうだな。ハッピーミークの仕上がりは上々、先輩も今までの自信喪失から立ち直って一致団結しているから、いいところにいけそうだ」
陽那「じゃあ、ハッピーミークさんが勝ったらみんなでお祝いにしましょう!」
斎藤T「――――――『他人の褌で相撲を取る』みたいで気は乗らないけどね」
アグネスタキオン「おや、トレーナーくんじゃないか」
斎藤T「…………!」ピクッ
陽那「……誰ですか、あなたは?」ジロッ
アグネスタキオン「きみの方こそ誰かな? もしや、トレーナーくんのカノジョなのかい?」
陽那「…………か、『カノジョ』」ニヤー
斎藤T「あ、いいか、彼女は――――――」スッ
斎藤T「――――――」ゴニョゴニョ
陽那「――――――!」
陽那「……そ、そうなんですか?」
斎藤T「ああ、そうなんだ」
アグネスタキオン「さて、トレーナーくんが私のことをどう説明したのかは知らないけれど、そちらのウマ娘はいったい誰なんだい?」
陽那「は、はじめまして。斎藤 展望の妹:ヒノオマシ・陽那と申します。兄上がお世話になっています」
アグネスタキオン「――――――『妹』?」
アグネスタキオン「ああ、そういう関係だったのか。そうかそうか」クククッ
陽那「………………」ジロッ
アグネスタキオン「そう言われてみると、たしかに似ているかもしれないね、トレーナーくんに」
陽那「…………『似ている』」ニヤー
陽那「……そう言われると こそばゆいものがありますね」テレテレ
陽那「あの、それで
アグネスタキオン「――――――うん?」ピクッ
陽那「え」
アグネスタキオン「トレーナーくん、今 きみの妹が私の名前を間違えたんだが、それはなぜなんだい?」
陽那「え!?」
斎藤T「何度も言わせるな。リニアモーターカーにも勝てない分際で“タキオン”を自称するとは科学者の風上にも置けないな」
斎藤T「再三の出走要請にも従わず 学園にも反抗的な態度で 各方面で迷惑をかけているのに 退学処分が下りない温情に甘えきった尊大な態度に文句の1つつけて何が悪い?」
斎藤T「だから、お前なんて“アグネスターディオン”なのだ!」
陽那「――――――兄上!」
斎藤T「…………っ!」
陽那「ダメです! 謝ってください! 二人だけの間の悪口なら許せますが、公然と人の目の前で侮辱する行為は許せません! 特にウマ娘の名前を愚弄する行為は!」
斎藤T「なっ」
アグネスタキオン「……ほう」
陽那「……お願いです、兄上」
斎藤T「……うっ」
斎藤T「…………申し訳ありませんでした、アグネスタキオンさん。時と場所を弁えず 不快な思いをさせたことをお詫び申し上げます」
アグネスタキオン「別にかまわないさ、トレーナーくん。それ以上の罵詈雑言を叩かれながらトレセン学園の実験室に籠もっているのだしね」
アグネスタキオン「しかし、驚いたよ。まさか、他人からこうやって謝られる日が来るだなんてね」
陽那「……それとこれとでは別ですから」ジロッ
アグネスタキオン「うん、そういうところもトレーナーくんにそっくりだよ、きみ」
陽那「……そ、そうですかぁ?」テレテレ
アグネスタキオン「……これはこれは 実に愉快な兄妹だねぇ」クククッ
アグネスタキオン「……これは実にいい。皇宮護衛官の警察バの血統だなんて滅多にお目にかかれない代物じゃあないか。それも兄妹なら」ニヤリ
斎藤T「それで、あなたはここに何をしに?」
アグネスタキオン「あー、そうだった そうだった。トレーナーくんとまさかペットショップで出会うだなんて思わなくてね……」
アグネスタキオン「実は、生物の飼育が校則で禁止されていてだね」
陽那「そうなんですか?」
斎藤T「ああ。ウマ娘はヒトよりも繊細な生き物、その中でも特に競走バはそれが顕著だから、基本的には生物の飼育が禁止されているな。どんなアレルギーや病原体があるかわからないしな」
斎藤T「だから、宇宙移民船でも水族館や植物園は実装できても動物園はとりわけ実現が難しいものなんだ」
斎藤T「トレセン学園で飼うことはできないから、こうしてペットショップで売られているモルモットの鑑賞に来ているってところか?」
アグネスタキオン「そのとおりだよ、トレーナーくん」
斎藤T「それで、いいモルモットはいたか?」
アグネスタキオン「ああ、いたよ。これは買いだと思った
斎藤T「そうか。それはよかった」
アグネスタキオン「ヒノオマシと言ったかね、きみは?」
陽那「あ、はい」
アグネスタキオン「さあ、私と連絡先を交換したまえ。何かと無茶をしがちなトレーナーくんに万が一のことがあった時に顔見知りからの連絡があったら心強いだろう?」
陽那「あ、はい。ぜひとも お願いします、タキオンさん」
アグネスタキオン「実に健気で献身的で可愛らしい妹君じゃないかい、トレーナーくん?」
斎藤T「…………否定はしない」
ワイワイ、ガヤガヤ、ワーワー!
陽那「兄上、タキオンさん! 今度はこっちに行きましょう!」
アグネスタキオン「そう、慌てるなよ、ヒノオマシくん。まったく、可愛いやつだよ、ホントに」
斎藤T「……いつまでついてくるつもりなんですか、あなたは?」
アグネスタキオン「気にしないでくれたまえ。私も
斎藤T「いや、『あなたに目をつけられた人間はろくな目に遭わない』って評判――――――」
アグネスタキオン「――――――その割にきみは私のことを高く評価しているみたいじゃないか、トレーナーくん?」
斎藤T「……何のことやら?」
アグネスタキオン「警戒心の強いヒノオマシくんが私のことをすぐに身内だと心を許すようになったのは、最初にきみがそういった説明をしたからなのだろう?」
アグネスタキオン「でなければ、私がどれだけ熱心に薬を勧めても逃げてしまうカフェのようになってしまうからね。――――――『きみの言うことならなんでも従う』と言ったところか」
斎藤T「………………ホント、嫌になるな」ボソッ
アグネスタキオン「おや?」
陽那「――――――」ジー
斎藤T「どうした?」
陽那「あ、兄上……、あそこのドラッグストアにいる人、物凄く綺麗なウマ娘だと思いまして……」
斎藤T「――――――『思わず見惚れた』って?」
斎藤T「へえ、妹の眼から見て そう思えるウマ娘か――――――」
アグネスタキオン「おお! 彼女か!」
ビワハヤヒデ「うーん、精油の種類は豊富だが、肝心の植物油がな。美容効果よりも香り高さを重視していると見た――――――」ブツブツ・・・
アグネスタキオン「やあ、ハヤヒデくん!」
ビワハヤヒデ「――――――っ!」ビクッ
ビワハヤヒデ「その声はタキオン!? それに斎藤T!?」
ビワハヤヒデ「な、なぜここに――――――、いや、買い物に決まっているか。しかし、何たる偶然……」
アグネスタキオン「相変わらず、苦戦しているようだねぇ、ハヤヒデくん」
ビワハヤヒデ「ああ、あれからいろいろと手を尽くしてはいるが、一向に効果がなくてだね……」
ビワハヤヒデ「ところで、そちらの方は?」
陽那「はじめまして。斎藤 展望の妹:ヒノオマシ・陽那です」
ビワハヤヒデ「――――――『妹』! そうか、きみが斎藤Tの妹か!」
ビワハヤヒデ「こちらこそ はじめまして。ビワハヤヒデだ。斎藤Tには 妹共々 助けられてきてね」
ビワハヤヒデ「今度の『天皇賞(秋)』でのハッピーミークの走りに期待しているよ」
陽那「ありがとうございます!」
陽那「…………『妹共々 助けられた』?」ボソッ
ビワハヤヒデ「しかし、きみが斎藤Tの――――――」
ビワハヤヒデ「斎藤Tがあれだけ必死になっていた理由がよくわかったよ」
ビワハヤヒデ「たしかに、きみのような妹がいたら どれだけ自身の名誉や外聞を損なおうとも 妹のために命を張っていこうという気にもなるな」
陽那「そ、そんなことは……」テレテレ
ビワハヤヒデ「それに何だ、この肌に髪質は!? しっかりと化粧もして香りも調えていて完璧じゃないか!?」
陽那「い、言わないでください、そのことは!」アセアセ
斎藤T「え、そうだったのか?」
ビワハヤヒデ「――――――何!? 何をやっているんだ、斎藤T!」
ビワハヤヒデ「せっかくの家族水入らずの一日にトレセン学園のトレーナーの身内として恥ずかしくないように身形に気合を入れてきているのだぞ!」
斎藤T「お、おお……」
アグネスタキオン「…………ほほう、これはこれは」クククッ
その後、フードコートで4人で和気藹々と談笑することになった。妹:ヒノオマシがいなかったら、ここまで話が盛り上がることはなかっただろう。
正直に言うと、私は23世紀の波動エンジンの開発エンジニア;世紀の天才のひとりではあるものの、さすがに21世紀のファッションに対するセンスを求められても非常に困る。
そのため、今日の出会いの数々はずっと家で塞ぎ込んでいたヒノオマシにとっては良い励みになっており、あまりウマ娘レースについて詳しくなかった妹も“万能”ビワハヤヒデの大ファンになっていた。
ビワハヤヒデは物凄く照れくさそうにしながらヒノオマシとの会話を心から楽しんでいる様子だった。
そして、長らく塞ぎ込んでいたとは言え、皇宮警察のエリートの娘というだけあり、妹:ヒノオマシのファッション知識は超一流のものがあり、段々とビワハヤヒデの方が頷く立場になっていたぐらいだ。
実際、ヒノオマシの養育費や治療費の具体的な内容を見ると さすがはセレブだと思わざるを得ないぐらい 普段の生活で物凄くいいものを消費しているので、
かつての“斎藤 展望”がトレセン学園で我が身を犠牲に荒稼ぎしようとしていたのも納得なぐらい、ヒノオマシの無駄遣いというか投資は非常に金が掛かるものであった。
仕上げに ビワハヤヒデがどれだけ身形に気を遣っているのかをヒノオマシがファッションに疎い私やアグネスタキオンに1つ1つ懇切丁寧に言い聞かせると、顔を真赤にして褒め殺されたビワハヤヒデがいた。
ヒノオマシからすれば、ビワハヤヒデのような責任感があって理知的で女性としての気品と自立心を併せ持った芯のある女性が憧れなんだとか。母上もそうだったから。
その上で、皇宮警察として現代の女武者の頂きに立った母上とはちがう道で一流を極めようとする姿勢が同じ女性として評価が高いらしく、ヒノオマシもまた非常に弁の立つ怜悧な女性であった。
しかし、所詮 私は“斎藤 展望”ではない。“斎藤 展望”の記憶を何一つ持ち合わせていないため、妹:ヒノオマシがここまで凄いだなんてことは何も知らなかった。
あらためて、妹:ヒノオマシを通して『その兄である“斎藤 展望”が超エリートの生まれ』だということを実感させられる場面であった。
ビワハヤヒデがバナナシェイクを飲み干すのを待ってから、ヒノオマシは自分が持ちうる一級品の生活用品のカタログを見せると、そこからまた話が盛り上がることになる。
もうビワハヤヒデとヒノオマシは誰が見ても仲良しこよしである。
『クラシック三冠』を競い合った“BNW"と持て囃されるライバルのナリタタイシンやウイニングチケットとはちがった交友関係をビワハヤヒデは得たのだった。
私から見てもビワハヤヒデの理知的な性格は社会で活躍する人間に必要な資質を持っているため、宇宙移民するには競走バのために身体が細すぎるのが懸念点だが 非常にポイントが高い女性であった。
意外だったのはビワハヤヒデが自身のハイパー癖毛を改善するために 自ら“禁忌”と評したアグネスタキオンの力を借りていたことであり、
こうなると予測して同行したのか、これで余計にトレセン学園での厄介さを知らないヒノオマシの中でのアグネスタキオンへの信頼度が上昇――――――。
同時に、ビワハヤヒデが同じ厄介者であった“斎藤 展望”に あの時 声をかけることに躊躇がなかった理由を理解することができた。
そのため、『もし出会いの順番がちがったのならビワハヤヒデを担当ウマ娘にしていたかもしれない』と存在しない記憶に少し思いを馳せることになった。
私ならビワハヤヒデのハイパー癖毛を直せるヘアアイロンと熱伝導を助けるナノスチームを開発できる自信があることだし。理髪は宇宙移民船で重要な娯楽なのだ。
――――――だけれど、それでも、きっと私は“待つことを選んだ”かもしれない。
ビワハヤヒデ「いやはや、本当に今日は楽しかったよ。また機会があれば お会いしましょう、ヒノオマシくん」
陽那「はい! ビワハヤヒデさんもレースでの活躍を楽しみにしています!」
ビワハヤヒデ「それではな、斎藤T。妹のこともそうだが、きみ自身のことも大切にな」
斎藤T「はい。またお会いしましょう、ビワハヤヒデ」
アグネスタキオン「さあ、ショッピングも終わりだ。一緒にトレセン学園に帰ろうではないか、トレーナーくん」
斎藤T「は?」
アグネスタキオン「見てわからないのか? これだけの量をまさか『歩いて持って帰れ』と言うんじゃないだろうね、きみは?」
アグネスタキオン「きみのクルマは軽トールワゴンなんだから、ヒノオマシくんのを入れても十分に載せきれる量なんだし、何か問題かね?」
斎藤T「いや、妹の送迎が――――――」
アグネスタキオン「なーに、かまわないよ。ついでに済ますといい」
アグネスタキオン「私はそんなに心の狭いウマ娘ではないからね!」ドヤァ!
斎藤T「な、なんてやつだ……」
アグネスタキオン「と、口では言いつつも、やはり きみは――――――」クククッ
陽那「――――――兄上! 少しだけお待ちください!」バサッ
斎藤T「え」
アグネスタキオン「おお!」
陽那「はあっ!」ピョーーーーン!
――――――突如として駆け出したヒノオマシは横宙返り:サイドフリップで子供の手から離れた風船の紐を軽々と空中でキャッチしたのだった。
突然のことに周囲は声も出なかったのだが、ヒノオマシが風船を子供の手に渡すとワッと拍手が鳴り響いた。
おそらく風船は3mぐらいの高さ;通常家屋の1階の天井ぐらいの高さまで上がっていたのを掴んだので、垂直跳びには世界大会など存在しないが、
一説にはバスケットボールの
そう、これこそがビワハヤヒデやナリタブライアンをはじめとする競走バではないウマ娘の別方向に研ぎ澄まされた身体能力の一例であり、
皇宮警察の血統であるヒノオマシをはじめとする警察バのウマ娘は基本的には市街地や屋内での追跡や急行を想定したアクロバット能力が特徴的であり、
オリンピック競技にもなっている総合バ術の調教審査:ドレッサージュ、耐久審査:クロスカントリー、余力審査:ジャンピングへの適性とは異なるものの、
芝やダートに特化した脚の作りとなっている競走バが本気で走るとあっという間に脚を壊す
そして、皇宮警察騎バ隊という組織自体は半世紀前辺りの発足ではあるものの、“
よって、斎藤 展望の妹:ヒノオマシは実際に天皇・皇后 両陛下の護衛を務めた超エリートの両親の素質と血筋を引いているため、世界最高峰の警察バの能力を持っているとされているのだから、
“斎藤 展望”がその素質を開花させるためにただのヒトである兄の自分が最高の素質を持つ妹のために身を捧げる覚悟でいるのも理解できる話となった。
もちろん、世界最高峰の警察バなのであって、世界最速の競走バや世界最強の格闘バと比べたら中途半端なスピードとパワーかもしれないが、“The Guard”として求められる素質は紛れもなく最高峰なので、
両親を喪って自暴自棄になって無茶なトレーニングで故障さえしていなかったなら、養子縁組などで後見を受けて そのまますんなり超エリートの道も歩めただろうことが悔やまれる。
――――――それだけ人間の心とは単純なものではないのだ。
悪魔の声『両親が死にました! でも、その素質を惜しんで養子縁組で後見してもらえたので両親と同じ超エリートの道を歩めます! 何も問題ありません!』ニヤニヤ
――――――トレセン学園
斎藤T「さあ、着いたぞ、
アグネスタキオン「ありがとう、
斎藤T「ああ、キャリーカートを出すから、少し待っていてくれ」
アグネスタキオン「やはり用意がいいな、きみは。実に素晴らしいよ」
斎藤T「ほら、キャリーカートはこんな感じだから、手で運ぶものとそうでないものを仕分けしてくれ」
アグネスタキオン「ああ」
ゴロゴロゴロ・・・・・・
斎藤T「それにしても、いっぱい買い込んだな……」
アグネスタキオン「ああ。元々
アグネスタキオン「それと、きみの妹にいろんな紅茶の楽しみ方を教わったことだし、2人でいろいろと試してみようと思ってな」
斎藤T「それは羨ましい限りだな。私にもWUMAが擬態してくれたら どれだけ人生が楽になったことやら……」
アグネスタキオン「そうだね。本物のきみで 毎日 実験し放題だよ」クククッ
斎藤T「うっ、それもそうか……」
アグネスタキオン「否定しない辺り、きみは心から私の研究を求めてくれているね」
斎藤T「……私は戦いの専門家じゃない。けれど、戦う理由があるのが私しかいないのだから、やれるだけのことはやりたい」
アグネスタキオン「今日一日 付き合ってみて、きみが私といることを受け容れている理由はそれだけじゃないように思ったけど?」
斎藤T「…………さてな?」
アグネスタキオン「ねえ、トレーナーくん――――――」
斎藤T「うん?」ピタッ
アグネスタキオン「おや、何だい、あれは?」ピトッ
――――――見ると中央広場の三女神像の噴水が不思議な輝きを放っていた。
斎藤T「……あれは
アグネスタキオン「いや、噴水全体を発光させるような研究はしていないぞ」
斎藤T「私たちの他に誰もいないからいいけど、このままだと お前の仕業だとされるぞ?」
アグネスタキオン「おおっと、それは心外だな、
斎藤T「日頃の行いが悪いせいだぞ」
斎藤T「とりあえず、発光している原因を探ってみるとしようか」
アグネスタキオン「そうだね。けど、その前にラボに荷物を運び入れてからにしようか。
太古の昔からその存在が信じられてきた『三女神』――――――。
ウマ娘の始祖との一説があるこの三柱の女神たちは、それぞれ【王冠】【太陽】【海】などのモチーフと共に絵画などに描かれてきた。
また、レース用語の『バ身』は三女神のモデルとなったウマ娘が両腕を広げた長さに由来するとされる。
三女神は子々孫々たるウマ娘を導くと信じられており、トレセン学園に通うウマ娘たちは『三女神像』の前でお祈りをし、
『トゥインクル・シリーズを走り抜けた先輩ウマ娘が像に託した想いを受け取り力に変える』という儀式を伝統的に行っているとのこと。
その開運効果がいかほどのものかは判然としないが、この世界だとそういうふうに競馬用語が成り立っているようである。
ただ、資料にある通り、このトレセン学園に存在する三女神像が世界共通のものというわけでもなく、ウマ娘レースが盛んなそれぞれの地域にはそれぞれの形の女神の信仰があるようなのだ。
このトレセン学園の三女神像は『トゥインクル・シリーズ』必勝祈願のための偶像といったところで、モノリス大明神みたいなものかもしれない。
――――――人は祖に基づき、祖は神に基づく。
この世界でも息づいている天神地祇こそが私たちヒトの皇祖皇霊だと信仰する身なれば、ウマ娘の皇祖皇霊とは縁がないものとして素通りしていた。
しかし、斎藤 展望の実家の神棚にヒトとウマ娘の皇祖皇霊がそれぞれ祀られているのを目にして、天神地祇と並び立つものとして三女神をリスペクトしなければならないという認識をもつに至った。
そして 今日、私は初めて斎藤 展望の妹:ヒノオマシのウマ娘としての素養の高さを目の当たりにし、初めて妹の素質を開花させたいと思った。
唯一の肉親である最愛の妹を想う“斎藤 展望”の願いの意味とその価値を真に理解できたような気がした――――――。
何が原因で三女神像の噴水が発光しているのかはわからないが、これから妹:ヒノオマシや担当ウマ娘の将来の成功を願って、原因を調査しながら初めてウマ娘の皇祖皇霊に祈りを捧げることにした。
斎藤T「この発光の仕方はルシフェリン–ルシフェラーゼ反応に近くないか?」
アグネスタキオン「どうだろうね? だったら、生物発光ということだから、ウミホタルが噴水に生息していることにならないかい、それは?」
斎藤T「じゃあ、やっぱり廃液した肉体改造強壮薬じゃないのか? 青白く光る液体って言ったら真っ先に思いついたのはそれだぞ?」
アグネスタキオン’「その可能性も考えたけど、成分構成の検出結果はただの水だね、これは」
アグネスタキオン’「つまり、噴水そのものが光っているわけじゃないんだろうね……」
アグネスタキオン「となると、噴水がどこからか青白い照明で照らされている――――――?」
斎藤T「あるいは、噴水の底が夜光塗料で光っているのか?」
アグネスタキオン「それじゃあ、アクアスコープを使いたまえ」
斎藤T「なんでアクアスコープなんてものを――――――? インドア派のお前が持っているとは意外だな」
アグネスタキオン「いや、なに、トレセン学園の夏合宿は臨海学校だと聞いて用意していた代物なんだが、このとおり デビューせずにずっといたからね」
斎藤T「…………ダメだな。特に水底が光っている様子はない」ジャブン
アグネスタキオン’「三女神像が抱える水瓶が汚染されている可能性を真っ先に疑ったけど、そうだとするなら先程の液体検査でただの水という結果にはならないはずなんだがね……」
斎藤T「なんで光っているんだ? 成分調査ではただの水と出ているのに……」
斎藤T「しかたがない。その調査結果をレポートにして生徒会に報告しよう。そうしないと あらぬ誤解で また生徒会長が苦労することになる」
アグネスタキオン「おいおい、そこは『私が』じゃないのかい?」
斎藤T「自分がやってないことなんだから気にもしていないだろう、そもそも。周りへの配慮を蔑ろにするな」
アグネスタキオン’「しかし、科学的な検証ができないとするなら、これはもう非科学的な超常現象と結論づけるしかないということかい?」
斎藤T「そうだな。これがまた三女神像の御利益として有難がられるのならいいのだけれど――――――」
スーーーーーーーーーーーーー!
斎藤T「ん?」パシッ
斎藤T「え」
アグネスタキオン「おや、そいつは何だい、
斎藤T「あ、いや……、降ってきたんだけど?」
アグネスタキオン’「全体が濡れているということは、三女神像の水瓶から出てきた――――――?」
アグネスタキオン’「貸したまえ。安全かどうかを見てみよう」
斎藤T「ああ、頼む」
アグネスタキオン’「さて、しっかりと封をして毒性物質が飛び散らないようにしたから、後は中が放射性物質じゃないことを祈ろうか」
斎藤T「まさかぁ……」
アグネスタキオン’「…………これは何だい? 鏡に方位磁針?」パカッ
斎藤T「――――――クリノメーターだ」
アグネスタキオン「……『クリノメーター』?」
斎藤T「傾斜計とも言う。ルーペ、ハンマーと共に“地質調査の三種の神器”とも言われている手軽で便利な測量・測角器具だ」
斎藤T「そして、このタイプは測量技師:ブラントンが開発した『
アグネスタキオン「……地質学か。よくそんなことも知っていたね」
斎藤T「宇宙移民には必須の技能ですから」
斎藤T「けど、なんでそのクリノメーターが降ってきたんだ? トレセン学園でクリノメーターを使う人間がいるか?」
アグネスタキオン’「可能性としては、地質学的なアプローチからトレーニングコースの設定をしようとしたとか?」
斎藤T「ああ、なるほど。ミホノブルボンやライスシャワーがよくやる坂路トレーニングってのがあるわけだから、クリノメーターの需要はゼロというわけじゃないのか……」
斎藤T「いや、それにしたって、この金ピカはないだろう! 実用性を無視したファッションアイテムか! こんなのを野外で使ったら眩しいだろう!」
アグネスタキオン「そうだね。鏡もあるんだから、反射光が大変なことになるだろうね。普通は光を吸収する黒色だろうね」
斎藤T「ちゃんと方位磁針は機能するんだろうな? この金ピカって金箔とかじゃないよね?」
アグネスタキオン’「どういうことだい?」
斎藤T「いや、方位磁針はその名の通り磁石だ。つまり、磁気を帯びやすい金属とかと一緒だと、金属の磁気に引っ張られて機能しなくなるんだ」
斎藤T「すると、木造船から金属船になった時に船体自体に方位磁針が反応してしまうことから、周囲の磁気の影響を受けない
斎藤T「だから、今時 方位磁針なんてものが活躍するのは地質調査の時ぐらいなものだ」
アグネスタキオン「ああ、そういうこと」
アグネスタキオン「なら、『天皇賞(秋)』の必勝祈願の記念に持っていったらどうだい? 御利益がありそうじゃないか」
斎藤T「こんな得体が知れない金ピカのクリノメーターが?」
アグネスタキオン’「――――――『得体が知れないから』こそだよ」
斎藤T「……わかった」
斎藤T「じゃあ、ハッピーミークの勝利を祈って――――――」
斎藤T「え」
アグネスタキオン「…………き、消えた?」
アグネスタキオン’「――――――謎の発光現象が止まった?」
斎藤T「………………」
――――――そして、三女神の祝福である“